あて馬の活用 その2「ユニバーサルドナー」(生産)

スワロー君に期待されている役割は「あて馬」だけではありません。

 

スワロー君の品種である「ハフリンガー種」は、他の品種に比較して「ユニバーサルドナー」である確率が高い品種です。

 

「ユニバーサルドナー」というのは、他の馬にその血液を投与した場合であっても、赤血球を破壊させる副作用がない、すなわち安全に輸血できる血液を持っている馬のことです。

 

ハフリンガー種の8割以上はこの「ユニバーサルドナー」であるといわれており、スワロー君も検査の結果、それに該当することが分かりました。

 

このため、スワロー君は「あて馬」としての役割のみならず、「輸血用馬」として、子馬の移行免疫不全症(出産直後に母馬から受け取る抗体が少ない病体)などの治療にも活躍することになります。

Photo_4
ユニバーサルドナーとしての活躍も期待されるスワロー君

Photo_5

子馬に対する血漿輸液療法

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

あて馬の活用 その1(生産)

 先日、日高育成牧場にハフリンガー種の「スワロー君(オス3歳)」がやってきました。

スワロー君は、来年の繁殖シーズンから当場で「あて馬」として活躍します。

馬は季節繁殖動物であり、春に繁殖シーズンを迎え、この時期に牝馬は発情します。


Photo

 

 

「あて馬」としての活躍が期待されるスワロー君

 

あて馬は、「試情」すなわち、牝馬の発情を確認し、交配に適切な日を判断することが主な役割です。

 

 しかし、それ以外にも、繁殖シーズン、特にシーズン始め(春先)に良好な発情が来ない牝馬に対して、刺激を与えて発情を呼び込む役割も持っています。

 

馬産国アイルランドにおいては、空胎馬に対して1月から毎日「試情」を行うことにより、牝馬に刺激を与え、早春からの発情を呼び込んでいます。

 

Photo_2Photo_3
アイルランドにおいては空胎馬に対して毎日「試情」する。

 

つづく

 

離乳 ~その4~(生産)

本年、日高育成牧場で実施した離乳方法は以下のとおりです。

 

【1週目】7組の母子のうち、2頭の離乳を実施。

Photo 

 

【1週目】穏やかな性格の牝馬(本年出産なし)をコンパニオンとして導入。

 

Photo_2   

【2週目】3頭の離乳を実施

Photo_3

【3週目】残り2頭の離乳を実施

Photo_4       

【離乳後】

Photo_5

 

この方法の利点は、

同じ群の多くの馬が落ち着いていることです。

 

離乳直後は、放牧地を走り回りますが、

周りの大多数の馬が落ちついているため、われに帰って、群の中に溶け込みます。

離乳後、数時間の監視をしていますが、大きな事故につながるような行動はありませんでした。

 

どのような方法を実施しても、母馬がいなくなった子馬のストレスは回避できません。

しかし、このような段階的な離乳により、可能な限りストレスを緩和することができると思います。

 

Photo_6

コンパニオンとして導入した繁殖牝馬を中心に落ち着いた様子をみせる当歳

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

離乳 ~その3~(生産)

 離乳を実施するうえで、考慮しなくてはならないリスクには以下のようなものがあります。

 

①成長停滞

 

②悪癖の発現

 

③疾患発症(ローソニア感染症など)

 

④事故

 

これらのリスクをゼロにすることはできません。

しかし、予防策として、

 

「離乳前に固形飼料を一定量食べさせておくこと」

「ストレスを可能な限り抑制すること」

 

以上のことを念頭においた離乳の実施方法により、

リスクを最小限に抑制することは可能です。

 

このため、実施時期や環境にも注意を払う必要があります。

 

著しい暑さ、激しい降雨、アブなどの吸血昆虫など子馬のストレスとなる環境要因をなるべく回避することに加え、栄養豊富な青草が生い茂っている時期に実施することも重要です。

 

つづく

 Photo

離乳直後にフェンスを飛越したことによる事故

離乳 ~その2~(生産)

 離乳の実施時期は、概ね生後5~6ヶ月齢というのが一般的になっていますが、牧場によっては早くて3ヶ月、場合によっては7、8ヶ月齢と遅い場合もあるようです。

 

離乳の実施時期を考慮するうえで、

「栄養面の離乳」と「精神面の離乳」の2つを念頭に置く必要があります。

 

「栄養面の離乳」

母馬がいなくなった場合に、それまで母乳から摂取していた栄養を固形飼料で代替することができるようになっていること、すなわち、1~1.5kgの飼料を食べることができるようになっているかどうか。

