離乳後に注意しなくてはならない病気(生産)

今年は異常に暑く、ようやく秋の訪れを感じる涼しさになってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 日高育成牧場では獣医・畜産学系の学部に在学中の大学生を対象に、大学の夏休み期間中「サマースクール」を実施しました(写真1)。これは、馬に興味がある学生に対して、牧場の作業や講義・実習を通して広く馬産業に携わる人材を養成する目的で実施しているものです。毎年6月頃JRAのホームページ上で募集しますので、興味のある学生の皆さんは是非来年応募していただきたいと思います。

さて、今回のテーマは、ちょうど今頃行なわれる離乳のお話です。離乳自体につきましては、昨年の当ブログでご紹介しておりますので、今回は離乳後に注意しなくてはならない病気について、当歳馬、繁殖牝馬両方の面からお話したいと思います。

Photo

写真1 サマースクールの様子

当歳馬

 当歳馬は離乳することで母乳からの栄養供給がなくなるため、離乳前から十分に濃厚飼料に馴らしておくなど、離乳後スムーズに十分な栄養補給ができるようにするための準備が大切です。離乳後の時期の当歳馬に起こりやすい病気で、特に最近問題になっているのは「ローソニア感染症」です。この病気はLawsonia intracellularis という病原体が感染することで発症します。元々豚の感染症として知られていたものが、近年馬にも感染することがわかり、問題となっています。日本でも胆振地区の一部では集団発生が見られたり、ここ浦河町でも発生が確認されるなど、注意が必要です。

 発症すると、発熱、元気消失、食欲低下など他の一般的な感染症と同様な症状のほか、四肢の浮腫や下痢が認められるのが特徴です(写真2、3)。診断は、血液検査で低蛋白血症が認められるほか、腹部超音波検査で小腸壁の肥厚が確認できることもあります。確定診断には、血清中の抗体検査あるいは糞便中のPCR検査という専門機関での特殊な検査が必要です。治療としてはリファンピシン、クロラムフェニコール、オキシテトラサイクリン、ドキシサイクリンなどの抗生物質を投与します。

 死亡率は決して高くありませんが、下痢が長期に渡る結果、腸管からの栄養摂取が上手く行かなくなり、成長不良となってしまいます。ワクチンもまだ開発されておらず、絶対的な予防法は存在しないため、離乳時にかかる子馬のストレスをなるべく軽減し、子馬の健康状態を良好に保つことが重要です。

Photo_2

写真2 ローソニア罹患馬。両後肢の浮腫が認められる。

(出典 Equine vet. Educ. (2009) 21 (8) 415-419

Photo_3

写真3 ローソニア罹患馬の下痢

(出典 Equine vet. Educ. (2009) 21 (8) 415-419

繁殖牝馬

 一方、母馬は離乳することで今まで子馬が飲んでいた乳が溜まることになるため、「乳房炎」という病気になることがあります。これは乳腺が細菌感染することが原因で発症します。離乳直後に起こるイメージですが、実は離乳した4~8週間後に最も発症が多いと言われています。

症状としては、乳房が著しく腫れ(写真4)、触ると痛みを示し、乳房が腫脹している方の後肢の跛行を示すこともあります。原因菌は主にStreptococcus zooepidemicus などのグラム陽性菌と呼ばれる種類の細菌ですので、ペニシリン(マイシリン)やセファロチン(コアキシン)などの一般的な抗生物質がよく効きます。早期発見・早期治療できれば予後は良いので、離乳後は母馬の乳房をこまめに観察するように心がけましょう。

Photo_4

写真4 乳房炎(右の乳房が感染)

 離乳はこのような疾病の発症を始め、子馬、母馬両方に負担がかかる、デリケートなイベントです。皆様の愛馬がこの時期を上手く乗り切り、将来健全な競走馬になれるよう心から願っています。

7月セールの購買馬が入厩(日高)

本年売却したJRA育成馬達は6月中旬から開始されたメイクデビューに続々と出走しています。本年売却したJRA育成馬は、910日現在、6頭が勝ち上がり、その内メイクデビュー勝ちが4頭(写真1)となっています。秋競馬に向けて、さらに頑張ってほしいと願っています。

PhotoPhoto_2

写真1.左:3回東京競馬4日目第5メイクデビュー(芝:1800m)に優勝したトーセンレディ右:2回中京競馬5日目 第5メイクデビュー(芝:1400m)に優勝したサウンドリアーナ

さて、7月に行われたセレクトセール、北海道セレクションセール、および八戸市場の各1歳せりで購買した10頭(セレクト1頭、セレクション8頭、八戸1頭)が日高育成牧場に入厩しました(写真2。また、購買馬の入厩に合わせて、日高育成牧場で生産したJRAホームブレッドの牡3頭も繁殖厩舎から育成厩舎へと移動しました。

Photo_3

写真2.入厩時には購買馬と生産者やコンサイナーの方々との絆の深さを再認識することができます。

近年、生産者あるいはコンサイナーの方々からの引き渡しの際に感じることは、“セリ馴致”と呼ばれるコンサイニング技術の向上に伴い、ヒトとの良好な関係が構築されている馬が大半を占めているということです。そのために、購買後も昼夜放牧を経て、ブレーキング(騎乗馴致)へとスムーズに移行することが可能となっている印象を受けます。輸送していただいた生産者あるいはコンサイナーの方々の立会いのもと、購買馬の個体識別、馬体検査およびアナボリックステロイド(AS)検査のための尿検体の採取を行った後に、生産者あるいはコンサイナーの方々からの引き渡しが完了します。その後、落ち着く間もなく、5頭以下のグループに分けて放牧します。セリに向けた舎飼中心の個体管理が行われていた馬達は、自身が馬であることを再確認するかのように放牧地内を疾走します(写真3左)

Photo_4 Photo_5

写真3セリに向けた舎飼中心の個体管理が行われていた馬達は、自身が馬であることを再確認するかのように放牧地内を疾走し(左)、馬らしさ(右)を表現します。

放牧直後の牡の群れにおいては、群れの中での順位づけのための争いが繰り広げられるために(写真3右)、他馬に蹴られたり、その他のアクシデントによるケガも少なくはありません。このようなリスクを承知の上で、翌日からは昼夜放牧を実施します。その理由は、ブレーキングが始まるまでの間に成長を待つとともに、草食動物として “馬”らしく行動させることが、非常に重要であると考えているからです。競走馬という“経済動物”を取り扱う上で忘れてはならないことは、馬は草食動物であり、人を乗せるためにこの世に誕生したのではないということを理解することなのかもしれません。例えれば、馬の主食は燕麦ではなく“草”であり、馬房にいることが自然ではなく、放牧地にいることが自然であるということです。欧州では調教後に、ハミを装着したまま、放牧地の草を食べさせることも珍しくはありません(写真4。青草だけを食べさせる目的であれば、刈り取った青草を馬房で食べさせれば良いようにも思われます。しかし、地面に生えている草を摘んで食する行動そのものによって、草食動物としての本能が惹起され、メンタル面を安定させる効果を期待しているようにも思われます。つまり、欧州においては、馬は草食動物であるということを常に念頭に置いて、馬と接しているように感じられます。この意識を持つことは、ホースマンにとって重要であるように思われます。

