交配前後の繁殖牝馬の管理について(生産)

日高育成牧場では、4月末までに全8頭のJRAホームブレッドが誕生しております。今年は例年より冬の寒さが厳しかったですが、ゴールデンウィーク明けになりようやく桜も咲きました(写真1)。さて、今回は日高育成牧場で行なっている交配前後の繁殖牝馬の管理についてご紹介したいと思います。

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写真1 桜が咲きました!

ライトコントロール

 馬は春にしか発情期が来ない「季節繁殖動物」です。春になると日が長くなり、気温が上がり、草が伸びますが、馬は何で季節を感じているかというと「日の長さ」であることがわかっています。そこで、馬房内に電球を照らして人工的に明期を長くすることによって、馬の体に「春が来た」と錯覚させ、早く発情期を迎えるというテクニックが「ライトコントロール」です。

 具体的には、冬至(1220日頃)から昼間(明期)を14.5時間、夜(暗期)を9.5時間になるようにタイマーを用いて馬房を照らします(写真2)。すると無処置の場合と比較して、約2ヶ月初回排卵を早める効果があるという研究結果が出ています。

 この繁殖シーズンの初回の排卵は「持続性発情」となるなど安定しないことが多いため、なるべく早期に排卵させてしまい、2回目以降の安定した排卵を狙って種付けを行なうということが効率的な管理につながります。

 なお、この「ライトコントロール」は明期だけでなく暗期も重要です。窓を閉め外から街灯の光が入ってこないようにするなど暗期をなるべく暗くするように工夫した方がより効果的です。

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写真2 ライトコントロール

獣医師による検査

 ①直腸検査

 直腸壁を介して卵巣や子宮を触診する、最も一般的な検査です。子宮は大きさ、硬さなど、卵巣は卵胞の大きさ、軟らかさ、排卵窩の開き具合などを調べ、総合的に判断します。

 ②超音波検査(エコー検査)

 直腸検査と併せて、卵巣や子宮を超音波診断装置により描出する方法です(写真3)。卵胞の大きさや形、排卵の確認、黄体の有無、子宮の貯留液の有無、シストの確認のほか、妊娠鑑定にも必須となっています。

 ③膣検査

 膣鏡を陰門から挿入し、膣粘液の量、膣壁の充血具合、子宮外口の形を見ます。

 繁殖牝馬には個体差があるため一概には言えませんが、日高育成牧場では通常下記の所見が確認された後、後述の排卵誘発剤を投与し種付けとなります。

1)卵胞が成長過程で(1日に3~5mm)、大きさが35mm以上ある

   2)超音波検査で子宮の浮腫が認められる

   3)膣検査で子宮外口の軟化が認められる

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写真3 排卵前の卵胞

交配前後に使用する薬剤(写真4)

①排卵誘発剤

 以前は直腸検査の結果から排卵時期を予測し種付けするというスタイルが常識でしたが、近年はより効率的に交配するため排卵誘発剤が普及してきました。

 ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)は、馬の排卵を直接的に誘発する黄体形成ホルモン(LH)様の作用を有しており、2,5003,000単位を静脈内投与すると、2448時間後に排卵する確立が高くなるため、種付けの前日に投与します。「卵胞が排卵できる状態」にあることが使用の前提となるため、前述の所見を確認後投与します。

 少し専門的な話になりますが、このhCG製剤を繰り返し使用すると免疫反応によって繁殖牝馬の体内に抗体が作られ効果が減少すると言われているため、上記の所見が認められない場合は使用しないなど、無駄打ちをなくしなるべく使用回数を減らす注意が必要です。

 海外ではこのhCGの欠点を改善した性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の類似物質であるDeslorelinが使用されています。GnRHは前述のLHの放出を促進し、その結果間接的に馬の排卵を誘発するため、hCGより自然な排卵に近い効果が得られると言われています。2.1mgを皮下注射すると48時間以内に排卵すると言われていますが、卵胞の大きさが30mm以上であることが使用の前提であるため、投与前に超音波検査を実施することが不可欠です。

②子宮収縮剤

 種付けをすると、精子は約1時間以内に卵子と受精する場所である「卵管」に到達すると言われています。卵管に到達できなかった余分な精子は、子宮の炎症の原因となるため、速やかに排出した方が良いとされています。そのため、我が国では種付け後の子宮洗浄が一般的に行なわれていますが、日高育成牧場では海外で一般的な方法である子宮を収縮させる作用のあるホルモン(オキシトシン製剤)を25単位筋肉内注射しています。

 ③黄体退行処置(発情休止期の短縮)

 繁殖シーズンの牝馬は、約1週間の発情期と約2週間の発情休止期(黄体期)を交互に繰り返しているわけですが、発情休止期(黄体期)が終わるシグナルは子宮から分泌されるプロスタグランジン(PGF2α)が黄体を退行させることによります。1回目の種付けが不受胎であった場合や、分娩後初回発情での交配を見送った場合など、一日でも早く次の種付けを行いたい場合、PGF2α製剤を使用することで早く次の発情期を迎えることができます。具体的には、発情休止期(黄体期)と思われる時期に超音波検査を実施し、黄体の存在を確認してから投与します。PGF2α製剤の一つであるクロプロステノール製剤を250μg筋肉内注射します。

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写真4 左からhCG製剤、GnRH製剤、オキシトシン製剤、PGF2α製剤

分娩後の交配

 妊娠馬は、分娩後約10日で排卵が起こることが知られています。現在我が国ではこの「分娩後初回発情」で種付けを行うことが一般的ですが、2回目以降と比較して受胎率が低いことがわかっています。分娩による子宮のダメージが十分に回復していないことが原因です。日高地方で過去に行なった調査では、分娩後初回発情で交配された場合の受胎率は約46%であり、2回目以降の受胎率約65%と比較して明らかに低い結果でした。さらに13歳以上の高齢の繁殖牝馬では受胎率は約37%にまで低下することがわかりました。さらに、分娩後初回発情で種付けを行うと10日齢前後の子馬を一緒に種馬場まで輸送することになるため、まだ幼弱な子馬に大きなストレスをかけることになります。以上から「分娩後初回発情」で種付けは推奨できませんが、シーズン終盤など止むを得ない場合は下記の基準を元に判断すると良いでしょう。

