競馬学校騎手課程生徒の研修(日高)

最低気温が-20を下回る日もあった厳しい寒さの1月とは対照的に、2月は降雨を認めるなど少し寒さが緩み、冬の寒さも峠を超えたように感じられました。3月を迎えましたが、一面雪で覆われている浦河では、まだまだ春の訪れを感じることはできません。

しかし、育成馬達の調教後の息の入りの変化を見ていると、4月のブリーズアップセールへのカウントダウンを実感でき、私たちに春の訪れを感じさせてくれます。

 Photo

捕獲したキジをくわえ威嚇するキタキツネ。この姿を見ていると、厳しい冬を乗り越えることに生きる意味があるのではと感じてしまいます。北海道の春の訪れはもう少し先のようです。

育成馬の近況 ~調教メニューのパターン化~

育成馬達は順調に調教メニューをこなしており、ベースとなる800m屋内トラックでは、基礎体力を養成する目的で“オフ”の状態での調教に主眼を置き、メンタル面を落ち着かせ、競馬に不可欠な隊列を整えた調教を心掛けています。

また、2回は屋内1,000m坂路コースにおいて、34頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンターを2本実施しています。スピードは1本目が60秒/3F2本目が54秒/3Fを目安としon the bridledでの走行を意識しています。

そして、坂路調教の翌日には再び800m屋内トラックで“リラックスを目的とした調教を実施しています。このように、1週間の調教の流れをパターン化することによって、馬への“オン”と“オフ”の区別の理解を促し、メンタル面のケアも心掛けています。日頃の調教からスピードよりも“on the bridled”の手応えを重要視し、ブリーズアップセールの“時計よりも馬の走法や出来映え”をアピールするというスローガンに則した仕上げを目標としています。

2回は坂路コースで4頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンターを実施し、調教メニューをパターン化しています。先頭からダンシングサクセスの10(牡 父:アグネスタキオン)、ユメノセテアラムの10(牡 父:ケイムホーム)、セーフアズロックの10(牡 父:アルデバラン)、メガクライトの10(牡 父:アルデバラン

ブリーズアップセールの騎乗供覧に備えて

さて、日高育成牧場には毎年、大学生を対象とした「サマースクール」をはじめとして多くの研修生が来場しますが、2月の中旬にはその中でも最も若い研修生がやってきました。その研修生とは、競馬学校の騎手課程29期生6です。

皆様ご存じのように、ブリーズアップセールの騎乗供覧では、JRA育成牧場の職員はもちろん、現役騎手の他に、騎手になるための教育の一環として競馬学校の騎手課程の生徒達も騎乗しています。その中でも最も騎乗鞍が多いのが騎手課程生徒となっています。

今回の研修では、ブリーズアップセールの騎乗供覧に備えたJRA育成馬の騎乗研修がメインとなり、1日に3頭の育成馬に騎乗しました。研修初日には、2歳のこの時期の若馬に初めて騎乗するという緊張感も手伝って、騎乗姿勢に硬さが見受けられましたが、鞍数が増えていくに従って未来の名ジョッキーを予感させる巧みな騎乗へと変わっていきました。

 Photo_2

ブリーズアップセールの騎乗供覧に備えて育成馬に騎乗する騎手課程生徒(左2番手、右先頭および2番手)。先頭左からサマーヴォヤージュの10(牡 父:ネオユニヴァース)、フェリストウショウの10(牡 父:フォーティーナイナーズサン)、ペイミーキャッシュの10(牡 父:ケイムホーム)、先頭右からフジティアスの10(牡 ホームブレッド父:ケイムホーム)、ワンモアベイビーの10(牡 ホームブレッド 父:ケイムホーム

ホースマンとして

研修中は早朝から朝飼付け、騎乗前の馬房掃除、育成馬の騎乗、騎乗後の手入れ、そして治療および検査の手伝いにとどまらず、近隣牧場の見学、セリに上場するためのコンサイナー業務に関する講義、さらには浦河ポニー乗馬スポーツ少年団との交流など普段は接することのない方々との交流を持つことができました。

特に普段接することの少ない生産者の方々の繁殖牝馬や1歳馬に対する思いを聞く機会を得て、1頭の競走馬が競馬場で出走するまでには、多くの人々が関わっていることを改めて理解することができたのではないでしょうか。

また、好奇心旺盛な1歳馬と触れ合う機会を得て、馬という動物の自然な姿や行動を少しは理解することができたのではないでしょうか。これらの経験が立派なホースマンとしての礎となるものと思われます。

 Photo_3

生産者の方の話に聞き入る騎手課程生徒。1頭の競走馬が競馬場で出走するまでには、多くの人々が関わっていることを理解できたのではないでしょうか。

人材づくりの重要性

今回の研修は移動日も含めて6日間と非常に短い期間でしたが、私が感じた彼らの特筆すべき点は、我々のアドバイスをいとも簡単に自分のものとして吸収することができる「柔軟性」、つまり「若さ」です。別の言い方をすると、まだ自分の軸となる考え方が構築されていないともいえるのでしょう。

将来、優れた騎手あるいはホースマンになれるかどうかは、個人の資質はもちろん重要ですが、それに勝るとも劣らないくらい彼らを取り囲む環境が彼らの将来を左右するのではないかということを感じずにはいられませんでした。

一方、彼らにはその環境が与えられるのを待つのではなく、自ら進んでその環境を手に入れられるように多くの人と接し、談笑するだけでなく真の言葉を引き出せるように努力するとともに、時間があれば著名人が執筆した本を読み、何かのヒントを得られるよう心がけてほしいと感じました。

強い馬づくりのためには、人材をつくることが常に先であることを改めて実感することができた今回の研修でした。

424日(火)に開催されるブリーズアップセールでは、JRA育成馬のみならず、騎手課程生徒の騎乗ぶりにも注目していただきたいと思いますので、是非、中山競馬場までお越し下さい。

Photo_4

424日(火)のブリーズアップセールでは競馬学校騎手課程生徒の騎乗ぶりにも注目して下さい。写真は2011JRAブリーズアップセールで騎手課程生徒を背に軽快な走行を披露したJRAホームブレッドのマロンクン号(父:デビッドジュニア

当歳から1歳にかけての厳冬期の管理について(生産)

