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2025年10月

2025年10月28日 (火)

European College of Sport Science 2025に参加してきました

運動科学研究室の向井です。

少し前になりますが、7月にイタリアのリミニで開催された ECSS 2025(European College of Sport Science;ヨーロッパ運動科学会議)に参加してきました。
リミニはアドリア海に面した美しい歴史都市で、古代ローマ時代に建設された アウグストゥスの凱旋門(図1) や ティベリウス橋 (図2)が今も現役で使われています。街全体が歴史と海の雰囲気に包まれた、とても魅力的な場所でした。

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図1 アウグストゥスの凱旋門。競馬関係者は凱旋門と聞くと、パリのエトワール凱旋門が頭に浮かびますが、文字通りの“凱旋門”は世界各地にあるようです。

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図2 ティベリウス橋。アウグストゥスが建築を命じ、息子のティベリウスの時代に完成した橋とのことです。

 ECSSは世界最大級のスポーツ科学の国際学会で、世界中から研究者が集まります。今回は90以上のシンポジウムと、 2,000を超える一般発表が行われ、まさにスポーツ科学の最前線を体感することができました。

 私は「高強度インターバル運動における高酸素吸入が運動後のウマ骨格筋mRNA応答に与える影響」というタイトルで発表を行いました。


 これまでの我々の研究で、一過性の低酸素運動後に、骨格筋のミトコンドリア生成を促すシグナル(PGC-1α)や毛細血管を増加させる因子(VEGF)のmRNAが、常酸素運動に比べて減少することがわかっています。そこで今回は、「高酸素運動では逆にそれらが増加するのではないか?」という仮説を立てて実験を行いました。


 その結果、運動前と運動後を比較した場合、VEGF mRNAは高酸素運動でのみ増加しましたが、PGC-1α mRNAは常酸素運動も高酸素運動も同程度に増加はしたものの、その結果は期待していたほどのものではありませんでした。高酸素下ではさらに高い速度で走行できるため、さらに強度が高い条件を設定すれば、その発現がより高まる可能性もあると考えています。

  獣医学の分野でスポーツ科学的な研究を行っている動物は、実はウマだけといっても過言ではありません。さらに、日本でウマの運動生理やトレーニングに関する研究を行っているのは、JRAおよびその共同研究機関が中心です。
 そのような背景からも、ヒトを対象としたスポーツ科学の国際学会に参加し、最新の研究やトレンドを学び続けることは、ウマの運動科学研究を発展させていく上で非常に重要だと感じました。





2025年10月17日 (金)

総研に藤沢元調教師がやってきた!

企画の桑野です。

 暑さがちょっとぶり返した長月(ながつき)も終わろうとする頃、現在JRAのアドバイザーをしていただいている藤沢和雄元調教師が、業務の一環で競走馬総合研究所(総研)にいらっしゃいました。この中で本会職員との座談会が行われました。

 総研の職員は開催日に執務するし、そもそも研究所に来る前は競馬場やトレーニングセンター(トレセン)で執務していた訳ですから、当然、藤沢元調教師とは顔馴染みです。ですが、競馬場やトレセンは師にとっては主戦場であり、そんな場で私たち職員と気を許したお付き合いは当然できません。今回の座談会では、すでに調教師を引退されている師が、肩肘張らずに我々と向き合う良い機会となりました。

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座談会の一幕;屈託ない笑顔で語られる藤沢元調教師の優しい瞳が印象的でした。

 さて、元調教師が競馬の世界へ入った経緯は、学生時代に馬の生産牧場へ働きに出たことがきっかけだったそうです。「勉強より馬の方が面白い」と調教助手を目指して、JRA競馬場(当時、トレセンはまだ無かった)の厩舎に入ったのは20歳を過ぎた頃で、最初は馬車馬のように働き、その数年後、当時まだ新人の一人だった国枝氏(東京農工大獣医学科をご卒業の現調教師)と一緒に、調教師試験に向けて猛勉強したことは、辛かったものの懐かしい記憶として残っていると語っていらっしゃいました。