1)牝馬の年齢が12歳以下である

   2)分娩後の後産排出が1時間以内であった

   3)分娩後の後産の重さが8kg以下であった

   4)種付けが少なくとも分娩後10日目以降である

   5)分娩後の子宮頸管スワブの細菌検査が陰性であった

日高育成牧場では、生産率を向上するため基本的に分娩後初回発情は見送り、前述したPGF2α製剤を使用して発情休止期(黄体期)を短縮して2回目以降の排卵で交配しています。

 以上、日高育成牧場で行なっている交配前後の繁殖牝馬の管理についてお話させていただきました。私たちも現在のやり方がベストだと満足してはおらず、今後もよりよい管理方法を模索してまいりたいと思っておりますが、ご参考にしていただけましたら幸いです。

「HBAトレーニングセール」に向けて(日高)

424日に中山競馬場で行われたJRAブリーズアップセールにおきましては、多くの皆様の参加および多頭数の御購買をいただき、誠にありがとうございました。御購買いただきました馬たちの競走馬としてのご活躍を心から期待しています。育成馬日誌の紙面をお借りし、あらためて御礼申し上げます。

ようやく桜が満開となった浦河は1年で最も美しい季節を迎えています。事務所近くに居を構える“エゾタヌキ”の夫婦も、厳しい冬を乗り越えた直後の3月には痩せ細っていましたが、冬眠明けのカエルやミミズなどの食物が豊富となる5月を迎え、“タヌキ”らしい体型に戻ってきました。

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春を迎え“タヌキ”らしい体型を取り戻した“エゾタヌキ”の夫婦。

さて、JRAブリーズアップセールに体調が整わず間に合わなかった6頭につきましては、521日(月)および22日(火)の両日にJRA札幌競馬場で開催されるHBAトレーニングセールに上場いたします(JRAの馬は522日に上場)。今回の上場馬は、ブリーズアップセール直前に跛行等の理由によって順調に調教を行うことができなかった馬達です。

ブリーズアップセールから約1ヶ月と決して十分な期間ではないために、HBAトレーニングセールへの上場を見送った馬も4頭おりますが、今回の上場する6頭については、競走馬では普通に見られる疾病の発症が、偶然ブリーズアップセールと重なってしまった馬たちになります。これらの馬たちにとって、HBAトレーニングセールは競走馬としてのスタートラインに立つためのラストチャンスになります。

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トレーニングセールに備えての併走調教。内:No. 211ダイコーダンスインの10(牡 父リンカーン)、外:No.210エムケイミラクルの10(牡 父ケイムホーム)

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トレーニングセールに備えての併走調教。内:No. 212フレンドリータッチの10(牝 父ケイムホーム)、外:No.209アポロヘルムの10(牝 父タイキシャトル)

トレーニングセールに備えての併走調教。内:No. 208ワンモアベイビーの10(牡 父ケイムホーム)、外:No.213ヘバラーの10(牝 父アルデバラン)

今回私たちが上場する馬たちにとって、セールは「単に売って終わりではなく」、「競走馬になるための過程」であることが大切と考えています。セール当日は、民間セールの雰囲気に合った走行ができるよう、馬たちと相談をしながらしっかりと鍛え、セールまで残り少ない日々の調教を進めているところです。

長い冬が明け、北海道は一年で最も素晴らしい季節を迎えています。皆様のご来場を心からお待ち申し上げています。

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調教終了後は、馬の精神や生理状態をナチュラルに保つため、下馬してグラスピッキングを行います。馬は草を食べることで非常にリラックスします。左:No. 211エムケイミラクルの10(牡 父ケイムホーム)、右:No.208ワンモアベイビーの10(牡 父ケイムホーム)。

育成馬展示会が開催されました(日高)

BTC調教施設での春の訪れの代名詞ともなっている屋外1600mトラック馬場の開場が、昨年より1週間遅れの4月2日に行われました。4月を迎えた浦河では肌寒い日が続いており、育成馬きゅう舎の近くに居を構える“エゾユキウサギ”の換毛も少し遅れており、ようやく茶褐色の夏毛が現れ始めたところです。

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今年の冬は寒く“エゾユキウサギ”の換毛も昨年より少し遅れています。4月上旬(左)と2月下旬(右)の写真。

育成馬展示会の開催

先日、4月9日()に日高育成牧場の育成馬展示会が開催されました。当日は早朝には積雪を認め、その後は開始1時間前まで雨が降り続いていました。幸いにも展示会開催中の降雨は認められませんでしたが、4月とは思えぬほどの寒さの中、馬主・調教師・生産者をはじめとして181名の方々にご来場いただきました。この展示会は、以前は生産牧場の皆様にその成長ぶりを見ていただくという趣旨が強かったのですが、8年前に開始されたBUセールでの売却となってからは、購買に興味を持たれた馬主や調教師の方々の来場が年々増えてくるようになりました。

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比較展示でたくさんの来場者に囲まれる育成馬達。

今年の冬は例年に無い寒さ

今年の冬は例年にないほど寒く雪解けが遅かったため、騎乗供覧の会場となる1600mダートトラック馬場の開場が1週間遅れ、4月2日にようやくオープンとなりました。育成馬展示会まで8日間しか期間が無く、恥ずかしくない供覧をお見せできるか不安もありましたが、オープン以降は順調に使用できたことで、何とかしっかりとした動きをご覧いただくことができたのではないかと思っております。

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騎乗供覧:右が11番ベラミロードの10(牝 父:アドマイヤムーン)、左が12番オテンバコマチの10(牝父:ケイムホーム)。

BTC生徒の卒業イベント

また、軽種馬育成調教センター(BTC)が行う騎乗者養成コースの生徒に対して、昨年秋の初期馴致および本年1月からの実践騎乗の場として育成馬達を提供してきましたが、生徒達は卒業のイベントとして、立ち馬展示や騎乗供覧の場でこれまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれました。立派なホースマンとして飛躍することを期待しています。

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立ち馬展示だけでなく騎乗供覧でもこれまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれたBTC生徒達。これからの活躍を期待しています。

育成馬達にとってのブリーズアップセール

育成馬達にとっては、ブリーズアップセールがゴールではなく、競走馬としてのスタート地点に過ぎません。順調に調教が進んでいたとしても、セール1週間前に運動器疾患を発症する場合や、2月には軽調教しかできなかったにもかかわらず、セール当日には良いパフォーマンスを発揮する場合など様々です。育成馬達にとっては、ブリーズアップセールという日は2歳の4月のある1日にしか過ぎないのですが、この舞台でその馬の持っているパフォーマンスを最大限に引き出すことができなければ、競走馬としてのスタートラインに立てないという事実もあります。調教が進むにつれ、運動器疾患が少しずつ顔を出すようにもなり、どんなに注意していても馬の管理にはアクシデントが付き物であるということを実感せざるを得ず、セールまで悩みが尽きることはありません。

