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2025年6月

2025年6月26日 (木)

フランスの馬産業と競馬

 Bonjour. 分子生物研究室の上林です。
 フランスでの研究留学生活も約3ヶ月が経過しました。まだまだ文化の違いや語学の面で苦労する日々ですが、充実した生活を送っています。
 さて、本日はフランスの馬産業についてご紹介します。

 ヨーロッパといえば馬産業が盛んなイメージがあるかと思いますが、フランス国内では合計100万頭もの馬が飼育されています(参考資料:IFCE (フランス馬術・馬産業機構)KEY FIGURES)。日本での馬飼育頭数は約7万頭ですので、いかにフランスの馬産業の規模が大きいかがこの数字からもわかるかと思います。
 飼育頭数のうち日本では約70%がサラブレッド競走馬ですが、一方、フランスでは全体の約70%が乗馬あるいはペットとして飼育されているサラブレッド種ではないウマが主流です。また、産業構造の比較でも大きな違いがあります。フランスでは乗馬ライセンス取得者も約70万人と国民の約1%にも及んでおり、人々にとって馬は非常に身近な存在です。
 ここノルマンディー地方はフランスの中でも特に生産を中心として馬産業が盛んな地域です。私が現在学んでいる研究機関であるLABEOも様々な民間企業、教育機関、関連団体、そして自治体とコラボレーションしており、そのネットワークは数十の組織に及んでいます。獣医療や競馬、乗馬という枠組みを超えた産業連携を感じることが多く、そのスケールの大きさに日々驚かされています。

 さて、フランスの競馬事情に目を向けてみましょう。
 上記資料によるとサラブレッドの飼育頭数は全体の5%つまり5万頭程度です。興味深いことにサラブレッドに限定してみると、その飼育頭数は日本と同程度であることがわかります。
 フランスでは「競馬=サラブレッド競走」というわけではなく、トロッターという品種による繋駕(けいが)速歩競走も盛んに行われており、トロッター種はサラブレッドの倍近くの頭数が飼育されています。

Fig1_5筆者の住む地域にあるカーン競馬場(左)とトロッター競走の最後の直線(右)

 競馬場の数は日本では中央競馬と地方競馬を合わせても25であるのに対して、フランスでは200を超えます。しかし、一つ一つの競馬場の規模は日本と比べると小さく、こぢんまりとした印象です。
 先日、パリのシャンティ競馬場で開催されたディアヌ賞(フランスオークス)を観戦してきました。非常に華やかなムードで盛り上がりを見せていましたが、お客さんの多くは競馬そのものというよりは、友人たちとの社交の場として競馬場を楽しんでいるという印象を受けました。
 日本と異なるフランス競馬の雰囲気を楽しむと同時に、改めて日本競馬の熱量の大きさを再認識しました。また機会があれば、研究活動の合間に他の地域のフランス競馬も楽しみたいと思います。

 ノルマンディー地方も夏が近づいていますが、20℃代後半と快適な日々が多いです。日本は季節外れの猛暑に見舞われているようですので、6/15にこのブログで胡田さんが投稿したように、皆さん暑さ対策をしっかりとして体調にご留意ください。

Fig2非常に華やかなディアヌ賞のパドック(左)とウイニングランをするGezora号と日本でもお馴染みのスミヨン騎手(右)

2025年6月15日 (日)

夏の始まりは熱中症に注意

運動科学研究室の胡田です。

 初夏を迎え、各地で夏日を記録する日が増えるようになりました。近年では、人の熱中症に関するニュースが頻繁に報じられるようになっていますが、競走馬にとっても熱中症は深刻な問題になっています。熱中症といえば真夏に警戒されるイメージが強いですが、実は、夏の始まりであるこの季節こそ特に注意が必要です。

「熱中症警戒アラート」などで耳にする暑さ指数(WBGT)は、一般的に8月に最も高くなります。そのため、熱中症は8月が最も多く発生しそうですが、競走馬における熱中症の発生割合は意外にも8月よりも6月・7月に多い傾向があります

Photo_3・4-9月における競走馬の熱中症発生状況(Takahashi et al., Equine Vet J., 2020改変)

