ホルモン処置による乳母 ~その1~(生産)

子馬に乳母をつけることは、サラブレッドの生産においては比較的頻繁に実施されています。

 

乳母をつける主な理由は、

 

① 「母馬の出産直後の死亡」

② 「母馬による子馬への虐待」

③ 「母乳の分泌不足」

 

などですが、

 

④ 「母馬の蹄疾患などによる歩様の悪化」

⑤ 「種付けを目的とした母馬の輸出」

 

競走馬ではありませんが、馬術競技馬が出産した際に、

 

⑥ 「早期の競技復帰」

 

を目的として乳母を用いる場合があります。

 

一般的に乳母は、性格が温厚な血統の馬(ハーフリンガー種など)であり、

導入直前に子馬を産んでいる必要があります(母乳を分泌させるため)。

 

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乳母は温厚な血統の馬で、導入前に出産している必要があります。

 

日高育成牧場においては、子馬を産んでいないサラブレッドをホルモン処置することによる乳母導入を実施しています。

 

この利点は、

乳母導入の費用(80~100万円)の削減、

その年に子馬を産んでいない牝馬の活用、

などがあげられます。

 

一方、どちらかというと血統的に気性が温厚ではないサラブレッド、

さらに直前に子馬を産んでいない母馬を乳母として導入することは極めて困難であり、

場合によっては、子馬の大怪我などのリスクを伴います。

 

本年、日高育成牧場の出産馬1頭に対して、乳母付けをすることになりましたので、次回以降のブログで、この詳細に触れたいと思います。

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研修生の受入れ(生産)

日高育成牧場においては、獣医畜産系の学生を対象としたサマースクールをはじめ多くの研修生を受け入れています。当場は、競走馬の生産および育成をとおした調査研究および技術開発のみならず、このような人材育成もわが国の生産界を支える重要な役割として認識しており、積極的に実施しています。

 

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写真1および2 大学の春休みを利用して当場で研修を受ける獣医学生

夏季のサマースクールと異なり、春季の研修受入れについては公募しているわけではありませんが、大学の春休みであり、出産・繁殖シーズンでもあることから、毎年のように多くの意欲的な学生が研修受講を目的に来場しています。

研修生は、分娩や発情検査などの繁殖シーズンにおける獣医学的な技術や知識のみならず、将来的に馬の臨床獣医師になった際に必要不可欠な馬の飼養管理方法、取扱い技術および装蹄学に至るまで、実践をとおして幅広く学習することができます。

 

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写真3および4 獣医技術のみならず飼養管理や馬の取扱いも学ぶことができます。

今後も当場は、獣医師のみならず生産および育成技術者など、将来のわが国の強い馬づくりをささえる「ホースマン」の養成に力を注いでいきたいと考えています。

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HBAトレーニングセール」に向けて(日高)

 423日に中山競馬場で行われたJRAブリーズアップセールでは、多くの皆様の参加および御購買をいただき、誠にありがとうございました。御購買いただきました馬たちの競走馬としてのご活躍を心から期待しています。育成馬日誌の紙面をお借りし、あらためて御礼申し上げます。

 北海道のゴールデンウィークは寒気と低気圧の影響により冷え込み、帯広では8年ぶりとなる5月の積雪が観測されました。浦河も雪こそ降らなかったものの、冷たい雨に見舞われ、冬に逆戻りとなりました。

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ゴールデンウィーク後には、季節はずれの積雪によって雪化粧された日高山脈が一望できました。左:No. 292ダノンクラフトの11(牡 父バゴ)、右:No.295ボンビバンの11(牡 父マンハッタンカフェ)。

 さて、JRAブリーズアップセールに欠場した5頭につきましては、521日(火)にJRA札幌競馬場で開催されるHBAトレーニングセールに上場予定です(公開調教は前日の520日(月)に開催)。今回の上場予定馬5頭にとって、HBAトレーニングセールは競走馬としてのスタートラインに立つためのラストチャンスになります。なお、No.294ブライアンズソノの11は欠場となりましたので、ご了承ください。

ブリーズアップセールからHBAトレーニングセールまでは、4週間と決して十分な期間ではありませんが、ブリーズアップセールの上場を見送り、調整してきた結果が良い方向に向いています。公開調教ではしっかりとした動きをご覧いただくことができるようにセールまでの残された期間、調教を実施したいと思っています。