2月に入り、生産地はまさに分娩シーズンに突入したところです。ここ日高育成牧場でも、今月下旬に2頭のホームブレッドの出生を予定しております(今年全体で8頭生まれる予定です)。JRAで行っている分娩前後の対応につきましては、昨年の本ブログにて紹介しておりますので、ぜひ参考にしていただけましたら幸いです。

   

  

 「日高育成牧場での分娩前後の対応」

 https://blog.jra.jp/ikusei/2011/05/post-d30d.html

    

  Photo_15

  【写真1】 放牧中の1歳馬(雪が深い時は重機で道を作っています)

  

 さて、ここ日高育成牧場では明け1歳馬を昨年11月から【昼夜放牧群】【昼放牧+WM群】の2群にわけ管理をしてきました(写真1)。この研究は昨シーズンから始めたものですが、昨シーズンと比較すると気温は今シーズンの方が低かったものの、体重増加は今シーズンの方が良いという結果となりました(グラフ)。種牡馬の違いからくる成長カーブの違いの影響があるかもしれませんし、単純には比較できませんが、この結果から「厳冬期に成長が停滞するのは、単純に気温の低さのみが影響しているわけではないこと」とは言えそうです。現在測定中の血中ホルモン濃度の値などの他のデータが出揃いましたら、順次発表していきたいと思います。

注)グラフにて11月下旬に【昼放牧+WM群】の体重が大きく減少しているのは、それまで昼夜放牧していたのを昼放牧に切り替えたので青草の採食量が減少したためです。すなわち「腸管の内容物」の量の変化で、馬自体の変化ではありません。

  

  Photo_17  

  

  【グラフ】 厳冬期の体重および気温

   

 今シーズンは2年目ということで、昨シーズンから改良した点をご紹介したいと思います。まず、昨シーズンは分娩間近の繁殖牝馬を分娩馬房へ移動する関係上、調査の途中で放牧地および厩舎を変更いたしましたが、今シーズンはストレスの軽減を考慮し調査期間中は放牧地および厩舎の変更は行いませんでした。また、昨シーズンは移動前の放牧地には屋根付きの立派な「風除け」が設置されておりましたが、移動後の放牧地には設置されていませんでした。そこで、今シーズンはベニヤ板で簡易の「風除け」を設置し、その付近には食料兼敷料として「ラップ乾草(低水分ラップサイレージ)」を敷き詰め、子馬が悪天候時に休息できるスペースとしました(写真2)。GPSを用いた行動観察の結果、日によりますが夜中の5~6時間をこのスペースで過ごしていることがわかり、ひょっとしたら今シーズンの順調な体重増加につながったのかもしれません。ちなみに雪で覆われてしまうと馬が寝られなくなるため乾草を追加し、また小まめにボロを拾うなど、子馬にとって常に「快適な寝床」となるよう注意を払いました。

  

  Photo_18     

  【写真2】 昼夜放牧群の放牧地に設置した風除け

  Photo_19   

  

  【写真3】 このように雪で覆われてしまうと馬が寝られなくなるため乾草を追加します

    

 

そのほか、これは昨シーズンから行っていることですが、放牧地の四隅にルーサン乾草を撒いて馬の自発的な運動を促したり、雪が積もって馬が歩き回れない状態になった際は重機で道を作って歩きやすいようにしたり、放牧地内の凍結した箇所には融雪材(塩化カルシウム)入りの砂を撒いて滑らないようにしたり、工夫しています。飼料に関して言えば、「繊維分を腸管内で発酵する際に生じる熱が体温維持に重要である」という理論から、濃厚飼料よりも粗飼料を多く採食させることを強く意識し、通常の乾草よりも嗜好性の良い「ラップ乾草(低水分ラップサイレージ)」を与え、さらに繊維分の豊富なビートパルプを給餌しています。また、単純に体重増加させたいのであれば燕麦などの濃厚飼料を多給すれば良さそうですが、馬体が成長していないのに体重だけが増加している状態というのはすなわち単なる「肥満」ですから、そうならないように毎日ボディコンディションスコアをチェックし、さらに定期的に臀部の脂肪の厚さを測定し(体脂肪率が推定できる)、モニタリングしています。

 この当歳から1歳にかけての厳冬期の管理についての調査の結果につきましては、現在測定中のデータが出揃い次第、本ブログやその他の講習会などでご披露していきたいと思っております。今後もJRA日高育成牧場の調査・研究にご注目していただけましたら幸いです。

  

育成馬検査(日高)

日高育成牧場のある浦河は、昨年末の大雪によって一面銀世界へと様変わりし、新年を迎えてからは冷え込みが厳しく、特に小寒から大寒までの2週間は真冬日が続き、最低気温がマイナス20℃近くに下がり、育成馬たちの“あごひげ”が凍る日もありました。

本年も小寒の頃の恒例行事となっているBTC育成調教技術者養成研修生の騎乗実習が始まりました。本年の研修生は21名で、49日(月)に予定されている育成馬展示会までの約3ヶ月間、10名と11名の2班に分かれ、1週間交代でJRA育成馬を活用した騎乗実習を行います。この騎乗実習は、これまで乗馬にしか騎乗したことがなかった彼ら、彼女らにとって、卒業後のそれぞれの進路に向けた最終の実践研修という位置づけになっています。現状ではまだまだ未熟な研修生たちですが、実際に競走馬になるJRA育成馬を用いて、その調教過程を自分の肌で体験することは、優秀なホースマンになる上で大きな財産になることと思います。今後は育成馬の成長と同様に、若い研修生たちの著しい成長も非常に楽しみのひとつになっていきます。

   

 

  

 毎年恒例となっている3ヶ月間のBTC研修生(右124番手および左3番手。いずれも青ヘルメット装着)の騎乗実習が始まりました。先頭左からダンシングサクセスの10(牡 父:アグネスタキオン)、グレイスフルハートの10(牡 父:ティンバーカントリー)、メガクライトの10(牡 父:アルデバラン)、先頭右からフィエスタの10(牡 父:バゴ)、イシノクイルの10(牡 父:アルカセット)、スティルシャインの10(牡 父:タイキシャトル)、キセキスティールの10(牡 ホームブレッド 父:ケイムホーム)。

 

