馬は大地の贈り物(日高)

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アブの来襲もなく、落ち着いて草を食む昼夜放牧の馬達

温暖化の影響でしょうか、日高は9月中旬になっても日中はまだ汗ばむ様な陽気が続き、下旬になってようやく秋らしくなってきました。さて、現在日高では3つのグループに分けて騎乗馴致を進めています。第1グループは8月購買の牡馬20頭を93日から馴致を開始し、すでに人が騎乗できるまでになっています。第2グループの約20頭は924日から騎乗馴致を開始しました。この後、第3グループは1015日の馴致開始を予定しており、それまでの間は引き続き昼夜放牧で管理します。しかし、馬の成長や状態を見て、馬にストレスのかかる騎乗馴致を遅らせた方が良いと判断した馬は、第4グループとします。

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腹帯馴致として行うローラー(写真の馬が腹部に装着している道具)の装着により、胸郭の圧迫に驚いては跳ねる育成馬。御者が落ち着いて馬を前に出すことで、馬はローラーの圧迫を受け入れるようになります。セリ上場を通してある程度人との関係をしつけられている馬が多くなり、これだけ暴れる馬は最近少なくなりました。このステップでは、気を緩めることができません。馬はベーシックフジの07(父:バゴ)。

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騎乗に移る前に行うドライビング(写真)で闊達な動きを見せる第1グループの育成馬。御者の技術が求められます。ドライビングをすることで、馬は騎乗前にハミ受けを学びます。

今回は、放牧地管理についてです。当場は表題にあるように、馬は大地で育まれ強くなるという観点に立ち、環境に優しくかつコストをかけない馬づくりを目指しています。まず本年から、堆肥作りをこれまで以上に積極的に実施しています。寝藁として使われた後の麦稈はもちろんですが、放牧地管理として行う掃除刈り後の草、これまで廃棄していた乾草など大地からいただいたものはもれなく堆肥として土に返すという試みです。

もちろん堆肥だけでは馬が土から持ち出した成分が不足し、糞尿由来のカリウム過剰など土の栄養バランスも崩れてきます。そこで、崩れたバランスを補足する指標を得る手段として土壌成分の分析や乾草の栄養分析を実施します。最近の原油高騰のあおりを受け、肥料代も農家にとって大きな負担になってきています。この取り組みの結果についても何年か先に取りまとめることができたらと考えています。

また、乾草作りや牧野の掃除刈りも積極的に行っています。本年は天候不順のため乾草作りには苦労しましたが、ラップ乾草や敷料として利用する分も含めて30Kg程度を収穫しました。

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掃除刈り。刈った草は細かく裁断され、放牧地で土に返ります。

放牧地の掃除刈りを頻繁に行うことには色々な効果が期待されます。まず、馬達に新しく成長したフレッシュな草を食べさせることができるという点です。また、チモシー、ライグラスなどのイネ科牧草は刈り取られると茎枝分かれし株が大きくなることで密度を増し、また成長点を残すことですぐに新しく成長してきます。その新芽を求め、馬が放牧地を歩くことで運動量が増えることも期待されます。さらに、雑草の多くが双子葉植物であり、これらは成長点が高い位置にあるため上部を刈り取ることで繁茂を防ぐという効果もあります。掃除刈りにより成長点を奪われた双子葉植物は脇芽で成長しようとしますが、成長速度が鈍り、種を作る機会も少なくなるわけです。

もう一つ、掃除刈りには放牧地を乾燥させる効果もあり、放牧が原因(明確な原因は不明)となって肢や鼻が白い馬に発症する難治性の皮膚炎の予防にも効果があるようです。

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難治性の白部の皮膚炎。抗生物質などで2次感染は防止できても、放牧をしている限りなかなか完治しません。しかし、草を短く保ち乾燥させることで、これまでに比べ程度が軽減したように思われます。

さらに、放牧地の大敵エゾノギシギシ(別称:馬ダイス)の駆除も積極的に行っています。馬ダイスは非常に繁殖力が旺盛で、少し気を抜くと猛烈な勢いで繁茂し、牧草を駆逐していきます。また、牧草に比べ乾燥に時間がかかり、乾草の劣化につながります。この生命力の強い馬ダイスを駆除するためには、根気強い除草のプレッシャーが必要です。対策として、手で抜くことはもちろんですが、種をつける穂を出させないための掃除刈りの励行、出た穂は刈り取ってから掃除刈り(穂が出たまま掃除刈りをすると、駆除どころか播種したことになってしまう)、成長期の若葉に対する除草剤のスポット散布などを繰り返しました。

