化粧するのは自分の顔(日高)

427日のBUセールまで残すところ1ヵ月半。セールに向けた準備が忙しくなってきました。個体情報で購買者の方に開示するための四肢のレントゲン検査、喉の内視鏡検査、屈腱部のエコー検査、喉の手術を実施した馬に対するトレッドミルでの運動負荷試験など、スケージュールがビッシリです。

そういった中、39日からBUセールの名簿に掲載する上場馬の写真撮影を開始しました。既報でもお伝えしていますが、今年の日高は雪が多く残り、現時点では撮影場所はまだ雪に覆われています。本年のセール日程から逆算して、1ヶ月前には撮影を終了しなければなりませんが、気候が味方してくれなければお手上げです。

Photo 

背景に雪が残る中、始まった写真撮影。撮影場所は除雪後、凍結防止剤を撒き何とか使えるようにしました。馬はチーサキーの07(牡 父:プリサイズエンド)。馬が綺麗に四肢を配し、立ち位置が決まったらICレコーダーから発せられる馬のいななき音がキリッとした馬の表情作りに役立ちます。

育成馬達の調教は、週2回の1,000m屋内坂路で行うスピード調教を着実にこなし順調に進んでいます。スピードの指示は、2月末時点で「3ハロンをハロン16秒刻みで48秒」にまでになっています。坂路馬場は平坦な馬場に比べて心肺機能に対する運動負荷が強く、心拍数による調査によればその差は3%の坂路で1~2秒とされています。つまり現時点でハロン15秒以上の負荷の調教が出来ていることになります。このスピード指示は、3月下旬にはさらに15秒にまでアップします。

Photo_2 

1,000m屋内坂路での併走によるスピード調教。向かって右が昨年の最優秀2歳牡馬セイウンワンダーの全妹、セイウンクノイチの07(牝 父グラスワンダー)、左はランビーの07(牝 父ストラヴィンスキー)。この日(35日)は2本目のスピード調教の中間3ハロンを持ったまま18.116.416.5秒で上ってきました。両馬とも期待の牝馬です。

さて、今回の表題「化粧するのは自分の顔」。何のことでしょうか?

JRA30年ほど前から海外競馬先進国に「実践研修」と称してその優れた技術やノウハウ、考え方などを学び、帰国後は自らJRAの育成牧場でその成果を実践してきました。派遣された国はアメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、フランス、オーストラリア、ニュージーランドの7カ国に及びます。

世界各国、いかに強い競走馬を作るかに試行錯誤をしている点では一致していますが、それぞれの国にはそれぞれ異なった気候、地勢をはじめとした違いがあります。当然、馬に携わってきた歴史や文化的な違いも存在します。そういったことを承知しつつ、まず先進国から学ぶ姿勢で、それぞれの国で行われている手法をまず試しました。これは他人(海外のホースマン)が自分の顔(環境や施設)に行っている化粧の方法(馬の管理方法)をそのまま自分の顔に用いたといえるものでした。このプロセスの中で多くの新しい技術や考え方が導入されましたが、一方で育成牧場の担当者からは、「研修生が帰ってくる度にコロコロ育成馬の管理の仕方が変る」「なぜこれまでの方法ではいけないのか」などと不評な部分があったのも事実です。しかし、こうした経緯の中から、育成業務を継続する中でそれぞれの手法の背景にある考え方が整理され、現在のJRA育成牧場の管理手法に収束してきたわけです。たとえるならば、自分の顔に自分で化粧をしてきたわけです。

小さな例を挙げれば、育成馬を引く際の道具です。アメリカではチェーンシャンク、チフニー(ハートバミ)が主として使われています。一方ヨーロッパでは棒バミ(ストレートバービット)が多用されます。その当時の日高の育成牧場では無口頭絡で引くことが主流でした。JRAでは両方を試し紆余曲折はありましたが、効果や取り扱いの特徴などを検討した結果、現在は必ず無口頭絡の上にチフニーを用いるようになりました。今では、普段から馬をしつける上ではなくてはならないものになっています。

Photo_3 

チフニー(ハートバミ)。引き手のナスカンは、下の環に付けます。

Photo_4 

無口の上からチフニーを装着した状態。馬はフォーントの07(牡 父:キングカメハメハ)。素直な馬ですが、そろそろ牡らしさが出てきて人に挑戦してくる場面も見られます。そういったときにしっかりと御すためにもチフニーは不可欠です。

私は、研修で滞在していたアイルランドの厩舎で、調教師に「あなたの今の調教スタイルや考え方を形作る上で、アシスタントとして働いた厩舎のどんな経験が役に立っているか」と尋ねたことがあります。彼は「極言すれば、私はアシスタントとして朝早くから夜遅くまで働いただけ。色々な経験はさせてもらったが、一番役に立っているのはその経験を元に自分が実際に調教師として試行錯誤したことであり、特に犯してしまった失敗を忘れないことだ。」と答えてくれました。まさに、他の人の化粧の仕方を学び、その上に自分のアイデアも加え、自らの顔に化粧をすることによってさらに良い方法を見出してきたのではないでしょうか。

育成牧場には多くの生産育成に携わる皆さんが見学、視察に来られます。今回の話はちょっと重くなってしまいましたが、私達の取り組んでいる管理方法の中から少しでも参考にしていただく部分があれば幸いですし、そういったアイデアに富んだ育成牧場でありたいと思っています。

Photo_5 

馬体やボディコンディションのチェックを含めた測尺の手順を視察する獣医や育成牧場の皆さん。

  

オン・ザ・ブライドル(On The Bridle) (日高)

例年になく雪が多く、おまけに寒暖の差が激しい日高です。圧雪であれば問題ないのですが、溶けて凍るためたちが悪いのです。このため、週2回の坂路調教では2km離れたスタート地点までのアクセス路の確保には大きな労力を要します。また、調教後のパドック放牧も危険なため行えなくなります。これも自然のなせる技とゆったり構えて、やり過ごすしかありません。雪が残り、まだまだ寒さは厳しいですが、日に日に長くなる日照時間と馬の冬毛が抜け始めたことに春を感じるこのごろです。