この厳しい寒さの中、育成馬の調教も順調に進んでおります。800m屋内トラックでは1列縦隊で1周もしくは2周駆歩(ハロン24秒まで)を行った後に、2頭併走で2周駆歩(ハロン22秒まで)の計2,4003,200mの調教をベースに、週12回は800m屋内トラックでは1列縦隊で2周駆歩(ハロン22秒まで)を行った後に、坂路での調教(ハロン19秒まで)を実施しています。前回、2群の牝馬は坂路を1本駆け上がるのが精一杯というような状態であることをお伝えしましたが、この1ヶ月間で体力も向上し、坂路調教後もすぐに息が入るようになってきています。一方、牝馬は精神面でのストレスのケアが必要であり、坂路調教を行うにあたっては、坂路調教当日にも増して翌日の馬のメンタル面の状態に注意を払っています。今後は馬の肉体的および精神的コンディションを見ながら、徐々に調教強度を上げていきたいと考えています

  

  

1  

 

 2群の牝馬も坂路調教後にすぐに息が入るほどに体力が向上してきました。先頭はシルクアムールの10(牝 父:アルデバラン)

    

さて、今回は1月下旬に行われた育成馬検査について触れてみたいと思います。育成馬検査とはJRA生産育成対策室の職員が日高育成牧場で繋養している育成馬を第三者の視点から、市場での購買時からの馬体の成長具合、現在の調教進度、馬の取り扱いなどをチェックし、ブリーズアップセール上場に向けての中間確認を行う検査のことです。今回の育成馬検査では、本部からの出張者に加え、宮崎育成牧場の担当者も来場し、鋭い眼差しで馬のチェックが行われました。この検査に備えて、年明けからは日頃にも増して馬の手入れに時間をかけ、タテガミや尾のトリミングにも取り組んできました。

 

   

2

  

育成馬検査に向けて全馬のタテガミのトリミングが行われました。馬はチアズスワローの10(牝 父:スウェプトオーヴァーボード)

 

  

  

検査当日はこの時期にしては両日とも天候に恵まれ、ブリーズアップセール当日さながらの緊張感のなか、育成馬の展示が行われました。検査と同時に、手入れ、トリミング、しつけ、さらには騎乗時の馬装も含め、最も手入れが行き届き美しく仕上げられた馬および担当者に贈られる“ベストターンドアウト賞”の審査も行われ、牡牝それぞれの最優秀馬と優秀馬が選ばれました。

3

 

  

“ベストターンドアウト賞”の審査で牡の最優秀馬に選ばれたセーフアズロックの10(写真左 牡 父:アルデバラン)優秀馬に選ばれたキセキスティールの10(写真右 牡 ホームブレッド 父:ケイムホーム)

   

  

4

 

 

“ベストターンドアウト賞”の審査で牝の最優秀馬に選ばれたアリゲーターアリーの10(写真左 牝 父:シンボリクリスエス)優秀馬に選ばれたレディインディの10(写真右 牝 父:ダイワメジャー)

   

今回の検査を通して、個々の馬の発育および調教進度状況を再認識することができました。また、424日(火)に開催されるブリーズアップセールおよび49日(月)に開催される育成馬展示会のためのみならず、馬主、調教師、牧場関係者などのお客様の来場に備えて、馬を展示し、見て頂くという姿勢を再確認する機会にもなりました。

馬を展示すること自体が馴致の一環であり、人馬ともにその状況に慣らし、落ち着いた状態の馬をお見せできるよう取り組んでおりますので、浦河にお越しの際はお気軽にご来場いただき、JRA育成馬を見ていただきたいと思っております。

 

新生子馬の評価方法 ~APGARスコアリングシステムの紹介~(生産)

   寒い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?ここ日高育成牧場では明け1歳馬を昨年11月から【昼夜放牧群】【昼放牧+WM群】の2群にわけ管理をしています。今シーズンは気温の低い日が多いものの、吹雪になる日は少なく、幸いなことに現在のところ両群とも健康上の大きな問題は起こっておりません。

 

Photo_10

  

      【写真1】 昼夜放牧をしている1歳馬

   

 さて、牧場によってはそろそろ分娩の時期が始まっておられるのではないでしょうか(写真2)?今回は、近年導入され始めた新生子馬の健康状態を評価するためのAPGAR(アプガー)スコアリングシステム」について紹介したいと思います。

  

   

  Photo_13

      【写真2】 分娩直後の新生子馬

 

 APGARシステムとは、ヒト医療で広く使われている新生児の健康状態の評価基準で、欧米では近年馬に応用され始めたところです。APGARとは、外見(Appearance脈拍数(Pulse表情(Grimace活動(Activity呼吸数(Respirationの頭文字をとったもので、これらの指標を用いて評価するシステムです。出生後最初の3分間で誰でも簡単に子馬を即時に評価できる方法です(表1)。さらに、負荷をかけたときの筋肉の活動などを評価項目として加えた、獣医師用の評価方法もあります(表2)。

   

   Photo_14

   【表1】 出生後3分以内の子馬の評価のためのAPGRAスコア(生産牧場向け)

   

   

    Apgar_3

   

   【表2】 出生10分以降(~2時間まで)の子馬の評価のためのAPGAR(獣医師向け)

   

   

 

APGARが推奨されている理由は、「新生子馬の健康上の問題を早期に認識することができれば、それだけ早く子馬に集中的な治療を施すことができ、救うことができる子馬が増えるのではないか」という考え方からです。過去の経験から、ハイリスクな子馬でも多くは生後12~18時間までは比較的正常に見えるものですが、いったん問題が発生してしまうと健康状態の悪化は急速に進むと言われています。また、逆に健康で治療の必要のない子馬に関しては、なるべく人手をかけず親子の触れ合いを大事にすることで「育児拒否」の発生が減少することが知られています。APGARを使うと、「早くかつ正確に」子馬の健康状態を評価することができるので、ハイリスクな子馬の早期発見・早期治療と、健康な子馬への過剰な治療の両方を同時に防ぐことができるようになるというわけです。

 例えば今回紹介した【生産牧場向け】のAPGARで「7~8点」であれば必要以上に人が干渉せず見守る(もちろんその後の初乳を飲んだかなどの確認は重要ですが)、「6点以下」であれば獣医師に診察を依頼するなど、牧場ごとにアレンジして使ってみてはいかがでしょうか?

