○ 昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?③(生産)

 大変な災害が起きましたが、皆様人馬共に無事でしょうか?当場(日高育成牧場)は特に大きな事故も無く無事でしたので、皆様への被害を心配するばかりです。また、本災害の影響で競馬開催も中止となり、馬産業も大きな打撃を受けています。震災があってからは、このような悪い状況であるからこそ、我々が多くの人々に夢と希望を与えるために頑張らなければならないと思う日々です。被災地の方々に大きな希望を与えられるような話題を是非届けたいものです。

さて、2月末から3月初旬にかけて当場でも2頭の新たな生命が誕生致しました(当場では、本年8頭の新生子が誕生予定です)。本年生産馬の父馬はJBBA繋養の“アルデバラン”です。2年後の競走裡での活躍を期待せずにはいられません。

新生子の誕生はもちろん不安も多くありますが、我々ホースマンにとって未来への希望を持てる出来事の一つでもあります。

一方、昨年生まれた1歳馬も厳冬期を越え、成長が停滞気味な状態から脱却する時期となりました。ただ、この時期は急成長に伴うDOD(発育期整形外科疾患)などの疾患も多く、非常に悩ましい時期でもあります。我々も少頭数ではありますが、このような疾患も含めて非常に悩みながら繁殖・育成を行っているというのが現状です。

さて、今号は前々回、前回と続けてきました“昼夜放牧と昼放牧、厳冬期はどちらがBetter?” 続編 (Vol.③)ということで、やや季節が過ぎた感もございますが、来年度に向けての話題ということで進めていきたいと思います。 2群についての比較項目としては、前号でも記載した通り ①被毛を含めた外貌所見、②GPSを用いた放牧中の移動距離、③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(甲状腺ホルモン・プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の生長率などを検討しました。

 まず、前々回・前回のおさらいですが、前々回は①外貌所見(特に被毛) ②GPSでの移動距離の違いについて記載しました。すなわち、被毛は昼夜放牧群で長く、昼放牧群は明らかに短くなりました。また、移動距離は昼夜放牧群で長く(約7~9km)、昼放牧群は短い(約3km)という結果でした

2/4掲載日誌リンク)。

次に、前回は③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、について記載致しました。すなわち、③の“脂肪蓄積度合い”は昼放牧群で当初大きく減少し、その後は維持したのに対し、昼夜放牧群ではゆるやかな減少傾向を認めました。また、④の“体重・測尺値”については、昼夜放牧群では12月初旬より体重の停滞傾向が認められたのに対し、昼放牧群では当初大幅に減少し、その後は順調に増加する傾向が見られ、1月末時点では両群とも同様な体重となりました。また、管囲は昼夜放牧群で太い傾向がありました。

2/25掲載日誌リンク

それでは、それらの結果も念頭にさらに話を進めていきたいと思います。

まず、⑤成長に関わるホルモン動態についてですが、今回我々は甲状腺ホルモン・プロラクチン(基本的には泌乳ホルモンですが成長ホルモン様作用もあります)・グレリン(胃から分泌され成長ホルモンの分泌を促します)などのさまざまな成長に関わるホルモン動態を検討しましたが、その中でも“甲状腺ホルモン” “プロラクチン”の結果をご紹介したいと思います。

甲状腺ホルモンは細胞の代謝活性や脂肪・炭水化物などの代謝に関わるホルモンですが、トリヨードサイロニン(“T3”といいます)とその活性型であるサイロキシン(“T4”といいます)という物質を総称したものとなります。今回は上記2つのホルモンについて検討しましたが、いずれもA群(昼夜放牧)と比較してB群(昼放牧+WM併用)で高い活性を示しました。また、プロラクチン濃度についても、同様であり全体的にB群で高くA群は低い傾向がありました。

Fig_1_5

Fig①:サイロキシン(T4)濃度の推移 

全体を通して、A群(昼夜放牧:青線)よりB群(昼+WM併用群:赤線)が高い傾向にある。

Fig_2_5

Fig②:プロラクチン濃度の推移 

全体を通して、B群(昼+WM併用群)が高い傾向にある。A群(昼夜放牧)は横ばい傾向。

これらの結果を単純に見ますと、B群(昼放牧+WM併用群)の方で代謝活性が上昇しているように思われますが、実際はA群(昼夜放牧)でやや代謝活性が落ちているため、差が出ているように見えるのではないかと考えています。

人間でも一緒ですが、冬は春~秋と比較して明らかに代謝が落ちる傾向にあると考えられており、このデータだけを比較してもそのような傾向があるのがわかります。しかし、この結果はある意味当然なのかもしれません。A群では昼夜放牧をしていることもあり、寒さへの環境適応のため昼放牧以上に代謝を落とす必要があるのかもしれません。ただ、この代謝の変化が生理的にどのような影響を及ぼすのか、また競走能力にどのような影響を与えるものなのか、についてはまだ不明です。

次に、⑥ストレス指標であるコルチゾルについてですが、こちらは、実験開始直後にB群(昼+WM併用群)で高い傾向が認められました。これは、やはり環境の変化およびWMによるストレス負荷が強かったのかもしれません。ただ、その後は全体的に同様な値を推移しました。

Fig_3_5

Fig③:コルチゾル濃度(ストレスマーカー)の推移 

実験開始直後にB群で高い傾向にあったが、その後は両群とも概ね同様な値であった。

最後に、⑦蹄の生長率については、実験当初WM運動による蹄尖部磨耗などの影響がでることを心配致しましたが、実際は両群でほとんど差がありませんでした。

Fig_4_5

Fig④:蹄生長量(mm:蹄冠部より、蹄壁前面に目印のマーカーをつけた位置までの距離を測定) 

両群とも大きく変わらない生長量であった。

前2回も含めて、様々な結果およびデータを示してきましたが、皆様どのように感じましたでしょうか?どちらが良いという答えは、実験頭数が非常に少ないのと、競走馬ですので“走ってみないとわからない”ということで現時点でははっきりしませんが、二つの群で思った以上に変化があったのは間違いありませんでした。

