離乳後の子馬たち(生産)

8月の離乳を終え、ひと段落した当歳馬たちですが、9月の中旬には恒例の血統登録検査が行われました。血統登録検査は、競走馬になるための第一歩でもあり、サラブレッドとして競馬に出走するためには、サラブレッドである旨の証明を受け、そして登録されなければなりません。血統登録のための検査は、最近の10年ほどで大きく変わり、血統、すなわち親子鑑定は、2003年に血液型検査からDNA型検査に変更され、さらに2007年からは、個体識別にマイクロチップ検査が導入されたために、血統登録検査は簡便かつより正確なものに発展しています。

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個体識別のためのマイクロチップ検査

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検査のためにトリミングされた

当歳馬キセキスティール10(牡 父:ケイムホーム

2007年産駒から、血統登録を行った全頭に対してマイクロチップが装着された結果、本年の札幌競馬開催における出走馬のマイクロチップ装着率は、6070%にも達しました。このように、現在は、競馬の公正確保に不可欠な装鞍所での出走馬の個体照合にも、マイクロチップが利用され、非常に有益なものとなっています。

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札幌競馬場の装鞍所でのマイクロチップ検査

出走馬の60~70%はマイクロチップを装着している

また、9月の下旬には分場へと放牧地を移動し、24時間放牧を開始しました。離乳後の不安を乗り切り、8頭の群れで落ち着いていた当歳馬たちでしたが、放牧地の移動という環境の変化に少しストレスを感じているようにも映りました。体重は前日から510kg減少し、放牧地での1日の移動距離は12kmから18kmに増加していました。母馬と離別する離乳時には、ストレスは最小限に止めることを第一に考えていましたが、離乳後は、可能な限り多くの環境の変化を経験させ、「心のブレーキング」を行うことも重要であると考えています。しかしながら、秋から冬にかけては、寒暖の変化も激しいため、感染症の発症には細心の注意を払わなければなりません。

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放牧前には飼付け場所となるシェルターに慣らしておく

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環境の変化を乗り越えリラックスする当歳馬たち

当歳馬たちを分場へと移動した当日の午後に、日高育成牧場内にヒグマが出没しました。分場は、本場よりもさらに山奥になるために、少し心配する一方で、子馬たちにとって適度な刺激となり、「心のブレーキング」になればとも思っています。

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当場の敷地内に出没したヒグマ

第1群のブレーキング開始!(日高)

91日から3日にかけてサマーセールで購買した馬が入厩し、ブレーキング(騎乗馴致)を913日から開始しました。今年の騎乗馴致は例年通り3群に分けて実施します。その群分けは、馬体の発育や入厩日等を参考に実施しています。また、日高育成牧場で生産した馬7頭も来年の競走馬デビューを目指して、馴致を行いますが、生産馬はもう少し成長を待って11月頃から騎乗馴致を開始しようと思っています。

BTCの研修生もJRA育成馬8頭を用いて実際に馴致を行う等の研修を行っています。BTCの研修生はここで一度ブレーキングを体験し、年が明けたら実際にJRA育成馬を活用して騎乗実習を行います。まだ、人の技術が追いついていませんが、実際に競走馬になるJRA育成馬を用いて、その調教過程を自分の肌で体験することは、優秀なホースマンになる上で必ずや彼らの大きな財産になることと思います。

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BTC教官指導の下、馴致を体験するとともに見学して学びます。ローラー(腹帯)馴致までスムーズに終了し、ラウンドペンの中で教官がドライビングを行っているのを補助しています。馬はザフェイツの09(牡 父スクワートルスクワート)

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外でドライビングを行う前にラウンドペンの中で馬に前進気勢を与え、活発に動かすことは重要です(馬は同じ)。

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実際に育成馬にまたがるところまで研修します。横乗りを行い、騎乗者の体重に慣らしながら馬房内を動かします(馬は同じ)。

 JRA育成馬の馴致は、育成牧場管理指針にも記載しているとおり、まずラウンドペンで調馬索を行うところから開始します。日高育成牧場では、調馬索後、さらに常歩運動を負荷する目的でウォーキングマシンを歩かせ、さらに、放牧を行って馬体のリラックスを図っています。当初、私自身、ウォーキングマシンは機械的な強制運動であることから好きではなく懐疑的であったのですが、馬の運動量を増やすことができることや、意外に馬も退屈そうではないので、積極的に使用しようと考えています。現在は6km/時のスピードで馬が落ち着いて歩くことができるまで、2030分程度行っています。また、まだ青草も多く気候もよいので、調教後には草を食べさせますが、まだ成長過程のこの時期には地面に生えている青草の摂取によってメンタル面でも馬をハッピーにできると考えています。また、集団で放牧する群れを活用することで、集団調教への移行も容易になります。

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馴致後、ウォーキングマシンにいれて歩かせ、放牧地に向かいます。放牧地までの引き馬も騎乗にいたるまでの重要な馴致と考えています。

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馴致が終わった後、昼間放牧をしてリラックスを与えます。

乳母と孤児の離乳(生産)

 1歳馬のセリシーズンは残すところオータムセールのみとなりました。本年JRAが購買した馬たちは日高・宮崎の各育成牧場に入厩しております。

 本年も日高育成牧場・宮崎育成牧場からの育成編、日高育成牧場の生産馬に関する生産編の3本柱で、育成馬や生産馬の近況をお届いたしますのでよろしくお願いいたします。

 初回は日高育成牧場の生産に関するお話です。

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“乳母と孤児の離乳”