BUセールの安心と信頼のための取組み

3月に入ってからは、スタッフ一丸となってセリカタログ用の写真撮影、セール用の調教DVDの撮影、さらにはレポジトリーのための各種検査を実施しています。特に、情報開示室で開示するレポジトリーの確認のために、3月下旬には美浦トレーニングセンターの獣医職員が来場し、第三者による検査も実施されました。その検査のなかで、喉の状態に不安がある馬に対して、トレッドミル(ルームランナーのようなもの)を使用して運動時の内視鏡検査を実施しました。喉の状態を内視鏡で検査する場合、一般的には駐立状態で行われますが、競走馬のパフォーマンスを確認する上では、運動時の内視鏡検査が重要であることはいうまでもありません。そのために、日高育成牧場では、少しでも不安がある場合には、トレッドミルでハロン15秒程度のスピードを上げた走行時の内視鏡検査を実施し、その検査結果の情報開示を行っています。


YouTube: 【トレッドミル内視鏡検査】.wmv

少しでも喉の状態に不安がある場合には、トレッドミルでハロン15秒程度のスピードを上げた走行時の喉の内視鏡検査を実施します。

最後になりますが、中山競馬場でのブリーズアップセールは4月24日(火)に開催いたします。本年は、前日に上場馬をじっくりと吟味いただくために、前日展示会も実施いたします。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

子馬の取り扱いについて(生産)

 日高育成牧場では、3月末現在3頭のJRAホームブレッドが誕生しています。学校が春休みに入るこの時期には、主に獣医学科の大学生の研修も行なっています(写真1)。研修では馬の分娩に立ち会うほか、繁殖牝馬や子馬の管理を実際に体験してもらっています。ここ日高育成牧場では、生まれたばかりの当歳馬からもうすぐブリーズアップセールに上場される2歳の育成馬まで幅広い時期のサラブレッドを見ることができます。種付けを決めるための直腸検査や子馬の画像診断の研究、さらには育成馬の調教まで見てもらい、大学ではあまり経験できないサラブレッドという動物について間近に接してもらいながら学んでもらっています。さて、今回は日高育成牧場で行なっている子馬の取り扱いについてのお話です。

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写真1 直腸検査の実習の様子

子馬の取り扱いについての基本的な考え方

 育成期に順調に調教を積むためには、子馬の段階からの取り扱いが非常に重要になってきます。野生の馬の世界では「アルファ」と呼ばれるリーダーが群れを統制していますが、私たち馬を取り扱う人間が子馬の「アルファ」となるべくしつけていくことが、その後の子馬の取り扱いを容易にします。といっても、子馬のしつけは力ずくで行なうのではなく、「オン」と「オフ」を明確に示してやることが重要です。すなわち、ヒトが馬に何かを要求する際には強い態度で示し(「オン」)、馬が素直に指示に従った際にはすぐにプレッシャーを解除し(「オフ」)、「ヒトの言うことを聞けば居心地の良い場所に居られるんだ」という意識を馬に持たせていくのです。

 また、生後間もない子馬の特徴として、「身体が虚弱であること」が挙げられます。力ずくで無理やり扱うと怪我をしやすいのは当然として、他に成馬のように引き手のみで取り扱おうとすると力が1点にかかることになり頸椎を痛め、最悪の場合競走馬生命が絶たれることにもなりかねません。引き手を使用していわゆる「点」で扱うのではなく、身体がしっかりするまであえて引き手は使用せず、両腕を回しヒトの体が子馬に接する面積をなるべく多くして子馬の動きに追随する、すなわち「面」で子馬を扱うイメージが重要です。

子馬の引き馬について

 ①2人1組での引き馬

 前述のとおり、生後2週齢くらいまでは引き手を使用せず、「面」で子馬を扱うように意識します。子馬の肩から頸に手を回して、子馬が自発的に歩くことをサポートするイメージです。この時期に大切なのは、子馬に「ヒトと歩く時は肩の位置で」と意識付けさせることで、そのことが後々の引き馬をスムーズにします。子馬が立ち止まった時はお尻を軽く引っかくイメージで触り、前に進むよううながしてやります。この軽く引っかくというのは、母馬が子馬を乳房に誘導する際に鼻でお尻を刺激する自然な行為に近いものです。引き手はある程度子馬の身体がしっかりしてくる生後2週齢以降から使用します(写真2)。最初は止め具のない1本のロープを使用することで、放馬した際ロープが簡単に抜け落ちますので、子馬が引き手を踏んで頸椎を痛めるなどの事故を予防することができます。この時期の子馬は放馬しても母馬の元へ戻ってきますので、いかに事故を防ぐかが大切です。

 もう一つ大切なことは、なるべく子馬が小さいうちからヒトが多く手をかけてやることです。子馬を観察していると頻繁に横になって休息しますが、放牧地では十分に休息が取れない場合も多いです。そこで、例えば朝一旦放牧に出した後、昼間に一度馬房に入れ十分休息させ、午後再度放牧するようにします。そうすることで子馬に接する機会が増え、結果としてヒトに慣れた扱いやすい子馬にすることができます。

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写真2 引き手は2週齢以降から、止め具のない1本のロープを使用します。たとえ放馬しても引き手を踏んで頸椎を痛めるなどの事故を予防できます。

 ②1人で行なう親子の引き馬

 子馬が自ら進んで歩くようになったら、1人で親子を引き馬することができるようになります(写真3)。この場合、左手で母馬を引き、右腕は基本的に子馬の頸に回して保持し、子馬が立ち止まろうとした際には右手で肋骨を軽くたたいて刺激し前に進んだ場合はまた頸に回すことでスピードを調節します。プレッシャーの「オン」が肋骨の刺激、「オフ」が頸に手を回した状態というわけです。これを教えていくことで、馴致の際馬が脚などの扶助を理解しやすくなります。

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写真3 子馬が自ら歩くようになったら、1人で親子の引き馬ができるようになります

