厳冬期の管理と講習会(生産)

 今年も残すところあとわずかですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年は例年と比較し暖かく、「今年は雪が降るのが遅い」と感じておりましたが(写真1)、心配しなくても冬はちゃんと来るものですね。たった一日で草原が雪景色に変わってしまいました(写真2)

  

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【写真1】12月第2週の放牧地の様子。まだ雪がなく、当歳馬たちは青草を食べています。

  

  

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【写真2】12月第3週の放牧地の様子(写真1と同じ放牧地です)。こうなると青草を食べられませんので、放牧地にルーサン乾草を撒くなど工夫しています。

  

  

秋まで放牧地の青草を主食とし、昼夜放牧時には1日に1420時間は採食していた当歳馬たちにとって、放牧地が雪で覆われる北海道の冬は、飼養管理方法の変更を余儀なくされ、一般的には昼夜放牧から昼放牧へと切り替える牧場がほとんどだと思います。青草の採食の問題のほか、氷点下を下回る気温の低下やそれに伴う放牧地面の凍結によって、放牧地での自発的な運動量も減少します。成長期である当歳馬たちにとって、この環境の変化は大きな意味を持ち、冬期には成長が停滞することが知られており、この時期の管理方法は中期育成期における大きな課題となっています。

    

一昨年のJRAホームブレッド第1世代(父デビットジュニア)は、“自然な状態での管理”というテーマで、厳冬期も全頭昼夜放牧を実施しました。その結果、冬毛が非常に伸び、完全に換毛したのは1歳の6月ごろであったために、外貌上の面だけを考えると、特に7月のセリへの上場を目標とする場合には、厳冬期に昼夜放牧を実施すると不利な面があると思われました。とはいえ、9月に入り騎乗馴致を行う頃には、セリで購買した他の馬との違いもなくなり、厳冬期の昼夜放牧のデメリットは特に感じられない状況でした。さらに、競走期に関して言えば、先日このブログでもご紹介した通り、マロンクンJRAホームブレッドとして中央競馬初勝利をあげています。

    

昨年の第2世代(父ケイムホーム)は、11月末から「昼夜放牧群(22時間放牧群)」と「昼放牧群(7時間放牧+ウォーキングマシンによる運動群)」とに分け、臀部脂肪厚、屈腱断面積、成長に関わるホルモンなどの変化について比較検討を行いました。その結果、当たり前ですが冬毛の多寡など様々な違いが認められました。特に興味深かったのは、甲状腺ホルモン・プロラクチンなどのさまざまな成長に関わるホルモン動態を検討したところ、いずれも「昼夜放牧群」と比較して「昼放牧+WM群」で高い活性を示したことでした。このホルモン動態の変化が生理的にどのような影響を及ぼすのか、また競走能力にどのような影響を与えるものなのかなどについて、まだ不明なことだらけですので、今年の第3世代(父アルデバラン)も研究を継続し、「昼夜放牧群」と「昼放牧+WM群」の2群に分けて管理しています。ホルモンについては民間牧場にもご協力いただいて例数を増やして詳細に解析していく予定です。

  

 昨年の研究結果については、「JRA育成馬日誌」の下記の記事をご覧下さい。

   

  

【参考:JRA育成馬日誌】

    

●「冬季の当歳馬の管理」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/01/post-5777.html

  

●「昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、

厳冬期はどちらがBetter?①」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/02/better-1b3c.html

  

●「昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、

厳冬期はどちらがBetter?②」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/02/better-c575.html

  

●「昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、

厳冬期はどちらがBetter?③」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/03/better-ff0c-1.html

 

  

 

 さて、前号でもお知らせした通り、この生産地の“シーズン・オフ”を利用して、JRAでは様々な講習会を実施しました。写真はその中の一つ、1216日に日高育成牧場にて行われた「日高女性軽種馬ネットワーク(馬女(まじょ)ネット)軽種馬生産技術研修会」の様子です(写真3)。馬女(まじょ)ネット(代表:高村洋子さん)とは、生産牧場の“女性”が集まり年に3~4回技術、経営研修等勉強会を主に活動している団体です。今回は、強い馬づくりのための生産育成技術講座の内容をアレンジし、「子馬の肢軸異常・クラブフット調査(講師:佐藤文夫・日高育成牧場)」「馬の皮膚病とその対策(講師:遠藤祥郎・日高育成牧場)」について講習会を実施しました。馬女(まじょ)ネットの活動について興味のある方、入会希望は、℡0146-42-1489(日高農業改良普及センター:田所氏)までお願いします。

    

 

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【写真3】馬女(まじょ)ネット講習会の様子

  

  

 皮膚病の講習では、JRAが行った過去の調査・研究や、海外の文献などから、細菌が原因の皮膚病と真菌が原因の皮膚病の見分け方(写真4)や、皮膚病の種類毎に効果がある消毒薬の種類などを紹介しました。皮膚病は、それ自体が馬の生命に関わることは少なく、今まであまり講習会などが行われてこなかった分野で、正直なところ講演会の前までは「果たして本当にニーズがあるのだろうか」と疑問を抱いておりました。しかし、「馬をお客様に見せて売る」ことを仕事としている生産牧場や育成牧場の関係者にとって、商品である馬の価値を高めるために、皮膚病の管理は重要で非常に気を使っていることがわかりました。

  

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【写真4】「馬の皮膚病とその対策」のスライドの一部。皮膚病の見分け方などについてお話しました

   

  

 JRA日高育成牧場では、こうした皆様のニーズに少しでもお応えできるよう、様々な調査・研究に取り組んでいきたいと考えております。今後も、我々の活動にご注目していただけましたら幸いです。

  

  

生産・育成等に関する講習会・講演会のご案内(生産)

当歳馬たちは離乳も無事に終わり、少し離れた分場へ移動しました(写真1)。ここ日高育成牧場のある浦河ではすっかり日も短くなり、朝晩は0℃近くまで冷え込みます。もうすぐ当歳馬たちにとっては厳しい、初めての寒い冬がやってきます。