ただ、本実験を通してわかったのはどちらの放牧管理にもメリット・デメリットがあり、個体毎でこの管理方法が適している馬もいれば適していない馬もいる、ということです。皆様におかれましては、今回のデータを参考にその馬にあった管理をして頂ければと思います。

また、本内容につきましては、まとまりましたら、講演会やその他雑誌などを通じてご紹介したいと思いますので、その折には皆様より温かいご意見頂ければ幸いです。

それでは、拙著にお付き合い頂き有難うございました。次号からは筆者が変わりますので、また新たな内容などお届けできるものと思います。引き続きご愛読宜しくお願い致します。

fig1.JPGをダウンロード

fig2.JPGをダウンロード

fig3.JPGをダウンロード

fig4.JPGをダウンロード

  

育成期のV200測定値(後編)(日高)

厳しい冬を乗り越えた植物が生育しはじめる弥生を迎えました。手前味噌ではありますが、日高育成牧場の育成馬たちも厳しい浦河の冬の寒さを乗り越え、さらに基礎体力を築くため、昨秋のブレーキングから始まった日々のトレーニングを順調にこなし、残り2ヶ月を切ったブリーズアップセール、さらには競走馬としてターフを駆ける日に向けてさらにたくましく成長しているように映ります。

800m_2

通常調教は800m屋内トラックコースで実施。トラックコースでの調教時には馬がリラックスした状態で走行できるように心掛けています。右からタヤスオドリコの09(牝 父:ゴールドアリュール)、ダイイチボタンの09(牝 父:ダイワメジャー)、ブルーレインボウの09(牝 父:マヤノトップガン)

31日現在、通常調教は800m屋内トラックコースでの調教をベースとし、週2回は屋内1,000m坂路コースでの調教を実施しています。坂路コースでは“オン”に近い状態で“on the bridled”を意識しており、一方、トラックコースでは“オフ”の状態で調教を行い、日々のメリハリを重視して調教メニューを組立てています。本年は坂路調教を行う前に、ウォーミングアップとして800m屋内トラックコースにて1,200mのステディキャンター(22秒/F)を実施しているために、昨年と比較すると総運動量は1,200m増加しています。その後、15分かけて坂路コースまで向かい、34頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンターを2本実施しています。スピードは1本目が60秒/3F2本目を54秒/3Fを目安としており、運動量が増えている分、昨年同時期よりスピードは少し抑えています。スピードよりも“on the bridled”の手応えを重要視し、ブリーズアップセールの“時計よりも馬の走法や出来映え”をアピールするというスローガンに則した仕上げを目標としています。

1000m_2

2回は屋内1,000m坂路コースで野調教を実施。坂路コースでは“オン”に近い状態で“on the bridled”を意識して調教を行っています。先頭からサクラハートピアの09(牡 父:トーセンダンス)、ロマンスビコーの09(牡 父:デビッドジュニア)、テイエムサイレンの09(牡 父:ケイムホーム

さて、今回は前回に引き続き、日高育成牧場においてトレーニング効果の指標として、毎年2月と4月に測定している “育成期のV200測定値”についてお伝えいたします。前回は“V200”は異なる個体間での能力の比較よりも同一馬のトレーニング効果を検証するのに適した指標であること(図1)、さらには“V200”の個々の測定値のみを評価すること自体にはあまり意味がないことについて述べさせていただきました。今回は日高育成牧場での“V200”測定値の利用方法、および本年2月に測定した結果について説明いたします。

V200_3 

1:育成期およびトレセン入厩後の“V200”の測定値の推移(松本ら)。調教馬場の違いなど環境が変わっても経時的に“V200”を測定することによってトレーニング効果を検証することができます。

日高育成牧場では、過去12年間に渡って毎年2月と4月のほぼ同時期に“V200”を測定しています。同時期に、同じ馬場で“V200”を測定するということは、年度毎の調教効果を比較検討する手段のひとつとなり得ることを意味しています。個体毎に適切な調教方法というのは当然異なりますが、“調教群”として捕らえた場合には、2月の時点までにある程度の調教負荷をかけてV200”測定値を上昇させておいた方が良いのか、それとも2月から4月の“V200”測定値の上昇率が高い方が良いのか、あるいは牡と牝では異なるのかなどについての調査研究を実施しています。つまり、その年の“V200”測定値と調教時の運動器疾患の発生率や、その世代の競走成績との関連性を調査することによって、More than Best”となる調教を目指して次年度の調教計画に役立てています。

本年のV200”の測定結果は2月の時点では過去13年間で最も高い値となりました。すなわち、この結果は2月の時点では例年以上に有酸素能を高める調教負荷がかけられており、トレーニング効果が得られているということを意味しています。一方で、調教強度が例年よりも強く、馬への肉体的および精神的負荷も大きいという解釈もできるために、筋肉や骨疾患などに起因する跛行や、餌を残すなどストレスの程度についても注意深く観察しなければならないということも意味していることになります。

5v200_3

2:過去5年間の2月における“V200”の測定値。本年は過去13年間で最も高い値となりました。この結果は有酸素能を高める調教負荷が十分にかけられていることが推測できる一方で、調教強度が例年よりも強く、馬への肉体的および精神的負荷も大きいという解釈もできます。

個々の馬のV200”測定値に触れてみると、調教中に動きの目立つ馬が期待通り高い測定値を記録している一方で、個々の測定値のみを評価すること自体にはあまり意味がないと申し上げましたとおり、期待していた血統馬が予想を裏切り低かったり、調教中にあまり動きの目立たない馬の測定値が高かったりと、測定値の解析を困難にさせることも少なくありません。キャンターへの移行直後から心拍が上昇する馬はV200”の測定値が低くなる傾向がありますが、スプリンターの条件としては、スタート直後からの心拍の上昇というのが不可欠であるようにも思われるために、短距離に適正のある馬は測定値が低くなる傾向があるのではないのかと推測しながら解析していますが、結論には至っていません。

今後もJRA育成馬での測定データを蓄積し、競走成績と照らし合わせることで検証し、皆様方に還元できればと考えています。なお、日高育成牧場の育成馬展示会は411日(月)10時開始での開催を予定しております。実馬展示後にブリーズアップセールに上場する予定の馬たちのトレーニングを皆さまに披露させていただきます。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?②(生産)

