気をつけなければならない子馬の病気~ロドコッカス感染症について~(生産)

6月に入り分娩シーズンも終わり「これで毎日ゆっくり眠れるぞ」と思ったら、今度は乾草作りが始まり・・・生産地に休みはありません(写真1)。特に今の時期注意しなくてはならないのが、今回紹介するロドコッカス感染症など子馬の病気です。

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  写真1.日高育成牧場での放牧風景

 細菌やウイルスなどの病原体に対して無防備な状態で生まれた新生子馬は、初乳に含まれる「免疫グロブリン」を吸収することによって、感染を防御することが可能となります。この初乳から摂取した免疫グロブリンは、実は生後約1ヶ月でほぼ半減し、3ヶ月程度で消失してしまいます。一方、子馬自身の免疫グロブリンが十分に機能し始めるのは生後3ヶ月以降であるため、子馬の体内の免疫グロブリンの総量は6~9週齢で最も低くなります(図1)。そのため、この時期には感染症が発症しやすく、発咳や鼻漏、関節炎などに対する注意が必要となります。

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  図1.子馬の免疫グロブリン量

 この時期の子馬がかかる病気の中でも、特に注意しなければならないのが「ロドコッカス感染症」です。この病気はRhodococcus equi.という細菌に感染することが原因で、主に肺炎を引き起こします。2~4ヶ月齢での発症が多いとされています。この病気にかかると、まず肺に小さな膿瘍が形成されるのですが、感染初期には顕著な症状が出ないことが多く、発熱(38.540.0℃)、膿性の鼻漏、発咳、努力性呼吸といった症状を認めた時には病状が進行してしまっている場合が多いです(写真2)。急性症例では、朝に異常を認め午後には死に至るなんていうくらい進行が早い場合があります。また、早期に発見でき治療を行ったとしても1ヶ月程度の抗生物質の投与が必要となることも珍しくありません。さらに、同一牧場において集団発生することも多いため、生産地において最も警戒しなくてはならない病気の一つです。肺炎以外にも腸炎や関節炎、眼のブドウ膜炎などを発症させることもありますが、肺炎発症時が最も重篤化しやすいと言われています。

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  写真2.ロドコッカス感染症の子馬に見られた鼻漏

 この病原菌(Rhodococcus equi.)は土壌中に生息しており、子馬は汚染された土壌の粉塵を経口あるいは経気道で取り込むことで感染します。細胞性免疫が未発達な生後1~3週齢で感染しやすく、その後移行抗体が減少する2~4ヶ月齢で発症します。そのため、出生直後から3週齢までの子馬を放牧する小さなパドックが汚染されると、そのパドックを使用する子馬が次から次へと感染してしまうという悪循環に陥ってしまいます。一度汚染された土壌を消毒するのは非常に困難であり、確実な予防法はありません。そのため「早期発見」を心がけ、獣医師による気管洗浄液検査、肺の超音波検査およびエックス線検査によって診断し、早期に治療を行うことが最も現実的な対応となっています(写真3)。

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  写真3.肺の超音波検査風景

 

 一方、この病原菌(Rhodococcus equi.)は感染した子馬が気管の分泌液とともに菌を飲み込むことで消化管を通じて糞便に含まれて排出されます。また、感染はしても発症はしない成馬も糞便中に菌を排出します。それらが土壌中に侵入し汚染するため、放牧地の糞便をこまめに拾うことが土壌の汚染を最小限にとどめるためには最も適した方法です。放牧地の糞便を拾うことはまた寄生虫の汚染予防にもなるので、積極的に取り組むべきでしょう。

 現在JRAでは、この「ロドコッカス感染症」に関して、治療が必要な段階の見極めや有効な土壌の消毒方法などについて研究を重ねているところです。生産地から完全に撲滅することは難しい病気ですが、少しでも皆さんのお役に立てる研究成果が得られましたら、発表していきたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。

日高育成牧場での分娩前後の対応(生産)

5月に入り、北海道にも遅い春がやって来ました。浦河町にあるここ日高育成牧場でもゴールデンウィーク翌週になってようやく桜が咲きました(写真1)。日高育成牧場では、4月29日までに全部で8頭の子馬が無事誕生しています。

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写真1.今年日高育成牧場で生まれた親子(ラストローレンの11、牡、父アルデバラン)。頭絡に付いているのは放牧地での運動量を測定するGPS装置です。

 さて、繁殖シーズンも終盤を迎えておりますが、今回は日高育成牧場における分娩前後の対応について紹介いたします。

 日高育成牧場では、分娩1ヵ月前から繁殖牝馬をウォーキングマシンにいれ、運動させています。この目的は、繁殖牝馬の肥満を防止するとともに子宮動脈の血流を増加させ分娩時の胎児の低酸素脳症のリスクを低下させ、分娩時に必要な体力を維持することです。時速5kmの速度で2030分間常歩させています。

 分娩前の兆候には乳房の腫脹、乳頭先端の乳ヤニの付着、臀部の平坦化(産道落ち)、外陰部の弛緩、体温の低下などが挙げられます。しかし、個体差が大きく、これらの兆候を用いた分娩までの日数推定には経験が必要です。

 昨年、「第52回競走馬に関する調査研究発表会」において我々は乳汁のpH値およびBrix値を測定し、分娩日を推定する方法を発表しました。この方法を簡単に紹介いたしますと、市販のpH試験紙および糖度計(写真2)を用いて繁殖牝馬の乳汁のpH値およびBrix値を測定することで、下記のように分娩確率を推定することができることが明らかになりました。

 

  ・pH6.4以上であれば24時間以内の分娩確率は1%未満である

  ・Brix値が20%未満であれば24時間以内の分娩確率は4%未満である

すなわち、上記の値になった場合、その日の分娩監視は不要であると言えます。この方法を用いると、とにかく忙しい繁殖シーズンに、分娩監視の労力を軽減することができます。詳細は「管理指針」に記載しておりますので、皆様も試してみてはいかがでしょうか?

