BTC利用者との意見交換会(日高)

騎馬参拝

日高育成牧場では、浦河町乗馬クラブやポニー少年団の子供たちとともに、新年恒例の騎馬参拝で2013年の幕が上がりました。騎馬参拝を行った西舎神社で、本年の人馬の安全を祈念しました。

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新年恒例の騎馬参拝で人馬の安全を祈念いたしました。

前号では、今冬は北海道各地において、過去100年間で最も遅い初雪を記録したことをお伝えしました。しかし、初雪以降は、北海道各地でその遅れを挽回するかのように降雪が続き、札幌、旭川では初雪が解けることなく、そのまま根雪になりました。この初雪がそのまま根雪になるという例は、観測記録上初めてだそうです。日高育成牧場のある浦河でも、昨年末のクリスマス寒波の影響を受けて大雪に見舞われ、一面銀世界に景色が変わり、厳冬期に突入しました。しかし、年末には一転して気温が上昇したため降雨になり、路面のみならずパドックもアイスバーンとなってしまいました。調教後や休日にはパドック放牧を実施しているため、砂を撒いてパドック整備を実施しました。今後は、春まで雨が降らないことを祈るばかりです。

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昨年末の寒波により一面銀世界へと景色が変わりました。

育成馬の近況

このような厳しい寒さの中、JRA育成馬の調教は徐々に本格化してきました。1群の牡馬および2群の牝馬は、800m屋内トラックでの2400m(1周+2周、ハロン22秒まで)のキャンターをベースに、週2回は800m屋内トラックで2周キャンター(ハロン22秒)を実施した後に坂路調教(1本、ハロン20秒)を実施しています。また、週1回は800m屋内トラックでの3200m(2周+2周、ハロン22秒まで)のキャンターを実施しています。

この時期の2歳馬の調教において重要なことは、①前に(Go forward、②真っ直ぐ Go straight落ち着いて(Go calmly走行させることであると考えています。これらのことを実行するためには、馬に騎乗者を乗せたバランスを習得させ、キャンターを実施するために適正な筋力を養成させるとともに、騎乗馴致から継続して実施している扶助を理解させることが不可欠です。このシンプルな走行が競走馬としての基礎となるため、焦らずにじっくりと調教を進めていくように心掛けています。

 

         

昨年12月第4週目の調教動画。角馬場での速歩の後、800屋内トラックでの一列縦隊、2列あるいは3列の隊列でのキャンターを実施します。また、週2回は坂路調教を実施しています。①前に(Go forward、②真っ直ぐ Go straight落ち着いて(Go calmly走行させることを主眼としています。

BTC利用者との意見交換会

ここからは昨年12月に行われました恒例のBTC利用者との意見交換会」について触れさせていただきます。今回馬の個性と調教」というテーマに基づき、当場から「ミオスタチン遺伝子と距離適性」および「馬の個性と騎乗方法」と題した話題を提供した後、BTC利用者の中から代表とし参加していただきました3名のパネリストの方々を中心に意見交換が行われました

パネリストの皆様は、それぞれ「馬術」、「ナチュラルホースマンシップ」、「海外での経験」という異なるバックグラウンドを基に競走馬を調教しておられるため、多種多様な意見が飛び交うものと想像していました。しかし、実際には共通した意見も多く、特に、馬という動物は、接し方や取り扱い方によって容易に変わってしまうため、余裕をもって慌てずに馬に接するとともに、常に馬をよく観察し、馬を理解しようと心掛けることが重要であるという共通した考えが印象的でした。3名のパネリストの方々、および参加していただいた方々にはこの場をお借りして御礼申し上げます。このBTC利用者との意見交換会」は本年も12月ごろに開催する予定でありますので、多くの参加をお待ちしています。

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馬の個性と調教というテーマに基づき開催した「BTC利用者との意見交換会」

活躍育成馬が日高に帰ってきました(日高)

 新年あけましておめでとうございます。昨年に引き続き、本年もJRA育成馬日誌をよろしくお願いいたします。

 2005年にJRAがブリーズアップセールをスタートさせてから、8年が経過しましたが、この度記録に残る、そして記憶に残るセール出身活躍馬の2頭が相次いで、日高に凱旋しましたのでお知らせいたします。

 まず1頭目はセイウンワンダー(父グラスワンダー)です。同馬は2008年のJRA賞最優秀2歳牡馬で、朝日杯フューチュリティS(GⅠ)など重賞3勝を挙げました。以前抽選馬と呼ばれた時代も含め、JRA育成馬の長い歴史の中で牡馬のG勝馬はこの馬だけです。また同馬は第4回セールの最高価格取引馬(2,730万円)です。第1回の取引馬でフィリーズレビュー(G)など重賞2勝を挙げたダイワパッション(3,045万円で落札、父フォーティナイナー)に続き、その年の最高価格取引馬が活躍したことで、ブリーズアップセールの信頼度を一気に上昇させた功労馬です。

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 写真1.2009年の皐月賞、セイウンワンダーは僅差の3着(左端)。この年の牡馬クラシック3冠路線で、3着以内に2度食い込んだのは、唯一この馬だけでした(菊花賞も3着)。

 もう1頭はJRAホームブレッドとして、史上初の勝利を収めたマロンクン(父デビッドジュニア)です。「JRAホームブレッド(JRA Homebred)」とは、JRA育成馬のうち、JRA自らが生産したサラブレッドの名称で、当場にて生産・育成されました。同馬は第7回のセールにはじめて上場されたホームブレッド初年度産駒の1頭です。セイウンワンダー号とは対照的に、セール翌日の“ファイナルステージ”(セール当日落札されなかった上場馬を、早期に購買いただく取組み)で売却された馬の初勝利ともなりました。