 その理由として考えられるのが、「暑熱環境への身体の適応の可否」です。人においては、体がまだ暑さに慣れていない夏の始まりの時期は、急激な気温上昇に対応しきれず、熱中症の発生リスクが高まることが知られています。まだ十分な研究成績はないものの、競走馬においても、寒い冬から涼しい春といった一連の比較的低温な気候から、やたら暑くなる猛暑への移行期において、身体が十分に暑熱に順応できていないことが要因となって熱中症になりやすいのではないかと考えられます。

 本格的な猛暑到来まではまだ少しありますが、人も馬も健やかに過ごせるよう体調の変化に気を配り、運動後にはしっかりクーリング(冷却)することや、こまめな水分補給など、今の時期から熱中症への備えを怠らないようにすることをお勧めします。

2025年6月11日 (水)

馬鼻肺炎のWOAHリファレンスラボラトリー

分子生物研究室の坂内です。

この度総研は、馬鼻肺炎の診断に関する国際獣疫事務局(WOAH)のリファレンスラボラトリーに認定されました。

 

WOAH(旧OIE)は動物衛生の向上を目的とする国際機関で、世界保健機関(WHO)の動物版のようなものです。リファレンスラボラトリーとは、認定された病気の診断や制御に関して科学的・技術的支援を国際的に行う研究機関です。すなわち今回の認定により、JRA総研が馬鼻肺炎に関してそうした支援を行う能力を持っていることが、国際的に認められたことになります。

Woahsite_7

WOAHウェブサイトより
リンク→Reference Laboratories - WOAH - World Organisation for Animal Health

馬鼻肺炎のリファレンスラボラトリーは、これまでアイルランド、アメリカの2か所でしたが、今回の総研の認定で3か所目、アジア太平洋地域では初となります。また、総研のリファレンスラボラトリー認定は、馬インフルエンザ(2021年~現在)に続き2件目となります。

先だって本ブログでもご紹介しましたが、欧米を中心に神経型馬鼻肺炎の発生が増えており、国内でも本年、15年ぶりとなる発生があったばかりです。馬鼻肺炎に関する研究や診断業務、国際的な支援を通じて、競馬の安定的な開催や競走馬資源の確保に寄与できるよう、今後さらに尽力してまいります。

 

2025年6月 3日 (火)

画像診断におけるAIの活用について

臨床医学研究室の野村です。

 近年のAI技術の発展は、皆様も日常生活のさまざまな場面でそれを体感されていることと思います。医学における画像診断領域では古くからAIが活用されてきましたが、第3次AIブームの火付け役となったディープラーニングと多層ニューラルネットワークは画像認識技術に革命的な進歩をもたらし、最近では多数の画像診断補助ソフトウェアが医療機器としての承認を受けるに至っています。

 競走馬診療においては、検査装置内で行われる画像処理においてAI技術が活用されています。競走馬の画像検査は、対象が大動物である分必ずしもベストな撮影データが得られないことがありますが、AIによる画質補正やノイズ除去技術の向上により高画質化が進み、診断精度の向上につながっています。研究段階ではありますが、JRAの取組みとしては、CT検査で得られた画像を再構築(3次元化)したうえでそれぞれの骨ごとに分割化(セグメンテーション)して解析したり(図1)、MRI検査における画像再構築にディープラーニングを活用して1つ1つのスキャンにおける撮影時間を短縮し、代わりにスキャンの種類を増やしたりすることで診断に繋がるデータをより多く確保できないか検討を進めているところです。

Photo_3

図1. 馬の球節を構成する骨を、CT画像をもとに3D化したもの。ソフトウェア上で簡単な操作で4つの骨を分割することができ、病変が存在する場所をイメージしやすい。

 現在の第4次AIブームにおいては、視覚-言語モデルの開発が進み、医学領域ではX線画像から診断レポート作成までをすべてAIで実施するモデルの開発なども行われています。また、診断をAIに任せてよい症例か、医師が自ら読影すべき症例か、その判断をサポートする監視用AI(ナッジAI)の開発も進んでいます。画像診断医としても、また獣医師としても、技術革新の変遷を把握し、自分が置かれた環境や自分が必要とする情報に合わせて能動的に技術を活用できるよう、時代にキャッチアップしていく必要があると考えています。