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写真2.pH試験紙(左2つ)と糖度計(左がデジタル式、右がアナログ式)

 

日高育成牧場では、分娩時異常が認められなければ可能な限り人為的な介助は実施しない「自然分娩」を推奨しています。自然分娩では、寝起きしながらも、母馬のホルモン分泌が上昇し、ある程度の時間を経て産道を最大に開口させると考えられるため、メリットとして下記の4点が考えられます。

     子宮機能の早期回復

人為的に胎児を牽引すると、胎盤を子宮から剥ぎ取ることになり、子宮壁に損傷をもたらす危険性があります。

     子馬の損傷リスクの軽減

人為的な介助によって強く前肢を牽引した場合、子馬の肘関節、肩関節、肋骨を損傷する可能性があります。

     新生子馬の早期起立

狭い骨盤を通過するストレスが子馬への刺激となり、生後短期間で起立することが可能となると考えられています。

     新生子馬の循環血液量の維持

分娩介助を行うと娩出後に子馬の周囲に人の気配を感じることから、しばしば母馬は分娩直後に起立を試みます。この起立に伴って臍帯が切れるため、胎盤血液の子馬への完全移行が困難となります。

 この自然分娩には上記のように母子ともに様々なメリットがありますが、早期胎盤剥離(レッドバック)を起こしている場合などの緊急時や分娩が通常より長引き母馬の消耗が著しい場合など、介助が必要な場合や介助した方が良い場合ももちろんあります。「自然分娩」という言葉だけを聞くと何でもかんでも自然に任せて良いという印象を持たれるかもしれませんが、「どのような場合が異常であり介助が必要であるかをしっかりと認識した上で」行うことが重要となります。

 また、分娩時のチェックポイントとして、「分娩時のワン・ツー・スリー」という言葉があります。

①1時間までに、新生子は起立する。

②2時間までに、新生子は哺乳する。

③3時間までに、後産が排出される。

 

上記の3点に当てはまらない場合は、何らかの異常が疑われます。特に初乳の哺乳は新生子にとって母馬から免疫物質を獲得するために重要です。

 胎盤の構造が異なるため、馬はヒトと異なり、初乳を摂取しないと母馬の抗体(免疫グロブリン)を得ることができないことは広く知られていますが、では初乳さえ飲めば問題ないかと言えば、実はそうではありません。母馬の出す初乳の質が常に良いとは限らないからです。分娩前に漏乳していたりすると、初乳中の免疫グロブリンの量が十分でないことがあります。初乳に含まれる免疫グロブリンの量を推測するのに、分娩日の予測にも使用した糖度計を用いたBrix値を指標とすることができます。初乳のBrix値が20%以上であれば免疫グロブリンの豊富な良質の初乳と推測することができます。

 このBrix値は、子馬が十分初乳を摂取したかどうかを推測することにも利用できます。「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10以上であれば十分量の抗体が移行したと推測できます。もし、その値が10未満であれば子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断され、冷凍初乳の投与や、血漿輸血が必要となります。

 JRA日高育成牧場で生産した馬が、今年初めてブリーズアップセールに上場されました。JRAでは、生産から後期育成までの一貫した育成研究を実施することにより、その過程で得られた成果を今まで以上に皆様関係者に披露していきたいと考えております。今後ともご理解とご協力をよろしくお願い致します。

JRA育成牧場管理指針」―生産編―(写真3)を読んでいただき、ご意見をお聞かせ願いたいと思います。生産編の入手やお問い合わせは下記までお願いいたします。

  ●お問い合わせ → jra-ikusei@jra.go.jp

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写真3.JRA育成牧場管理指針(右が最新刊の「生産編」です。左の「第3版」も引き続きご愛読よろしくお願い致します。※内容は重複しておりません)。

 

JRA育成馬を北海道トレーニングセール(札幌)に上場いたします。

*上場馬の個体情報について

JRA育成馬5頭を52425日に開催されます北海道トレーニングセール(於:JRA札幌競馬場)に上場致します。現在の個体情報(測尺など)を下に添付致しますので、購買希望の皆様におかれましては是非ご確認頂ければ幸いです。

  *リンクはこちらです→kotai_jyoho.pdfをダウンロード

*参考(BUセール時点の個体情報)

→ http://www.jra.go.jp/training/bus_11sale/2011kotai.pdf 

*北海道トレーニングセール上場に向けて

425日に中山競馬場で行われたJRAブリーズアップセールにおきましては、多くの皆様の参加および多頭数の御購買をいただき、誠にありがとうございました。御購買いただきました馬たちの競走馬としてのご活躍を心から期待しています。育成馬日誌の紙面をお借りし、あらためて御礼申し上げます。

さて、上記の通りJRA育成馬5頭をJRA札幌競馬場で開催されるHBAトレーニングセールに上場する予定です(JRA育成馬は525日の最後に上場予定です)。今回上場する馬たちは、ブリーズアップセール直前に骨瘤、発熱、筋肉痛、跛行、外傷等などの理由によって順調に調教を行うことができなかった4頭とBUセールで主取となった1頭です。4頭の疾病は、競走馬では普通に見られるもので、発症する時期が偶然セールと重なり、運が悪かったものと考えています。これらの馬たちにとって、HBAトレーニングセールは競走馬になるためのラストチャンスですので、何とか競走馬にしてあげたいという焦る気持ちもあります。しかし、今回のアクシデントは馬が「体を成長・充実するために必要な休養であった」と前向きに捉え、自然体でセールに臨みたいと考えています。今回私たちが上場する馬たちにとって、セールは「単に売って終わりではなく」、「競走馬になるための過程」であることが大切と考えています。セール当日は、しっかりとした走行ができるよう、馬たちと相談をしながら、セールまで残り少ない日々の調教を進めているところです。

北海道は、桜もほぼ満開で、一年で最も美しい時期です。皆様のご来場を心からお待ち申し上げています。

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3頭での併走調教の様子(516日)。内:No. 230ヘバラーの09(牝 父マイネルラヴ)、中:No.233タイキビューティの09(牝 父サクラバクシンオー)、外:No.229フレンドリータッチの09(牡 父デビッドジュニア)。この日の走行タイムは3F44.41F14.2でした。

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単走で調教を行うNo.232シルクブラウニーの09(牝 父アドマイヤムーン)。

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調教後の常歩運動を行うNo.231エアココの09(牝:父ケイムホーム)(写真右)。 

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馴致後、馬の精神や生理状態をナチュラルに保つため、下馬してグラスピッキングを行います。馬は草を食べることで非常にリラックスします。向かって左からヘバラーの09、タイキビューティの09、シルクブラウニーの09です。

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ピッキング後は引き馬で厩舎に向かいます。

4月11日(月)に開催される育成馬展示会に向けて(日高)