オータムセールや繁殖牝馬セールも終わり、生産地の皆様は仕事が少し落ち着くところではないでしょうか。このタイミングを見計らって、JRAでは関係者向けの講習会を企画しております。今回はJRAが主催または後援する講習会についてご案内したいと思います。

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写真1.昼夜放牧中の当歳馬たち。

 まずは今月、毎年この時期にJRA日高育成牧場が主催して行っている「強い馬づくりのための生産育成技術講座」です。多くの方々に参加していただけるように、日高町(門別)と浦河町の2ヶ所で開催されます(内容は同じです)。今年は、「肢軸異常」「皮膚病」「繁殖牝馬のBCS」についてお話する予定です。

【強い馬づくりのための生産育成技術講座2011】
・日時&場所: 平成23年11月16日(水)18時30分~20時30分
             浦河町堺町基幹集落センター
・内容:
1.「子馬の肢軸異常・クラブフット調査」:佐藤文夫(JRA日高育成牧場)

子馬の肢軸異常やクラブフットは、長年に渡り調査・研究されていますが、いまだ解決していない問題です。今回は、基本に立ち返り、肢軸異常やクラブフットの評価のしかたや、今までの調査・研究から現在最善と思われる対処法についてお話したいと思います。


2.「馬の皮膚病とその対策」:遠藤祥郎(JRA日高育成牧場)

皮膚病は、馬の能力自体に重大な影響を及ぼすことはありませんが、見た目が悪くなり商品価値が下がるなど生産地においても困った問題です。にもかかわらず、これまで生産地ではあまり話題に上がったことが少なく、関係者の皆様にとってはどう対処して良いか悩みの種だったのではないでしょうか。今回は、皮膚病の見分け方や、トレセンでの調査・研究から牧場でもできる対処法についてお話したいと思います。


3.「繁殖シーズン前の飼養管理」:敷地光盛(日高軽種馬農業協同組合)
 
繁殖牝馬の飼養管理について、どのように管理すれば生産効率が上がるのか日々誰もが悩んでいることかと思います。今回は過去の経験・研究から、「栄養管理」「運動管理」「疾病予防」「繁殖期準備」「妊娠後期の胎児モニタリング」の5本の柱から繁殖牝馬の飼養管理についてお話したいと思います。

・主催: JRA日高育成牧場
・共催: 日高軽種馬生産振興会青年部連合会
・後援: 日高軽種馬農業協同組合

次に来月、「日本ウマ科学会の学術集会」のため来日されるDr.LeBlancの講習会が日高でも開催されますので、ぜひお越し下さい。Dr.LeBlancは米国ケンタッキー州のRood and Riddle Equine Hospitalの臨床獣医師で、長年「子宮内膜炎」および「胎盤炎」について研究なさっておられる世界的な馬臨床繁殖学の権威です。

【LeBlanc先生による講習会】※牧場関係者向け

・日時: 平成23年11月30日(水)18時00分~20時00分
・場所: 新冠レ・コード館・町民ホール
・内容: 「繁殖管理について」(通訳あり)

・主催: 日本軽種馬協会(JBBA
・共催: 日本ウマ科学会馬臨床獣医師ワーキンググループ
・後援: JRA日高育成牧場、日高獣医師会、胆振獣医師会

【LeBlanc先生による講習会】※獣医師向け

・日時: 平成23年12月1日(木)10時00分~12時00分(講習会)、

                     13時00分~15時00分(実習)

・場所:  日本軽種馬協会・静内種馬場
・内容:  講習会「繁殖検査について」

      実習「妊娠馬を用いた超音波診断について」

・主催: 日本ウマ科学会馬臨床獣医師ワーキンググループ
・共催: 日本軽種馬協会(JBBA
・後援: JRA日高育成牧場、日高獣医師会、胆振獣医師会

サマーセール購買馬の入厩と騎乗馴致の開始(日高)

95日~9日にかけて行われましたサマーセールで購買した41頭が914日と15日の両日に分かれて入厩しました。サマーセールが昨年よりも2週間遅く開催され、入厩も遅くなったために、馬達にとっては過ごしやすい気候下での入厩となりました。入厩翌日から昼夜放牧を開始しましたが、アブなどの吸血昆虫が姿を消した放牧地での馬達を見ていると、非常に快適に過ごしているように映ります(写真1)。2および3群として騎乗馴致を行う馬達には「天高く馬肥ゆる秋」という言葉のとおり馴致が始まるまでの間、馬らしく過ごし、心身ともに充実することを願っています。

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写真1.「天高く馬肥ゆる秋」の言葉のとおり、馬達にとっては過ごしやすい季節での放牧となっています。

話はそれますが、「天高く馬肥ゆる秋」という言葉は、「秋は空が澄み渡って高く晴れ、馬は肥えてたくましくなる」という意味で、秋の好時節を例える表現として使われていますが、語源となっている漢語の「秋高馬肥」の意味は全く異なっています。紀元前の中国では、匈奴(きょうど)と呼ばれる北方騎馬民族が現在のモンゴルに当たる地域で遊牧生活を営んでいましたが、寒さが厳しい冬期には-20℃を下回り、その期間の食料調達は困難でした。そのために、牧草が生育する夏期に十分量の青草を食べさせ、秋の訪れとともに肥えてたくましくなった馬に乗って南下し、中国本土へ収穫物を強奪しに来るので警戒しなければならないという意味で使用されていたようです。つまり「空が澄み渡って高く晴れ、馬が肥えてたくましくなる頃には、北方騎馬民族が襲来する時期であるので警戒せよ」という戒めの故事成語です。このように、我々が日頃使っている意味と全く異なるのは、島国であるがゆえに異民族による侵略が少なかったという歴史的な証明であるとともに、美しい四季を感じられる季節に敏感な民族であることを意味しているようにも思われます。また、この意味の相違は、馬を飼育する地域あるいは環境が異なれば、馬の成長や発育時期等も異なることにも起因しているようにも考えられます。つまり、それぞれの地域あるいは環境によって、最適な飼育・管理方法も異なるということにも繋がるのでしょう。