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エゾノギシギシ。馬ダイスとも呼ばれます。

こうした放牧地管理のもと、大地の恵みを受けた若馬達がすくすくと育っています。

サマーセールの事前検査で感じたこと(日高)

北海道市場において818日から開催されたサマーセールで、JRA58頭の1歳馬を購買しました。このうちの45頭(牡20、牝25)が、27日から29日にかけて日高育成牧場に無事入厩してきました。今年については、牡馬は環境に慣れ次第騎乗馴致を開始し、牝馬はしばし昼夜放牧を行い、馴致開始まで成長を待つことになります。

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 2頭放牧で仲良く草を食む牡馬(手前2)。左はマンリーポッケの07(父キャプテンスティーヴ)、右はカズサヴァンベールの07(父アルカセット)。牡馬を多頭数で放牧すると、群れが落ち着くまで争いが続き、蹴り傷などが絶えません。群れ作りに要する危険性を極力排除するため小頭数で放牧し、翌週からの騎乗馴致に備えます。

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 走路内の放牧地に放牧され、大人しく調教馬を見つめる牝馬の群れ。はじめは調教馬に興味を示すものの、過度に入れ込み激走するような牝馬はあまりいません。走路で騎乗するBTC利用者にも理解があり、淡々と調教が進められます。

さて今回は、サマーセールに向けてJRAが事前に行った検査と、「コンサイナー」と呼ばれるセリ上場業務を請け負う育成者について、感じたことを書いてみたいと思います。

サマーセールは、上場頭数が1,000頭を超える日本最大規模の1歳馬セールです。1日に上場される頭数も250頭を超え、すべての馬を購買候補にしているJRAにとって、セリ当日のみでは十分な検査が行えません。そこで数年前から、日高育成牧場の育成スタッフが中心となり、セール1週間前から近隣の牧場を回り上場予定馬の検査を行っています。検査で訪れた牧場は、効率的に多頭数の検査を行うことを目的として、門別町から様似町までの54のコンサイナーとしました。ちょうどお盆の真最中だったのですが、我々の検査にご理解・ご協力をいただいた皆様のお蔭で、上場予定頭数1,273(上場頭数1,124)のうち624頭の事前検査が行えました。

ほぼすべての育成者が事前に測尺(馬の身長や体重を測定すること)を実施しており、きれいに磨き上げられた馬をじっくり検査させていただきました。多くの馬がいる中からわざわざセリ名簿の番号順に馬を出し、太陽光線の角度を考えて、馬の立ち姿を判断しやすいよう平坦に整地された検査場所を選んでくれる、といった「見る人が見やすいと感じる方法」を実践するコンサイナーの展示技術はかなり向上していると感じました。中には過去に患った病気の履歴や下肢部のX線写真を提示してくれる育成者もあり、馬格の大小や病歴の有無以上に、誠実さに立脚して正確な情報を提供することで得られる信頼は大きいものだと感じました。

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 整った環境の下、上場予定馬を展示する育成者(左)と検査を行うJRAスタッフ。

 展示するにあたり、以前はハミをかませずに展示される馬が多く見られましたが、今回の検査では殆どの馬がチフニーと呼ばれるハート型のハミと革製の引き手を使っていました。常歩で歩様検査をする際のUターンは、自然で見やすいと言われている右回りのUターンが定着しています。引き馬では展示者の右側を馬が歩くため、左回りをすると馬が外に振られて後肢が外に流れてしまいます。そのため歩様検査でUターンをする際には右回りをするのが一般的です。また、現在でもトレセンや競馬場で多くの競走馬に対して行われている引き手を2本使う引き馬が、馬産地では遠い昔のことのように感じられます。

 コンサイナーが管理する頭数は、過去の売却実績などにより預託申し込み頭数が変わるなか、核となる管理者が自身の判断で頭数を決定しています。前年の実績が良くて多くの依頼を受けたからといって急激に頭数を増やしすぎると、すべての馬に手が行き届かなくなることもあります。今回検査した中には頑なに自分の限度頭数にこだわり、高いレベルの管理を維持している方もおられました。管理頭数と管理人数とのバランスが大切だと思います。

 競合しあうコンサイナーの中で、売却成績を上げるための様々な努力がみられます。例えば育成業者同士でグループを作り、インターネットでの情報配信や上場予定馬の写真カタログを作成し活発な販売促進を行うことなども、セール結果に影響しているようです。