BTC調教施設での春の訪れの代名詞ともなっている屋外1600mトラック馬場の開場が328日に行われ、4月を迎えた浦河では暖かい日が続き、路肩の雪も溶けてなくなりました。また、先日800m屋内トラックでの調教中に、先頭を走行し“ラビット”としてスローペースを演出していた“エゾユキウサギ”の被毛も、真っ白な冬毛から茶褐色の夏毛へと換毛が始まっていたりと、日に日に春を感じることができる今日この頃です。

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育成馬きゅう舎の近くに居を構える“エゾユキウサギ”の換毛が春の訪れを感じさせます。

さて、育成馬の近況ですが、411日(月)に行われる日高育成牧場での展示会に向けて、現在は前述の1600mトラック馬場での調教をメインに実施しています。馬達にとっては、調教場所がこれまでの800m屋内トラックや屋内坂路馬場から変わるために、1,600m馬場での初日の調教時には、物見をして走りに集中できない馬が多数見受けられました。しかし、数日で落ち着き、現在では坂路で見せていたような“on the bridled”での安定した走りを取り戻しています。

展示会までの期間が短いために、供覧における運動パターンとスピード調教のパターンを同一にすることによって、無理なく馬に走る気持ちを持たせるように教えています。スピード調教以外の日は、リラクゼーションを目的として800m屋内トラックでの“オフ”状態で調教を行い、日々のメリハリを重視して調教メニューを組立てています。このように“オン”と“オフ”を明確にパターン化させることによって、展示会やブリーズアップセールでの供覧時に“時計よりも馬の走法や出来映え”をアピールするというブリーズアップセールのスローガンに則した走行、すなわちセールの先を見据えた“競走馬”として成熟できるよう導いています。

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展示会に向けて1600mトラック馬場において併走でのスピード調教を実施しています。左が名簿番号48シルクブラウニーの09(父アドマイヤムーン)、右が名簿番号21ハッピースキャットの09(父マンハッタンカフェ)。

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“オン”と“オフ”を明確にパターン化させるために、スピード調教以外の日は、リラクゼーションを目的として800m屋内トラックにおいて“オフ”状態で調教を行っています。左先頭から名簿番号31エビスコスモスの09(父バゴ)、82フレンドリータッチの09(父デビッドジュニア)、12ローズロックの09(父クロフネ)、右先頭から名簿番号83エポックサクラの09(父デビッドジュニア)、81ワンモアベイビーの09(父デビッドジュニア)、38マンデームスメの09(父クロフネ)。

 

育成馬達はブリーズアップセールがゴール地点ではなく、競走馬として出走することが最終目標であるために、セールが近づいてきたからといって調教のポリシーがぶれることはありません。しかしながら、私たちが育成馬達にできることは、ブリーズアップセールまでであるために、3月からセールまではスタッフ一丸となって写真撮影やセール用の調教DVDの撮影、さらにはレポジトリーのための各種検査を実施しています。特に、情報開示室で開示するレポジトリーの確認のために、3月下旬には美浦トレーニングセンターの獣医職員が来場し、必要な馬については再検査が実施されました。このように、育成馬達と同様に私たちもセールに向けてのラストスパートに入っています。

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3月上旬には雪景色の美しい日高山脈を背景にBUセール名簿に掲載する上場馬の写真撮影を行いました。2分で終わる馬もいれば、15分もかかる馬もいます。写真は名簿番号24イキナオンナの09(父ディクタット)。

○ 昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?③(生産)

 大変な災害が起きましたが、皆様人馬共に無事でしょうか?当場(日高育成牧場)は特に大きな事故も無く無事でしたので、皆様への被害を心配するばかりです。また、本災害の影響で競馬開催も中止となり、馬産業も大きな打撃を受けています。震災があってからは、このような悪い状況であるからこそ、我々が多くの人々に夢と希望を与えるために頑張らなければならないと思う日々です。被災地の方々に大きな希望を与えられるような話題を是非届けたいものです。

さて、2月末から3月初旬にかけて当場でも2頭の新たな生命が誕生致しました(当場では、本年8頭の新生子が誕生予定です)。本年生産馬の父馬はJBBA繋養の“アルデバラン”です。2年後の競走裡での活躍を期待せずにはいられません。

新生子の誕生はもちろん不安も多くありますが、我々ホースマンにとって未来への希望を持てる出来事の一つでもあります。

一方、昨年生まれた1歳馬も厳冬期を越え、成長が停滞気味な状態から脱却する時期となりました。ただ、この時期は急成長に伴うDOD(発育期整形外科疾患)などの疾患も多く、非常に悩ましい時期でもあります。我々も少頭数ではありますが、このような疾患も含めて非常に悩みながら繁殖・育成を行っているというのが現状です。

さて、今号は前々回、前回と続けてきました“昼夜放牧と昼放牧、厳冬期はどちらがBetter?” 続編 (Vol.③)ということで、やや季節が過ぎた感もございますが、来年度に向けての話題ということで進めていきたいと思います。 2群についての比較項目としては、前号でも記載した通り ①被毛を含めた外貌所見、②GPSを用いた放牧中の移動距離、③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(甲状腺ホルモン・プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の生長率などを検討しました。

 まず、前々回・前回のおさらいですが、前々回は①外貌所見(特に被毛) ②GPSでの移動距離の違いについて記載しました。すなわち、被毛は昼夜放牧群で長く、昼放牧群は明らかに短くなりました。また、移動距離は昼夜放牧群で長く(約7~9km)、昼放牧群は短い(約3km)という結果でした

2/4掲載日誌リンク)。

次に、前回は③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、について記載致しました。すなわち、③の“脂肪蓄積度合い”は昼放牧群で当初大きく減少し、その後は維持したのに対し、昼夜放牧群ではゆるやかな減少傾向を認めました。また、④の“体重・測尺値”については、昼夜放牧群では12月初旬より体重の停滞傾向が認められたのに対し、昼放牧群では当初大幅に減少し、その後は順調に増加する傾向が見られ、1月末時点では両群とも同様な体重となりました。また、管囲は昼夜放牧群で太い傾向がありました。