2月に入り、本年も繁殖シーズンがついにやってきました。繁殖シーズンは生産牧場にとって、生まれてくる子馬への期待でワクワクする一方、難産などを含めた繁殖牝馬の疾病、また新生子の疾病などのため非常にストレスのかかる時期です。そのような中、もうすでに出産が始まっている牧場もあろうかと思います。当場も同様に、2月末より8頭の出産を予定しています。そのため、少ない頭数ですが準備に忙しい時期となっています。

 さて、そのような状況の中、昨年この時期に同じように生まれた1歳馬達に目をむけて見ますと、2つの異なった放牧管理のもと両群とも順調に育っています。すなわち、A:昼夜放牧群(22h) B:昼放牧(7h)+WM併用群(馬服装着)という2つの群です。2群についての比較項目としては、前号でも記載した通り ①被毛を含めた外貌的所見、②GPSを用いた放牧中移動距離、③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の成長率など、様々な方向性から検討を行っています。

今号では、“昼夜放牧と昼放牧、厳冬期はどっちがBetter?②”ということで、明確な答えが出ない内容ではありますが、少しでも皆様のヒントになればと思い引き続き記載したいと思います。

 まず、前号のおさらいをしますと、前号では①外貌所見(特に被毛) ②GPSでの移動距離の違いについて記載しました。

 すなわち、被毛は昼夜放牧群で長く、昼放牧群はあきらかに短くなりました。また、移動距離は昼夜放牧群で長く(約7~9km)、昼放牧群は短い(約3km)という結果でした。

 それでは、その結果も念頭に置いてさらに話を進めていきたいと思います。まず、③の“脂肪の蓄積度合い”についてです。これは屈腱部の超音波検査などを実施する際と同様なエコー機器を用いて、馬のおしり(臀部)の脂肪の厚さ(これを臀部脂肪厚といいます)を測定することで全身の体脂肪率や脂肪を除いた体重(これを除脂肪体重といいます)を推定します。 

Photo

Fig.①:臀部脂肪厚測定の風景

リニア型(接触面が直線的な)プローブを用いて検査します。

Photo_2

Fig.②:臀部脂肪厚測定のエコー図

赤丸で囲んだ三角形の部分の最大の厚さを測定します

当初の我々の予測として、昼夜放牧群は寒さに適応するため体脂肪が“増加”していき、昼放牧群は昼夜放牧群ほど寒さに適応する必要性がなく、さらにWMを使用して強制的な運動も行うことから、体脂肪は徐々に減少していくのではないか?と考えていました。予想通り、昼放牧群では早い時期から体脂肪率の低下が認められました。一方、昼夜放牧群においても緩やかですが体脂肪率の低下が認められました。

Photo_3

Fig.③:体脂肪率の変化 [A群(昼夜):青  B群(昼+WM):赤 で示してあります]

この昼夜放牧群のデータは、我々にとっては非常に不可解な結果でした。理由は、現在その他のデータも含めて検討中ですが、①重要臓器を守るために体表面ではなく、内臓への脂肪蓄積が行われた ②給餌している餌では維持エネルギーが足りず、維持エネルギー産生のため脂肪を徐々に利用する必要があった、というような可能性が考えられました。

まず、内臓脂肪についてですが、これは実際に解剖しなければわかりません。そのため、判定が困難ですので、推論の域はでません。人間の体組成計のような器具があればよいのですが・・・次に、餌については濃厚飼料として約23kg(エネルギーにして約6~9MKcal)、また粗飼料はルーサンを約2kg(エネルギーにして約3~4MKcal)およびラップ乾草は放牧地の4隅に不足しないように補充しながら配置したので、1日に約4~5kg程度摂取した(エネルギーとしては約6~7Mkcal)と推定いたしますと、摂取エネルギーの総量としては約1519Mcal程度摂取したものと考えられます。そのため、通常の管理であれば体を維持するには十分な量と考えられます。しかし、この昼夜放牧における“寒さ”へ対応するための必要エネルギー量は我々が考えている以上に大きいのかもしれません。人の例を挙げますと、南極観測隊の隊員は寒さに対応するため、派遣前に1020kg程度体重を増量してから現地に向かい、しかも現地では通常の約1.52倍程度のエネルギー摂取が必要という話もあります。日高地方は南極の気候と比較すると非常に“暖かい(?)”とはいえ、最低気温は-20℃、厳冬期の平均気温は約-5-7℃程度になることもあることから、厳冬期の昼夜放牧管理では、多くのエネルギー量が必要なのかもしれません。

次に、検討項目④の“体重・測尺値”の変化について記載します。まず、体重についてですが、昼夜放牧群では12月初旬から停滞傾向が認められました。一方、

昼放牧群では当初大幅に体重が減少しました。この理由としては、昼放牧群も実験開始前は昼夜放牧管理をしており、時間にして22時間から7時間と大幅に放牧時間が減少したことによる“牧草採食量の一時的な減少”という要因が大きいと思われます。また、WM導入直後の運動量やそのストレスによる部分も少なからずあるのかもしれません。通常、完全舎飼いなどに変更せず、一定の放牧時間が保たれていれば、1週間程度で体重は元のレベルまで戻ることが知られています。そのため、本実験での昼放牧群の体重変化を見ると摂取エネルギーとWMを用いた強制的な運動による消費エネルギーとの不調和もあったのかもしれません。このような点は放牧管理形態の変更時やWMを用いる際に注意すべき重要な点だと思われます。最終的に、昼放牧群の馬体重が元のレベルに復すまでに3週間弱かかりましたが、その後は順調に増加し、1月末時点では両群とも同様な体重となりました。

Photo_4

 

Fig.④:体重の推移 [A群(昼夜):青  B群(昼+WM):赤 で示してあります]

また、測尺値については昼夜放牧群において管囲が若干太い傾向が認められましたが、その他体高・胸囲などには大きな差は認められませんでした。

先ほど③の“脂肪の蓄積度合い”の話でも記載しましたが、同様にこの体重データから見ても昼夜放牧群の12月初旬以降の摂取エネルギー量は不足している可能性があります。しかし、現在の飼養管理形態(基本的に充分な量のラップ牧草を給与している)を考えると、実際に摂取エネルギーを増加するには、濃厚飼料を増量するしか手はないのかもしれません。現在、約3kg程度の濃厚飼料を給餌していますが、当歳から1歳にかけてこれ以上増量した場合には、OCDなども含めて色々な問題が発生する可能性もあります。そのため、このような点は“厳冬期における昼夜放牧管理”の難しさなのかもしれません。

徒然なるままに記載してきましたが、今回は ③脂肪の蓄積度合い ④体重・測尺の変化 という2点について比較しました。皆様、いままでの4項目のデータを見てどのように思いますか?感想など頂ければ幸いです。

それでは、次号も引き続きのご愛読よろしくお願い致します!