全国的に猛暑の話題が尽きない今年の夏ですが、北海道も同様で、例年と比較すると明らかな猛暑に見舞われました。例年、お盆が過ぎれば涼しくなりますが、今年は9月に入っても日中の気温は25℃を越える日も多く、残暑は厳しい日々が続いています。しかし、馬にとって不快な存在であるアブは姿を消したために、放牧地の馬達はそれほど不快ではないように映ります。

例年では、暑さのピークを過ぎ、涼しくなる8月中旬に離乳を実施しているのですが、今年の猛暑では、暑さとアブによる二重のストレスが子馬を襲うことも考えられたので、実施時期を遅らせることも考えました。しかし、幸いにもアブの飛来数は少なくなってきたために、離乳後のストレスも許容範囲であると判断し、予定通り8月中旬と下旬の2回に分けて離乳を実施しました。

今回は、4月にお伝えした育児放棄を受けた子馬と、ホルモン処置によって泌乳を誘発し、乳母として導入した代理母馬との別れを中心に離乳について綴りたいと思います。

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育児放棄の母馬から虐待を受ける子馬(生後2週目)

4月にお伝えしたとおり、当場で育児放棄が起こり、子馬への虐待がエスカレートしたために、空胎馬にホルモン剤を投与して、泌乳を誘発し、乳母として導入する試みを行いました。乳母と子馬の対面から6日目にようやく乳母が子馬を許容し、その後、子馬は乳母によって順調に育てられ、春の陽ざしの中で放牧中の2頭は、ほんとうの親子のように映りました。(育児放棄その1その2

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本当の親子のように見える乳母と子馬(生後3ヶ月目)

離乳は、例年どおり、群れの安定化を目的として、45組の親子の放牧群から同時に全ての母馬を引き離すことはせずに、半数ずつの母馬を前半と後半の2度に分けて引き離す、“間引き方法”によって実施しました。そして、注目の乳母と子馬の離乳は、前半の8月中旬に行われました。この日は、JBBAの研修生および当場で開催している“サマースクール”に参加している大学生の見学が行われていたため、いつもより多くの人が見守る中での離乳となりました。子馬は5.5ヶ月齢に達し、体重は235kgにまで増加し、同時期に生まれた子馬より少し小さくみえるものの、立派な馬体に成長し、離乳を迎えました。

子馬は、乳母が他の母馬とともに、1kmほど離れた放牧地に連れ出された直後こそ、少し落ち着かない様子でしたが、15分後には早くも落ち着き、残っている他の母馬を中心とする群れの中で、草を食べ始めました。一方、乳母は別の放牧地に放された瞬間に、馬場柵沿いを走り回り、子馬を呼び続けていました。1時間後に、ようやく少しは落ち着きはじめたものの、立ち止まっては耳を澄ませ、いななく行動は、夜中まで続きました。

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離乳翌日の手入れ時にも落ち着かない乳母

離乳翌日の子馬は、落ち着いており、体重も離乳した子馬の中では最小の4kgの減少にとどまり、馬房に他の子馬と一緒に収容した後も、仲良く戯れ、ストレスは見受けられませんでした。翌々日には、体重も離乳前に復し、餌も完食するようになりました。一方、乳母は離乳翌日も落ち着かず、体重は40kg減少し、離乳した他の母馬より10kgほど多い減少となりました。翌日の午後になって、ようやく落ち着きを取り戻しました。

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非常にリラックスしている離乳翌日の子馬の様子

このように、離乳に際して、子馬は何もなかったように振る舞う一方で、乳母は他の母馬と比較しても明らかに不安定な状態となりました。これらのことを鑑みると、子馬は成長すると母馬への依存度は小さくなっていく一方で、たとえ乳母であっても、一度備わった母性の強さというのは、子馬の母馬への思いとは、比べられないほど強いものであるように思われました。また、これだけ強い母性を持っていた乳母であったからこそ、孤児を許容することができたのだと感じました。 

6/8「ひだかトレーニングセール」にむけて(上場予定のJRA育成馬紹介)(日高育成牧場)

6/8(火)JRA日高育成牧場で開催される「ひだかトレーニングセール」に上場を予定しているJRA育成馬(5頭)についてご案内いたします。なお状況により、欠場となる馬が出る場合もあります。詳細につきましてはJRA馬事部生産育成対策室(電話03-5785-7540)までお問い合わせ下さい。

2010 JRAブリーズアップセールを欠場した馬は6頭います。そのうち、タイキエンプレスの08(牡:父スウェプトオーヴァーボード)、ハナコスマイルの08(牝:父ネオユニヴァース)、ミズホの08(牝:父ネオユニヴァース)、メモラブルワーズの08(牝:父ストラヴィンスキー)、ニキトートの08(牝:父チーフベアハート)の5頭は、68日(火)に開催される『ひだかトレーニングセール』を目指して調教を進めているところです。※1