さて、うれしいニュースです。JRAが昨年の種付けシーズンから新たに開始した、生産からの育成業務。その生産馬第一号が221日(土)に産声を上げました。体重59kgの立派な牡駒です。予定日から11日遅れましたが、産気づいたのが夜7時前であったこともあり、多くの職員が見守る中、ほぼ完全な自然分娩での誕生となりました。連絡の約束をしていた軽種馬育成調教センター(以降BTC)の騎乗者養成コースの生徒達16名も駆け付け、その様子を見学すると共に、出産についてのレクチャーや質疑応答が行われました。本年はこの馬を含め7頭の当歳馬が生まれる予定になっていますが、この馬達を立派な競走馬として育てていく中で、多くの試行錯誤をし、その成果を発信していけたらと思っています。

Photo_15 

BTCの生徒達が見守る中、陣痛に耐えるフジティアス(父フジキセキ)。

Photo_16 

大役を終え、優しくわが子(フジティアスの09:父デビッドジュニア)と対面する母フジティアス。子をいたわる優しい目がたまりません。

今回は、オン・ザ・ブライドルのお話。日本語にすれば「持ったまま」といったところでしょうか。つまり、じっと手綱を持ち、馬に少し我慢させた状態での騎乗で、若馬の調教では基本形ともいえるものです。

Photo_17 

シングルファイル(一列縦隊)での、オン・ザ・ブライドルによる騎乗。馬は先頭からグランエレガンスの07(牡:父スキャン)、フィンラディアの07(牡:父キングヘイロー)、カズサヴァンベールの07(牡:父アルカセット)。(写真提供:坂口誠司氏)

この騎乗を可能にするためには、馬自身に走りたいという前進気勢が求められます。しかし馬は、基本的に走らなければならないというモチベーション(動機)を持つことはできません。本来動物は、エネルギーの無駄使いをしたがらないものです。

ムチや推進扶助を使って無理に馬を前に追い出す事も可能です。しかしそういった調教で馬を追い込むと精神的にも肉体的にもしぼんでしまい、調教継続は困難になってしまいます。さらに故障(運動器疾患)発生の可能性も大きくなります。

そこで隊列の変化を用いて馬を走る気持ちにさせ、その気持ちをためることが必要になってくるわけです。ヨーロッパの調教現場で、ついつい馬の走りに任せて拳を動かすと、後から調教師に、拳はキ甲(馬の首の付け根)にじっと置いておきなさいと口すっぱく指導されたことが思い返されます。

例えるならば、おいしい寿司でも食欲が無ければ食べたくはありませんし、食べ過ぎた次の日にはもう食べたくなくなる、ということです。

調教はその効果を上げるために毎日継続し、頻度と強度を増していかなければなりません。その中でも馬がフレッシュでハッピーな気持ちでいられるように維持するために大切なことが、「出し切らない」、つまりオン・ザ・ブライドルの調教ではないでしょうか。

このような調教の結果として、育成馬が「走らされた」のではなく、「走ってしまった」と感じることが必要だと思います。この考え方は、調教に携わる世界のホースマンに言い古された金言、「馬を常にハッピーでフレッシュに保ちなさい」に通ずるのではないでしょうか。

2歳育成馬達は、2月に入り、1,000m屋内坂路で週2回のスピード調教を開始しました。隊列は2頭併走です。通常、併走での走行では、馬は横にいる馬に互いに遅れずに付いて行こうとする気持ちが生まれ、走ることに集中し始めます。結果として競い合う形になるわけです。現在(2月下旬)の指示タイムは3ハロンを16秒-16秒-16秒ですが、結果として、オン・ザ・ブライドルの騎乗で、指示よりも早いスピードで走ってしまう馬も出てきています。馬の走行や息の入り方、乗り手の様子などを観察し、指示タイムを十分にこなすことが出来ると判断した場合に、さらに上のタイム指示に移っていきます。しかし、判断している馬の体力よりも上の指示タイムに挑戦させることはほとんどありません。先にも述べましたが、無理に走らせることは、まだ成長途上の若駒に対して、運動器疾患を誘発する危険性が大きくなると考えているからです。

このような積み重ねにより、約1ヶ月後の3月末には、坂路で3ハロンを15秒-15秒-15秒で走る指示を、余裕を持ってクリアできるだけの体力をつけていくのです。 

Photo_18 

坂路での併走によるスピード調教。オン・ザ・ブライドルの騎乗で互いに競い合うことで、結果として「走ってしまう調教」を目指します。

私達が、ブリーズアップセールの騎乗供覧において、最後の2ハロンを13秒-13秒で走ることを目安にして騎乗供覧することもこのポリシーから来ているものです。馬にハロン11秒、12秒で走行する力が備わっていても、13秒を目安にオン・ザ・ブライドルで騎乗すること、これが競走馬としてスタートする馬達にとってプラスになる調教であると考えているからです。

心臓に毛を生やす(日高)

120日、21日の2日にかけて育成馬検査が実施されました。初日こそしばれがきつかったものの、この時期にしては両日とも好天に恵まれ、本部からの出張者と共にじっくり現状の日高の育成状況の目合わせが出来ました。検査は、市場で購買した56頭の2歳の他、本年誕生する生産JRA育成馬を宿した7頭の繁殖牝馬の状態も併せて実施されました。

Photo_15 

育成馬検査を実施する本部と当育成牧場の職員。馬はホワイトウォーターの07(父Songandaprayer ソングアンドアプレヤー)。この検査は育成状況を把握するのに加え、その結果をBUセールの名簿番号決めにも活用します。

また、セイウンワンダーの活躍のお陰もあり、以前にも増して多くの方々に本会の行っている育成業務やJRA育成馬に興味を持っていただいております。ノーザンファームの方をはじめとした牧場関係者や調教師、馬主の方々が来場し、当場で取り組んでいる調教内容や管理手法、施設の成り立ちなどを熱心に見学されています。

