育成馬ブログ 生産編①(その1)

※今回から本年度のJRA育成馬日誌の連載が

スタートとなりますが、今回の記事は5月31日掲載

育成馬ブログ 生産編⑨(その2)」の続きとなります

合わせてご覧ください

 

●1歳馬のセールス・プレップについて(その3)

 

○飼料

 

先月に引き続き、ケンタッキーで行われている

1歳馬のセリに向けての準備(セールス・プレップ)について

ご紹介します。

 

セリに上場される馬は、

ボディ・コンディション・スコア(BCS)の調整のため、

馬房内で個別に濃厚飼料が与えられます。

ダービーダンファームでは、

McCauley Bros.社製の「Option 14 Pelleted」という

大粒のペレットが1日2回与えられていました(図1)。

1回の量は太っている馬(BCSが6.0以上)で1.5kg、

痩せている馬(BCSが4.5以下)で2.0kgでした。

ケンタッキーでは放牧地に生えている牧草の栄養価が高いため、

太っている馬には放牧時に口篭が装着されていました。

反対に痩せている馬は、

他州からの入厩時などで一時的に散見されましたが、

夜間放牧されている内に自然とBCSが回復していきました。

ダービーダンファームは“Honesty(正直、誠実)”を

スローガンにしており、

BCSが5.0前後の自然な馬体を目指していました。

そのほか、毛艶を良くするため米糠油や

各種サプリメントが与えられていました。

 

1

図1 1歳馬用の飼料

 

○ウォーキングマシンの使い方と馬体洗浄

 

セリに上場される1歳馬の管理は、

一日おきにウォーキングマシンを

使った運動および馬体洗浄をする日と(図2)、

後述するグルーミングをする日に分かれていました。

 

ウォーキングマシンによる運動は、

常歩のストライドを伸ばしてセリの下見時に

活発な印象を与えることを目的として行われていました。

具体的には、常歩ではついて行けず半分程度は速歩に

なってしまう程度の速度でウォーキングマシンを回して、

徐々に馬が体の使い方を覚えて大きく常歩で歩けるようになったら

さらに速度を上げるということを繰り返していました。

理想を言えば人が引いて(ハンドウォークで)馬の常歩の速度を

コントロールするのがベストでしょうが、

少ない人手で活発に歩ける馬を作るのには

有効な方法だと感じました。

 

ウォーキングマシンで運動した後は、

汗をかいた馬体をシャンプーで洗い、

その後ワックスをかけ毛艶を出していました。

後述するようにゴムブラシで馬体をしっかりマッサージして

血行を良くし、自然な毛艶を出すことが理想ですが、

米国ではそれに加えて飼料(米糠油)やワックスも使って

人工的にも馬を磨くというやり方が行われていました。

 

1_2

図2 ウォーキングマシンによる運動と馬体洗浄

 

(つづく)

育成馬ブログ 生産編⑨(その2)

●1歳馬のセールス・プレップについて(その2)

 

○放牧地の違いとの広さの目安

 

セリに上場されない馬は20エーカー(約8ヘクタール)程度の

大きな放牧地に集団で放牧されます。

一方、セリに上場される馬は、牝馬に関しては放牧時間が

短縮(24時間から12~13時間)されるだけで、

同じく大きな放牧地に集団で放牧されます。

牡馬に関しては、ケンカして噛み付くなどして外傷を負い、

セリ上場に支障をきたす恐れがあるため、

1頭ずつ1ヘクタール以下の小パドックに放牧されます(図3)。

 

放牧地の広さを決める際の目安に

“1 acre, 1 horse(ワンエーカー、ワンホース)”という言葉が使われています。

これは馬1頭当たり1エーカー(約0.4ヘクタール)以上の

広さが必要という意味です。

この基準より広い放牧地が用意できれば、

馬は栄養面でも運動面でも支障をきたすことなく

すこやかに成長することができると考えられています。

 

1図3 放牧の違いと放牧地の広さの目安

 

 

ケンタッキーにおけるGPSを用いた調査

 