2/25掲載日誌リンク

それでは、それらの結果も念頭にさらに話を進めていきたいと思います。

まず、⑤成長に関わるホルモン動態についてですが、今回我々は甲状腺ホルモン・プロラクチン(基本的には泌乳ホルモンですが成長ホルモン様作用もあります)・グレリン(胃から分泌され成長ホルモンの分泌を促します)などのさまざまな成長に関わるホルモン動態を検討しましたが、その中でも“甲状腺ホルモン” “プロラクチン”の結果をご紹介したいと思います。

甲状腺ホルモンは細胞の代謝活性や脂肪・炭水化物などの代謝に関わるホルモンですが、トリヨードサイロニン(“T3”といいます)とその活性型であるサイロキシン(“T4”といいます)という物質を総称したものとなります。今回は上記2つのホルモンについて検討しましたが、いずれもA群(昼夜放牧)と比較してB群(昼放牧+WM併用)で高い活性を示しました。また、プロラクチン濃度についても、同様であり全体的にB群で高くA群は低い傾向がありました。

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Fig①:サイロキシン(T4)濃度の推移 

全体を通して、A群(昼夜放牧:青線)よりB群(昼+WM併用群:赤線)が高い傾向にある。

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Fig②:プロラクチン濃度の推移 

全体を通して、B群(昼+WM併用群)が高い傾向にある。A群(昼夜放牧)は横ばい傾向。

これらの結果を単純に見ますと、B群(昼放牧+WM併用群)の方で代謝活性が上昇しているように思われますが、実際はA群(昼夜放牧)でやや代謝活性が落ちているため、差が出ているように見えるのではないかと考えています。

人間でも一緒ですが、冬は春~秋と比較して明らかに代謝が落ちる傾向にあると考えられており、このデータだけを比較してもそのような傾向があるのがわかります。しかし、この結果はある意味当然なのかもしれません。A群では昼夜放牧をしていることもあり、寒さへの環境適応のため昼放牧以上に代謝を落とす必要があるのかもしれません。ただ、この代謝の変化が生理的にどのような影響を及ぼすのか、また競走能力にどのような影響を与えるものなのか、についてはまだ不明です。

次に、⑥ストレス指標であるコルチゾルについてですが、こちらは、実験開始直後にB群(昼+WM併用群)で高い傾向が認められました。これは、やはり環境の変化およびWMによるストレス負荷が強かったのかもしれません。ただ、その後は全体的に同様な値を推移しました。

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Fig③:コルチゾル濃度(ストレスマーカー)の推移 

実験開始直後にB群で高い傾向にあったが、その後は両群とも概ね同様な値であった。

最後に、⑦蹄の生長率については、実験当初WM運動による蹄尖部磨耗などの影響がでることを心配致しましたが、実際は両群でほとんど差がありませんでした。

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Fig④:蹄生長量(mm:蹄冠部より、蹄壁前面に目印のマーカーをつけた位置までの距離を測定) 

両群とも大きく変わらない生長量であった。

前2回も含めて、様々な結果およびデータを示してきましたが、皆様どのように感じましたでしょうか?どちらが良いという答えは、実験頭数が非常に少ないのと、競走馬ですので“走ってみないとわからない”ということで現時点でははっきりしませんが、二つの群で思った以上に変化があったのは間違いありませんでした。

ただ、本実験を通してわかったのはどちらの放牧管理にもメリット・デメリットがあり、個体毎でこの管理方法が適している馬もいれば適していない馬もいる、ということです。皆様におかれましては、今回のデータを参考にその馬にあった管理をして頂ければと思います。

また、本内容につきましては、まとまりましたら、講演会やその他雑誌などを通じてご紹介したいと思いますので、その折には皆様より温かいご意見頂ければ幸いです。

それでは、拙著にお付き合い頂き有難うございました。次号からは筆者が変わりますので、また新たな内容などお届けできるものと思います。引き続きご愛読宜しくお願い致します。

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育成期のV200測定値(後編)(日高)

厳しい冬を乗り越えた植物が生育しはじめる弥生を迎えました。手前味噌ではありますが、日高育成牧場の育成馬たちも厳しい浦河の冬の寒さを乗り越え、さらに基礎体力を築くため、昨秋のブレーキングから始まった日々のトレーニングを順調にこなし、残り2ヶ月を切ったブリーズアップセール、さらには競走馬としてターフを駆ける日に向けてさらにたくましく成長しているように映ります。

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通常調教は800m屋内トラックコースで実施。トラックコースでの調教時には馬がリラックスした状態で走行できるように心掛けています。右からタヤスオドリコの09(牝 父:ゴールドアリュール)、ダイイチボタンの09(牝 父:ダイワメジャー)、ブルーレインボウの09(牝 父:マヤノトップガン)

31日現在、通常調教は800m屋内トラックコースでの調教をベースとし、週2回は屋内1,000m坂路コースでの調教を実施しています。坂路コースでは“オン”に近い状態で“on the bridled”を意識しており、一方、トラックコースでは“オフ”の状態で調教を行い、日々のメリハリを重視して調教メニューを組立てています。本年は坂路調教を行う前に、ウォーミングアップとして800m屋内トラックコースにて1,200mのステディキャンター(22秒/F)を実施しているために、昨年と比較すると総運動量は1,200m増加しています。その後、15分かけて坂路コースまで向かい、34頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンターを2本実施しています。スピードは1本目が60秒/3F2本目を54秒/3Fを目安としており、運動量が増えている分、昨年同時期よりスピードは少し抑えています。スピードよりも“on the bridled”の手応えを重要視し、ブリーズアップセールの“時計よりも馬の走法や出来映え”をアピールするというスローガンに則した仕上げを目標としています。

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2回は屋内1,000m坂路コースで野調教を実施。坂路コースでは“オン”に近い状態で“on the bridled”を意識して調教を行っています。先頭からサクラハートピアの09(牡 父:トーセンダンス)、ロマンスビコーの09(牡 父:デビッドジュニア)、テイエムサイレンの09(牡 父:ケイムホーム

さて、今回は前回に引き続き、日高育成牧場においてトレーニング効果の指標として、毎年2月と4月に測定している “育成期のV200測定値”についてお伝えいたします。前回は“V200”は異なる個体間での能力の比較よりも同一馬のトレーニング効果を検証するのに適した指標であること(図1)、さらには“V200”の個々の測定値のみを評価すること自体にはあまり意味がないことについて述べさせていただきました。今回は日高育成牧場での“V200”測定値の利用方法、および本年2月に測定した結果について説明いたします。