 これらの馬たちは、それぞれブリーズアップセール直前に発症した疾病や跛行等のため、順調に調教を進めることができませんでした。セールを見送った後は約24週間、馬体をいったん緩め、常歩運動で管理してきました。彼らに対する調教のポリシーはブリーズアップセールに上場する馬となんら変わりません。つまり、ステッキを入れてラスト1Fを速いスピードで走るためのトレーニングではなく、競走馬として必要な基礎体力をつけたうえで、馬自らが走りたい気持ちとなるような教育を行って上場するということです。しかしながら、当日のセールにおける騎乗供覧では、セリの雰囲気にあったスピードを出して皆様にご評価をいただくつもりです。

ここまでの調教過程を理解していただいた上で、JRAのポリシー、すなわち走行タイムだけではなく、いかにいいフォームで走ることができるかを見ていただければと考えています。なお、当日はセールのレポジトリーとは別に、上場馬の厩舎前に設ける予定のJRAブースにおきまして、上場馬の調教過程、疾病歴および個体ごとのX線・エコー・内視鏡画像をご覧になることができます。どうぞ、ご利用ください。

※1ダンツローレライの08は左肩跛行が良化せず、ひだかトレーニングセールを欠場することとしました。

Photo_6 ひだかトレーニングセール上場番号76番 ニキトートの08

ニキトートの08(牝父チーフベアハート)は、3月に喘鳴症を発症したためBUセールを欠場しました。セール後、日高育成牧場においてトレッドミル検査を行った結果に基づき、516日に声のうおよび声帯摘出手術を実施しました。経過も良好で、術後3日後から普通に調教を実施しています。姉はフィリーズレビュー2着の当場育成馬アマノチェリーランでもあり、血統的にも期待している馬です。

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ニキトートの08の調教(529日)

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縦列での調教で、先頭はひだかトレーニングセール上場番号75番 ハナコスマイルの08(牝 父ネオユニヴァース)です(529日)。

ハナコスマイルの08319日の屋内坂路馬場において3F46秒(16-15-15/F)の調教後に右後肢の跛行を呈し、レントゲン検査の結果、陳旧性の右第3趾節種子骨骨折も確認されたため、413日まで調教を休んでいました。現在では、スピード調教も順調にこなしており、元気よく走ることができるようになってきました。

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ひだかトレーニングセール上場番号74番 メモラブルワーズの08(牝 父ストラヴィンスキー)の調教後の常歩運動です(519日)。

メモラブルワーズの081月に左前内側管骨瘤がでたり、4月に右肩跛行を呈したりするなど、順調ではありませんでした。本馬は気性の勝った馬で、走りたい気持ちに身体がついていけなかったのですが、現在では心身ともに充実し馬体に身が入りつつあります。

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気候がよくなったので、天気のいい日はグラスピッキングを実施しています。

精神面のリラックスを図るとともに、馬に草食動物としての本能を刺激し、肉体的・精神的に健康に保つものと考えています。向かって左の芦毛馬は、ひだかトレーニングセール上場番号15番 タイキエンプレスの08(牝 父スウェプトオーヴァーボード)、向かって右が上場番号16番 ミズホの08(牝 父ネオユニヴァース)です(519日)。タイキエンプレスの08はブリーズアップセール前日まで順調に調教を行っていましたが、右前屈腱部の腫脹が見られたため欠場したものです。エコー検査を定期的に実施しながら、調教を進めています。また、ミズホの08は、312日に小腸捻転を発症し開腹手術を実施しました。腸管のダメージは少なく、切除はせず整復のみ実施したものです。術後の経過は良好で、術後18日から騎乗運動を開始し、順調に調教をこなしています。

育児放棄その2(経産空胎馬にホルモン剤投与を行い乳母として導入する試み(生産)

前回お伝えした育児放棄の続報です。本年が初産の母馬が育児放棄に陥ってから、3週間が経過しました。子馬に対する攻撃が、徐々に激しくなる傾向を認め、対策を考えなければならない状況となりました。高額な費用をかけて乳母を借りるか、孤児としてヒトの手のみで代用乳を給与して育てるか、それともその他の方法を試みるか非常に悩みました。

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育児放棄の母馬の子馬に対する攻撃は、徐々に激しくなっていきました。

今回、当場で選択したのは、高齢(20歳)のために、昨年出産後に種付けを行わずに研究用馬として在厩している空胎馬に対して、ホルモン剤投与を行うことによって泌乳を誘発し、乳母として導入する方法です。この方法はフランスの研究者が報告しており、当場では、今回が初めての試みとなりました。このホルモン処置は2週間必要であるため、育児放棄が発覚した数日後から開始しました。ホルモン処置を開始してから経時的に乳房が膨らみ始め、搾乳を開始した3日目には、1回の搾乳で1リットルもの乳を得られるまでに至り、乳母として導入する日がやってきました。

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ホルモン処置前の乳房(左)とホルモン処置13日後の乳房(右)

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ホルモン処置13日後には1回で1リットルの搾乳が可能となりました。

乳母を導入すること自体が、当場では初めての経験となります。乳母として導入する牝馬は、高齢のため落ち着いてはいるものの、少し気性の激しい部分も持ち合わせているために、また子馬が3週齢と導入時期が遅すぎるために、乳母の導入自体が成功するかどうかは非常に不透明であり、さらにホルモン処置によって子馬を発育させるために必要な泌乳量が得られるかどうかという不安も残っていました。