昼夜放牧をすることのメリットの一つとして、

馬が放牧地内を移動することで運動量が増え、

体質が強くなることがあげられます。

では、24時間放牧から夜間放牧(12~13時間)に放牧時間が短縮されると、

運動量にどのような影響があるのか、

ケンタッキーの牧場で放牧されている1歳馬に

GPS装置を取り付けて調査を行いました。

その結果、小パドックに放牧されている場合を除き、

大きな放牧地の馬は放牧時間を短縮しても、

移動距離すなわち運動量は変わらないことがわかりました(図4)。

まだ馬体に成長の余地がある1歳馬にとって、

夜間放牧をしながらセールス・プレップを行うことは

体質を強くしながら成長を促すことができるという

メリットがあると言えるかもしれません。

 

Photo

図4 ケンタッキーにおいてGPSを用いて1歳馬の移動距離を調べた結果

 

次回は飼料や手入れ(グルーミング)についてご紹介します。

育成馬ブログ 生産編⑨(その1)

●1歳馬のセールス・プレップについて(その1)

 

生産牧場で行われるセールス・プレップ

 

今回は、ケンタッキーで行われている

1歳馬のセリに向けての準備(セールス・プレップ)についてご紹介します。

 

最初に、用語の確認です(図1)。

セリ(Sales)に向けて準備(Preparation)すること、

具体的には、毎日手入れをして馬をきれいに磨き、

躾や引き馬の練習を入念に行ってセリ会場で

お客様の前でしっかり展示できるようにすることを

セールス・プレップと言います。

そしてセリ本番での販売を委託(Consign)されること、

具体的には、広告(ホームページへの馬の写真や動画の掲載など)、

セリ会場での下見対応、上場手続きなどを行うことを

コンサイニングと言います。

そして、コンサイニングを請け負う牧場のことをコンサイナーと呼びます。

 

日本の馬産地では育成牧場がコンサイナーとなり、

セリの1~2ヶ月前に生産牧場から馬を預かって

セールス・プレップを行うのが一般的です。

一方、ケンタッキーでは育成牧場が

少なく(米国の育成の中心はフロリダ州オカラ)、

生産牧場がセールス・プレップを行っています。

そして、同じく生産牧場がコンサイナーになります。

日本と同じくコンサイナーに預けられてセールス・プレップが

行われることもありますが、自分たちでセールス・プレップを行って

セリ本番のみコンサイナーに預けるというパターンも多く認められます。

大手の牧場ばかりがコンサイナーとなっているかといえばそうとも言えず、

大手の牧場の中でもセールス・プレップのみ行い、

セリ本番は他のコンサイニングを行っている牧場に

預託するということが多々あります。

 

少々話がそれましたが、今回はケンタッキーで行われている

生産牧場でのセールス・プレップについてご紹介します。

 

Photo_2

図1 セールス・プレップとコンサイニング

 

 

セリに上場される馬とされない馬の飼養管理の違い

 

日本と同じく、1歳の段階ですでにオーナーが決まっていてセリには

上場されない馬と、新たな買い手を求めてセリに上場される馬の

2パターンがあり、それぞれ管理方法が違います。

まずセリに上場されない馬ですが、ケンタッキーにはライムストーンと

呼ばれる石灰岩の層の上にアルカリ性の土壌が広がっており、

ケンタッキーブルーグラスを中心とした青草から

天然のミネラル分(カルシウムなど)が補給される恵まれた環境にあります。

 

また、新潟市と同じくらいの緯度にあり、

夏は暑過ぎず冬は寒過ぎない快適な気候を有しています。

ですので、セリに上場されない馬は悪天候時などの例外を除き、

基本的には24時間放牧が行われており、馬が怪我をしていないかなど

馬体のチェックを兼ねて朝夕2回放牧地で飼付されます。

 

一方、1歳セリは日本と同じく7~10月の夏季に開催されるため、

24時間放牧しているとどうしてもたてがみや体毛が

日焼けしてしまいます(図2)。

これは馬の成長には全く影響しませんが見栄えが悪くなるため、

セリに上場される馬は昼間の日光の強い時間を馬房内で過ごして、

夜間放牧(19時から翌朝7時まで)されています。

 

Photo_3図2 セリに上場される馬は日焼けを防ぐため夜間放牧される

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑧

○Proximal Suspensory Desmitis(PSD)いわゆる「深管骨瘤」について

 

今回は、育成馬に携わる人であれば一度は聞いたことがある疾病の

「深管骨瘤(通称シンカン)」についてご紹介致します。

深管『骨瘤』という病名が付いているこの病気ですが、

成書ではProximal Suspensory Desmitis(近位繋靭帯炎、以下PSD)と

記載されているとおり、実際の病態としては

第3中手骨の繋靭帯付着部における炎症に起因するものです(画像①)。

 