 今回、サマーセールの事前検査で多くのコンサイナーを見て回り、ポリシーをもった育成を行っている育成者が多くなってきたと感じました。特に、見る人が見やすいと感じられる展示方法や、馬をよく見せるための育成技術は数年前に比べて格段に進歩していると思います。

 全体にレベルアップしているこの業界が、今後どのように日本の競馬産業に定着していくのか楽しみであり、私としても変化を見守っていきたいと思っています。

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サマーセール当日の速歩展示。セリ運営の迅速化に伴いマイナーな展示手法になってきましたが、購買者にとっては健康な馬を選ぶ上での重要な情報源です。 

日高にも1歳馬が入厩しました (日高)

昨年購買した育成馬たちは428日に開催されたブリーズアップセール等を経て元気に巣立ち、6月中旬から行われているメイクデビュー競走(新馬戦)に続々と駒を進めてきています。馴致段階から心を注いできた我々育成牧場の職員にとって、育成馬の出走とそのパフォーマンスは大きな喜びの瞬間であると同時に、多くの反省が生まれる時でもあります。

さて、7月に行われたセレクトセール、北海道セレクションセールの1歳セリでJRAが購買した17頭(セレクト3頭、セレクション14頭)のうちの15頭が、730日に日高育成牧場へ入厩しました。

馬体検査と写真撮影を行い、5頭以下のグループに分け放牧を開始します。その際、新しい放牧環境に慣れて群れの内の順位が決まるまではしばし争いが絶えないため、最初の放牧では怪我やアクシデントの心配が絶えません。これは特に牡馬で顕著な傾向があります。しかし、騎乗馴致開始までの間に昼夜放牧を経験させておきたいという考えから、我々はこれを必ず通過しなければならないポイントと考えています。少しでも放牧時のリアクションを小さくするために、放牧地を牧柵に沿って引き馬で1周回り、放牧地に慣らします。この時しっかりと馬を御すために、必ずチフニーと呼ばれるハート型のハミを用い、放す直前にはずします。安全のため、人は柵を背にしていつでも外に出ることのできる体勢をとり、全馬一斉に離します。

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放牧地外周を引かれる馬達。必ずチフニーを装着します。新しい環境で早く放してほしいため、少しいらいらしています。

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フレッシュな馬たちの走りです。放牧地のチェックが一段落し、みんなで出入り口に戻ってきました。右からエンドレスチャントの07(牡、父:オペラハウス)、インキュラブルロマンティックの07(牡、父:ボストンハーバー)、ブルーブロッサムの07(牡、父:ストラヴィンスキー)

今回入厩した牝馬は放牧地を軽く1周しただけで馬同士のいざこざはほとんどなく落ち着きました。牡馬の闘争も比較的少なかったのですが、みんなで走る際に群れから押し出された1頭がフェンスにぶつかり、ちょっとヒヤッとする場面がありました。しかし、大きな事故はなく無事に初日の放牧を終えました。

この時期の放牧で頭を悩ませるのが吸血昆虫です。特にこの時期はアブの発生が多く見られます。日高はアブの発生源となる沢地が多いため、ピーク時のアブの数は半端ではありません。放牧されている馬はおいしく草を食むというよりも、団子状の馬群を作りほとんど動かず、落ち着きなく尾を振り地団太を踏みながらアブを追うという、まさに我慢大会の様相を呈します。

この対策として、日中を避け夜間に重点を置いた放牧になるべく早く移行します。今回の入厩馬は、群が落ち着いた入厩3日後から、夕刻4時から朝8時までの夜間放牧としました。

欧米では私の知る限りアブや吸血昆虫の発生は比較的少なく、こういった悩みはあまりないようです(単独の放牧で、顔にたかるハエを防ぐために頭巾を被せているのを見たことはありますが)。放牧前には既存の忌避剤(虫よけ)の塗布などの対策はしていますが、現状の市販品では忌避力と持続時間が短く、期待するほどの大きな効果はないようです。コスト面にも課題が残ります。新たな忌避剤の開発なども含めた、放牧時の吸血昆虫対応は今後取り組んでいかなければならないことかもしれません。

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アブは皮膚に傷をつけ染み出てきた血液を舐めるため、吸血後も血がにじみます。

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アブに刺されてボコボコになった下腹部。

育成馬の写真撮影(日高)

このところ穏やかな日が続き、いよいよ324日(月)から1,600mトラック馬場がオープンしました。これからのスピード調教は、間近に迫った育成牧場の展示会やBUセールの騎乗供覧に向けて、1,000m屋内坂路馬場に加えてこの馬場を併用して行っていくことになります。