Photo_6

写真4欧州では草食動物としてナチュラルな生理状態を維持するために、調教後にピッキングを行うことも珍しくありません。

8月末には我が国で最大規模のセリとなるHBAサマーセールの購買馬が入厩する予定です。馬の購買に際して、JRAでは発育の状態が良好で、大きな損徴や疾病がなく、アスリートとして適切な動きをする馬を選別するようにしています。上場されるすべての馬が候補馬であるために、セリ前にコンサイナー牧場を中心に6日間の日程で事前検査を実施しています。検査にあたっては、競走馬の臨床経験が豊富な獣医・装蹄職員を含めた複数名で実施し(写真5)、意見交換を行いながら候補馬を選定します。この事前検査を通じても、前述いたしましたコンサイニング技術の向上を感じることができます。

サマーセールの購買馬が入厩すると、9月上旬からブレーキングを開始します。次号ではブレーキングの様子をお伝えしたいと思います。

Photo_7

写真5獣医・装蹄職員を含めた複数名による事前検査の様子

JRAホームブレッドを用いた研究紹介~当歳馬の種子骨骨折~(生産②)

暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 日高育成牧場では先月「うらかわ馬フェスタ」が開催されました(写真1)。このお祭りは馬上結婚式などが行なわれる「シンザンフェスティバル」と、ジョッキーベイビーズの北海道地区予選などが行なわれる「浦河競馬祭」を合わせたもので、浦河町を挙げて大々的に行なわれました。北海道予選を勝ち抜いた木村和士君と大池澪奈さんは、11月に東京競馬場で行なわれるジョッキービベイビーズ決勝に出場することになります。おめでとうございます。

繁殖業務が一段落した現在は、我々が普段行なっている調査・研究のまとめをする時期でもあります。今回は、日高育成牧場の生産馬(以下ホームブレッド)を用いて調査している研究のうち、「当歳馬の近位種子骨骨折の発症に関する調査」の概要について紹介いたします。

Photo

写真1 ジョッキーベイビーズ北海道地区予選

(向かって1番左が木村君、1番右が大池さん)

当歳馬の近位種子骨骨折発症状況

 日高育成牧場では、ホームブレッドを活用して発育に伴う各所見の変化が、その後の競走期のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすかについて調査しています。そのなかで、クラブフット等のDOD(発育期整形外科的疾患)の原因を調査するため、肢軸の定期検査を行っていたところ(写真2)、生後4週齢前後の幼駒に、臨床症状を伴わない前肢の近位種子骨骨折がX線検査で確認されました。そこで、子馬におけるこのような近位種子骨々折の発症状況について明らかにするため、飼養環境の異なる複数の生産牧場における本疾患の発症率およびその治癒経過について調査しました。また、ホームブレッドについては、発症時期を特定するため、X線検査の結果を詳細に分析しました。

 まず、日高育成牧場および日高管内の生産牧場の当歳馬を対象として、両前肢の近位種子骨のX線検査を実施し、骨折の発症率、発症部位および発症時期について解析しました。骨折を発症していた馬については、骨折線が見えなくなるまで追跡調査を実施しました。次に、ホームブレッドについては、両前肢のX線肢軸検査を生後1日目から4週齢までは毎週、その後は隔週実施し、近位種子骨々折の発症時期について検討しました。

Photo_2

写真2 当歳馬のレントゲン撮影風景

「種子骨骨折の発症率と特徴」

調査の結果、近位種子骨骨折の発症が約4割の当歳馬に認められました。全てApical型と呼ばれる種子骨の上端部の骨折でした(写真3・4)。骨折の発症部位については、左右差は認められませんでした。また、近位種子骨は内側と外側に2つありますが、外側の種子骨に発症が多い傾向がありました。しかし、統計学的な有意差は認められませんでした。

世界的に見ても、当歳馬の近位種子骨々折に関する報告は非常に少なく、5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わない近位種子骨骨折が高率に発症していることが今回の調査で初めて明らかとなりました。また、今回の調査では、全てApical型の骨折でした。成馬においてもApical型の骨折が最も多く、繋靱帯脚から過剰な負荷を受けることによって骨の上部に障害が生じることが原因とされています。現在のところ、子馬特有の腱および靱帯の解剖学的なバランスのより、種子骨上端部のみに力がかかりやすい状態なのではないかと考えています。

Photo_3

写真3 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折

(正面から、丸印が骨折部位)

Photo_4

写真4 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折

(横から、丸印が骨折部位)

「発症と放牧地との関連」

牧場別の発症率は、大きく異なっていました。また、発症時期については、約8割は5週齢までに骨折が確認されました。JRAホームブレッドでの骨折発症馬についてX線検査結果の詳細な解析を行ったところ、3~4週齢で発症していました。

牧場ごとに発症率が大きく異なっていたことや、ホームブレッドでの骨折発症時期は、広い放牧地への放牧を開始した時期(この時期、母馬に追随して走り回っている様子が観察された)と重なっていることから、子馬の近位種子骨骨折の発症には、子馬の走り回る行動が要因となっていると推察されました。

「予後」

 ほとんどの症例で、骨折を確認してから4週間後の追跡調査で骨折線の消失を確認できました。しかし、運動制限を実施していない場合は治癒が遅れる傾向があり、種子骨辺縁の粗造感が残存する例や、別の部位で骨折を発症する例も認められました。

今回の調査では、全ての症例で骨折線の消失を確認し、予後は良好でしたが、疼痛による負重の変化も考えられるため、今後は、クラブフットなど他のDODとの関連について検討したいと思います。

「まとめと今後の展開」

5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わないApical型の近位種子骨々折が高率に発症していることが今回初めて明らかになりました。広い放牧地で母馬に追随して走ることが発症要因の一つとして推察されました。今後は、今回の調査で認められた骨折がなぜこのように高率に発症しているのか、成馬の病態と異なっているのかどうか、などを調べるため、病理組織学的検査などを含めたさらなる詳細な検査を実施する予定です。また、最終的には、生後間もない幼駒の最適な放牧管理方法について検討して参りたいと考えています。