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ブリーズアップセールの上場を見送り、調整してきたJRA育成馬5頭はHBAトレーニングセール上場予定です。左:No. 296レディマハロの11(めす 父オレハマッテルゼ)、右:No.293ディマーの11(めす 父サウスヴィグラス)。

515日(水)の調教動画です。

セリが開催される5月下旬の北海道は、一年で最も素晴らしい季節となります。皆様のご来場を心からお待ちしています。

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エゾウサギも冬毛からの換毛を終え、北海道は一年で最も素晴らしい季節を迎えようとしています。

 

 

 

分娩に関する注意事項(生産)

前回お伝えしたように、本年の初産駒は破水から出産までの時間が7分と短く、極めてスムーズに生まれました(写真1)。当育成牧場の分娩監視においては3つのステージ、すなわち、第1段階(発汗・不穏~破水)、第2段階(破水~娩出)および第3段階(娩出~後産の排出)の時間を記録しています。この中で第2段階の時間は、子馬の健康状態および生存率において極めて重要です。

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写真1 本年度の初産駒(ビューティコマンダの13)。破水後の時間は短く、スムーズな分娩でした。

分娩の第2段階が40分を超えると子馬の健康被害リスクが高まる

米国McCue博士が実施した妊娠馬1047頭の大規模な分娩調査によると、第2段階の平均時間は16.7分(2~152分)であり、7割強が20分以内に娩出しています。重要なことは、40分以上の時間を要した場合、死産、罹患率(生後5日以内の疾患発症)および死亡率(生後5日以内)が、20分以下の分娩と比較してそれぞれ16.1倍、7.9倍および2.5倍に上昇することです。このため、子馬の健康を考慮した場合、可能な限り迅速な分娩が望ましいと考えられます。もちろん、第2段階に時間を要しているということは、分娩に際して何らかの異常がある可能性が高いため、破水後の胎子の状態をいち早く確認することが重要であることは言うまでもありません。なお、緊急時に破水時刻を正確に記録するためには、携帯電話の発信履歴が役立ちますので有効活用しましょう。

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図1 第2段階(破水から分娩まで)の時間を記録しておくことは重要であり、その際には携帯電話の発信履歴が役立つ。

安全な分娩のための重要なポイントは?

一方、分娩時間を短縮させるために、胎子を人為的に牽引することは推奨されません。過度な牽引は子馬の健康状態のみならず、母体においても分娩後の子宮機能の回復に悪影響を及ぼす可能性があるからです。もちろん、胎位異常やレッドバッグなどの緊急時の場合はこの限りではないため、母馬の怒責(いきみ)にあわせた適切な力および方向による早急な牽引が必要となります。

以上のことから、分娩に際しては、

1.分娩兆候をいち早く察知すること(適切かつ継続的な分娩監視の徹底)

2.破水時間を記録すること(第2段階の経過時間の把握)

3.破水後の胎子の状態を確認すること(膣内検査の実施)

が重要であり、状況によっては、異常胎位の整復や獣医師への連絡などの迅速な対応が必要となります。このための事前準備として、分娩時疾患や胎位整復の予備知識の習得、酸素ボンベの準備、および獣医師への連絡体制や近隣の馬診療施設への搬入方法の確認などが必要となります。

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写真2 破水後は胎子の状態を早急に確認する。

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写真3 レッドバッグや新生子馬無呼吸症などの緊急事態に備えて、酸素ボンベを準備する。

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グリーンチャンネル「馬学講座ホースアカデミー」のご案内》

現在、本ブログで紹介しているような生産育成研究で得られた成果について、

グリーンチャンネル無料放送時間帯にて下記のとおり放映しております。

詳しくはグリーンチャンネルHP等で番組表をご確認のうえご視聴ください。

◎馬学講座(ホースアカデミー)

   ・放送日 毎週火曜日 11:00~11:30

            水曜日  8:30~ 9:00

            木曜日 15:30~15:30

    ※毎月第一火曜日が新作の初回放送(ただし1月は8日が初回放送)

   ・放送内容

       1月号  非分娩馬への泌乳誘発および乳母としての導入

       2月号  分娩後初回発情種付けにおける受胎率

       3月号  分娩および分娩直後の当歳馬の管理

 JRAホームブレッド初産駒が誕生~妊娠後期の繁殖牝馬の管理~(生産)