まずは子馬と産みの母馬との離別を行いました。これは予想していたとおり、問題なく終了しました。続いて、乳母と子馬との対面に移りました。乳母を導入する場合に、出産時に産道を胎子が通過するのと類似の刺激を子宮頸管に与えることによって、母性を誘発させられるとの報告に基づき、最初に乳母を枠馬に保定し、用手にて子宮頸管の刺激を実施しました。1度目の刺激時には目の前の子馬を威嚇したり、噛んだりしていましたが、2度目の刺激時には34回ではありましたが、子馬の顔を舐める仕草を認めました。しかし、その後も威嚇は続き、子馬が吸乳を試みる際には蹴ろうとするので、後肢を縛り付けることによって、なんとか吸乳が可能となりました。

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乳母と子馬の初対面時には、胎子が産道を通過するのと同様の刺激を与えて母性の誘発を試みました。

馬房に収容してからは、子馬の安全確保を最優先として、馬房内に簡易の枠馬を設置し、翌朝まで乳母を収容しました。それでも吸乳時には後肢で蹴ろうとするので、枠馬に畳を吊るし、その一部に小窓を開けて、子馬が安全に吸乳できるようにしました。対面を開始してから5時間が経過した時になってやっとスタッフが乳母の頭絡を持つだけで、抵抗なく吸乳を許すまでになりました。

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対面初日は馬房内に設置した簡易枠馬に乳母を収容しました。これにより吸乳時には子馬の安全が確保できました。

翌朝からは、インドアパドックや屋外パドックで2頭一緒に放牧を開始しました。対面開始から5日間は、完全に子馬を受け入れるまでには至らず、機嫌が悪い時には威嚇し、噛み付く素振りを認めることも珍しくはなく、そのために、子馬が避難できるように馬房内に鉄管を渡し、子馬専用のスペースを確保しました。また、子馬への授乳は、スタッフの保定がなければ不可能な状況が続きました。

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乳母導入後5日間は、子馬への威嚇が続き、乳母と子馬の双方にストレスが溜まっているように見受けられました。馬房に鉄管を通し、子馬専用のスペースを確保しました。

乳母導入から4日間が経過しても子馬を受け入れない場合には、導入を諦めるべきだともいわれているため、今回の導入は失敗したと考えていた6日目に、他の親子と一緒に放牧を行ってみました。当初は他の親子の姿を見て、母性を抱くきっかけになればと考えていましたが、他の母馬が威嚇してきたのを境に、子馬を守ろうとして蹴り返しました。それからお互いの威嚇が数分間繰り返され、双方の母馬が落ち着いた直後に変化がおきました。子馬を守ろうとの想いからか、乳母に完全な母性が覚醒し、放牧地の中でスタッフが保定することなく吸乳さえも受け入れ、常に子馬を守ることを第一に考えるようになりました。それ以降は、子馬の全てを受け入れ、本当の親子のように振舞うようになりました。子馬も生まれて初めて安らげる場所を見つけたかのようにリラックスして横たわるようになりました。さらに、以前はスタッフが馬房に入るとミルクがもらえると嘶き、跳び付くこともありましたが、乳母導入後はスタッフが馬房に入っても、体を揺すらないと起きないようになりました。

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他の母馬から子馬を守ろうとすることで、完全な母性が覚醒しました(右の親子が乳母と子馬)。

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母性が覚醒してからは、完全に子馬を受け入れるようになりました。

一方、ホルモン処置によって得られた泌乳量は決して十分とは感じられず、子馬を適正に発育させるために、現在も推奨量の1/3程度の代用乳を補助的に給与しています。今回のホルモン剤投与によって経産空胎馬に泌乳を誘発し、乳母として導入する試みは、泌乳量だけを考えると完全に成功とまではいませんでしたが、子馬の精神面を考えた場合には非常に効果的であったと感じています。今後はホルモン処置を行った乳母が正常に発情し、受胎できるのかについても検証する予定です。

今回の育児放棄を経験し、競走馬として1勝すること、あるいは競走馬としてデビューすることはもちろん、セリに上場させるまでに順調に発育させること、さらには無事出産させることの難しさ、すなわち軽種馬生産の難しさを実感することができました。ドラマであれば、このような育児放棄を受けた馬がG1競走に優勝したりするものですが、そう上手くはいかないのが軽種馬生産の現実です。当場で得られる知見が軽種馬生産の一助となれば幸いです。

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子馬は生まれて初めてリラックスし、精神的に落ち着きました。今回、最もがんばってくれたのは、もちろん20歳になった乳母でした。本当に頭が下がります。

若馬の坂路調教(日高)

 前任者が手塩にかけて育成した日高育成牧場の若馬たち56頭を、3月から引き継ぐことに伴い、ブログの筆者が変わりました。どうぞよろしくお願いします。前任者同様、「これがいい」という信念をもって、育成調教を行いたいと考えています。

 319日現在、通常調教は800m屋内トラックの調教をベースとし、また、スピードと体力をつけるトレーニングは、週2回、屋内1000m坂路で実施しています。坂路では、1本目を縦列でのストリングを組んでのステディキャンター(19-18/F)、2本目は併走で3F48秒程度(16/1Fペース)のスピードで、実施しています。特に、1本目の縦列では前後の馬、2本目の併走では横にいる馬にそれぞれ近づけて走ることができることを目標にしています。

 

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3/161本目の縦列調教。先頭はポレントの08(牝 父ネオユニヴァース)。

 

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3/162本目の併走調教。向かって左はポレントの08、右はドクターブライドの08(牝 父ロックオブジブラルタル)。