さて、表題の「心臓に毛を生やす」お話です。私たちは物事に動じず、肝の据わった落ち着いた立ち居振る舞いをする人のことを「心臓に毛の生えた人」と言ったりします。

実はその心臓の毛、既報でもお伝えした、当場で実施している軽種馬育成調教センター(以降、BTC)生徒の騎乗研修と関連があります。彼らは昨年の4月にBTCに入学し、その後8ヶ月にわたってBTC所有の訓練馬に騎乗してみっちり練習を積んできました。慣れた大人しい訓練馬であればそつなく乗りこなせる技術レベルには達している彼らに、この時点で騎乗者として不足しているもの、それは何でしょうか。さらに上の騎乗技術はもちろんです。しかし、それ以上に求められるのは経験に裏打ちされた自信です。彼らがその自信を付けることを、私は「心臓に毛を生やす」と言っています。つまり私達JRAでの研修に対して彼らが求めているのは、「心臓に毛を生やすこと」であると考えています。そのために彼らにはJRA育成馬や研究馬を含め60頭近い2歳馬の中から技量に合わせて毎日の騎乗馬が割り振られます。

過去、私はアイルランドの厩舎に滞在したことがあります。そこで騎乗する中で痛感したのが現地の若い騎乗者の肝っ玉の太さです。相当の暴れ馬でもやんちゃな馬でも、「こんなもんさ」という雰囲気で、叱る時は厳しく褒める時は十分に、メリハリをつけて騎乗していました。深く頭で考えている様子ではなく、反射的な反応です。これは彼らが幼少時から馬に接してきた経験から、ごく自然に馬というものを肌で感じとっているからではないかと強く思いました。なかなか幼少時から馬に接する経験を持つことが出来ない日本の環境の中で、少しでもナチュラルなホースマンを育成するために必要なのは、絶対的に豊富な経験、実践であると思います。

最初のうちは、育成馬の中でも安定した走行のできる安全な馬を割り当てます。しかしそういった馬でも最初は新しい環境、初めての馬ということもあり、彼ら自身にとっては精一杯の状況となることが多いものです。しかし習得の速さはやはり若さのなせる業でしょうか、ぐんぐん上手になってきます。彼らには、毎日騎乗日誌を書かせていますが、しばらくすると「指示通り乗れた」「安定した走行が出来た」などという反応が返ってくるようになり、中には「完璧に乗れた」などというコメントが見られることもあります。彼らの成長を喜ぶと同時に、さらに上の騎乗を求めたり、もう1つ難度の高い馬を割り当てたりすることで、常にチャレンジする気持ちを失わせないように配慮しています。

そういったプロセスを経ながら、彼らの研修は413日(月曜日)に開催予定の当場の展示会まで続きます。そこで彼らは、卒業騎乗として多くの来場者の前での騎乗供覧に騎乗することになるのです。 出される指示は5ハロン(1ハロンは200m)の走行で最後の2ハロンを14秒-14秒のスピード。この指示をしっかりこなすことができるようになった彼らの心臓には、しっかりと毛が生えていることと思います。

このように競馬会の行っている育成業務は、調教した育成馬の活用を通して、産地の育成牧場で働く人材の養成にも一役買っているのです。

Photo_18   

ウォーミングアップを行う生徒達。騎乗馬は研究馬。

Photo_19   

800mトラック馬場で1列縦隊の指示で騎乗する生徒達。騎乗馬は研究馬。

V200 

V200の測定試験に騎乗する生徒達(後ろの2頭)。2列縦隊で前列を走る職員のスピードにあわせて追走します。色々な馬に、色々な環境設定で騎乗することにより、心臓に沢山の太い毛を生やしてほしいと思います。馬は左から、イアラガディスの07(牝、父アフリート)、インオンザゴシップの07(牝、父Sky Mesa)、レモンキスの07(牝、父フレンチデピュティ)、サブノリアルの07(牝、父クロフネ)。

育成のこだわりと「管理指針」(日高)

少々遅くなりましたが、皆様明けましておめでとうございます。日高の育成馬達は、年末年始も休むことなくウォーキングマシン運動や放牧を課され、年内の調教で若干しまった馬体が逆に少しフックラとし、フレッシュな状態で新年を迎えることができました。15日現在でほぼすべての馬達が、週2回の坂路調教(1,000m2本:スピードは2本目をハロン20秒程度)をこなせるようになっています。

Photo 

・年が開け新雪の上を坂路に向かう育成馬たち。気持ちも新たに、今年も育成業務を通して色々なことに取り組んでいきたいと思います。

しかしその中で、残念な事故がありました。マイナス10度近く冷え込んだ年末の朝、プロポーションラブの07(牝:父オペラハウス)がパドックでの放牧直後に転倒し、腰角(こしかど)を強打してしまったのです。事故直後には跛行が重度であり最悪の事態も脳裏によぎりましたが、幸い翌日には体重負荷ができる様になり、現在少しずつ快方に向かっています。前日に解けた雪が凍り、その上に薄く雪が積もって滑りやすくなっていたことが誘因でした。十分にチェックをしているつもりでもまだ足りないのだと反省しきりです。

もう1つトピックとして、今月8日から軽種馬育成調教センター(以後BTC)の騎乗者養成コースの生徒達によるJRA育成馬を用いた騎乗実践研修が始まりました。16名の生徒たちが3班に分かれ、育成馬が退厩する4月中旬までそれぞれの技術レベルに応じた騎乗馬を割り振られ、多くの経験を積んでいきます。

Btc 

800m屋内トラックで騎乗する第16名の生徒達。色々な馬の背中から、多くのものを学んでほしいと思います。

さて、前回に引き続き育成への「こだわり」についてです。昨年末のBTC利用者との意見交換会では、色々な場面やステージにおける、まさに三者三様のこだわりがクローズアップされました。

その会を企画した当場としては、交換会の冒頭「日高育成牧場のこだわり」と題して口火を切ることとなりました。話したいこだわりを思いつくままにまとめたところ、結果として2年前に作成した「JRA育成牧場管理指針」(以下 管理指針)に記されていることと同じものになりました。さて、「管理指針」とはどんなものなのでしょうか。