 3月11日、本年度のJRAホームブレッド初産駒ビューティコマンダの13(牡:父ヨハネスブルグ)が誕生しました(写真1)。出生時の体重は64kgで、骨量豊富なしっかりした子馬です。このような大きな子馬にもかかわらず、分娩は比較的スムーズで、一切の介助なく破水後7分で出産しました。この母馬は一昨年の初産こそ破水後30分の時間を要しましたが、2産目にあたる昨年は10分に短縮していました(いずれの年も「牽引」はしていません)。

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写真1 本年度のJRAホームブレッド初産駒ビューティコマンダの13(父ヨハネスブルグ、牡)

妊娠後期におけるウォーキングマシンの利用による難産予防

 このようなスムーズな出産は、経産歴や骨盤構造などの母馬の特性によるところも大きいと思いますが、日高育成牧場においては、難産予防として分娩の1~2ヶ月前からウォーキングマシンによる常歩運動(5km/hの速度で20~30分)を実施しています(写真2)。

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写真2 妊娠後期におけるウォーキングマシンの利用により、難産を予防することができる。

妊娠後期における適切なボディコンディションスコアは6.0前後

 妊娠後期の運動は、「分娩に耐えうる体力の維持」、「胎子への酸素供給増大による虚弱子の発生リスクの低下」、「子宮内の胎子スペースを圧迫する内臓脂肪の除去」など多くの理由から難産を予防することができると考えられています。妊娠後期の繁殖牝馬にとっては体調および体型の適正な維持が極めて重要であり、ボディコンディションスコアが6.0前後になるように調整することが望まれます(図1)。

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図1 妊娠馬は適切な体型BCS.0前後を維持させることが重要。

冬季の放牧地においては運動量が著しく減少する。

 しかし、冬季の日高地方においては、放牧地が雪や氷で覆われるため、食べる草が無いこと、歩行が困難になることなどが原因となり、放牧地における運動量が著しく減少するため、ウォーキングマシンを活用して不足運動量を補わなくてはなりません。

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写真3 雪と氷で覆われた放牧地においては、妊娠馬の運動量は著しく減少する。

妊娠後期の牝馬を管理するうえでの問題点

 一方、妊娠後期における胎子重量の増加により、蹄質が弱い馬は裂蹄や挫跖などの蹄疾患を発生することがあるため、すべての馬を確実に運動させることは容易ではありません。また、過度なボディコンディションスコアの低下は、胎子の発育や出産後の泌乳ばかりでなく、その後の受胎能力にも著しい影響を及ぼすため、給餌量の減少のみに依存した体型管理は避けなければなりません。

 このような様々な理由から、妊娠後期の牝馬の管理は「適正体型のストライクゾーン」が極めて狭く、当育成牧場においては今後もその管理法に関する技術開発について検討していきたいと考えています。

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ブリーズアップセールで開示される個体情報②~X線画像~(日高)

今回は、ブリーズアップセールで開示しているX線画像情報とその判断方法を紹介いたします。

①前肢球節種子骨のX線所見と競走パフォーマンスとの関連

 前肢球節種子骨のX線所見については、線状陰影(写真①)などを基に評価しています。この評価は、程度が軽いものから順にグレード0~3の4段階に分類されます。種子骨のグレード別に2および3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金、初出走までに要した日数、出走率について調査を実施した結果、外見上に腫脹などの臨床症状が認められない場合、競走成績に影響しないことが明らかになっています。また、外見上、腫脹等の異常がない馬でも約10%の馬に何らかの陳旧性骨病変(剥離骨折やOCD)を有していることも明らかになりました。しかし、陳旧性骨病変は、関節の腫脹などの臨床症状がない場合、競走能力への影響がないことも明らかになっています。一方、前肢の種子骨グレードが高い馬は、グレードの低い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことが分かっていることから、前肢の種子骨グレードが高い場合には、飼養管理や調教に気をつける必要があるといえます。

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写真①線状陰影などを基にした球節種子骨の分類。程度が軽いものから順にグレード0~3の4段階に分類されます。

②飛節OCDと競走パフォーマンスとの関連

 OCDOsteochondrosis Dissecans:離断性骨軟骨症)は、発育の過程で関節軟骨に壊死が起こり、骨軟骨片が剥離した状態です(写真②)。飛節部のOCDは軟腫や跛行の原因となる場合がありますが、調教が順調に進められている場合には、競走能力に影響がないといわれています。また、OCDは関節鏡による手術で簡単に除去することが可能で、予後も極めて良好です。飛節にOCDを有しても、腫脹や跛行などの臨床症状がない場合の手術の必要性はわかっていませんが、その多くは手術の実施の有無に関わらず、競走能力に影響がないものと考えられています。