今後、興味深い知見が得られましたら、順次、当ブログで紹介していきたいと思います。これからもJRAが行なう生産育成研究についてご注目いただけましたら幸いです。

より良い放牧管理を目指して~生産地シンポジウムのご案内~(生産)

 日高育成牧場では、5月下旬より全8組の親子の昼夜放牧を開始しました(写真1)。誕生から離乳までの「初期育成期」と、離乳からブレーキング開始までの「中期育成期」では、子馬にとって放牧管理が運動面や栄養面、さらには精神面にとっても重要なことは言うまでもありません。今回は日高育成牧場で行なっている初期から中期育成期の放牧管理についてご紹介するとともに、来月新ひだか町静内で行なわれるJRA主催の「第40回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム(以下、生産地シンポジウム)」についてご案内したいと思います。

Photo

写真1 親子の昼夜放牧。吸血昆虫もまだ少なく、今が一番過ごしやすい時期です。

放牧が馬体に及ぼす影響

 サラブレッドの一生のうち、最も成長が著しい時期が誕生からブレーキング開始までの初期~中期育成期になります。後々のブレーキングや調教を順調に進める上でこの時期にしっかりと「健康な体づくり」を行なうことが重要です。馬はこの期間、多くの時間を放牧地で過ごしますので、いかに放牧管理を上手く実践することが大切かおわかりいただけるかと思います。

 放牧時の子馬の自発的な運動は、骨や腱、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。例えば骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは不十分で、適度な運動により骨の形成に関与する骨芽細胞の活動が活発となり、骨の形成のために効率の良いカルシウムの利用が行なわれることになります。運動が骨や腱の発育に与える影響について過去の調査では、放牧時間が長いほど骨密度が増加したという報告があります(図1)。また、実験的に当歳に毎日トレッドミルによる常歩運動を負荷すると、小さな放牧地で4時間のみ放牧されている群と比較して腱の発育が早かったという報告もあります(図2)。

 また、放牧地は子馬の運動の場というだけでなく、牧草は発育に必要な栄養素を供給する飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスできる休息場所でもあります。

Photo_2

図1 放牧が骨密度に及ぼす影響

Photo_3

図2 子馬における浅屈腱断面積の変化

昼夜放牧への移行

 日高育成牧場では、子馬は特別虚弱でなければ生まれた翌日からパドックに放牧しています。生後4~5日間は、他の親子とは一緒にせずに1組の親子のみで放牧を実施しています。この時期の母馬は母性本能が非常に強くなっており、神経質過ぎるくらい自分の子馬を守ろうとするため、他の親子を怪我させる可能性が高くなるからです。生後2週間を目安に2ha以上の大きな放牧地に親子複数組で放牧しています。

 5月頃、少なくとも4週齢になるのを待って、昼夜放牧に移行しています。過去に行なった調査では、昼放牧を行なっている期間の親子の移動距離は1日平均7.7kmだったのに対し、昼夜放牧開始後は1日平均20.0kmと約3倍に増加することがわかっています。このことから、放牧時間が長いほど骨や腱を発育させるために必要な自発的運動をより多くさせることができると言えます。また、1歳馬の昼夜放牧中の採食行動に関する調査では、16時から0時までに採食していた割合が82.7%と高かったと報告されており、放牧地における採食が夕方から夜間にかけて活発となることがわかっています。本来、馬は広い草原で草を食べながら群れで生活している動物です。採食が活発となる時間帯に個別に馬房で過ごすことよりも、放牧地で過ごした方がストレスがなく、また栄養面からも昼夜放牧がより自然であると言えます。

昼夜放牧のメリットとデメリット(図3)

 もちろん、昼夜放牧には昼放牧と比較してメリットとデメリットの両方が存在します。まず、昼夜放牧を実施した場合、放牧時間が長くなるため昼放牧と比較して移動距離が約3倍長くなり、子馬に自発的な運動をさせることができます。前述の報告を考えると、子馬の発育のためには昼夜放牧の方が良さそうです。また、昼夜放牧では厩舎の中の馬房で個別に飼われるという人工的な環境にいる時間が短くなり、群れで自然の中で自由に牧草を食べることができるため、ストレスが少ないこともメリットとして挙げられます。

 一方、昼夜放牧を実施する際は人の目が届かない夜間にも放牧を継続するため、牧柵の整備など安全面には昼放牧以上に配慮する必要があります。また、放牧時間が長いほど早く放牧地が傷むため、昼夜放牧を実施するにはある程度広い土地が必要となります。

 このような特徴があるため、春から秋にかけては昼夜放牧が行なわれるのが一般的になってきていますが、最近になり一部の牧場で厳冬期にも試験的に昼夜放牧が実践されるようになってきました。しかし、北海道の馬産地では冬は放牧地が雪に覆われるため、春から秋にかけて行なっている昼夜放牧とは異なる管理が求められることになります。そのあたりの話題について、「生産地シンポジウム」で詳しくお話したいと思います。

Photo_4

図3 昼夜放牧のメリットとデメリット

生産地シンポジウム

 毎年7月中旬に新ひだか町静内で行なわれているJRA主催の講習会ですが、今年は下記の要領で実施されます。今年のシンポジウムのテーマは「軽種馬生産における若馬の昼夜放牧管理について」です。

 主催:日本中央競馬会

 開催日時:平成24712日(木)10001430

 開催場所:静内ウエリントンホテル2F

 シンポジウム

  「軽種馬生産における若馬の昼夜放牧管理について」

 座長:服巻滋之(ハラマキファームクリニック)・佐藤文夫(JRA日高育成牧場)

1)若馬の昼夜放牧管理について

○佐藤文夫(JRA日高育成牧場)

2)社台ファームにおける若馬の昼夜放牧管理

○加藤 淳(社台ファーム)

3)エクセルマネジメントにおける若馬の昼夜放牧への取り組み

○瀬瀬 賢(エクセルマネジメント)

4)日高育成牧場における厳冬期の昼夜放牧管理について

○遠藤祥郎(JRA日高育成牧場)

5)昼夜放牧における草地管理について

○三宅陽(日高農業改良普及センター)

   6)ファームコンサルティングの観点から見た軽種馬生産における昼夜放牧管理のすすめ

○服巻滋之(ハラマキファームクリニック)

 ほか、一般講演が8題あります。詳しくは「軽種馬防疫協議会」のホームページ(URLhttp://keibokyo.com/)をご覧下さい。

 以上、日高育成牧場で行なっている初期から中期育成期の放牧管理についてお話させていただきました。生産地シンポジウムにも多数の皆様にご来場していただけましたら幸いです。

~事務局より~

 JRAで取り込んでいる生産育成研究で得られた知見や新しい技術に関して、JRA育成馬日誌を通じて、適宜発信しております。これらの生産育成研究に関しての質問には、可能な限りお答えします。下記メールアドレスにご質問をお願いいたします。

 

        メールアドレス     jra-ikusei@jra.go.jp

交配前後の繁殖牝馬の管理について(生産)

日高育成牧場では、4月末までに全8頭のJRAホームブレッドが誕生しております。今年は例年より冬の寒さが厳しかったですが、ゴールデンウィーク明けになりようやく桜も咲きました(写真1)。さて、今回は日高育成牧場で行なっている交配前後の繁殖牝馬の管理についてご紹介したいと思います。

Photo_5

写真1 桜が咲きました!