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1:育成期およびトレセン入厩後の“V200”の測定値の推移(松本ら)。調教馬場の違いなど環境が変わっても経時的に“V200”を測定することによってトレーニング効果を検証することができます。

日高育成牧場では、過去12年間に渡って毎年2月と4月のほぼ同時期に“V200”を測定しています。同時期に、同じ馬場で“V200”を測定するということは、年度毎の調教効果を比較検討する手段のひとつとなり得ることを意味しています。個体毎に適切な調教方法というのは当然異なりますが、“調教群”として捕らえた場合には、2月の時点までにある程度の調教負荷をかけてV200”測定値を上昇させておいた方が良いのか、それとも2月から4月の“V200”測定値の上昇率が高い方が良いのか、あるいは牡と牝では異なるのかなどについての調査研究を実施しています。つまり、その年の“V200”測定値と調教時の運動器疾患の発生率や、その世代の競走成績との関連性を調査することによって、More than Best”となる調教を目指して次年度の調教計画に役立てています。

本年のV200”の測定結果は2月の時点では過去13年間で最も高い値となりました。すなわち、この結果は2月の時点では例年以上に有酸素能を高める調教負荷がかけられており、トレーニング効果が得られているということを意味しています。一方で、調教強度が例年よりも強く、馬への肉体的および精神的負荷も大きいという解釈もできるために、筋肉や骨疾患などに起因する跛行や、餌を残すなどストレスの程度についても注意深く観察しなければならないということも意味していることになります。

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2:過去5年間の2月における“V200”の測定値。本年は過去13年間で最も高い値となりました。この結果は有酸素能を高める調教負荷が十分にかけられていることが推測できる一方で、調教強度が例年よりも強く、馬への肉体的および精神的負荷も大きいという解釈もできます。

個々の馬のV200”測定値に触れてみると、調教中に動きの目立つ馬が期待通り高い測定値を記録している一方で、個々の測定値のみを評価すること自体にはあまり意味がないと申し上げましたとおり、期待していた血統馬が予想を裏切り低かったり、調教中にあまり動きの目立たない馬の測定値が高かったりと、測定値の解析を困難にさせることも少なくありません。キャンターへの移行直後から心拍が上昇する馬はV200”の測定値が低くなる傾向がありますが、スプリンターの条件としては、スタート直後からの心拍の上昇というのが不可欠であるようにも思われるために、短距離に適正のある馬は測定値が低くなる傾向があるのではないのかと推測しながら解析していますが、結論には至っていません。

今後もJRA育成馬での測定データを蓄積し、競走成績と照らし合わせることで検証し、皆様方に還元できればと考えています。なお、日高育成牧場の育成馬展示会は411日(月)10時開始での開催を予定しております。実馬展示後にブリーズアップセールに上場する予定の馬たちのトレーニングを皆さまに披露させていただきます。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?②(生産)

2月に入り、本年も繁殖シーズンがついにやってきました。繁殖シーズンは生産牧場にとって、生まれてくる子馬への期待でワクワクする一方、難産などを含めた繁殖牝馬の疾病、また新生子の疾病などのため非常にストレスのかかる時期です。そのような中、もうすでに出産が始まっている牧場もあろうかと思います。当場も同様に、2月末より8頭の出産を予定しています。そのため、少ない頭数ですが準備に忙しい時期となっています。

 さて、そのような状況の中、昨年この時期に同じように生まれた1歳馬達に目をむけて見ますと、2つの異なった放牧管理のもと両群とも順調に育っています。すなわち、A:昼夜放牧群(22h) B:昼放牧(7h)+WM併用群(馬服装着)という2つの群です。2群についての比較項目としては、前号でも記載した通り ①被毛を含めた外貌的所見、②GPSを用いた放牧中移動距離、③脂肪の蓄積度合い、④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の成長率など、様々な方向性から検討を行っています。

今号では、“昼夜放牧と昼放牧、厳冬期はどっちがBetter?②”ということで、明確な答えが出ない内容ではありますが、少しでも皆様のヒントになればと思い引き続き記載したいと思います。

 まず、前号のおさらいをしますと、前号では①外貌所見(特に被毛) ②GPSでの移動距離の違いについて記載しました。

 すなわち、被毛は昼夜放牧群で長く、昼放牧群はあきらかに短くなりました。また、移動距離は昼夜放牧群で長く(約7~9km)、昼放牧群は短い(約3km)という結果でした。

 それでは、その結果も念頭に置いてさらに話を進めていきたいと思います。まず、③の“脂肪の蓄積度合い”についてです。これは屈腱部の超音波検査などを実施する際と同様なエコー機器を用いて、馬のおしり(臀部)の脂肪の厚さ(これを臀部脂肪厚といいます)を測定することで全身の体脂肪率や脂肪を除いた体重(これを除脂肪体重といいます)を推定します。 

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Fig.①:臀部脂肪厚測定の風景

リニア型(接触面が直線的な)プローブを用いて検査します。

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Fig.②:臀部脂肪厚測定のエコー図

赤丸で囲んだ三角形の部分の最大の厚さを測定します

当初の我々の予測として、昼夜放牧群は寒さに適応するため体脂肪が“増加”していき、昼放牧群は昼夜放牧群ほど寒さに適応する必要性がなく、さらにWMを使用して強制的な運動も行うことから、体脂肪は徐々に減少していくのではないか?と考えていました。予想通り、昼放牧群では早い時期から体脂肪率の低下が認められました。一方、昼夜放牧群においても緩やかですが体脂肪率の低下が認められました。

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Fig.③:体脂肪率の変化 [A群(昼夜):青  B群(昼+WM):赤 で示してあります]

この昼夜放牧群のデータは、我々にとっては非常に不可解な結果でした。理由は、現在その他のデータも含めて検討中ですが、①重要臓器を守るために体表面ではなく、内臓への脂肪蓄積が行われた ②給餌している餌では維持エネルギーが足りず、維持エネルギー産生のため脂肪を徐々に利用する必要があった、というような可能性が考えられました。