Fig.1.JPGをダウンロード

Fig.2.JPGをダウンロード

Fig.3.JPGをダウンロード

Fig.4.JPGをダウンロード

育成期のV200測定値(前編)(日高)

北海道浦河では、2月の1週目には最高気温がプラス5℃にも達し、4月上旬並みの春の陽気となり、馬服の下は少し汗ばんでいる馬もいるほど暖かい日もありましたが、再びマイナス10℃を下回る真冬日へと逆戻りしました。まだ大寒を過ぎたばかりで、春の訪れはやはり立春までは待たなければならないという現実を実感しています。

前回は“精神面のトレーニング”について触れましたが、今回は“トレーニング効果”について触れてみたいと思います。日高育成牧場では、トレーニング効果の指標として“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスエーデンのパーソン教授によって提唱された馬で用いられている持久力(有酸素能力)の指標のことであり、“心拍数が200 /に達した時のスピード”を意味します。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。

このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

V200

V200測定時には、正確なラップタイムを計測するために騎乗者は目立つ上着を着ます。先頭からイキナオンナの09(牝 父:ディクタット)、シルクブラウニーの09(牝 父:アドマイヤムーン)、チャランダの09(牝 父:アラムシャー)、ジョイフルステージの09(牝 父:ジャングルポケット

馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

Photo

1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できるVHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。

このように述べるとVHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

V200_2

2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

しかしながら、VHRmax”や“V200は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのに適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特にV200”に関しては、最大心拍数が210/分の馬と230/分の馬では、同じ心拍数200 /分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。

これらの理由のために、育成期におけるV200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります

1)V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。

2)V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。

3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかということ、および本年の“V200”の結果については次回に説明させていただきます。

V200_3

3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。

昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?①(生産)

本年の日高地方は非常に寒い日々が続いており、積雪も多く非常に悩ましい時期をお過ごしと思います。そのような環境の中、皆様も例年以上に“厳冬期の当歳馬管理”についても頭を悩ましていることと思います。

さて、前号に記載したとおり、日高育成牧場では昨年11月末より “厳冬期における当歳馬の放牧管理”に関する研究として①昼夜放牧群(放牧時間:2224h)および②昼放牧(67h)+ウォーキング・マシン(以下WM)併用群 (馬服も装着)という2群に当歳(現1歳)を分け、放牧管理を行っています。

そこで、今号では、“昼夜放牧と昼放牧(WM併用)どちらがBetter?①”ということで、結論は出ない内容ですが皆様のヒントになるようなお話を進めていければと思っています。

群分けは昨年の1122日から開始し、1月末で早2ヶ月となりました。2群の比較としては、①被毛を含めた外貌的所見、②GPSを用いた放牧中移動距離、③脂肪の蓄積度合い(臀部の脂肪の厚さを、超音波機器を用いて測定します) ④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の成長率など、様々な方向性から検討を行っています。

その中でも、現時点で大きな違いのある項目について紹介します。

まず、①被毛の状態(毛艶)です。すなわち、昼夜放牧群は“クマ”のように長い毛がボサボサの状態になる一方、昼放牧+WM併用群は被毛が薄く、毛の伸びぐあいも非常にゆっくりです。

10110113_5

写真1:昼夜放牧群(フジティアス10)       

10110113_7

写真2:昼放牧+WM併用群(ユメノセテアラム10)

      

これは、やはり寒さへの適応度合いの違いもあるのでしょうが、一方で昼放牧群は強制的に連続的な運動をすることによって基礎的な代謝が上昇した結果、被毛が伸びすぎることなく管理できているのではないかと考えています。被毛が伸びるのは、環境への適応のためではありますが、その被毛組織を作るためにはエネルギーがもちろん必要となります。そのような点を考慮すると、エネルギーの節約、また基礎代謝を上昇させるという面では昼放牧+WM併用の方が有利なのかもしれません。

また、次に②GPSを用いた移動距離測定についてですが、前号でも記載したとおり、昼夜放牧群は約710km程度の移動距離が確保できる一方、昼放牧群(67時間の放牧)では約34km程度という結果が出ています。昼夜放牧群の移動距離に関しては、何もしなければ約7km程度ですが、本年はラップ乾草を放牧地の4隅に配置し、またルーサン乾草を適宜同様な場所に撒くことで移動距離を約23km程度伸ばすことが出来ました。ちなみに、昼放牧群も同様な管理をしたところ、昼夜放牧群と比較して変化は少ないですが、ある程度運動距離を延長することが可能でした(0.51km程度)。このように、ただ放牧するだけでなく、作業にひと手間かけて人工的に馬の移動を促すように仕向けるのも放牧管理としては有効なのかもしれません。

10101220gps_3

図1:GPSによる放牧地の移動軌跡(1220日)昼夜放牧群:フシティアス10 移動距離:7.1km

本放牧地は4角形ですが、移動が左半分に偏っており、歩行範囲が制限されていることがわかります。これは、図左上のシェルターを中心にして、限られた範囲で運動しているからだと考えられます。