 

●参考文献:Equine Stud Farm Medicine and Surgery

   

  

厳冬期の管理と講習会(生産)

 今年も残すところあとわずかですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年は例年と比較し暖かく、「今年は雪が降るのが遅い」と感じておりましたが(写真1)、心配しなくても冬はちゃんと来るものですね。たった一日で草原が雪景色に変わってしまいました(写真2)

  

Photo_5

  

  

【写真1】12月第2週の放牧地の様子。まだ雪がなく、当歳馬たちは青草を食べています。

  

  

Photo_6

  

【写真2】12月第3週の放牧地の様子(写真1と同じ放牧地です)。こうなると青草を食べられませんので、放牧地にルーサン乾草を撒くなど工夫しています。

  

  

秋まで放牧地の青草を主食とし、昼夜放牧時には1日に1420時間は採食していた当歳馬たちにとって、放牧地が雪で覆われる北海道の冬は、飼養管理方法の変更を余儀なくされ、一般的には昼夜放牧から昼放牧へと切り替える牧場がほとんどだと思います。青草の採食の問題のほか、氷点下を下回る気温の低下やそれに伴う放牧地面の凍結によって、放牧地での自発的な運動量も減少します。成長期である当歳馬たちにとって、この環境の変化は大きな意味を持ち、冬期には成長が停滞することが知られており、この時期の管理方法は中期育成期における大きな課題となっています。

    

一昨年のJRAホームブレッド第1世代(父デビットジュニア)は、“自然な状態での管理”というテーマで、厳冬期も全頭昼夜放牧を実施しました。その結果、冬毛が非常に伸び、完全に換毛したのは1歳の6月ごろであったために、外貌上の面だけを考えると、特に7月のセリへの上場を目標とする場合には、厳冬期に昼夜放牧を実施すると不利な面があると思われました。とはいえ、9月に入り騎乗馴致を行う頃には、セリで購買した他の馬との違いもなくなり、厳冬期の昼夜放牧のデメリットは特に感じられない状況でした。さらに、競走期に関して言えば、先日このブログでもご紹介した通り、マロンクンJRAホームブレッドとして中央競馬初勝利をあげています。

    

昨年の第2世代(父ケイムホーム)は、11月末から「昼夜放牧群(22時間放牧群)」と「昼放牧群(7時間放牧+ウォーキングマシンによる運動群)」とに分け、臀部脂肪厚、屈腱断面積、成長に関わるホルモンなどの変化について比較検討を行いました。その結果、当たり前ですが冬毛の多寡など様々な違いが認められました。特に興味深かったのは、甲状腺ホルモン・プロラクチンなどのさまざまな成長に関わるホルモン動態を検討したところ、いずれも「昼夜放牧群」と比較して「昼放牧+WM群」で高い活性を示したことでした。このホルモン動態の変化が生理的にどのような影響を及ぼすのか、また競走能力にどのような影響を与えるものなのかなどについて、まだ不明なことだらけですので、今年の第3世代(父アルデバラン)も研究を継続し、「昼夜放牧群」と「昼放牧+WM群」の2群に分けて管理しています。ホルモンについては民間牧場にもご協力いただいて例数を増やして詳細に解析していく予定です。

  

 昨年の研究結果については、「JRA育成馬日誌」の下記の記事をご覧下さい。

   

  

【参考:JRA育成馬日誌】

    

●「冬季の当歳馬の管理」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/01/post-5777.html

  

●「昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、

厳冬期はどちらがBetter?①」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/02/better-1b3c.html

  

●「昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、

厳冬期はどちらがBetter?②」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/02/better-c575.html

  

●「昼夜放牧と昼放牧(ウォーキング・マシン併用)、

厳冬期はどちらがBetter?③」

  https://blog.jra.jp/ikusei/2011/03/better-ff0c-1.html

 

  

 

 さて、前号でもお知らせした通り、この生産地の“シーズン・オフ”を利用して、JRAでは様々な講習会を実施しました。写真はその中の一つ、1216日に日高育成牧場にて行われた「日高女性軽種馬ネットワーク(馬女(まじょ)ネット)軽種馬生産技術研修会」の様子です(写真3)。馬女(まじょ)ネット(代表:高村洋子さん)とは、生産牧場の“女性”が集まり年に3~4回技術、経営研修等勉強会を主に活動している団体です。今回は、強い馬づくりのための生産育成技術講座の内容をアレンジし、「子馬の肢軸異常・クラブフット調査(講師:佐藤文夫・日高育成牧場)」「馬の皮膚病とその対策(講師:遠藤祥郎・日高育成牧場)」について講習会を実施しました。馬女(まじょ)ネットの活動について興味のある方、入会希望は、℡0146-42-1489(日高農業改良普及センター:田所氏)までお願いします。

    

 

Photo_7

  

  

【写真3】馬女(まじょ)ネット講習会の様子

  

  

 皮膚病の講習では、JRAが行った過去の調査・研究や、海外の文献などから、細菌が原因の皮膚病と真菌が原因の皮膚病の見分け方(写真4)や、皮膚病の種類毎に効果がある消毒薬の種類などを紹介しました。皮膚病は、それ自体が馬の生命に関わることは少なく、今まであまり講習会などが行われてこなかった分野で、正直なところ講演会の前までは「果たして本当にニーズがあるのだろうか」と疑問を抱いておりました。しかし、「馬をお客様に見せて売る」ことを仕事としている生産牧場や育成牧場の関係者にとって、商品である馬の価値を高めるために、皮膚病の管理は重要で非常に気を使っていることがわかりました。

  

Photo_8

   

  

【写真4】「馬の皮膚病とその対策」のスライドの一部。皮膚病の見分け方などについてお話しました

   

  

 JRA日高育成牧場では、こうした皆様のニーズに少しでもお応えできるよう、様々な調査・研究に取り組んでいきたいと考えております。今後も、我々の活動にご注目していただけましたら幸いです。

  

  

生産・育成等に関する講習会・講演会のご案内(生産)

当歳馬たちは離乳も無事に終わり、少し離れた分場へ移動しました(写真1)。ここ日高育成牧場のある浦河ではすっかり日も短くなり、朝晩は0℃近くまで冷え込みます。もうすぐ当歳馬たちにとっては厳しい、初めての寒い冬がやってきます。