まず、内臓脂肪についてですが、これは実際に解剖しなければわかりません。そのため、判定が困難ですので、推論の域はでません。人間の体組成計のような器具があればよいのですが・・・次に、餌については濃厚飼料として約23kg(エネルギーにして約6~9MKcal)、また粗飼料はルーサンを約2kg(エネルギーにして約3~4MKcal)およびラップ乾草は放牧地の4隅に不足しないように補充しながら配置したので、1日に約4~5kg程度摂取した(エネルギーとしては約6~7Mkcal)と推定いたしますと、摂取エネルギーの総量としては約1519Mcal程度摂取したものと考えられます。そのため、通常の管理であれば体を維持するには十分な量と考えられます。しかし、この昼夜放牧における“寒さ”へ対応するための必要エネルギー量は我々が考えている以上に大きいのかもしれません。人の例を挙げますと、南極観測隊の隊員は寒さに対応するため、派遣前に1020kg程度体重を増量してから現地に向かい、しかも現地では通常の約1.52倍程度のエネルギー摂取が必要という話もあります。日高地方は南極の気候と比較すると非常に“暖かい(?)”とはいえ、最低気温は-20℃、厳冬期の平均気温は約-5-7℃程度になることもあることから、厳冬期の昼夜放牧管理では、多くのエネルギー量が必要なのかもしれません。

次に、検討項目④の“体重・測尺値”の変化について記載します。まず、体重についてですが、昼夜放牧群では12月初旬から停滞傾向が認められました。一方、

昼放牧群では当初大幅に体重が減少しました。この理由としては、昼放牧群も実験開始前は昼夜放牧管理をしており、時間にして22時間から7時間と大幅に放牧時間が減少したことによる“牧草採食量の一時的な減少”という要因が大きいと思われます。また、WM導入直後の運動量やそのストレスによる部分も少なからずあるのかもしれません。通常、完全舎飼いなどに変更せず、一定の放牧時間が保たれていれば、1週間程度で体重は元のレベルまで戻ることが知られています。そのため、本実験での昼放牧群の体重変化を見ると摂取エネルギーとWMを用いた強制的な運動による消費エネルギーとの不調和もあったのかもしれません。このような点は放牧管理形態の変更時やWMを用いる際に注意すべき重要な点だと思われます。最終的に、昼放牧群の馬体重が元のレベルに復すまでに3週間弱かかりましたが、その後は順調に増加し、1月末時点では両群とも同様な体重となりました。

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Fig.④:体重の推移 [A群(昼夜):青  B群(昼+WM):赤 で示してあります]

また、測尺値については昼夜放牧群において管囲が若干太い傾向が認められましたが、その他体高・胸囲などには大きな差は認められませんでした。

先ほど③の“脂肪の蓄積度合い”の話でも記載しましたが、同様にこの体重データから見ても昼夜放牧群の12月初旬以降の摂取エネルギー量は不足している可能性があります。しかし、現在の飼養管理形態(基本的に充分な量のラップ牧草を給与している)を考えると、実際に摂取エネルギーを増加するには、濃厚飼料を増量するしか手はないのかもしれません。現在、約3kg程度の濃厚飼料を給餌していますが、当歳から1歳にかけてこれ以上増量した場合には、OCDなども含めて色々な問題が発生する可能性もあります。そのため、このような点は“厳冬期における昼夜放牧管理”の難しさなのかもしれません。

徒然なるままに記載してきましたが、今回は ③脂肪の蓄積度合い ④体重・測尺の変化 という2点について比較しました。皆様、いままでの4項目のデータを見てどのように思いますか?感想など頂ければ幸いです。

それでは、次号も引き続きのご愛読よろしくお願い致します!

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育成期のV200測定値(前編)(日高)

北海道浦河では、2月の1週目には最高気温がプラス5℃にも達し、4月上旬並みの春の陽気となり、馬服の下は少し汗ばんでいる馬もいるほど暖かい日もありましたが、再びマイナス10℃を下回る真冬日へと逆戻りしました。まだ大寒を過ぎたばかりで、春の訪れはやはり立春までは待たなければならないという現実を実感しています。

前回は“精神面のトレーニング”について触れましたが、今回は“トレーニング効果”について触れてみたいと思います。日高育成牧場では、トレーニング効果の指標として“V200”を毎年2月と4月に測定しています。そもそも“V200”とは1980年代にスエーデンのパーソン教授によって提唱された馬で用いられている持久力(有酸素能力)の指標のことであり、“心拍数が200 /に達した時のスピード”を意味します。ヒトの持久力の評価には、トレッドミルや自転車アルゴメーターで大型のマスクを装着して測定する最大酸素摂取量を指標としていますが、この測定には特殊機器を必要とするので、馬での測定は大きな研究施設でなければ困難です。そのために競走馬では、V200”や“VHRmax(最大心拍数に達した時のスピード)”を測定することによって持久力の評価が行われています。

このような馬の運動生理の研究に関して、日本のみならず世界の中心となっているのがJRA競走馬総合研究所であり、ここでの研究成果を育成調教に応用しているのがJRA育成牧場であります。

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V200測定時には、正確なラップタイムを計測するために騎乗者は目立つ上着を着ます。先頭からイキナオンナの09(牝 父:ディクタット)、シルクブラウニーの09(牝 父:アドマイヤムーン)、チャランダの09(牝 父:アラムシャー)、ジョイフルステージの09(牝 父:ジャングルポケット

馬が運動する際には、酸素を利用し多くのエネルギーを得る方法(有酸素的運動)と、短時間に限定されるものの酸素を利用せずにエネルギーを得る方法(無酸素的運動)があります。競走中のサラブレッドは1,000mのレースでさえエネルギーの70%が有酸素的に供給される(図1)ということからも、“持久力(有酸素能力)が高い馬”≒“競馬を有利に運ぶことができる”と考えられています。

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1:競走馬が距離別に必要とするエネルギーの割合(Eatonら)。短距離レースでもエネルギーの70%が、長距離レースではエネルギーの86%が有酸素的に供給されています。

そのために、育成馬や競走馬に対しては、調教中の心拍数とその時のスピードから持久力が推定できるVHRmax”や“V200”の測定による方法が応用されています。VHRmax”や“V200”も基本的には同じ考えに基づく指標ですが、“V200”は“追切り”のような最大強度を負荷する必要がないので育成馬に応用しやすいという利点があります。一方、出走に向けて“追い切り”を行っているような競走馬であれば“VHRmax”の方が応用しやすくなります。

このように述べるとVHRmax”や“V200”の測定値によって、その馬の走能力を予測できるのではないかとも考えられます。実際、現役競走馬での測定データでは、オープン馬は条件馬よりも高い傾向が認められたという試験結果(図2)もあります。