10110111gps_3

2GPSによる放牧地の移動軌跡(1月11日)昼夜放牧群:フジティアス10 移動距離:10km

4隅にラップ乾草を配置し、ルーサン乾草を随時撒いたことで移動量が増加し、このような軌跡が認められました。

さて、昼放牧群では、現在(1月末時点)収牧後に6km/hの速度で60分のWM運動を課しています。そのため、歩行距離としては、放牧中の移動距離と併せて昼夜放牧群とほぼ同様になります。しかし、歩く距離が同程度だとはいえ、この強制的な運動が、若馬の下肢部などへ影響を与えないものかどうか?非常に興味深いところです。そのため、我々は触診や歩様検査、またサーモグラフィーなどの機器も用いて比較検討を実施していますが、今のところ跛行などの目立った異常は発生していません。ただ、日によって骨端部や球節周囲に若干帯熱がある場合などもあります。その変化は朝の放牧前に多いため、馬房内で動いていないことによる“立腫れ”などの要因があるのかもしれませんが、WMによる影響ということも考えられます。このような点は皆様も非常に興味のある点だと思いますので、今後も引き続き詳細な検討を行っていきます。

今回はこの二つの項目のみ挙げましたが、いずれの放牧管理にしても長所・短所がありそうです。

今後も、研究結果を検討して、皆様に報告していきたいと思います。読者の皆様におかれましては、このような放牧管理法に関する経験などございましたら是非ご意見頂ければ幸いです!【JRA育成馬メールボックスはこちらです⇒ jra-ikusei@jra.go.jp 

精神面のトレーニング(日高)

 昨年末の大雪によって銀世界へと様変わりし、新年を迎えてからは朝の最低気温がマイナス10℃を下回る日も多く、本格的な冬を迎えています。新年といえば、1月の恒例行事となっているBTC育成調教技術者養成研修生の騎乗実習が本年も16日から始まりました。研修生17名は、411日に予定されている育成馬展示会までの約3ヶ月間、育成馬の騎乗実習を行います。育成馬の成長と同様に、若い研修生たちの著しい成長も非常に楽しみのひとつになります。

Single_file_2

毎年恒例となっている3ヶ月間のBTC研修生(2番手の騎乗者)の実習が始まりました。先頭からアルカイックレディの09(牝 父:フジキセキ)、フジノバイオレットの09(牝 父:バゴ)、チャペルラバーの09(牝 父:タニノギムレット)、グリーンオリーヴの09(牝 父:アグネスデジタル)

 厳しい寒さの中、育成馬の調教も徐々に本格化してきました。800m屋内トラックでは1列縦隊で2周駆歩(ハロン24秒まで)を行った後に、2頭併走で2周駆歩(ハロン22秒まで)の計3,200mの調教をベースに、週12回は800m屋内トラックでは1列縦隊で2周駆歩(ハロン24秒まで)を行った後に、坂路での調教(ハロン20秒まで)を実施しています。調教後も余裕があるように映っており、今後は馬のコンディションを見ながら、調教強度を上げていきたいと考えています。

Photo_4

併走での調教も安定してきており、調教後も余裕があるように映っています。先頭左からタイキフローラの09(牝 父:ケイムホーム)、シルクファビュラスの09(牝 父:ケイムホーム)、2番手左からアモリストの09(牝 父:スペシャルウィーク)、アルナーダの09(牝 父:マヤノトップガン

 さて、今回は精神面のトレーニングについて触れてみたいと思います。調教を進めていく上で考えなければならないことは、筋力や心肺機能を上昇させる“トレーニング効果”はもちろんのことですが、これとともに馬の“精神面を鍛えること”も非常に重要になります。

トレーニング効果に影響する要素としては、坂路調教に代表される調教コース、馬場素材や馬場の砂厚などのハード面と、走行タイム、走行距離、インターバルトレーニングの間隔などのソフト面が挙げられます。一般的に、これらのトレーニング効果に影響する要素は、調教を実施する上で最も重要と捉えられ、心拍数や乳酸値による評価方法も確立されています。

一方、精神面を鍛えること、つまり馬の能力を可能な限り発揮させることも競走馬にとって重要です。特に、我々が携わっているブレーキングから2歳を迎えるまでの時期には、基礎的な精神面を鍛えるトレーニングを行う必要があります。しかしながら、その方法についてはあまり触れられていません。“精神面を鍛える”と言葉で表現するのは簡単ですが、具体的にはどのようにすべきであるかというのが最大の課題です。

競馬そのものは馬の本能を利用した競技であるといわれていますが、実際は、本来、牧草を食べ群れで行動する馬を、個々の馬房で濃厚飼料を給餌し、人が騎乗できるように馴致して、さらに日々調教を行うことが広義での競馬であると認識しています。すなわち、競走馬というのは本来の生理状態と異なる飼い方をしなければならないために、非常にストレスが掛かっていることが想像されます。そのために、競走馬に携わる我々は、少しでも“ハッピー”になるような馬の管理を心掛けなければなりません。育成期において行えることは、人が騎乗することを許容させること、つまり、人を乗せた状態での“バランス”を習得させ、アクセル、ブレーキ、ハンドルの各種扶助を理解させること、さらに人をリーダーとして認識させ、人が要求することを少しでも理解させることであり、結果的にこれらのことが、“精神面を鍛える”ことにつながると考えています。

 放牧地において自身のバランスで駆歩ができない馬は皆無ですが、人が騎乗した際に上手くバランスを取れるようになるまでにはある程度の時間が必要です。“頭を下げてカブったり”、“引っ掛かったり”、“左右どちらか一方が緊張したり”という行動は、バランスを取るための行動であるとも考えられます。そのために、騎乗馴致時には、馬に人を乗せてのバランスをどのようにして習得させるかが重要なポイントになります。具体的には、最初にサイドレーンを使用して馬の頭頚を一定の位置に保った状態での速歩で、人を乗せてのバランスを習得させると同時に、人を乗せてバランスを取るために必要な筋力を養成させます。そのバランスで速歩が維持できるようになってから、前進、減速、方向転換(開き手綱、および左右の単独脚)の扶助を理解させる必要があります。

Photo_5

騎乗馴致時には、馬にとって最もバランスが取りやすい速歩で、人を乗せてのバランスを習得させることに重点を置きます。ステファノシスの09(牡 父:マヤノトップガン)