Photo画像①:赤丸内が繋靭帯付着部

 

沈み込んだ球節を繋靭帯が引っ張り上げる際、

この付着部には強いテンションがかかります。

PSDはその際に起こる外傷性の捻挫だと考えられており、

急旋回や細かい回転運動はそのリスクを高めるものとして知られています。

また、重症例ではこの部位が剥離骨折することもあります(画像②)。

 

Photo_2画像②:矢印先の逆U字型の骨折線

 

PSDを発症した場合、跛行は数日から数週間続きます。

急性例では熱感や腫脹を伴い、

同部に圧痛を認めることもあります(画像③)。

慢性例では間欠的な跛行を呈すのみで、

明らかな臨床所見を伴わないことがあります。

 

Photo_3画像③:触診方法(赤丸内が繋靭帯付着部)

 

診断は診断麻酔によって行います。

外側掌側神経麻酔(副手根骨の内側:画像④赤丸)を用い、

High-4-point麻酔(掌側中手神経および掌側指神経の麻酔:画像④青丸)を

併用することもあります。

ただし、上記麻酔は腕節以下全体に効果があるため、

確定診断には事前に球節以下の診断麻酔(Low-4-point麻酔:画像⑤)を

行うなどして、球節以下に異常がないことを確かめておく必要があります。

 

Photo_5画像④:外側掌側神経およびHigh-4-point麻酔

黄色線が神経走行(赤丸が外側掌側神経麻酔部位、

青丸がHigh-4-point麻酔部位)

 

Photo_6画像⑤:Low-4-point麻酔部位

 

上記のような骨折が認められることもあるため、

レントゲン検査などの画像診断も重要になってきます。

栗東トレーニング・センターでは、2013年より導入された

MRI装置を用いて予後の診断を行うこともあります(画像⑥)。

 

Photo_7画像⑥ 左:縦断面 右:左画像の黄色線部位における横断像

上記画像では黄色矢印部分が他の部分と比較して白く描出されており、

その部分に炎症が起きていると判断できます。

 

PSDは重症でなければ比較的早く調教復帰することも可能ですが、

調教再開時の再発例が多く認められます。

その要因の一つとして、一定期間休養させた若馬の騎乗再開時における、

スピードコントロールの困難さが挙げられます。

さらにもう一つの要因として、トラックで調教する前段階で

一般的に用いられているラウンドペンでのランジングや騎乗においては、

細かい回転運動が不可避であることが挙げられます。

そこで、日高育成牧場ではトレッドミルを用いた

リハビリテーションを行っています(画像⑦)。

 

Photo_8画像⑦:トレッドミルでのリハビリ風景

 

トレッドミルを用いるメリットとして、

・騎乗せずにある程度の負荷をかけることができる

・細かい回転運動を行わないで済む

などが挙げられます。

 

PSD発症馬に対しては、一定期間の休養で疼痛および跛行が消失した後、

トレッドミルで徐々に負荷をかけていきます。

多くの場合、トレッドミルでの運動を1週間程度実施する

リハビリテーションを行い、騎乗調教に復帰させています。

一度発症してしまうと繰り返すことも多く、

特に育成馬にとってはやっかいな病気の1つであるため、

強調教後はよく冷却するなど日常的なケアも重要です。

育成馬ブログ 生産編⑧(その2)

「感染性子宮内膜炎」について

 

○子宮内膜炎の治療

 

ハグヤードに所属する獣医師は、

検査室(Laboratory)から返ってきた結果をもとに治療を行っていました。

まとめると下記のとおりでした。

 

1)細菌が検出されないが、貯留液のみ認められる場合

→アセチルシステインを使用。製剤は10%なので、

3%に薄めて使用(製剤20mlに対し生理食塩水を40ml添加)。

60mlをポンプで2本、120mlを子宮内に注入。

 

2)β溶血性連鎖球菌(beta Streptococcus species)のみが検出された場合

→子宮洗浄(生理食塩水2リットルで2回)を行った後、

アンピシリンを使用(ペニシリン系であれば何でも良い)。

1バイアル(2g)を注射用水(滅菌水)で溶かして、

60mlのポンプで1本子宮内に注入。

 