ライトコントロール

 馬は春にしか発情期が来ない「季節繁殖動物」です。春になると日が長くなり、気温が上がり、草が伸びますが、馬は何で季節を感じているかというと「日の長さ」であることがわかっています。そこで、馬房内に電球を照らして人工的に明期を長くすることによって、馬の体に「春が来た」と錯覚させ、早く発情期を迎えるというテクニックが「ライトコントロール」です。

 具体的には、冬至(1220日頃)から昼間(明期)を14.5時間、夜(暗期)を9.5時間になるようにタイマーを用いて馬房を照らします(写真2)。すると無処置の場合と比較して、約2ヶ月初回排卵を早める効果があるという研究結果が出ています。

 この繁殖シーズンの初回の排卵は「持続性発情」となるなど安定しないことが多いため、なるべく早期に排卵させてしまい、2回目以降の安定した排卵を狙って種付けを行なうということが効率的な管理につながります。

 なお、この「ライトコントロール」は明期だけでなく暗期も重要です。窓を閉め外から街灯の光が入ってこないようにするなど暗期をなるべく暗くするように工夫した方がより効果的です。

Photo_6

写真2 ライトコントロール

獣医師による検査

 ①直腸検査

 直腸壁を介して卵巣や子宮を触診する、最も一般的な検査です。子宮は大きさ、硬さなど、卵巣は卵胞の大きさ、軟らかさ、排卵窩の開き具合などを調べ、総合的に判断します。

 ②超音波検査(エコー検査)

 直腸検査と併せて、卵巣や子宮を超音波診断装置により描出する方法です(写真3)。卵胞の大きさや形、排卵の確認、黄体の有無、子宮の貯留液の有無、シストの確認のほか、妊娠鑑定にも必須となっています。

 ③膣検査

 膣鏡を陰門から挿入し、膣粘液の量、膣壁の充血具合、子宮外口の形を見ます。

 繁殖牝馬には個体差があるため一概には言えませんが、日高育成牧場では通常下記の所見が確認された後、後述の排卵誘発剤を投与し種付けとなります。

1)卵胞が成長過程で(1日に3~5mm)、大きさが35mm以上ある

   2)超音波検査で子宮の浮腫が認められる

   3)膣検査で子宮外口の軟化が認められる

Photo_7

写真3 排卵前の卵胞

交配前後に使用する薬剤(写真4)

①排卵誘発剤

 以前は直腸検査の結果から排卵時期を予測し種付けするというスタイルが常識でしたが、近年はより効率的に交配するため排卵誘発剤が普及してきました。

 ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)は、馬の排卵を直接的に誘発する黄体形成ホルモン(LH)様の作用を有しており、2,5003,000単位を静脈内投与すると、2448時間後に排卵する確立が高くなるため、種付けの前日に投与します。「卵胞が排卵できる状態」にあることが使用の前提となるため、前述の所見を確認後投与します。

 少し専門的な話になりますが、このhCG製剤を繰り返し使用すると免疫反応によって繁殖牝馬の体内に抗体が作られ効果が減少すると言われているため、上記の所見が認められない場合は使用しないなど、無駄打ちをなくしなるべく使用回数を減らす注意が必要です。

 海外ではこのhCGの欠点を改善した性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の類似物質であるDeslorelinが使用されています。GnRHは前述のLHの放出を促進し、その結果間接的に馬の排卵を誘発するため、hCGより自然な排卵に近い効果が得られると言われています。2.1mgを皮下注射すると48時間以内に排卵すると言われていますが、卵胞の大きさが30mm以上であることが使用の前提であるため、投与前に超音波検査を実施することが不可欠です。

②子宮収縮剤

 種付けをすると、精子は約1時間以内に卵子と受精する場所である「卵管」に到達すると言われています。卵管に到達できなかった余分な精子は、子宮の炎症の原因となるため、速やかに排出した方が良いとされています。そのため、我が国では種付け後の子宮洗浄が一般的に行なわれていますが、日高育成牧場では海外で一般的な方法である子宮を収縮させる作用のあるホルモン(オキシトシン製剤)を25単位筋肉内注射しています。

 ③黄体退行処置(発情休止期の短縮)

 繁殖シーズンの牝馬は、約1週間の発情期と約2週間の発情休止期(黄体期)を交互に繰り返しているわけですが、発情休止期(黄体期)が終わるシグナルは子宮から分泌されるプロスタグランジン(PGF2α)が黄体を退行させることによります。1回目の種付けが不受胎であった場合や、分娩後初回発情での交配を見送った場合など、一日でも早く次の種付けを行いたい場合、PGF2α製剤を使用することで早く次の発情期を迎えることができます。具体的には、発情休止期(黄体期)と思われる時期に超音波検査を実施し、黄体の存在を確認してから投与します。PGF2α製剤の一つであるクロプロステノール製剤を250μg筋肉内注射します。

Photo_8

写真4 左からhCG製剤、GnRH製剤、オキシトシン製剤、PGF2α製剤

分娩後の交配

 妊娠馬は、分娩後約10日で排卵が起こることが知られています。現在我が国ではこの「分娩後初回発情」で種付けを行うことが一般的ですが、2回目以降と比較して受胎率が低いことがわかっています。分娩による子宮のダメージが十分に回復していないことが原因です。日高地方で過去に行なった調査では、分娩後初回発情で交配された場合の受胎率は約46%であり、2回目以降の受胎率約65%と比較して明らかに低い結果でした。さらに13歳以上の高齢の繁殖牝馬では受胎率は約37%にまで低下することがわかりました。さらに、分娩後初回発情で種付けを行うと10日齢前後の子馬を一緒に種馬場まで輸送することになるため、まだ幼弱な子馬に大きなストレスをかけることになります。以上から「分娩後初回発情」で種付けは推奨できませんが、シーズン終盤など止むを得ない場合は下記の基準を元に判断すると良いでしょう。

