“離乳(子馬と母馬の別れ)”について(生産)

軽種馬生産の現場で晩夏から早秋の風物詩となっている子馬の離乳が当場でも行われました。離乳と聞くと悲しい儀式のように思われている人が多いのではないでしょうか?離乳直後の子馬が母馬を呼ぶ“いななき”を聞くと、ほとんどの人が胸を締め付けられる思いになるでしょう。実際、離乳後には明らかにストレスを受けているように見えることも少なくなく、食欲が落ち、体重が減る場合もあります。そのため、無事に離乳が行われることを願い、縁起を担いで「大安」の日を選んで行う牧場もあるようです。

一方、海外では日本ほど離乳を特別なものとは考えていないようです。広大な敷地面積を有する海外の牧場では、子馬と母馬を完全に隔離することが可能であり、24時間放牧などを実施しているため、母馬を想うストレスを最小限に止められることがその一因なのかもしれません。それ以外にも文化の違い、すなわち人に目を向けても1歳未満の乳児も母親と別々の寝室で寝ることも珍しくない海外と、5歳頃までは添い寝を続ける日本との差であるようにも思われます。

母馬と別れることは、子馬にとって非常に不安であるに違いありません。しかし、群れで行動する馬という動物の性質を考えた場合、離乳後すぐに安心して生活できる安定した群れの中で過ごせることが最も重要なポイントになると考えています。

この考え方に基づき、本年度は群れの安定化を目的として、45組の親子の放牧群から同時に全ての母馬を引き離すことはせずに、半数ずつの母馬を2度に分けて引き離す“間引き方法”を実施しました。これに併せて、安定した群れを維持するために“離乳直後から行う24時間の放牧”を試みました。その際、気温が高くアブが多い日は、子馬へのストレスが増すように感じられたので、昼間は馬房に収容することとしました。また、当場の繁殖馬房は大き目に作ってあることから、厩舎への収容時に群れから離れ1頭になるストレスを軽減する目的で、離乳後の子馬を2頭ずつ同じ馬房に収容しました。この方法が功を奏したのか、食欲が落ちることなく、体重も著しく減ることはありませんでした。今後も、どのような離乳方法がストレスを最小限に止めることができるかについて、考えていきたいと思います。

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写真①:離乳後、落ち着きがない子馬たち。

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写真②:諦めて残っている母馬の方へと向かう子馬の群れ。

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写真③:他の母馬をリーダーとして新たに安定した群れを形成しました。

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写真④:離乳後は2頭で1つの馬房をシェアすることでストレスを軽減させました。

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写真⑤:馬房収容2日後。早くもリラックスしています。

今年のラインナップが揃いました(日高)

824日から5日間にわたり開催されたHBAサマーセールにおける61頭の1歳馬購買で、今年のJRA育成馬80が全て揃いました。これらのサマーセール購買馬のうち、日高で育成を行う馬達47頭が、92日(牡馬)と4日(牝馬)に無事入厩しました。これで来年のブリーズアップセールにむけて日高で騎乗馴致・調教を実施していく育成馬は7月に購買した9頭(セレクトセール購買3頭、セレクションセール6頭)に加えて56(28頭、牝28)となります。

さて、日高育成牧場ではこれらの馬に対する騎乗馴致を99日から開始しました。当牧場では例年3つのグループに別けて順次騎乗馴致を実施しています。若馬への負担をなるべく少なくし、安全でより良い騎乗馴致を目指すため、グループの設定には毎年頭を悩ませるものです。昨年までの成績、牡牝や購買馬の状態を踏まえ検討した結果、今年の騎乗馴致については、サマーセール購買の牡馬25頭のうち21頭を第1グループ(第1群)、牝馬のうち約20頭を第2グループ(第2群)として騎乗馴致を行うことにしました。また、7月市場の購買馬9頭は第3グループ(第3群)として10月中旬以降に騎乗馴致を開始する予定です。馴致グループの設定における昨年との違いは、牝馬を含めてサマーセール購買馬は入厩後すみやかに騎乗馴致を実施するという点です(牡馬は昨年から実施)。最近では、既にセリ馴致が十分に施されていて、かなり人との信頼関係ができている馬が多く見られます。そこで、セリ馴致からそのまま騎乗馴致を行い、騎乗調教へスムーズに移行しよう、という考え方です。一方、7月購買馬は入厩後約3ヶ月間、昼夜放牧により管理することになります。その間、馬体の成長と充実を待つとともに、長時間放牧による基礎体力の向上を期待しています。

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牡馬は新しく大きな群を作ることによるストレスと危険が大きいため、入厩直後から2頭のペアを組んで放牧を開始します。まずは順位決めの「すもう」です。どちらが、強いでしょうか?どちらが速い競走馬に成長するのでしょうか?楽しみです。

左:マイネコサージュ08(父:ネオユニヴァース)、右:ボルジア08(父:ロックオブジブラルタル)

さて、今回は入厩時調査についてお話ししたいと思います。各市場においてJRAが購買した際に、飼養者の方にアンケートを配布して飼養状況に関する調査協力をお願いしています。このアンケートは入厩時に持参していただき、購買馬の履歴、癖などの把握に役立てたり、騎乗馴致順の決定の参考資料としたりしています。その内容は、生産牧場における管理(放牧時間・昼夜放牧or昼間放牧・ウラホリや検温の経験の有無・装蹄の有無および期間など)と、コンサイナーにおける管理(引き馬やウォーキングマシンでの運動時間や期間・ランジング実施の有無・飼葉の内容や回数および嗜好性など)に関することです。調査項目は詳細かつ多岐にわたりますが、JRA購買馬の飼養管理情況の確認には必要な調査です。参考までに、今年サマーセールで購買して日高で育成する47頭の調査から何点か簡単に紹介します。生産牧場でセリ上場前に昼夜放牧を実施したものは牡50%(12/24頭)、牝76%(16/21頭)でした。また、昼夜放牧実施したもの(昼夜群)と昼放牧のみ実施したもの(昼群)を比較すると、放牧時間の平均は昼夜群18.1時間/日、昼群11.5時間/日、放牧地の広さの平均は昼夜群3.6ha、昼群2.2ha、同時放牧頭数は昼夜群4.4頭、昼群3.3頭でした。アンケートの詳細な結果については数年分のデータがまとまり次第生産者・育成者の皆様にもお知らせしたいと思っています。JRAにとっても生産地における若馬の管理状況の把握に役立つ貴重なデータとなると思われます。