 

 屋内坂路馬場は、前半350mの平坦な部分と後半650mの坂路部分に分かれています。勾配は、最初の200m2.5%、次の350m3.5%、止め際の50m5.5%となっています。したがって、実質は600mの坂路ということになります。なお、タイムについては、スタートしてから150750m間を自動計測することができます。効果的に負荷をかけるためには、この測定区間の最初の1Fの平坦部分でスピードにのせ、坂路部分の3Fをしっかり走らせることが重要と考えています。負荷をかけたよい調教が行えたかどうかは、馬の動きや走り終えた後の息遣いを参考に心拍数や乳酸値を推定して判定するようにしています。119日号の当場ブログ「科学の目」にもありましたが、1月は18秒のキャンターで220まで上昇していましたが、現在(319日)ではそのスピードでは心拍数は200手前、すなわち有酸素運動でこなせるようになっていました。しかし、2本目のスピード(実際は15.5-14.5-14.7)における最大心拍数は226、また、調教後の血中乳酸値は13mmolまで上昇していました。これら数値が示すとおり、かなり頑張って走っているので、翌日に多少歩様の硬い馬も出ます。馬が現在の調教を楽にこなすことができるようになり、また、騎乗者の手ごたえがon the bridledとなってきたことを見極め、1600馬場でスピード調教へ移行して行くつもりです。なお、坂路の負荷は自分が想像したより大きいことから、坂路以外の800mトラック馬場調教日には、あまりスピードを出さず、隊列を整えた落ち着いた調教を行っています。

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3/18800mトラック馬場での調教。1本目は縦列(F24)、2本目は2列(F20)で隊列を整えることを目標に調教を実施しています。向かって右の栗毛はレイクミードの08(牝 父サクラバクシンオー)、左はシルクテイルの08(牝 父ゴールドアリュール)。

日高育成牧場で坂路馬場を使用するメリットとして、坂を登るための負荷をかけるトレーニング以外に、①調教場が厩舎から離れた場所にあるということや②坂路を2回常歩で下るということを考えています。①については、必然的にウォーミングアップやクーリングダウンを長く(片道約2km)行うことができる、②については坂道を下る際に、自然に骨盤以下の後躯を深く踏み込ませる効果があり、背中から腰にかけてのトップラインと連動するボトムラインの筋肉を強化できるのではないかと考えています(具体的に下り坂でどのような筋肉が鍛えられるかについての研究はこれからの課題です)。

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800m屋内トラックの調教後。1頭ずつ騎乗者のコメントを確認します。

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クーリングダウンは馬場内を1周した後、外周を1周します。

日高育成牧場の展示会412日(月)10時~ を予定しています。実馬展示後にブリーズアップセールに上場する予定の馬たちのトレーニングを皆さまに披露させていただきます。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

育児放棄(生産)

222日に本年最初の出産を迎えることができ、当場でもようやく出産シーズンが始まりました。この最初の出産は、初産であり、さらに例年より厳しい冬が影響したのか予定日よりも11日遅れとなりました。初産のために、子馬は50kgと小さく、それも手伝って比較的容易に分娩を終え、さらに初乳もスムーズに摂取したために、スタッフの間でも無事出産を終えたという安心感が漂いました。

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初めての大仕事を終え、子馬の匂いを嗅ぎ、愛情を深める母馬。

翌朝、初乳を経て子馬に移行する抗体の血液中濃度を測定したところ、十分量ではなかったために、冷凍保存初乳を給与することにしました。再度、24時間後に抗体の濃度を測定したところ、十分量の抗体価の上昇を認めることができました。初産のために、初乳中の抗体の濃度が少し低く、乳量も少ないのは一般的なことであり、さらに生後2日間は子馬が乳首から吸飲している姿も認め、また乳首も濡れていたために、この時点では、それほど心配はしていませんでした。しかし、生後3日目から子馬が乳首に近づこうとすると、母馬が子馬を威嚇し、さらには蹴り上げる行為を見かけるようになり、その時期と同じくして子馬の体重の減少を認めました。

初産馬で見られることがある育児放棄が起きてしまいました。馬において育児放棄が起きた場合には、唯一の栄養源である母乳に代わるものを与えなければなりません。その方法として、乳母を導入するか、人工哺乳を行うかのどちらかが選択されます。また、子馬が母馬からの攻撃によって大事に至る危険性もあるために、虐待の程度が激しい場合には早急に母子を分ける必要があります。

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子馬を威嚇し、噛み付こうとする母馬。

 

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小パドックでは他の親子では考えられない程の親子間の距離を確認しています。

今回のケースでは、母馬の攻撃は威嚇程度の範囲であり、さらに初産で泌乳量が少ないために、子馬が執拗に吸い続けることによって痛みを感じているようにも思われ、またヒトが母馬を保定しさえすれば、ストレスは感じているものの吸乳を受け入れるために、早急に母子を分ける必要性は感じられないため、人工哺乳を選択しました。

人工哺乳の方法も様々であり、哺乳瓶での給与や、バケツでの給与などがありますが、今回は、ヒトが保定しさえすれば子馬の吸乳を受け入れることを尊重し、子馬が乳首に吸い付く、吸乳刺激によって泌乳量が増加することを期待して、吸乳時に子馬の反対側から経口投薬器で給与する方法を選択しました。以前、当場で哺乳瓶を使用して人工哺乳を実施した馬が、ヒトをヒトとも思わずに、取り扱いの難しい成馬へと成長した苦い経験もあり、あえて哺乳瓶の選択は避けました。この方法によって、子馬がヒトから乳を与えられているのではなく、母馬の乳首から乳を得ているという意識を持ち続けさせることができればと考えています。

