育児放棄(生産)

222日に本年最初の出産を迎えることができ、当場でもようやく出産シーズンが始まりました。この最初の出産は、初産であり、さらに例年より厳しい冬が影響したのか予定日よりも11日遅れとなりました。初産のために、子馬は50kgと小さく、それも手伝って比較的容易に分娩を終え、さらに初乳もスムーズに摂取したために、スタッフの間でも無事出産を終えたという安心感が漂いました。

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初めての大仕事を終え、子馬の匂いを嗅ぎ、愛情を深める母馬。

翌朝、初乳を経て子馬に移行する抗体の血液中濃度を測定したところ、十分量ではなかったために、冷凍保存初乳を給与することにしました。再度、24時間後に抗体の濃度を測定したところ、十分量の抗体価の上昇を認めることができました。初産のために、初乳中の抗体の濃度が少し低く、乳量も少ないのは一般的なことであり、さらに生後2日間は子馬が乳首から吸飲している姿も認め、また乳首も濡れていたために、この時点では、それほど心配はしていませんでした。しかし、生後3日目から子馬が乳首に近づこうとすると、母馬が子馬を威嚇し、さらには蹴り上げる行為を見かけるようになり、その時期と同じくして子馬の体重の減少を認めました。

初産馬で見られることがある育児放棄が起きてしまいました。馬において育児放棄が起きた場合には、唯一の栄養源である母乳に代わるものを与えなければなりません。その方法として、乳母を導入するか、人工哺乳を行うかのどちらかが選択されます。また、子馬が母馬からの攻撃によって大事に至る危険性もあるために、虐待の程度が激しい場合には早急に母子を分ける必要があります。

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子馬を威嚇し、噛み付こうとする母馬。

 

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小パドックでは他の親子では考えられない程の親子間の距離を確認しています。

今回のケースでは、母馬の攻撃は威嚇程度の範囲であり、さらに初産で泌乳量が少ないために、子馬が執拗に吸い続けることによって痛みを感じているようにも思われ、またヒトが母馬を保定しさえすれば、ストレスは感じているものの吸乳を受け入れるために、早急に母子を分ける必要性は感じられないため、人工哺乳を選択しました。

人工哺乳の方法も様々であり、哺乳瓶での給与や、バケツでの給与などがありますが、今回は、ヒトが保定しさえすれば子馬の吸乳を受け入れることを尊重し、子馬が乳首に吸い付く、吸乳刺激によって泌乳量が増加することを期待して、吸乳時に子馬の反対側から経口投薬器で給与する方法を選択しました。以前、当場で哺乳瓶を使用して人工哺乳を実施した馬が、ヒトをヒトとも思わずに、取り扱いの難しい成馬へと成長した苦い経験もあり、あえて哺乳瓶の選択は避けました。この方法によって、子馬がヒトから乳を与えられているのではなく、母馬の乳首から乳を得ているという意識を持ち続けさせることができればと考えています。

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母馬を保定し、子馬が乳首に吸う時に、口角から経口投薬器を舌の上に挿入し、乳首吸飲時に口蓋と舌の間に生じる陰圧を利用して、人工乳を給与します。

 

 一方で、母馬のストレスを軽減させるために、泌乳に関連するホルモンであるプロラクチンの分泌を促進させるための投薬処置を実施し、泌乳量の改善も試みています。人工哺乳を開始して5日目頃から、短時間ではあるもののヒトが保定することなく、子馬の哺乳を許容する姿、特に母馬が横臥で寝ている状態では23分間も吸乳を許すようになってきました。また、子馬の体を舐める姿も見受けられるようになり、徐々に子馬と母馬の距離が近づいているよう感じています。それとともに乳房の膨らみも少し増し、さらにまだまだ十分量にまでは達していませんが、泌乳量も少し増えています。46kgまで低下した子馬の体重も、生後10日目には60kgにまで回復し、活発な行動も見受けられるようになりました。

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子馬の哺乳を許容する姿も見られるようになり、特に横臥時には23分間も吸乳を許すようになってきました。

初めて妊娠した馬が出産する場合には、このような育児放棄が起こることもあるといわれています。今回、このような育児放棄を経験し、子馬が困惑するのは当然ですが、母馬もどうして良いのか分からずに困惑していることを理解することができました。このような場合、ヒトが新生子を育てるという状況は最後の手段であり、可能な限り母馬が保育できるように対応したいと思っています。一方、海外ではホルモン製剤の投与によって、経産空胎馬に泌乳を誘発させることができるという報告もあるので、今後のことも考え、このような方法も試してみたいと考えています。

バトンタッチ(日高)

 雪が多く寒さの厳しかった本年の冬も、そろそろ峠を超えたようです。225日夜から26日の昼にかけて本年初めての雨が降り、白く路面を覆っていた固く締まった雪も一気に解けてしまいました。その雨後の陽だまりに、春の訪れを告げる福寿草の花を見つけ、うきうきした気持ちにさせられました。

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・雪の多かった今年の冬ですが、毎年牧場内で一番に開花する陽だまりでは、いつもどおり可憐な福寿草の花が咲き始めました。

 育成馬達もここに来てぐんぐん成長してきています。まさに木の芽が萌え出でるように、馬体が膨らんでくるといった印象を受けます。与えられた調教メニューをこなす馬達の走りには力強さも加わってきています。

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    800m屋内トラックでの1列縦隊。ウォーミングアップを兼ねた1本目の駆歩。フレッシュな元気あふれる走りを見せる中で、しっかり一列で馬場の真ん中を走ることができるようになっています。先頭はオールウェイズグッドサンクスの08(牝:父オペラハウス

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2本目の主運動。ハロン22秒のペースで最後までペースを緩めることなく2周(1600m)を走ります。2列縦隊により、もっと走りたいという気持ちを喚起するとともに、ジッと持ったままで隊列のポジションを守ります。先頭左がエイシンマニッシュの08(牡:父グラスワンダー)、右はチャランダの08(牡:父チーフベアハート

