育成のこだわりと「管理指針」(日高)

少々遅くなりましたが、皆様明けましておめでとうございます。日高の育成馬達は、年末年始も休むことなくウォーキングマシン運動や放牧を課され、年内の調教で若干しまった馬体が逆に少しフックラとし、フレッシュな状態で新年を迎えることができました。15日現在でほぼすべての馬達が、週2回の坂路調教(1,000m2本:スピードは2本目をハロン20秒程度)をこなせるようになっています。

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・年が開け新雪の上を坂路に向かう育成馬たち。気持ちも新たに、今年も育成業務を通して色々なことに取り組んでいきたいと思います。

しかしその中で、残念な事故がありました。マイナス10度近く冷え込んだ年末の朝、プロポーションラブの07(牝:父オペラハウス)がパドックでの放牧直後に転倒し、腰角(こしかど)を強打してしまったのです。事故直後には跛行が重度であり最悪の事態も脳裏によぎりましたが、幸い翌日には体重負荷ができる様になり、現在少しずつ快方に向かっています。前日に解けた雪が凍り、その上に薄く雪が積もって滑りやすくなっていたことが誘因でした。十分にチェックをしているつもりでもまだ足りないのだと反省しきりです。

もう1つトピックとして、今月8日から軽種馬育成調教センター(以後BTC)の騎乗者養成コースの生徒達によるJRA育成馬を用いた騎乗実践研修が始まりました。16名の生徒たちが3班に分かれ、育成馬が退厩する4月中旬までそれぞれの技術レベルに応じた騎乗馬を割り振られ、多くの経験を積んでいきます。

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800m屋内トラックで騎乗する第16名の生徒達。色々な馬の背中から、多くのものを学んでほしいと思います。

さて、前回に引き続き育成への「こだわり」についてです。昨年末のBTC利用者との意見交換会では、色々な場面やステージにおける、まさに三者三様のこだわりがクローズアップされました。

その会を企画した当場としては、交換会の冒頭「日高育成牧場のこだわり」と題して口火を切ることとなりました。話したいこだわりを思いつくままにまとめたところ、結果として2年前に作成した「JRA育成牧場管理指針」(以下 管理指針)に記されていることと同じものになりました。さて、「管理指針」とはどんなものなのでしょうか。

今でこそその差はかなり縮まりましたが、30年ほど前、日本の育成技術やその考え方は、競馬先進諸国とは大きな隔たりがありました。そこがウイークポイントと考えた競馬会は、イギリス、アイルアンド、フランス、アメリカ、カナダ、オセアニアなどに職員を派遣し、実際に牧場や厩舎で実践研修をすることで多くのことを学ばせました。学んできたことを実際に試し定着させるため、帰国後は研修に行った職員を育成牧場に配属し、新しい視点に立った育成技術の開発に取り組ませてきました。その中で民間の育成者の方々にも広がり定着したものとしては、騎乗馴致に対する考え方やドライビングの技術(調馬索という2本の長いロープをハミに付け、騎乗せずに馬の後ろから推進することで口向きを作る手法)、冬場の馬服を着せての放牧、色々な場面での馬の展示方法など多岐にわたります。

同時にJRAの育成牧場にも「JRA仕様」となった若馬の管理方法やその根底にある考え方が定着してきました。それらをまとめ更なる普及につなげるために作成したのが、「JRA育成牧場管理指針」です。中には科学的なアプローチにより裏付けのある記述も含まれます。しかし多くは、海外から学び「強い馬づくり」を目指す試行錯誤の中から生まれた「こだわり」そのものです。内容的には、応用できるものも多いのではないかと自負はしていますが、だからといって押し付けるつもりは毛頭ありません。強い馬をつくる道は一通りではありませんし、一つの提案だと考えていただけたらよいと思います。

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2年前に版が出された「JRA育成牧場管理指針」。現在は2版となりますが、薄いこの冊子はこれまでの育成業務において長い年月をかけて磨かれた「こだわり」の集大成ともいえるものです。

意見交換会では、BTCでトップにランクされた実力を背景に、育成者の皆さんが信念を持ってそれぞれの「こだわり」を披露して下さいました。同様に、私達は昨年のJRA育成馬であるセイウンワンダー号の朝日杯フューチュリティSJpnⅠ)勝利を、我々のこだわりの集大成である[管理指針]の内容を広く伝えるチャンスであると捉えています。今後も育成業務が続く限り「管理指針」は少しずつ充実し、改定されていくことになるわけです。

育成へのこだわり(日高)

前回2頭の活躍馬として紹介した内の1セイウンワンダー号(父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)が大仕事をしてくれました。朝日杯フューチュリティS(GⅠ)で見事に優勝、2歳牡馬チャンピオンになったのです。これまでの抽選馬、育成馬の長い歴史の中で牡馬のGⅠ制覇は始めてです。岩田康誠騎手の好騎乗に加え、新潟2歳ステークス以来3ヶ月半ぶりとなる競馬にもかかわらずキッチリと仕上げた厩舎関係者の苦労には頭が下がります。育成馬達がこうした活躍をしてくれることで、私達の行う育成業務への関心が高まり、ひいては成果の普及の追い風になるのではないかと思っています。