今でこそその差はかなり縮まりましたが、30年ほど前、日本の育成技術やその考え方は、競馬先進諸国とは大きな隔たりがありました。そこがウイークポイントと考えた競馬会は、イギリス、アイルアンド、フランス、アメリカ、カナダ、オセアニアなどに職員を派遣し、実際に牧場や厩舎で実践研修をすることで多くのことを学ばせました。学んできたことを実際に試し定着させるため、帰国後は研修に行った職員を育成牧場に配属し、新しい視点に立った育成技術の開発に取り組ませてきました。その中で民間の育成者の方々にも広がり定着したものとしては、騎乗馴致に対する考え方やドライビングの技術(調馬索という2本の長いロープをハミに付け、騎乗せずに馬の後ろから推進することで口向きを作る手法)、冬場の馬服を着せての放牧、色々な場面での馬の展示方法など多岐にわたります。

同時にJRAの育成牧場にも「JRA仕様」となった若馬の管理方法やその根底にある考え方が定着してきました。それらをまとめ更なる普及につなげるために作成したのが、「JRA育成牧場管理指針」です。中には科学的なアプローチにより裏付けのある記述も含まれます。しかし多くは、海外から学び「強い馬づくり」を目指す試行錯誤の中から生まれた「こだわり」そのものです。内容的には、応用できるものも多いのではないかと自負はしていますが、だからといって押し付けるつもりは毛頭ありません。強い馬をつくる道は一通りではありませんし、一つの提案だと考えていただけたらよいと思います。

Photo_2 

2年前に版が出された「JRA育成牧場管理指針」。現在は2版となりますが、薄いこの冊子はこれまでの育成業務において長い年月をかけて磨かれた「こだわり」の集大成ともいえるものです。

意見交換会では、BTCでトップにランクされた実力を背景に、育成者の皆さんが信念を持ってそれぞれの「こだわり」を披露して下さいました。同様に、私達は昨年のJRA育成馬であるセイウンワンダー号の朝日杯フューチュリティSJpnⅠ)勝利を、我々のこだわりの集大成である[管理指針]の内容を広く伝えるチャンスであると捉えています。今後も育成業務が続く限り「管理指針」は少しずつ充実し、改定されていくことになるわけです。

育成へのこだわり(日高)

前回2頭の活躍馬として紹介した内の1セイウンワンダー号(父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)が大仕事をしてくれました。朝日杯フューチュリティS(GⅠ)で見事に優勝、2歳牡馬チャンピオンになったのです。これまでの抽選馬、育成馬の長い歴史の中で牡馬のGⅠ制覇は始めてです。岩田康誠騎手の好騎乗に加え、新潟2歳ステークス以来3ヶ月半ぶりとなる競馬にもかかわらずキッチリと仕上げた厩舎関係者の苦労には頭が下がります。育成馬達がこうした活躍をしてくれることで、私達の行う育成業務への関心が高まり、ひいては成果の普及の追い風になるのではないかと思っています。

本年の育成馬達は、時期をずらして3つのグループに分けて馴致をしてきましたが、1群として先に進めた群が調教進度を維持する中で、3群の調教がほぼ追いついてきました。その内容は、週21,000m屋内坂路で駆歩を2本、スピードはハロン2520秒というものです。坂路を利用することで、常歩の距離は4km、時間は約40分にもなります。今後年末年始は、ウォーキングマシンとパドック放牧を中心とした管理を行いますが、年明けからは基本同一レベルの調教を開始できそうです。調教強度がさらに増すなか、当然調教を加減していかなければならない馬も出てくるとは思いますが・・・・。

Photo 

・撮りためた写真から探し出した一枚。今年の1月、パドックでのんびり日光浴をするセイウンワンダーです。やんちゃな馬という印象が強かったセイウンでしたが、こんなオットリした表情も見せていたのですね。

Photo_2 

・突然降りだしたゲリラ吹雪の中、坂路馬場に向かう馬達。次のセイウンを目指して、着実に調教を積み重ねていきます。

Photo_3 

・本年は年内にすべての育成馬が1,000m屋内坂路で2本の調教を行うレベルに達しています。

さて、今回は育成に対する「こだわり」について書いてみたいと思います。「こだわる」を広辞苑で引いてみると「些細な点にまで気を配る。思い入れする」とあります。何度もお伝えしていますが、私達が育成業務を行う意義は、その中で行った調査研究、技術開発の成果を広く多くの方に伝え、少しでも日本の育成のレベルアップに役立てることを目的としています。科学的な実験や研究は再現性がありその結果には有無をいえぬ強さがあります。その一方、実際に育成に携わっていると、科学的に白黒は決められないものの、ここは譲れないということも数多く出てきます。たとえるならば、科学のデータはしっかりした骨格、こだわりは皮膚といえるかもしれません。皮膚は薄いものですが、それが顔の表情を左右する決め手ともなります。

例を上げれば、馬の育成・調教の要諦として「馬をいつもフレッシュでハッピーな状態に保つ」ということがいわれています。この考え方に異を唱える方はほとんどいないと思いますが、はたして馬のフレッシュやハッピーは何処で判断するの?という疑問が沸いてきます。それを理解できる感覚や手法などもこだわりの1つではないかと思うのです。

実は先日BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催し、その主題を「若馬の育成へのこだわり」としました。この意見交換会は本年が6回目となりますが、利用者の間に日高育成牧場が仲立ちをすることで、相互のコミュニケーションの場を設けて、全体としての育成技術のレベルアップや意思疎通を図ることを目的として毎年、年末に実施しているものです。

Photo_4 

・意見交換会の風景。こだわりについて述べる吉澤ステーブルのH場長。5名のパネラーを前にして、取り囲んだ来場者との会話のキャッチボールが弾みます。

今回はこれまで以上に誰でも発言をしやすい雰囲気作りを目指し、広く浅く利用者が誰でも持っている育成に対する「こだわり」にスポットをあてました。しかし前述のように、それらの多くは残念ながら「感覚・経験」に立脚したものであり、重みを持つためには競走成績という「実績」が伴わなければならないのが実状です。このことから今回は、本年の中央競馬2歳戦で上位にランクされた5名のBTC利用者にパネラーをお願いしました。