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 写真2.2011年の2歳新馬戦(11/5東京・芝1,400m)、マロンクンはあと2完歩というところまで粘り2着。次走でJRAホームブレッド初勝利の快挙を達成しました。

 JRAでは、わが国の生産育成分野のレベルアップに資することを目的として、これらの馬を活用し、「母馬のお腹の中から競走馬までの一貫した調査研究や技術開発」を行い、その成果の普及・啓発に取り組んでいます。JRA育成馬達がこうした活躍をしてくれることが、私達の行う生産育成業務への関心が高まり、ひいては成果の普及につながるものと考えています。

 なお、JRAホームブレッドやその母馬を用いた生産育成業務の成果については、JRAホームページ内のJRA育成馬サイト「JRA育成馬を用いた生産育成研究業務」で詳細を紹介しております。

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 写真3.10/8に日高育成牧場に凱旋したセイウンワンダーは、現在、障害馬術の競技馬になることを目標に日々訓練に励んでいます。競走馬時代のイメージとはかけ離れた穏やかな表情を見せます。

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 写真4.10/29に生まれ故郷の日高育成牧場に帰郷したマロンクン。現在、セイウンワンダーに負けないように障害馬術の競技馬になる訓練を実施しています。

 漆黒の青毛セイウンワンダーに対し、その名のとおり栗毛が美しいマロンクン、好対照な毛色のこの2頭が、乗馬としてどのような活躍をしてくれるのか楽しみです。

厳冬期の当歳馬の管理~過去2年間の調査で見えてきた課題~(生産)

今年も残すところあとわずかとなり、何かと忙しい年の瀬ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?冬になり、当歳馬たちは昨年同様、「昼夜放牧群(以下、昼夜群)」と「昼放牧+ウォーキングマシン群(以下、昼W群)」の2群に分けて管理し、データを集積しています。3年目となる今年は気温が高くいまだに雨が降ったりするここ浦河町ですが(写真1)、果たして過去2年間と比較してどんなデータが得られることでしょうか。

さて、今回から数回に渡り、過去2年間行なってきたこの厳冬期の当歳馬の飼養管理についての調査の結果を踏まえて、見えてきた管理上の課題について確認したいと思います。まず、今回は体重増加について述べたいと思います。

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写真1 今年はまだ青草(?)が食べられます

昼夜放牧と昼放牧での体重増加の違い

 まず、調査期間中の体重増加を比較してみました(図1)。2年目の2011年~2012年シーズンの方が昼夜群・昼W群ともに体重が大きい傾向にありましたが、体重増加のトレンドとしては2年間で同じ動きが見られました。

 まず昼夜群の方は、途中大きな体重減少こそないものの、12月下旬から1月中旬にかけて一時、体重増加が停滞もしくは体重が減少するような期間が認められました。この原因については、単純に寒冷刺激によるストレスや、後ほどご紹介するホルモン分泌などが影響しているのではないかと考えられました。

 一方、昼W群は全体的に順調に体重が増加しましたが、11月下旬の調査開始当初に一時的に体重が減少する傾向が認められました。これは、調査期間に入る前はもともと全頭昼夜放牧していたのを昼放牧に切り替えたことにより放牧時間が大幅に短縮し、青草などの腸管内容物が減少したことや、環境変化による一過性のストレスが原因と考えられました。1年目と2年目の違いにつきましては、種牡馬の違いによる成長カーブの差の影響などが考えられました。

 以上のことから、厳冬期のこの時期に順調に体重を増加させるためには、昼夜群に関しては馬服を着せたりすることでできるだけ寒冷刺激を与えないようにしたりする必要があるのではないかと考えられました。昼W群に関しては、当場のように昼夜放牧から切り替える牧場ではいかにストレスをかけずに昼放牧に切り替えるか、例えば一気に昼放牧に切り替えるのではなく放牧時間を徐々に短縮して馬たちに「気がついたらいつの間にか昼放牧になっていた」と思わせるような方法が良いのではないかと考えられました。

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図1 体重増加の違い

 講習会でこの調査に関するお話をさせていただくと、体重増加について、「調査期間後はどうなっているの?」という質問を良く受けます。調査期間後の1月下旬以降は、1年目と2年目でベースラインの差はありましたが、昼夜群と昼W群で体重増加のトレンドに差は認められませんでした(図2)。すなわち、気温の上では1月から2月にかけての方が寒くなることがしばしばありますが、当歳馬の管理上はむしろその前のちょうど調査期間である11月下旬から1月中旬にかけての時期を問題なくやり過ごすことの方が重要ではないかと思われました。ちょうどこの時期は1年の中で最も日照時間の短い期間に該当します。ひょっとしたら馬たちの成長にとっては、寒さよりも日照時間の方が関連が強いのかもしれません。

 ちなみに、当場では調査期間後は2月いっぱいまで2群に分けて管理し、3月より全頭昼夜放牧を実施しております。

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図2 調査期間後の体重増加の違い

体重増加とホルモンの関係

 次に、体重増加とホルモンのお話です。この調査では血液中の数種類のホルモンを測定しましたが、中でもプロラクチンというホルモンの分泌と体重増加に相関が示唆されるような傾向が認められました(図3)。

プロラクチンとは本来乳腺の発達や妊娠維持に関わるホルモンですが、春機発動に関与するなど馬体の成長にも影響することが知られています。この血中プロラクチン濃度は、過去2年間ともに昼夜群と比較して昼W群で有意に高い値となりました。 また、1年目と2年目を比較すると、体重のトレンドと同様に昼夜群と昼W群の両方で2年目の方がプロラクチンの濃度が高いことがわかりました。

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図3 プロラクチンの分泌と体重増加の関係

 次回以降も、厳冬期の当歳馬の飼養管理についての調査の結果をご紹介していきたいと思います。来年以降も、JRAが行なう調査・研究につきまして、皆様のご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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セリと育成馬を知ろう会 in ひだか(日高)