本年の育成馬達は、時期をずらして3つのグループに分けて馴致をしてきましたが、1群として先に進めた群が調教進度を維持する中で、3群の調教がほぼ追いついてきました。その内容は、週21,000m屋内坂路で駆歩を2本、スピードはハロン2520秒というものです。坂路を利用することで、常歩の距離は4km、時間は約40分にもなります。今後年末年始は、ウォーキングマシンとパドック放牧を中心とした管理を行いますが、年明けからは基本同一レベルの調教を開始できそうです。調教強度がさらに増すなか、当然調教を加減していかなければならない馬も出てくるとは思いますが・・・・。

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・撮りためた写真から探し出した一枚。今年の1月、パドックでのんびり日光浴をするセイウンワンダーです。やんちゃな馬という印象が強かったセイウンでしたが、こんなオットリした表情も見せていたのですね。

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・突然降りだしたゲリラ吹雪の中、坂路馬場に向かう馬達。次のセイウンを目指して、着実に調教を積み重ねていきます。

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・本年は年内にすべての育成馬が1,000m屋内坂路で2本の調教を行うレベルに達しています。

さて、今回は育成に対する「こだわり」について書いてみたいと思います。「こだわる」を広辞苑で引いてみると「些細な点にまで気を配る。思い入れする」とあります。何度もお伝えしていますが、私達が育成業務を行う意義は、その中で行った調査研究、技術開発の成果を広く多くの方に伝え、少しでも日本の育成のレベルアップに役立てることを目的としています。科学的な実験や研究は再現性がありその結果には有無をいえぬ強さがあります。その一方、実際に育成に携わっていると、科学的に白黒は決められないものの、ここは譲れないということも数多く出てきます。たとえるならば、科学のデータはしっかりした骨格、こだわりは皮膚といえるかもしれません。皮膚は薄いものですが、それが顔の表情を左右する決め手ともなります。

例を上げれば、馬の育成・調教の要諦として「馬をいつもフレッシュでハッピーな状態に保つ」ということがいわれています。この考え方に異を唱える方はほとんどいないと思いますが、はたして馬のフレッシュやハッピーは何処で判断するの?という疑問が沸いてきます。それを理解できる感覚や手法などもこだわりの1つではないかと思うのです。

実は先日BTC(軽種馬育成調教センター)利用者との意見交換会を開催し、その主題を「若馬の育成へのこだわり」としました。この意見交換会は本年が6回目となりますが、利用者の間に日高育成牧場が仲立ちをすることで、相互のコミュニケーションの場を設けて、全体としての育成技術のレベルアップや意思疎通を図ることを目的として毎年、年末に実施しているものです。

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・意見交換会の風景。こだわりについて述べる吉澤ステーブルのH場長。5名のパネラーを前にして、取り囲んだ来場者との会話のキャッチボールが弾みます。

今回はこれまで以上に誰でも発言をしやすい雰囲気作りを目指し、広く浅く利用者が誰でも持っている育成に対する「こだわり」にスポットをあてました。しかし前述のように、それらの多くは残念ながら「感覚・経験」に立脚したものであり、重みを持つためには競走成績という「実績」が伴わなければならないのが実状です。このことから今回は、本年の中央競馬2歳戦で上位にランクされた5名のBTC利用者にパネラーをお願いしました。

口火として、日高育成牧場のこだわりの一端を紹介し、その後パネラーの発言に移りました。育成規模やBTC利用経歴からもバラエティーのあるパネラーがそろい、期待どおり各人各様の育成に対するこだわりが紹介され、来場者からはそれらに対する質問もなされました。例えば、年内にどの程度まで1歳馬の調教を進めるのかということついても、スピードでハロン1313秒を求める方から、ハロン20秒までで十分と考えている方までおられます。成績を上げた方たちの言葉ですので説得力はありますが、各育成者がどの考えに共感するかは自由です。

つまりこの会ではそれらの正誤を問うのではなく、その多様性を参加者皆で認識するにとどめ、その中でヒントをつかむという形としました。参加した皆さんからは、活躍している他の育成者の方から参考になる考え方を聞け、質問も出来て役に立ったというコメントも聞かれました。

こういった「こだわり」は多岐にわたり、1回の会で言い尽くされるものではなく、今後もしばらく同様の切り口で、開催していきたいと考えています。次回からは、この会で紹介した日高育成牧場のこだわりや、出席の皆さんから披露されたこだわりについてお伝えしていこうと思います。

対照的な二頭(その2)

11月下旬にまとまった雪が降り、すっかり冬景色の日高育成牧場です。まだ根雪とはならないでしょうが、車の運転に気が抜けない季節になりました。

1118,19日の2日間、本部職員が来場して育成馬検査が実施されました。購買してから馴致を経た育成馬の成長状況を把握すると共に、これまで実施した内視鏡やレントゲン、超音波などによる検査で確認された疾病に対して今後の対応を決定します。

育成は概ね順調との判断でしたが、内視鏡検査で確認されたサブノリアルの07(父:クロフネ)の喉頭蓋下膿胞(喉に膿の入った袋ができる病気)に対して、年内に切除手術を行うことになりました。喉頭蓋下膿胞は、完治すれば競走馬としての将来には影響のないものです。こういった手術はもちろん、育成馬全頭の各種検査の内容についてもBUセールの際にお配りする「育成馬個体情報」に掲載されることになります。

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・雪景色の中での調教後のクーリングダウン。

さて、前回に引き続き、2頭の活躍馬セイウンワンダー号(以後セイウン、牡2歳:父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)、ナイキハイグレード号(以後ナイキ、牡2歳:父アグネスタキオン、母ダイアモンドコア)の育成期間について見ていきます。