オータムセールや繁殖牝馬セールも終わり、生産地の皆様は仕事が少し落ち着くところではないでしょうか。このタイミングを見計らって、JRAでは関係者向けの講習会を企画しております。今回はJRAが主催または後援する講習会についてご案内したいと思います。

Photo

写真1.昼夜放牧中の当歳馬たち。

 まずは今月、毎年この時期にJRA日高育成牧場が主催して行っている「強い馬づくりのための生産育成技術講座」です。多くの方々に参加していただけるように、日高町(門別)と浦河町の2ヶ所で開催されます(内容は同じです)。今年は、「肢軸異常」「皮膚病」「繁殖牝馬のBCS」についてお話する予定です。

【強い馬づくりのための生産育成技術講座2011】
・日時&場所: 平成23年11月16日(水)18時30分~20時30分
             浦河町堺町基幹集落センター
・内容:
1.「子馬の肢軸異常・クラブフット調査」:佐藤文夫(JRA日高育成牧場)

子馬の肢軸異常やクラブフットは、長年に渡り調査・研究されていますが、いまだ解決していない問題です。今回は、基本に立ち返り、肢軸異常やクラブフットの評価のしかたや、今までの調査・研究から現在最善と思われる対処法についてお話したいと思います。


2.「馬の皮膚病とその対策」:遠藤祥郎(JRA日高育成牧場)

皮膚病は、馬の能力自体に重大な影響を及ぼすことはありませんが、見た目が悪くなり商品価値が下がるなど生産地においても困った問題です。にもかかわらず、これまで生産地ではあまり話題に上がったことが少なく、関係者の皆様にとってはどう対処して良いか悩みの種だったのではないでしょうか。今回は、皮膚病の見分け方や、トレセンでの調査・研究から牧場でもできる対処法についてお話したいと思います。


3.「繁殖シーズン前の飼養管理」:敷地光盛(日高軽種馬農業協同組合)
 
繁殖牝馬の飼養管理について、どのように管理すれば生産効率が上がるのか日々誰もが悩んでいることかと思います。今回は過去の経験・研究から、「栄養管理」「運動管理」「疾病予防」「繁殖期準備」「妊娠後期の胎児モニタリング」の5本の柱から繁殖牝馬の飼養管理についてお話したいと思います。

・主催: JRA日高育成牧場
・共催: 日高軽種馬生産振興会青年部連合会
・後援: 日高軽種馬農業協同組合

次に来月、「日本ウマ科学会の学術集会」のため来日されるDr.LeBlancの講習会が日高でも開催されますので、ぜひお越し下さい。Dr.LeBlancは米国ケンタッキー州のRood and Riddle Equine Hospitalの臨床獣医師で、長年「子宮内膜炎」および「胎盤炎」について研究なさっておられる世界的な馬臨床繁殖学の権威です。

【LeBlanc先生による講習会】※牧場関係者向け

・日時: 平成23年11月30日(水)18時00分~20時00分
・場所: 新冠レ・コード館・町民ホール
・内容: 「繁殖管理について」(通訳あり)

・主催: 日本軽種馬協会(JBBA
・共催: 日本ウマ科学会馬臨床獣医師ワーキンググループ
・後援: JRA日高育成牧場、日高獣医師会、胆振獣医師会

【LeBlanc先生による講習会】※獣医師向け

・日時: 平成23年12月1日(木)10時00分~12時00分(講習会)、

                     13時00分~15時00分(実習)

・場所:  日本軽種馬協会・静内種馬場
・内容:  講習会「繁殖検査について」

      実習「妊娠馬を用いた超音波診断について」

・主催: 日本ウマ科学会馬臨床獣医師ワーキンググループ
・共催: 日本軽種馬協会(JBBA
・後援: JRA日高育成牧場、日高獣医師会、胆振獣医師会

サマーセール購買馬の入厩と騎乗馴致の開始(日高)

95日~9日にかけて行われましたサマーセールで購買した41頭が914日と15日の両日に分かれて入厩しました。サマーセールが昨年よりも2週間遅く開催され、入厩も遅くなったために、馬達にとっては過ごしやすい気候下での入厩となりました。入厩翌日から昼夜放牧を開始しましたが、アブなどの吸血昆虫が姿を消した放牧地での馬達を見ていると、非常に快適に過ごしているように映ります(写真1)。2および3群として騎乗馴致を行う馬達には「天高く馬肥ゆる秋」という言葉のとおり馴致が始まるまでの間、馬らしく過ごし、心身ともに充実することを願っています。

Photo

写真1.「天高く馬肥ゆる秋」の言葉のとおり、馬達にとっては過ごしやすい季節での放牧となっています。

話はそれますが、「天高く馬肥ゆる秋」という言葉は、「秋は空が澄み渡って高く晴れ、馬は肥えてたくましくなる」という意味で、秋の好時節を例える表現として使われていますが、語源となっている漢語の「秋高馬肥」の意味は全く異なっています。紀元前の中国では、匈奴(きょうど)と呼ばれる北方騎馬民族が現在のモンゴルに当たる地域で遊牧生活を営んでいましたが、寒さが厳しい冬期には-20℃を下回り、その期間の食料調達は困難でした。そのために、牧草が生育する夏期に十分量の青草を食べさせ、秋の訪れとともに肥えてたくましくなった馬に乗って南下し、中国本土へ収穫物を強奪しに来るので警戒しなければならないという意味で使用されていたようです。つまり「空が澄み渡って高く晴れ、馬が肥えてたくましくなる頃には、北方騎馬民族が襲来する時期であるので警戒せよ」という戒めの故事成語です。このように、我々が日頃使っている意味と全く異なるのは、島国であるがゆえに異民族による侵略が少なかったという歴史的な証明であるとともに、美しい四季を感じられる季節に敏感な民族であることを意味しているようにも思われます。また、この意味の相違は、馬を飼育する地域あるいは環境が異なれば、馬の成長や発育時期等も異なることにも起因しているようにも考えられます。つまり、それぞれの地域あるいは環境によって、最適な飼育・管理方法も異なるということにも繋がるのでしょう。