さて、本題に入りますが、サマーセール購買馬の入厩の翌週より本年度の騎乗馴致を開始しました。騎乗馴致は20頭程度を3群に分け、それぞれ3週間程度時期をずらして実施する予定です。7月セールの購買馬を中心に馬体の発育等を参考に牡馬21頭を1群として、現在、騎乗馴致を実施しています。騎乗馴致のことをブレーキング(breaking)とよびますが、これは騎乗時に手綱を引いて馬が止まるブレーキ(brake)を馬に装着する意味ではなく、放牧地で培われた馬同士の約束事を壊し(break)、新たに人と馬との約束を構築することを意味します。通常、サラブレッドの騎乗馴致は1歳秋(911月)に行われることが多く、パッティング、引き馬、腹帯馴致(ローラーの装着;写真3)、ランジングおよびドライビングなどの過程を3週間程度かけて段階的に実施していきます(表1)。これらの過程を確実に実施した後に、馬房内での横乗り、馬房内騎乗、ペンでの騎乗を段階的に進めて、走路で落ち着いた騎乗ができるようになるまでさまざまな環境に慣らしていきます。

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写真2.最初の騎乗とともに騎乗馴致の山場のひとつと考えられているローラー装着(腹帯馴致)時には、写真のように飛び跳ねる馬も少なくはありません。このような場合でも冷静に明確な指示を出すことが重要です。馬はニシノアリスの10(牡 父ステイゴールド)

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表1.騎乗馴致までの流れの概略

馬は新しい物事に対して臆病であり、驚きやすい動物です。反面、自分に危害が及ばないことを理解すればかなりの物事に慣れる習性をもちます。そのためにも、馴致時の馬に対する指示を明確にし、態度や言葉を正しく理解してもらう必要があります。つまり、馬に問題を出して、考えさせた上で、答えが正解であれば褒めるという作業の繰り返しになります。例えば、馬が正しく指示に従った場合には、「~をやりなさい」というプレッシャーを即座に解除し、優しく声をかけてあげます。一方、正しく反応しない場合には、指示を継続するとともに「アッ!アッ!」というような注意を喚起する声を発し、正しくない行動を取ったことを馬に理解させます。馬は「懲戒」よりも「プレッシャーオフ」に対してモチベーションをもつ動物であることを理解する必要があります。しかし、馴致が順調に進んだとしても、馬にとってのストレスは多大なものになることが想像されます。特に、自然状態では経験することのない初めてのローラー装着(腹帯馴致)および騎乗のストレスは想像を絶するものでしょう。日高育成牧場ではこれらのストレスを考慮して、馴致終了後には放牧を行って、馬の心身のリラックスを図っています(写真4)。馴致後に放牧地で青草を食べている馬達を見ていると、草食動物である馬は刈り取った青草を食べるよりも、地面に生えている青草をむしり食べる行為によって本能的にリラックスが誘発されるのだと思わずにはいられません。

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写真3.馴致が終わった後には放牧によってリラックスを図ります。地面に生えている青草をむしり食べる行為は本能的にリラックスを誘発させるのでしょう。

当歳馬の離乳について(生産)

 アブなどの吸血昆虫もいなくなり、すっかり秋めいた放牧地の馬たちは快適そうです。まさに「天高く、馬肥ゆる秋」といったところでしょうか(写真1)。ここ日高育成牧場では9月の中旬までに当歳馬の離乳が終わりました。今回はこの「離乳」についてお話したいと思います。

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写真1.離乳が終わり、当歳馬同士のみで昼夜放牧を実施しています。

 まず、離乳するためには、子馬が「心」と「体」両方の面で十分成長していることが重要です。「心」とは精神面のことで、子馬が母馬から離れてもストレスを感じなくなっているかどうかということです。過去に昼夜放牧を実施している母子間の距離について調査した結果、3週齢までは平均5m以内に留まっていますが、それ以降は徐々に距離が広がり、約15週齢になると平均15m程度に達し、それ以降はほとんど変化しないことがわかっています(図1)。一方、同じ放牧地にいる子馬同士の距離は、4週齢まではお互いあまり近寄らないが、16週齢以降には平均40m程度に達し、それ以降はほとんど変化しません(図2)。以上から、1516週齢になると精神的に安定し、母馬から離れ子馬同士の群れでも大丈夫になると考えられます。

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1.昼夜放牧を実施している母子間の距離

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2.同じ放牧地にいる子馬同士の距離

 「体」の面では、子馬が母乳に頼らなくても発育に必要な栄養を飼料から摂取できるかどうかということが目安になります。子馬は出生後しばらくは母乳からの栄養のみで成長できますが、約2ヶ月齢から徐々に母乳からの栄養供給が減少するためクリープフィードと呼ばれる離乳食を与える必要が出てきます。離乳前には発育に必要な1~1.5kgの飼料を自ら摂取できるようになっていなくてはなりません。この養分要求量を満たす飼料を子馬が摂取できるようになる時期は4ヶ月齢前後と言われています。

 以上、「心」と「体」と両方の面から子馬の成長を考えた場合、離乳の時期は早くても「4ヶ月齢以降」と考えなくてはなりません。また、成長面から考えた場合には、体重が「220kg以上」であることも目安となると言われており、これを考慮すると「56ヶ月齢」が離乳の適期と言えます。さらに、「7月中旬から8月中旬まで」は気温が高く、アブなどの吸血昆虫が多いため、離乳後のストレスを考慮するとこの時期を避け「8月下旬以降」の離乳が推奨されます。