口火として、日高育成牧場のこだわりの一端を紹介し、その後パネラーの発言に移りました。育成規模やBTC利用経歴からもバラエティーのあるパネラーがそろい、期待どおり各人各様の育成に対するこだわりが紹介され、来場者からはそれらに対する質問もなされました。例えば、年内にどの程度まで1歳馬の調教を進めるのかということついても、スピードでハロン1313秒を求める方から、ハロン20秒までで十分と考えている方までおられます。成績を上げた方たちの言葉ですので説得力はありますが、各育成者がどの考えに共感するかは自由です。

つまりこの会ではそれらの正誤を問うのではなく、その多様性を参加者皆で認識するにとどめ、その中でヒントをつかむという形としました。参加した皆さんからは、活躍している他の育成者の方から参考になる考え方を聞け、質問も出来て役に立ったというコメントも聞かれました。

こういった「こだわり」は多岐にわたり、1回の会で言い尽くされるものではなく、今後もしばらく同様の切り口で、開催していきたいと考えています。次回からは、この会で紹介した日高育成牧場のこだわりや、出席の皆さんから披露されたこだわりについてお伝えしていこうと思います。

対照的な二頭(その2)

11月下旬にまとまった雪が降り、すっかり冬景色の日高育成牧場です。まだ根雪とはならないでしょうが、車の運転に気が抜けない季節になりました。

1118,19日の2日間、本部職員が来場して育成馬検査が実施されました。購買してから馴致を経た育成馬の成長状況を把握すると共に、これまで実施した内視鏡やレントゲン、超音波などによる検査で確認された疾病に対して今後の対応を決定します。

育成は概ね順調との判断でしたが、内視鏡検査で確認されたサブノリアルの07(父:クロフネ)の喉頭蓋下膿胞(喉に膿の入った袋ができる病気)に対して、年内に切除手術を行うことになりました。喉頭蓋下膿胞は、完治すれば競走馬としての将来には影響のないものです。こういった手術はもちろん、育成馬全頭の各種検査の内容についてもBUセールの際にお配りする「育成馬個体情報」に掲載されることになります。

Photo

・雪景色の中での調教後のクーリングダウン。

さて、前回に引き続き、2頭の活躍馬セイウンワンダー号(以後セイウン、牡2歳:父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)、ナイキハイグレード号(以後ナイキ、牡2歳:父アグネスタキオン、母ダイアモンドコア)の育成期間について見ていきます。

Photo_2 

・セイウンの体重の推移です。

両馬とも育成計画に準じた調教をこなしながら概ね順調な成長をみせ、500Kgを超える大型馬となりました。成長曲線では、どちらも10月下旬から12月上旬にかけてやや足踏み状態がみられます。これは育成馬全体に見られる傾向ですが、騎乗馴致に伴い放牧中心の管理から、舎飼中心の管理に移行することで腸管の滞留食物量が少なくなる点(草腹の解消)、馴致前後の精神的、肉体的負荷が要因であろうと考えています。育成牧場ではこの成長の停滞傾向をなるべく少なくし、より滑らかな成長曲線を描けるように飼養管理、運動管理に配慮しています。

似たような成長曲線を描いて成長した2頭ですが、馬体から受ける24月時点での印象はまったく違っていました。写真にあるようにセイウンは成長によりキ甲が抜け、体高と馬体に伸びが出たことで、スッキリとした素軽い印象を受けます。父グラスワンダーではなく、まさに母父のサンデーサイレンスが強く出たイメージに成長しました。

一方ナイキは筋肉質でガッチリしており、購買時と比べて伸びは出たものの、どちらかといえば詰まった体型が残り、これも父アグネスタキオンではなくミスプロ系の母父ジェイドロバリーが強く出てきたように感じました。

Photo_2

3月下旬のセイウン。すらっとした伸びのある大型馬(体高162cm、体重518kg 4/11計測)。

  Photo_3

3月下旬のナイキ。がっちりとした詰まった体型(体高158.5cm、体重510kg 4/11計測)。

次に、測定時点の体力指標の1つであるV200値(心拍数が200回/分となる時の馬の走行スピードを分速で表示したもの)を見てみましょう。測定は2歳の2月、4月の上旬に行いました。

Photo_4

・先頭左がV200測定のための規定運動を行うナイキ。2列縦隊でスピードを段階的に上げ、その時の心拍数を測定します。

  Photo_3

・グラフは右肩上がりで、2月上旬から4月上旬にかけて体力が向上したことがわかります。

V200値には個体差が大きく、4月の測定では550850/分程度の幅がありました。その中で両馬ともほぼ平均的な推移を示しており、測定時点では他の育成馬と比べ特に飛びぬけた体力を持っていたわけではなく、両馬を比べても大きな差はなかったと考えられます。

上記の比較では2頭に大きな差は見られませんが、実際に馬に接してきた私達は、この2頭の性格にはずいぶん違った印象を受けました。端的にいえば、セイウンは「ピリッ」とした、ナイキは「オットリ」したイメージです。

セイウンは調教での素軽い動きもさることながら、馬房の中でも落ち着かない面があり、馬房に人が入るとすぐにちょっかいを出し、人が強い態度で接しなければ、いつでもボスの座を狙っているというタイプでした。プライドが高いのか頭を触られることを嫌い、騎乗担当者は頭絡をつけるのに最後まで苦労させられました。

一方ナイキは、オットリした馬でBTC生徒の騎乗実習にも使用できるタイプの馬でした。しかし、普段の調教後に「乗りやすいです」「重いぐらいです」などと答える生徒が坂路調教の後では「抑えるのが精一杯です」「手がしびれました」と息を切らして返事をしたのが強く印象に残っています。また、引き馬での坂路調教の帰りには、入れ込みがきつく暴れて放馬したこともありました。生徒の気の弱さ、技術面の未熟さは差し引いても、その変貌振りから気持ちの奥底に何かを秘めているのではないかと期待させてくれました。残念ながら育成期間中は、坂路以外で本来の実力と輝きを見せてくれたことはありませんでした。

当たり前のことですが、活躍する馬には性格的にも肉体的にも色々なタイプがおり、育成段階で活躍するかどうかを断じることは非常に難しいことです。不可能といっても過言ではないかもしれませんし、解らないから競馬という選抜手法を用いているともいえるわけです。