子馬の保定

 子馬の治療や削蹄を行なう際には、子馬を保定する必要があります。その場合にも、子馬を「点」ではなく「面」で扱うイメージが重要です。すなわち、馬房の中央で引き手のみで押さえるのではなく、馬房の壁を利用して子馬が移動できる方向を制限します。引き馬の時と同じく、ある程度身体がしっかりする生後2週齢以前は引き手を使用せず、万が一転倒した際に頸椎の損傷を防ぎます。削蹄などで前肢を挙上する際は、子馬は後退して逃げようとするので馬の後ろに壁を当てて保定します。反対に後肢を挙上する際は子馬は前に進もうとするため馬の前に馬房の壁を向けると上手く行きます。採血する際も後退する傾向があるため、壁を後ろに当てると良いでしょう。経鼻カテーテルの挿入など、壁を利用しても保定が困難な場合は、壁を横に当てながら片手で子馬の胸前を保持し、もう一方の手で尾を上方に挙げて保定します。

 保定時に重要なことは子馬を屈服させるのではなく、要求に従ったらただちにプレッシャーを「オフ」にし、納得させることです。それを繰り返すことで従順になり、必要最小限の保定で検査などを受け入れるようになります(写真4)。最も避けなくてはならないことは子馬を精神的に追い込んで、パニックに陥れてしまうことです。馬は記憶力の良い動物ですので、治療や削蹄の度に暴れる馬をわざわざ作ってしまうことになりかねません。

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写真4 子馬の超音波検査時の様子。

 以上、子馬の取り扱いについてお話させていただきました。子馬のうちからヒトが正しく取り扱っていれば、将来騎乗馴致を行なう段階での扱いやすさが格段に良くなります。ご参考にしていただけましたら幸いです。

●事務局より

2012JRAブリーズアップセールの調教DVD映像はこちらをご覧ください。

ゲート馴致について(日高)

3月も半ばを過ぎると、雪の日には「これが今年最後の雪だろう」と話しながら、春の訪れを楽しみにしています。北の大地である浦河の春はもうそこまで来ているようです。

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今年最後の雪であることを願いながら、春の訪れを心待ちにしています。北海道の春はもうそこまで来ているようです。

●育成馬の近況 ~Work調教の開始~

育成馬達はブリーズアップセールに向け順調に調教メニューをこなしております。前回、お伝えいたしましたとおり、800m屋内トラックでの調教をベースとしながら、週2回の坂路調教を実施し、1週間の調教の流れをパターン化させ、調教コースによるオンオフの区別の理解を馬に促すことを引き続き行っております。2月から開始しているこの調教パターンによって、多くの馬が調教のオンオフを理解してきたように感じています。また、体力面および心肺機能も強化され、坂路調教では“on the bridled”での2本のステディキャンター(54秒/3F)を安定して走行できるようになってきました。

このように、体力面と精神面の安定が図られてきたので、3月中旬からはwork調教と呼んでいる坂路の2本目に2頭併走での少し速めのキャンター(48秒/3F)を開始しております。この時にも、単なる走行タイムよりも最後まで“on the bridled”の手応えを重要視しています。この調教のパターンを3週間ほど継続し、安定した走行が可能となった段階で、次のステップに進んでいきたいと考えています。同じことの繰り返しが調教であると理解しつつも、それが難しいことを感じざるを得ない今日この頃です。

 

坂路コースでは1本目は4頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンター54秒/3Fを、2本目は併走での少し速めのキャンター(48秒/3F)を実施しています。縦列調教画像は先頭からオテンバコマチの10(牝 父:ケイムホーム)、メジロマルチネスの10(牝 父:デュランダル)、スルーパスの10(牝 父:サウスヴィグラス)、フラワーサークルの10(牝 父:アルデバラン)、併走調教画像は左がヒカルヤマトの10(牡 父:アドマイヤジャパン)、右がユメノセテアラムの10JRAホームブレッド 牡 父:ケイムホーム

ゲート馴致について

さて、今回はゲート馴致について触れてみたいと思います。一般的に馬、特にサラブレッドは警戒心が強い動物であると考えられ、新しく見聞きするものや初めて経験することに敏感に反応しがちです。また、閉じ込められる様な閉鎖空間や束縛される環境に対しては、恐怖や警戒心から逃避しようとします。このような馬の性格を踏まえて、ゲート馴致のみならず全ての馴致過程において、焦らずに馬が理解するまで根気よく馴らす必要があります。

ゲートに対する馴致

まずはゲートが安心できる場所であることを馬に学習させるために、ゲートは日常の運動中に身近に見える場所に設置します。引き馬やドライビングの段階において十分ゲートを通過させ、可能な限りゲートに対する恐怖心を取り除くようにします。次に騎乗して幅の広い練習用ゲートを通過させます。ゲート通過が可能になれば、毎日の調教時に通過し、ゲート通過に馴らします。徐々に競馬で使用するのと同じ幅のゲート通過に馴らしていきます。

ゲートでの駐立と扉の閉鎖

 ゲート通過に馴れた後は、ゲートの扉を開いた状態で駐立することを馴らします。その後は前扉が開いた状態で駐立させ、後躯を十分にパッティングしてから後ろ扉を閉めます。この時に馬が落ち着いているようであれば、騎乗者の扶助で少し後退させて、後ろ扉に臀部が触れることを経験させます。このときに、馬が前に突進する可能性があるので注意して行います。最後に前扉を閉めて最終的なゲート内での駐立に馴らします。

発進馴致

 前後の扉を閉鎖しても馬がリラックスした状態で駐立できたら、以下の手順で最終確認を行います。

1)騎乗した状態で前扉を閉めたゲートに入れる 

2)後ろ扉を閉める 

3)ゲート内でおとなしく10秒程度駐立させる 

4)前扉を開け、騎乗者の扶助により常歩で発進する 

JRAではジャンプアウトまでの馴致は行っていませんが、ゲートの前扉が開くとともに、騎乗者の扶助により常歩でスムーズに出ることができるところまで練習しています。この発進馴致の確認は12月末に日を改めて2回行った後、3月上旬に再確認を行っています。また、その後も毎日、扉のないゲートを落ちついた状態で常歩通過しています。このような状態でトレセンにバトンタッチできるよう心掛けています。

 

警戒心が強いサラブレッドは初めて経験することに敏感に反応しやすいため、ゲート馴致のみならず全ての馴致過程において、焦らずに馬が理解するまで根気よく馴らす必要があります。

最後になりますが、日高育成牧場の育成馬展示会は49日(月)10時~に開催を予定しております。実馬の立ち馬展示後には、1600mトラック馬場において騎乗供覧という形でブリーズアップセール上場予定馬のトレーニングを皆さまに披露させていただきます。