 

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写真②飛節部のOCDの多くは競走能力に影響がないと考えられています。

③最後に

近年、市場におけるレポジトリーの普及とともに、高価な競走馬購買後の疾病発症リスクを回避し、その後のトレーニングをスムーズに行うために、レポジトリー活用の必要性はますます高まっています。また、レポジトリーが普及するにつれ、上気道の内視鏡像や四肢のX線所見がパーフェクトな馬は多くないことが明らかとなってきました。このことは、レポジトリーで確認できる小さな異常は馬自らが克服することもあり、また、獣医師の治療によって治癒することも多く、競走能力に影響がない場合が多いことを意味しています。一方、レポジトリーで異常がないことを確認していても、購買後に異常を発症することがないことを保証しているわけではありません。つまり、レポジトリーが馬の健康を保証するものではないということも事実です。

ブリーズアップセール当日は、会場内の個体情報開示室に、内視鏡やX線所見について説明を行うための獣医職員を配置しております(写真③)。レポジトリーに関することのみならず、どのような疑問でも質問していただき、皆様方のご購買とその後のスムーズな管理・調教の参考にしていただければ幸いです。

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写真③ブリーズアップセールの情報開示室(レポジトリールーム)での応対の様子。

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育成馬展示会の開催(日高)

今冬の大雪の影響により、北海道各地では除雪費が追加される措置がとられるほど積雪量が多く、根雪がゼロとなる「長期積雪最終日」が例年より大幅に遅れています。日高育成牧場のある浦河も例外ではなく、「育成馬展示会」の騎乗供覧の会場となるBTC調教施設内の屋外1600mトラック馬場の開場は、44日と例年より10日ほど遅れました。このため、「育成馬展示会」までの準備期間は5日しかなく、不安を抱いたまま49日の本番当日を迎えることとなりました。

当日は、馬主・調教師・生産者をはじめとして200名の方々にご来場いただきました。この展示会は、以前は生産牧場の皆様にその成長ぶりを見ていただくという趣旨が強かったのですが、BUセールでの売却以降は、購買に興味を持たれた馬主や調教師の方々の来場が増えてくるようになりました。育成馬展示会まで5日間しか期間が無く、恥ずかしくない供覧をお見せできるか不安もありましたが、何とかしっかりとした動きをご覧いただくことができたのではないかと思っております。

また、「育成馬展示会」は、軽種馬育成調教センター(BTC)の育成調教技術者養成研修生の卒業のイベントとしての側面もあります。JRA日高育成牧場では、昨年秋の初期馴致研修および本年1月からの実践騎乗研修を実施してきました。研修生たちは、立ち馬展示や騎乗供覧の場でこれまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれました。立派なホースマンとして飛躍することを期待しています。

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立ち馬展示のみならず、騎乗供覧でもこれまで学んできた成果を遺憾なく発揮してくれたBTC生徒達。これからの活躍を期待しています。右がBTC生徒騎乗のBU番号3フレンドリータッチの11JRAホームブレッド 牡 父:アルデバラン)、左がサウンドリアーナ12年ファンタジーステークス優勝馬)の半弟となるBU番号21オテンバコマチの11(牡父:アルデバラン)。

※展示会の騎乗供覧の映像は、JBISライブ配信ページにて馬ごとにご覧いただけます。

  JBIS ライブ配信  http://live.jbis.or.jp/

ブリーズアップセールで開示される個体情報(内視鏡像)

 JRAブリーズアップセールは、新しく馬主になられた方をはじめ、セリに慣れていない方でも「セリの入門編」として、わかりやすく参加しやすい運営を目指しています。セリの透明性を高めるための情報開示は、そのセリ運営のひとつです。また、購買後に競馬出走に向けてスムーズな調教へ移行できることを目的として、内視鏡所見やX線画像所見の評価、病歴あるいは飼養管理など多岐にわたる情報を提供しています。

 セリにおいて情報を開示する際には、多すぎる無意味な情報によって購買者が混乱しないように注意する必要があります。特に購買者は、開示された疾病情報が今後の調教過程や競走馬としての能力にどのような影響を及ぼすのかについて関心が高いものと思われます。したがって、JRAブリーズアップセールでは、これまで10年以上にわたって実施してきた育成研究の成果から、今後の出走や調教に耐えうると判断した馬を選別して上場することとしています。また、医療情報開示室(レポジトリールーム)では、10年以上にわたって蓄積してきた内視鏡やX線画像などの様々な検査所見と競走パフォーマンスとの関連について分析した成果を活用し、各馬の所見についての情報を提供しています。今回はブリーズアップセールで開示している上気道内視鏡所見とその判断方法を紹介いたします。