そういった中で、血統だけでなく色々な角度から各馬の実力を推測できることが競馬の面白さ・楽しさの大きな要素です。JRA育成馬は、BUセールにおいて育成段階の情報を購買者に伝えることで、安心と共に馬所有の夢を膨らませていただきたいと考えています。

また、この馬達はそれぞれ個性的な馬でしたが、順調に調教を進めることが出来たことが大切なことだと思います。加えて、我々育成を担当する者は、すべての馬達に分け隔てなく接し、健康・調教管理にベストを尽くすことで、競馬へのステップに引き継ぐ姿勢を保つことの重要性を再認識させられました。

もちろんその取り組みから得られた科学的なデータや感じたこと、技術的なノウハウを広く伝えていくことが我々JRAの育成牧場の使命でもあるわけです。   

二頭の活躍馬(その1)

ほぼ馴致も完了し、12群は坂路馬場へ、3群は屋内800mトラックでの調教をこなしています。最初はキョロキョロ、フラフラ走っていた馬達も、かなりドッシリと落ち着いた走りをするようになってきました。今後、冬季閉鎖になる12月まで1600mトラックでの調教、隊列を意識した調教を進めていきます。

本年も韓国の研修生3名が、3群馴致開始当日の1015日から約1カ月間、実践研修生として育成牧場に滞在しました。1名は韓国馬事会の職員、他2名はオーナーブリーダー牧場の若いオーナーです。3名とも前進気勢旺盛で、積極的に騎乗馴致について学んでいました。

1_3

馴致第12群は、800mトラック馬場で誘導馬を先頭にして、駆歩までの騎乗調教を行っています。

2_3

馴致の研修を終えた後は、ホースマンの基礎である騎乗練習です。誘導馬であり、毎日の練習の相棒であるフジノシャワーを囲んで左からイさん、ナさん、チェさん。

さて、既報にもあるとおり、日高で育成したナイキハイグレード号(牡2歳:父アグネスタキオン、母ダイアモンドコア)が大井競馬場で行われたハイセイコー記念(S2)を勝利しました。これで3連勝となり今後の中央所属馬との対戦もますます楽しみになってきました。そこで、今回から2回に分けて、本年売却した育成馬のなかで活躍している2頭のこれまでを振り返りながら話を進めていきたいと思います。

もう1頭の馬の名前は、セイウンワンダー(牡2歳:父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)です。この馬は新潟2歳S(JpnⅢ)で、出遅れての後方待機から、大外をまくって差しきりました。

まず、2頭の購買から売却までの概略を表にしてみました。

Photo_2

現在の実力は甲乙付けがたい2頭ですが、1歳セリでの購買価格を見て見ましょう。そこには約2倍の差があります。セイウンワンダー(以後セイウン)は馬体の素晴らしさと母父サンデーサイレンスという点、一方のナイキハイグレード(以後ナイキ)は腹袋のある成長力を感じさせる馬体と期待の種牡馬アグネスタキオン(購買年の公示種付け料1200万円)産駒という点を主として評価しました。また、セリではセイウンは活発に競り上がり、ナイキは一声での購買でした。

3_3

セイウンワンダー17月入厩時。バランスの取れた馬体は非常に目を引きます。

4_3

ナイキハイグレード17月入厩時。頭の大きく写るゴロンとした印象の馬体。

さて、競走馬としてのスタートも両極端でした。表にもあるとおり、BUセールでセイウンは持ったままで1313秒の指示にもかかわらず、最終1ハロン11.3秒の豪快な動きを披露したことでセール最高価格で購買され、中央競馬への入厩が決まりました。一方、ナイキは、スピードは指示通りではありましたが、動きが少し重く映ったのか、それとも台付けの割高感からなのか主取りとなってしまったのです。

すぐにトレセンに入厩したセイウンに対し、ナイキは競走馬としての売却を目指し3週間後に迫った千葉トレーニングセールに向け競馬学校に移動、引き続き調教が続けられました。セールの調教供覧では12.411.3秒の標準以上の時計で走行。台付け(セリでのスタート価格)は、声をかけていただくことを期待してBUセールでの主取り価格よりもさらにディスカウントし、1200万円に設定。しかし、残念ながら結果は主取。アグネスタキオンが「なぜ売れないの?」という気持ちと、競走馬としての将来を打ち砕かれたことで大いに落胆させられました。

幸い再上場の申し込みがあり、この馬の競走馬としての将来、もしかしたらせり上げもあるかもしれないという期待から、さらに台付け価格を下げて受けることになったのです。再上場は、通常呼び出しをかけた購買者が一声で落札することが多いのですが、蓋を明けてみると今までの沈黙がウソのような活発な競り合い。結局は最初の台付け価格より少しだけ安い1160万円で購買され、地方競馬で走ることとなったのです。競走馬としての将来を夢見ることが出来ると胸をなでおろすと共にセリの難しさを痛感したものです。

5_3

千葉セールでのナイキハイグレード。すっきりとした見違える馬体に変貌したナイキでしたが…。(写真提供:馬市.com

6_3

千葉のセールでの騎乗供覧。右がナイキハイグレード。ゴール前を12.411.3秒で軽快に走り抜けましたが…。(写真提供:馬市.com

BUセールの売却の際、購買者の方々にお配りしている育成馬の個体情報には、育成牧場における種々の成長の過程や医療情報に加えて育成牧場からのコメントも記載されています。

セイウンには「購買時は父グラスワンダーの雰囲気が強かったが、育成が進むにつれて母父サンデーサイレンスが強く表に出てきた。特に気性面では、人がしっかりとした態度で臨まなければ圧倒される強さを持つ。その気性が勝負根性と躍動感あふれる走りを生み出す。」というコメント。ナイキのコメントには「大種牡馬サンデーサイレンスの後継の筆頭と目されるアグネスタキオン産駒で期待も高まる。坂路で併走しての燃えるような走りと、普段の力を抜いた動きとが好対照。コンパクトな1歳時のイメージに、少しずつ伸びが加わってきた。」と書かれています。この文章に込められた思いと期待、育成期間中のエピソードなどの対比の詳細、この2頭が教えてくれたことなどは、引き続き次回にお伝えしたいと思います。