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2:現役競走馬における競走条件別のVHRmaxおよびV200の測定値(塩瀬ら)。両測定値ともに競走条件が上がるにつれて上昇しているのが分かります。

しかしながら、VHRmax”や“V200は異なる個体間での能力を比較するよりは、同じ馬のトレーニング効果を検証するのに適した指標と考えられています。その理由は、馬の最大心拍数には個体差があるためであり、特にV200”に関しては、最大心拍数が210/分の馬と230/分の馬では、同じ心拍数200 /分で走行した場合の相対的な負担度は若干異なる状態での比較となってしまうためです。また、競馬の勝敗は持久力以外の要因も左右するために、V200”の測定値のみによって競走成績を予測できる訳ではないことはいうまでもありません。

これらの理由のために、育成期におけるV200”の測定値を評価する時には、以下の点について注意する必要があります

1)V200”測定時において騎手のコントロール下でのスピード規定が難しいこと。

2)V200”測定値は馬の情動や騎乗者の体重あるいは技術の影響を受けること。

3)出走前の競走馬に対するトレーニング強度と異なり、育成期に行われているトレーニング強度では、V200”は調教が順調に進みさえすれば、ほとんどの馬がある程度の測定値にまで達すること(図3)。

このように“V200”の個々の測定値のみを評価することはあまり意味がありません。それでは、どのように“V200”の測定値をJRA育成牧場において利用しているかということ、および本年の“V200”の結果については次回に説明させていただきます。

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3:トレーニングと運動中の心拍数の関係:“V200”はトレーニング強度が上がればある程度の測定値にまで上昇します。

昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、厳冬期はどちらがBetter?①(生産)

本年の日高地方は非常に寒い日々が続いており、積雪も多く非常に悩ましい時期をお過ごしと思います。そのような環境の中、皆様も例年以上に“厳冬期の当歳馬管理”についても頭を悩ましていることと思います。

さて、前号に記載したとおり、日高育成牧場では昨年11月末より “厳冬期における当歳馬の放牧管理”に関する研究として①昼夜放牧群(放牧時間:2224h)および②昼放牧(67h)+ウォーキング・マシン(以下WM)併用群 (馬服も装着)という2群に当歳(現1歳)を分け、放牧管理を行っています。

そこで、今号では、“昼夜放牧と昼放牧(WM併用)どちらがBetter?①”ということで、結論は出ない内容ですが皆様のヒントになるようなお話を進めていければと思っています。

群分けは昨年の1122日から開始し、1月末で早2ヶ月となりました。2群の比較としては、①被毛を含めた外貌的所見、②GPSを用いた放牧中移動距離、③脂肪の蓄積度合い(臀部の脂肪の厚さを、超音波機器を用いて測定します) ④体重・測尺値の変化、⑤成長に関わるホルモン動態(プロラクチンなど)、⑥ストレス指標(血中コルチゾル値を測定することで推定します)、⑦蹄の成長率など、様々な方向性から検討を行っています。

その中でも、現時点で大きな違いのある項目について紹介します。

まず、①被毛の状態(毛艶)です。すなわち、昼夜放牧群は“クマ”のように長い毛がボサボサの状態になる一方、昼放牧+WM併用群は被毛が薄く、毛の伸びぐあいも非常にゆっくりです。

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写真1:昼夜放牧群(フジティアス10)       

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写真2:昼放牧+WM併用群(ユメノセテアラム10)

      

これは、やはり寒さへの適応度合いの違いもあるのでしょうが、一方で昼放牧群は強制的に連続的な運動をすることによって基礎的な代謝が上昇した結果、被毛が伸びすぎることなく管理できているのではないかと考えています。被毛が伸びるのは、環境への適応のためではありますが、その被毛組織を作るためにはエネルギーがもちろん必要となります。そのような点を考慮すると、エネルギーの節約、また基礎代謝を上昇させるという面では昼放牧+WM併用の方が有利なのかもしれません。

また、次に②GPSを用いた移動距離測定についてですが、前号でも記載したとおり、昼夜放牧群は約710km程度の移動距離が確保できる一方、昼放牧群(67時間の放牧)では約34km程度という結果が出ています。昼夜放牧群の移動距離に関しては、何もしなければ約7km程度ですが、本年はラップ乾草を放牧地の4隅に配置し、またルーサン乾草を適宜同様な場所に撒くことで移動距離を約23km程度伸ばすことが出来ました。ちなみに、昼放牧群も同様な管理をしたところ、昼夜放牧群と比較して変化は少ないですが、ある程度運動距離を延長することが可能でした(0.51km程度)。このように、ただ放牧するだけでなく、作業にひと手間かけて人工的に馬の移動を促すように仕向けるのも放牧管理としては有効なのかもしれません。

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図1:GPSによる放牧地の移動軌跡(1220日)昼夜放牧群:フシティアス10 移動距離:7.1km

本放牧地は4角形ですが、移動が左半分に偏っており、歩行範囲が制限されていることがわかります。これは、図左上のシェルターを中心にして、限られた範囲で運動しているからだと考えられます。

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2GPSによる放牧地の移動軌跡(1月11日)昼夜放牧群:フジティアス10 移動距離:10km

4隅にラップ乾草を配置し、ルーサン乾草を随時撒いたことで移動量が増加し、このような軌跡が認められました。

さて、昼放牧群では、現在(1月末時点)収牧後に6km/hの速度で60分のWM運動を課しています。そのため、歩行距離としては、放牧中の移動距離と併せて昼夜放牧群とほぼ同様になります。しかし、歩く距離が同程度だとはいえ、この強制的な運動が、若馬の下肢部などへ影響を与えないものかどうか?非常に興味深いところです。そのため、我々は触診や歩様検査、またサーモグラフィーなどの機器も用いて比較検討を実施していますが、今のところ跛行などの目立った異常は発生していません。ただ、日によって骨端部や球節周囲に若干帯熱がある場合などもあります。その変化は朝の放牧前に多いため、馬房内で動いていないことによる“立腫れ”などの要因があるのかもしれませんが、WMによる影響ということも考えられます。このような点は皆様も非常に興味のある点だと思いますので、今後も引き続き詳細な検討を行っていきます。