・離乳時期の目安

    56ヶ月齢(早くても4ヶ月齢以降)

    体重220kg

    11.5kgの飼料を摂取できる

    8月下旬以降(吸血昆虫がいない)

 以前は離乳といえば母馬の飼育環境は変更せずに子馬を離れた場所に移動するという方法が一般的でした。この方法では子馬にとって非常に大きなストレスがかかり、離乳直後には子馬の体重が大きく減少し、減った体重が1週間程度回復しないなんていうこともしばしば見受けられました。近年は離乳後に子馬にかかるストレスを減少させるため、原則的に子馬の飼育環境を変更せずに母馬を移動させるやり方が推奨されています。この方法は「間引き法」と呼ばれ、2段階のステップを踏んで行います。具体的には例えば6組の親子が同一の放牧地にいると仮定すると、まず最初に3頭の母馬だけを移動させ(間引き)ます。すると当然母馬がいなくなった3頭の子馬はさびしくて鳴きますが、残り3組の親子が平然と過ごしているため、極度のパニック状態には至らず、そのうち落ち着きます。この時、残す方の母馬には他の子馬に対しても寛容な穏やかな気性の繁殖牝馬を選ぶことがコツです。そして23週間が経ち、群れが落ち着いたところで残りの3組の母馬を移動させます。すると今度は今回母馬がいなくなった3頭の子馬が騒ぎますが、前回離乳した3頭が落ち着いているためパニックには陥りません。このように1つの群れで2段階に母馬を間引いて離乳させる「間引き法」を実施すると子馬にかかるストレスを軽減することができます。日高育成牧場でもこの「間引き法」を実践しています(写真2)。

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写真2.「間引き法」による離乳を行った翌日。真ん中の2頭の母馬を間引きました。

 母馬と離れ離れになった離乳後は、群れで行動する馬という動物の性質を考えると、なるべく他の子馬と一緒に群れで行動させることが推奨されます。十分な広さの放牧地があれば昼夜放牧を行って馬房で過ごす時間をなるべく短縮するのが理想ですが、その場合はもちろん離乳直後から昼夜放牧を開始するのではなく離乳前から昼夜放牧に慣らしておかなくてはなりません。もし昼間放牧しかできない場合は、離乳した子馬2頭を1つの馬房に収容する「馬房のシェア」という方法もあります。

 以上、離乳とは子馬にとって非常にストレスのかかることには間違いはなく、ストレスを軽減するためには「群れで行動する」という馬本来の性質を良く考えた管理が重要になります。

・離乳による子馬のストレス軽減のコツ

    子馬の飼育環境は変化させず、母馬を移動する

    1つの群れの母馬を2週間間隔で2回に分けて「間引く」

    離乳後の子馬は、昼夜放牧や馬房のシェアによってなるべく群れで過ごさせる

最後に、離乳後の注意点です。ストレスがかかる子馬の健康状態に注意するのはもちろんですが、急に授乳をしなくて良くなった母馬の「乳房炎」にも注意が必要です(写真3)。昼夜放牧の場合は自然と運動量が確保されるためそれほど発症しないようですが、昼間放牧をしている馬、特に離乳を機に昼夜放牧から昼間放牧に切り替えた馬は発症しやすくなります。症状は乳房が張り触ると嫌がる、後肢の歩様がおかしくなるなどです。発症した場合、抗生剤の投与など治療が必要になります。

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写真3.離乳後は母馬の乳房炎に注意。

今回は主に日高育成牧場で実践している「離乳」についてお話しましたが、生産者の皆さんは「当歳セールの前に離乳を終えておきたい」「1歳セールが終わらないと馬房が空かない」など様々な事情があることと思います。今回の話を基本に、それぞれの牧場に合ったやり方を見つけていただけましたら、幸いです。

7月セール購買馬入厩(日高)

本年売却したJRA育成馬達は6月中旬から開始されたメイクデビューに続々と出走しています。元気な姿をTV画面で観戦することは、馴致段階から育成を行ってきた我々、育成牧場の職員にとって、楽しみであるとともに、多くの反省が生まれる時でもあります。本年売却したJRA育成馬は、825日現在、7頭が9勝、その内メイクデビュー勝ちが4頭、オープン競走が2勝(ダームドゥラック号・エイシンキンチェム号)と頑張ってくれています。

日高地方ではお盆を過ぎると夏が終わるといわれています。夏の日高地方の風物詩ともなっている1番牧草収穫は、8月初旬にようやく終えることができました(写真1)7月上旬は天候不順の影響により収穫することはできませんでしたが、7月下旬からの晴天によって比較的良好な牧草が収穫できました。牧草の刈取りから収穫までの期間は、夜中に雨の音が聞こえると目が覚めてしまうくらい天気が気になってしまいます。

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写真1:本年は天候に恵まれ、良好な牧草が収穫できました

さて、727日に、7月に行われたセレクトセール、および北海道セレクションセールの各1歳セールで購買した11頭(セレクト1頭、セレクション10頭)が日高育成牧場に入厩しました(写真2)。また、この日には日高育成牧場で生産したJRAホームブレッド3頭も繁殖厩舎から育成厩舎へと移動し、新たな門出をスタートしました。

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写真2:入厩時には購買馬と生産者やコンサイナーの方々との絆の深さを再認識することができます。

購買馬達は生産者あるいはコンサイナーの方々の立会いのもと、個体識別および馬体検査を実施した後にJRA育成馬となります。馬と別れる際の生産者あるいはコンサイナーの方々の表情を見ると、その絆の深さを再認識することができました。改めて身の引き締まる気持ちで育成を行わなければならないと思わずにはいられませんでした。