1 

 

「精神面の離乳」

放牧地で母馬と一定の距離があること、また、他の子馬との距離が近づいていること。

Photo

3ヶ月齢を過ぎると、母子間距離が長くなり、子馬間距離が短くなる。

 

「栄養面」および「精神面」の両者が概ね達成される時期が、概ね生後3~4ヶ月ですので、

必然的に、これ以降が適切な離乳時期といえるのかもしれません。

 

つづく

離乳 ~その1~(生産)

本年生まれた7頭のホームブレッドは順調に育っており、

以前に当欄で触れたホルモン処置の乳母付けをした子馬は、

現在では乳母とともに、実の母子のように寄り添って過ごしています。

Photo

 

しかし、その母子にも別れの時、すなわち離乳の時期がきました。

 

離乳の目的は、母馬が次の出産に備えるためです。

このため、野生環境におかれた馬では、出産の1~2ヶ月前になると、

子馬の方から自然に哺乳しなくなり、母子が離れていくようです。

2

離乳

 

サラブレッド生産においては、過剰成長などに起因するDOD(成長期整形外科疾患)の予防として、母乳の摂取抑制を目的とした早期離乳も実施されています。

 

つづく

7月セールの購買馬が入厩(日高)

本年売却したJRA育成馬達は6月初旬から開始されたメイクデビューに続々と出走しています。本年売却したJRA育成馬は、8月25日現在、7頭が勝ち上がり、合計9勝をあげています。秋競馬に向けて、さらに頑張ってほしいと願っています。

 1

写真1.左:3回中京競馬8日目報知杯中京2歳S(芝:1400m)に優勝したグランシェリー号(ホームブレッド)、右:2回函館競馬6日目 函館2歳S(G3 芝:1200m)に優勝したクリスマス

さて、7月に行われたセレクトセール、および北海道セレクションセールの各1歳セリで購買した10頭(セレクト1頭、セレクション9頭)が日高育成牧場に入厩しました(写真2)。また、購買馬の入厩に合わせて、日高育成牧場で生産したJRAホームブレッド5頭も繁殖厩舎から育成厩舎へと移動しました。翌日からは、これら15頭を3~4頭のグループに分け、9月上旬から開始するブレーキングまで昼夜放牧による管理を行います。なお、8月末には我が国で最大規模のセリとなるHBAサマーセールの購買馬が入厩する予定です。

 2

写真2.左:入厩時の馬体検査の様子。タイフウジョオーの12(牡 父:エンパイアメーカー)、右:放牧地で疾走する7月セール購買馬。

日高育成牧場からのブログのアップは久しぶりとなりますので、7月に行われた種々の出来事について触れてみたいと思います。7月中旬には、グリーンチャンネルで放映される「新・馬学講座ホースマンアカデミー」の撮影、および障害馬術競技で活躍している戸本一真氏(JRA馬事公苑)による「育成技術講習会」が行われました。

「新・馬学講座ホースマンアカデミー」は、昨年放映いたしました「馬学講座ホースマンアカデミー」の続編にあたります。JRAでは日高・宮崎両育成牧場で生産育成研究や技術開発を行い、その成果を普及、啓発することにより、生産育成分野のレベルアップに役立てていただき、ひいては「強い馬づくり」につながればと考えています。これらの繁殖・育成に関わる飼養管理技術等をより多くの方々に紹介することを趣旨として、8月から来年3月までグリーンチャンネルで放映しています。放送日時を参考に是非ご覧ください。

◎「新・馬学講座 ホースアカデミー」

    放送日 毎週火曜日             

          8:00~ 8:30

         12:00~12:30

         14:30~15:00

「育成技術講習会」では、日本馬術界のトップライダーである戸本一真氏によって、「ハミ受け」、「競走馬と障害馬の収縮と伸展のサイクルの違い」および「収縮状態へのアプローチの方法」などに関する座学の後、実馬を用いて人馬の主従関係の確立の仕方、正しい道具の選び方、適切な馬具の実施方法、道具の効果と弊害について解説が行われました。講習会の映像は「馬市ドットコム」のHPをご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/umaichi_news/e/8e78fbb6e70de27dcd019f03d7080aca

 

3_2

写真3.左:「新・馬学講座ホースマンアカデミー」の撮影の様子、右:日高育成牧場で行われた「育成技術講習会」の様子。

ホルモン処置による乳母 ~その4~(生産)

導入2日目、

ある程度の距離を保っていれば同じ放牧地にいても、乳母は攻撃してきませんが、

通常の母子の様子とは、かなりかけ離れています。

41

 