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各市場でJRAが購買した際にお配りする「育成馬入厩時調査票」

<日高育成牧場だより>

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毎年恒例の「日高育成牧場バスツアー」でも騎乗馴致見学が始まりました。初回の916日の参加者は15名でした。

<日高の四季>

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日高育成牧場内のナナカマドも紅く色づきました。実りの秋はすぐそこまで近づいています(916日撮影)。ナナカマド(七竈)の花言葉:「慎重」「賢明」「用心」「私と一緒にいれば安心」「怠りない心」だそうです。

日高育成牧場における仔馬の出産(生産)

今回より1歳セリでの購買から4月のブリーズアップセールまでを綴った日高・宮崎での育成編に加え、「JRA育成馬日誌(生産編)」と題して、日高育成牧場での生産馬の近況についてもお届けしますのでよろしくお願いします。

日高育成牧場では10年前から生産した研究馬を利用して栄養、繁殖および運動生理に関して、主に基礎的な研究を行ってきました。そして昨年から、それらの研究成果をベースに母馬のお腹の中から競走馬までの一貫した育成研究を開始し、その過程で新たな調査研究や技術開発を行うこととなりました。今年生まれた7頭の産駒から、1歳セリで購買した馬と同様にブリーズアップセールまで育成し、競走裡での検証を実施することとなります。まず手はじめとしてこれらの生産馬を活用して、様々な初期・中期育成時期の問題解決に役立てていきたいと考えています。例えば、生後直後から定期的にX線検査、エコー検査、内視鏡検査を実施し、正常ではない所見がいつ発症するのか、その所見が発育とともにどのように変化し、さらに競走期のパフォーマンスに影響するのかなどを調査することもひとつの課題です。今後、得られた成果を生産地にフィードバックすることで「強い馬づくり」に貢献できればと考えています。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、第1回目は出産について触れてみたいと考えています。本年度は2月~5月に7頭の出産を無事に終えていますので、回顧して綴ってみたいと思います。“馬のお産”と聞いてイメージするのは23人で子馬の前肢を引っ張り出す光景だと思われますが、日高育成牧場では母子ともに自然のリズムに従い、双方の準備が整った上で分娩が進行するように、自然分娩を実践しています。この自然分娩には子宮の負担を軽減させ、受胎率を向上させる効果もあると考えています。私自身もこれまで分娩では介助が必要であるとのイメージを抱いていたので、最初の頃はイキミ始め寝起きを繰り返す姿を見ると不安になりました。しかしながら、破水後に膣の中の子馬の2本の前肢と鼻端を触知し、正常な胎位であることを確認しさえすれば、通常は破水から30分程度で自然に分娩が終了するので介助は必要ありません。

自然分娩は人的に牽引されることによる子宮への負担を軽減させるだけでなく、母馬は娩出に伴う自然な疲労により横臥状態を維持するため、臍帯が切断されずにつながったままとなり、胎盤からの血液が十分に子馬へ供給されます。さらに人的介助なく産道を通過する時のストレスは、子馬に多大な刺激を与えるため、起立までの時間が短くなるなどの利点があります。

本年度は7頭中1頭のみ人的介助が必要となりましたが、全頭無事に出産を終え、現在は体重も200kgを超えるまでに成長し、8月末の離乳に向け親子間の放牧地での距離も徐々に広がっていっている状況です。次回は離乳についてお届けできればと思っております。

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破水後には少し苦しむように寝起きを繰り返す場合もあるが、これは母馬自身で子馬の胎位を修正しているためです。

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肩が通過するのに時間を要するが、肩が通過するとすぐに胸まで通過します。3_3

臀部まで娩出後も後肢は産道の中に残ったままの状態で落ち着くことが多い傾向があります。

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自然分娩では子馬ばかりでなく母馬も大仕事を終え疲労しており、直ぐには立ち上がらないため、臍(へそ)の緒はつながった状態で血液供給が十分に行われます。

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一息ついて、親子のスキンシップとなります。

7月購買の育成馬が入厩しました(日高)

新馬戦が始まってから概ね2ヶ月が経過しました。本年売却したJRA育成馬達も順調にデビューしており、現在5頭が5勝、その内3頭がメイクデビュー勝ちを飾っています。それぞれの馬がこれまでの育成過程で学んできた成果をフルに発揮し、今後とも順調に活躍することを期待しています。

さて、先月28に、7月の市場で購買した13頭の育成馬(セレクトセール購買4頭、セレクションセール購買9頭)が無事入厩しました。

まず、育成馬達の個体識別や馬体チェックを実施した後に全馬の入厩時写真を撮影しました。その後、牡を2頭と3頭、牝を4頭ずつの合計4群に分けて、新しい群れでの放牧を実施しました。

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本場に入厩した牡馬5頭の写真撮影。馬はゲルニカの08(父は本邦新種牡馬ロックオブジブラルタル)

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飼い付け厩舎に入厩した牝馬の写真撮影。馬はタイランツフェイムの08(父は新種牡馬ディープインパクト)