卒業式、入学式にはまだ若干早いですが、競馬会は31日に定期人事異動を迎え、この日を境に毎年一部の職員が入れ替わります。若手騎乗者も含めて全てのセクションの者が対象ですが、新任地に赴き、入れ替わりに新しい顔ぶれが着任します。

この日誌を担当してきた私も、本年は異動の対象となり、フレッシュな次期担当者にバトンタッチです。

今回はその送別の宴で、私が職場の方たちに伝えた話のポイントを記して、執筆の締めとさせていただきたいと思います。

それは、「馬には“これでいい”ではなく“これがいい”の姿勢で取り組みましょう」ということです。前回の日誌で、本性として馬は「動きたくない動物」「安心して落ち着くところを求める動物」であると書きました。言わずもがな、これは人にも当てはまります。「楽をしたい、サボりたい」は人の本性でもあります。そういった性の中で、より良い馬づくりを通じて調査研究や技術開発、人材の養成を進める日高育成牧場では、「それでいい」ではなく「それがいい」の姿勢が求められると思っています。

「強い馬づくり」の取り組みに終着駅はありません。いくら科学でその頂(いただき)を目指し、感覚を研ぎ澄まして見極めようとしても次々に暗雲が立ち込め、さらに上の頂や目標が生まれてくるのがこの世界です。私も諸先輩の取り組んできた馬づくりを引き継ぎつつ、馬達から多くのことを学ばせてもらいました。その過程で「それでいい」と思ったこともしばしばです。自らそれではいけないと思えることが馬と違うところであり、人の素晴らしさであると思います。

次回からは、新しい感性と視点で「これがいい」という取り組みとその成果をこの誌面を通じて伝えてくれることと思います。

そろそろ出産準備を・・・(生産)

2月初旬の-20℃を下回る寒さの後は、少し寒さも緩み、日照時間も日に日に長くなってきました。春を待ち遠しく思う今日この頃です。

日高地方ではすでに出産を迎えている牧場も多いようですが、当場では211日出産予定の馬の分娩が遅れているため、本年度の出産シーズンは始まっていません。しかし、出産準備は開始しています。分娩予定日の概ね1ヶ月前からウォーキングマシンを開始し、冬期の運動不足を解消させ、難産などの分娩事故を予防しています。これは、近年、ヒトの出産においても出産の直前まで体を動かすことによって、自然で安全な分娩へと導く方法が見直されているのと同様の考え方です。

時期を同じくして馬房内を電球で照らして人工的に日照時間を延長させる「ライトコントロール」も開始しています。馬は季節繁殖性動物であるため、妊娠に不可欠な卵巣機能は春季以降に発達します。しかしながら、寒冷地である北海道においては、3月に交配を行うためにはライトコントロールによる卵巣機能の早期亢進が必要です。効率的な繁殖管理を実施するためには、適切な栄養管理も不可欠であることはいうまでもありません。

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放牧地が雪で覆われ運動不足となりがちな冬期間には、ウォーキングマシンによる運動が有効です。

また、近年、厳冬期である23月生まれの子馬の管理方法として普及し始めている“子馬ハウス(屋内パドック)”に、出産前の母馬を慣らす必要もあります。これは、特に初産の場合には、出産直後に初めての場所に連れて行くことで、母馬がパニックに陥ることを防ぐ目的があります。直接的な原因は不明ですが、昨年“子馬ハウス”を使用していた子馬が関節炎を発症した経験から、生後間もない子馬の感染症を防ぐためにも、母馬に “子馬ハウス”に存在している細菌やウイルスに対する抗体を獲得させ、初乳を通じてその抗体を子馬に移行させる目的で、今年は出産1ヶ月前後の期間を中心に“子馬ハウス”に収容するようにしました。

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主に冬期間の出生馬に使用する“子馬ハウス”。場所に慣らし抗体を獲得させる目的で、出産前から母馬を収容します。

さて、昼夜放牧を継続している1歳馬達も寒さに順応したのか、それとも寒さの峠が越え、日照時間の延長を体感し、春の訪れを感じているためなのか、ますます生き生きとしています。1月初旬と比較して牧草の摂取量も増え、放牧地でじゃれ合う姿も目立つようになってきました。ブレーキングが開始され、馬房での個体管理を始めるまでは、可能な限り馬本来の群れでの管理を心掛けていきたいと考えています。放牧地で観察していると、1頭が乾草を食べ始めると他の馬も乾草を食べ、1頭が水を飲み始めると他の馬も水飲み場に近づきます。このように集団での行動を尊重することによって、競馬にも不可欠な群れへの適応を自然と身に付けさせたいと考えています。

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放牧地でじゃれ合う1歳馬達。特に牡馬同士で遊ぶ頻度が増えてきました。

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1頭が水飲み場に向かうと、他の馬もやって来て水を飲み始めます。

放牧地における運動距離をGPSで測定すると合計810km程度を推移しており、天候が悪い方が運動距離は長くなる傾向があります。当場では自発的な運動を促すために、放牧地の隅にルーサン乾草を1日に2回置き、さらに1日に2回の飼付け時には、馬房に収容して給餌を行い、放牧を再開する時にフレッシュな状態となることを期待して、運動量を増やす工夫を試みています。

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放牧地の隅にルーサン乾草を置いておくと、馬はルーサンを探して放牧地を歩き回ります。

一方、1歳馬の体重は停滞する傾向にあり、標準とされている日増体量(この時期の標準的な値は0.5kg/日)を下回っています。寒冷地である北海道では、当歳から1歳時の冬期間に成長曲線が鈍化するため、冬期の適切な管理方法が課題となっています。当初は米国のコンサルタントが提唱している成長曲線に合わせるべく体重のコントロールを試みていました。しかし最近では、北海道の冬は青草もなく-10℃を下回るような最低気温になることも考えると、他の季節と同じように成長させることは不自然ではないか、また、北海道に比較して寒さが厳しくない馬産に適した米国での成長曲線とは異なってしかるべきではないか、とも考えるようになりました。また、成長の程度が個体ごとで異なるのは自然であり、無理に平均値として得られた基準値に調整する必要はないとも思うようになっています。幸いにも、2月に入ってからは、1ヶ月間程度停滞していた体高が、再び徐々に伸び始めた馬も認められてきていますので、もう少し待ってみたいと思います。冬期の成長の停滞以上に、栄養満点の青草が生え始める春季における成長のリバウンド(代償的成長)に対して、細心の注意を払わなければと肝に銘じています。