 以下は師のお言葉です。

 「立派な強い競走馬になりたいなんて考えている馬は存在しません。よって厳しい調教を無理やり強いるならば、馬は嫌気がさしてやる気をなくしてしまうでしょう。そうならないように、まずは自分が仕事でイライラしないよう細心の注意を払って冷静を保つよう心がけました。また、叱られた従業員が馬を叱り返さないように、自分は従業員を叱りつけないのも気配りの一つでした。そして、生産地で子馬を選ぶときは、自分は馬を見る目があるなどと傲慢にならずに、牧場の人達が言うことにしっかり耳を傾けました。また、引退する馬は成績の良し悪しによらず、リスペクトを持って綺麗に洗って怪我も治して美しい姿で生産地に返すことも心がけました。」 など、先生のモットーをたくさん伺うことができました。

 最後に先生は、総研を見学して「これからも競走馬のために一生懸命に研究してください。」と言葉を残してお帰りになられました。

  調教師としてJRAでG1(最もグレードの高いレース)を34勝、海外G1で1勝、年間最多勝利によって得られる最多勝利調教師賞を12回、優秀調教師賞を21回も受賞した名伯楽の後ろ姿に、競馬の世界に大きな足跡を残された男の逞しさを見た思いがしました。

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総研所長(右から2人目)の影に隠れちゃう控えめな藤沢元調教師(左から2人目)とパチリ

2025年10月 7日 (火)

未来のウマ博士をめざせ!-「こども馬学講座」の開催 -

総務の河治です。

  9月23日(火・祝)、地域の小学校高学年のお子様を対象に「こども馬学講座」を開催しました。本イベントでは、競走馬総合研究所(総研)近隣の子ども達に「ウマとはどんな生き物なのかを知ってもらう機会をつくろう」という趣旨のもと、獣医師による講義、乗馬・馬とのふれあい体験、そして装蹄師による造鉄実演の見学などを毎年開催するものです。今回は計14名の子ども達にご参加いただきましたが、好評で参加希望が絶えません。

Photo_3獣医師による講義に集中する子供たちの面々

_ver馬の扱い方についての講義

 最初に行われた獣医師による馬の講義では、馬の身体や走行フォームなどについて解説があり、子ども達は興味深そうに講義を聞いていました。続いて、トレッドミルでの馬の走りを直に観察していただきました。目の前で見るキャンター(襲歩:しゅうほ)の迫力には、お子様のみならず引率の親御様もビックリ。乗馬・ふれあいでは、子ども達は終始ワクワクした様子で、馬のかわいい部分など魅力が伝わったようでした。

Photo_4トレッドミル上で馬の走りを実演

Photo_5乗馬体験では事故がないよう細心の注意が払われる

 その後、装蹄師による造鉄実演が行われました。子ども達は熱い鉄が形を変えていく様に目を丸くしていました。中には馬よりも釘付けになっている子も。この中に将来、宇都宮の装蹄教育センターに入学する子がいるかもしれませんね。最後に、蹄鉄を使ったコースターの制作を行い、イベントは終了しました。

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全集中の装蹄師による造鉄実演

  

 総研は飼育馬への感染症の拡大といった防疫上の観点から、普段は近隣の方に施設や活動を見ていただくことができず、こうした行事は地域交流の面でも貴重な機会です。改めて、子ども達に馬の魅力を伝えると同時に、近隣の方々に競馬や馬への興味・関心や研究所へのご理解を深めていただけたら幸いです。

2025年10月 6日 (月)

フランス トゥールーズ獣医学校訪問

臨床医学研究室の黒田です。

 企画の川島さんからすでに報告されておりますが、フランスで開催された世界獣医麻酔・鎮痛学術会議に参加させていただきました(図1)。新しい麻酔薬のレミマゾラムにつきましては、ポスター賞受賞となり、非常に喜ばしい結果を得ることが出来ました。皆様方の、日ごろの御協力に大変感謝申し上げます。

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図1 日本から参加したメンバー

 また、学会後は私が2019年から留学しておりました、国立トゥールーズ獣医学校を再訪させていただきました。今回の訪問の目的は今後の研究のための打ち合わせで、私の師であるPierre-Louis Toutain教授(図2)と抗菌薬の研究者であるAude A. Ferran教授と、研究打ち合わせを行いました。

 私が本年春に論文発表した抗菌薬のサルファ剤とトリメトプリムの合剤(ST合剤)に関する馬の薬物動態について、フランスでも馬における研究を開始しており、進捗について共有することができました。ST合剤は本会の臨床現場でも用いられている抗菌薬です。トリメトプリムは各国共通の薬品ですが、サルファ剤は国によって異なる成分であることが多く、フランスでも我々とは異なる薬剤を用いています。