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・セイウンの体重の推移です。

両馬とも育成計画に準じた調教をこなしながら概ね順調な成長をみせ、500Kgを超える大型馬となりました。成長曲線では、どちらも10月下旬から12月上旬にかけてやや足踏み状態がみられます。これは育成馬全体に見られる傾向ですが、騎乗馴致に伴い放牧中心の管理から、舎飼中心の管理に移行することで腸管の滞留食物量が少なくなる点(草腹の解消)、馴致前後の精神的、肉体的負荷が要因であろうと考えています。育成牧場ではこの成長の停滞傾向をなるべく少なくし、より滑らかな成長曲線を描けるように飼養管理、運動管理に配慮しています。

似たような成長曲線を描いて成長した2頭ですが、馬体から受ける24月時点での印象はまったく違っていました。写真にあるようにセイウンは成長によりキ甲が抜け、体高と馬体に伸びが出たことで、スッキリとした素軽い印象を受けます。父グラスワンダーではなく、まさに母父のサンデーサイレンスが強く出たイメージに成長しました。

一方ナイキは筋肉質でガッチリしており、購買時と比べて伸びは出たものの、どちらかといえば詰まった体型が残り、これも父アグネスタキオンではなくミスプロ系の母父ジェイドロバリーが強く出てきたように感じました。

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3月下旬のセイウン。すらっとした伸びのある大型馬(体高162cm、体重518kg 4/11計測)。

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3月下旬のナイキ。がっちりとした詰まった体型(体高158.5cm、体重510kg 4/11計測)。

次に、測定時点の体力指標の1つであるV200値(心拍数が200回/分となる時の馬の走行スピードを分速で表示したもの)を見てみましょう。測定は2歳の2月、4月の上旬に行いました。

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・先頭左がV200測定のための規定運動を行うナイキ。2列縦隊でスピードを段階的に上げ、その時の心拍数を測定します。

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・グラフは右肩上がりで、2月上旬から4月上旬にかけて体力が向上したことがわかります。

V200値には個体差が大きく、4月の測定では550850/分程度の幅がありました。その中で両馬ともほぼ平均的な推移を示しており、測定時点では他の育成馬と比べ特に飛びぬけた体力を持っていたわけではなく、両馬を比べても大きな差はなかったと考えられます。

上記の比較では2頭に大きな差は見られませんが、実際に馬に接してきた私達は、この2頭の性格にはずいぶん違った印象を受けました。端的にいえば、セイウンは「ピリッ」とした、ナイキは「オットリ」したイメージです。

セイウンは調教での素軽い動きもさることながら、馬房の中でも落ち着かない面があり、馬房に人が入るとすぐにちょっかいを出し、人が強い態度で接しなければ、いつでもボスの座を狙っているというタイプでした。プライドが高いのか頭を触られることを嫌い、騎乗担当者は頭絡をつけるのに最後まで苦労させられました。

一方ナイキは、オットリした馬でBTC生徒の騎乗実習にも使用できるタイプの馬でした。しかし、普段の調教後に「乗りやすいです」「重いぐらいです」などと答える生徒が坂路調教の後では「抑えるのが精一杯です」「手がしびれました」と息を切らして返事をしたのが強く印象に残っています。また、引き馬での坂路調教の帰りには、入れ込みがきつく暴れて放馬したこともありました。生徒の気の弱さ、技術面の未熟さは差し引いても、その変貌振りから気持ちの奥底に何かを秘めているのではないかと期待させてくれました。残念ながら育成期間中は、坂路以外で本来の実力と輝きを見せてくれたことはありませんでした。

当たり前のことですが、活躍する馬には性格的にも肉体的にも色々なタイプがおり、育成段階で活躍するかどうかを断じることは非常に難しいことです。不可能といっても過言ではないかもしれませんし、解らないから競馬という選抜手法を用いているともいえるわけです。

そういった中で、血統だけでなく色々な角度から各馬の実力を推測できることが競馬の面白さ・楽しさの大きな要素です。JRA育成馬は、BUセールにおいて育成段階の情報を購買者に伝えることで、安心と共に馬所有の夢を膨らませていただきたいと考えています。

また、この馬達はそれぞれ個性的な馬でしたが、順調に調教を進めることが出来たことが大切なことだと思います。加えて、我々育成を担当する者は、すべての馬達に分け隔てなく接し、健康・調教管理にベストを尽くすことで、競馬へのステップに引き継ぐ姿勢を保つことの重要性を再認識させられました。

もちろんその取り組みから得られた科学的なデータや感じたこと、技術的なノウハウを広く伝えていくことが我々JRAの育成牧場の使命でもあるわけです。   

二頭の活躍馬(その1)

ほぼ馴致も完了し、12群は坂路馬場へ、3群は屋内800mトラックでの調教をこなしています。最初はキョロキョロ、フラフラ走っていた馬達も、かなりドッシリと落ち着いた走りをするようになってきました。今後、冬季閉鎖になる12月まで1600mトラックでの調教、隊列を意識した調教を進めていきます。

本年も韓国の研修生3名が、3群馴致開始当日の1015日から約1カ月間、実践研修生として育成牧場に滞在しました。1名は韓国馬事会の職員、他2名はオーナーブリーダー牧場の若いオーナーです。3名とも前進気勢旺盛で、積極的に騎乗馴致について学んでいました。