3)大腸菌(Escherichia coli)のみが検出された場合

→子宮洗浄(生理食塩水2リットルで2回)を行った後、

ポリミキシンBを使用。

1バイアル(500,000U)を注射用水(滅菌水)で溶かして、

60mlのポンプで1本子宮内に注入。

 

4)β溶血性連鎖球菌および大腸菌の両方が検出された場合

→子宮洗浄(生理食塩水2リットルで2回)を行った後、

Timentin(Ticarcillin3gとClavulanic acid100mgが

あらかじめ混合された合剤)を使用。

1バイアルを注射用水(滅菌水)で溶かして、

60mlのポンプで1本子宮内に注入。

 

5)その他の細菌が検出された場合

→感受性試験の結果に基づいて抗菌薬を選択。

 

6)真菌が検出された場合

→真菌培養はハグヤードでは行っておらず、

コーネル大学もしくはケンタッキー大学に検査に出す。

感受性試験の結果に基づいて抗真菌薬を選択する。

 

 

○理想的な診療体制

 

前回ご紹介した日高での調査は4年間で1,252件のサンプルを

分析したものであったのに対し、

ハグヤードではたったの1年間で6,947件ものサンプルを検査していました。

なんと、日本の約22倍もの頻度できちんと検査が

行われているという計算になります。

もちろん、生産頭数も多いのですが、ケンタッキーが約12,000頭に対し

北海道は約6,800頭と1.8倍程度しか違いません。

 

前回の内容と重複しますが、我が国の感染性子宮内膜炎の治療においては、

その都度綿棒によるぬぐい液検査(子宮スワブ)および

薬剤感受性試験(どの抗菌薬が病原菌に効果的であるかを判定する検査)が

実施されているわけではなく、

臨床獣医師が経験的に抗菌薬を選択しているのが現状です。

 

ケンタッキーのように、全ての症例に対する検査の実施が理想的です。

しかし、土地が平坦で牧場が密集しているケンタッキーとは環境が異なり、

日高地区は山に囲まれ牧場地帯が広範囲に及んでおり、

一人の臨床獣医師が往診できる範囲も限られています。

また、馬専門の臨床獣医師が40名も所属する大病院もありません。

このことから、我が国においては当地の効率的な手法を

そのまま応用することは現実的ではなく、

それに代わる迅速で簡便な細菌検査法の導入が望まれます。

 

(おわり)

育成馬ブログ 生産編⑧(その1)

「感染性子宮内膜炎」について

 

○ハグヤード馬医療機関の検査室

 

前回に引き続き、「感染性子宮内膜炎」についてお話しいたします。

今回は米国での臨床現場での現状をご紹介します。

世界最大の馬産地として有名なケンタッキーには

ハグヤード馬医療機関(Hagyard Equine Medical Institute、図1)と

ルードアンドリドル馬病院(Rood and Riddle Equine Hospital)という

二つの大きな病院があり、それぞれに約40名もの獣医師が所属し、

生産頭数約12,000頭と言われるこの地域の獣医療を担っています。

 

内科、外科、往診、繁殖、跛行診断の各診療科が整備されているほか、

どちらの病院にも検査室(Laboratory)が併設され、

所属する臨床獣医師のほか周辺の開業獣医師も利用することが

できるようになっています。

この検査室に子宮内スワブもしくは子宮洗浄液のサンプルを提出すると、

1時間程度で速報としてサンプル内の細菌の有無

そして細菌が検出された場合グラム陽性菌か陰性菌かが

獣医師のスマートフォンに送られてきます。

さらに概ね24時間後には細菌培養検査および

薬剤感受性試験の結果が送られてくる仕組みになっていました。

これは臨床家にとっては非常に有用なシステムで、

獣医師は送られてきた結果をもとに適切な抗菌薬を選択することができます。

 

Photo_2図1 ハグヤード馬医療機関の見取図(Google Earthに加筆)

 

○感染性子宮内膜炎の原因菌(ケンタッキーでの調査)

 

さて、そのハグヤード馬医療機関で行われた検査で検出された細菌の内訳は

どのようなものだったのでしょうか。

2014年に採材された6,947件の子宮内スワブおよび

子宮洗浄液のサンプルを用いた調査では、検出された細菌の内訳は、

β溶血性連鎖球菌(beta Streptococcus species)が42.2%、

大腸菌(Escherichia coli)が22.1%、

シュードモナス属(Pseudomonas aeruginosaおよびP. putida)が8.9%、

ブドウ球菌(Staphylococcus species)が6.7%、

エンテロバクター属(Enterobacter cloacaeおよびE. aerogenes)5.1%、

肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)が4.4%、

α溶血性連鎖球菌(alpha Streptococcus species)が2.8%、

その他の細菌が7.5%でした(図2)。

 