また、日高育成牧場では、軽種馬育成調教センター(BTC)が行う騎乗者養成コースの研修生に対して1月から実践研修の場を提供してきましたが、育成馬展示会はその研修の総仕上げの場ともなっています。研修生も展示および騎乗供覧に参加しますので、彼らの研修の成果もご覧いただければ幸いです。多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げております。

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49日(月)の日高育成牧場の育成馬展示会ではBTC騎乗者養成コース研修生の騎乗ぶりにも注目して下さい。写真は2011年の育成馬展示会BTC研修生を背に軽快な走行を披露したダンツミュータント号(先頭、父:マイネルラヴ)とモンストール号(2番手、父:アドマイヤマックス

初乳の重要性~「移行免疫不全」について~(生産)

 日高育成牧場では、2月23日に今年初となるJRAホームブレッドが誕生しました(写真1)。予定日はちょうど1週間ちがったのですが、1頭の分娩が終わるとそれに触発されたのか隣の馬房で見ていた次の1頭にも陣痛が来て分娩を始めました。視覚?嗅覚?それとも別の何か?馬の分娩を誘発する物質があるのでしょうか。馬の繁殖のメカニズムにはまだまだ未知の部分が多く、我々の研究テーマは尽きることがありません。さて、今回は、新生子馬にとって問題となる「移行免疫不全」のお話です。

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写真1 今年のJRAホームブレッド第1号「ドリームニキハートの12」

(めす、父アルデバラン、母の父チーフベアハート)

「移行免疫不全」とは

 有名な話ですが、馬の胎盤の構造はヒトと異なるため、妊娠中に母馬の抗体(免疫グロブリン)が血液を介して子馬には移行せず、初乳を摂取することで初めて子馬は抗体を獲得します。生後2週齢から子馬自身で抗体を産生し始めますが、その量は約3ヶ月齢までは十分ではないと言われています。ですので、いかに良質の初乳を子馬に摂取させるかが生後まもない子馬の感染症予防の観点から重要になります。もう少し詳しく言えば、母馬に対しては分娩予定日の1~2ヶ月前までに各種ワクチン(馬インフルエンザ、馬ロタウイルス、破傷風、馬鼻肺炎など)を接種しておくと、高濃度の免疫グロブリンを子馬に移行させることができます。また、環境中の細菌やウイルスの抗体を作るために、子馬が生まれた後親子を放牧する予定のパドックなどに同じく分娩1ヶ月前までに放牧しておくと良いでしょう。

母馬の乳汁を用いた検査

子馬は初乳さえ飲めば問題ないかと言えば、実はそうではありません。母馬の出す初乳の質が常に良いとは限らないからです。分娩前に漏乳していたりすると、初乳中の免疫グロブリンがすでに流出してしまっており十分でないことがあります。初乳の質は見た目でもある程度判断できますが(写真2)、初乳に含まれる免疫グロブリンの量をより正確に推測するには、糖度計を用いたBrix値を指標とすることを推奨します。初乳のBrix値が20%以上であれば免疫グロブリンの豊富な良質の初乳と推測することができます。このBrix値は、子馬が十分初乳を摂取したかどうかを推測することにも利用できます。「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10以上であれば十分量の抗体が移行したと推測できます。もし、その値が10未満であれば子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断されます。

Brix値についてはこちらをご参照下さい。

「日高育成牧場での分娩前後の対応」

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写真2 良質の初乳は「緑がかった黄色」に見えます

子馬の血液を用いた検査

 前述の母馬の乳汁を用いた検査はあくまでも推定で、厳密に言えば子馬の血液中の免疫グロブリンを測定することが望ましいと言えます。しかしながら、現在のところ免疫グロブリンそのものを測定するには外部の検査機関に依頼することになりますが、すぐには結果が出ません。子馬が初乳を吸収できるのは生後24時間以内と言われており、結果を待ってからストックしてある初乳を飲ませようと思っても遅いということになってしまいます。そこで、簡易に子馬の血液中の免疫グロブリンを測定する方法として、「グルタルアルデヒド凝集反応」があります。この方法は、グルタルアルデヒドという消毒薬や固定液として使われる試薬を子馬の血清と混ぜて、血清が固まる時間から免疫グロブリン量を推定するという方法です。この方法は獣医師による検査が必要ですが、詳細は下記の通りです。

1. グルタルアルデヒドを純水で10%に希釈した溶液を用意する

2. 血清500μℓに10%グルタルアルデヒドを50μℓ加える

3. 血清が固まる時間を測る

4. 10分以内で固まればIgG800mg/mℓ以上(優良)

5. 60分以内で固まればIgG400800mg/mℓ(可)

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写真3 子馬の血液中に十分な抗体が移行していれば血清が固まります

「移行免疫不全」の治療法

①冷凍初乳の投与

 前述の「子馬が摂取前の初乳のBrix値」から「分娩1012時間後の乳汁のBrix値」を引いた差が10未満の場合、もしくは「グルタルアルデヒド凝集反応」で血清が固まる時間が60分以上かかる場合には子馬は「移行免疫不全」の状態にあると判断され、治療が必要になります。

まず推奨されるのがストックしておいた初乳を飲ませるという方法です。初乳をストックする方法は、まず対象馬ですが初産や高齢の繁殖牝馬では初乳の質は良くても量が十分でない場合があるので避けます。また、過去に新生子溶血性貧血(新生子黄疸)を起こしたことのある繁殖牝馬も避けます。1頭の繁殖牝馬から25%以上のBrix値を持つ初乳を500mℓ採乳することを目安とします。搾乳の前にタオルなどで乳房を拭き、ボウルなどで乳汁を受けます。ガーゼなどで濾過してゴミを除去し、ジップロックなど密閉できる容器で保存します。100mℓずつ小分けにしておくと、投与の際量がわかりやすくて便利です。一般の家庭用冷蔵庫では1年間程度は品質を保っていられます。解凍する際は自然解凍かぬるま湯を用いて行なって下さい。電子レンジなどを用いて高温にしてしまうと、たんぱく質が変性してしまうため、せっかくの初乳が台無しになってしまいます。投与は哺乳瓶などで5001000mℓ与えますが、子馬が飲まない場合は獣医師を呼び経鼻カテーテルを用いて強制的に投与する必要があります。子馬が初乳を吸収できるのは生後24時間以内と言われており、中でも6時間までの吸収率が最も高いと言われています。ですので、初乳の投与は遅くとも生後24時間以内、可能であれば12時間以内、理想的には6時間以内に実施します。