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馴致第12群は、800mトラック馬場で誘導馬を先頭にして、駆歩までの騎乗調教を行っています。

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馴致の研修を終えた後は、ホースマンの基礎である騎乗練習です。誘導馬であり、毎日の練習の相棒であるフジノシャワーを囲んで左からイさん、ナさん、チェさん。

さて、既報にもあるとおり、日高で育成したナイキハイグレード号(牡2歳:父アグネスタキオン、母ダイアモンドコア)が大井競馬場で行われたハイセイコー記念(S2)を勝利しました。これで3連勝となり今後の中央所属馬との対戦もますます楽しみになってきました。そこで、今回から2回に分けて、本年売却した育成馬のなかで活躍している2頭のこれまでを振り返りながら話を進めていきたいと思います。

もう1頭の馬の名前は、セイウンワンダー(牡2歳:父グラスワンダー、母セイウンクノイチ)です。この馬は新潟2歳S(JpnⅢ)で、出遅れての後方待機から、大外をまくって差しきりました。

まず、2頭の購買から売却までの概略を表にしてみました。

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現在の実力は甲乙付けがたい2頭ですが、1歳セリでの購買価格を見て見ましょう。そこには約2倍の差があります。セイウンワンダー(以後セイウン)は馬体の素晴らしさと母父サンデーサイレンスという点、一方のナイキハイグレード(以後ナイキ)は腹袋のある成長力を感じさせる馬体と期待の種牡馬アグネスタキオン(購買年の公示種付け料1200万円)産駒という点を主として評価しました。また、セリではセイウンは活発に競り上がり、ナイキは一声での購買でした。

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セイウンワンダー17月入厩時。バランスの取れた馬体は非常に目を引きます。

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ナイキハイグレード17月入厩時。頭の大きく写るゴロンとした印象の馬体。

さて、競走馬としてのスタートも両極端でした。表にもあるとおり、BUセールでセイウンは持ったままで1313秒の指示にもかかわらず、最終1ハロン11.3秒の豪快な動きを披露したことでセール最高価格で購買され、中央競馬への入厩が決まりました。一方、ナイキは、スピードは指示通りではありましたが、動きが少し重く映ったのか、それとも台付けの割高感からなのか主取りとなってしまったのです。

すぐにトレセンに入厩したセイウンに対し、ナイキは競走馬としての売却を目指し3週間後に迫った千葉トレーニングセールに向け競馬学校に移動、引き続き調教が続けられました。セールの調教供覧では12.411.3秒の標準以上の時計で走行。台付け(セリでのスタート価格)は、声をかけていただくことを期待してBUセールでの主取り価格よりもさらにディスカウントし、1200万円に設定。しかし、残念ながら結果は主取。アグネスタキオンが「なぜ売れないの?」という気持ちと、競走馬としての将来を打ち砕かれたことで大いに落胆させられました。

幸い再上場の申し込みがあり、この馬の競走馬としての将来、もしかしたらせり上げもあるかもしれないという期待から、さらに台付け価格を下げて受けることになったのです。再上場は、通常呼び出しをかけた購買者が一声で落札することが多いのですが、蓋を明けてみると今までの沈黙がウソのような活発な競り合い。結局は最初の台付け価格より少しだけ安い1160万円で購買され、地方競馬で走ることとなったのです。競走馬としての将来を夢見ることが出来ると胸をなでおろすと共にセリの難しさを痛感したものです。

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千葉セールでのナイキハイグレード。すっきりとした見違える馬体に変貌したナイキでしたが…。(写真提供:馬市.com

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千葉のセールでの騎乗供覧。右がナイキハイグレード。ゴール前を12.411.3秒で軽快に走り抜けましたが…。(写真提供:馬市.com

BUセールの売却の際、購買者の方々にお配りしている育成馬の個体情報には、育成牧場における種々の成長の過程や医療情報に加えて育成牧場からのコメントも記載されています。

セイウンには「購買時は父グラスワンダーの雰囲気が強かったが、育成が進むにつれて母父サンデーサイレンスが強く表に出てきた。特に気性面では、人がしっかりとした態度で臨まなければ圧倒される強さを持つ。その気性が勝負根性と躍動感あふれる走りを生み出す。」というコメント。ナイキのコメントには「大種牡馬サンデーサイレンスの後継の筆頭と目されるアグネスタキオン産駒で期待も高まる。坂路で併走しての燃えるような走りと、普段の力を抜いた動きとが好対照。コンパクトな1歳時のイメージに、少しずつ伸びが加わってきた。」と書かれています。この文章に込められた思いと期待、育成期間中のエピソードなどの対比の詳細、この2頭が教えてくれたことなどは、引き続き次回にお伝えしたいと思います。

 

騎乗馴致におけるランジングとペン(丸馬場)の有用性

山の木々の葉も落ち、北国のつかの間の秋があっという間に通り過ぎて冬支度完了といった日高です。先日は日高山脈の高嶺に初冠雪を確認しました。

育成馬達の馴致は順調に進んでいます。12群は屋内800mトラックでの駆歩調教をこなし、次のステップとして11月からは週2回程度屋内坂路馬場へ通うことになります。また、1015日から馴致を開始した317頭は、ペン(丸馬場)の中で騎乗できるまでになっており、数日で屋内800トラックでの集団調教に移行します。今年は幸い56頭のほぼすべてが騎乗馴致のステップを大過なく上っており、ここまでは、まず一安心といったところです。