1)牝馬の年齢が12歳以下である

   2)分娩後の後産排出が1時間以内であった

   3)分娩後の後産の重さが8kg以下であった

   4)種付けが少なくとも分娩後10日目以降である

   5)分娩後の子宮頸管スワブの細菌検査が陰性であった

日高育成牧場では、生産率を向上するため基本的に分娩後初回発情は見送り、前述したPGF2α製剤を使用して発情休止期(黄体期)を短縮して2回目以降の排卵で交配しています。

 以上、日高育成牧場で行なっている交配前後の繁殖牝馬の管理についてお話させていただきました。私たちも現在のやり方がベストだと満足してはおらず、今後もよりよい管理方法を模索してまいりたいと思っておりますが、ご参考にしていただけましたら幸いです。

「HBAトレーニングセール」に向けて(日高)

424日に中山競馬場で行われたJRAブリーズアップセールにおきましては、多くの皆様の参加および多頭数の御購買をいただき、誠にありがとうございました。御購買いただきました馬たちの競走馬としてのご活躍を心から期待しています。育成馬日誌の紙面をお借りし、あらためて御礼申し上げます。

ようやく桜が満開となった浦河は1年で最も美しい季節を迎えています。事務所近くに居を構える“エゾタヌキ”の夫婦も、厳しい冬を乗り越えた直後の3月には痩せ細っていましたが、冬眠明けのカエルやミミズなどの食物が豊富となる5月を迎え、“タヌキ”らしい体型に戻ってきました。

Photo_6

春を迎え“タヌキ”らしい体型を取り戻した“エゾタヌキ”の夫婦。

さて、JRAブリーズアップセールに体調が整わず間に合わなかった6頭につきましては、521日(月)および22日(火)の両日にJRA札幌競馬場で開催されるHBAトレーニングセールに上場いたします(JRAの馬は522日に上場)。今回の上場馬は、ブリーズアップセール直前に跛行等の理由によって順調に調教を行うことができなかった馬達です。

ブリーズアップセールから約1ヶ月と決して十分な期間ではないために、HBAトレーニングセールへの上場を見送った馬も4頭おりますが、今回の上場する6頭については、競走馬では普通に見られる疾病の発症が、偶然ブリーズアップセールと重なってしまった馬たちになります。これらの馬たちにとって、HBAトレーニングセールは競走馬としてのスタートラインに立つためのラストチャンスになります。

Photo_7

トレーニングセールに備えての併走調教。内:No. 211ダイコーダンスインの10(牡 父リンカーン)、外:No.210エムケイミラクルの10(牡 父ケイムホーム)

Photo_8

トレーニングセールに備えての併走調教。内:No. 212フレンドリータッチの10(牝 父ケイムホーム)、外:No.209アポロヘルムの10(牝 父タイキシャトル)

トレーニングセールに備えての併走調教。内:No. 208ワンモアベイビーの10(牡 父ケイムホーム)、外:No.213ヘバラーの10(牝 父アルデバラン)

今回私たちが上場する馬たちにとって、セールは「単に売って終わりではなく」、「競走馬になるための過程」であることが大切と考えています。セール当日は、民間セールの雰囲気に合った走行ができるよう、馬たちと相談をしながらしっかりと鍛え、セールまで残り少ない日々の調教を進めているところです。

長い冬が明け、北海道は一年で最も素晴らしい季節を迎えています。皆様のご来場を心からお待ち申し上げています。

Photo_10

調教終了後は、馬の精神や生理状態をナチュラルに保つため、下馬してグラスピッキングを行います。馬は草を食べることで非常にリラックスします。左:No. 211エムケイミラクルの10(牡 父ケイムホーム)、右:No.208ワンモアベイビーの10(牡 父ケイムホーム)。

育成馬展示会が開催されました(日高)

BTC調教施設での春の訪れの代名詞ともなっている屋外1600mトラック馬場の開場が、昨年より1週間遅れの4月2日に行われました。4月を迎えた浦河では肌寒い日が続いており、育成馬きゅう舎の近くに居を構える“エゾユキウサギ”の換毛も少し遅れており、ようやく茶褐色の夏毛が現れ始めたところです。

Photo

今年の冬は寒く“エゾユキウサギ”の換毛も昨年より少し遅れています。4月上旬(左)と2月下旬(右)の写真。

育成馬展示会の開催

先日、4月9日()に日高育成牧場の育成馬展示会が開催されました。当日は早朝には積雪を認め、その後は開始1時間前まで雨が降り続いていました。幸いにも展示会開催中の降雨は認められませんでしたが、4月とは思えぬほどの寒さの中、馬主・調教師・生産者をはじめとして181名の方々にご来場いただきました。この展示会は、以前は生産牧場の皆様にその成長ぶりを見ていただくという趣旨が強かったのですが、8年前に開始されたBUセールでの売却となってからは、購買に興味を持たれた馬主や調教師の方々の来場が年々増えてくるようになりました。

Photo_2

比較展示でたくさんの来場者に囲まれる育成馬達。

今年の冬は例年に無い寒さ

今年の冬は例年にないほど寒く雪解けが遅かったため、騎乗供覧の会場となる1600mダートトラック馬場の開場が1週間遅れ、4月2日にようやくオープンとなりました。育成馬展示会まで8日間しか期間が無く、恥ずかしくない供覧をお見せできるか不安もありましたが、オープン以降は順調に使用できたことで、何とかしっかりとした動きをご覧いただくことができたのではないかと思っております。

Photo_3

騎乗供覧:右が11番ベラミロードの10(牝 父:アドマイヤムーン)、左が12番オテンバコマチの10(牝父:ケイムホーム)。

BTC生徒の卒業イベント

また、軽種馬育成調教センター(BTC)が行う騎乗者養成コースの生徒に対して、昨年秋の初期馴致および本年1月からの実践騎乗の場として育成馬達を提供してきましたが、生徒達は卒業のイベントとして、立ち馬展示や騎乗供覧の場でこれまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれました。立派なホースマンとして飛躍することを期待しています。

Photo_4

立ち馬展示だけでなく騎乗供覧でもこれまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれたBTC生徒達。これからの活躍を期待しています。

育成馬達にとってのブリーズアップセール

育成馬達にとっては、ブリーズアップセールがゴールではなく、競走馬としてのスタート地点に過ぎません。順調に調教が進んでいたとしても、セール1週間前に運動器疾患を発症する場合や、2月には軽調教しかできなかったにもかかわらず、セール当日には良いパフォーマンスを発揮する場合など様々です。育成馬達にとっては、ブリーズアップセールという日は2歳の4月のある1日にしか過ぎないのですが、この舞台でその馬の持っているパフォーマンスを最大限に引き出すことができなければ、競走馬としてのスタートラインに立てないという事実もあります。調教が進むにつれ、運動器疾患が少しずつ顔を出すようにもなり、どんなに注意していても馬の管理にはアクシデントが付き物であるということを実感せざるを得ず、セールまで悩みが尽きることはありません。