さて、本題に入りますが、サマーセール購買馬の入厩の翌週より本年度の騎乗馴致を開始しました。騎乗馴致は20頭程度を3群に分け、それぞれ3週間程度時期をずらして実施する予定です。7月セールの購買馬を中心に馬体の発育等を参考に牡馬21頭を1群として、現在、騎乗馴致を実施しています。騎乗馴致のことをブレーキング(breaking)とよびますが、これは騎乗時に手綱を引いて馬が止まるブレーキ(brake)を馬に装着する意味ではなく、放牧地で培われた馬同士の約束事を壊し(break)、新たに人と馬との約束を構築することを意味します。通常、サラブレッドの騎乗馴致は1歳秋(911月)に行われることが多く、パッティング、引き馬、腹帯馴致(ローラーの装着;写真3)、ランジングおよびドライビングなどの過程を3週間程度かけて段階的に実施していきます(表1)。これらの過程を確実に実施した後に、馬房内での横乗り、馬房内騎乗、ペンでの騎乗を段階的に進めて、走路で落ち着いた騎乗ができるようになるまでさまざまな環境に慣らしていきます。

Photo_2

写真2.最初の騎乗とともに騎乗馴致の山場のひとつと考えられているローラー装着(腹帯馴致)時には、写真のように飛び跳ねる馬も少なくはありません。このような場合でも冷静に明確な指示を出すことが重要です。馬はニシノアリスの10(牡 父ステイゴールド)

1 

表1.騎乗馴致までの流れの概略

馬は新しい物事に対して臆病であり、驚きやすい動物です。反面、自分に危害が及ばないことを理解すればかなりの物事に慣れる習性をもちます。そのためにも、馴致時の馬に対する指示を明確にし、態度や言葉を正しく理解してもらう必要があります。つまり、馬に問題を出して、考えさせた上で、答えが正解であれば褒めるという作業の繰り返しになります。例えば、馬が正しく指示に従った場合には、「~をやりなさい」というプレッシャーを即座に解除し、優しく声をかけてあげます。一方、正しく反応しない場合には、指示を継続するとともに「アッ!アッ!」というような注意を喚起する声を発し、正しくない行動を取ったことを馬に理解させます。馬は「懲戒」よりも「プレッシャーオフ」に対してモチベーションをもつ動物であることを理解する必要があります。しかし、馴致が順調に進んだとしても、馬にとってのストレスは多大なものになることが想像されます。特に、自然状態では経験することのない初めてのローラー装着(腹帯馴致)および騎乗のストレスは想像を絶するものでしょう。日高育成牧場ではこれらのストレスを考慮して、馴致終了後には放牧を行って、馬の心身のリラックスを図っています(写真4)。馴致後に放牧地で青草を食べている馬達を見ていると、草食動物である馬は刈り取った青草を食べるよりも、地面に生えている青草をむしり食べる行為によって本能的にリラックスが誘発されるのだと思わずにはいられません。

Photo_3

写真3.馴致が終わった後には放牧によってリラックスを図ります。地面に生えている青草をむしり食べる行為は本能的にリラックスを誘発させるのでしょう。

当歳馬の離乳について(生産)

 アブなどの吸血昆虫もいなくなり、すっかり秋めいた放牧地の馬たちは快適そうです。まさに「天高く、馬肥ゆる秋」といったところでしょうか(写真1)。ここ日高育成牧場では9月の中旬までに当歳馬の離乳が終わりました。今回はこの「離乳」についてお話したいと思います。

Photo

写真1.離乳が終わり、当歳馬同士のみで昼夜放牧を実施しています。

 まず、離乳するためには、子馬が「心」と「体」両方の面で十分成長していることが重要です。「心」とは精神面のことで、子馬が母馬から離れてもストレスを感じなくなっているかどうかということです。過去に昼夜放牧を実施している母子間の距離について調査した結果、3週齢までは平均5m以内に留まっていますが、それ以降は徐々に距離が広がり、約15週齢になると平均15m程度に達し、それ以降はほとんど変化しないことがわかっています(図1)。一方、同じ放牧地にいる子馬同士の距離は、4週齢まではお互いあまり近寄らないが、16週齢以降には平均40m程度に達し、それ以降はほとんど変化しません(図2)。以上から、1516週齢になると精神的に安定し、母馬から離れ子馬同士の群れでも大丈夫になると考えられます。

Photo_2

1.昼夜放牧を実施している母子間の距離

Photo_3

2.同じ放牧地にいる子馬同士の距離

 「体」の面では、子馬が母乳に頼らなくても発育に必要な栄養を飼料から摂取できるかどうかということが目安になります。子馬は出生後しばらくは母乳からの栄養のみで成長できますが、約2ヶ月齢から徐々に母乳からの栄養供給が減少するためクリープフィードと呼ばれる離乳食を与える必要が出てきます。離乳前には発育に必要な1~1.5kgの飼料を自ら摂取できるようになっていなくてはなりません。この養分要求量を満たす飼料を子馬が摂取できるようになる時期は4ヶ月齢前後と言われています。

 以上、「心」と「体」と両方の面から子馬の成長を考えた場合、離乳の時期は早くても「4ヶ月齢以降」と考えなくてはなりません。また、成長面から考えた場合には、体重が「220kg以上」であることも目安となると言われており、これを考慮すると「56ヶ月齢」が離乳の適期と言えます。さらに、「7月中旬から8月中旬まで」は気温が高く、アブなどの吸血昆虫が多いため、離乳後のストレスを考慮するとこの時期を避け「8月下旬以降」の離乳が推奨されます。

・離乳時期の目安

    56ヶ月齢(早くても4ヶ月齢以降)

    体重220kg

    11.5kgの飼料を摂取できる

    8月下旬以降(吸血昆虫がいない)