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1,2群の育成馬は、駆歩運動後の鎮静運動として場内各所を15分ほど常歩します。人を乗せてしっかり歩くこともこの時期の若馬にとって良い運動刺激になると考えています。背景は、初冠雪の野塚岳。

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ゲート通過は毎日の日課となっています。

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第3群は、騎乗に先立ち場内各所で十分なドライビングを行っています。補助者は馬から離れ、馬は御者の指示に従い前進気勢のある常歩をしています。馬はハッピーパレットの07(牝:父チーフベアハート)。

今回は、騎乗馴致でおなじみのランジング(調馬索運動)とペン(丸馬場)の有用性についてです。この話題を取り上げるきっかけとなったのは、当場で夏から秋の10月一杯まで実施している、一般ファンの方達に対する牧場内バスツアーにおいて受けた質問です。それは「騎乗馴致ではなぜ馬をペンでクルクル回すのですか」というものでした。

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ペンの中でランジング運動する育成馬。クルクル回っています。馬はミヤビトップレディーの07(父タイキシャトル)。

騎乗馴致において我々が当たり前のこととして行っている基本ですが、以下のように説明しました。

まず、馬をクルクル回す作業はランジングといい、調馬索という約10mの長さの平打ちのロープを用います。ランジングは、よく訓練された馬であれば、調馬索だけで綺麗な円運動をさせることが可能です。しかしランジングの経験のない1歳馬たちは、調馬索で繋がれていても、どう動いていいのかわからないのです。追われることで直線的に人から逃避したり、大きく膨らむ、逆に内に入ってくるなど反応は様々です。そこで綺麗に円運動をすることを効率的に学ばせる施設として存在しているのが、ペンなのです。

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図のように御者(馴致では二人でチームを組み役割分担をします)によって「前に動きなさい」というプレッシャーと「外に膨らみなさい」というプレッシャーを受けた馬は、ペンの壁により外に膨らめないことから、自然にその壁に沿って円運動をすることになるわけです。

図のような御者のペン内における位置関係は、馴致開始初日から騎乗が終了するまで、基本形として継続されることになります。

次に、それではなぜ馴致においてクルクル円運動を実施するのでしょうか。馴致において最も大切なのは人と馬の信頼関係に裏打ちされたコミュニケーションです。ペンは直径15mの円形をしています。そのため必然的に中心に位置する御者と壁に沿って運動する馬との距離は常に7m程度に保たれるわけです。この位置関係を守ることで、人は労せずに馬の運動を継続させ、一定の距離で馬とのコミュニケーションを交わすことが可能になるわけです。

このような役割と目的を持ったペンは、中の馬が外を見ることができない高さと、隙間を作らない工夫が必要で、ちなみに当場のペンは、高さ2.3mで安全のため内部の高さ1mほどまでゴムを貼っています。このペンとその壁を有効に使うことで、安全でスムーズな騎乗馴致を進めることができるわけです。

つまり「ランジングで行う円運動は、馬に運動をさせながら人が馬とコミュニケーションをとるために非常に有用な手法であり、ペンは馴致されていない若馬に綺麗な円運動を行わせるためにとても効率の良い施設で、騎乗馴致には不可欠なものなのです」。

騎乗馴致の前には、歯の検査(日高)

朝夕の冷え込みも始まり、山の緑も色づき始めました。育成馬の馴致も順調に進んでいます。1015日からは317頭の馴致も開始しています。今年は、これまでの過程で特に馴致を遅らさなければならない馬は出てきておらず、結局のところゆっくり調教を行う4群を設ける必要はなさそうです。

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93日に馴致を開始した第1グループは、800mトラック馬場で誘導馬を先頭に騎乗調教を行っています。

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924日に馴致を開始した第2グループは、騎乗を前に場内各所で十分なドライビングを行っています。

さて今回は、馬の口の中、歯の話です。

馬の騎乗に際して、ブレーキやハンドルの役割を果たすのがハミです。そのハミは図にあるように、前歯と奥歯の間(歯槽間縁といいます)に装着されます。放牧地で草を食むのには何の問題もありませんが、騎乗してコントロールするためには、人工物であるハミの装着が不可欠です。そのハミが口腔内に気持ちよく収まり、良好に機能するためには、ハミと歯によって頬や口角の皮膚が傷つかないように、その可能性のある部分の歯の角(とがった部分)を滑らかにするとともに、咀嚼に不必要な歯を抜く必要があるのです。

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前歯と奥歯(臼歯)の隙間を歯槽間縁といいますが、この存在がハミの装着と馬への騎乗を可能にしたといっても過言ではありません。前歯と奥歯の間の黒い●がハミを装着する位置です。Aが狼歯(やせ歯とも言われ、ハミが引かれた際に口角の皮膚を傷つけてしまうことがあります)、Bが犬歯(牡馬のみにあり、通常ハミ受けとは関係ありません)です。

手順として、まず指で狼歯の有無や歯のとがり方をチェックし、必要な場合には、口を開けて直接眼で見て確認します。

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歯や口の中の異常をチェックしている獣医スタッフ。ヘッドライトを使用し、奥歯の状態まで確認します。