全馬の入厩時写真を撮影してから5頭以下のグループに分けて放牧を開始しました。セリに向けた個体管理が行われていた馬達は、思う存分に放牧地内を駆け回り、特に牡は新しい群れの中で“”我こそは”と強さをアピールし、群れの中での順位が決まるまでしばし争いが繰り返されます(写真3)。そのため、最初の放牧は怪我やアクシデントに心配させられます。しかし、この時期の昼夜放牧は、騎乗馴致開始までの間に成長を待つとともに、その馬本来の体型および気性に回帰させる期間として不可欠であると考えています。したがって、少々のアクシデントには目をつぶらなければなりません。実際、昼夜放牧を開始してから3日目までに、他馬に蹴られ外傷を負った馬が3頭ほど認められましたが、大事には至りませんでした。

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写真3.牝馬と異なり、牡馬は“我こそは”と競い合います。この光景は自己顕示欲を出し、見栄を張って生きている男性とダブって見えてしまいます。

新しい群れにしてから23日も経過すれば、群れは安定するのですが、7月から8月の中旬にかけての放牧で頭を悩ますのが吸血昆虫であるアブの発生です。日高育成牧場はアブの発生源となる沢地が多く、日中のアブは半端な数ではありません。そのため、日中に放牧されている馬は、草を食すというよりは、馬群は団子となりほとんど動かず、落ち着きなく尾を振り地団太を踏んでアブを追います。このようなことからも、入厩翌日から夜間に重点を置いた放牧に移行しています。

また、騎乗馴致開始までのこの時期に、ハミ受けのために口腔内のチェックをしておきます。まず、狼歯(いわゆる痩せ歯と呼ばれるもので、第1前臼歯の痕跡であり、萌芽しない馬もいます)が伸びていれば抜歯します(写真4)。これは調教が進むとハミ受けのトラブル原因となるためです(図1)。また、臼歯の辺縁が峻立していると口腔粘膜に傷害を与え、咀嚼やハミ受けに悪影響を与えるため歯鑢(しろ:歯を削るためのヤスリ)で削って滑らかにします。

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写真4.歯の処置専用の大きめな無口を付け、専用の器具で狼歯を抜歯します。

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1.前歯と奥歯の隙間の黒い●部位がハミの位置になります。Aが狼歯(手綱が引かれた際にハミとこの歯の間に唇が挟まり傷つけてしまうことがあります)であり、Bは犬歯です。犬歯は牡馬のみにあり、通常ハミ受けとは関係ありません。

気をつけなければならない子馬の病気~ロタウイルスによる下痢症について~(生産)

8月に入り暑い日が続いています。ここ日高育成牧場では、獣医・畜産学系の学部に在学中の大学生を対象に、大学の夏休み期間中「サマースクール」を実施しています。この試みは、馬に興味があるものの普段馬と接する機会が少ない学生に、牧場の作業や講義を通して実際に馬と触れ合ってもらおうというものです。毎年6月頃JRAのホームページ上で募集しますので、興味のある学生のみなさんは是非来年応募してください。

さて、多少時期を過ぎてしまった感じがありますが、前回に引き続き注意しなくてはならない子馬の病気のうち、今回はロタウイルスによる下痢症を紹介したいと思います。

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写真1.サマースクールの一風景(集放牧などの作業を実際に体験してもらっています)

 ロタウイルスの話をする前に、まず子馬の下痢の発症原因は細菌やウイルスだけではありません。生後10日前後に認められる“発情下痢”、人工乳の過剰摂取、飼料の過剰摂取、あるいは抗生物質による腸内細菌の変化など栄養および管理方法に起因する場合もあるため、獣医師に相談するなどして原因を明確にすることが重要です。ほとんどの下痢は軽症のまま治癒しますが、ロタウイルスなどに起因する場合には重度な下痢に移行することもあります。下痢の性状は、水様性、白色、血便に至るまで様々です。下痢は腸管内の細菌やウイルスを排除しようとする生理反応の一種であるため、下痢そのものを無理やり止める治療を行うよりも、下痢に伴う脱水症状を改善することおよび細菌の2次感染を予防するための抗生物質の投与などが一般的です。特に脱水は子馬の体力を奪うため、なるべく早期に治療を開始することが重要です。また、子馬は胃潰瘍を発症しやすく、発症すると胃穿孔といって胃に穴が開いて予後不良となる可能性も成馬と比べて圧倒的に高いため、予防のための投薬も必要です。そのほか、全ての下痢に共通する治療法として、肛門周辺の皮膚炎予防のための洗浄およびワセリンなどの軟膏の塗布が挙げられます。また、正常な腸内細菌の形成を促進する効果のあるラクトフェリンなどの生菌製剤の経口投与も効果的です。

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写真2.ラクトフェリン製剤(Foal Relief、岩崎清七商店)と経口投与器

 さて、本題のロタウイルスが原因の下痢ですが、子馬間で伝播し次々と感染するため、最も警戒しなくてはならない下痢症です。ロタウイルスによる下痢症は、生後直後から4ヶ月齢まで幅広い月齢の子馬に発症しますが、特に1ヶ月から3ヶ月齢に多く、発症した日齢が早いほど重篤化しやすいと言われています。感染あるいは不顕性感染(感染はしているが症状は出ていない状態)している子馬の糞便中にウイルスが含まれ、これが感染源となり他の子馬に伝播します。特に感染後1週間程度は高濃度のウイルスを下痢便中に排出していると言われており、注意が必要です。症状は急性の激しい下痢が特徴で、下痢は水様性で白色からやや褐色を帯びたものまで様々であり、細菌による2次感染を併発した場合には悪臭を伴います(写真3)。下痢以外には元気消沈および食欲の低下が認められ、重症例では発熱することもあります。