このような北海道での当歳から1歳にかけての冬期における成長停滞が生理的なもので、競走馬としての将来にプラスになることを信じるとともに、マイナスに作用する可能性についても関心を持ちながら今後の調査を進めたいと思っています。

馬の本性とトレーニング(日高)

温暖化がいわれて久しいこの頃ですが、今年は例年になく寒い日が続いており、24日の朝にはマイナス23度となりました。この日、浦河町内の中杵臼にある観測地点では、観測史上初となるマイナス26.7度を記録したそうです。

このように寒さ厳しい立春の北海道ですが、朝6時にはうっすらと夜が白むようになり、陽も徐々に長くなってきています。抜けはじめた馬の冬毛にも、春が着実に訪れていることを感じています。

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12627日の2日間、購買担当者が来場して育成馬の検査を実施しました。この結果を元に、来るブリーズアップセールの売却馬名簿の順番が決められます。まずまず順調な育成馬の成長に、今後への期待も膨らみます。

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年度ごとの調教進度を客観的に見るため、走行スピードと心拍数を関連させ、V200(心拍数が200拍/分のときの走行スピード)を測定します。今年は234日に約40頭に対して実施しました。目視によるラップタイム計測のため、騎乗者は目立つ服装をしています。馬はチャランダの08(牡、父:チーフベアハート)。

今回は馬のトレーニングと本性について考えてみたいと思います。

運動生理学のトレーニング理論では、トレーニング効果を得るためには以下の4つの基本的な原則があり、これは馬にもあてはまります。

1.過負荷の原則:日常の水準以上の負荷をする。

2.漸進性の原則:負荷は徐々に強めていく。

3.反復性の原則:負荷はくり返し行う。

4.個別性の法則:個々の体力、技術、性格に合わせて負荷を行う。

さて、人は名誉やお金(いわゆるハングリー精神)などいろいろな形のモチベーションを持ち、上記の原則を理解してトレーニングを前向きにこなすことができます。しかし、馬には、きついトレーニングを積極的に行う動機は存在しません。

競馬で疾走する馬のイメージから、多くの皆さんは「馬は走る動物である」という先入観をお持ちではないでしょうか。しかし基本的には、馬は安心して快適な場所を求め、特別な指示や刺激がなければ無駄な動きをしたがらない本性を持っています。私達を含め動物は皆同様でしょうが、人は頭で考えられる点が他の動物と異なっています。

そこで順調にトレーニングを負荷していくために考えなければならないのが、馬の精神面の管理です。ホースマンの金言に「馬をハッピーでフレッシュに保て」というものがあります。初めてこの言葉にふれた時、耳あたりのよい言葉で、当然のことと受け流してきました。しかし、最近サラブレッドのトレーニングにおけるその意味の重さをしみじみと感じています。毎日のトレーニングにより、競走馬として肉体的に鍛えられる馬達は、このような精神状態に保たなければそのトレーニングをなかなか継続できないのです。中には食欲が落ちたり、必要以上にイライラしたりで、体が細くなってしまう馬もでてきます。軽種の範疇に入るサラブレッドは、走る素因をより強く引き出すために改良を重ねられてきたため、他の品種に比べて精神的に繊細でもろくなっていることが要因であるようにも感じます。

こういったことから日高育成牧場では、騎乗馴致の段階から調教、トレーニングの段階に移行する年明けからは「走らされたのではなく走ってしまったと感じる調教」をキーフレーズに調教を進めています。意味するのは、ムチや必要以上の体重移動により無理やり馬を動かすのではなく、群れや先行馬について行こうとする馬の性質を利用して、結果として十分な運動をしてしまったという状況を作り出すということです。またトレーニングと休息とのメリハリをつけ、調教後には褒美としてえさを与えます。調教場所や内容に変化をもたせることは馬を飽きさせない意味でも大切です。こういった取り組みにより、毎日の調教が馬にとって嫌なものではなく、少しでも前向きになれる楽しいものになってほしいと考えています。

当然その前提として、馬の体内には走るためのエネルギーと気持ちが蓄積されていることが必要です。朝、馬房から放牧地に放された馬達が、気持ちよさそうにしばし駆け回るあの時の気持ち、状態をイメージしています。この観点からは、調教をやり過ぎないことも大切です。例えるならば、美味しい寿司でもおなか一杯食べると毎日は食べたくなくなるのと同様です。「腹八分目がどこか」を見定めるのは非常に困難ですが、そのためにも調教前後の馬の状態をよく観察することが必須ですし、前回述べさせていただいた科学の目の活用も大切です。

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放牧されてしばらくは、馬達はフレッシュな気持ちで走り回ります。自ら動くこの精神状態をトレーニングにおいても保てるか、が課題です。

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馬はなるべく動かず、落ち着いて草を食むことを好み、それを求める動物です。

1月末になると、週2回の1,000m屋内坂路でのスピード調教が定着します。3ハロンを18秒/ハロンで刻むスピード指示を出せるまでになっていますが、その指示は、馬が余裕を持って走れるスピードであり、無理をしなければ出せないものではありません。心拍数は200拍/分を越え、十分な負荷がかかっていると思いますが、走った後の発汗もほとんどなく馬はけろっとしています。こういった指示のもとで、綺麗に組めていた隊列の中に、行きたがって列を乱したり、我慢させるために騎乗者が背中を丸めたりする馬が多くなれば、それは1つ上のスピード指示を出せる体力がついた(力が溜まってきた)と判断しています。