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まずは人に引かれて放牧地を巡回します。知らない場所で走り回って怪我をするリスクを少しでも軽減するため、事前に引き馬で放牧地の柵の周りをみせて環境に慣らす取り組みです。

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放牧されるとまずは互いに確認。牡馬では特に主張、争いが激しくなります。

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お決まりのかけっこをする牡馬たち。先頭からオスカースマイルの08(父:デビッドジュニア)、ゲルニカの08(父:ロックオブジブラルタル)、イブキフリッカーの08(父:ファルブラヴ)です。先頭の馬が強いとは限りません。

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牝馬の走りにはどこか落ち着きがあり、安心してみていられます。前からイクテリーナの08(父:ネオユニヴァース)、ケリーケイズプレジャーの08(父:Tiznow)、ポレントの08(父:ネオユニヴァース)、タイランツフェイムの08(父:ディープインパクト)。

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やっと落ち着きました。

昨年はこの段階で牡馬の1頭が柵に激突するというアクシデントがありましたが、本年は牡馬も含めて比較的大人しかったようです。これら13頭は入厩週の金曜日から昼夜放牧に移行しました。本年は天候不順のためアブの発生が遅れていましたが、ここにきて暑くなりアブの数もだいぶ増えてきました。活発にアブが動く天気のいい日には、放牧を遅らせた夜間に若干シフトした放牧体制になりそうです。

また、昼夜放牧を前に入厩した全馬に対して屈腱部のエコー検査を実施しています。これは昼夜放牧によって経験する屈腱部の腫脹や腱の太さの増大などについて、屈腱の太さや実質のエコー画像に変化が現れるかどうかを調査しているものです。その結果についてはまた皆様にお伝えすることが出来ればと思います。

本年も「強い馬づくり」を目指して色々と悩み、試行錯誤を繰り返し、その葛藤の課程や結果を皆様にお届けして参りたいと思います。ご期待ください。

育成馬展示会が開催されました(日高)

413()に日高育成牧場の育成馬展示会が開催されました。この時期にしては暖かい素晴らしい展示会日和となり、昨年より多い190名の方に来場していただきました。抽選馬制度の中で行っていた展示会は、生産牧場の皆様にその成長ぶりを見ていただくという趣旨が強かったのですが、ブリーズアップセールによる売却が始まってからは、購買に興味を持たれた馬主・調教師の方々の来場も多くなりました。JRA調教師の来場も20名を越え、それぞれ熱心に育成馬をチェックしておられました。

本年は騎乗供覧の会場となる1600mダートトラック馬場の開場が1週間遅れ、41(昨年:324)にようやくオープンしました。育成馬展示会まで2週間しか期間がなく、恥ずかしくない供覧をお見せできるか少々気をもみましたが、馬場オープン以降は順調に使用できたこと、前日に本番同様の流れで入念なリハーサルを実施したことで、何とか無事に成長した若駒の姿をご覧いただくことが出来たのではないかと思います。

また、これまで軽種馬育成調教センターBTC)が行う騎乗者養成コースの生徒に対して、実戦経験の場を提供してきましたが、総仕上げの節目のイベントとして彼らも展示会に参加しました。16名の生徒(1名は事情により不参加)が、立ち馬展示や騎乗供覧において、これまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれました。

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比較展示でたくさんの来場者に囲まれる育成馬達。頭1つ出ているのは当場で一番の大型馬、名簿番号44フォレストキティの07(牡、父:ジャングルポケット)。彼はこの後の騎乗供覧で、破格のストライドで、持ったまま12.1秒の時計を出し、多くの来場者の注目を集めることになりました。(写真提供:齊藤宗信氏)

騎乗供覧で指示されたタイムはゴール前の2ハロンを14秒-14秒でしたが、体力がついて向かい風となったこともあり、かなり行く気になってしまい予定より早いタイムを計時する馬も多く見られました。

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騎乗供覧:左が名簿番号67バヴィーラの07(父:タイキシャトル)、右が6フォーントの07(父:キングカメハメハ)。タイムは、ハロン13.1秒→12.9秒。(写真提供:齊藤宗信氏)

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騎乗供覧:左が名簿番号3チーサキーの07(父:プリサイスエンド)、右が48インキュラブルロマンティックの07(父:ボストンハーバー)。タイムは、ハロン13.0秒→12.4秒。(写真提供:齊藤宗信氏)

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騎乗供覧:セイウンワンダーの全妹、名簿番号17セイウンクノイチの07(父:グラスワンダー)。タイムは、ハロン19.6秒→16.4秒。(写真提供:齊藤宗信氏)

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騎乗供覧。左が名簿番号21バトルカグヤの07(父:マーベラスサンデー)、右は22ウメノディオンの07(父:サニングデール)。タイムは、ハロン14.1秒→12.7秒。(写真提供:齊藤宗信氏)

展示会では、JRA育成牧場管理指針や生産育成業務年報、これまで書き綴った育成馬日誌の冊子などの配布を始め、育成牧場で取り組んできた調査研究や技術開発に関するパネル展示なども行い、来場者への育成研究成果の普及に努めました。特に今年は、JRAが開発し、本年の育成馬達に入厩時から給与しているオールインワンの配合飼料「JRAオリジナル08」の紹介ブースに多くの見学者が集まっていました。

さて、ここで展示会に向けてのステップを振り返って見ましょう。

これまで利用してきた800m屋内トラックや坂路馬場から、1,600mトラック馬場の開場に伴い調教場所を移し、展示会・ブリーズアップセールに向けたトレーニングを開始しました。3月末の坂路でのスピード調教では、すでに3ハロンを楽に15秒で走れるまでの体力をつけていましたが、最初はキョロキョロして走りに集中できません。しかし、個体にもよりますがそれも数日で落ち着き、これまでの屋内の遮蔽された環境からオープンエアになったことで、さらにフレッシュな走りを見せるようになります。