 以前は離乳といえば母馬の飼育環境は変更せずに子馬を離れた場所に移動するという方法が一般的でした。この方法では子馬にとって非常に大きなストレスがかかり、離乳直後には子馬の体重が大きく減少し、減った体重が1週間程度回復しないなんていうこともしばしば見受けられました。近年は離乳後に子馬にかかるストレスを減少させるため、原則的に子馬の飼育環境を変更せずに母馬を移動させるやり方が推奨されています。この方法は「間引き法」と呼ばれ、2段階のステップを踏んで行います。具体的には例えば6組の親子が同一の放牧地にいると仮定すると、まず最初に3頭の母馬だけを移動させ(間引き)ます。すると当然母馬がいなくなった3頭の子馬はさびしくて鳴きますが、残り3組の親子が平然と過ごしているため、極度のパニック状態には至らず、そのうち落ち着きます。この時、残す方の母馬には他の子馬に対しても寛容な穏やかな気性の繁殖牝馬を選ぶことがコツです。そして23週間が経ち、群れが落ち着いたところで残りの3組の母馬を移動させます。すると今度は今回母馬がいなくなった3頭の子馬が騒ぎますが、前回離乳した3頭が落ち着いているためパニックには陥りません。このように1つの群れで2段階に母馬を間引いて離乳させる「間引き法」を実施すると子馬にかかるストレスを軽減することができます。日高育成牧場でもこの「間引き法」を実践しています(写真2)。

Photo_4

写真2.「間引き法」による離乳を行った翌日。真ん中の2頭の母馬を間引きました。

 母馬と離れ離れになった離乳後は、群れで行動する馬という動物の性質を考えると、なるべく他の子馬と一緒に群れで行動させることが推奨されます。十分な広さの放牧地があれば昼夜放牧を行って馬房で過ごす時間をなるべく短縮するのが理想ですが、その場合はもちろん離乳直後から昼夜放牧を開始するのではなく離乳前から昼夜放牧に慣らしておかなくてはなりません。もし昼間放牧しかできない場合は、離乳した子馬2頭を1つの馬房に収容する「馬房のシェア」という方法もあります。

 以上、離乳とは子馬にとって非常にストレスのかかることには間違いはなく、ストレスを軽減するためには「群れで行動する」という馬本来の性質を良く考えた管理が重要になります。

・離乳による子馬のストレス軽減のコツ

    子馬の飼育環境は変化させず、母馬を移動する

    1つの群れの母馬を2週間間隔で2回に分けて「間引く」

    離乳後の子馬は、昼夜放牧や馬房のシェアによってなるべく群れで過ごさせる

最後に、離乳後の注意点です。ストレスがかかる子馬の健康状態に注意するのはもちろんですが、急に授乳をしなくて良くなった母馬の「乳房炎」にも注意が必要です(写真3)。昼夜放牧の場合は自然と運動量が確保されるためそれほど発症しないようですが、昼間放牧をしている馬、特に離乳を機に昼夜放牧から昼間放牧に切り替えた馬は発症しやすくなります。症状は乳房が張り触ると嫌がる、後肢の歩様がおかしくなるなどです。発症した場合、抗生剤の投与など治療が必要になります。

Photo_5

写真3.離乳後は母馬の乳房炎に注意。

今回は主に日高育成牧場で実践している「離乳」についてお話しましたが、生産者の皆さんは「当歳セールの前に離乳を終えておきたい」「1歳セールが終わらないと馬房が空かない」など様々な事情があることと思います。今回の話を基本に、それぞれの牧場に合ったやり方を見つけていただけましたら、幸いです。

7月セール購買馬入厩(日高)

本年売却したJRA育成馬達は6月中旬から開始されたメイクデビューに続々と出走しています。元気な姿をTV画面で観戦することは、馴致段階から育成を行ってきた我々、育成牧場の職員にとって、楽しみであるとともに、多くの反省が生まれる時でもあります。本年売却したJRA育成馬は、825日現在、7頭が9勝、その内メイクデビュー勝ちが4頭、オープン競走が2勝(ダームドゥラック号・エイシンキンチェム号)と頑張ってくれています。

日高地方ではお盆を過ぎると夏が終わるといわれています。夏の日高地方の風物詩ともなっている1番牧草収穫は、8月初旬にようやく終えることができました(写真1)7月上旬は天候不順の影響により収穫することはできませんでしたが、7月下旬からの晴天によって比較的良好な牧草が収穫できました。牧草の刈取りから収穫までの期間は、夜中に雨の音が聞こえると目が覚めてしまうくらい天気が気になってしまいます。

Photo_6 

写真1:本年は天候に恵まれ、良好な牧草が収穫できました

さて、727日に、7月に行われたセレクトセール、および北海道セレクションセールの各1歳セールで購買した11頭(セレクト1頭、セレクション10頭)が日高育成牧場に入厩しました(写真2)。また、この日には日高育成牧場で生産したJRAホームブレッド3頭も繁殖厩舎から育成厩舎へと移動し、新たな門出をスタートしました。

Photo_7 

写真2:入厩時には購買馬と生産者やコンサイナーの方々との絆の深さを再認識することができます。

購買馬達は生産者あるいはコンサイナーの方々の立会いのもと、個体識別および馬体検査を実施した後にJRA育成馬となります。馬と別れる際の生産者あるいはコンサイナーの方々の表情を見ると、その絆の深さを再認識することができました。改めて身の引き締まる気持ちで育成を行わなければならないと思わずにはいられませんでした。

全馬の入厩時写真を撮影してから5頭以下のグループに分けて放牧を開始しました。セリに向けた個体管理が行われていた馬達は、思う存分に放牧地内を駆け回り、特に牡は新しい群れの中で“”我こそは”と強さをアピールし、群れの中での順位が決まるまでしばし争いが繰り返されます(写真3)。そのため、最初の放牧は怪我やアクシデントに心配させられます。しかし、この時期の昼夜放牧は、騎乗馴致開始までの間に成長を待つとともに、その馬本来の体型および気性に回帰させる期間として不可欠であると考えています。したがって、少々のアクシデントには目をつぶらなければなりません。実際、昼夜放牧を開始してから3日目までに、他馬に蹴られ外傷を負った馬が3頭ほど認められましたが、大事には至りませんでした。

Photo_8

写真3.牝馬と異なり、牡馬は“我こそは”と競い合います。この光景は自己顕示欲を出し、見栄を張って生きている男性とダブって見えてしまいます。

新しい群れにしてから23日も経過すれば、群れは安定するのですが、7月から8月の中旬にかけての放牧で頭を悩ますのが吸血昆虫であるアブの発生です。日高育成牧場はアブの発生源となる沢地が多く、日中のアブは半端な数ではありません。そのため、日中に放牧されている馬は、草を食すというよりは、馬群は団子となりほとんど動かず、落ち着きなく尾を振り地団太を踏んでアブを追います。このようなことからも、入厩翌日から夜間に重点を置いた放牧に移行しています。