今夏の記録的な残暑が影響しているのか、本年は北海道各地において、過去100年間で最も遅い初雪、特に旭川では明治21年からの観測史上で最も遅い初雪を記録しています。しかし、冬は必ずやってくるもので、11月中旬には日高山脈に初冠雪を、浦河でも11月下旬には初雪を認めました。

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写真1.調教を終えクーリングダウンを行う馬の背景にある日高山脈は11月中旬に初冠雪を認めており、冬の到来を感じさせます。

3群に分けて騎乗馴致を進めてきたJRA育成馬の近況ですが、各群とも順調に進んでいます。現在は、全群とも800m屋内トラック馬場での調教を行えるまでになりました。そのなかでも、9月上旬から騎乗馴致を開始している1群(牡馬24頭)は、800m屋内トラック馬場での調教実施時には、1列縦隊で1周した後、手前を変えて二列縦隊でキャンターを2周、合計2,400mのキャンターを行っています。また、1群の牡馬はBTC1600mトラック馬場においても1周のキャンター調教を行っています。この広い調教コースでは、ある程度のスピードで(F2320程度)まっすぐに走行することを馬に教える目的で調教を実施しています。

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写真21600mトラック馬場での調教を行う1群の牡馬。先頭はマチカネアオイの10(牡 父ヴィクトリー)、2番手は12年ファンタジーステークス勝ち馬「サウンドリアーナ号」の半弟であるオテンバコマチの10(牡 父アルデバラン)

一方、10月初旬から騎乗馴致を開始している2群(牝馬23頭)は、牝馬ということもあり、牡馬と比較して、騎乗に至るまでの過程において、腹帯を嫌う馬、ランジングレーンがお尻に触れることを嫌う馬、さらには騎乗直後に“カブル”馬なども認められたため、馬に扶助を理解させることを第一に考え、その理解を日々積み重ねていくように、騎乗馴致に時間を費やしました。その甲斐あって、現在では、800m屋内トラック馬場での集団調教が可能な段階にまで進んでおり、合計2,400mのキャンターを行うまでに至っております。

さて、今回は少しさかのぼって1017日~18日にJRAの馬主の方を対象に行われた「セリと育成馬を知ろう会」についてご紹介いたします。この企画は、比較的馬主歴の短い方を対象に、HBA日高軽種馬農協の主催のもと、JRA馬事部生産育成対策室および当場が協力する形で実施されました。

初日はBTC調教施設および日高育成牧場の広大な調教施設の見学、JRA育成馬(1歳馬)の騎乗馴致や「馬の見方」の紹介、そして、夜には調教師や市場主催者との懇談会が実施されました。翌日の2日目は、HBAオータムセールにおいて、上場馬の比較展示やセリを見学し、購買までの流れを紹介したのち、JBBA静内種馬所において「北米リーディングサイアー」である“エンパイアメーカー”などの種牡馬見学が行われました。

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写真3.ラウンドペン内の騎乗馴致を見学される馬主の皆様

今回の企画は、比較的馬主歴の短い馬主の方々に対して、「馬の見方の理解」「馬のライフサイクルの理解」「調教師と交流」あるいは「セリ市場での購買に向けた体験」をしていただくことを趣旨に行われており、参加された馬主の方からは、「来年セリ市場で購買するための良い経験となった」、「調教師やセリ関係者との接点ができて良かった」などのご感想を頂戴しました。

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写真4.「馬の見方」に関する講義では馬のコンフォメーションに関する説明が行われました

日高育成牧場のJRA育成馬と実際のセリ市場を活用したこのような企画が、馬主の方に「セリ市場に参加しよう」、「競走馬を所有しよう」という意欲を持っていただくきっかけになるよう、来年以降も協力させていただきたいと考えています。なお、JRAでは来年3月にも「育成馬を知ろう会in宮崎」をJRA宮崎育成牧場にて開催予定です。お問合せ等は、JRA馬事部生産育成対策室までご連絡願います。

当歳馬品評会&強い馬づくりのための生産育成技術講座(生産)

 だんだん日も短くなり、冬の訪れを感じる今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?当歳馬たちは現在、昼夜放牧を継続していますが、昨年同様厳冬期には「昼夜放牧群」と「昼放牧+ウォーキングマシン群」の2群に分けて管理し、データを集積していく予定です(写真1)。

さて、今回のテーマは、先日行なわれました当歳馬品評会のお話と、近々開催される「強い馬づくりのための生産育成技術講座」のご案内です。

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写真1 昼夜放牧している当歳馬たち

当歳馬品評会

 これは浦河町軽種馬生産振興会青年部の主催で、一時期開催されていなかったそうですが昨年より再開されました。今年はJRA日高育成牧場を含む7つの牧場が参加し、各牧場を巡回する方式で行なわれました(写真2)。参加者全員の投票制で「最優秀賞」「優秀賞1席」「優秀賞2席」が決められ、今年の「最優秀賞」は宮内牧場生産のソフィアルージュの24(牡、父エンパイアメーカー)が受賞しました(写真3)。また、「優秀賞1席」には田中スタッド生産のママラヴズマンボの2012(牝、父ホワイトマズル)、「優秀賞2席」には高村牧場生産のチェリーエンジェルの2012(牡、父エンパイアメーカー)が選ばれました(写真4)。

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写真2 品評会の様子

JRA日高育成牧場にて)