狼歯が有る場合には、根から完全に抜歯します。馬の臼歯は咀嚼による摩滅を補うため一生伸び続けます。そのため根は非常に深く抜歯は困難ですが、狼歯は咀嚼には関与せず根も浅いため、抜歯用のノミで綺麗に抜歯することができます。

狼歯は牡牝に関係なく、およそ2/3近い馬に生えてきますが、その大きさや形は様々で、左右片方だけの場合や下顎にあることもあります。

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上顎臼歯の前面にある大きな狼歯。

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抜歯された左右の狼歯。比較は単4電池。比較的大きな狼歯ですが、抜歯の後は特に治療も必要とせずに治癒します。

抜歯が終わったら、今度はハミに当たる可能性がある前臼歯の一番手前の部分を滑らかにするため、歯をヤスリ(歯鑢:しろ)で削ります。馬の上顎は下顎に比べて幅が広く、咀嚼を繰り返すことで上顎臼歯の外側と下顎臼歯の内側が尖ってきます。その鋭利な部分を滑らかにするわけです。

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歯の処置専用の大きめの無口を付け、馬用のヤスリで歯を削っているところ。上顎の奥歯(臼歯)の外側を処置しています。

一度処置をしても、前述の通り馬の歯は一生伸び続けるため、ハミを付けて騎乗する限りは定期的にチェックする必要があります。育成馬達は、4月に行われるBUセールの前に再度チェックを受け、整歯された後に上場されます。

馬は大地の贈り物(日高)

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アブの来襲もなく、落ち着いて草を食む昼夜放牧の馬達

温暖化の影響でしょうか、日高は9月中旬になっても日中はまだ汗ばむ様な陽気が続き、下旬になってようやく秋らしくなってきました。さて、現在日高では3つのグループに分けて騎乗馴致を進めています。第1グループは8月購買の牡馬20頭を93日から馴致を開始し、すでに人が騎乗できるまでになっています。第2グループの約20頭は924日から騎乗馴致を開始しました。この後、第3グループは1015日の馴致開始を予定しており、それまでの間は引き続き昼夜放牧で管理します。しかし、馬の成長や状態を見て、馬にストレスのかかる騎乗馴致を遅らせた方が良いと判断した馬は、第4グループとします。

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腹帯馴致として行うローラー(写真の馬が腹部に装着している道具)の装着により、胸郭の圧迫に驚いては跳ねる育成馬。御者が落ち着いて馬を前に出すことで、馬はローラーの圧迫を受け入れるようになります。セリ上場を通してある程度人との関係をしつけられている馬が多くなり、これだけ暴れる馬は最近少なくなりました。このステップでは、気を緩めることができません。馬はベーシックフジの07(父:バゴ)。

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騎乗に移る前に行うドライビング(写真)で闊達な動きを見せる第1グループの育成馬。御者の技術が求められます。ドライビングをすることで、馬は騎乗前にハミ受けを学びます。

今回は、放牧地管理についてです。当場は表題にあるように、馬は大地で育まれ強くなるという観点に立ち、環境に優しくかつコストをかけない馬づくりを目指しています。まず本年から、堆肥作りをこれまで以上に積極的に実施しています。寝藁として使われた後の麦稈はもちろんですが、放牧地管理として行う掃除刈り後の草、これまで廃棄していた乾草など大地からいただいたものはもれなく堆肥として土に返すという試みです。

もちろん堆肥だけでは馬が土から持ち出した成分が不足し、糞尿由来のカリウム過剰など土の栄養バランスも崩れてきます。そこで、崩れたバランスを補足する指標を得る手段として土壌成分の分析や乾草の栄養分析を実施します。最近の原油高騰のあおりを受け、肥料代も農家にとって大きな負担になってきています。この取り組みの結果についても何年か先に取りまとめることができたらと考えています。

また、乾草作りや牧野の掃除刈りも積極的に行っています。本年は天候不順のため乾草作りには苦労しましたが、ラップ乾草や敷料として利用する分も含めて30Kg程度を収穫しました。

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掃除刈り。刈った草は細かく裁断され、放牧地で土に返ります。

放牧地の掃除刈りを頻繁に行うことには色々な効果が期待されます。まず、馬達に新しく成長したフレッシュな草を食べさせることができるという点です。また、チモシー、ライグラスなどのイネ科牧草は刈り取られると茎枝分かれし株が大きくなることで密度を増し、また成長点を残すことですぐに新しく成長してきます。その新芽を求め、馬が放牧地を歩くことで運動量が増えることも期待されます。さらに、雑草の多くが双子葉植物であり、これらは成長点が高い位置にあるため上部を刈り取ることで繁茂を防ぐという効果もあります。掃除刈りにより成長点を奪われた双子葉植物は脇芽で成長しようとしますが、成長速度が鈍り、種を作る機会も少なくなるわけです。

もう一つ、掃除刈りには放牧地を乾燥させる効果もあり、放牧が原因(明確な原因は不明)となって肢や鼻が白い馬に発症する難治性の皮膚炎の予防にも効果があるようです。

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難治性の白部の皮膚炎。抗生物質などで2次感染は防止できても、放牧をしている限りなかなか完治しません。しかし、草を短く保ち乾燥させることで、これまでに比べ程度が軽減したように思われます。