馬達はほとんどが1,000m屋内坂路馬場のスピード調教で持ったまま3ハロンを45秒(ハロン15秒ペース)で走れる体力が付いてきています。坂路の傾斜による心肺機能に対する負荷を考慮すれば、そろそろ平坦馬場では3ハロンを13秒台刻みで走る力が付いてきたと考えられます。

さて、今回は写真撮影についてです。

今年から育成牧場職員自らの手で写真撮影を実施することにしました。天候や場所を選び、しっかり馬を立たせ写真撮影する技術、加えて撮影した写真を吟味する選択眼も育成牧場が試行錯誤する中で色々な皆さんに伝えていく部分ではないかという考え方からの取り組みです。

 馬の駐立写真の撮影について、注意しなければならないポイントとしては、

①光線(馬に当たる光)

・順光で、光がやわらかく横目から光が当たる時間帯がベスト。

②撮影場所

・平坦で蹄まできれいに見え、背景のスッキリした場所。

③風向き

・無風が望ましいが、風があっても、タテガミが立たず、尾が股間に巻き込まないこと。

④立たせ方

・四肢をずらして、立った耳がVの字を作る程度に馬の顔を少し撮影者に向ける。

・引き綱は、ゆったりと長めに持つ。

⑤撮影テクニック

などがあげられ、撮影担当者はシャッターを押す瞬間に、馬の四肢が画角に収まり、写した写真をトリミングした時に保持者の手が入らないか、肢を休ませていないかなどチェックし、最後に耳が立ち馬の表情が引き締まっているかを判断します。

今回の撮影において威力を発揮したのがデジタル一眼レフカメラです。連写機能によりシャッターチャンスを逃さないのはもちろんですが、フィルムや現像の費用に加え手間がかからないのが大きな魅力です。

もう一点は、ICレコーダーの活用です。撮影準備が整い、最後に耳を含めた顔の表情を求める段階になってなかなか撮影に集中してくれない馬がいます。そんな時、事前にレコーダーにテレビのコマーシャル等、馬の注意を引きそうな音源を録音しておき馬の左斜め前から聞かせるのです。瞬時に異なったタイプの音を再生、リピート、頭出しができることから効果覿面です。しかし一方で何回も繰り返すとその音に慣れてしまう傾向もあります。再生は極力短時間にとどめ音源を豊富に用意すること、構えるカメラマンと息を合わせることが大切です。ちなみに数頭の例外はありましたが、音源の中で極めつけは、馬の「いななき」でした。

最後に、写真選択の段階になって、その幅を持つためにも、いい写真が撮れたと感じても、最低23回は立ち位置を変えて撮影しておく必要性を感じました。しかしそのためには、撮影に携わる全スタッフの、いい写真を撮ることに対する理解と忍耐が求められます。

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昨年造成した日高山脈を望む写真撮影用のお立ち台。ようやく周囲のしばれが取れたものの芝生が生えそろわず少し殺風景ですが、背景の山並みは素晴らしい。左前のICレコーダーの発する音に反応し凛々しい立ち姿を見せています。馬はBUセール番号7ハートフルソングの06(牡父クロフネ、母父マルゼンスキー)。

それでは購買時の写真と今回撮影した写真との比較をご覧下さい。

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昨年の8月入厩時の写真。四肢は右側を狭く立たせることで、すべての肢が見えるようにします。馬はシラーの06(♂父マイネルラヴ)。馬体は皮膚が薄く購買時より垢抜けており多くの方の注目を集めた1頭でした。春早い撮影では、この写真の緑の芝と青い山並がうらやましく感じます。

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今回3月中旬撮影のシラーの06。BUセールの名簿番号は36番。休むことなくトレーニングを積まれ、1歳時の子供らしさが抜けてたくましくバランスが良くなりました。その力強さが表現できていればいいのですが、いかがでしょう。

色々な撮影テクニックはあるにしても馬の良さを引き出す写真を撮影する一番の要素は天候です。光と風が味方してくれなければ、どれだけ手入れをして、どれだけきれいに立たせてもインパクトのない写真になってしまいます。その天候を待つために撮影が予定通り進まないのは常のことです。できるだけ成長を待ち、冬毛が取れた馬体を撮影してお見せしたいのは人情ですが、お披露目の期日は決まっています。そのタイトなスケジュールのなかで好天の調教後を撮影に当て、現時点の馬たちの馬体をアピールできる写真の撮影を終えることができました。

目標を持った騎乗と隊列(日高)