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写真3 最優秀賞受賞馬

(宮内牧場 ソフィアルージュの24 牡 父エンパイアメーカー

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写真4 受賞者の皆さん

 この当歳馬品評会の趣旨は、「これに向けて馬を仕上げていこう」というよりもむしろ日頃の管理のまま展示し、お互いに当歳馬の飼養管理について意見を交換し合い、勉強していこうというものです。昨年はお互い遠慮がちでしたが、再開2年目となる今年はだいぶ打ち解け、「飼料は何をどのくらい与えているか?」「昼夜放牧はいつまで継続する?」などといった基本的なことから、「この時期多発する皮膚病についてどう対処しているか?」「今年ローソニア感染症(※)にかかった子馬がいたが、こうやって対処した」など専門的な会話まで意見を交換することができ、非常に有意義なイベントとなりました。※ローソニア感染症につきましては、前回の当ブログを参照。

 昼食時には学会などで行なわれる「ランチョンセミナー」を模して、JRA日高育成牧場で現在取り組んでいる「研究紹介」を行ないました。今回は昨年の「競走馬に関する調査研究発表会」で日高育成牧場から発表した演題のうち、「幼駒における近位種子骨骨折の発症に関する調査」について紹介し、ここでも活発な意見交換が行なわれました。夜は懇親会が行なわれ、酒の勢いも手伝って(?)生産者の皆さんの馬づくりにかける熱い気持ちが伝わってきました。我々の生産・育成研究の目的の一つが「生産地の様々な問題点を解決するため」ですが、このような交流を通して自分たちの牧場で生産しているだけでは気づかない、様々な問題を認識することができました。

強い馬づくりのための生産育成技術講座

 JRA日高育成牧場では、毎年11~12月に「強い馬づくりのための生産育成技術講座」という講習会を行なっています。これは、生産牧場関係者向けに最新のトピックを紹介するものです。今年のテーマは「レポジトリー」「妊娠期の検査」「厳冬期の昼夜放牧」についてです。「レポジトリー」については、今まで獣医師向けにはたくさん講習会が開かれてきましたが、今回は生産牧場関係者の視点に立った説明をいたします。今までJRA育成馬で蓄積してきたデータをご披露し、大丈夫な所見、注意しなければならない所見について、解説していきたいと思います。「妊娠馬の検査」については、現在は獣医師による妊娠鑑定が種付け後5~7週を最後に行われ、その後は分娩まで何もしないという流れが一般的でしたが、近年胎盤炎など流産の原因となる疾患が血液中のホルモンの数値や超音波検査による胎盤の厚さの計測などで予測できるようになっています。それらについて解説いたします。最後に「厳冬期の昼夜放牧」についてですが、今年7月の「生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム講演抄録」で紹介したJRAホームブレッドを「昼夜放牧群」と「昼放牧+ウォーキングマシン群」の2群に分けて行なった調査の2年分のデータを合わせて発表したいと思います。多数の皆様のご来場を心よりお待ちいたしております。

詳細は下記のとおりです。

強い馬づくりのための生産育成技術講座2012

JRA日高育成牧場では、競走馬の資質向上や生産育成関係者への情報・技術普及を目的として「強い馬づくりのための生産育成技術講座2012」を開催いたします。
入場無料で一般の方もご参加いただけます。皆様のご来場をお待ちしております。

開催日時および場所;

①平成24117日(水) 18:30-20:30

北海道浦河郡浦河町 基幹集落センター堺町会館

②平成24118日(木) 18:30-20:30

北海道沙流郡日高町 門別総合町民センター

研修対象;北海道地区軽種馬生産育成関係者

講演内容

・いまさら聞けないレポジトリー。その基本について知ろう!

中井健司(JRA日高育成牧場業務課)

・お腹の胎子は大丈夫?妊娠期の検査について知ろう!

南保泰雄(JRA日高育成牧場生産育成研究室)

・昼夜放牧のススメ。厳冬期の昼夜放牧は有効か?

遠藤祥郎(JRA日高育成牧場業務課)

司会進行  佐藤文夫(JRA日高育成牧場生産育成研究室)

              日高軽種馬生産振興会青年部連合会

【共 催】

 日高軽種馬生産振興会青年部連合会

【後援】

 日高軽種馬農業協同組合

【お問い合わせ・連絡先】

 JRA日高育成牧場 生産育成研究室

 TEL0146-28-2084(土・日・祝除く9:0017:00

※講演内容につきましては予告なく変更する場合がございますので予めご了承下さい。

【腹帯馴致】について(日高)

 今夏の東日本は、記録的な残暑に見舞われました。北海道浦河も、9月に入っても30℃を超すなど、9月中旬までの平均気温は観測史上最高で、半世紀に1度ともいわれる残暑となりました。この残暑厳しい中、サマーセールで購買した40頭が、829日と30日の両日に分かれて入厩しました。9月上旬にはセレクトおよびセレクションセール購買馬を中心に22頭の牡馬を1群として、また、10月初旬からは21頭牝馬を2群として、騎乗馴致を開始しました(写真1)。日高育成牧場は、来年のブリーズアップセールに向けて活気づいてきました。

 騎乗馴致の開始に伴い、BTC育成調教技術者養成研修生の騎乗馴致実習も始まりました。研修生達は、3週間かけて、ランジング、ローラーの装着、ドライビング、そして騎乗に至るまでの過程を学びます。実習前には、馬は人を乗せるのが当たり前だと考えていた研修生達が、実習を通して、騎乗馴致の重要さを感じ取っていく姿は、非常に印象的に映ります。

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写真1.安全に騎乗するために、騎乗前にはドライビングを実施し、扶助を理解させます。写真はパディントンの11(牡、父:バゴ)。

さて、今回は騎乗馴致について触れたいと思います。騎乗馴致は「ブレーキング」とも呼ばれ、草食動物としての“馬”らしい行動を壊し(Break)、新たにヒトとの約束事を構築することを意味します。1群の牡馬の多くは7月下旬に入厩しており、約1.5ヶ月の昼夜放牧によって、心身もとに“馬”らしい状態になっていたために、まさに「ブレーキング」という言葉がふさわしく感じられます。騎乗馴致は、馬体のパッティング、腹帯馴致、ランジング、ドライビングを経て、ペンでの騎乗までを3週間程度かけて、段階的に進めていきます。