調教は月水金が左回り、火木土が右回りのルールとなっており、左回りの水曜日、金曜日の2回にスピード調教を実施します。展示会までの期間が短いため、供覧における運動パターンとスピード調教のパターンを同一にすることで、馬に行く気を出さなければならない流れを教え込むのです。スピード調教以外の日は、スピード調教とは違った流れで調教し、主として2本に分けて3,200mまでの長距離騎乗を行いスタミナ作りとリラクゼーションに努めます。こういったメリハリのあるパターン化された調教をすることで、展示会やセールで持ったままの爆発するような走りを供覧できるようになります。

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スピード調教の帰りは、直ちに下馬し引き馬で厩舎地区に戻り、さらに800m屋内馬場の外周を1周します。このことで馬は早くリラックスし、心拍数も落ち着きます。また、帰厩後直ちに冷たい水道水で四肢を冷却します。引き馬は、セールに向けての引き馬馴致にもなります。

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厩舎に戻ったら馬装を解き、直ちに冷たい日高の水をホースで流し、ほてった四肢を冷却します。肢はぬれたまま馬房に収容しますが、水が気化熱を奪い、さらに冷却効果を上げます。さらに、汚れを洗い流し、調教後の四肢をチェックする機会にもなります。馬はフォーントの07(牡、父:キングカメハメハ)。

展示会直前の47日(火)には、セール用の調教DVDの撮影も実施しました。開場1週間足らずの1,600mトラックでのDVD撮影となり、馬達もまだ走りに集中できていない部分も見られました。調教が進むと運動器疾患が少しずつ見られるようになりますし、どんなに注意しても馬の管理にはアクシデントが付きまといます。幸いにもそういった中で、56頭の育成馬のうち欠場馬1頭を除く55頭が撮影を無事に終えることが出来ました。

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美しい日高山脈を背景に調教ビデオの撮影を行いました。走りに集中できず、幼さを見せる馬もいましたが無事55頭の撮影を終了しました。

また、情報開示室で開示する情報の最終的な確認のため、3月中旬にトレーニングセンターの獣医職員が来場して獣医検査を行いました。この機会を利用して、必要な馬については内視鏡検査やX線撮影などの再検査を実施しました。その中には、運動中の異常呼吸音のため原因となる声のうと声帯の摘出手術を実施したミヤビトップレディの07の運動時における喉の状態の再確認も含まれました。検査はトレッドミル(人のルームランナーのようなもの)上を走らせながら実施しますが、術部は綺麗に治癒しており、健康な馬として自信を持って上場できるという判断が下されました。この馬の術後経過はすこぶる良好で、異常呼吸音は消失し、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれていたので、思っていた通りの結果というところです。

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トレッドミルで駆歩を行いながら、喉の内視鏡検査を受けるミヤビトップレディの07(牡、父:タイキシャトル)。

さて、展示会が終わると、慌しく輸送の準備に取りかかります。19()、いよいよ育成馬達は10台の馬運車に乗り中山競馬場へと旅立ちます。育成牧場職員一同が愛情を注ぎ、手塩にかけて育ててきた育成馬達。その過程で多くのことを学び経験させてもらいました。

立派に育ったこの馬達が、セールにおいてしっかり評価され、競走馬として多くの夢を提供できる存在になってもらいたいと願いつつ、0809育成馬たちを綴った今期の育成馬日誌を締めたいと思います。

化粧するのは自分の顔(日高)

427日のBUセールまで残すところ1ヵ月半。セールに向けた準備が忙しくなってきました。個体情報で購買者の方に開示するための四肢のレントゲン検査、喉の内視鏡検査、屈腱部のエコー検査、喉の手術を実施した馬に対するトレッドミルでの運動負荷試験など、スケージュールがビッシリです。

そういった中、39日からBUセールの名簿に掲載する上場馬の写真撮影を開始しました。既報でもお伝えしていますが、今年の日高は雪が多く残り、現時点では撮影場所はまだ雪に覆われています。本年のセール日程から逆算して、1ヶ月前には撮影を終了しなければなりませんが、気候が味方してくれなければお手上げです。

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背景に雪が残る中、始まった写真撮影。撮影場所は除雪後、凍結防止剤を撒き何とか使えるようにしました。馬はチーサキーの07(牡 父:プリサイズエンド)。馬が綺麗に四肢を配し、立ち位置が決まったらICレコーダーから発せられる馬のいななき音がキリッとした馬の表情作りに役立ちます。

育成馬達の調教は、週2回の1,000m屋内坂路で行うスピード調教を着実にこなし順調に進んでいます。スピードの指示は、2月末時点で「3ハロンをハロン16秒刻みで48秒」にまでになっています。坂路馬場は平坦な馬場に比べて心肺機能に対する運動負荷が強く、心拍数による調査によればその差は3%の坂路で1~2秒とされています。つまり現時点でハロン15秒以上の負荷の調教が出来ていることになります。このスピード指示は、3月下旬にはさらに15秒にまでアップします。

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1,000m屋内坂路での併走によるスピード調教。向かって右が昨年の最優秀2歳牡馬セイウンワンダーの全妹、セイウンクノイチの07(牝 父グラスワンダー)、左はランビーの07(牝 父ストラヴィンスキー)。この日(35日)は2本目のスピード調教の中間3ハロンを持ったまま18.116.416.5秒で上ってきました。両馬とも期待の牝馬です。

さて、今回の表題「化粧するのは自分の顔」。何のことでしょうか?