Photo_3図2 検出された細菌の内訳(ハグヤードの患者向け資料を改変)

 

(つづく)

育成馬ブログ 生産編⑦(その2)

「感染性子宮内膜炎」について

 

○抗菌薬の選択(我が国の実態)

 

第28回日本ウマ科学会学術集会でイノウエ・ホース・クリニックの

井上裕士先生が「生産地における抗菌薬療法の実態と課題」という

タイトルで発表した内容を引用します。

 

「一般的に発症した細菌感染性疾患に対し、

その感染部位からサンプルを採材し、原因菌を同定、

抗菌薬の感受性を確認してから患馬に投与することは理想的であるが、

細菌の培養、同定には時間がかかり、

検査自体が畜主に経済的な負担を負わせることも鑑みて、

ほとんどの場合、その症状から経験的に抗菌薬を選択している。」

 

この記載のとおり、我が国の感染性子宮内膜炎の治療においては、

その都度綿棒によるぬぐい液検査(子宮スワブ)および

薬剤感受性試験(どの抗菌薬が病原菌に効果的であるかを判定する検査)が

実施されているわけではなく、

臨床獣医師が経験的に抗菌薬を選択しているのが現状です。

 

 

感染性子宮内膜炎の治療(日高での調査)

 

前述のNOSAI日高の調査では、感染性子宮内膜炎の治療には

ペニシリンとストレプトマイシンの合剤が地域によって3%~96%、

アンピシリンが9%~94%、結晶ペニシリンが17%、

セファゾリンが8%、ゲンタマイシンが5%~6%使用されていました。

子宮頸管スワブ検体から検出された病原体で

最も多かったStreptococcus equi subsp. Zooepidemicusは

ペニシリン系抗菌薬に高い感受性(殺菌効果)を示し、

他の薬剤に対しても耐性がほとんど認められないことから

薬剤感受性試験は実施されておらず、

Streptococcus equi subsp. Zooepidemicus以外の細菌に対する

薬剤感受性試験の結果が示されています(図2)。

 

Photo_3

図2 S. Zooepidemicus以外に対する薬剤感受性

(H23生産地シンポの抄録を改変)

 

米国では、馬病院内にラボラトリー(検査室)が設置され、

ほぼ全症例で子宮スワブ検体の細菌培養検査および

薬剤感受性試験が実施され、その結果が臨床獣医師に

フィードバックされるシステムが構築されていました。

次回(来月)はその詳細をご紹介いたします。

 

(おわり)

育成馬ブログ 生産編⑦(その1)

「感染性子宮内膜炎」について

 

○「感染性子宮内膜炎」とは

 

前回の当ブログでは「交配誘発性子宮内膜炎」について

ご紹介いたしましたが、今回はもっとオーソドックスな

「感染性子宮内膜炎」についてお話しいたします。

こちらは、文字どおり細菌や真菌の感染によって

引き起こされる子宮内膜炎で、

繁殖牝馬の受胎能力を低下させる主要な原因の一つです。

エコー検査による子宮内貯留液の確認に加え、

綿棒によるぬぐい液検査(子宮スワブ)によって

細菌もしくは真菌が検出されることで診断されます(写真1)。

治療法として、子宮洗浄や抗菌薬の子宮内投与があります。

今回は感染性子宮炎ではどのような細菌が検出され、

どのような抗菌薬が有効なのか、

日米の臨床データを比較してみたいと思います。

 

Photo

写真1 細菌検査のための子宮内スワブの採取

 

 

感染性子宮内膜炎の原因菌(日高での調査)

 

第39回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム

(H23生産地シンポ)でNOSAI日高(現NOSAIみなみ北海道)の扇谷学先生が

「馬子宮頸管スワブからの細菌分離と子宮内投与抗菌薬の使用状況について」

というタイトルで発表した内容をご紹介します。

平成19年から22年にかけて日高管内で実施された

1,252件の子宮頸管スワブ検体を用いた調査では、

細菌もしくは真菌が検出されたのは59%、

検出されなかったのは41%という結果でした。

検出された病原体の内訳は、連鎖球菌の一種である

Streptococcus equi subsp. Zooepidemicusが45%、

Escherichia coli(大腸菌)が11%、

Streptococcus equi subsp. Zooepidemicus以外のグラム陽性菌が9%、

Escherichia coli以外のグラム陰性菌が5%、真菌が1%でした(図1)。

また、細菌が検出された検体の21%からは

2種類以上の細菌が検出されました。

 