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写真2.「ストラップ馴致」は腹帯馴致の有効な手段となります。

動画1.「ストラップ」による腹帯の馴致方法。

しかしながら、どんなに細心の注意を払って、騎乗馴致を進めていても、危険な場面に遭遇することは少なくありません。その危険な場面とは、初めて「腹帯」および「騎乗」を実施するときです。なぜならば、これらは、騎乗馴致を開始する前には、決して経験することのない刺激となるからです。これらのうち、騎乗は、「装鞍」や「横乗り」などによって、段階的に慣らしていくことが可能となります。一方、「腹帯」は「装着するか装着しないか」、つまり「全か無」の刺激しか与えることができないために、騎乗馴致時において、ひとつの山場となっています。そのために、ローラー装着前の腹帯馴致として、JRA育成牧場では、「ストラップ」による馴致方法を導入しています(写真2)。この「ストラップ」は、革ベルトとリングというシンプルな構造のため、解除が容易であり、使用方法も簡便です。さらに、馬に対して、段階的に圧迫に慣らすことが可能であるために、非常に推奨できる方法であります(動画1)。「ストラップ」による腹帯馴致方法を導入してから、ローラー装着時に「カブリ(Bucking)」(動画)と呼ばれる、四肢で跳ね上がる反応を見せる馬は減るようになりました。この「カブリ」は、大きな呼吸によって胸郭が膨らみ、ローラーによる経験したことのない圧迫を強く感じて驚き、それを振り解こうとする必然的な反応であります。馬が「カブリ」を見せた場合には、必ず、ムチなどの扶助を使って馬を前に出し、馴致者の安全を確保するとともに、扶助に従って、前に出ることによって、問題が解決されるということを理解させます。この際にも、馴致者は冷静に明確な指示を出すことが要求されます。ローラー装着後は、ローラーを装着したまま馬房に収容し、1時間程度様子を見てはずします。しかし、ローラーに対する反応は個体差がありますので、過敏に反応する馬に対しては、馴致終了後も、ローラーを装着したままウォーキングマシンで運動させたり、あるいは放牧するなど、ローラーの圧迫に慣らすことが有効です。

動画2.ローラー装着時の「カブリ」の様子。コロナガールの11(牝、父:デュランダル)。

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写真3.ローラーに過敏に反応する馬に対しては、ローラーを装着したまま放牧し、ローラーの圧迫に慣らすこともあります。コロナガールの11(牝、父:デュランダル)。

 馴致の進行程度は、個体差があるので、「急がば回れ」の諺のとおり、個々の馬に合わせて、段階的に進めていきたいと思っています。次回は、走路での走行している姿をお伝えするとともに、初雪についてもご報告できるかもしれません。

離乳後に注意しなくてはならない病気(生産)

今年は異常に暑く、ようやく秋の訪れを感じる涼しさになってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 日高育成牧場では獣医・畜産学系の学部に在学中の大学生を対象に、大学の夏休み期間中「サマースクール」を実施しました(写真1)。これは、馬に興味がある学生に対して、牧場の作業や講義・実習を通して広く馬産業に携わる人材を養成する目的で実施しているものです。毎年6月頃JRAのホームページ上で募集しますので、興味のある学生の皆さんは是非来年応募していただきたいと思います。

さて、今回のテーマは、ちょうど今頃行なわれる離乳のお話です。離乳自体につきましては、昨年の当ブログでご紹介しておりますので、今回は離乳後に注意しなくてはならない病気について、当歳馬、繁殖牝馬両方の面からお話したいと思います。

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写真1 サマースクールの様子

当歳馬

 当歳馬は離乳することで母乳からの栄養供給がなくなるため、離乳前から十分に濃厚飼料に馴らしておくなど、離乳後スムーズに十分な栄養補給ができるようにするための準備が大切です。離乳後の時期の当歳馬に起こりやすい病気で、特に最近問題になっているのは「ローソニア感染症」です。この病気はLawsonia intracellularis という病原体が感染することで発症します。元々豚の感染症として知られていたものが、近年馬にも感染することがわかり、問題となっています。日本でも胆振地区の一部では集団発生が見られたり、ここ浦河町でも発生が確認されるなど、注意が必要です。

 発症すると、発熱、元気消失、食欲低下など他の一般的な感染症と同様な症状のほか、四肢の浮腫や下痢が認められるのが特徴です(写真2、3)。診断は、血液検査で低蛋白血症が認められるほか、腹部超音波検査で小腸壁の肥厚が確認できることもあります。確定診断には、血清中の抗体検査あるいは糞便中のPCR検査という専門機関での特殊な検査が必要です。治療としてはリファンピシン、クロラムフェニコール、オキシテトラサイクリン、ドキシサイクリンなどの抗生物質を投与します。

 死亡率は決して高くありませんが、下痢が長期に渡る結果、腸管からの栄養摂取が上手く行かなくなり、成長不良となってしまいます。ワクチンもまだ開発されておらず、絶対的な予防法は存在しないため、離乳時にかかる子馬のストレスをなるべく軽減し、子馬の健康状態を良好に保つことが重要です。

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写真2 ローソニア罹患馬。両後肢の浮腫が認められる。

(出典 Equine vet. Educ. (2009) 21 (8) 415-419

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写真3 ローソニア罹患馬の下痢

(出典 Equine vet. Educ. (2009) 21 (8) 415-419

繁殖牝馬

 一方、母馬は離乳することで今まで子馬が飲んでいた乳が溜まることになるため、「乳房炎」という病気になることがあります。これは乳腺が細菌感染することが原因で発症します。離乳直後に起こるイメージですが、実は離乳した4~8週間後に最も発症が多いと言われています。