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写真3.ロタウイルスによる下痢

 JRA競走馬総合研究所・栃木支所の研究により、ロタウイルス感染症の診断はヒト用の簡易キット(ディップスティック・ロタ、栄研化学)で簡単に行えるようになりました(写真4)。糞便を少量採取し、このキットを用いれば数分で下痢の原因がロタウイルスによるものかそうでないか判定できます。生産牧場の皆様は獣医師を通して家畜保健衛生所(家保)で検査することになりますが、現在家保で使われているのもこのキットです。治療は、脱水が著しい場合には輸液処置が不可欠で、発熱している場合や生後2ヶ月齢未満の若齢馬では細菌による2次感染を予防する目的で抗生物質を投与しなくてはなりません。また、胃潰瘍を予防するための投薬も必要です。予防には、初乳中にロタウイルスに対する抗体が含まれるように、母馬にワクチン接種を行う方法があります。分娩予定日の2ヶ月前および1ヶ月前に計2回のワクチンを接種することにより、発症後の症状を大幅に緩和させることが可能になります。また、ロタウイルスによる下痢症を発症した子馬を取り扱う場合には、消毒可能なゴム製の長靴や使い捨ての手袋を使用し、触れた後は長靴を消毒し手袋を交換するなどの配慮が蔓延防止のため必要となります。なお、消毒にはビルコンなどの塩素系の消毒薬が有効です。厩舎の壁などに付着したウイルスは数ヶ月間生存すると言われているため、発生した場合は十分に洗浄し消毒する必要があります。

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写真4.ロタウイルス検出キット(陽性の場合、写真のように2本ラインが出ます)

 ロタウイルスによる下痢症は、適切な処置を行えば回復し、また他の子馬への伝播を防げる病気です。今後も子馬や繁殖牝馬の管理に役立つ情報を発信していけるよう努力して参りたいと思いますので、どうかよろしくお願い致します。

気をつけなければならない子馬の病気~ロドコッカス感染症について~(生産)

6月に入り分娩シーズンも終わり「これで毎日ゆっくり眠れるぞ」と思ったら、今度は乾草作りが始まり・・・生産地に休みはありません(写真1)。特に今の時期注意しなくてはならないのが、今回紹介するロドコッカス感染症など子馬の病気です。

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  写真1.日高育成牧場での放牧風景

 細菌やウイルスなどの病原体に対して無防備な状態で生まれた新生子馬は、初乳に含まれる「免疫グロブリン」を吸収することによって、感染を防御することが可能となります。この初乳から摂取した免疫グロブリンは、実は生後約1ヶ月でほぼ半減し、3ヶ月程度で消失してしまいます。一方、子馬自身の免疫グロブリンが十分に機能し始めるのは生後3ヶ月以降であるため、子馬の体内の免疫グロブリンの総量は6~9週齢で最も低くなります(図1)。そのため、この時期には感染症が発症しやすく、発咳や鼻漏、関節炎などに対する注意が必要となります。

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  図1.子馬の免疫グロブリン量

 この時期の子馬がかかる病気の中でも、特に注意しなければならないのが「ロドコッカス感染症」です。この病気はRhodococcus equi.という細菌に感染することが原因で、主に肺炎を引き起こします。2~4ヶ月齢での発症が多いとされています。この病気にかかると、まず肺に小さな膿瘍が形成されるのですが、感染初期には顕著な症状が出ないことが多く、発熱(38.540.0℃)、膿性の鼻漏、発咳、努力性呼吸といった症状を認めた時には病状が進行してしまっている場合が多いです(写真2)。急性症例では、朝に異常を認め午後には死に至るなんていうくらい進行が早い場合があります。また、早期に発見でき治療を行ったとしても1ヶ月程度の抗生物質の投与が必要となることも珍しくありません。さらに、同一牧場において集団発生することも多いため、生産地において最も警戒しなくてはならない病気の一つです。肺炎以外にも腸炎や関節炎、眼のブドウ膜炎などを発症させることもありますが、肺炎発症時が最も重篤化しやすいと言われています。

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  写真2.ロドコッカス感染症の子馬に見られた鼻漏

 この病原菌(Rhodococcus equi.)は土壌中に生息しており、子馬は汚染された土壌の粉塵を経口あるいは経気道で取り込むことで感染します。細胞性免疫が未発達な生後1~3週齢で感染しやすく、その後移行抗体が減少する2~4ヶ月齢で発症します。そのため、出生直後から3週齢までの子馬を放牧する小さなパドックが汚染されると、そのパドックを使用する子馬が次から次へと感染してしまうという悪循環に陥ってしまいます。一度汚染された土壌を消毒するのは非常に困難であり、確実な予防法はありません。そのため「早期発見」を心がけ、獣医師による気管洗浄液検査、肺の超音波検査およびエックス線検査によって診断し、早期に治療を行うことが最も現実的な対応となっています(写真3)。

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  写真3.肺の超音波検査風景

 

 一方、この病原菌(Rhodococcus equi.)は感染した子馬が気管の分泌液とともに菌を飲み込むことで消化管を通じて糞便に含まれて排出されます。また、感染はしても発症はしない成馬も糞便中に菌を排出します。それらが土壌中に侵入し汚染するため、放牧地の糞便をこまめに拾うことが土壌の汚染を最小限にとどめるためには最も適した方法です。放牧地の糞便を拾うことはまた寄生虫の汚染予防にもなるので、積極的に取り組むべきでしょう。

 現在JRAでは、この「ロドコッカス感染症」に関して、治療が必要な段階の見極めや有効な土壌の消毒方法などについて研究を重ねているところです。生産地から完全に撲滅することは難しい病気ですが、少しでも皆さんのお役に立てる研究成果が得られましたら、発表していきたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。

日高育成牧場での分娩前後の対応(生産)

5月に入り、北海道にも遅い春がやって来ました。浦河町にあるここ日高育成牧場でもゴールデンウィーク翌週になってようやく桜が咲きました(写真1)。日高育成牧場では、4月29日までに全部で8頭の子馬が無事誕生しています。

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写真1.今年日高育成牧場で生まれた親子(ラストローレンの11、牡、父アルデバラン)。頭絡に付いているのは放牧地での運動量を測定するGPS装置です。