 私としてはトリメトプリムについて馬の薬物動態の国際解析を行い、この薬剤の薬剤感受性試験における判定基準(臨床ブレイクポイントと言います)を提案する国際共同研究を実施したい旨を説明しました。

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図2. Pierre-Louis Toutain教授と筆者

 Pierre-Louis Toutain教授には自宅にも招いていただき、夫人のクレアさんにも御挨拶することができました。Pierre-Louis Toutain教授とは現在投稿しているフルニキシンの薬物規制に関する研究と来年以降の国際発表についても意見交換を行うことができました。また、現在作成中のベタメタゾンに関する報告に関しても、アドバイスをいただき執筆を進めています。教授には御健康を維持していただき、引き続き御指導をいただく事を期待しています

2025年10月 1日 (水)

フランス発、国境と動物種を超えた研究者のつながり

Bonjour, 分子生物研究室の上林です。

 フランスでの留学も約半年が経過しました。こちらノルマンディー地方の近頃の最高気温は15℃前後で、東京の11月並です。気温的には過ごしやすいのですが、天候は不安定、日の出は朝8時前と遅く、生活リズムを作るのに少し苦労しています。

 さて、今回は私の研究留学先であるLABEOで開催された「Connecting Equine Health Research」という会議についてご紹介したいと思います。

 この会議は、馬の感染症をテーマにフランスとオーストラリアの各研究機関が集まって交流を図り、馬だけでなく他の動物や人における研究情報の共有や今後の協力体制のあり方について議論する場として用いられました。会議には、オーストラリアからメルボルン大学、そしてフランス国内からはLABEOをはじめ動物および人領域の複数の研究機関から総勢約40名の研究者と技術者が参加しました。今回は記念すべき第一回開催でした。

会議の前半は、①馬の感染症に関する最新知見②三次元の細胞培養モデルであるオルガノイドに関する最新知見③抗ウイルス薬や抗菌薬に関する研究や適正使用、の三つのセッションに分かれてシンポジウムが開催されました。私もセッション③で現在取り組んでいる抗ウイルス薬研究に関して発表する機会をもらいました。

Fig_1_12(左)会議プログラムと(右)肺オルガノイドに関する講演の様子

後半では、フランスとオーストラリア間での馬感染症における今後の研究協力をテーマに、約1時間みっちり議論が行われました。具体的には、国際的にどの分野で今後協働できるか、知識・技術をどう共有するか、人材交流・育成をどう進めるかなどについて活発な議論が交わされました。

今回の会議だけで何か具体的なプロジェクトが動き出すというわけではなさそうですが、こうして国境を越えて研究者が交流して知識の共有や意見交換を図ることで、馬の健康や馬産業のさらなる発展を目指すのは非常に価値ある取組みだと感じました。

前回(6月)のブログにも書いたように、LABEOがフランス国内の馬に関連する様々な組織との連携が盛んであることは日頃から感じていました。しかし、今回の会議を通じて他の動物や人の医学領域の研究機関とも強い繋がりを持っていることを改めて知り、感銘を受けました。この連携により、LABEOは馬の検査・研究機関でありながらも、人や他種の動物で応用されている高度な実験モデルや複雑な遺伝子発現解析などを自分たちの実験に応用可能にしています。フランスは馬産業の規模が大きいため馬に関する研究で資金獲得しやすいという事情がこの連携力に繋がっている可能性はあります。日本国内では簡単に真似できることではないかもしれませんが、研究の可能性を広げるという意味では学びたい姿勢であると感じました。

Fig_2_4(左)オープンディスカッションと(右)懇親会の様子。フランス語と英語が飛び交って交流が交わされた。

今回の会議は、私にとって大変刺激的かつ有意義で学ぶことの多い機会でした。大きな学会ではなくコンパクトな国際交流の場だからこそ、一対一でじっくりと関係性を構築できる点も大きな魅力です。是非次回はJRAもこの会議に呼んでもらえたらと期待しています。この半年間、研究だけでなく、人とのつながりもまた私の留学の大きな財産になっていると常々実感しています。留学生活も後半戦に入りますが、引き続き積極的に頑張りたいと思います。

それでは、 À bientôt!