また、騎乗馴致開始までのこの時期に、ハミ受けのために口腔内のチェックをしておきます。まず、狼歯(いわゆる痩せ歯と呼ばれるもので、第1前臼歯の痕跡であり、萌芽しない馬もいます)が伸びていれば抜歯します(写真4)。これは調教が進むとハミ受けのトラブル原因となるためです(図1)。また、臼歯の辺縁が峻立していると口腔粘膜に傷害を与え、咀嚼やハミ受けに悪影響を与えるため歯鑢(しろ:歯を削るためのヤスリ)で削って滑らかにします。

Photo_9 

写真4.歯の処置専用の大きめな無口を付け、専用の器具で狼歯を抜歯します。

1_2

1.前歯と奥歯の隙間の黒い●部位がハミの位置になります。Aが狼歯(手綱が引かれた際にハミとこの歯の間に唇が挟まり傷つけてしまうことがあります)であり、Bは犬歯です。犬歯は牡馬のみにあり、通常ハミ受けとは関係ありません。

気をつけなければならない子馬の病気~ロタウイルスによる下痢症について~(生産)

8月に入り暑い日が続いています。ここ日高育成牧場では、獣医・畜産学系の学部に在学中の大学生を対象に、大学の夏休み期間中「サマースクール」を実施しています。この試みは、馬に興味があるものの普段馬と接する機会が少ない学生に、牧場の作業や講義を通して実際に馬と触れ合ってもらおうというものです。毎年6月頃JRAのホームページ上で募集しますので、興味のある学生のみなさんは是非来年応募してください。

さて、多少時期を過ぎてしまった感じがありますが、前回に引き続き注意しなくてはならない子馬の病気のうち、今回はロタウイルスによる下痢症を紹介したいと思います。

Photo 

写真1.サマースクールの一風景(集放牧などの作業を実際に体験してもらっています)

 ロタウイルスの話をする前に、まず子馬の下痢の発症原因は細菌やウイルスだけではありません。生後10日前後に認められる“発情下痢”、人工乳の過剰摂取、飼料の過剰摂取、あるいは抗生物質による腸内細菌の変化など栄養および管理方法に起因する場合もあるため、獣医師に相談するなどして原因を明確にすることが重要です。ほとんどの下痢は軽症のまま治癒しますが、ロタウイルスなどに起因する場合には重度な下痢に移行することもあります。下痢の性状は、水様性、白色、血便に至るまで様々です。下痢は腸管内の細菌やウイルスを排除しようとする生理反応の一種であるため、下痢そのものを無理やり止める治療を行うよりも、下痢に伴う脱水症状を改善することおよび細菌の2次感染を予防するための抗生物質の投与などが一般的です。特に脱水は子馬の体力を奪うため、なるべく早期に治療を開始することが重要です。また、子馬は胃潰瘍を発症しやすく、発症すると胃穿孔といって胃に穴が開いて予後不良となる可能性も成馬と比べて圧倒的に高いため、予防のための投薬も必要です。そのほか、全ての下痢に共通する治療法として、肛門周辺の皮膚炎予防のための洗浄およびワセリンなどの軟膏の塗布が挙げられます。また、正常な腸内細菌の形成を促進する効果のあるラクトフェリンなどの生菌製剤の経口投与も効果的です。

Photo_3 

写真2.ラクトフェリン製剤(Foal Relief、岩崎清七商店)と経口投与器

 さて、本題のロタウイルスが原因の下痢ですが、子馬間で伝播し次々と感染するため、最も警戒しなくてはならない下痢症です。ロタウイルスによる下痢症は、生後直後から4ヶ月齢まで幅広い月齢の子馬に発症しますが、特に1ヶ月から3ヶ月齢に多く、発症した日齢が早いほど重篤化しやすいと言われています。感染あるいは不顕性感染(感染はしているが症状は出ていない状態)している子馬の糞便中にウイルスが含まれ、これが感染源となり他の子馬に伝播します。特に感染後1週間程度は高濃度のウイルスを下痢便中に排出していると言われており、注意が必要です。症状は急性の激しい下痢が特徴で、下痢は水様性で白色からやや褐色を帯びたものまで様々であり、細菌による2次感染を併発した場合には悪臭を伴います(写真3)。下痢以外には元気消沈および食欲の低下が認められ、重症例では発熱することもあります。

Photo_4 

写真3.ロタウイルスによる下痢

 JRA競走馬総合研究所・栃木支所の研究により、ロタウイルス感染症の診断はヒト用の簡易キット(ディップスティック・ロタ、栄研化学)で簡単に行えるようになりました(写真4)。糞便を少量採取し、このキットを用いれば数分で下痢の原因がロタウイルスによるものかそうでないか判定できます。生産牧場の皆様は獣医師を通して家畜保健衛生所(家保)で検査することになりますが、現在家保で使われているのもこのキットです。治療は、脱水が著しい場合には輸液処置が不可欠で、発熱している場合や生後2ヶ月齢未満の若齢馬では細菌による2次感染を予防する目的で抗生物質を投与しなくてはなりません。また、胃潰瘍を予防するための投薬も必要です。予防には、初乳中にロタウイルスに対する抗体が含まれるように、母馬にワクチン接種を行う方法があります。分娩予定日の2ヶ月前および1ヶ月前に計2回のワクチンを接種することにより、発症後の症状を大幅に緩和させることが可能になります。また、ロタウイルスによる下痢症を発症した子馬を取り扱う場合には、消毒可能なゴム製の長靴や使い捨ての手袋を使用し、触れた後は長靴を消毒し手袋を交換するなどの配慮が蔓延防止のため必要となります。なお、消毒にはビルコンなどの塩素系の消毒薬が有効です。厩舎の壁などに付着したウイルスは数ヶ月間生存すると言われているため、発生した場合は十分に洗浄し消毒する必要があります。

Photo_6 

写真4.ロタウイルス検出キット(陽性の場合、写真のように2本ラインが出ます)

 ロタウイルスによる下痢症は、適切な処置を行えば回復し、また他の子馬への伝播を防げる病気です。今後も子馬や繁殖牝馬の管理に役立つ情報を発信していけるよう努力して参りたいと思いますので、どうかよろしくお願い致します。