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1,000m屋内坂路での調教風景。シングルファイル(一列縦隊)で3ハロンを18秒/ハロンの指示です。先頭はタイムを刻み、後ろは群れをイメージする中で、距離2馬身を保ってしっかり追走します。元気のある馬は我慢することも求められます。競馬を想定したポジショニングの練習でもあります。先頭はチコリーベルの08(牝、父:ジャングルポケット)。

トレーニング自体に意義と必要性を理解することのできない馬達に、毎日の調教で気持ちよく前向きに走らせるためには「ハッピーでフレッシュ」な気持ちの維持は不可欠なのです。

冬期の昼夜放牧について(生産)

浦河では、12月中旬に続いた降雪がひと段落したと思っていた矢先、正月明けの大雪に見舞われました。さらにその後もマイナス10を下回る日が数日続くなど、例年になく厳しい冬となっています。

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正月明けの大雪によって1歳馬の腕節が埋まるまでの積雪となり、歩くのも一苦労です。

さて、前号に引き続き、昨年生まれの1歳馬の管理についてです。大雪によって放牧地に40cmもの雪が積もり、牧草摂取が不可能となったため、1歳馬を事務所付近の放牧地に移動しました。この放牧地にもシェルターはありませんが、現在も昼夜放牧を行っています。放牧地における運動距離をGPSで測定したところ、日中2.5km、夜間4.5km、合計7km程度で、やはり運動量は減少してきました。また、体重もここ2週間の推移は12kgの微増にとどまり、ほぼ現状維持となっています。特に最低気温がマイナス103日間連続で下回ったときには、3日間で全馬45kgほど体重が減少しました(その2日後の測定時にはしっかり回復していました)。一方、昼間のみの放牧管理を行っている空胎の繁殖牝馬の体重も、この期間を含む1週間で約710kg減少していたため、マイナス15にまで冷え込むような日には、摂取カロリーを増やす必要があると考えています。このように運動量と体重の増減を見る限り、昼夜放牧の限界に近づいているようにも感じられます。

一方、馬のコンディションおよび表情を見ると、必ずしも快適そうではありませんが、群れで乾草を頬張り、水を飲み、横たわり、そして放牧地を歩く姿を見ると、我々が想像しているほどダメージはないのかなという印象を受けています。また、この調子なら春まで昼夜放牧を実施できるのではないか、とも思い始めています。しかしながら、最も気温が低下する2月下旬を過ぎるまでは馬のコンディションを見極めながら、臨機応変に対応しようと肝に銘じています。

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現在放牧中の放牧地には多くの木が植えられており、馬達は好んで木の周囲に集まります。

ここからは、馬の寒さに対する適応力について触れてみたいと思います。一般的に、家畜化された馬が屋外で過ごせる限界温度は、マイナス1からマイナス9までと幅広い範囲の報告があります。ただし、これは最高気温が0を下回ることがほとんどなく、降雪も珍しい地域での調査です。しかし、北海道の気候に似たカナダで実施された研究では、「馬は温暖な地域から降雪を認めるような寒冷地に移動しても、その寒さに対して1021日で適応する」と述べられています。一方、寒冷地に繋養されている場合、寒さに馬体が容易に適応し、マイナス15までは馬服もシェルターもなく過ごすことができると報告されています。また、シェルターで雨風を遮った場合、熱放散を20%防ぐことができるとも報告されています。

一般的に、冬期の寒さに対しては、乾草の給餌が重要視されています。つまり、乾草などの高繊維飼料が微生物の働きによって盲腸と結腸で分解された際に熱が発生し、体内を温めることができるからです。このため、外気温が0から5ずつ低下するごとに1kgの乾草の増給が必要とされています。

帯広畜産大学の研究では、北海道和種や半血種は気温の低下に対して安静時の代謝量を増加させずに、皮下脂肪を蓄えることによって適応するそうです。一方、サラブレッド種は皮下脂肪が少なく、安静時の代謝量を増加させることによって適応すると報告されています。したがって、冬期の昼夜放牧に際して、どのようにして乾草を摂取させるかが課題となります。

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通常の乾草(手前左)とラップサイレージ(奥右)を同時に2つ設置すると、ラップサイレージを好んで食べます。

そこで、低水分ラップサイレージと通常の乾草を2つ設置してどちらを好んで食べるか比較したところ、圧倒的に低水分ラップサイレージを好むことがわかりました。ラップサイレージはヒートダメージ(空気と接触することにより好気発酵、品温上昇がすすみ、その結果品質が低下する現象)等に注意が必要であるため、冬期の給餌が適しているといわれています。給餌を開始して3週間ほど経過していますが、子馬に下痢や呼吸器症状等は認めていないので、春まではラップサイレージを給餌する予定です。

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ラップサイレージ(左)と通常の乾草(右)を同時に設置した5日後の状況。圧倒的にラップサイレージが好まれ、食べられていることが分かります。

科学の目 -心拍数や乳酸値の測定から得られるもの-(日高)

本年も12日の騎馬参拝で年が明けました。年明け早々は暖気が入り、年末に降り積もった雪もかなり緩みましたが、ここに来てマイナス10度を下回る日が続いています。特に5日午後から6日にかけて、地元の人でもあまり経験がないほどの大雪に見舞われ、例年になく厳しい冬となりました。一方、このしばれと雪にはよい側面もあります。調教後や調教オフ日の育成馬には、リフレッシュのために極力パドック放牧をしますが、地面がアイスバーンにならないため安全に放牧ができます。しかしながら、転倒による大怪我をさせてしまった過去の教訓もあり、春まで気がぬけない日々が続きます。

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毎年恒例の騎馬参拝で新年の行事が始まりました。参拝するポニー達。本年は諸般の事情から浦河神社の石段を登る参拝ができなくなったため、育成牧場の近くの西舎神社で実施されました。人馬の安全と育成馬の活躍を祈願しました。

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16日の大雪。800m屋内トラック馬場に吹き込んだ雪を、人海戦術で取り除きます。この日はとりあえずの除雪に10時過ぎまでかかりましたが、調教は無事実施できました。