速歩で人を乗せてのバランスが取れるようになってから、駆歩に移行することによって、騎乗者の扶助を理解しながら“真っ直ぐ走り”そして“折り合う”ことが少し容易になります。欧州では、騎乗馴致を終え、ハッキング程度のキャンターに慣れた後には、一列縦隊(距離12馬身)でのステディキャンター調教に移行する前に、7馬身の距離を取り、馬と折り合い、真っ直ぐ走らせるための調教、つまり騎乗者の指示に従わせる調教を一定期間、実施していたのを記憶しています。

騎乗者の扶助を理解しながら“真っ直ぐ走り”そして“折り合う”こと、つまり騎乗者の扶助の理解が“精神面を鍛える”ことにつながると考えています。この扶助を理解させるには、“プレッシャーオン・オフの原則”による馬へのアプローチが重要になります。日々の調教を行う上で重要なことは、何のためにこの調教を行っているのかを理解することであり、偶然ではなく、必然的に馬の能力を最大限発揮させられるように調教を行いたいと思っていますが、なかなか上手くいかない現実を実感しています。

1_4

エイダン・オブライエン厩舎では、初期馴致後、一列縦隊(距離12馬身)でのステディキャンター調教に移行する前に、騎乗者の指示に従わせるために7馬身の距離でのキャンター調教が一定期間行われていました。

冬期の当歳馬の管理(生産)

新年あけましておめでとうございます。本年もJRA育成馬日誌をよろしくお願いいたします。日高育成牧場では、浦河町乗馬クラブやポニー少年団の子供たちとともに、恒例の騎馬参拝で新年の幕が上がりました。騎馬参拝を行った西舎神社で、本年の人馬の安全を祈念いたしました。

Photo

本年も西舎神社にて人馬の安全を祈念いたしました

さて、北海道浦河では12月下旬の降雪により、一面銀世界へと変わりました。放牧草を主食とし、昼夜放牧時には1日に1420時間は採食している馬にとって、放牧地が雪で覆われる北海道の冬期は、飼養管理方法の変更を余儀なくされます。また、氷点下を下回る気温の低下やそれに伴う放牧地面の凍結によって、放牧地での自発的な運動量も減少します。特に、成長期の当歳馬にとって、この環境の変化は大きな意味を持ち、冬期には成長が停滞することが知られています。この成長の停滞をハンデと捉え、人的な管理でスムーズな成長を促すべきなのか、それとも厳冬期を乗り越えるための生理的な反応と捉え、それを理解したうえである程度自然に管理するべきなのか意見が分かれるところでもあり、大きな課題となっています。

昨年は“自然な状態での管理”というテーマで、厳冬期も昼夜放牧を実施しました。その結果、やはり厳冬期には成長の停滞を認めるとともに、冬毛も非常に伸びてしまい、夏毛へと完全に換毛したのは1歳の6月ごろであったために、外貌上の面を考えると、特に7月のセリへの上場を目標とする場合には、厳冬期の昼夜放牧の実施を強く推奨できるという結果には至りませんでした。一方、昨年、厳冬期も昼夜放牧を実施した生産馬達は、現在、育成厩舎で調教を行っていますが、セリで購買した他の馬との相違点も特に見当らず、厳冬期の昼夜放牧のマイナス点を指摘できることはほとんどない状況です。そこで、前回のブログでもお伝えしたとおり、本年は、11月末から昼夜放牧群(22時間放牧群)と昼放牧群(7時間放牧+ウォーキングマシンによる運動群)とに分け、臀部脂肪厚、屈腱断面積、成長に関わるホルモンなどの変化について比較検討を行っています。

Wm

昼放牧群は収牧後にウォーキングマシンを実施し、写真のようにハートレイトモニターを装着し、運動中の心拍数を測定しています。

比較試験を開始してから1ヶ月が経過した時点では、GPSで測定した放牧地における運動距離は、昼夜放牧群では約7km、昼放牧群では3.5kmとなっています。また、ウォーキングマシンによる運動は5.5km/hの速度で60分間実施しているために、昼放牧群の総運動距離は9kmということになります。外貌上の変化は、昼放牧群では夜間の馬房収容時に馬服を着用させていることもあって、冬毛は明らかに昼夜放牧群の方が伸びています。また、臀部脂肪厚は昼夜放牧群では厚さが増加する傾向にある一方で、昼放牧群では減少する傾向にあり、すでに変化が出始めています。この臀部脂肪厚の相違は、昼夜放牧群の気温の低下に対する生理的な反応、昼放牧群のウォーキングマシンによる影響、あるいはエネルギー供給量の過不足など様々な要素が関連していると考えられるので、その原因については今後検討する必要があります。

当歳から1歳にかけての臀部脂肪厚は、育成調教を行っている1歳~2歳の冬期の同時期における臀部脂肪厚と比較すると、13程度の厚さであるということ、また、当歳の冬期のこの時期からすでに牝馬の方が明らかに厚いということは、非常に興味深い所見でした。育成調教を行っている1歳~2歳の適切な臀部脂肪厚というのは明らかにされていませんが、当歳の冬期のそれと比較して3倍の厚さであったという結果については、加齢性に脂肪が蓄積されていくためなのか、それともセリに上場するための管理された馬体づくりが、筋肉の発達ではなく、実は脂肪を蓄積させているためなのかは分からず、今後の調査検討課題となります。脂肪蓄積はマイナスに捉えられがちですが、冬期の脂肪蓄積は生理的反応であり、必要不可欠であるような気がしています。例えば、冬期には競走馬の馬体が絞りにくいといわれているのも、寒さに対して脂肪を蓄積するという生理的な反応であるとも考えられています。出走時の競走馬はともかく、それ以外の馬、特に当歳~1歳の冬期には、ある程度の脂肪蓄積が不可欠であるように思われます。この時期の適切なボディコンディションスコア(BCS)が5.05.5といわれているのは、やはり適度な脂肪の蓄積は必要であるということを意味しているのでしょう。