BUセールの安心と信頼のための取組み

3月に入ってからは、スタッフ一丸となってセリカタログ用の写真撮影、セール用の調教DVDの撮影、さらにはレポジトリーのための各種検査を実施しています。特に、情報開示室で開示するレポジトリーの確認のために、3月下旬には美浦トレーニングセンターの獣医職員が来場し、第三者による検査も実施されました。その検査のなかで、喉の状態に不安がある馬に対して、トレッドミル(ルームランナーのようなもの)を使用して運動時の内視鏡検査を実施しました。喉の状態を内視鏡で検査する場合、一般的には駐立状態で行われますが、競走馬のパフォーマンスを確認する上では、運動時の内視鏡検査が重要であることはいうまでもありません。そのために、日高育成牧場では、少しでも不安がある場合には、トレッドミルでハロン15秒程度のスピードを上げた走行時の内視鏡検査を実施し、その検査結果の情報開示を行っています。


YouTube: 【トレッドミル内視鏡検査】.wmv

少しでも喉の状態に不安がある場合には、トレッドミルでハロン15秒程度のスピードを上げた走行時の喉の内視鏡検査を実施します。

最後になりますが、中山競馬場でのブリーズアップセールは4月24日(火)に開催いたします。本年は、前日に上場馬をじっくりと吟味いただくために、前日展示会も実施いたします。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

子馬の取り扱いについて(生産)

 日高育成牧場では、3月末現在3頭のJRAホームブレッドが誕生しています。学校が春休みに入るこの時期には、主に獣医学科の大学生の研修も行なっています(写真1)。研修では馬の分娩に立ち会うほか、繁殖牝馬や子馬の管理を実際に体験してもらっています。ここ日高育成牧場では、生まれたばかりの当歳馬からもうすぐブリーズアップセールに上場される2歳の育成馬まで幅広い時期のサラブレッドを見ることができます。種付けを決めるための直腸検査や子馬の画像診断の研究、さらには育成馬の調教まで見てもらい、大学ではあまり経験できないサラブレッドという動物について間近に接してもらいながら学んでもらっています。さて、今回は日高育成牧場で行なっている子馬の取り扱いについてのお話です。

Photo_9

写真1 直腸検査の実習の様子

子馬の取り扱いについての基本的な考え方

 育成期に順調に調教を積むためには、子馬の段階からの取り扱いが非常に重要になってきます。野生の馬の世界では「アルファ」と呼ばれるリーダーが群れを統制していますが、私たち馬を取り扱う人間が子馬の「アルファ」となるべくしつけていくことが、その後の子馬の取り扱いを容易にします。といっても、子馬のしつけは力ずくで行なうのではなく、「オン」と「オフ」を明確に示してやることが重要です。すなわち、ヒトが馬に何かを要求する際には強い態度で示し(「オン」)、馬が素直に指示に従った際にはすぐにプレッシャーを解除し(「オフ」)、「ヒトの言うことを聞けば居心地の良い場所に居られるんだ」という意識を馬に持たせていくのです。

 また、生後間もない子馬の特徴として、「身体が虚弱であること」が挙げられます。力ずくで無理やり扱うと怪我をしやすいのは当然として、他に成馬のように引き手のみで取り扱おうとすると力が1点にかかることになり頸椎を痛め、最悪の場合競走馬生命が絶たれることにもなりかねません。引き手を使用していわゆる「点」で扱うのではなく、身体がしっかりするまであえて引き手は使用せず、両腕を回しヒトの体が子馬に接する面積をなるべく多くして子馬の動きに追随する、すなわち「面」で子馬を扱うイメージが重要です。

子馬の引き馬について

 ①2人1組での引き馬

 前述のとおり、生後2週齢くらいまでは引き手を使用せず、「面」で子馬を扱うように意識します。子馬の肩から頸に手を回して、子馬が自発的に歩くことをサポートするイメージです。この時期に大切なのは、子馬に「ヒトと歩く時は肩の位置で」と意識付けさせることで、そのことが後々の引き馬をスムーズにします。子馬が立ち止まった時はお尻を軽く引っかくイメージで触り、前に進むよううながしてやります。この軽く引っかくというのは、母馬が子馬を乳房に誘導する際に鼻でお尻を刺激する自然な行為に近いものです。引き手はある程度子馬の身体がしっかりしてくる生後2週齢以降から使用します(写真2)。最初は止め具のない1本のロープを使用することで、放馬した際ロープが簡単に抜け落ちますので、子馬が引き手を踏んで頸椎を痛めるなどの事故を予防することができます。この時期の子馬は放馬しても母馬の元へ戻ってきますので、いかに事故を防ぐかが大切です。

 もう一つ大切なことは、なるべく子馬が小さいうちからヒトが多く手をかけてやることです。子馬を観察していると頻繁に横になって休息しますが、放牧地では十分に休息が取れない場合も多いです。そこで、例えば朝一旦放牧に出した後、昼間に一度馬房に入れ十分休息させ、午後再度放牧するようにします。そうすることで子馬に接する機会が増え、結果としてヒトに慣れた扱いやすい子馬にすることができます。

Photo_10

写真2 引き手は2週齢以降から、止め具のない1本のロープを使用します。たとえ放馬しても引き手を踏んで頸椎を痛めるなどの事故を予防できます。

 ②1人で行なう親子の引き馬

 子馬が自ら進んで歩くようになったら、1人で親子を引き馬することができるようになります(写真3)。この場合、左手で母馬を引き、右腕は基本的に子馬の頸に回して保持し、子馬が立ち止まろうとした際には右手で肋骨を軽くたたいて刺激し前に進んだ場合はまた頸に回すことでスピードを調節します。プレッシャーの「オン」が肋骨の刺激、「オフ」が頸に手を回した状態というわけです。これを教えていくことで、馴致の際馬が脚などの扶助を理解しやすくなります。

Photo_11

写真3 子馬が自ら歩くようになったら、1人で親子の引き馬ができるようになります

子馬の保定

 子馬の治療や削蹄を行なう際には、子馬を保定する必要があります。その場合にも、子馬を「点」ではなく「面」で扱うイメージが重要です。すなわち、馬房の中央で引き手のみで押さえるのではなく、馬房の壁を利用して子馬が移動できる方向を制限します。引き馬の時と同じく、ある程度身体がしっかりする生後2週齢以前は引き手を使用せず、万が一転倒した際に頸椎の損傷を防ぎます。削蹄などで前肢を挙上する際は、子馬は後退して逃げようとするので馬の後ろに壁を当てて保定します。反対に後肢を挙上する際は子馬は前に進もうとするため馬の前に馬房の壁を向けると上手く行きます。採血する際も後退する傾向があるため、壁を後ろに当てると良いでしょう。経鼻カテーテルの挿入など、壁を利用しても保定が困難な場合は、壁を横に当てながら片手で子馬の胸前を保持し、もう一方の手で尾を上方に挙げて保定します。