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うず高く積まれた厩舎周りの雪。夜から降り続いた雪は60cm近く積もり、歩くのも一苦労。車も埋まってしまうため、早朝から厩舎地区へのアクセス路の確保が最優先で行われました。

さて、寒さの厳しい中、育成馬の調教は徐々に本格化し、800m屋内トラック馬場での2,400m(1+2周、ハロン23秒まで)の駆歩調教をベースに、週2回の1,000m屋内坂路調教(2本、ハロン20秒まで)を実施しています。坂路では1列縦隊シングルファイルの調教を行っていますが、求めるスピードをあげることに伴い、併走に移行します。

今回は「科学の目」についてです。馬を管理・育成・調教する際、担当者は自身の五感をフルに使ってその時々の馬の状態の把握に努めます。息遣いや息の入り方、発汗の程度、運動時に見せる様々な仕草、騎乗時の反応、四肢の触診、エサの食べ方など、挙げればきりがありません。これらの情報を元にそれぞれの馬に合わせた管理を行っていきます。そういった感覚にプラスされるのが「科学の目」です。例えば、毎日の検温や体重測定で得られたデータもその一つといえるでしょう。

現在日高育成牧場では、馬の状態把握に加えて日々の調教メニュー作成の一助とするために、数頭の馬を群全体のパイロットとして、定期的に調教中の心拍数測定ハートレートモニター使用と調教後の血中乳酸値測定(※)を実施しています。

例としてプリンセスレールの08父:チーフベアハートの、114日(図115日(図2の心拍数変化のグラフを示します。両日とも同じ騎乗者が騎乗し、14日は800m屋内トラック馬場、15日が屋内坂路馬場で調教しました。いずれも駆歩を2本行ったため、心拍数には2つの大きなピークがみられます。調教内容の変化や馬の精神状態に心拍数が敏感に反応することがよくわかります。

駆歩の心拍数を両日で比較してみましょう。

14日:トラック馬場 駆歩2本目(F2321秒)

平均心拍数:181最大209回/分 

15日:坂路馬場   駆歩2本目(F2321秒)

平均心拍数:188最大227回/分

両日とも走行速度はほぼ同様ですが、当然、心拍数は坂路調教のほうが高くなっています。特に最大心拍数は坂路では227回/分にもなり、この時期でのほぼ最大心拍数と思われる値を示しています。また、2本目の駆歩のあと心拍数が100回/分に戻るまでに要した時間は、トラック馬場の70秒に対し、坂路馬場では120秒かかりました。この心拍数だけをみれば馬にとってこの日の調教はかなりきつかったと考えられますが、騎乗者の感想は「まだ余裕がある」というものでした。

2本目の駆歩調教直後の血中乳酸値は、トラック馬場では殆ど上昇しませんでした。しかし、坂路では6.6ミリモルリットル(血漿で測定)にまで上昇し、無酸素運動が行われたことを示していました。

800m屋内トラック馬場は有酸素運動のトレーニング、坂路馬場は無酸素運動のトレーニングに有利な馬場ですが、総合的に見てこれら2種類の馬場を使っての現時点での調教により、十分効果が上がっているものと考えられました。

視点をかえて飼食いについてみると、例年調教が進むと少しずつエサを残す馬が増える傾向が見られます。2歳になった育成馬には、現在計7kgの飼料を一日4回に分けて与えています。今年も調教が続くことで週末になるとエサを残す馬が数頭いるものの、週末の軽運動日を挟んだ週明けには飼食いが回復しており、このことからも適度な調教負荷になっているものと考えられます。

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図1:800mトラック馬場で調教した際の心拍数変化。調教の流れは、角馬場での速歩歩様検査)常歩で移動駆歩1F2625常歩で手前変換駆歩2周(F2321秒)常歩での鎮静運動(約20分)。

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21,000m坂路馬場で調教した際の心拍数変化。調教の流れは、角馬場での速歩歩様検査)→常歩で移動駆歩1本目F2826常歩で坂路を下りスタート地点に戻る駆歩2本目(F2321秒)常歩での鎮静運動(約20分)。駆歩の2つの大きなピークの前に心拍数の上昇がみられますが、これは坂路を下る途中で横を馬が駆け上がり、馬がそれに驚いたことが原因でした。

いうまでもなく馬の状態をよく観察することは必須事項ですが、それに加えて心拍数や乳酸値の測定をはじめとした「科学の目」をオーバーラップさせることで、それぞれの管理者が五感に磨きをかけることができるとともに、より多面的に馬の状態や調教の適否を把握することができるようになると考えています。日高育成牧場でも得られた情報を元にして、若馬に対する調教メニューをよりよいものにしていきたいと考えています。

※運動後の血中乳酸値はトレーニング進度や調教強度の判定に使用できる指標のひとつといわれています。トレーニングにおいて無酸素エネルギーが利用されると、筋肉中に産生された乳酸は血液中に流れこみます。この血液中の乳酸値を測定し、4ミリモル/リットルを超えているか否かが無酸素運動か、有酸素運動かを判断するひとつの目安となります。

冬期の子馬の管理について(生産)

12月中旬に降り続いた雪のため、北海道浦河地方は例年より早く一面銀世界へと変わりました。北海道では冬期の積雪および低温を避けることはできず、当歳馬の管理方法の変更を余儀なくされます。

冬期には主食となる牧草が枯れ、気温の低下によって放牧地の路面が凍結するなど、飼育環境が急変します。当場においても、放牧地の草が枯渇したためか、群れ全体で体重が減少する傾向が認められました。そこで、離乳後から開始していたシェルター付き放牧地での24時間放牧管理を12月初旬で終了し、当場において最も遅くまで緑が残る放牧地に当歳馬を移動させました。

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メドウフェスクの混入割合が高い放牧地。12月中旬にも緑が残っています。