428日に開催されるブリーズアップセールまで残り40日あまり、育成牧場での展示会は残り1ヶ月(414日)を切りました。日も長くなり、凍結のため使えなかった1,600mトラック馬場も予定通り3月下旬には使えるようになりそうです。

2回実施している育成馬の1,000m屋内坂路馬場でのスピード調教は、2本目のスピード指示を、最終3ハロン平均で牡馬は16秒、牝馬は18秒とするまでになっています。手綱を持ったままの余裕の走りを見せており、展示会やセールでは力強い走りを皆様に披露できるのではないかと思います。

さて今回は「目標を持った騎乗と隊列」について書いてみたいと思います。

育成牧場では騎乗に際して走行タイムと走行時の隊列(ポジション)を事前に騎乗者に指示します。その目的は、騎乗者と馬との折り合いの中で乗りやすい位置取りやタイムに甘んじ、ただ漫然と調教を進めるのではなく、他の馬に影響を受けながらも目標を持った騎乗が出来ることを目指しているからです。

与えられる指示は騎乗者の日々の目標でもありますが、当然馬たちの目標でもあります。一朝一夕に目標がクリアできるわけではありませんが、そこを目指して日々歩を進めていきます。

競馬において、競走馬は一群となってもまれる中でレースを進め、直線での攻防に望みます。最終的には、先行逃げ切り、差し、自在等、色々なタイプの競走馬として成長していくのでしょうが、我々は基本ベースとして、位置取りに自在性のある馬を育てたいと考えています。そこでレースでの展開を想定して、群走行の要素を分解して調教に用いるのが隊列です。

また、基本的に馬は走りたがらない動物と考えています。長い年月をかけた改良により、走る素因の一つとして、なるべくテンションの高い競馬に適した馬が選抜されてきていますが、動物の基本としてエネルギーを無駄にせず楽をしたい、無理をしたくないというのが自然です。しかし競馬ではその意に反し全速力で走らなければなりません。そこで生来の性質を利用していかに気持ちよく走らせるかが調教を進める上で大きなポイントとなってきます。馬にとって強引に「走らされた」のではなく、結果として「走ってしまっていた」という自然な流れの中で調教を進展していけたらと考えています。その手法として、どう調教時の隊列を組むかがポイントになってくるわけです。

 騎乗馴致終了後のしばらくは、環境と騎乗されての運動に慣らすことを目的に、誘導馬を先頭にして、まさにランダムな一群で行う調教をこなします。その段階を過ぎるといよいよシングルファイル(1列縦隊)による隊列調教が始まります。

そこではまず、先頭を走ることを学びます。最初は先頭に立つとキョロキョロ、フラフラして真っ直ぐ走れない馬がほとんどですが、誘導馬や僚馬と一緒に走らせることで、人馬共に自信を持って先頭が出来るようになっていきます。最初はできる馬からですが、育成牧場を卒業するまでには先頭馬を指定し、全馬がこなせるようにしていきます。

隊列の主なものは、1列縦隊、2列縦隊、2頭併走があります。

1列縦隊は、縦1列に並んで走りますが、前の馬との間隔の目標は2馬身です。真っ直ぐに走ることはもちろんですが、先行馬への追走、後ろでの我慢、顔への砂のキックバックに慣れる等を学びます。

2列縦隊では横にも馬がいる形になり、より実践に近くなります。横に馬がいても走りに集中できることを求めます。

最後の2頭併走は、直線での競り合いをイメージしたものですが、どちらかが先行する勝ち負けではなく、鼻面をあわせることが基本です。馬の心理として逃げ遅れる恐怖があり、さらに牡馬には闘争心も加わります。それらを利用して求めるスピードを自然に達成させていきます。

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屋内800mトラック馬場での1列縦隊(シングルファイル)による騎乗。さらに前後間隔を詰めていきます。

馬は先頭からラリシェスの06(♀父コロナドズクエスト)、メローホリデーの06(♀父:バブルガムフェロー)、エルカーサリバーの06(♀父:サニングデール)、ワールドウッドの06(♀父:ゴールドアリュール)。

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屋内800mトラック馬場での2列縦隊による騎乗。隊列は整っていますがまだスカスカの状態です。前後左右の間隔はさらに詰めていく必要があります。

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間隔が詰まってきてこの時点では最終形に近づきつつあります。しかし馬や騎乗者の表情の違いを見てもこの隊形の維持にかなり努力をしていることが推察できます。馬は左からウォーターセレブの06(♂父:スウェプトオーバーボード)、ニットウヒマワリの06(♂父:ワイルドラッシュ)、ケイアイバラードの06(♂父:シルバーチャーム)、エイユージュリアンの06(♂父:トウカイテイオー)。