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母馬を保定し、子馬が乳首に吸う時に、口角から経口投薬器を舌の上に挿入し、乳首吸飲時に口蓋と舌の間に生じる陰圧を利用して、人工乳を給与します。

 

 一方で、母馬のストレスを軽減させるために、泌乳に関連するホルモンであるプロラクチンの分泌を促進させるための投薬処置を実施し、泌乳量の改善も試みています。人工哺乳を開始して5日目頃から、短時間ではあるもののヒトが保定することなく、子馬の哺乳を許容する姿、特に母馬が横臥で寝ている状態では23分間も吸乳を許すようになってきました。また、子馬の体を舐める姿も見受けられるようになり、徐々に子馬と母馬の距離が近づいているよう感じています。それとともに乳房の膨らみも少し増し、さらにまだまだ十分量にまでは達していませんが、泌乳量も少し増えています。46kgまで低下した子馬の体重も、生後10日目には60kgにまで回復し、活発な行動も見受けられるようになりました。

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子馬の哺乳を許容する姿も見られるようになり、特に横臥時には23分間も吸乳を許すようになってきました。

初めて妊娠した馬が出産する場合には、このような育児放棄が起こることもあるといわれています。今回、このような育児放棄を経験し、子馬が困惑するのは当然ですが、母馬もどうして良いのか分からずに困惑していることを理解することができました。このような場合、ヒトが新生子を育てるという状況は最後の手段であり、可能な限り母馬が保育できるように対応したいと思っています。一方、海外ではホルモン製剤の投与によって、経産空胎馬に泌乳を誘発させることができるという報告もあるので、今後のことも考え、このような方法も試してみたいと考えています。

バトンタッチ(日高)

 雪が多く寒さの厳しかった本年の冬も、そろそろ峠を超えたようです。225日夜から26日の昼にかけて本年初めての雨が降り、白く路面を覆っていた固く締まった雪も一気に解けてしまいました。その雨後の陽だまりに、春の訪れを告げる福寿草の花を見つけ、うきうきした気持ちにさせられました。

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・雪の多かった今年の冬ですが、毎年牧場内で一番に開花する陽だまりでは、いつもどおり可憐な福寿草の花が咲き始めました。

 育成馬達もここに来てぐんぐん成長してきています。まさに木の芽が萌え出でるように、馬体が膨らんでくるといった印象を受けます。与えられた調教メニューをこなす馬達の走りには力強さも加わってきています。

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    800m屋内トラックでの1列縦隊。ウォーミングアップを兼ねた1本目の駆歩。フレッシュな元気あふれる走りを見せる中で、しっかり一列で馬場の真ん中を走ることができるようになっています。先頭はオールウェイズグッドサンクスの08(牝:父オペラハウス

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2本目の主運動。ハロン22秒のペースで最後までペースを緩めることなく2周(1600m)を走ります。2列縦隊により、もっと走りたいという気持ちを喚起するとともに、ジッと持ったままで隊列のポジションを守ります。先頭左がエイシンマニッシュの08(牡:父グラスワンダー)、右はチャランダの08(牡:父チーフベアハート

卒業式、入学式にはまだ若干早いですが、競馬会は31日に定期人事異動を迎え、この日を境に毎年一部の職員が入れ替わります。若手騎乗者も含めて全てのセクションの者が対象ですが、新任地に赴き、入れ替わりに新しい顔ぶれが着任します。

この日誌を担当してきた私も、本年は異動の対象となり、フレッシュな次期担当者にバトンタッチです。

今回はその送別の宴で、私が職場の方たちに伝えた話のポイントを記して、執筆の締めとさせていただきたいと思います。

それは、「馬には“これでいい”ではなく“これがいい”の姿勢で取り組みましょう」ということです。前回の日誌で、本性として馬は「動きたくない動物」「安心して落ち着くところを求める動物」であると書きました。言わずもがな、これは人にも当てはまります。「楽をしたい、サボりたい」は人の本性でもあります。そういった性の中で、より良い馬づくりを通じて調査研究や技術開発、人材の養成を進める日高育成牧場では、「それでいい」ではなく「それがいい」の姿勢が求められると思っています。

「強い馬づくり」の取り組みに終着駅はありません。いくら科学でその頂(いただき)を目指し、感覚を研ぎ澄まして見極めようとしても次々に暗雲が立ち込め、さらに上の頂や目標が生まれてくるのがこの世界です。私も諸先輩の取り組んできた馬づくりを引き継ぎつつ、馬達から多くのことを学ばせてもらいました。その過程で「それでいい」と思ったこともしばしばです。自らそれではいけないと思えることが馬と違うところであり、人の素晴らしさであると思います。

次回からは、新しい感性と視点で「これがいい」という取り組みとその成果をこの誌面を通じて伝えてくれることと思います。

そろそろ出産準備を・・・(生産)