 さて、繁殖シーズンも終盤を迎えておりますが、今回は日高育成牧場における分娩前後の対応について紹介いたします。

 日高育成牧場では、分娩1ヵ月前から繁殖牝馬をウォーキングマシンにいれ、運動させています。この目的は、繁殖牝馬の肥満を防止するとともに子宮動脈の血流を増加させ分娩時の胎児の低酸素脳症のリスクを低下させ、分娩時に必要な体力を維持することです。時速5kmの速度で2030分間常歩させています。

 分娩前の兆候には乳房の腫脹、乳頭先端の乳ヤニの付着、臀部の平坦化(産道落ち)、外陰部の弛緩、体温の低下などが挙げられます。しかし、個体差が大きく、これらの兆候を用いた分娩までの日数推定には経験が必要です。

 昨年、「第52回競走馬に関する調査研究発表会」において我々は乳汁のpH値およびBrix値を測定し、分娩日を推定する方法を発表しました。この方法を簡単に紹介いたしますと、市販のpH試験紙および糖度計(写真2)を用いて繁殖牝馬の乳汁のpH値およびBrix値を測定することで、下記のように分娩確率を推定することができることが明らかになりました。

 

  ・pH6.4以上であれば24時間以内の分娩確率は1%未満である

  ・Brix値が20%未満であれば24時間以内の分娩確率は4%未満である

すなわち、上記の値になった場合、その日の分娩監視は不要であると言えます。この方法を用いると、とにかく忙しい繁殖シーズンに、分娩監視の労力を軽減することができます。詳細は「管理指針」に記載しておりますので、皆様も試してみてはいかがでしょうか?

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写真2.pH試験紙(左2つ)と糖度計(左がデジタル式、右がアナログ式)

 

日高育成牧場では、分娩時異常が認められなければ可能な限り人為的な介助は実施しない「自然分娩」を推奨しています。自然分娩では、寝起きしながらも、母馬のホルモン分泌が上昇し、ある程度の時間を経て産道を最大に開口させると考えられるため、メリットとして下記の4点が考えられます。

     子宮機能の早期回復

人為的に胎児を牽引すると、胎盤を子宮から剥ぎ取ることになり、子宮壁に損傷をもたらす危険性があります。

     子馬の損傷リスクの軽減

人為的な介助によって強く前肢を牽引した場合、子馬の肘関節、肩関節、肋骨を損傷する可能性があります。

     新生子馬の早期起立

狭い骨盤を通過するストレスが子馬への刺激となり、生後短期間で起立することが可能となると考えられています。

     新生子馬の循環血液量の維持

分娩介助を行うと娩出後に子馬の周囲に人の気配を感じることから、しばしば母馬は分娩直後に起立を試みます。この起立に伴って臍帯が切れるため、胎盤血液の子馬への完全移行が困難となります。

 この自然分娩には上記のように母子ともに様々なメリットがありますが、早期胎盤剥離(レッドバック)を起こしている場合などの緊急時や分娩が通常より長引き母馬の消耗が著しい場合など、介助が必要な場合や介助した方が良い場合ももちろんあります。「自然分娩」という言葉だけを聞くと何でもかんでも自然に任せて良いという印象を持たれるかもしれませんが、「どのような場合が異常であり介助が必要であるかをしっかりと認識した上で」行うことが重要となります。

 また、分娩時のチェックポイントとして、「分娩時のワン・ツー・スリー」という言葉があります。

①1時間までに、新生子は起立する。

②2時間までに、新生子は哺乳する。

③3時間までに、後産が排出される。

 

上記の3点に当てはまらない場合は、何らかの異常が疑われます。特に初乳の哺乳は新生子にとって母馬から免疫物質を獲得するために重要です。

 胎盤の構造が異なるため、馬はヒトと異なり、初乳を摂取しないと母馬の抗体(免疫グロブリン)を得ることができないことは広く知られていますが、では初乳さえ飲めば問題ないかと言えば、実はそうではありません。母馬の出す初乳の質が常に良いとは限らないからです。分娩前に漏乳していたりすると、初乳中の免疫グロブリンの量が十分でないことがあります。初乳に含まれる免疫グロブリンの量を推測するのに、分娩日の予測にも使用した糖度計を用いたBrix値を指標とすることができます。初乳のBrix値が20%以上であれば免疫グロブリンの豊富な良質の初乳と推測することができます。

 このBrix値は、子馬が十分初乳を摂取したかどうかを推測することにも利用できます。「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10以上であれば十分量の抗体が移行したと推測できます。もし、その値が10未満であれば子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断され、冷凍初乳の投与や、血漿輸血が必要となります。

 JRA日高育成牧場で生産した馬が、今年初めてブリーズアップセールに上場されました。JRAでは、生産から後期育成までの一貫した育成研究を実施することにより、その過程で得られた成果を今まで以上に皆様関係者に披露していきたいと考えております。今後ともご理解とご協力をよろしくお願い致します。

JRA育成牧場管理指針」―生産編―(写真3)を読んでいただき、ご意見をお聞かせ願いたいと思います。生産編の入手やお問い合わせは下記までお願いいたします。

  ●お問い合わせ → jra-ikusei@jra.go.jp

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写真3.JRA育成牧場管理指針(右が最新刊の「生産編」です。左の「第3版」も引き続きご愛読よろしくお願い致します。※内容は重複しておりません)。

 

JRA育成馬を北海道トレーニングセール(札幌)に上場いたします。

*上場馬の個体情報について

JRA育成馬5頭を52425日に開催されます北海道トレーニングセール(於:JRA札幌競馬場)に上場致します。現在の個体情報(測尺など)を下に添付致しますので、購買希望の皆様におかれましては是非ご確認頂ければ幸いです。

  *リンクはこちらです→kotai_jyoho.pdfをダウンロード

*参考(BUセール時点の個体情報)