人の保持がなければ哺乳はできず、

乳母には、噛み付き防止の「口カゴ」、

蹴ることを防止するための「足かせ」が装着されています。

42

 

431
432
 

 

乳母の母性本能を覚醒させる方法として、他の馬との接触があります。

特にオス馬の存在が刺激になるという説があります。

 

そこで、2頭がいる放牧地に乗馬(去勢馬)を連れてきましたが、

あまり、効果は認められませんでした。

44

 

乳母導入の2日目でしたが、あまりに進展がなく、実の母馬の元に戻すことも考えました。

しかし、後戻りよりも前進することを選択し、思い切って他の母子の馬群がいる放牧地に放してみました。

 

最初は、子馬が他の馬に追いかけられて、逃げ惑い孤立し、

誰もが、他の馬群との放牧は早すぎたと後悔した瞬間、

45

 

突然、乳母が子馬を他の馬から守るしぐさを見せるようになり、

ここから、乳母と子馬の距離がグッと縮まりました。

 46
462

 

不思議なもので、あれほど子馬を敬遠していた乳母も、

ほかの母子との馬群に入り、逃げ惑う子馬に頼られることにより、母性本能のスイッチがオンに入ったようです。

 

集団生活を基本として子孫を残し続けてきた「馬」という動物の本能を改めて実感しました。

 

その後は、乳母は保持されなくても、

人が近くにいれば、哺乳を受け入れるようになりました。

47

 

 

現在も、本当の母子のような距離の近さまでには至っていませんが、

他の母子と同じ放牧地で、昼夜放牧されています。

48

 

人工哺乳は継続中ですが、体重増加率は他馬と同程度になりました。

 49

 

馬房や放牧地では、このように変則的な方法で哺乳しています。

子馬の「生きたい」という生命力の強さには脱帽です。

 4101
 4102

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

 

 

ホルモン処置による乳母 ~その3~(生産)

導入初日、

2週間のホルモン剤投与により、1日で5リットルほど搾乳できるようになった乳母を、

子馬と引き合わせます。

 

A_2

 

乳母には鎮静剤を投与し、鼻の周りにはメントール軟膏を塗って嗅覚を麻痺させます。

また、子馬の馬服には乳母の糞尿をつけています。

 B

 

乳母の膣内に手を挿入し、子宮頚管(子宮の入り口)を刺激します。

分娩時の感覚を誘発し、母性本能が覚醒されるといわれています。

C

 

1人が母馬を持ち、もう1人が子馬を乳房に誘導するとともに、

乳母の後方に子馬が行かないように気をつけます。

D

 

持ち手は、乳母が哺乳を拒絶した場合に、チェーンシャンク(※)で懲戒し、

逆に、哺乳を受け入れた場合には、褒美としてエサを与えます。

※鼻梁に強く作用し、リードを強く引くことで懲戒する道具

 E

 

ある程度受け入れるようになったら、子馬と乳母だけにする予定でしたが、

乳母による子馬への拒絶行動(噛む、蹴るなど)が激しかったため、

人がついていないときには、乳母を馬房内に設置した枠場に入れました。

F

 

 

子馬は食欲旺盛で、噛まれても、蹴られても、決してめげることなく積極的に哺乳を続けてくれたことは救いでしたが、

想像以上に、乳母の受け入れは困難で、乳母の性格や子馬との相性の重要性を実感しました。

 

つづく

ホルモン処置による乳母 ~その2~(生産)

前回のブログで触れたとおり、

本年、日高育成牧場の出産馬1頭に対して、乳母付けを実施しました。

その理由は、「母乳の分泌不足」です。

 

この子馬は、初産で出産時の体重が平均を下回る47kg、

母乳の分泌量が少なく、他の子馬に比較して身体の成長が遅れていました。

粉ミルクも与えていましたが、体重はあまり増えてきませんでした。

Clip_image003

2週齢:他の馬と比較して成長が遅い。

Clip_image004

分娩6日後の母馬の乳房、初産のためかあまり大きくならない。

 

一般的に利用されている乳母に比較して、

ホルモン処置したサラブレッド乳母の導入は、多くの困難やリスクをともなうことは前回述べたとおりです。

 

しかし、将来的な競走および調教負荷に耐えうるための健康な馬体づくり、

そして、JRA日高育成牧場の大きな役割の1つである「生産育成に関する技術開発」のための実践の積み重ねの重要性を鑑み、今回の実施に踏み切りました。

 

つづく