 

騎乗馴致におけるランジングとペン(丸馬場)の有用性

山の木々の葉も落ち、北国のつかの間の秋があっという間に通り過ぎて冬支度完了といった日高です。先日は日高山脈の高嶺に初冠雪を確認しました。

育成馬達の馴致は順調に進んでいます。12群は屋内800mトラックでの駆歩調教をこなし、次のステップとして11月からは週2回程度屋内坂路馬場へ通うことになります。また、1015日から馴致を開始した317頭は、ペン(丸馬場)の中で騎乗できるまでになっており、数日で屋内800トラックでの集団調教に移行します。今年は幸い56頭のほぼすべてが騎乗馴致のステップを大過なく上っており、ここまでは、まず一安心といったところです。

2

1,2群の育成馬は、駆歩運動後の鎮静運動として場内各所を15分ほど常歩します。人を乗せてしっかり歩くこともこの時期の若馬にとって良い運動刺激になると考えています。背景は、初冠雪の野塚岳。

1

ゲート通過は毎日の日課となっています。

3

第3群は、騎乗に先立ち場内各所で十分なドライビングを行っています。補助者は馬から離れ、馬は御者の指示に従い前進気勢のある常歩をしています。馬はハッピーパレットの07(牝:父チーフベアハート)。

今回は、騎乗馴致でおなじみのランジング(調馬索運動)とペン(丸馬場)の有用性についてです。この話題を取り上げるきっかけとなったのは、当場で夏から秋の10月一杯まで実施している、一般ファンの方達に対する牧場内バスツアーにおいて受けた質問です。それは「騎乗馴致ではなぜ馬をペンでクルクル回すのですか」というものでした。

4

ペンの中でランジング運動する育成馬。クルクル回っています。馬はミヤビトップレディーの07(父タイキシャトル)。

騎乗馴致において我々が当たり前のこととして行っている基本ですが、以下のように説明しました。

まず、馬をクルクル回す作業はランジングといい、調馬索という約10mの長さの平打ちのロープを用います。ランジングは、よく訓練された馬であれば、調馬索だけで綺麗な円運動をさせることが可能です。しかしランジングの経験のない1歳馬たちは、調馬索で繋がれていても、どう動いていいのかわからないのです。追われることで直線的に人から逃避したり、大きく膨らむ、逆に内に入ってくるなど反応は様々です。そこで綺麗に円運動をすることを効率的に学ばせる施設として存在しているのが、ペンなのです。

5

図のように御者(馴致では二人でチームを組み役割分担をします)によって「前に動きなさい」というプレッシャーと「外に膨らみなさい」というプレッシャーを受けた馬は、ペンの壁により外に膨らめないことから、自然にその壁に沿って円運動をすることになるわけです。

図のような御者のペン内における位置関係は、馴致開始初日から騎乗が終了するまで、基本形として継続されることになります。

次に、それではなぜ馴致においてクルクル円運動を実施するのでしょうか。馴致において最も大切なのは人と馬の信頼関係に裏打ちされたコミュニケーションです。ペンは直径15mの円形をしています。そのため必然的に中心に位置する御者と壁に沿って運動する馬との距離は常に7m程度に保たれるわけです。この位置関係を守ることで、人は労せずに馬の運動を継続させ、一定の距離で馬とのコミュニケーションを交わすことが可能になるわけです。

このような役割と目的を持ったペンは、中の馬が外を見ることができない高さと、隙間を作らない工夫が必要で、ちなみに当場のペンは、高さ2.3mで安全のため内部の高さ1mほどまでゴムを貼っています。このペンとその壁を有効に使うことで、安全でスムーズな騎乗馴致を進めることができるわけです。

つまり「ランジングで行う円運動は、馬に運動をさせながら人が馬とコミュニケーションをとるために非常に有用な手法であり、ペンは馴致されていない若馬に綺麗な円運動を行わせるためにとても効率の良い施設で、騎乗馴致には不可欠なものなのです」。

騎乗馴致の前には、歯の検査(日高)

朝夕の冷え込みも始まり、山の緑も色づき始めました。育成馬の馴致も順調に進んでいます。1015日からは317頭の馴致も開始しています。今年は、これまでの過程で特に馴致を遅らさなければならない馬は出てきておらず、結局のところゆっくり調教を行う4群を設ける必要はなさそうです。

Photo 

93日に馴致を開始した第1グループは、800mトラック馬場で誘導馬を先頭に騎乗調教を行っています。

Photo_2 

924日に馴致を開始した第2グループは、騎乗を前に場内各所で十分なドライビングを行っています。

さて今回は、馬の口の中、歯の話です。

馬の騎乗に際して、ブレーキやハンドルの役割を果たすのがハミです。そのハミは図にあるように、前歯と奥歯の間(歯槽間縁といいます)に装着されます。放牧地で草を食むのには何の問題もありませんが、騎乗してコントロールするためには、人工物であるハミの装着が不可欠です。そのハミが口腔内に気持ちよく収まり、良好に機能するためには、ハミと歯によって頬や口角の皮膚が傷つかないように、その可能性のある部分の歯の角(とがった部分)を滑らかにするとともに、咀嚼に不必要な歯を抜く必要があるのです。

Photo_3 

前歯と奥歯(臼歯)の隙間を歯槽間縁といいますが、この存在がハミの装着と馬への騎乗を可能にしたといっても過言ではありません。前歯と奥歯の間の黒い●がハミを装着する位置です。Aが狼歯(やせ歯とも言われ、ハミが引かれた際に口角の皮膚を傷つけてしまうことがあります)、Bが犬歯(牡馬のみにあり、通常ハミ受けとは関係ありません)です。

手順として、まず指で狼歯の有無や歯のとがり方をチェックし、必要な場合には、口を開けて直接眼で見て確認します。

Photo_4 

歯や口の中の異常をチェックしている獣医スタッフ。ヘッドライトを使用し、奥歯の状態まで確認します。

狼歯が有る場合には、根から完全に抜歯します。馬の臼歯は咀嚼による摩滅を補うため一生伸び続けます。そのため根は非常に深く抜歯は困難ですが、狼歯は咀嚼には関与せず根も浅いため、抜歯用のノミで綺麗に抜歯することができます。