Photo_2

図1 検出された病原体の内訳(H23生産地シンポの抄録を改変)

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑦

○ 日高育成牧場での乳酸値測定

 

日高育成牧場では、ブリーズアップセールに向けて

2歳育成馬たちの調教を進めています。

ブリーズアップセールまで1ヶ月を切り、

坂路でのスピード調教など強い負荷のかかる調教も増えてきました。

日高育成牧場ではそのような強い負荷をかける調教を実施した

直後に採血を行い、血中乳酸値を測定しています。

 

Photo

(写真1)坂路調教後の採血風景

 

乳酸は、無酸素運動時に筋肉内でグルコースが代謝される過程で産生される

物質であり、運動時の重要なエネルギー源として利用されています。

良く聞かれることですが、いわゆる「筋肉の疲労物質」ではありません。

今回行った調教がその馬にとって強い運動負荷であったかを

判定するための、疲労の指標として活用されています。

 

乳酸値は走行速度・運動強度に比例して高くなっていきます。

また、一般的には血中乳酸濃度が「4mmol/L」以下の運動を有酸素運動、

「4mmol/L」以上の運動を無酸素運動と判断します。

調教後の乳酸値を測定することで、現在の調教強度で

どれほどの負荷をかけられているか客観的に評価することができます。

そのため翌日以降の調教内容を決める参考になります。

 

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(写真2)乳酸値の簡易測定器(ラクテート・プロ2)

 

乳酸値による評価は迅速・簡便に行うことが出来るため、

すぐに調教内容へのフィードバックを行うことができます。

これを活用していくことで、より効果的でオーバーワークにならない

調教を進めていきたいと考えています。

育成馬ブログ 日高⑥

育成馬の装蹄開始のタイミング

 

市場購買した1歳馬は、裸足、いわゆる

「跣蹄(せんてい)」の状態で入厩します。

その後、調教が進み、蹄が走行時の負担に耐えられなく

なってくると蹄鉄を装着します。

では、いったいどのタイミングで蹄鉄を装着するのが適切なのでしょうか?

 

1_3写真1 装蹄の様子

 

野生の馬は蹄を削切することも蹄鉄を装着することもありません。

それは彼らの運動量に関係しているのです。

競走馬や乗馬と比較して運動量が少ないため、

蹄が伸びた分だけ減ることで、バランスが保たれるため、

装蹄の必要がないわけです。

しかし育成馬は違います。

日々調教強度が増すとともに、蹄への負担は増加していきます。

蹄鉄には「滑走」および「摩滅」の防止という大きな役割があります。

運動時に跣蹄の状態で着地すると蹄が滑り、

蹄叉(蹄の裏の三角形の弾力装置、衝撃を和らげたり、

蹄の隅々に血液を送る重要な部位:写真2)に衝撃がかかります。

運動量が増えてくると蹄叉が絶えられなくなり、

中央部に横裂が生じます(写真2)。

このタイミングで装着すればまず問題はないでしょう。

この状態を見過ごすとやがて裂け目から出血し、

重度の場合には蹄叉欠損となり、調教は困難となります。

この兆候を見逃さず早めに蹄鉄を装着することが重要です。

 

Photo_2写真2 蹄叉の横裂

 

ほかにも蹄を曳きずったり、負重による摩滅を

削蹄で直しきれなくなった場合には早めの蹄鉄装着が必要となります。

当場では装蹄師による継続的なチェックを行うことで護蹄管理に努め、

必要に応じて前肢もしくは後肢のいずれか一方から、

もしくは最初から前後肢に蹄鉄を装着していきます。

2歳3月の現時点では、すべての育成馬に蹄鉄が装着されています。

蹄鉄を装着してからも蹄鉄の摩滅の具合は1頭1頭異なるため、

蹄鉄を装着したから大丈夫!ではなく、運動量とのバランスを

考慮しながら護蹄管理を続けることが重要といえるでしょう。