野生のエゾシカは、寒冷に対して皮下脂肪を蓄積して対応するといわれており、冬期に向けて脂肪を蓄積するために、秋期の採食量が1年で最大になっているようです。“天高く馬肥ゆる秋”あるいは“食欲の秋”という言葉は、馬や人のみならず、冬眠する動物を筆頭に全ての動物が冬を乗り切るために脂肪を蓄積するための本能的な行為を意味しているのではないかと感じています。北海道和種や半血種などの馬、気温の低下に対してエゾシカと同様に皮下脂肪を蓄えることによって適応しているのに対して、サラブレッド種は皮下脂肪が少なく、安静時の代謝量を増加させることによって適応することが報告されています。また、馬では気温の低下に伴って、繊維消化率が上昇することも報告されており、気温の低下に適応する能力は有しているようです。しかし、北海道の冬を乗り越えるためには、ある程度の脂肪の蓄積は必要であるのかもしれません。

Photo_2

Photo_3 

昼放牧群は放牧地で寝ることはありませんが(写真上)、昼夜放牧群は天気の良い日には横になって日光浴する姿が目立ちます(写真下)。このように科学的なデータでは表すことのできない馬の行動についても観察していきたいと思います。

○ 「胆振地区生産育成技術講座」と「BTC利用者との意見交換会」(日高)

北海道では12月に入っても最高気温が10℃を上回る日もあり、道内各地で12月の最高気温を更新しています。ここ浦河も例年と比較すると非常に暖かく、12月上旬に馬服を着せてパドックに放牧していると、少し汗ばんでいることもあるほどでした。このような暖冬は、馬を管理する我々にとって事故防止の観点から大歓迎ですが、スキー場のオープンが遅れるなど影響を受けている方々もいるので、北海道らしい冬が早く来ることを願っています

Photo_4

暖冬のために坂路へ向かう途中に見える山でさえも積雪は僅かのようです。左からチジョウノテンシの09(牡 父:ケイムホーム)とタシロスプリングの09(牡 父:ファンタスティックライト

育成馬の近況について触れさせていただきます。馴致を開始した時期の早い順から第1群、第2群、第3群と3つに分けており、第1群は牡馬、第2群は牝馬、そして第3群は牡牝混合となっています。調教スピードの差こそあるものの、全ての群ともに800m走路において、一列縦隊での1周のキャンター実施後に手前を変え、2列縦隊での2周のキャンターを実施し、総距離2,400mのキャンターを行えるまでになっています。1群および2群については、12月から坂路での調教も開始し、順調に調教をこなしています。年内はスピードにこだわらず、特に牝馬は精神面を重要視し、リラックスした馬なりのキャンターでの調教に主眼を置き、年明けから徐々に運動強度を上げていく予定です。

Photo_5

1群および2群については12月から坂路調教も開始しています。先頭左はタシロスプリングの09(牡 父:ファンタスティックライト)、右はレディービーナス(牡 父:フジキセキ

さて、ここからは11月下旬に行われました「胆振地区生産育成技術講座」と、12月上旬に行われました「BTC利用者との意見交換会」について触れてみたいと思います。

「胆振地区生産育成技術講座」は、胆振軽種馬農業協同組合および同組合青年部の共催で行われ、日高育成牧場のスタッフが講師として招かれました。当日は胆振地区のみならず日高地区からも多くの生産育成関係者の皆様に足を運んでいただき、会場は200名を超える満員となりました。

参加者の多く方々が講習会のことをインターネットで知ったということを聞くと、改めてインターネットによる広報効果の大きさを実感しました。

講習テーマは「仔馬の飼養管理について」および「競走馬の育成調教について」の2点で、前者では2年前から当場で取り組んでいる「生産からの育成業務」での研究成果から得られた知見である「pH値の測定による客観的な分娩予知方法」および「ホルモン剤投与による空胎馬への泌乳処置」によって乳母として導入に成功した例を紹介し、その他出生から離乳までの初期育成管理について、また後者では「馬自身のバランスでの走行」について講演いたしました。講演後には質問も多数いただき、また、参加者の真剣な眼差しに圧倒された講習会となりました。会場の設営等にご尽力いただきました事務局の皆様方には、この場を借りて御礼申し上げます。

Photo_6

200名を超える方々に足を運んでいただいた「胆振地区生産育成技術講座」の様子。

BTC利用者との意見交換会」は12月の恒例行事となっており、本年は「若馬の騎乗に対する考え方」というテーマに基づき、強い馬を作るには騎乗者が何を考え、どのような騎乗を心がけるべきかについて、騎乗者の観点から5名のパネリストの方々を中心に活発な意見交換が行われました。5名のパネリストの方々のお話には、非常に説得力がありました。これは馬を取扱い、そして調教するなかで、自身で悩み、最善の策を考え、そして行動し、自身の経験を得てきた自信の表れではないかと感じました。一方、現状にとどまることなく、常に良いものを模索していこうという姿勢も非常に感じられました。何事も馬の調教と同様、私自身、「前進気勢」が最も重要であるということを感じずにはいられませんでした。非常に刺激を受けるとともに、多くのヒントをいただくことができました。

Btc_2

例年同様に活発な意見交換が行われた「BTC利用者との意見交換会」の様子

09年日高育成牧場生産馬がJRA育成馬厩舎へ(生産)

 馬産地日高では、朝夕の冷え込みが一段と増し、日高颪も吹き荒れ、冬の気配が感じられます。そんな中、昨年より本ブログで近況をお伝えしていた2009年の日高育成牧場生産馬である1歳馬7頭は、繁殖厩舎からJRA育成馬厩舎へと巣立っていきました。今後は、1歳市場で購買した他の育成馬と同様に騎乗馴致が行われ、来年のブリーズアップセールに向けて調教が進められます。

10_2

 

JRA育成馬厩舎へと移動し、ブレーキングが開始された09年日高育成牧場生産馬 写真はハギノゴールドキーの09(牡 父デビッドジュニア

日高育成牧場では、1998年より繁殖に関する研究を行ってきましたが、昨年度から「母馬のお腹の中から競走馬までの一貫した調査研究や技術開発」を目的として、新たな取り組みを行っています。この取り組みのなかで、昨年誕生したのが、前述の7頭であり、“自然な状態での管理”というテーマに基づき、JRA育成馬厩舎へ入厩するまで、厳冬期も昼夜放牧を継続してきました。

10_3

ハギノゴールドキーの09(牡 父デビッドジュニア)の1日齢(左)、5週齢(右)