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屋内800mトラック場での併走調教。規定されたスピード(ハロン20秒)を守り、互いにオンザブライドル(持ったまま)で指示通りに併走できています。スピードに余裕があることによる蹴り合いなどを防ぐために左右の間隔はこの時点では馬3頭分程度を目安にしています。

馬場状態の把握とコンディション維持への取り組み(日高)

1月の着任当初は最低気温がマイナス20度まで下がるかもしれないと思っていた寒さも、3月になり底を打った感があります。牧場の南斜面では、解けた雪の間から福寿草が可憐な花を咲かせ、春の訪れを告げています。しかし浦河管区気象台の測候データによれば、本年は2月末までに一日の平均気温がプラスになった日は2度しかありませんでした。 昨年は17日、一昨年が 13日であったことから本年は近年の中では寒さが厳しかったといえるのではないでしょうか。

育成馬達は、屋内800mトラックでの800m+1600m(ハロン2120秒)調教をベースに週2回、屋内坂路馬場でスピード調教を実施していますが、ほぼすべての馬が2本の駆歩をこなし、2月末時点で、牡馬は2本目の最終3ハロンを171616秒、牝馬は191919秒の指示が出せるまでになっています。

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牧場の南斜面で、雪解けの間から可憐な花を咲かせる福寿草。

 さて今回は育成牧場の調教馬場の状態把握とコンディション維持への取り組みについて書きたいと思います。育成を担当する者にとって常に気になるのが、調教を行う馬場のコンディションであり、それは若馬期特有の運動器疾患の発生を予防するうえで非常に大きな役割を担います。一方それは天候や経年により変化するため、良いコンディションを長く維持することはかなり大変なことです。

育成牧場では、屋内800mトラックが、冬季間の調教の主体をなす施設となっています。馬場のクッション素材は寒冷地向けに冬期間の凍結を防ぐことによるクッションとグリップ力の確保と埃の防止を主眼とし、オイルサンドに細いゴムチップを混入させたもので、新素材の試行を兼ねていました。当初の目的は十分に果たせたのですが、経年により色々な変化をみせ、管理方法についても試行錯誤が重ねられました

初期の段階では、こまめな馬糞の除去とパワーハロー掛けだけの手間いらずの馬場でしたが、何処まで安全に調教できるか、その当時の育成担当者は、新しい素材の特性をつかむべく調教を進めました。この馬場はゴムチップを含むことで、転圧が利かず、砂が厚く重いという特性があり、調教が強くなると弯膝(前膝の関節がゆるくなってしまう症状)の馬が増え、重度なものでは肩跛行も散見されました。しかし経年と共に砂の細粒化が進みオイルコーティング劣化や、馬糞(なるべく取るようにはしている)由来の埃がオイルに付着することで粘着性と保持力が低下し、硬い路盤への蹄の衝撃によると思われる骨瘤の発生が目立ってきました。また、凍結はないものの埃がひどくなってきたのもこの頃です。そこで使用開始から5年経過した0102のシーズンからは、馬場のグリップ力とクッション性を向上させるため、ついにオイルサンドに対して散水と不凍剤(塩化カルシウム)の散布を開始しました。

現在では既報にもありますように、ローラーで転圧を加えることでさらに走りやすい馬場の管理が可能となっており、以前は上限がハロン22秒のスピードであったものが、20秒の指示が出せるようになっています。

しかし今後も馬場状態は日々変化していきます。また管理担当者も交代します。そういった状況において一定の良好なコンディションを長く保つためには、馬場状態をある程度客観的に把握していくことが求められます。そこで今年から試行として、①差込加重、②砂厚、③水分量、④計測時の気温を定期的に計測するようにしています。計測は800mの馬場8箇所のそれぞれ内側と外側の合計16箇所で実施していますが、均一で良好な馬場コンディションづくりの大変さを改めて実感する一方で、管理担当者と馬場コンディションの調整状況を、数値を用いてイメージできるようになってきています。

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散水、ハロー掛け後の馬場で、状態をチェックする職員。

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加重計の表示。計器を下に向け、赤いテープが隠れるまでゆっくり砂に押し込むと8cmの加重が計測できます。

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加重計で8cmまでの差し込み加重を測定しているところ。

育成状況の視察においでください(日高)