②血漿輸血

 初乳のストックがない場合、もしくは冷凍初乳を投与したにもかかわらず「グルタルアルデヒド凝集反応」の結果が改善されない場合は「血漿輸血」を考慮しなくてはなりません(写真4)。海外では血液型不適合の起こらないユニバーサルドナーの血液を用いた輸血用血漿製剤が市販されていますが、日本国内ではありません。ショックなどの副作用もありますので、あくまでも保存初乳の投与を第一選択として考えるべきです。

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写真4 血漿輸血の様子

 新生子馬は感染症に弱く、成馬であればただの熱発で済むようなものでも、肺炎や化膿性関節炎など重篤になる恐れがあります。子馬の免疫状態を正しく把握しておくことが、子馬の将来のために非常に重要です。

競馬学校騎手課程生徒の研修(日高)

最低気温が-20を下回る日もあった厳しい寒さの1月とは対照的に、2月は降雨を認めるなど少し寒さが緩み、冬の寒さも峠を超えたように感じられました。3月を迎えましたが、一面雪で覆われている浦河では、まだまだ春の訪れを感じることはできません。

しかし、育成馬達の調教後の息の入りの変化を見ていると、4月のブリーズアップセールへのカウントダウンを実感でき、私たちに春の訪れを感じさせてくれます。

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捕獲したキジをくわえ威嚇するキタキツネ。この姿を見ていると、厳しい冬を乗り越えることに生きる意味があるのではと感じてしまいます。北海道の春の訪れはもう少し先のようです。

育成馬の近況 ~調教メニューのパターン化~

育成馬達は順調に調教メニューをこなしており、ベースとなる800m屋内トラックでは、基礎体力を養成する目的で“オフ”の状態での調教に主眼を置き、メンタル面を落ち着かせ、競馬に不可欠な隊列を整えた調教を心掛けています。

また、2回は屋内1,000m坂路コースにおいて、34頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンターを2本実施しています。スピードは1本目が60秒/3F2本目が54秒/3Fを目安としon the bridledでの走行を意識しています。

そして、坂路調教の翌日には再び800m屋内トラックで“リラックスを目的とした調教を実施しています。このように、1週間の調教の流れをパターン化することによって、馬への“オン”と“オフ”の区別の理解を促し、メンタル面のケアも心掛けています。日頃の調教からスピードよりも“on the bridled”の手応えを重要視し、ブリーズアップセールの“時計よりも馬の走法や出来映え”をアピールするというスローガンに則した仕上げを目標としています。

2回は坂路コースで4頭を1つのロットとした縦列でのストリングを組んでのステディキャンターを実施し、調教メニューをパターン化しています。先頭からダンシングサクセスの10(牡 父:アグネスタキオン)、ユメノセテアラムの10(牡 父:ケイムホーム)、セーフアズロックの10(牡 父:アルデバラン)、メガクライトの10(牡 父:アルデバラン

ブリーズアップセールの騎乗供覧に備えて

さて、日高育成牧場には毎年、大学生を対象とした「サマースクール」をはじめとして多くの研修生が来場しますが、2月の中旬にはその中でも最も若い研修生がやってきました。その研修生とは、競馬学校の騎手課程29期生6です。

皆様ご存じのように、ブリーズアップセールの騎乗供覧では、JRA育成牧場の職員はもちろん、現役騎手の他に、騎手になるための教育の一環として競馬学校の騎手課程の生徒達も騎乗しています。その中でも最も騎乗鞍が多いのが騎手課程生徒となっています。

今回の研修では、ブリーズアップセールの騎乗供覧に備えたJRA育成馬の騎乗研修がメインとなり、1日に3頭の育成馬に騎乗しました。研修初日には、2歳のこの時期の若馬に初めて騎乗するという緊張感も手伝って、騎乗姿勢に硬さが見受けられましたが、鞍数が増えていくに従って未来の名ジョッキーを予感させる巧みな騎乗へと変わっていきました。

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ブリーズアップセールの騎乗供覧に備えて育成馬に騎乗する騎手課程生徒(左2番手、右先頭および2番手)。先頭左からサマーヴォヤージュの10(牡 父:ネオユニヴァース)、フェリストウショウの10(牡 父:フォーティーナイナーズサン)、ペイミーキャッシュの10(牡 父:ケイムホーム)、先頭右からフジティアスの10(牡 ホームブレッド父:ケイムホーム)、ワンモアベイビーの10(牡 ホームブレッド 父:ケイムホーム

ホースマンとして

研修中は早朝から朝飼付け、騎乗前の馬房掃除、育成馬の騎乗、騎乗後の手入れ、そして治療および検査の手伝いにとどまらず、近隣牧場の見学、セリに上場するためのコンサイナー業務に関する講義、さらには浦河ポニー乗馬スポーツ少年団との交流など普段は接することのない方々との交流を持つことができました。

特に普段接することの少ない生産者の方々の繁殖牝馬や1歳馬に対する思いを聞く機会を得て、1頭の競走馬が競馬場で出走するまでには、多くの人々が関わっていることを改めて理解することができたのではないでしょうか。

また、好奇心旺盛な1歳馬と触れ合う機会を得て、馬という動物の自然な姿や行動を少しは理解することができたのではないでしょうか。これらの経験が立派なホースマンとしての礎となるものと思われます。

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生産者の方の話に聞き入る騎手課程生徒。1頭の競走馬が競馬場で出走するまでには、多くの人々が関わっていることを理解できたのではないでしょうか。

人材づくりの重要性

今回の研修は移動日も含めて6日間と非常に短い期間でしたが、私が感じた彼らの特筆すべき点は、我々のアドバイスをいとも簡単に自分のものとして吸収することができる「柔軟性」、つまり「若さ」です。別の言い方をすると、まだ自分の軸となる考え方が構築されていないともいえるのでしょう。

将来、優れた騎手あるいはホースマンになれるかどうかは、個人の資質はもちろん重要ですが、それに勝るとも劣らないくらい彼らを取り囲む環境が彼らの将来を左右するのではないかということを感じずにはいられませんでした。

一方、彼らにはその環境が与えられるのを待つのではなく、自ら進んでその環境を手に入れられるように多くの人と接し、談笑するだけでなく真の言葉を引き出せるように努力するとともに、時間があれば著名人が執筆した本を読み、何かのヒントを得られるよう心がけてほしいと感じました。

強い馬づくりのためには、人材をつくることが常に先であることを改めて実感することができた今回の研修でした。

424日(火)に開催されるブリーズアップセールでは、JRA育成馬のみならず、騎手課程生徒の騎乗ぶりにも注目していただきたいと思いますので、是非、中山競馬場までお越し下さい。