 保定時に重要なことは子馬を屈服させるのではなく、要求に従ったらただちにプレッシャーを「オフ」にし、納得させることです。それを繰り返すことで従順になり、必要最小限の保定で検査などを受け入れるようになります(写真4)。最も避けなくてはならないことは子馬を精神的に追い込んで、パニックに陥れてしまうことです。馬は記憶力の良い動物ですので、治療や削蹄の度に暴れる馬をわざわざ作ってしまうことになりかねません。

Photo_13

写真4 子馬の超音波検査時の様子。

 以上、子馬の取り扱いについてお話させていただきました。子馬のうちからヒトが正しく取り扱っていれば、将来騎乗馴致を行なう段階での扱いやすさが格段に良くなります。ご参考にしていただけましたら幸いです。

●事務局より

2012JRAブリーズアップセールの調教DVD映像はこちらをご覧ください。

ゲート馴致について(日高)

3月も半ばを過ぎると、雪の日には「これが今年最後の雪だろう」と話しながら、春の訪れを楽しみにしています。北の大地である浦河の春はもうそこまで来ているようです。

Photo_8

今年最後の雪であることを願いながら、春の訪れを心待ちにしています。北海道の春はもうそこまで来ているようです。

●育成馬の近況 ~Work調教の開始~

育成馬達はブリーズアップセールに向け順調に調教メニューをこなしております。前回、お伝えいたしましたとおり、800m屋内トラックでの調教をベースとしながら、週2回の坂路調教を実施し、1週間の調教の流れをパターン化させ、調教コースによるオンオフの区別の理解を馬に促すことを引き続き行っております。2月から開始しているこの調教パターンによって、多くの馬が調教のオンオフを理解してきたように感じています。また、体力面および心肺機能も強化され、坂路調教では“on the bridled”での2本のステディキャンター(54秒/3F)を安定して走行できるようになってきました。

このように、体力面と精神面の安定が図られてきたので、3月中旬からはwork調教と呼んでいる坂路の2本目に2頭併走での少し速めのキャンター(48秒/3F)を開始しております。この時にも、単なる走行タイムよりも最後まで“on the bridled”の手応えを重要視しています。この調教のパターンを3週間ほど継続し、安定した走行が可能となった段階で、次のステップに進んでいきたいと考えています。同じことの繰り返しが調教であると理解しつつも、それが難しいことを感じざるを得ない今日この頃です。

 

坂路コースでは1本目は4頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンター54秒/3Fを、2本目は併走での少し速めのキャンター(48秒/3F)を実施しています。縦列調教画像は先頭からオテンバコマチの10(牝 父:ケイムホーム)、メジロマルチネスの10(牝 父:デュランダル)、スルーパスの10(牝 父:サウスヴィグラス)、フラワーサークルの10(牝 父:アルデバラン)、併走調教画像は左がヒカルヤマトの10(牡 父:アドマイヤジャパン)、右がユメノセテアラムの10JRAホームブレッド 牡 父:ケイムホーム

ゲート馴致について

さて、今回はゲート馴致について触れてみたいと思います。一般的に馬、特にサラブレッドは警戒心が強い動物であると考えられ、新しく見聞きするものや初めて経験することに敏感に反応しがちです。また、閉じ込められる様な閉鎖空間や束縛される環境に対しては、恐怖や警戒心から逃避しようとします。このような馬の性格を踏まえて、ゲート馴致のみならず全ての馴致過程において、焦らずに馬が理解するまで根気よく馴らす必要があります。

ゲートに対する馴致

まずはゲートが安心できる場所であることを馬に学習させるために、ゲートは日常の運動中に身近に見える場所に設置します。引き馬やドライビングの段階において十分ゲートを通過させ、可能な限りゲートに対する恐怖心を取り除くようにします。次に騎乗して幅の広い練習用ゲートを通過させます。ゲート通過が可能になれば、毎日の調教時に通過し、ゲート通過に馴らします。徐々に競馬で使用するのと同じ幅のゲート通過に馴らしていきます。

ゲートでの駐立と扉の閉鎖

 ゲート通過に馴れた後は、ゲートの扉を開いた状態で駐立することを馴らします。その後は前扉が開いた状態で駐立させ、後躯を十分にパッティングしてから後ろ扉を閉めます。この時に馬が落ち着いているようであれば、騎乗者の扶助で少し後退させて、後ろ扉に臀部が触れることを経験させます。このときに、馬が前に突進する可能性があるので注意して行います。最後に前扉を閉めて最終的なゲート内での駐立に馴らします。

発進馴致

 前後の扉を閉鎖しても馬がリラックスした状態で駐立できたら、以下の手順で最終確認を行います。

1)騎乗した状態で前扉を閉めたゲートに入れる 

2)後ろ扉を閉める 

3)ゲート内でおとなしく10秒程度駐立させる 

4)前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する 

JRAではジャンプアウトまでの馴致は行っていませんが、ゲートの前扉が開くとともに、騎乗者の扶助により常歩でスムーズに出ることができるところまで練習しています。この発進馴致の確認は12月末に日を改めて2回行った後、3月上旬に再確認を行っています。また、その後も毎日、扉のないゲートを落ちついた状態で常歩通過しています。このような状態でトレセンにバトンタッチできるよう心掛けています。

 

警戒心が強いサラブレッドは初めて経験することに敏感に反応しやすいため、ゲート馴致のみならず全ての馴致過程において、焦らずに馬が理解するまで根気よく馴らす必要があります。

最後になりますが、日高育成牧場の育成馬展示会は49日(月)10時~に開催を予定しております。実馬の立ち馬展示後には、1600mトラック馬場において騎乗供覧という形でブリーズアップセール上場予定馬のトレーニングを皆さまに披露させていただきます。

また、日高育成牧場では、軽種馬育成調教センター(BTC)が行う騎乗者養成コースの研修生に対して1月から実践研修の場を提供してきましたが、育成馬展示会はその研修の総仕上げの場ともなっています。研修生も展示および騎乗供覧に参加しますので、彼らの研修の成果もご覧いただければ幸いです。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