JRA30年ほど前から海外競馬先進国に「実践研修」と称してその優れた技術やノウハウ、考え方などを学び、帰国後は自らJRAの育成牧場でその成果を実践してきました。派遣された国はアメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、フランス、オーストラリア、ニュージーランドの7カ国に及びます。

世界各国、いかに強い競走馬を作るかに試行錯誤をしている点では一致していますが、それぞれの国にはそれぞれ異なった気候、地勢をはじめとした違いがあります。当然、馬に携わってきた歴史や文化的な違いも存在します。そういったことを承知しつつ、まず先進国から学ぶ姿勢で、それぞれの国で行われている手法をまず試しました。これは他人(海外のホースマン)が自分の顔(環境や施設)に行っている化粧の方法(馬の管理方法)をそのまま自分の顔に用いたといえるものでした。このプロセスの中で多くの新しい技術や考え方が導入されましたが、一方で育成牧場の担当者からは、「研修生が帰ってくる度にコロコロ育成馬の管理の仕方が変る」「なぜこれまでの方法ではいけないのか」などと不評な部分があったのも事実です。しかし、こうした経緯の中から、育成業務を継続する中でそれぞれの手法の背景にある考え方が整理され、現在のJRA育成牧場の管理手法に収束してきたわけです。たとえるならば、自分の顔に自分で化粧をしてきたわけです。

小さな例を挙げれば、育成馬を引く際の道具です。アメリカではチェーンシャンク、チフニー(ハートバミ)が主として使われています。一方ヨーロッパでは棒バミ(ストレートバービット)が多用されます。その当時の日高の育成牧場では無口頭絡で引くことが主流でした。JRAでは両方を試し紆余曲折はありましたが、効果や取り扱いの特徴などを検討した結果、現在は必ず無口頭絡の上にチフニーを用いるようになりました。今では、普段から馬をしつける上ではなくてはならないものになっています。

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チフニー(ハートバミ)。引き手のナスカンは、下の環に付けます。

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無口の上からチフニーを装着した状態。馬はフォーントの07(牡 父:キングカメハメハ)。素直な馬ですが、そろそろ牡らしさが出てきて人に挑戦してくる場面も見られます。そういったときにしっかりと御すためにもチフニーは不可欠です。

私は、研修で滞在していたアイルランドの厩舎で、調教師に「あなたの今の調教スタイルや考え方を形作る上で、アシスタントとして働いた厩舎のどんな経験が役に立っているか」と尋ねたことがあります。彼は「極言すれば、私はアシスタントとして朝早くから夜遅くまで働いただけ。色々な経験はさせてもらったが、一番役に立っているのはその経験を元に自分が実際に調教師として試行錯誤したことであり、特に犯してしまった失敗を忘れないことだ。」と答えてくれました。まさに、他の人の化粧の仕方を学び、その上に自分のアイデアも加え、自らの顔に化粧をすることによってさらに良い方法を見出してきたのではないでしょうか。

育成牧場には多くの生産育成に携わる皆さんが見学、視察に来られます。今回の話はちょっと重くなってしまいましたが、私達の取り組んでいる管理方法の中から少しでも参考にしていただく部分があれば幸いですし、そういったアイデアに富んだ育成牧場でありたいと思っています。

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馬体やボディコンディションのチェックを含めた測尺の手順を視察する獣医や育成牧場の皆さん。

  

オン・ザ・ブライドル(On The Bridle) (日高)

例年になく雪が多く、おまけに寒暖の差が激しい日高です。圧雪であれば問題ないのですが、溶けて凍るためたちが悪いのです。このため、週2回の坂路調教では2km離れたスタート地点までのアクセス路の確保には大きな労力を要します。また、調教後のパドック放牧も危険なため行えなくなります。これも自然のなせる技とゆったり構えて、やり過ごすしかありません。雪が残り、まだまだ寒さは厳しいですが、日に日に長くなる日照時間と馬の冬毛が抜け始めたことに春を感じるこのごろです。

さて、うれしいニュースです。JRAが昨年の種付けシーズンから新たに開始した、生産からの育成業務。その生産馬第一号が221日(土)に産声を上げました。体重59kgの立派な牡駒です。予定日から11日遅れましたが、産気づいたのが夜7時前であったこともあり、多くの職員が見守る中、ほぼ完全な自然分娩での誕生となりました。連絡の約束をしていた軽種馬育成調教センター(以降BTC)の騎乗者養成コースの生徒達16名も駆け付け、その様子を見学すると共に、出産についてのレクチャーや質疑応答が行われました。本年はこの馬を含め7頭の当歳馬が生まれる予定になっていますが、この馬達を立派な競走馬として育てていく中で、多くの試行錯誤をし、その成果を発信していけたらと思っています。

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BTCの生徒達が見守る中、陣痛に耐えるフジティアス(父フジキセキ)。

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大役を終え、優しくわが子(フジティアスの09:父デビッドジュニア)と対面する母フジティアス。子をいたわる優しい目がたまりません。

今回は、オン・ザ・ブライドルのお話。日本語にすれば「持ったまま」といったところでしょうか。つまり、じっと手綱を持ち、馬に少し我慢させた状態での騎乗で、若馬の調教では基本形ともいえるものです。

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シングルファイル(一列縦隊)での、オン・ザ・ブライドルによる騎乗。馬は先頭からグランエレガンスの07(牡:父スキャン)、フィンラディアの07(牡:父キングヘイロー)、カズサヴァンベールの07(牡:父アルカセット)。(写真提供:坂口誠司氏)

この騎乗を可能にするためには、馬自身に走りたいという前進気勢が求められます。しかし馬は、基本的に走らなければならないというモチベーション(動機)を持つことはできません。本来動物は、エネルギーの無駄使いをしたがらないものです。

ムチや推進扶助を使って無理に馬を前に追い出す事も可能です。しかしそういった調教で馬を追い込むと精神的にも肉体的にもしぼんでしまい、調教継続は困難になってしまいます。さらに故障(運動器疾患)発生の可能性も大きくなります。