この放牧地は、なぜか最低気温が氷点下に達する時期にも緑が残るので不思議に思っていました。そこで日高農業改良普及センターの指導員の方々に調査してもらったところ、「メドウフェスク」の混入割合が高いためではないか、との返答をいただきました。メドウフェスクはシベリア原産の牧草です。耐冬性に優れているため晩秋期にも生育を続け、12月中旬でも緑が残るようです。一方、フェスク系の牧草は、「エンドファイト」と呼ばれる内部寄生真菌が産生するアルカロイドによる中毒症が問題となります。しかし、この中毒症は、主に妊娠馬に対して流産や無乳症を引き起こすといわれており、一般的に子馬の摂取には問題が無いと考えられています。放牧中の子馬を見ている限りは、嗜好性も概ね良好で、体重の増加もスムーズでした。晩秋期でさえも生育を続けるため、12月中旬でも草丈は15cm程度を維持しており、他の放牧地の草丈が5cm未満で地面が凍結している時でも、クッション性はある程度良好です。しかし、この放牧地は馬が退避するためのシェルターを備えていないため、いつまで昼夜放牧を継続できるのかが悩みの種となっています。十分な栄養は、良質な乾草やバランスの取れた配合飼料によって供給可能かもしれません。しかし、地面に生えている草を群れの仲間とむしり食べる行為こそが生理的に自然であり、子馬の成長にとって最も重要なことだと思っています。そのため、可能な限り昼夜放牧を継続し、濃厚飼料を最小限にした自然な状態で管理したいと考えています。

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嗜好性も良く、草丈が長いためクッション性も良好です。

昼夜放牧から昼放牧へ変更時期の目安は、①放牧地での運動距離の5km前後に低下したとき、および②体重が減少したとき、としています。放牧地での運動距離は、GPS装置を使って確認していますが、12月初旬に放牧地を変更した際が14km、そして降雪の翌日で最低気温が-10℃になった日でさえも10kmの移動距離が確認されました。一方、体重については、降雪が続いた日などには減少することもありましたが、緩やかな増加を認めました。そのため、現在も昼夜放牧を継続しています。

当初、シェルターがないことから、雨や雪の夜には馬体へのダメージを考慮して馬房に収容することも考えました。しかし、天気予報に反して雪が降る夜を放牧地で過ごした翌朝、子馬たちは背中に雪を背負っているにもかかわらず、意外にも清々しい表情をしています。さらに背中に積もった雪の下はほとんど濡れておらず、密な冬毛が馬体の暖かさを保っていました。

この日を境に、馬は寒さに適応する能力を有していると再認識するようになり、昼夜放牧を終了する時期については、子馬の行動および表情を見て決定しようと考えるようになりました。

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朝飼葉を食べるため馬房に収容した当歳馬。夜間の積雪により、背中に雪が積もっています。

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背中の雪を掃うとあまり濡れておらず、暖かさを保っていました。

北海道の冬期における当歳から1歳にかけての管理をどのようにするべきか、という問いに対する明確な答えは見つかりません。半日かけて移動する距離を、ウォーキングマシンを使用して1時間で強制的に運動させるべきなのか、または、将来のアスリートであることを考慮して、馬服を着せて皮下脂肪を蓄積させないように保ち、冬眠にも似た低代謝状態を避けるべきなのか、悩みは尽きません。しかし、調教が始まれば、当然のことながら毎日馬房に収容されます。したがって、それまでの期間は群れで管理し、放牧地で仲間と餌を食べて仲間と遊ぶことで自然に体力がつき、あわせて精神面も成長すれば良いな、と理想ばかり抱いてしまう今日この頃です。

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昼夜放牧時の午後、餌は放牧地にバケツをつるし、並んで食べさせています。馬房では餌を残す馬も、群れで食べさせると完食するから不思議です。

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雪は牧草を保温し、運動時のクッション性も高める役割を果たします。

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前肢で雪をかき分け、雪の下の牧草を食べる子馬。草をむしり食べる行為こそが、馬の自然な行動であり、欲求なのでしょう。

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平素はJRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。なお、個別の返信・回答はいたしかねます。予めご了承いただきたくお願い申し上げます。

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調教へのこだわり パート2(日高)

北海道浦河では連日マイナス10度を下回る日が続いています。おまけにドカ雪も降り、新年を前に冬モード全開です。

本年売却した育成馬であるエスカーダ号(牡、父:バゴ)が、オープン競走のクリスマスローズSに勝利し、朝日杯FSに駒を進めました。有馬記念では、1世代上の当場育成馬であるセイウンワンダー号(牡、父:グラスワンダー)の活躍を期待しています。

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一面真っ白な雪道を坂路馬場に向かう馬達。

本年購買した育成馬は3つの群に分けて馴致を行いましたが、11月末には屋内800m走路での全馬の運動量の足並みが揃いました(馬なりで両手前1周ずつ、計1,600mのキャンター調教)。当初は単に群れで走る調教でしたが、2列縦隊での安定した走行が行えるようになり、現在は次のステップである一列縦隊での調教に移行しています。騎乗者を乗せてキョロキョロ、フラフラしていた第3群の馬達もその走りは次第に安定し、しっかりとした隊列が組めるようになってきました。また、馬の方から運動量を増やして欲しいという気持ちが表れはじめ、「走りたくて仕方ない」力溢れる走りがみられるようになってきました。12月からはキャンターの距離を2,400mに伸ばし、調教速度も屋内坂路で1ハロン20秒程度まで徐々に上げていきます。

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調教後の鎮静運動。約20分間(約2,000m)の常歩運動を行います。左からハートストリングスの08(牝、父:ゼンノロブロイ)、ペンタクルの08(牝、父:ロージスインメイ)、メモラブルワーズの08(牝、父:ストラヴィンスキー)、シルクテイルの08(牝、父:ゴールドアリュール)

今回は、昨年もこの時期にお伝えした、育成における様々な「こだわり」についてです。

日高育成牧場では、例年BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催しています。この会では、昨年から「育成のこだわり」を話題として、2歳戦での競走成績が上位である5名の利用者の皆さんにパネラーになっていただき、育成・調教に対するそれぞれの「こだわり」を話していただいています。本年は育成牧場からのこだわりとして「馬の本性と調教」と題する話題提供の後、パネリストからその年の結果に対する感想と、その考えに至った理由を話していただきました。その後、パネリストと会場の質疑応答が行われます。