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424日(火)のブリーズアップセールでは競馬学校騎手課程生徒の騎乗ぶりにも注目して下さい。写真は2011JRAブリーズアップセールで騎手課程生徒を背に軽快な走行を披露したJRAホームブレッドのマロンクン号(父:デビッドジュニア

当歳から1歳にかけての厳冬期の管理について(生産)

2月に入り、生産地はまさに分娩シーズンに突入したところです。ここ日高育成牧場でも、今月下旬に2頭のホームブレッドの出生を予定しております(今年全体で8頭生まれる予定です)。JRAで行っている分娩前後の対応につきましては、昨年の本ブログにて紹介しておりますので、ぜひ参考にしていただけましたら幸いです。

   

  

 「日高育成牧場での分娩前後の対応」

 https://blog.jra.jp/ikusei/2011/05/post-d30d.html

    

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  【写真1】 放牧中の1歳馬(雪が深い時は重機で道を作っています)

  

 さて、ここ日高育成牧場では明け1歳馬を昨年11月から【昼夜放牧群】【昼放牧+WM群】の2群にわけ管理をしてきました(写真1)。この研究は昨シーズンから始めたものですが、昨シーズンと比較すると気温は今シーズンの方が低かったものの、体重増加は今シーズンの方が良いという結果となりました(グラフ)。種牡馬の違いからくる成長カーブの違いの影響があるかもしれませんし、単純には比較できませんが、この結果から「厳冬期に成長が停滞するのは、単純に気温の低さのみが影響しているわけではないこと」とは言えそうです。現在測定中の血中ホルモン濃度の値などの他のデータが出揃いましたら、順次発表していきたいと思います。

注)グラフにて11月下旬に【昼放牧+WM群】の体重が大きく減少しているのは、それまで昼夜放牧していたのを昼放牧に切り替えたので青草の採食量が減少したためです。すなわち「腸管の内容物」の量の変化で、馬自体の変化ではありません。

  

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  【グラフ】 厳冬期の体重および気温

   

 今シーズンは2年目ということで、昨シーズンから改良した点をご紹介したいと思います。まず、昨シーズンは分娩間近の繁殖牝馬を分娩馬房へ移動する関係上、調査の途中で放牧地および厩舎を変更いたしましたが、今シーズンはストレスの軽減を考慮し調査期間中は放牧地および厩舎の変更は行いませんでした。また、昨シーズンは移動前の放牧地には屋根付きの立派な「風除け」が設置されておりましたが、移動後の放牧地には設置されていませんでした。そこで、今シーズンはベニヤ板で簡易の「風除け」を設置し、その付近には食料兼敷料として「ラップ乾草(低水分ラップサイレージ)」を敷き詰め、子馬が悪天候時に休息できるスペースとしました(写真2)。GPSを用いた行動観察の結果、日によりますが夜中の5~6時間をこのスペースで過ごしていることがわかり、ひょっとしたら今シーズンの順調な体重増加につながったのかもしれません。ちなみに雪で覆われてしまうと馬が寝られなくなるため乾草を追加し、また小まめにボロを拾うなど、子馬にとって常に「快適な寝床」となるよう注意を払いました。

  

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  【写真2】 昼夜放牧群の放牧地に設置した風除け

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  【写真3】 このように雪で覆われてしまうと馬が寝られなくなるため乾草を追加します

    

 

そのほか、これは昨シーズンから行っていることですが、放牧地の四隅にルーサン乾草を撒いて馬の自発的な運動を促したり、雪が積もって馬が歩き回れない状態になった際は重機で道を作って歩きやすいようにしたり、放牧地内の凍結した箇所には融雪材(塩化カルシウム)入りの砂を撒いて滑らないようにしたり、工夫しています。飼料に関して言えば、「繊維分を腸管内で発酵する際に生じる熱が体温維持に重要である」という理論から、濃厚飼料よりも粗飼料を多く採食させることを強く意識し、通常の乾草よりも嗜好性の良い「ラップ乾草(低水分ラップサイレージ)」を与え、さらに繊維分の豊富なビートパルプを給餌しています。また、単純に体重増加させたいのであれば燕麦などの濃厚飼料を多給すれば良さそうですが、馬体が成長していないのに体重だけが増加している状態というのはすなわち単なる「肥満」ですから、そうならないように毎日ボディコンディションスコアをチェックし、さらに定期的に臀部の脂肪の厚さを測定し(体脂肪率が推定できる)、モニタリングしています。

 この当歳から1歳にかけての厳冬期の管理についての調査の結果につきましては、現在測定中のデータが出揃い次第、本ブログやその他の講習会などでご披露していきたいと思っております。今後もJRA日高育成牧場の調査・研究にご注目していただけましたら幸いです。

  

育成馬検査(日高)

日高育成牧場のある浦河は、昨年末の大雪によって一面銀世界へと様変わりし、新年を迎えてからは冷え込みが厳しく、特に小寒から大寒までの2週間は真冬日が続き、最低気温がマイナス20℃近くに下がり、育成馬たちの“あごひげ”が凍る日もありました。

本年も小寒の頃の恒例行事となっているBTC育成調教技術者養成研修生の騎乗実習が始まりました。本年の研修生は21名で、49日(月)に予定されている育成馬展示会までの約3ヶ月間、10名と11名の2班に分かれ、1週間交代でJRA育成馬を活用した騎乗実習を行います。この騎乗実習は、これまで乗馬にしか騎乗したことがなかった彼ら、彼女らにとって、卒業後のそれぞれの進路に向けた最終の実践研修という位置づけになっています。現状ではまだまだ未熟な研修生たちですが、実際に競走馬になるJRA育成馬を用いて、その調教過程を自分の肌で体験することは、優秀なホースマンになる上で大きな財産になることと思います。今後は育成馬の成長と同様に、若い研修生たちの著しい成長も非常に楽しみのひとつになっていきます。

   

 

  

 毎年恒例となっている3ヶ月間のBTC研修生(右124番手および左3番手。いずれも青ヘルメット装着)の騎乗実習が始まりました。先頭左からダンシングサクセスの10(牡 父:アグネスタキオン)、グレイスフルハートの10(牡 父:ティンバーカントリー)、メガクライトの10(牡 父:アルデバラン)、先頭右からフィエスタの10(牡 父:バゴ)、イシノクイルの10(牡 父:アルカセット)、スティルシャインの10(牡 父:タイキシャトル)、キセキスティールの10(牡 ホームブレッド 父:ケイムホーム)。