そこで隊列の変化を用いて馬を走る気持ちにさせ、その気持ちをためることが必要になってくるわけです。ヨーロッパの調教現場で、ついつい馬の走りに任せて拳を動かすと、後から調教師に、拳はキ甲(馬の首の付け根)にじっと置いておきなさいと口すっぱく指導されたことが思い返されます。

例えるならば、おいしい寿司でも食欲が無ければ食べたくはありませんし、食べ過ぎた次の日にはもう食べたくなくなる、ということです。

調教はその効果を上げるために毎日継続し、頻度と強度を増していかなければなりません。その中でも馬がフレッシュでハッピーな気持ちでいられるように維持するために大切なことが、「出し切らない」、つまりオン・ザ・ブライドルの調教ではないでしょうか。

このような調教の結果として、育成馬が「走らされた」のではなく、「走ってしまった」と感じることが必要だと思います。この考え方は、調教に携わる世界のホースマンに言い古された金言、「馬を常にハッピーでフレッシュに保ちなさい」に通ずるのではないでしょうか。

2歳育成馬達は、2月に入り、1,000m屋内坂路で週2回のスピード調教を開始しました。隊列は2頭併走です。通常、併走での走行では、馬は横にいる馬に互いに遅れずに付いて行こうとする気持ちが生まれ、走ることに集中し始めます。結果として競い合う形になるわけです。現在(2月下旬)の指示タイムは3ハロンを16秒-16秒-16秒ですが、結果として、オン・ザ・ブライドルの騎乗で、指示よりも早いスピードで走ってしまう馬も出てきています。馬の走行や息の入り方、乗り手の様子などを観察し、指示タイムを十分にこなすことが出来ると判断した場合に、さらに上のタイム指示に移っていきます。しかし、判断している馬の体力よりも上の指示タイムに挑戦させることはほとんどありません。先にも述べましたが、無理に走らせることは、まだ成長途上の若駒に対して、運動器疾患を誘発する危険性が大きくなると考えているからです。

このような積み重ねにより、約1ヶ月後の3月末には、坂路で3ハロンを15秒-15秒-15秒で走る指示を、余裕を持ってクリアできるだけの体力をつけていくのです。 

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坂路での併走によるスピード調教。オン・ザ・ブライドルの騎乗で互いに競い合うことで、結果として「走ってしまう調教」を目指します。

私達が、ブリーズアップセールの騎乗供覧において、最後の2ハロンを13秒-13秒で走ることを目安にして騎乗供覧することもこのポリシーから来ているものです。馬にハロン11秒、12秒で走行する力が備わっていても、13秒を目安にオン・ザ・ブライドルで騎乗すること、これが競走馬としてスタートする馬達にとってプラスになる調教であると考えているからです。

心臓に毛を生やす(日高)

120日、21日の2日にかけて育成馬検査が実施されました。初日こそしばれがきつかったものの、この時期にしては両日とも好天に恵まれ、本部からの出張者と共にじっくり現状の日高の育成状況の目合わせが出来ました。検査は、市場で購買した56頭の2歳の他、本年誕生する生産JRA育成馬を宿した7頭の繁殖牝馬の状態も併せて実施されました。

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育成馬検査を実施する本部と当育成牧場の職員。馬はホワイトウォーターの07(父Songandaprayer ソングアンドアプレヤー)。この検査は育成状況を把握するのに加え、その結果をBUセールの名簿番号決めにも活用します。

また、セイウンワンダーの活躍のお陰もあり、以前にも増して多くの方々に本会の行っている育成業務やJRA育成馬に興味を持っていただいております。ノーザンファームの方をはじめとした牧場関係者や調教師、馬主の方々が来場し、当場で取り組んでいる調教内容や管理手法、施設の成り立ちなどを熱心に見学されています。

さて、表題の「心臓に毛を生やす」お話です。私たちは物事に動じず、肝の据わった落ち着いた立ち居振る舞いをする人のことを「心臓に毛の生えた人」と言ったりします。

実はその心臓の毛、既報でもお伝えした、当場で実施している軽種馬育成調教センター(以降、BTC)生徒の騎乗研修と関連があります。彼らは昨年の4月にBTCに入学し、その後8ヶ月にわたってBTC所有の訓練馬に騎乗してみっちり練習を積んできました。慣れた大人しい訓練馬であればそつなく乗りこなせる技術レベルには達している彼らに、この時点で騎乗者として不足しているもの、それは何でしょうか。さらに上の騎乗技術はもちろんです。しかし、それ以上に求められるのは経験に裏打ちされた自信です。彼らがその自信を付けることを、私は「心臓に毛を生やす」と言っています。つまり私達JRAでの研修に対して彼らが求めているのは、「心臓に毛を生やすこと」であると考えています。そのために彼らにはJRA育成馬や研究馬を含め60頭近い2歳馬の中から技量に合わせて毎日の騎乗馬が割り振られます。

過去、私はアイルランドの厩舎に滞在したことがあります。そこで騎乗する中で痛感したのが現地の若い騎乗者の肝っ玉の太さです。相当の暴れ馬でもやんちゃな馬でも、「こんなもんさ」という雰囲気で、叱る時は厳しく褒める時は十分に、メリハリをつけて騎乗していました。深く頭で考えている様子ではなく、反射的な反応です。これは彼らが幼少時から馬に接してきた経験から、ごく自然に馬というものを肌で感じとっているからではないかと強く思いました。なかなか幼少時から馬に接する経験を持つことが出来ない日本の環境の中で、少しでもナチュラルなホースマンを育成するために必要なのは、絶対的に豊富な経験、実践であると思います。