症状としては、乳房が著しく腫れ(写真4)、触ると痛みを示し、乳房が腫脹している方の後肢の跛行を示すこともあります。原因菌は主にStreptococcus zooepidemicus などのグラム陽性菌と呼ばれる種類の細菌ですので、ペニシリン(マイシリン)やセファロチン(コアキシン)などの一般的な抗生物質がよく効きます。早期発見・早期治療できれば予後は良いので、離乳後は母馬の乳房をこまめに観察するように心がけましょう。

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写真4 乳房炎(右の乳房が感染)

 離乳はこのような疾病の発症を始め、子馬、母馬両方に負担がかかる、デリケートなイベントです。皆様の愛馬がこの時期を上手く乗り切り、将来健全な競走馬になれるよう心から願っています。

7月セールの購買馬が入厩(日高)

本年売却したJRA育成馬達は6月中旬から開始されたメイクデビューに続々と出走しています。本年売却したJRA育成馬は、910日現在、6頭が勝ち上がり、その内メイクデビュー勝ちが4頭(写真1)となっています。秋競馬に向けて、さらに頑張ってほしいと願っています。

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写真1.左:3回東京競馬4日目第5メイクデビュー(芝:1800m)に優勝したトーセンレディ右:2回中京競馬5日目 第5メイクデビュー(芝:1400m)に優勝したサウンドリアーナ

さて、7月に行われたセレクトセール、北海道セレクションセール、および八戸市場の各1歳せりで購買した10頭(セレクト1頭、セレクション8頭、八戸1頭)が日高育成牧場に入厩しました(写真2。また、購買馬の入厩に合わせて、日高育成牧場で生産したJRAホームブレッドの牡3頭も繁殖厩舎から育成厩舎へと移動しました。

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写真2.入厩時には購買馬と生産者やコンサイナーの方々との絆の深さを再認識することができます。

近年、生産者あるいはコンサイナーの方々からの引き渡しの際に感じることは、“セリ馴致”と呼ばれるコンサイニング技術の向上に伴い、ヒトとの良好な関係が構築されている馬が大半を占めているということです。そのために、購買後も昼夜放牧を経て、ブレーキング(騎乗馴致)へとスムーズに移行することが可能となっている印象を受けます。輸送していただいた生産者あるいはコンサイナーの方々の立会いのもと、購買馬の個体識別、馬体検査およびアナボリックステロイド(AS)検査のための尿検体の採取を行った後に、生産者あるいはコンサイナーの方々からの引き渡しが完了します。その後、落ち着く間もなく、5頭以下のグループに分けて放牧します。セリに向けた舎飼中心の個体管理が行われていた馬達は、自身が馬であることを再確認するかのように放牧地内を疾走します(写真3左)

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写真3セリに向けた舎飼中心の個体管理が行われていた馬達は、自身が馬であることを再確認するかのように放牧地内を疾走し(左)、馬らしさ(右)を表現します。

放牧直後の牡の群れにおいては、群れの中での順位づけのための争いが繰り広げられるために(写真3右)、他馬に蹴られたり、その他のアクシデントによるケガも少なくはありません。このようなリスクを承知の上で、翌日からは昼夜放牧を実施します。その理由は、ブレーキングが始まるまでの間に成長を待つとともに、草食動物として “馬”らしく行動させることが、非常に重要であると考えているからです。競走馬という“経済動物”を取り扱う上で忘れてはならないことは、馬は草食動物であり、人を乗せるためにこの世に誕生したのではないということを理解することなのかもしれません。例えれば、馬の主食は燕麦ではなく“草”であり、馬房にいることが自然ではなく、放牧地にいることが自然であるということです。欧州では調教後に、ハミを装着したまま、放牧地の草を食べさせることも珍しくはありません(写真4。青草だけを食べさせる目的であれば、刈り取った青草を馬房で食べさせれば良いようにも思われます。しかし、地面に生えている草を摘んで食する行動そのものによって、草食動物としての本能が惹起され、メンタル面を安定させる効果を期待しているようにも思われます。つまり、欧州においては、馬は草食動物であるということを常に念頭に置いて、馬と接しているように感じられます。この意識を持つことは、ホースマンにとって重要であるように思われます。

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写真4欧州では草食動物としてナチュラルな生理状態を維持するために、調教後にピッキングを行うことも珍しくありません。

8月末には我が国で最大規模のセリとなるHBAサマーセールの購買馬が入厩する予定です。馬の購買に際して、JRAでは発育の状態が良好で、大きな損徴や疾病がなく、アスリートとして適切な動きをする馬を選別するようにしています。上場されるすべての馬が候補馬であるために、セリ前にコンサイナー牧場を中心に6日間の日程で事前検査を実施しています。検査にあたっては、競走馬の臨床経験が豊富な獣医・装蹄職員を含めた複数名で実施し(写真5)、意見交換を行いながら候補馬を選定します。この事前検査を通じても、前述いたしましたコンサイニング技術の向上を感じることができます。

サマーセールの購買馬が入厩すると、9月上旬からブレーキングを開始します。次号ではブレーキングの様子をお伝えしたいと思います。

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写真5獣医・装蹄職員を含めた複数名による事前検査の様子

JRAホームブレッドを用いた研究紹介~当歳馬の種子骨骨折~(生産②)

暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 日高育成牧場では先月「うらかわ馬フェスタ」が開催されました(写真1)。このお祭りは馬上結婚式などが行なわれる「シンザンフェスティバル」と、ジョッキーベイビーズの北海道地区予選などが行なわれる「浦河競馬祭」を合わせたもので、浦河町を挙げて大々的に行なわれました。北海道予選を勝ち抜いた木村和士君と大池澪奈さんは、11月に東京競馬場で行なわれるジョッキービベイビーズ決勝に出場することになります。おめでとうございます。