Photo_5

49日(月)の日高育成牧場の育成馬展示会ではBTC騎乗者養成コース研修生の騎乗ぶりにも注目して下さい。写真は2011年の育成馬展示会BTC研修生を背に軽快な走行を披露したダンツミュータント号(先頭、父:マイネルラヴ)とモンストール号(2番手、父:アドマイヤマックス

初乳の重要性~「移行免疫不全」について~(生産)

 日高育成牧場では、2月23日に今年初となるJRAホームブレッドが誕生しました(写真1)。予定日はちょうど1週間ちがったのですが、1頭の分娩が終わるとそれに触発されたのか隣の馬房で見ていた次の1頭にも陣痛が来て分娩を始めました。視覚?嗅覚?それとも別の何か?馬の分娩を誘発する物質があるのでしょうか。馬の繁殖のメカニズムにはまだまだ未知の部分が多く、我々の研究テーマは尽きることがありません。さて、今回は、新生子馬にとって問題となる「移行免疫不全」のお話です。

Photo_9

写真1 今年のJRAホームブレッド第1号「ドリームニキハートの12」

(めす、父アルデバラン、母の父チーフベアハート)

「移行免疫不全」とは

 有名な話ですが、馬の胎盤の構造はヒトと異なるため、妊娠中に母馬の抗体(免疫グロブリン)が血液を介して子馬には移行せず、初乳を摂取することで初めて子馬は抗体を獲得します。生後2週齢から子馬自身で抗体を産生し始めますが、その量は約3ヶ月齢までは十分ではないと言われています。ですので、いかに良質の初乳を子馬に摂取させるかが生後まもない子馬の感染症予防の観点から重要になります。もう少し詳しく言えば、母馬に対しては分娩予定日の1~2ヶ月前までに各種ワクチン(馬インフルエンザ、馬ロタウイルス、破傷風、馬鼻肺炎など)を接種しておくと、高濃度の免疫グロブリンを子馬に移行させることができます。また、環境中の細菌やウイルスの抗体を作るために、子馬が生まれた後親子を放牧する予定のパドックなどに同じく分娩1ヶ月前までに放牧しておくと良いでしょう。

母馬の乳汁を用いた検査

子馬は初乳さえ飲めば問題ないかと言えば、実はそうではありません。母馬の出す初乳の質が常に良いとは限らないからです。分娩前に漏乳していたりすると、初乳中の免疫グロブリンがすでに流出してしまっており十分でないことがあります。初乳の質は見た目でもある程度判断できますが(写真2)、初乳に含まれる免疫グロブリンの量をより正確に推測するには、糖度計を用いたBrix値を指標とすることを推奨します。初乳のBrix値が20%以上であれば免疫グロブリンの豊富な良質の初乳と推測することができます。このBrix値は、子馬が十分初乳を摂取したかどうかを推測することにも利用できます。「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10以上であれば十分量の抗体が移行したと推測できます。もし、その値が10未満であれば子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断されます。

Brix値についてはこちらをご参照下さい。

「日高育成牧場での分娩前後の対応」

Photo_10

写真2 良質の初乳は「緑がかった黄色」に見えます

子馬の血液を用いた検査

 前述の母馬の乳汁を用いた検査はあくまでも推定で、厳密に言えば子馬の血液中の免疫グロブリンを測定することが望ましいと言えます。しかしながら、現在のところ免疫グロブリンそのものを測定するには外部の検査機関に依頼することになりますが、すぐには結果が出ません。子馬が初乳を吸収できるのは生後24時間以内と言われており、結果を待ってからストックしてある初乳を飲ませようと思っても遅いということになってしまいます。そこで、簡易に子馬の血液中の免疫グロブリンを測定する方法として、「グルタルアルデヒド凝集反応」があります。この方法は、グルタルアルデヒドという消毒薬や固定液として使われる試薬を子馬の血清と混ぜて、血清が固まる時間から免疫グロブリン量を推定するという方法です。この方法は獣医師による検査が必要ですが、詳細は下記の通りです。

1. グルタルアルデヒドを純水で10%に希釈した溶液を用意する

2. 血清500μℓに10%グルタルアルデヒドを50μℓ加える

3. 血清が固まる時間を測る

4. 10分以内で固まればIgG800mg/mℓ以上(優良)

5. 60分以内で固まればIgG400800mg/mℓ(可)

Photo_11

写真3 子馬の血液中に十分な抗体が移行していれば血清が固まります

「移行免疫不全」の治療法

①冷凍初乳の投与

 前述の「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10未満の場合、もしくは「グルタルアルデヒド凝集反応」で血清が固まる時間が60分以上かかる場合には子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断され、治療が必要になります。

まず推奨されるのがストックしておいた初乳を飲ませるという方法です。初乳をストックする方法は、まず対象馬ですが初産や高齢の繁殖牝馬では初乳の質は良くても量が十分でない場合があるので避けます。また、過去に新生子溶血性貧血(新生子黄疸)を起こしたことのある繁殖牝馬も避けます。1頭の繁殖牝馬から25%以上のBrix値を持つ初乳を500mℓ採乳することを目安とします。搾乳の前にタオルなどで乳房を拭き、ボウルなどで乳汁を受けます。ガーゼなどで濾過してゴミを除去し、ジップロックなど密閉できる容器で保存します。100mℓずつ小分けにしておくと、投与の際量がわかりやすくて便利です。一般の家庭用冷蔵庫では1年間程度は品質を保っていられます。解凍する際は自然解凍かぬるま湯を用いて行なって下さい。電子レンジなどを用いて高温にしてしまうと、たんぱく質が変性してしまうため、せっかくの初乳が台無しになってしまいます。投与は哺乳瓶などで5001000mℓ与えますが、子馬が飲まない場合は獣医師を呼び経鼻カテーテルを用いて強制的に投与する必要があります。子馬が初乳を吸収できるのは生後24時間以内と言われており、中でも6時間までの吸収率が最も高いと言われています。ですので、初乳の投与は遅くとも生後24時間以内、可能であれば12時間以内、理想的には6時間以内に実施します。

②血漿輸血

 初乳のストックがない場合、もしくは冷凍初乳を投与したにもかかわらず「グルタルアルデヒド凝集反応」の結果が改善されない場合は「血漿輸血」を考慮しなくてはなりません(写真4)。海外では血液型不適合の起こらないユニバーサルドナーの血液を用いた輸血用血漿製剤が市販されていますが、日本国内ではありません。ショックなどの副作用もありますので、あくまでも保存初乳の投与を第一選択として考えるべきです。

Photo_12

写真4 血漿輸血の様子

 新生子馬は感染症に弱く、成馬であればただの熱発で済むようなものでも、肺炎や化膿性関節炎など重篤になる恐れがあります。子馬の免疫状態を正しく把握しておくことが、子馬の将来のために非常に重要です。