 

この厳しい寒さの中、育成馬の調教も順調に進んでおります。800m屋内トラックでは1列縦隊で1周もしくは2周駆歩(ハロン24秒まで)を行った後に、2頭併走で2周駆歩(ハロン22秒まで)の計2,4003,200mの調教をベースに、週12回は800m屋内トラックでは1列縦隊で2周駆歩(ハロン22秒まで)を行った後に、坂路での調教(ハロン19秒まで)を実施しています。前回、2群の牝馬は坂路を1本駆け上がるのが精一杯というような状態であることをお伝えしましたが、この1ヶ月間で体力も向上し、坂路調教後もすぐに息が入るようになってきています。一方、牝馬は精神面でのストレスのケアが必要であり、坂路調教を行うにあたっては、坂路調教当日にも増して翌日の馬のメンタル面の状態に注意を払っています。今後は馬の肉体的および精神的コンディションを見ながら、徐々に調教強度を上げていきたいと考えています

  

  

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 2群の牝馬も坂路調教後にすぐに息が入るほどに体力が向上してきました。先頭はシルクアムールの10(牝 父:アルデバラン)

    

さて、今回は1月下旬に行われた育成馬検査について触れてみたいと思います。育成馬検査とはJRA生産育成対策室の職員が日高育成牧場で繋養している育成馬を第三者の視点から、市場での購買時からの馬体の成長具合、現在の調教進度、馬の取り扱いなどをチェックし、ブリーズアップセール上場に向けての中間確認を行う検査のことです。今回の育成馬検査では、本部からの出張者に加え、宮崎育成牧場の担当者も来場し、鋭い眼差しで馬のチェックが行われました。この検査に備えて、年明けからは日頃にも増して馬の手入れに時間をかけ、タテガミや尾のトリミングにも取り組んできました。

 

   

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育成馬検査に向けて全馬のタテガミのトリミングが行われました。馬はチアズスワローの10(牝 父:スウェプトオーヴァーボード)

 

  

  

検査当日はこの時期にしては両日とも天候に恵まれ、ブリーズアップセール当日さながらの緊張感のなか、育成馬の展示が行われました。検査と同時に、手入れ、トリミング、しつけ、さらには騎乗時の馬装も含め、最も手入れが行き届き美しく仕上げられた馬および担当者に贈られる“ベストターンドアウト賞”の審査も行われ、牡牝それぞれの最優秀馬と優秀馬が選ばれました。

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“ベストターンドアウト賞”の審査で牡の最優秀馬に選ばれたセーフアズロックの10(写真左 牡 父:アルデバラン)優秀馬に選ばれたキセキスティールの10(写真右 牡 ホームブレッド 父:ケイムホーム)

   

  

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“ベストターンドアウト賞”の審査で牝の最優秀馬に選ばれたアリゲーターアリーの10(写真左 牝 父:シンボリクリスエス)優秀馬に選ばれたレディインディの10(写真右 牝 父:ダイワメジャー)

   

今回の検査を通して、個々の馬の発育および調教進度状況を再認識することができました。また、424日(火)に開催されるブリーズアップセールおよび49日(月)に開催される育成馬展示会のためのみならず、馬主、調教師、牧場関係者などのお客様の来場に備えて、馬を展示し、見て頂くという姿勢を再確認する機会にもなりました。

馬を展示すること自体が馴致の一環であり、人馬ともにその状況に慣らし、落ち着いた状態の馬をお見せできるよう取り組んでおりますので、浦河にお越しの際はお気軽にご来場いただき、JRA育成馬を見ていただきたいと思っております。

 

新生子馬の評価方法 ~APGARスコアリングシステムの紹介~(生産)

   寒い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?ここ日高育成牧場では明け1歳馬を昨年11月から【昼夜放牧群】【昼放牧+WM群】の2群にわけ管理をしています。今シーズンは気温の低い日が多いものの、吹雪になる日は少なく、幸いなことに現在のところ両群とも健康上の大きな問題は起こっておりません。

 

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      【写真1】 昼夜放牧をしている1歳馬

   

 さて、牧場によってはそろそろ分娩の時期が始まっておられるのではないでしょうか(写真2)?今回は、近年導入され始めた新生子馬の健康状態を評価するためのAPGAR(アプガー)スコアリングシステム」について紹介したいと思います。

  

   

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      【写真2】 分娩直後の新生子馬

 

 APGARシステムとは、ヒト医療で広く使われている新生児の健康状態の評価基準で、欧米では近年馬に応用され始めたところです。APGARとは、外見(Appearance脈拍数(Pulse表情(Grimace活動(Activity呼吸数(Respirationの頭文字をとったもので、これらの指標を用いて評価するシステムです。出生後最初の3分間で誰でも簡単に子馬を即時に評価できる方法です(表1)。さらに、負荷をかけたときの筋肉の活動などを評価項目として加えた、獣医師用の評価方法もあります(表2)。

   

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   【表1】 出生後3分以内の子馬の評価のためのAPGRAスコア(生産牧場向け)

   

   

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   【表2】 出生10分以降(~2時間まで)の子馬の評価のためのAPGAR(獣医師向け)

   

   

 

APGARが推奨されている理由は、「新生子馬の健康上の問題を早期に認識することができれば、それだけ早く子馬に集中的な治療を施すことができ、救うことができる子馬が増えるのではないか」という考え方からです。過去の経験から、ハイリスクな子馬でも多くは生後12~18時間までは比較的正常に見えるものですが、いったん問題が発生してしまうと健康状態の悪化は急速に進むと言われています。また、逆に健康で治療の必要のない子馬に関しては、なるべく人手をかけず親子の触れ合いを大事にすることで「育児拒否」の発生が減少することが知られています。APGARを使うと、「早くかつ正確に」子馬の健康状態を評価することができるので、ハイリスクな子馬の早期発見・早期治療と、健康な子馬への過剰な治療の両方を同時に防ぐことができるようになるというわけです。

 例えば今回紹介した【生産牧場向け】のAPGARで「7~8点」であれば必要以上に人が干渉せず見守る(もちろんその後の初乳を飲んだかなどの確認は重要ですが)、「6点以下」であれば獣医師に診察を依頼するなど、牧場ごとにアレンジして使ってみてはいかがでしょうか?

 

●参考文献:Equine Stud Farm Medicine and Surgery