この会には、活発な意見交換をするための一つのルールがあります。それは基本的に全ての意見は言い切りで終わる、ということです。つまり「こだわり」に対して正しいか間違っているかを検討するのではなく、出された「こだわり」について納得できる人は吸収し、違うと感じる人は聞き流す、というスタイルです。もちろん、明確な科学的根拠のあるものについてはその都度説明します。絶対の根拠がなくても、それぞれの人が、自分で育成調教する中で感じ、辿り着いた「こだわり」ですので、何らかのヒントが含まれていることに間違いありません。

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意見交換会の風景。

少し専門的な内容も含まれますが、本年の参加者(JRA日高育成牧場を除く)から出された「こだわり」の一部を列記してみましょう。

1歳末までの調教量>

1歳時は無理をしない(A牧場)。

・坂路でハロン13秒台を出す馬もいる(B牧場)。

<準備運動について>

・ウォーキングマシンで1時間実施(B牧場)。

・常歩を10分から15分実施(C牧場)。

2本行う駆歩の1本目までを準備運動と捉えている(B牧場)。

・準備運動馬場で3040分両手前の常歩速歩を実施(D牧場)。

・草食獣である馬は常に走る準備ができており準備運動は不要という考え方を聞いたことがある(E牧場)。

2歳馬をトレセンに送り出すときの目安>

・直線ダートで5ハロン70秒、もしくは坂路で3ハロン40秒をクリアする(B牧場)。

・スピード調教日の調教後の馬体状態を見る。5月なら坂路で3ハロンを37秒程度課して、午後に馬がしぼんで見えたらまだ早い。エネルギッシュな状態であれば退厩体制が整ったと判断する(F牧場)。

・坂路で3ハロン36.5秒、1,600mダートトラックを5ハロン65秒で走ることができた馬の多くが新馬戦で勝ち負けできる(G牧場)。

<調教施設>

1,600mダートトラックを多用する理由は、蹄や腱が鍛えられるため。坂路によるインターバル調教では負荷が軽いと思う。また、調時の馬をしっかり観察できるのも良い。(G牧場)

・骨に刺激を与えるためには締まった馬場のほうがよい(C牧場)。

・より負荷のかかるほぐした馬場がよい。ただし、馬場が荒れるので中間ハローが必要になる(F牧場)。

<胃潰瘍について>

・納豆のとぎ汁を与え、納豆菌で整腸、健胃を図っている(B牧場)。

・濃厚飼料の多給が原因と考える。青草、乾草をなるべく多く食べさせている(C牧場)。

この他にも多くの意見交換がなされ、当初予定していた2時間が短く感じられました。

BTC利用者の多くは現状に満足せず、最大限の知恵を絞り、持てる施設をフルに活用して色々なことにこだわって「強い馬づくり」という目標に向け、努力していることがひしひしと伝わってきました。一見すると相反するようなこだわりもありますが、登る山は同じでも、色々なルートがあるのだなと強く感じさせられました。

日高育成牧場でも育成馬をしっかり観察する中で「こだわり」を持って育成調教を進めていきたいと思いますし、併せてそれらを少しでもわかりやすく、なるべく科学的な分析や根拠も加えて広く普及していくことが大きな使命であると考えています。

それでは皆様、良い新年をお迎えください。

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“血統登録検査”について(生産)

北海道浦河では“雪虫”が飛び交う時期も過ぎ、さらに10月の終わりに最低気温‐6℃を記録し、早くも冬を迎えています。生産の現場では、離乳を終えると年明けの出産シーズンまでは放牧中心になるため、代わり映えのしない毎日となります。しかしながら、秋から冬にかけては、寒暖の変化も激しいため、毎日の子馬の体調チェックは欠かせません。そんな心配をよそに、子馬たちは、離乳後から開始した分場での24時間放牧管理によって、半野生馬と化しており、鹿を追いかけ、自主トレーニングに励んでいます。

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鹿を追いかけて“馬鹿”げた自主トレーニングに励んでいる子馬たち。北海道では鹿が増え、農作物への被害が深刻な問題となっています。

今回は、9月に行われた子馬(当歳馬)の血統登録検査について触れてみたいと思います。サラブレッドとして競馬に出走するためには、サラブレッドである旨の証明を受け、そして登録されなければなりません。サラブレッド誕生の地である英国では、1791年に出版された繁殖記録台帳であるGeneral Stud Book」から血統登録の歴史は始まっており、血統登録の歴史が、サラブレッドの歴史そのものとなっています。現在では、日本を含め世界各国で英国の形式が踏襲され、血統登録が行われています。日本では(財)日本軽種馬登録協会がその業務を実施しています。ちなみにサラブレッドなどの軽種馬以外の登録は、日本馬事協会が実施しています。

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個体識別検査のためにマイクロチップリーダーを使用して、番号を確認する日本軽種馬登録協会の登録審査委員

検査当日は、2名の登録審査委員の方が来場され、検査を実施していただきました(写真)。実施する検査は、主に馬の個体識別と親子鑑定検査です。個体識別検査は、以前は性別、毛色、頭部や下肢部の白斑、そして毛(つむじ)などによって行われていましたが、2007年産まれの馬からマイクロチップが併用されるようになりました。マイクロチップ検査の導入により、個体識別は簡便かつ確実となったため、2009年産まれの馬からは、当歳時と1歳時に2回実施されていた個体識別検査が、当歳時の1回だけに変更となりま。個体識別は、近年のサラブレッドの経済的価値、さらには競馬の公正確保を考えた場合には、非常に重要なものとなっています。

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マイクロチップ本体は直径2mm×長さ11mmの円筒状で非常に小さく、写真下の注射器を用いてタテガミの生え際の下の靭帯内に挿入されるため、馬への苦痛・ストレスはほとんどありません。