→ http://www.jra.go.jp/training/bus_11sale/2011kotai.pdf 

*北海道トレーニングセール上場に向けて

425日に中山競馬場で行われたJRAブリーズアップセールにおきましては、多くの皆様の参加および多頭数の御購買をいただき、誠にありがとうございました。御購買いただきました馬たちの競走馬としてのご活躍を心から期待しています。育成馬日誌の紙面をお借りし、あらためて御礼申し上げます。

さて、上記の通りJRA育成馬5頭をJRA札幌競馬場で開催されるHBAトレーニングセールに上場する予定です(JRA育成馬は525日の最後に上場予定です)。今回上場する馬たちは、ブリーズアップセール直前に骨瘤、発熱、筋肉痛、跛行、外傷等などの理由によって順調に調教を行うことができなかった4頭とBUセールで主取となった1頭です。4頭の疾病は、競走馬では普通に見られるもので、発症する時期が偶然セールと重なり、運が悪かったものと考えています。これらの馬たちにとって、HBAトレーニングセールは競走馬になるためのラストチャンスですので、何とか競走馬にしてあげたいという焦る気持ちもあります。しかし、今回のアクシデントは馬が「体を成長・充実するために必要な休養であった」と前向きに捉え、自然体でセールに臨みたいと考えています。今回私たちが上場する馬たちにとって、セールは「単に売って終わりではなく」、「競走馬になるための過程」であることが大切と考えています。セール当日は、しっかりとした走行ができるよう、馬たちと相談をしながら、セールまで残り少ない日々の調教を進めているところです。

北海道は、桜もほぼ満開で、一年で最も美しい時期です。皆様のご来場を心からお待ち申し上げています。

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3頭での併走調教の様子(516日)。内:No. 230ヘバラーの09(牝 父マイネルラヴ)、中:No.233タイキビューティの09(牝 父サクラバクシンオー)、外:No.229フレンドリータッチの09(牡 父デビッドジュニア)。この日の走行タイムは3F44.41F14.2でした。

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単走で調教を行うNo.232シルクブラウニーの09(牝 父アドマイヤムーン)。

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調教後の常歩運動を行うNo.231エアココの09(牝:父ケイムホーム)(写真右)。 

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馴致後、馬の精神や生理状態をナチュラルに保つため、下馬してグラスピッキングを行います。馬は草を食べることで非常にリラックスします。向かって左からヘバラーの09、タイキビューティの09、シルクブラウニーの09です。

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ピッキング後は引き馬で厩舎に向かいます。

4月11日(月)に開催される育成馬展示会に向けて(日高)

BTC調教施設での春の訪れの代名詞ともなっている屋外1600mトラック馬場の開場が328日に行われ、4月を迎えた浦河では暖かい日が続き、路肩の雪も溶けてなくなりました。また、先日800m屋内トラックでの調教中に、先頭を走行し“ラビット”としてスローペースを演出していた“エゾユキウサギ”の被毛も、真っ白な冬毛から茶褐色の夏毛へと換毛が始まっていたりと、日に日に春を感じることができる今日この頃です。

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育成馬きゅう舎の近くに居を構える“エゾユキウサギ”の換毛が春の訪れを感じさせます。

さて、育成馬の近況ですが、411日(月)に行われる日高育成牧場での展示会に向けて、現在は前述の1600mトラック馬場での調教をメインに実施しています。馬達にとっては、調教場所がこれまでの800m屋内トラックや屋内坂路馬場から変わるために、1,600m馬場での初日の調教時には、物見をして走りに集中できない馬が多数見受けられました。しかし、数日で落ち着き、現在では坂路で見せていたような“on the bridled”での安定した走りを取り戻しています。

展示会までの期間が短いために、供覧における運動パターンとスピード調教のパターンを同一にすることによって、無理なく馬に走る気持ちを持たせるように教えています。スピード調教以外の日は、リラクゼーションを目的として800m屋内トラックでの“オフ”状態で調教を行い、日々のメリハリを重視して調教メニューを組立てています。このように“オン”と“オフ”を明確にパターン化させることによって、展示会やブリーズアップセールでの供覧時に“時計よりも馬の走法や出来映え”をアピールするというブリーズアップセールのスローガンに則した走行、すなわちセールの先を見据えた“競走馬”として成熟できるよう導いています。

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展示会に向けて1600mトラック馬場において併走でのスピード調教を実施しています。左が名簿番号48シルクブラウニーの09(父アドマイヤムーン)、右が名簿番号21ハッピースキャットの09(父マンハッタンカフェ)。

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“オン”と“オフ”を明確にパターン化させるために、スピード調教以外の日は、リラクゼーションを目的として800m屋内トラックにおいて“オフ”状態で調教を行っています。左先頭から名簿番号31エビスコスモスの09(父バゴ)、82フレンドリータッチの09(父デビッドジュニア)、12ローズロックの09(父クロフネ)、右先頭から名簿番号83エポックサクラの09(父デビッドジュニア)、81ワンモアベイビーの09(父デビッドジュニア)、38マンデームスメの09(父クロフネ)。

 

育成馬達はブリーズアップセールがゴール地点ではなく、競走馬として出走することが最終目標であるために、セールが近づいてきたからといって調教のポリシーがぶれることはありません。しかしながら、私たちが育成馬達にできることは、ブリーズアップセールまでであるために、3月からセールまではスタッフ一丸となって写真撮影やセール用の調教DVDの撮影、さらにはレポジトリーのための各種検査を実施しています。特に、情報開示室で開示するレポジトリーの確認のために、3月下旬には美浦トレーニングセンターの獣医職員が来場し、必要な馬については再検査が実施されました。このように、育成馬達と同様に私たちもセールに向けてのラストスパートに入っています。

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3月上旬には雪景色の美しい日高山脈を背景にBUセール名簿に掲載する上場馬の写真撮影を行いました。2分で終わる馬もいれば、15分もかかる馬もいます。写真は名簿番号24イキナオンナの09(父ディクタット)。