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ブリーズアップセールの個体情報冊子の記載内容

LH(喉頭片麻痺)

 いわゆる喘鳴症(ノドナリ)は、吸気時に披裂軟骨(気管の入口)が完全に開かず気道が狭くなり、運動中に空気が吸い込む際にヒューヒューという異常呼吸音(喘鳴音)を発します。また、披裂軟骨の動きの程度が悪い場合(喉頭片麻痺)、競走能力にも影響を及ぼすとされています。その原因となる喉頭片麻痺は、グレードⅠ~Ⅳの4段階に分類されます。JRA育成馬を用いた調査では、若馬の14%以上がグレードⅡ以上の所見を有していること、また、グレードⅡまでは競走成績に影響を及ぼさないことが明らかになっています。一方、グレードⅢ以上の有所見馬になると、喘鳴症を発症することが多くなることから、麻痺して動かない披裂軟骨を固定する喉頭形成術が適応されます。喘鳴症の程度は安静時の内視鏡検査のみでは判らないことが多く、手術実施の確定診断にはトレッドミル走行時の内視鏡検査が有効な確定法となります。

                        症 状

 I

左右の披裂軟骨の動きが常に同調かつ対称であり、完全外転が獲得・維持されうる。

 II

披裂軟骨の動きが非同調で、かつ喉頭が左右不対称な状態を示すこともあるが、披裂軟骨の完全外転は獲得・維持されうる。

 III

披裂軟骨の動きが非同調で、喉頭が左右不対称である。披裂軟骨の完全外転は獲得・維持されない。

 IV

披裂軟骨と声帯ヒダは動かない。

                LH(喉頭片麻痺)のグレード分類基準

DDSP(軟口蓋背方変位)

 走行中に軟口蓋が喉頭蓋の上方(背方)に変位し、走行中に「ゴロゴロ」と喉が鳴る疾病です。この疾病は、グレード034段階に分類されます。若馬は喉頭蓋が未発達であるため、成馬と比較してDDSPを発症しやすく、安静時検査におけるグレードの程度と競走パフォーマンスには関連がないことが明らかとなっています。しかし、若馬でDDSPを発症する馬は、初出走までの期間が長くなることもわかっており、症状を有する場合は、馬体の成長を待って競馬に出走させる必要があります。

             症 状

 0

嚥下を促しても発症しない

 1

嚥下により発症するが、続く嚥下1回で復する

 2

嚥下により発症するが、続く嚥下2回以上で復する

 3

嚥下を伴わなくても容易に発症する

   DDSP(軟口蓋背方変位)のグレード分類基準

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LH(喉頭片麻痺)(左)およびDDSP(軟口蓋背方変位)(右)の内視鏡像

ELE(喉頭蓋の挙上)

 喉頭蓋が挙上し、気道が狭くなった状態です。極端な異常ではない限り、競走成績に影響を及ぼしません。

AE(喉頭蓋の異常)

 喉頭蓋が未発達なため、矮小、菲薄な状態です。一般的に、若馬は成馬と比較して喉頭蓋の形成不全(矮小、弛緩、菲薄、背側中央部の凸面)が多く認められ、DDSPを誘発しやすくなります。しかし、AEの所見は年齢とともに消失することが多いため、極端な異常ではない限り、競走成績に影響を及ぼしません。

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ELE(喉頭蓋の拳上)(左)およびAE(喉頭蓋の異常)(右)の内視鏡像

 喘鳴症のみならず、ノド(上気道)の状態は安静時の内視鏡検査のみでは判らないことが多いため、ブリーズアップセールでは、疑わしい所見を認めた場合には、トレッドミルでハロン15秒程度のスピードを上げた走行時の内視鏡検査を実施し、その検査結果の情報開示を行っています。

 次回はX線画像に関する個体情報について触れてみたいと思います。

育成馬の近況(日高)

JRA育成馬の調教は、423日(火)にJRA中山競馬場で開催されるブリーズアップセールに向けて順調に調教メニューをこなしております。調教のベースとなる800m屋内トラックでは、引き続き2400m3200mF2422秒)の調教を実施し、基礎体力を養成する目的で“リラックス”した状態での調教に主眼を置き、メンタル面を落ち着かせ、競馬に不可欠な隊列を整えた調教を心掛けています。