さらに、放牧地の大敵エゾノギシギシ(別称:馬ダイス)の駆除も積極的に行っています。馬ダイスは非常に繁殖力が旺盛で、少し気を抜くと猛烈な勢いで繁茂し、牧草を駆逐していきます。また、牧草に比べ乾燥に時間がかかり、乾草の劣化につながります。この生命力の強い馬ダイスを駆除するためには、根気強い除草のプレッシャーが必要です。対策として、手で抜くことはもちろんですが、種をつける穂を出させないための掃除刈りの励行、出た穂は刈り取ってから掃除刈り(穂が出たまま掃除刈りをすると、駆除どころか播種したことになってしまう)、成長期の若葉に対する除草剤のスポット散布などを繰り返しました。

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エゾノギシギシ。馬ダイスとも呼ばれます。

こうした放牧地管理のもと、大地の恵みを受けた若馬達がすくすくと育っています。

サマーセールの事前検査で感じたこと(日高)

北海道市場において818日から開催されたサマーセールで、JRA58頭の1歳馬を購買しました。このうちの45頭(牡20、牝25)が、27日から29日にかけて日高育成牧場に無事入厩してきました。今年については、牡馬は環境に慣れ次第騎乗馴致を開始し、牝馬はしばし昼夜放牧を行い、馴致開始まで成長を待つことになります。

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 2頭放牧で仲良く草を食む牡馬(手前2)。左はマンリーポッケの07(父キャプテンスティーヴ)、右はカズサヴァンベールの07(父アルカセット)。牡馬を多頭数で放牧すると、群れが落ち着くまで争いが続き、蹴り傷などが絶えません。群れ作りに要する危険性を極力排除するため小頭数で放牧し、翌週からの騎乗馴致に備えます。

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 走路内の放牧地に放牧され、大人しく調教馬を見つめる牝馬の群れ。はじめは調教馬に興味を示すものの、過度に入れ込み激走するような牝馬はあまりいません。走路で騎乗するBTC利用者にも理解があり、淡々と調教が進められます。

さて今回は、サマーセールに向けてJRAが事前に行った検査と、「コンサイナー」と呼ばれるセリ上場業務を請け負う育成者について、感じたことを書いてみたいと思います。

サマーセールは、上場頭数が1,000頭を超える日本最大規模の1歳馬セールです。1日に上場される頭数も250頭を超え、すべての馬を購買候補にしているJRAにとって、セリ当日のみでは十分な検査が行えません。そこで数年前から、日高育成牧場の育成スタッフが中心となり、セール1週間前から近隣の牧場を回り上場予定馬の検査を行っています。検査で訪れた牧場は、効率的に多頭数の検査を行うことを目的として、門別町から様似町までの54のコンサイナーとしました。ちょうどお盆の真最中だったのですが、我々の検査にご理解・ご協力をいただいた皆様のお蔭で、上場予定頭数1,273(上場頭数1,124)のうち624頭の事前検査が行えました。

ほぼすべての育成者が事前に測尺(馬の身長や体重を測定すること)を実施しており、きれいに磨き上げられた馬をじっくり検査させていただきました。多くの馬がいる中からわざわざセリ名簿の番号順に馬を出し、太陽光線の角度を考えて、馬の立ち姿を判断しやすいよう平坦に整地された検査場所を選んでくれる、といった「見る人が見やすいと感じる方法」を実践するコンサイナーの展示技術はかなり向上していると感じました。中には過去に患った病気の履歴や下肢部のX線写真を提示してくれる育成者もあり、馬格の大小や病歴の有無以上に、誠実さに立脚して正確な情報を提供することで得られる信頼は大きいものだと感じました。

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 整った環境の下、上場予定馬を展示する育成者(左)と検査を行うJRAスタッフ。

 展示するにあたり、以前はハミをかませずに展示される馬が多く見られましたが、今回の検査では殆どの馬がチフニーと呼ばれるハート型のハミと革製の引き手を使っていました。常歩で歩様検査をする際のUターンは、自然で見やすいと言われている右回りのUターンが定着しています。引き馬では展示者の右側を馬が歩くため、左回りをすると馬が外に振られて後肢が外に流れてしまいます。そのため歩様検査でUターンをする際には右回りをするのが一般的です。また、現在でもトレセンや競馬場で多くの競走馬に対して行われている引き手を2本使う引き馬が、馬産地では遠い昔のことのように感じられます。

 コンサイナーが管理する頭数は、過去の売却実績などにより預託申し込み頭数が変わるなか、核となる管理者が自身の判断で頭数を決定しています。前年の実績が良くて多くの依頼を受けたからといって急激に頭数を増やしすぎると、すべての馬に手が行き届かなくなることもあります。今回検査した中には頑なに自分の限度頭数にこだわり、高いレベルの管理を維持している方もおられました。管理頭数と管理人数とのバランスが大切だと思います。

 競合しあうコンサイナーの中で、売却成績を上げるための様々な努力がみられます。例えば育成業者同士でグループを作り、インターネットでの情報配信や上場予定馬の写真カタログを作成し活発な販売促進を行うことなども、セール結果に影響しているようです。

 今回、サマーセールの事前検査で多くのコンサイナーを見て回り、ポリシーをもった育成を行っている育成者が多くなってきたと感じました。特に、見る人が見やすいと感じられる展示方法や、馬をよく見せるための育成技術は数年前に比べて格段に進歩していると思います。

 全体にレベルアップしているこの業界が、今後どのように日本の競馬産業に定着していくのか楽しみであり、私としても変化を見守っていきたいと思っています。

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サマーセール当日の速歩展示。セリ運営の迅速化に伴いマイナーな展示手法になってきましたが、購買者にとっては健康な馬を選ぶ上での重要な情報源です。 