繁殖業務が一段落した現在は、我々が普段行なっている調査・研究のまとめをする時期でもあります。今回は、日高育成牧場の生産馬(以下ホームブレッド)を用いて調査している研究のうち、「当歳馬の近位種子骨骨折の発症に関する調査」の概要について紹介いたします。

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写真1 ジョッキーベイビーズ北海道地区予選

(向かって1番左が木村君、1番右が大池さん)

当歳馬の近位種子骨骨折発症状況

 日高育成牧場では、ホームブレッドを活用して発育に伴う各所見の変化が、その後の競走期のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすかについて調査しています。そのなかで、クラブフット等のDOD(発育期整形外科的疾患)の原因を調査するため、肢軸の定期検査を行っていたところ(写真2)、生後4週齢前後の幼駒に、臨床症状を伴わない前肢の近位種子骨骨折がX線検査で確認されました。そこで、子馬におけるこのような近位種子骨々折の発症状況について明らかにするため、飼養環境の異なる複数の生産牧場における本疾患の発症率およびその治癒経過について調査しました。また、ホームブレッドについては、発症時期を特定するため、X線検査の結果を詳細に分析しました。

 まず、日高育成牧場および日高管内の生産牧場の当歳馬を対象として、両前肢の近位種子骨のX線検査を実施し、骨折の発症率、発症部位および発症時期について解析しました。骨折を発症していた馬については、骨折線が見えなくなるまで追跡調査を実施しました。次に、ホームブレッドについては、両前肢のX線肢軸検査を生後1日目から4週齢までは毎週、その後は隔週実施し、近位種子骨々折の発症時期について検討しました。

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写真2 当歳馬のレントゲン撮影風景

「種子骨骨折の発症率と特徴」

調査の結果、近位種子骨骨折の発症が約4割の当歳馬に認められました。全てApical型と呼ばれる種子骨の上端部の骨折でした(写真3・4)。骨折の発症部位については、左右差は認められませんでした。また、近位種子骨は内側と外側に2つありますが、外側の種子骨に発症が多い傾向がありました。しかし、統計学的な有意差は認められませんでした。

世界的に見ても、当歳馬の近位種子骨々折に関する報告は非常に少なく、5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わない近位種子骨骨折が高率に発症していることが今回の調査で初めて明らかとなりました。また、今回の調査では、全てApical型の骨折でした。成馬においてもApical型の骨折が最も多く、繋靱帯脚から過剰な負荷を受けることによって骨の上部に障害が生じることが原因とされています。現在のところ、子馬特有の腱および靱帯の解剖学的なバランスのより、種子骨上端部のみに力がかかりやすい状態なのではないかと考えています。

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写真3 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折

(正面から、丸印が骨折部位)

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写真4 5週齢の子馬に認められた近位種子骨骨折

(横から、丸印が骨折部位)

「発症と放牧地との関連」

牧場別の発症率は、大きく異なっていました。また、発症時期については、約8割は5週齢までに骨折が確認されました。JRAホームブレッドでの骨折発症馬についてX線検査結果の詳細な解析を行ったところ、3~4週齢で発症していました。

牧場ごとに発症率が大きく異なっていたことや、ホームブレッドでの骨折発症時期は、広い放牧地への放牧を開始した時期(この時期、母馬に追随して走り回っている様子が観察された)と重なっていることから、子馬の近位種子骨骨折の発症には、子馬の走り回る行動が要因となっていると推察されました。

「予後」

 ほとんどの症例で、骨折を確認してから4週間後の追跡調査で骨折線の消失を確認できました。しかし、運動制限を実施していない場合は治癒が遅れる傾向があり、種子骨辺縁の粗造感が残存する例や、別の部位で骨折を発症する例も認められました。

今回の調査では、全ての症例で骨折線の消失を確認し、予後は良好でしたが、疼痛による負重の変化も考えられるため、今後は、クラブフットなど他のDODとの関連について検討したいと思います。

「まとめと今後の展開」

5週齢までの幼駒に臨床症状を伴わないApical型の近位種子骨々折が高率に発症していることが今回初めて明らかになりました。広い放牧地で母馬に追随して走ることが発症要因の一つとして推察されました。今後は、今回の調査で認められた骨折がなぜこのように高率に発症しているのか、成馬の病態と異なっているのかどうか、などを調べるため、病理組織学的検査などを含めたさらなる詳細な検査を実施する予定です。また、最終的には、生後間もない幼駒の最適な放牧管理方法について検討して参りたいと考えています。

今後、興味深い知見が得られましたら、順次、当ブログで紹介していきたいと思います。これからもJRAが行なう生産育成研究についてご注目いただけましたら幸いです。

より良い放牧管理を目指して~生産地シンポジウムのご案内~(生産)

 日高育成牧場では、5月下旬より全8組の親子の昼夜放牧を開始しました(写真1)。誕生から離乳までの「初期育成期」と、離乳からブレーキング開始までの「中期育成期」では、子馬にとって放牧管理が運動面や栄養面、さらには精神面にとっても重要なことは言うまでもありません。今回は日高育成牧場で行なっている初期から中期育成期の放牧管理についてご紹介するとともに、来月新ひだか町静内で行なわれるJRA主催の「第40回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム(以下、生産地シンポジウム)」についてご案内したいと思います。

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写真1 親子の昼夜放牧。吸血昆虫もまだ少なく、今が一番過ごしやすい時期です。

放牧が馬体に及ぼす影響

 サラブレッドの一生のうち、最も成長が著しい時期が誕生からブレーキング開始までの初期~中期育成期になります。後々のブレーキングや調教を順調に進める上でこの時期にしっかりと「健康な体づくり」を行なうことが重要です。馬はこの期間、多くの時間を放牧地で過ごしますので、いかに放牧管理を上手く実践することが大切かおわかりいただけるかと思います。