この800m屋内トラックでの調教をベースとしながら、週2回の坂路調教を実施し、1週間の調教の流れをパターン化させ、馬に調教コースによる“オン”と“オフ”の区別の理解を促すよう心掛けています。また、体力面および心肺機能も強化され、坂路調教では“On the bridle”での2本のステディキャンター(54秒/3F)を安定して走行できるようになってきたため、3月上旬から2本目は併走でのキャンターを実施しています。下の動画は37日に実施した初めての併走調教の動画になります。4月上旬にJBIS-Search上で皆様に配信を予定しております調教映像では、少し速めの併走調教(48秒/3F)の様子をお届けできると思います。

37日に実施した初めての併走調教の動画。1本目は34頭を1つのロットとした縦列でのストリング、2本目は併走でのステディキャンター実施しました。

厳冬期の1歳馬の管理~代謝とまとめ~(生産)

前回まで3回にわたって日高育成牧場で行なっている厳冬期の管理に関する調査・研究で得られた結果について述べさせていただきましたが、今回でまとめとしたいと思います。最後は代謝の話になります。

体温が低下する
 まず、昼夜放牧している群(以下、昼夜群)では、昼放牧している群(以下、昼W群)と比較して体温が有意に低い傾向が認められました(図1)。動物は例えば“冬眠”する時などに体温を下げることにより代謝を落とし、これにより脳などの中枢神経を守るということが知られています。今回の結果はそこまで大げさなものではありませんが、厳冬期に昼夜放牧を継続していると外気温の低下に対応するため代謝を落としている自然な反応と推察されました。

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                                                                              図1 体温

代謝に関わるホルモン
 昼夜群が代謝を落としている傾向は、血液中のホルモンの数値にも現れていました。サイロキシンは甲状腺から分泌され、代謝量の制御に関わることが知られています。このホルモンの数値は、統計学的有意差はありませんでしたが、昼夜群の方が低い傾向がありました(図2)。サイロキシンはヒトの方では成長にも影響を与えていることが示されており、厳冬期に昼夜群の体重増加が停滞する原因の一つになっている可能性があります。

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                                    図2 代謝に関わるホルモン濃度(サイロキシン)

副交感神経活動(HFパワー)
 馬房内安静時にホルター型心電計を装着して、副交感神経活動の指標であるHFパワーという数値を測定しました。HFパワーとは副交感神経活動が亢進するにつれ、数値が上昇します。その結果、HFパワーは昼夜群で上昇する傾向にありました(図3)。競走馬の運動科学的な分野において、副交感神経活動の亢進には、ポジティブな面とネガティブな面があります。ポジティブな面としてはかつて現役時代のテイエムオペラオーのHFパワーを測定した研究では競走馬の平均的な数値より高い値であったという結果が出ています。この場合は遺伝的要因やトレーニングによりいわゆる“スポーツ心臓”となり安静時の心拍数が著しく低下したことを意味します。逆にネガティブな面では、絶食を続けた馬のHFパワーが上昇したという研究もあります。この場合はエネルギー不足に対して代謝を落として体が適応した結果を意味します。今回の昼夜群の上昇は後者を意味する可能性が高いと言えます。

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                                       図3 副交感神経活動(HFパワー)

まとめ
 前3回も含めて、厳冬期の管理に関する調査・研究で得られた結果についてまとめます(図4)。昼夜群では、体重増加の停滞や体温の低下、HFパワーの上昇など基礎代謝の低下が示唆される結果が得られました。昼W群では、プロラクチンやサイロキシンといったホルモンが高い値を示し、基礎代謝が維持されていることが示唆される結果が得られました。
 将来アスリートとなるサラブレッド競走馬においては、基礎代謝の低下を防止した方が良さそうな感じはしますが、そもそもこの当歳馬から1歳馬にかけての厳冬期に代謝が落ちた影響が、競走期である2歳の夏以降にどれほど影響があるのかはまだわかっていません。今後は、厳冬期の昼夜群においては基礎代謝低下を防止する管理方法、昼W群においてはWMによる適切な運動負荷について調査を継続し、競走期への影響までを含めた成績を比較・検討していきたいと思います。

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                                                      図4 まとめ

 以上、4回にわたり厳冬期の管理に関する調査・研究について述べさせていただきました。今後もJRAが行なう調査・研究にご注目いただけましたら幸いです。