2月初旬の-20℃を下回る寒さの後は、少し寒さも緩み、日照時間も日に日に長くなってきました。春を待ち遠しく思う今日この頃です。

日高地方ではすでに出産を迎えている牧場も多いようですが、当場では211日出産予定の馬の分娩が遅れているため、本年度の出産シーズンは始まっていません。しかし、出産準備は開始しています。分娩予定日の概ね1ヶ月前からウォーキングマシンを開始し、冬期の運動不足を解消させ、難産などの分娩事故を予防しています。これは、近年、ヒトの出産においても出産の直前まで体を動かすことによって、自然で安全な分娩へと導く方法が見直されているのと同様の考え方です。

時期を同じくして馬房内を電球で照らして人工的に日照時間を延長させる「ライトコントロール」も開始しています。馬は季節繁殖性動物であるため、妊娠に不可欠な卵巣機能は春季以降に発達します。しかしながら、寒冷地である北海道においては、3月に交配を行うためにはライトコントロールによる卵巣機能の早期亢進が必要です。効率的な繁殖管理を実施するためには、適切な栄養管理も不可欠であることはいうまでもありません。

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放牧地が雪で覆われ運動不足となりがちな冬期間には、ウォーキングマシンによる運動が有効です。

また、近年、厳冬期である23月生まれの子馬の管理方法として普及し始めている“子馬ハウス(屋内パドック)”に、出産前の母馬を慣らす必要もあります。これは、特に初産の場合には、出産直後に初めての場所に連れて行くことで、母馬がパニックに陥ることを防ぐ目的があります。直接的な原因は不明ですが、昨年“子馬ハウス”を使用していた子馬が関節炎を発症した経験から、生後間もない子馬の感染症を防ぐためにも、母馬に “子馬ハウス”に存在している細菌やウイルスに対する抗体を獲得させ、初乳を通じてその抗体を子馬に移行させる目的で、今年は出産1ヶ月前後の期間を中心に“子馬ハウス”に収容するようにしました。

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主に冬期間の出生馬に使用する“子馬ハウス”。場所に慣らし抗体を獲得させる目的で、出産前から母馬を収容します。

さて、昼夜放牧を継続している1歳馬達も寒さに順応したのか、それとも寒さの峠が越え、日照時間の延長を体感し、春の訪れを感じているためなのか、ますます生き生きとしています。1月初旬と比較して牧草の摂取量も増え、放牧地でじゃれ合う姿も目立つようになってきました。ブレーキングが開始され、馬房での個体管理を始めるまでは、可能な限り馬本来の群れでの管理を心掛けていきたいと考えています。放牧地で観察していると、1頭が乾草を食べ始めると他の馬も乾草を食べ、1頭が水を飲み始めると他の馬も水飲み場に近づきます。このように集団での行動を尊重することによって、競馬にも不可欠な群れへの適応を自然と身に付けさせたいと考えています。

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放牧地でじゃれ合う1歳馬達。特に牡馬同士で遊ぶ頻度が増えてきました。

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1頭が水飲み場に向かうと、他の馬もやって来て水を飲み始めます。

放牧地における運動距離をGPSで測定すると合計810km程度を推移しており、天候が悪い方が運動距離は長くなる傾向があります。当場では自発的な運動を促すために、放牧地の隅にルーサン乾草を1日に2回置き、さらに1日に2回の飼付け時には、馬房に収容して給餌を行い、放牧を再開する時にフレッシュな状態となることを期待して、運動量を増やす工夫を試みています。

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放牧地の隅にルーサン乾草を置いておくと、馬はルーサンを探して放牧地を歩き回ります。

一方、1歳馬の体重は停滞する傾向にあり、標準とされている日増体量(この時期の標準的な値は0.5kg/日)を下回っています。寒冷地である北海道では、当歳から1歳時の冬期間に成長曲線が鈍化するため、冬期の適切な管理方法が課題となっています。当初は米国のコンサルタントが提唱している成長曲線に合わせるべく体重のコントロールを試みていました。しかし最近では、北海道の冬は青草もなく-10℃を下回るような最低気温になることも考えると、他の季節と同じように成長させることは不自然ではないか、また、北海道に比較して寒さが厳しくない馬産に適した米国での成長曲線とは異なってしかるべきではないか、とも考えるようになりました。また、成長の程度が個体ごとで異なるのは自然であり、無理に平均値として得られた基準値に調整する必要はないとも思うようになっています。幸いにも、2月に入ってからは、1ヶ月間程度停滞していた体高が、再び徐々に伸び始めた馬も認められてきていますので、もう少し待ってみたいと思います。冬期の成長の停滞以上に、栄養満点の青草が生え始める春季における成長のリバウンド(代償的成長)に対して、細心の注意を払わなければと肝に銘じています。

このような北海道での当歳から1歳にかけての冬期における成長停滞が生理的なもので、競走馬としての将来にプラスになることを信じるとともに、マイナスに作用する可能性についても関心を持ちながら今後の調査を進めたいと思っています。

馬の本性とトレーニング(日高)

温暖化がいわれて久しいこの頃ですが、今年は例年になく寒い日が続いており、24日の朝にはマイナス23度となりました。この日、浦河町内の中杵臼にある観測地点では、観測史上初となるマイナス26.7度を記録したそうです。

このように寒さ厳しい立春の北海道ですが、朝6時にはうっすらと夜が白むようになり、陽も徐々に長くなってきています。抜けはじめた馬の冬毛にも、春が着実に訪れていることを感じています。