最初のうちは、育成馬の中でも安定した走行のできる安全な馬を割り当てます。しかしそういった馬でも最初は新しい環境、初めての馬ということもあり、彼ら自身にとっては精一杯の状況となることが多いものです。しかし習得の速さはやはり若さのなせる業でしょうか、ぐんぐん上手になってきます。彼らには、毎日騎乗日誌を書かせていますが、しばらくすると「指示通り乗れた」「安定した走行が出来た」などという反応が返ってくるようになり、中には「完璧に乗れた」などというコメントが見られることもあります。彼らの成長を喜ぶと同時に、さらに上の騎乗を求めたり、もう1つ難度の高い馬を割り当てたりすることで、常にチャレンジする気持ちを失わせないように配慮しています。

そういったプロセスを経ながら、彼らの研修は413日(月曜日)に開催予定の当場の展示会まで続きます。そこで彼らは、卒業騎乗として多くの来場者の前での騎乗供覧に騎乗することになるのです。 出される指示は5ハロン(1ハロンは200m)の走行で最後の2ハロンを14秒-14秒のスピード。この指示をしっかりこなすことができるようになった彼らの心臓には、しっかりと毛が生えていることと思います。

このように競馬会の行っている育成業務は、調教した育成馬の活用を通して、産地の育成牧場で働く人材の養成にも一役買っているのです。

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ウォーミングアップを行う生徒達。騎乗馬は研究馬。

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800mトラック馬場で1列縦隊の指示で騎乗する生徒達。騎乗馬は研究馬。

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V200の測定試験に騎乗する生徒達(後ろの2頭)。2列縦隊で前列を走る職員のスピードにあわせて追走します。色々な馬に、色々な環境設定で騎乗することにより、心臓に沢山の太い毛を生やしてほしいと思います。馬は左から、イアラガディスの07(牝、父アフリート)、インオンザゴシップの07(牝、父Sky Mesa)、レモンキスの07(牝、父フレンチデピュティ)、サブノリアルの07(牝、父クロフネ)。

育成のこだわりと「管理指針」(日高)

少々遅くなりましたが、皆様明けましておめでとうございます。日高の育成馬達は、年末年始も休むことなくウォーキングマシン運動や放牧を課され、年内の調教で若干しまった馬体が逆に少しフックラとし、フレッシュな状態で新年を迎えることができました。15日現在でほぼすべての馬達が、週2回の坂路調教(1,000m2本:スピードは2本目をハロン20秒程度)をこなせるようになっています。

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・年が開け新雪の上を坂路に向かう育成馬たち。気持ちも新たに、今年も育成業務を通して色々なことに取り組んでいきたいと思います。

しかしその中で、残念な事故がありました。マイナス10度近く冷え込んだ年末の朝、プロポーションラブの07(牝:父オペラハウス)がパドックでの放牧直後に転倒し、腰角(こしかど)を強打してしまったのです。事故直後には跛行が重度であり最悪の事態も脳裏によぎりましたが、幸い翌日には体重負荷ができる様になり、現在少しずつ快方に向かっています。前日に解けた雪が凍り、その上に薄く雪が積もって滑りやすくなっていたことが誘因でした。十分にチェックをしているつもりでもまだ足りないのだと反省しきりです。

もう1つトピックとして、今月8日から軽種馬育成調教センター(以後BTC)の騎乗者養成コースの生徒達によるJRA育成馬を用いた騎乗実践研修が始まりました。16名の生徒たちが3班に分かれ、育成馬が退厩する4月中旬までそれぞれの技術レベルに応じた騎乗馬を割り振られ、多くの経験を積んでいきます。

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800m屋内トラックで騎乗する第16名の生徒達。色々な馬の背中から、多くのものを学んでほしいと思います。

さて、前回に引き続き育成への「こだわり」についてです。昨年末のBTC利用者との意見交換会では、色々な場面やステージにおける、まさに三者三様のこだわりがクローズアップされました。

その会を企画した当場としては、交換会の冒頭「日高育成牧場のこだわり」と題して口火を切ることとなりました。話したいこだわりを思いつくままにまとめたところ、結果として2年前に作成した「JRA育成牧場管理指針」(以下 管理指針)に記されていることと同じものになりました。さて、「管理指針」とはどんなものなのでしょうか。

今でこそその差はかなり縮まりましたが、30年ほど前、日本の育成技術やその考え方は、競馬先進諸国とは大きな隔たりがありました。そこがウイークポイントと考えた競馬会は、イギリス、アイルアンド、フランス、アメリカ、カナダ、オセアニアなどに職員を派遣し、実際に牧場や厩舎で実践研修をすることで多くのことを学ばせました。学んできたことを実際に試し定着させるため、帰国後は研修に行った職員を育成牧場に配属し、新しい視点に立った育成技術の開発に取り組ませてきました。その中で民間の育成者の方々にも広がり定着したものとしては、騎乗馴致に対する考え方やドライビングの技術(調馬索という2本の長いロープをハミに付け、騎乗せずに馬の後ろから推進することで口向きを作る手法)、冬場の馬服を着せての放牧、色々な場面での馬の展示方法など多岐にわたります。

同時にJRAの育成牧場にも「JRA仕様」となった若馬の管理方法やその根底にある考え方が定着してきました。それらをまとめ更なる普及につなげるために作成したのが、「JRA育成牧場管理指針」です。中には科学的なアプローチにより裏付けのある記述も含まれます。しかし多くは、海外から学び「強い馬づくり」を目指す試行錯誤の中から生まれた「こだわり」そのものです。内容的には、応用できるものも多いのではないかと自負はしていますが、だからといって押し付けるつもりは毛頭ありません。強い馬をつくる道は一通りではありませんし、一つの提案だと考えていただけたらよいと思います。