まず最初に育成馬の近況ですが、昨年8月の下旬から、10月にかけて、セリでの購買時期や馬の成長状況を考慮して、4群に分けて馴致を開始しその後の調教を進めてきましたが、先に馴致を始めた群が後続を待つ形で、現在牡牝ともようやく、同一調教レベルに追いつきました。週2回のスピード調教を坂路で実施していますが、215日時点で、牡馬は1,000(5ハロン)のギャロップの最終3ハロンを171717秒、牝馬は202020秒の指示をクリアすることができるようになっています。今後も1ハロンの瞬間スピードを求めるのではなく、1,000mの坂路馬場をフルに生かして少なくとも3ハロンの平均スピードを上げていくことで、若馬に対して安全にかつ馬に底力の養成ができる調教を目指したいと考えています。

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牝馬も育成馬全体が坂路で1ハロン202020秒をこなせるまでになっています。馬は左からチッキーズディスコの06(父:シンボリクリスエス)、ハッタロッチの06(父:アグネスデジタル)フランチェスカの06(父:アッミラーレ)(写真提供は齊藤宗信氏)

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坂路に行かない日は、800m馬場において1周-2周の計3周(2,400m)を2列縦隊で、牡はハロン20秒、牝は22秒を上限とした駆歩をベースに調教を進めています。馬は先頭左がファミリアーストーリーの06(牡 父:Diesis)、マイネマリエの06(牡 父:バブルガムフェロー)。(写真提供は齊藤宗信氏)

さて、そういった現在のJRA育成馬の調教状況、飼養管理は、生産や育成に携わる方、JRA育成馬の購買を希望される馬主、調教師の方々に参考にしていただくこと主眼として常時オープンにしております。事前に「育成状況の視察希望」の旨、育成牧場にまで連絡をいただけましたらできる限り対応させていただいています。

これまでにも多くの育成牧場の方々に来場いただいておりますが、先日は三石の青年部の皆さんが訪れ、熱心に視察されるなかで、本年の調教の進展状況や視察した内容に対する質疑など、多く話題に盛り上がりました。中にはJRA育成の生産牧場の方もおられ、愛馬の成長を見て期待に胸を膨らませていました。来場いただいた方には育成牧場の育成馬管理の基礎を明記した第2版となる「JRA 育成牧場管理指針」や育成馬名簿などをお配りし、でき得る限り当育成牧場の育成内容について理解いただけるように努めています。育成牧場で実施されている手法が少しでも皆さんの育成の参考になれば幸いですし、同時に我々にとっても外部の色々な方々との意見交流は大きな刺激にもなっています。

来場をお待ちしています。

なお、一般のファンの皆様には、夏季(7月~10)に毎週牧場見学ツアーを実施する予定ですので、日高路への旅行の際には事前連絡の上是非お立ち寄りください。子馬を含めた場内の馬達とのふれあいなども企画しており、育成馬とは趣は違いますが楽しんでいただけると思います。

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覆馬場において、調教前の歩様チェックに際して、各馬の説明に耳を傾ける青年部の皆さん(写真提供は齊藤宗信氏)

調教騎乗における拳と手綱の持ち方(日高)

若手の職員や研修生などに、調教騎乗における拳(こぶし)と手綱の持ち方についてよく質問を受けます。私は基本的には、手綱はダブルブリッジ(図.2 参照)で持ち、手綱を握る拳は、キ甲を通る「サイドレーンの様な拳」が理想だとシンプルに考えています。また安全のためにネックストラップ(馬の頚に掛けた皮ひも)も併せて持つように指示しています。

サイドレーンは騎乗せずに馬を御すときに、馬の頭頚の位置を理想的な位置にコントロールするための馬装具です。育成馬に対しては下の図.1 の様に、馬の頭の位置が理想的になる長さに設定し、制御がきつすぎなり過ぎないように、馬のキ甲を交差させて用います。中間にあるゴム環が緩衝作用を担い、このゴムと同様の役割を拳が行えればよいのです。サイドレーンは規定の位置に馬の頭頚が納まっていれば馬に何のプレッシャーもかかりません。一方でその枠からはみ出そうとすれば明確に「ダメ」と制御します。この明瞭さが馬の理解を早めます。またキ甲に拳を軽く置くメリットは、馬の頚が動く基点がキ甲であり、走行時の馬の頚の動きを妨害することが少ないからです。両足でアブミに立ちふくらはぎで馬とコンタクトを取る調教騎乗においては、よほどのバランス感覚を持った熟練した騎乗者でなければ、手綱を持つことだけでは拳を一定の位置に置くことは困難です。ましてや相手はまだ走行の安定しない若馬なのです。押さえつけるような硬い拳ではなく、弾力のあるゴムをイメージして、そっと拳をキ甲に添えることの大切さを伝えています。持ち上げる様な高い位置の拳、頚にまで下げた低い拳は騎乗者にとってバランスが悪いだけでなく、馬自身の自然な動きまでも阻害してしまうため慎みたいものです。