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12627日の2日間、購買担当者が来場して育成馬の検査を実施しました。この結果を元に、来るブリーズアップセールの売却馬名簿の順番が決められます。まずまず順調な育成馬の成長に、今後への期待も膨らみます。

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年度ごとの調教進度を客観的に見るため、走行スピードと心拍数を関連させ、V200(心拍数が200拍/分のときの走行スピード)を測定します。今年は234日に約40頭に対して実施しました。目視によるラップタイム計測のため、騎乗者は目立つ服装をしています。馬はチャランダの08(牡、父:チーフベアハート)。

今回は馬のトレーニングと本性について考えてみたいと思います。

運動生理学のトレーニング理論では、トレーニング効果を得るためには以下の4つの基本的な原則があり、これは馬にもあてはまります。

1.過負荷の原則:日常の水準以上の負荷をする。

2.漸進性の原則:負荷は徐々に強めていく。

3.反復性の原則:負荷はくり返し行う。

4.個別性の法則:個々の体力、技術、性格に合わせて負荷を行う。

さて、人は名誉やお金(いわゆるハングリー精神)などいろいろな形のモチベーションを持ち、上記の原則を理解してトレーニングを前向きにこなすことができます。しかし、馬には、きついトレーニングを積極的に行う動機は存在しません。

競馬で疾走する馬のイメージから、多くの皆さんは「馬は走る動物である」という先入観をお持ちではないでしょうか。しかし基本的には、馬は安心して快適な場所を求め、特別な指示や刺激がなければ無駄な動きをしたがらない本性を持っています。私達を含め動物は皆同様でしょうが、人は頭で考えられる点が他の動物と異なっています。

そこで順調にトレーニングを負荷していくために考えなければならないのが、馬の精神面の管理です。ホースマンの金言に「馬をハッピーでフレッシュに保て」というものがあります。初めてこの言葉にふれた時、耳あたりのよい言葉で、当然のことと受け流してきました。しかし、最近サラブレッドのトレーニングにおけるその意味の重さをしみじみと感じています。毎日のトレーニングにより、競走馬として肉体的に鍛えられる馬達は、このような精神状態に保たなければそのトレーニングをなかなか継続できないのです。中には食欲が落ちたり、必要以上にイライラしたりで、体が細くなってしまう馬もでてきます。軽種の範疇に入るサラブレッドは、走る素因をより強く引き出すために改良を重ねられてきたため、他の品種に比べて精神的に繊細でもろくなっていることが要因であるようにも感じます。

こういったことから日高育成牧場では、騎乗馴致の段階から調教、トレーニングの段階に移行する年明けからは「走らされたのではなく走ってしまったと感じる調教」をキーフレーズに調教を進めています。意味するのは、ムチや必要以上の体重移動により無理やり馬を動かすのではなく、群れや先行馬について行こうとする馬の性質を利用して、結果として十分な運動をしてしまったという状況を作り出すということです。またトレーニングと休息とのメリハリをつけ、調教後には褒美としてえさを与えます。調教場所や内容に変化をもたせることは馬を飽きさせない意味でも大切です。こういった取り組みにより、毎日の調教が馬にとって嫌なものではなく、少しでも前向きになれる楽しいものになってほしいと考えています。

当然その前提として、馬の体内には走るためのエネルギーと気持ちが蓄積されていることが必要です。朝、馬房から放牧地に放された馬達が、気持ちよさそうにしばし駆け回るあの時の気持ち、状態をイメージしています。この観点からは、調教をやり過ぎないことも大切です。例えるならば、美味しい寿司でもおなか一杯食べると毎日は食べたくなくなるのと同様です。「腹八分目がどこか」を見定めるのは非常に困難ですが、そのためにも調教前後の馬の状態をよく観察することが必須ですし、前回述べさせていただいた科学の目の活用も大切です。

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放牧されてしばらくは、馬達はフレッシュな気持ちで走り回ります。自ら動くこの精神状態をトレーニングにおいても保てるか、が課題です。

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馬はなるべく動かず、落ち着いて草を食むことを好み、それを求める動物です。

1月末になると、週2回の1,000m屋内坂路でのスピード調教が定着します。3ハロンを18秒/ハロンで刻むスピード指示を出せるまでになっていますが、その指示は、馬が余裕を持って走れるスピードであり、無理をしなければ出せないものではありません。心拍数は200拍/分を越え、十分な負荷がかかっていると思いますが、走った後の発汗もほとんどなく馬はけろっとしています。こういった指示のもとで、綺麗に組めていた隊列の中に、行きたがって列を乱したり、我慢させるために騎乗者が背中を丸めたりする馬が多くなれば、それは1つ上のスピード指示を出せる体力がついた(力が溜まってきた)と判断しています。

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1,000m屋内坂路での調教風景。シングルファイル(一列縦隊)で3ハロンを18秒/ハロンの指示です。先頭はタイムを刻み、後ろは群れをイメージする中で、距離2馬身を保ってしっかり追走します。元気のある馬は我慢することも求められます。競馬を想定したポジショニングの練習でもあります。先頭はチコリーベルの08(牝、父:ジャングルポケット)。

トレーニング自体に意義と必要性を理解することのできない馬達に、毎日の調教で気持ちよく前向きに走らせるためには「ハッピーでフレッシュ」な気持ちの維持は不可欠なのです。