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2年前に版が出された「JRA育成牧場管理指針」。現在は2版となりますが、薄いこの冊子はこれまでの育成業務において長い年月をかけて磨かれた「こだわり」の集大成ともいえるものです。

意見交換会では、BTCでトップにランクされた実力を背景に、育成者の皆さんが信念を持ってそれぞれの「こだわり」を披露して下さいました。同様に、私達は昨年のJRA育成馬であるセイウンワンダー号の朝日杯フューチュリティSJpnⅠ)勝利を、我々のこだわりの集大成である[管理指針]の内容を広く伝えるチャンスであると捉えています。今後も育成業務が続く限り「管理指針」は少しずつ充実し、改定されていくことになるわけです。

育成へのこだわり(日高)

前回2頭の活躍馬として紹介した内の1セイウンワンダー号(父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)が大仕事をしてくれました。朝日杯フューチュリティS(GⅠ)で見事に優勝、2歳牡馬チャンピオンになったのです。これまでの抽選馬、育成馬の長い歴史の中で牡馬のGⅠ制覇は始めてです。岩田康誠騎手の好騎乗に加え、新潟2歳ステークス以来3ヶ月半ぶりとなる競馬にもかかわらずキッチリと仕上げた厩舎関係者の苦労には頭が下がります。育成馬達がこうした活躍をしてくれることで、私達の行う育成業務への関心が高まり、ひいては成果の普及の追い風になるのではないかと思っています。

本年の育成馬達は、時期をずらして3つのグループに分けて馴致をしてきましたが、1群として先に進めた群が調教進度を維持する中で、3群の調教がほぼ追いついてきました。その内容は、週21,000m屋内坂路で駆歩を2本、スピードはハロン2520秒というものです。坂路を利用することで、常歩の距離は4km、時間は約40分にもなります。今後年末年始は、ウォーキングマシンとパドック放牧を中心とした管理を行いますが、年明けからは基本同一レベルの調教を開始できそうです。調教強度がさらに増すなか、当然調教を加減していかなければならない馬も出てくるとは思いますが・・・・。

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・撮りためた写真から探し出した一枚。今年の1月、パドックでのんびり日光浴をするセイウンワンダーです。やんちゃな馬という印象が強かったセイウンでしたが、こんなオットリした表情も見せていたのですね。

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・突然降りだしたゲリラ吹雪の中、坂路馬場に向かう馬達。次のセイウンを目指して、着実に調教を積み重ねていきます。

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・本年は年内にすべての育成馬が1,000m屋内坂路で2本の調教を行うレベルに達しています。

さて、今回は育成に対する「こだわり」について書いてみたいと思います。「こだわる」を広辞苑で引いてみると「些細な点にまで気を配る。思い入れする」とあります。何度もお伝えしていますが、私達が育成業務を行う意義は、その中で行った調査研究、技術開発の成果を広く多くの方に伝え、少しでも日本の育成のレベルアップに役立てることを目的としています。科学的な実験や研究は再現性がありその結果には有無をいえぬ強さがあります。その一方、実際に育成に携わっていると、科学的に白黒は決められないものの、ここは譲れないということも数多く出てきます。たとえるならば、科学のデータはしっかりした骨格、こだわりは皮膚といえるかもしれません。皮膚は薄いものですが、それが顔の表情を左右する決め手ともなります。

例を上げれば、馬の育成・調教の要諦として「馬をいつもフレッシュでハッピーな状態に保つ」ということがいわれています。この考え方に異を唱える方はほとんどいないと思いますが、はたして馬のフレッシュやハッピーは何処で判断するの?という疑問が沸いてきます。それを理解できる感覚や手法などもこだわりの1つではないかと思うのです。

実は先日BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催し、その主題を「若馬の育成へのこだわり」としました。この意見交換会は本年が6回目となりますが、利用者の間に日高育成牧場が仲立ちをすることで、相互のコミュニケーションの場を設けて、全体としての育成技術のレベルアップや意思疎通を図ることを目的として毎年、年末に実施しているものです。

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・意見交換会の風景。こだわりについて述べる吉澤ステーブルのH場長。5名のパネラーを前にして、取り囲んだ来場者との会話のキャッチボールが弾みます。

今回はこれまで以上に誰でも発言をしやすい雰囲気作りを目指し、広く浅く利用者が誰でも持っている育成に対する「こだわり」にスポットをあてました。しかし前述のように、それらの多くは残念ながら「感覚・経験」に立脚したものであり、重みを持つためには競走成績という「実績」が伴わなければならないのが実状です。このことから今回は、本年の中央競馬2歳戦で上位にランクされた5名のBTC利用者にパネラーをお願いしました。

口火として、日高育成牧場のこだわりの一端を紹介し、その後パネラーの発言に移りました。育成規模やBTC利用経歴からもバラエティーのあるパネラーがそろい、期待どおり各人各様の育成に対するこだわりが紹介され、来場者からはそれらに対する質問もなされました。例えば、年内にどの程度まで1歳馬の調教を進めるのかということついても、スピードでハロン1313秒を求める方から、ハロン20秒までで十分と考えている方までおられます。成績を上げた方たちの言葉ですので説得力はありますが、各育成者がどの考えに共感するかは自由です。

つまりこの会ではそれらの正誤を問うのではなく、その多様性を参加者皆で認識するにとどめ、その中でヒントをつかむという形としました。参加した皆さんからは、活躍している他の育成者の方から参考になる考え方を聞け、質問も出来て役に立ったというコメントも聞かれました。

こういった「こだわり」は多岐にわたり、1回の会で言い尽くされるものではなく、今後もしばらく同様の切り口で、開催していきたいと考えています。次回からは、この会で紹介した日高育成牧場のこだわりや、出席の皆さんから披露されたこだわりについてお伝えしていこうと思います。