血統、すなわち親子鑑定検査は、以前は血液型検査によって実施されていましたが、2003年から導入されたDNA型検査によって、その精度は99.9%を超えるようになりました。現在は、510本のタテガミあるいは尻尾の毛根をサンプルとして検査を実施しており、採血も不要となったため、子馬へのストレスもほとんどなくなり、人馬ともに安全な検査となっています。

我々にとって、この検査は初めて外部の方に子馬を見ていただく機会であり、セリに上場するような気持ちでトリミングを実施しました。スッキリと手入れされ、少し気取って立つ子馬たちの姿を見ると、少し頼もしく思えました。

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フジティアス09(牡、父:デビッドジュニア)。221日生まれで当場の長男です。

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ラストローレン09(牡、父:デビッドジュニア)。54日生まれで当場の末っ子です。

昼夜放牧について(日高)

北海道浦河では昨年よりも19日早い109日に日高山脈の初冠雪が見られました。紅葉も終わり、木々は冬支度万全といったところです。降雪もまもなくです。

昨年売却した育成馬から、クラシック最終戦となる秋華賞にはダイアナバローズ(父:シンボリクリスエス、母:チッキーズディスコ)が出走、菊花賞にはセイウンワンダー(父:グラスワンダー、母:セイウンクノイチ)が出走し3着に頑張ってくれました。

3群に分け馴致を進めてきた56頭の育成馬達は、2群までは集団調教の段階に入っており、残る3群も騎乗前のドライビングを行っています。

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800m屋内馬場で安定した2周の駆歩ができるようになると坂路調教をスタートします。1群の坂路調教初日は1030日で、誘導馬を先頭に15頭が一群となりゆったりと駆け上がりました。

さて、今回は昼夜放牧について書きたいと思います。このところ昼夜放牧はかなり一般的に実施されるようになりました。夏季の早朝や夕暮れ時の日高路を車で走れば、薄明かりの中で「まだ(もう)馬が放牧されている」という風景に出会うことが多くなってきました。

昼夜放牧を実施する利点としては、放牧時間が長くなることにより運動量が増す、夜を経験させることにより馬が精神的にタフになる、エサ代や寝藁代の節約になる、などが挙げられます。

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朝、視界がよくなると、疲れのあまり肢を投げ出して寝る群れの姿をよく目にします。数頭が見張り役を担当し、他の馬はいびきが聞こえてきそうなほどの熟睡です。

一方、なかなか昼夜放牧に踏み切れなかった牧場の方の多くが、監視の届かない夜間に放牧するのは危険だ、ということを口にされていました。最近では昼夜放牧が普及する中で、徐々にその懸念が薄れてきたのではないかと思います。

しかし、注意しなければならないのは放牧地が狭かったり、放牧頭数が多かったりすると、放牧地自体が荒れて(疲れて)しまうという問題です。そのような場合にはこまめな馬糞拾いや牧草量や草質の維持など、より注意深い草地の管理が求められます。馬の行動観察から、1頭あたりの適切な放牧地の面積はおよそ1ヘクタールという話をよく耳にします。20時間以上の昼夜放牧をしても放牧地が傷まない広さと、いう考え方からもこのぐらいの面積は必要であるように感じています。

一括りにするのは危険かもしれませんが、欧米では馬に十分な広さの放牧地を用意できるのであれば、昼夜放牧をしたほうがより馬にとって自然で快適ではないかという考え方が主流です。これは、加えて経費と労力を節約できることも大きな要因のようです。

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秋も深まり朝日の中でゆったりと草を食む育成馬。体力がついたのか、度胸がついて夜間もリラックスできるようになったのか、疲れて肢を投げ出して寝る姿はほとんど見られなくなります。左からイブキフリッカーの08(牡、父:ファルブラヴ)、オスカースマイルの08(牡、父:デビッドジュニア)、ゲルニカの08(牡、父:ロックオブジブラルタル)。

本年、当場では7月に購買した育成馬9頭の騎乗馴致を3群目として、それまでの3ヶ月間じっくり昼夜放牧(1620hr)を実施してきました。昼夜放牧と書きましたが、当場では8月の一時期にはアブなどの吸血昆虫による馬の消耗が著しいため、若干夜間にシフトして行いました。

群れが安定し、放牧地の環境に慣れてしまうと馬が動かなくなり、運動量が減少するという問題が生まれます。特に牝馬の群れでその傾向が強いように感じます。その対策として、少しでもフレッシュさを保つために定期的な放牧地の変更を行います。牝馬の群については3箇所の放牧地(3ha2ha4.5ha)を使いました。また、まめに掃除刈りを行い、草丈を短く保つことで採食のために動くという副次的効果があるため励行しました。

期間中の馬体重の変化は下図のようになります。最初の数週間は体重増減にばらつきがあるものの、9月に入るとほぼ全ての馬が順調な成長を見せています。皮膚病が出たり毛が焼けたりと、見た目だけでは購買時よりも見劣るものの、ボディーコンディションスコア(馬の肥満度を現す指標)を維持しつつ、体は一回り大きくたくましくなったように感じます。放牧開始当初の体重増加にばらつきがみられるのは、セリに向けた準備のため昼夜放牧を一時中止するなど、牧場での管理方法の違いなどが要因であると思われます。

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7月に購買した牡馬の入厩から昼夜放牧終了前までの体重推移です。8月中間に体重が減ったゲルニカの08は、体重測定時に感冒のため馬房内休養していました。

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7月に購買した牝馬の入厩から昼夜放牧終了前までの体重推移です。9月以降は順調な増加傾向を示しています。タイランツフェイムの08は昼夜放牧を経験しておらず、ハナコスマイルの088月下旬から9月上旬にかけて放牧を疾病のため休んでいます。

また、これまで昼夜放牧を行うと十分な運動によって管が太くなるという印象があることから、その要因を調査するため、現在昼夜放牧の開始前と終了時に屈腱部のエコー検査も実施しています。この結果についてもまとまりましたらご報告したいと考えています。