狼歯は牡牝に関係なく、およそ2/3近い馬に生えてきますが、その大きさや形は様々で、左右片方だけの場合や下顎にあることもあります。

Photo_5 

上顎臼歯の前面にある大きな狼歯。

Photo_6 

抜歯された左右の狼歯。比較は単4電池。比較的大きな狼歯ですが、抜歯の後は特に治療も必要とせずに治癒します。

抜歯が終わったら、今度はハミに当たる可能性がある前臼歯の一番手前の部分を滑らかにするため、歯をヤスリ(歯鑢:しろ)で削ります。馬の上顎は下顎に比べて幅が広く、咀嚼を繰り返すことで上顎臼歯の外側と下顎臼歯の内側が尖ってきます。その鋭利な部分を滑らかにするわけです。

Photo_7 

歯の処置専用の大きめの無口を付け、馬用のヤスリで歯を削っているところ。上顎の奥歯(臼歯)の外側を処置しています。

一度処置をしても、前述の通り馬の歯は一生伸び続けるため、ハミを付けて騎乗する限りは定期的にチェックする必要があります。育成馬達は、4月に行われるBUセールの前に再度チェックを受け、整歯された後に上場されます。

馬は大地の贈り物(日高)

Photo 

アブの来襲もなく、落ち着いて草を食む昼夜放牧の馬達

温暖化の影響でしょうか、日高は9月中旬になっても日中はまだ汗ばむ様な陽気が続き、下旬になってようやく秋らしくなってきました。さて、現在日高では3つのグループに分けて騎乗馴致を進めています。第1グループは8月購買の牡馬20頭を93日から馴致を開始し、すでに人が騎乗できるまでになっています。第2グループの約20頭は924日から騎乗馴致を開始しました。この後、第3グループは1015日の馴致開始を予定しており、それまでの間は引き続き昼夜放牧で管理します。しかし、馬の成長や状態を見て、馬にストレスのかかる騎乗馴致を遅らせた方が良いと判断した馬は、第4グループとします。

Photo_2 

腹帯馴致として行うローラー(写真の馬が腹部に装着している道具)の装着により、胸郭の圧迫に驚いては跳ねる育成馬。御者が落ち着いて馬を前に出すことで、馬はローラーの圧迫を受け入れるようになります。セリ上場を通してある程度人との関係をしつけられている馬が多くなり、これだけ暴れる馬は最近少なくなりました。このステップでは、気を緩めることができません。馬はベーシックフジの07(父:バゴ)。

Photo_3 

騎乗に移る前に行うドライビング(写真)で闊達な動きを見せる第1グループの育成馬。御者の技術が求められます。ドライビングをすることで、馬は騎乗前にハミ受けを学びます。

今回は、放牧地管理についてです。当場は表題にあるように、馬は大地で育まれ強くなるという観点に立ち、環境に優しくかつコストをかけない馬づくりを目指しています。まず本年から、堆肥作りをこれまで以上に積極的に実施しています。寝藁として使われた後の麦稈はもちろんですが、放牧地管理として行う掃除刈り後の草、これまで廃棄していた乾草など大地からいただいたものはもれなく堆肥として土に返すという試みです。

もちろん堆肥だけでは馬が土から持ち出した成分が不足し、糞尿由来のカリウム過剰など土の栄養バランスも崩れてきます。そこで、崩れたバランスを補足する指標を得る手段として土壌成分の分析や乾草の栄養分析を実施します。最近の原油高騰のあおりを受け、肥料代も農家にとって大きな負担になってきています。この取り組みの結果についても何年か先に取りまとめることができたらと考えています。

また、乾草作りや牧野の掃除刈りも積極的に行っています。本年は天候不順のため乾草作りには苦労しましたが、ラップ乾草や敷料として利用する分も含めて30Kg程度を収穫しました。

Photo_4 

掃除刈り。刈った草は細かく裁断され、放牧地で土に返ります。

放牧地の掃除刈りを頻繁に行うことには色々な効果が期待されます。まず、馬達に新しく成長したフレッシュな草を食べさせることができるという点です。また、チモシー、ライグラスなどのイネ科牧草は刈り取られると茎枝分かれし株が大きくなることで密度を増し、また成長点を残すことですぐに新しく成長してきます。その新芽を求め、馬が放牧地を歩くことで運動量が増えることも期待されます。さらに、雑草の多くが双子葉植物であり、これらは成長点が高い位置にあるため上部を刈り取ることで繁茂を防ぐという効果もあります。掃除刈りにより成長点を奪われた双子葉植物は脇芽で成長しようとしますが、成長速度が鈍り、種を作る機会も少なくなるわけです。

もう一つ、掃除刈りには放牧地を乾燥させる効果もあり、放牧が原因(明確な原因は不明)となって肢や鼻が白い馬に発症する難治性の皮膚炎の予防にも効果があるようです。

Photo_5 

難治性の白部の皮膚炎。抗生物質などで2次感染は防止できても、放牧をしている限りなかなか完治しません。しかし、草を短く保ち乾燥させることで、これまでに比べ程度が軽減したように思われます。

さらに、放牧地の大敵エゾノギシギシ(別称:馬ダイス)の駆除も積極的に行っています。馬ダイスは非常に繁殖力が旺盛で、少し気を抜くと猛烈な勢いで繁茂し、牧草を駆逐していきます。また、牧草に比べ乾燥に時間がかかり、乾草の劣化につながります。この生命力の強い馬ダイスを駆除するためには、根気強い除草のプレッシャーが必要です。対策として、手で抜くことはもちろんですが、種をつける穂を出させないための掃除刈りの励行、出た穂は刈り取ってから掃除刈り(穂が出たまま掃除刈りをすると、駆除どころか播種したことになってしまう)、成長期の若葉に対する除草剤のスポット散布などを繰り返しました。

Photo_6 

エゾノギシギシ。馬ダイスとも呼ばれます。

こうした放牧地管理のもと、大地の恵みを受けた若馬達がすくすくと育っています。