また、ダブルブリッジは、手綱を二重にして持つため握りを強くすることができ、行きたがる馬に、じっと我慢させる場合には特に有効な持ち方です。また安全の面でもキ甲の左右に拳を分けて位置させることにより、馬が急反転した場合などにもバランスを崩しにくくなります。どんな時でも、少なくとも片手だけ手綱を2重に持つシングルブリッジ(図.3参照)にすることだけは心がけたいものです。

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.1 馴致段階でのサイドレーンの装着。キ甲の部分で左右のサイドレーンを交差させる。このイメージを騎乗者の拳にも求めています。

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.2 ダブルブリッジの持ち方

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.3 シングルブリッジの持ち方

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.4 駆歩騎乗時の適切な拳の位置。サイドレーンの様な拳のイメージを大切に。(モデルはBTC研修生と研究馬)

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.5 ブリッジにしていないと、腕が開いてバランスを崩してしまう危険性が高くなります。手綱のブリッジは、馬のとっさの動きに対して、バランスを崩すことが少なくより安全と考えています。(モデルはBTC研修生と研究馬)

順調に調教が進んでいます(日高)

ここ2週間、連日厳しい寒さの続く浦河ですが、先日はマイナス19度まで冷え込みました。地球温暖化の影響もあるのか、育成牧場では数10年来マイナス20度の大台は記録されていないと聞いており、さらに寒さの増すこれから2月末までには経験できるかもしれません。その一方で、降雪は少なく、アクセス路が確保できるため、年が明けてからも順調に週2回の1,000m屋内坂路馬場でのスピード調教が積めています。

現在、意図的に若干牝馬の調教を遅らせており、坂路では、牡馬は2本(2頭併走で2本目のスピード指示は最後2ハロンを18秒-18秒)、牝馬は1本(2列縦隊でスピード指示は最後2ハロンを22秒‐20秒)としています。牝馬の調教を遅らせている理由としては、経験的に冬の寒い時期から調教量を増やした場合、故障が多く精神的にもテンションが高くなり飼いの食いが落ちてしまうなどの難しさがあるからです。最近のデータでは、季節繁殖動物として春に発情の始まる牝馬は、冬期間は卵巣が活動しておらず性ホルモンが動いていないことがわかってきており、そのあたりのことも牝馬調教の難しさに影響しているのかもしれません。

4群に分けて馴致を行いましたが、群間の運動内容格差は徐々に詰まってきています。その一方で、徐々に四肢の熱、すくみなどの運動量の限界を示すサインを見せる馬も出てきており、これまで以上に注意を払いながら調教を進めていかなければならない段階に入ってきたと感じています。

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厩舎地区から屋内坂路馬場 約2km離れた覆坂路に向かう育成馬達。

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 1,000m屋内坂路馬場での併走調教。スピード指示は、最後の2ハロンを18秒‐18秒。右はハートフルソングの06(♂:父クロフネ)、左はアーチェリーの06(♂:父シルバーチャーム)。非常に軽快なフットワークで、計測されたタイムは3ハロンの合計で58.1(ハロンごとでは21.618.418.1)。持ったままの指示で馬に余裕のあるこの時期としては、蹴り合いなどの事故を防ぐには理想的な間隔を保った併走だと思います。これから求めるスピードと距離がさらに高くなるにつれて、併走での馬の間隔は詰めていくことになります。

より良い育成を求めて(日高)

今回新しく日高育成牧場で育成馬日誌を担当することになりました。よろしくお願いいたします。

前任者の最終コメントにもありますように、育成中の56頭の馬達は順調に馴致調教を積まれてきており、私は非常に良い状態で育成担当のバトンを引き継ぎました。この状態に満足することなく「強い馬づくり」を目指して、よい伝統は着実に受け継ぎそのレベルを維持していくとともに、新しい視点からさらに色々な取り組みをしていきたいと考えています。その中で私が考え感じたことなどを織り交ぜて、試行錯誤の心の機微を少しでも皆様にお伝えできたらと思っています。これまで同様これからの日誌も楽しんでいただけたら幸いです。

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気持ちも新たに、高い頂を求めて。山は日高山脈の名峰で、日高育成牧場の背後にそびえる野塚岳(1353.2)です。馬はナナコフレスコの06(父:コマンダーインチーフ)。活躍中のエイシンパンサーの妹です。