今回はこの二つの項目のみ挙げましたが、いずれの放牧管理にしても長所・短所がありそうです。

今後も、研究結果を検討して、皆様に報告していきたいと思います。読者の皆様におかれましては、このような放牧管理法に関する経験などございましたら是非ご意見頂ければ幸いです!【JRA育成馬メールボックスはこちらです⇒ jra-ikusei@jra.go.jp 

精神面のトレーニング(日高)

 昨年末の大雪によって銀世界へと様変わりし、新年を迎えてからは朝の最低気温がマイナス10℃を下回る日も多く、本格的な冬を迎えています。新年といえば、1月の恒例行事となっているBTC育成調教技術者養成研修生の騎乗実習が本年も16日から始まりました。研修生17名は、411日に予定されている育成馬展示会までの約3ヶ月間、育成馬の騎乗実習を行います。育成馬の成長と同様に、若い研修生たちの著しい成長も非常に楽しみのひとつになります。

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毎年恒例となっている3ヶ月間のBTC研修生(2番手の騎乗者)の実習が始まりました。先頭からアルカイックレディの09(牝 父:フジキセキ)、フジノバイオレットの09(牝 父:バゴ)、チャペルラバーの09(牝 父:タニノギムレット)、グリーンオリーヴの09(牝 父:アグネスデジタル)

 厳しい寒さの中、育成馬の調教も徐々に本格化してきました。800m屋内トラックでは1列縦隊で2周駆歩(ハロン24秒まで)を行った後に、2頭併走で2周駆歩(ハロン22秒まで)の計3,200mの調教をベースに、週12回は800m屋内トラックでは1列縦隊で2周駆歩(ハロン24秒まで)を行った後に、坂路での調教(ハロン20秒まで)を実施しています。調教後も余裕があるように映っており、今後は馬のコンディションを見ながら、調教強度を上げていきたいと考えています。

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併走での調教も安定してきており、調教後も余裕があるように映っています。先頭左からタイキフローラの09(牝 父:ケイムホーム)、シルクファビュラスの09(牝 父:ケイムホーム)、2番手左からアモリストの09(牝 父:スペシャルウィーク)、アルナーダの09(牝 父:マヤノトップガン

 さて、今回は精神面のトレーニングについて触れてみたいと思います。調教を進めていく上で考えなければならないことは、筋力や心肺機能を上昇させる“トレーニング効果”はもちろんのことですが、これとともに馬の“精神面を鍛えること”も非常に重要になります。

トレーニング効果に影響する要素としては、坂路調教に代表される調教コース、馬場素材や馬場の砂厚などのハード面と、走行タイム、走行距離、インターバルトレーニングの間隔などのソフト面が挙げられます。一般的に、これらのトレーニング効果に影響する要素は、調教を実施する上で最も重要と捉えられ、心拍数や乳酸値による評価方法も確立されています。

一方、精神面を鍛えること、つまり馬の能力を可能な限り発揮させることも競走馬にとって重要です。特に、我々が携わっているブレーキングから2歳を迎えるまでの時期には、基礎的な精神面を鍛えるトレーニングを行う必要があります。しかしながら、その方法についてはあまり触れられていません。“精神面を鍛える”と言葉で表現するのは簡単ですが、具体的にはどのようにすべきであるかというのが最大の課題です。

競馬そのものは馬の本能を利用した競技であるといわれていますが、実際は、本来、牧草を食べ群れで行動する馬を、個々の馬房で濃厚飼料を給餌し、人が騎乗できるように馴致して、さらに日々調教を行うことが広義での競馬であると認識しています。すなわち、競走馬というのは本来の生理状態と異なる飼い方をしなければならないために、非常にストレスが掛かっていることが想像されます。そのために、競走馬に携わる我々は、少しでも“ハッピー”になるような馬の管理を心掛けなければなりません。育成期において行えることは、人が騎乗することを許容させること、つまり、人を乗せた状態での“バランス”を習得させ、アクセル、ブレーキ、ハンドルの各種扶助を理解させること、さらに人をリーダーとして認識させ、人が要求することを少しでも理解させることであり、結果的にこれらのことが、“精神面を鍛える”ことにつながると考えています。

 放牧地において自身のバランスで駆歩ができない馬は皆無ですが、人が騎乗した際に上手くバランスを取れるようになるまでにはある程度の時間が必要です。“頭を下げてカブったり”、“引っ掛かったり”、“左右どちらか一方が緊張したり”という行動は、バランスを取るための行動であるとも考えられます。そのために、騎乗馴致時には、馬に人を乗せてのバランスをどのようにして習得させるかが重要なポイントになります。具体的には、最初にサイドレーンを使用して馬の頭頚を一定の位置に保った状態での速歩で、人を乗せてのバランスを習得させると同時に、人を乗せてバランスを取るために必要な筋力を養成させます。そのバランスで速歩が維持できるようになってから、前進、減速、方向転換(開き手綱、および左右の単独脚)の扶助を理解させる必要があります。

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騎乗馴致時には、馬にとって最もバランスが取りやすい速歩で、人を乗せてのバランスを習得させることに重点を置きます。ステファノシスの09(牡 父:マヤノトップガン)

速歩で人を乗せてのバランスが取れるようになってから、駆歩に移行することによって、騎乗者の扶助を理解しながら“真っ直ぐ走り”そして“折り合う”ことが少し容易になります。欧州では、騎乗馴致を終え、ハッキング程度のキャンターに慣れた後には、一列縦隊(距離12馬身)でのステディキャンター調教に移行する前に、7馬身の距離を取り、馬と折り合い、真っ直ぐ走らせるための調教、つまり騎乗者の指示に従わせる調教を一定期間、実施していたのを記憶しています。

騎乗者の扶助を理解しながら“真っ直ぐ走り”そして“折り合う”こと、つまり騎乗者の扶助の理解が“精神面を鍛える”ことにつながると考えています。この扶助を理解させるには、“プレッシャーオン・オフの原則”による馬へのアプローチが重要になります。日々の調教を行う上で重要なことは、何のためにこの調教を行っているのかを理解することであり、偶然ではなく、必然的に馬の能力を最大限発揮させられるように調教を行いたいと思っていますが、なかなか上手くいかない現実を実感しています。

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エイダン・オブライエン厩舎では、初期馴致後、一列縦隊(距離12馬身)でのステディキャンター調教に移行する前に、騎乗者の指示に従わせるために7馬身の距離でのキャンター調教が一定期間行われていました。