10_4

同じく4ヶ月齢(左)、10ヶ月齢(右)

10_5

同じく14ヶ月齢(左)、18ヶ月齢(右)

写真で振り返ると順調に育ったように見えますが、生産馬を順調に1歳に育て上げるまで、生産者の方がいかに苦労されているのかをわずかながら、実感することができました。

これら7頭のなかでも、思い入れのある1頭を紹介いたします。その馬はハギノゴールドキーの09(牡、父:デビッドジュニア)です。同馬の母であるハギノゴールドキーは、当場において繁殖研究が開始された1998年より繋養され、受胎率も非常に高く、多くの研究成果に貢献し、さらに、学生のための直腸検査等の実習にも利用され、長きに渡って、繁殖研究を支えてきました。しかし、昨年、19歳で出産した産駒を最後に、高齢のため、繁殖生活にピリオドを打ちました。さらに、繁殖生活引退後の本年度も、4月にお伝えした育児放棄が起きた際に、ホルモン処置によって泌乳を誘発し、乳母として導入した代理母としても活躍し、当場の“カマド馬”的な存在です。前述のハギノゴールドキーの09は、この馬の多くの産駒のなかでも、ターフを駆けるチャンスを持つ最初で最後の唯一の産駒になるため、自然と期待が高まっています。

10_6

多くの研究成果に貢献し、繁殖研究を支えてきたハギノゴールドキー

一方、本年生まれた当歳馬は、9月下旬から開始した分場での24時間放牧管理によって、のびのびと過ごしています。昨年は“自然な状態での管理”というテーマで、厳冬期も昼夜放牧を実施し、給餌についてもエンバクなどの濃厚飼料を最小限に止め、チモシーやルーサンなどの粗飼料を主体にしました。その結果、厳冬期には、成長の停滞を認め、冬毛も非常に伸びました。1歳の夏ごろまでには、馬体も回復したために、厳冬期の昼夜放牧の是非についてまでは言及することはできませんでした。そこで、本年は、厳冬期の昼夜放牧群と昼放牧群に分け、様々な項目について比較検討を行う予定です。興味深い結果が得られた際には、このブログでもお伝えしたいと考えております。

10_7

分場で24時間放牧管理を行っている当歳馬たち

2010年度育成馬の入厩完了(日高)

日高地方では“雪虫”が飛び交い、日々、最低気温が更新され、冬の訪れを感じさせる今日この頃です。そんな中、10月中旬に行われたオータムセールでの購買馬2頭が、1022日に入厩を終え、そして、「生産からの育成業務」というテーマの中、昨年、当場で誕生した7頭のJRA生産馬が、1025日に繁殖厩舎からの移動を終えました。これによって、日高育成牧場所属のJRA育成馬63頭の入厩がすべて完了しました。

10

JRAのオータムセールでの最初の購買馬となったマンデームスメの09(牡・父:クロフネ

JRAは例年サマーセールまでで購買を終えており、オータムセールでの1歳馬の購買は、本年が初めての試みとなりました。ここ数年、コンサイナーや各牧場のセリ馴致の技術が著しく向上し、ほとんどの購買馬は、人の指示に対して従順であるために、10月末に入厩したとしても、ブレーキングが遅れることなく、順調に進むものと考えています。また、オータムセールは本年から前半の月・火は主に新規の上場馬部門、後半の水・木はサマーセールからの再上場馬部門という区分がなされました。4日間のロングランで800頭以上が上場されるという大規模なセリですが、購買者が狙いを絞ってセリに参加できるこの区分は、お客様のニーズにマッチした対応であったと思います。

10_2

JRAが生産した育成馬第1号のフジティアスの09(牡・父:デビッドジュニア

オータムセールの購買とともに、本年からの新たな取り組みという点では、JRA生産馬の育成厩舎入厩も同様になります。1歳のJRA生産馬7頭は、「母馬のお腹の中から競走馬までの一貫した調査研究や技術開発」を目的として、1歳セリで購買した馬と同様に育成し、ブリーズアップセールに上場する予定です。昨年誕生した7頭は、“自然な状態での管理”というテーマに基づき、今回の入厩まで、厳冬期も昼夜放牧を継続してきました。セリのための馬体づくりも無関係に、濃厚飼料を最小限に、青草を主食として初期育成、および中期育成を行ってきました。そのためか、少し、お腹周りに余裕がある体型となっています。オータムセール購買馬とともに、最も遅い第3群でのブレーキングが、10月末から開始されています。他の育成馬同様に、ブリーズアップセールを経て、無事、競走馬になってくれることを願っています。

10_3

800m屋内トラックでキャンターを行う第1群の牡馬

さて、9月上旬から騎乗馴致を開始している第1群の牡馬は、1列縦隊で800m屋内トラック2周の調教メニューをこなしており、非常に順調です。

一方、10月上旬からブレーキングを開始した第2群の牝馬は、ようやく騎乗ができるようになりました。一般的に、牝馬は、牡馬と比較して、騎乗に至るまでに、順調さを欠くことが少なくなくありません。第2群の牝馬のなかにも、ランジングレーンがお尻に触れることを嫌う馬、腹帯を嫌う馬、さらには騎乗するのを嫌う馬などがいます。

10_4

人と同じで牡よりも牝の方が繊細なようです。腹帯に慣らすための、はじめてのローラー装着では、圧迫を感じてかぶったり、立ち上がろうとすることがあります。人は瞬時に追いムチや声によって、馬を前へと推進します。馬はハッピースキャットの09(牝・父:マンハッタンカフェ

このように、牝馬は非常に繊細であるために、『馬を支配』しようとするのではなく、『馬を導く』ことが、牡馬以上に必要であることを、再認識しています。例えば、馬に対して何らかの要求を行ったときに、すぐに答えを求めるのではなく、馬に考える時間を少し与える余裕を持つことが大切です。考える時間を与えずに、すぐに答えを求め、人が強引に支配する方向に進んでしまうと、特に牝馬はストレスを感じるのではないかと考えています。したがって、従順なように見える牝馬のなかにも、ストレスを内に秘めている馬もいるのではという前提で、日常の小さな変化も見逃さないようにしたいと心がけています。