 放牧時の子馬の自発的な運動は、骨や腱、心肺機能の発育にとって重要な役割を果たすことが知られています。例えば骨の発育にはカルシウムを多く摂取するだけでは不十分で、適度な運動により骨の形成に関与する骨芽細胞の活動が活発となり、骨の形成のために効率の良いカルシウムの利用が行なわれることになります。運動が骨や腱の発育に与える影響について過去の調査では、放牧時間が長いほど骨密度が増加したという報告があります(図1)。また、実験的に当歳に毎日トレッドミルによる常歩運動を負荷すると、小さな放牧地で4時間のみ放牧されている群と比較して腱の発育が早かったという報告もあります(図2)。

 また、放牧地は子馬の運動の場というだけでなく、牧草は発育に必要な栄養素を供給する飼料であり、天気の良い日には寝たりリラックスできる休息場所でもあります。

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図1 放牧が骨密度に及ぼす影響

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図2 子馬における浅屈腱断面積の変化

昼夜放牧への移行

 日高育成牧場では、子馬は特別虚弱でなければ生まれた翌日からパドックに放牧しています。生後4~5日間は、他の親子とは一緒にせずに1組の親子のみで放牧を実施しています。この時期の母馬は母性本能が非常に強くなっており、神経質過ぎるくらい自分の子馬を守ろうとするため、他の親子を怪我させる可能性が高くなるからです。生後2週間を目安に2ha以上の大きな放牧地に親子複数組で放牧しています。

 5月頃、少なくとも4週齢になるのを待って、昼夜放牧に移行しています。過去に行なった調査では、昼放牧を行なっている期間の親子の移動距離は1日平均7.7kmだったのに対し、昼夜放牧開始後は1日平均20.0kmと約3倍に増加することがわかっています。このことから、放牧時間が長いほど骨や腱を発育させるために必要な自発的運動をより多くさせることができると言えます。また、1歳馬の昼夜放牧中の採食行動に関する調査では、16時から0時までに採食していた割合が82.7%と高かったと報告されており、放牧地における採食が夕方から夜間にかけて活発となることがわかっています。本来、馬は広い草原で草を食べながら群れで生活している動物です。採食が活発となる時間帯に個別に馬房で過ごすことよりも、放牧地で過ごした方がストレスがなく、また栄養面からも昼夜放牧がより自然であると言えます。

昼夜放牧のメリットとデメリット(図3)

 もちろん、昼夜放牧には昼放牧と比較してメリットとデメリットの両方が存在します。まず、昼夜放牧を実施した場合、放牧時間が長くなるため昼放牧と比較して移動距離が約3倍長くなり、子馬に自発的な運動をさせることができます。前述の報告を考えると、子馬の発育のためには昼夜放牧の方が良さそうです。また、昼夜放牧では厩舎の中の馬房で個別に飼われるという人工的な環境にいる時間が短くなり、群れで自然の中で自由に牧草を食べることができるため、ストレスが少ないこともメリットとして挙げられます。

 一方、昼夜放牧を実施する際は人の目が届かない夜間にも放牧を継続するため、牧柵の整備など安全面には昼放牧以上に配慮する必要があります。また、放牧時間が長いほど早く放牧地が傷むため、昼夜放牧を実施するにはある程度広い土地が必要となります。

 このような特徴があるため、春から秋にかけては昼夜放牧が行なわれるのが一般的になってきていますが、最近になり一部の牧場で厳冬期にも試験的に昼夜放牧が実践されるようになってきました。しかし、北海道の馬産地では冬は放牧地が雪に覆われるため、春から秋にかけて行なっている昼夜放牧とは異なる管理が求められることになります。そのあたりの話題について、「生産地シンポジウム」で詳しくお話したいと思います。

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図3 昼夜放牧のメリットとデメリット

生産地シンポジウム

 毎年7月中旬に新ひだか町静内で行なわれているJRA主催の講習会ですが、今年は下記の要領で実施されます。今年のシンポジウムのテーマは「軽種馬生産における若馬の昼夜放牧管理について」です。

 主催:日本中央競馬会

 開催日時:平成24712日(木)10001430

 開催場所:静内ウエリントンホテル2F

 シンポジウム

  「軽種馬生産における若馬の昼夜放牧管理について」

 座長:服巻滋之(ハラマキファームクリニック)・佐藤文夫(JRA日高育成牧場)

1)若馬の昼夜放牧管理について

○佐藤文夫(JRA日高育成牧場)

2)社台ファームにおける若馬の昼夜放牧管理

○加藤 淳(社台ファーム)

3)エクセルマネジメントにおける若馬の昼夜放牧への取り組み

○瀬瀬 賢(エクセルマネジメント)

4)日高育成牧場における厳冬期の昼夜放牧管理について

○遠藤祥郎(JRA日高育成牧場)

5)昼夜放牧における草地管理について

○三宅陽(日高農業改良普及センター)

   6)ファームコンサルティングの観点から見た軽種馬生産における昼夜放牧管理のすすめ

○服巻滋之(ハラマキファームクリニック)

 ほか、一般講演が8題あります。詳しくは「軽種馬防疫協議会」のホームページ(URLhttp://keibokyo.com/)をご覧下さい。

 以上、日高育成牧場で行なっている初期から中期育成期の放牧管理についてお話させていただきました。生産地シンポジウムにも多数の皆様にご来場していただけましたら幸いです。

~事務局より~

 JRAで取り込んでいる生産育成研究で得られた知見や新しい技術に関して、JRA育成馬日誌を通じて、適宜発信しております。これらの生産育成研究に関しての質問には、可能な限りお答えします。下記メールアドレスにご質問をお願いいたします。

 

        メールアドレス     jra-ikusei@jra.go.jp