日高にも1歳馬が入厩しました (日高)

昨年購買した育成馬たちは428日に開催されたブリーズアップセール等を経て元気に巣立ち、6月中旬から行われているメイクデビュー競走(新馬戦)に続々と駒を進めてきています。馴致段階から心を注いできた我々育成牧場の職員にとって、育成馬の出走とそのパフォーマンスは大きな喜びの瞬間であると同時に、多くの反省が生まれる時でもあります。

さて、7月に行われたセレクトセール、北海道セレクションセールの1歳セリでJRAが購買した17頭(セレクト3頭、セレクション14頭)のうちの15頭が、730日に日高育成牧場へ入厩しました。

馬体検査と写真撮影を行い、5頭以下のグループに分け放牧を開始します。その際、新しい放牧環境に慣れて群れの内の順位が決まるまではしばし争いが絶えないため、最初の放牧では怪我やアクシデントの心配が絶えません。これは特に牡馬で顕著な傾向があります。しかし、騎乗馴致開始までの間に昼夜放牧を経験させておきたいという考えから、我々はこれを必ず通過しなければならないポイントと考えています。少しでも放牧時のリアクションを小さくするために、放牧地を牧柵に沿って引き馬で1周回り、放牧地に慣らします。この時しっかりと馬を御すために、必ずチフニーと呼ばれるハート型のハミを用い、放す直前にはずします。安全のため、人は柵を背にしていつでも外に出ることのできる体勢をとり、全馬一斉に離します。

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放牧地外周を引かれる馬達。必ずチフニーを装着します。新しい環境で早く放してほしいため、少しいらいらしています。

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フレッシュな馬たちの走りです。放牧地のチェックが一段落し、みんなで出入り口に戻ってきました。右からエンドレスチャントの07(牡、父:オペラハウス)、インキュラブルロマンティックの07(牡、父:ボストンハーバー)、ブルーブロッサムの07(牡、父:ストラヴィンスキー)

今回入厩した牝馬は放牧地を軽く1周しただけで馬同士のいざこざはほとんどなく落ち着きました。牡馬の闘争も比較的少なかったのですが、みんなで走る際に群れから押し出された1頭がフェンスにぶつかり、ちょっとヒヤッとする場面がありました。しかし、大きな事故はなく無事に初日の放牧を終えました。

この時期の放牧で頭を悩ませるのが吸血昆虫です。特にこの時期はアブの発生が多く見られます。日高はアブの発生源となる沢地が多いため、ピーク時のアブの数は半端ではありません。放牧されている馬はおいしく草を食むというよりも、団子状の馬群を作りほとんど動かず、落ち着きなく尾を振り地団太を踏みながらアブを追うという、まさに我慢大会の様相を呈します。

この対策として、日中を避け夜間に重点を置いた放牧になるべく早く移行します。今回の入厩馬は、群が落ち着いた入厩3日後から、夕刻4時から朝8時までの夜間放牧としました。

欧米では私の知る限りアブや吸血昆虫の発生は比較的少なく、こういった悩みはあまりないようです(単独の放牧で、顔にたかるハエを防ぐために頭巾を被せているのを見たことはありますが)。放牧前には既存の忌避剤(虫よけ)の塗布などの対策はしていますが、現状の市販品では忌避力と持続時間が短く、期待するほどの大きな効果はないようです。コスト面にも課題が残ります。新たな忌避剤の開発なども含めた、放牧時の吸血昆虫対応は今後取り組んでいかなければならないことかもしれません。

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アブは皮膚に傷をつけ染み出てきた血液を舐めるため、吸血後も血がにじみます。

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アブに刺されてボコボコになった下腹部。

育成馬の写真撮影(日高)

このところ穏やかな日が続き、いよいよ324日(月)から1,600mトラック馬場がオープンしました。これからのスピード調教は、間近に迫った育成牧場の展示会やBUセールの騎乗供覧に向けて、1,000m屋内坂路馬場に加えてこの馬場を併用して行っていくことになります。

馬達はほとんどが1,000m屋内坂路馬場のスピード調教で持ったまま3ハロンを45秒(ハロン15秒ペース)で走れる体力が付いてきています。坂路の傾斜による心肺機能に対する負荷を考慮すれば、そろそろ平坦馬場では3ハロンを13秒台刻みで走る力が付いてきたと考えられます。

さて、今回は写真撮影についてです。

今年から育成牧場職員自らの手で写真撮影を実施することにしました。天候や場所を選び、しっかり馬を立たせ写真撮影する技術、加えて撮影した写真を吟味する選択眼も育成牧場が試行錯誤する中で色々な皆さんに伝えていく部分ではないかという考え方からの取り組みです。

 馬の駐立写真の撮影について、注意しなければならないポイントとしては、

①光線(馬に当たる光)

・順光で、光がやわらかく横目から光が当たる時間帯がベスト。

②撮影場所

・平坦で蹄まできれいに見え、背景のスッキリした場所。

③風向き

・無風が望ましいが、風があっても、タテガミが立たず、尾が股間に巻き込まないこと。

④立たせ方

・四肢をずらして、立った耳がVの字を作る程度に馬の顔を少し撮影者に向ける。

・引き綱は、ゆったりと長めに持つ。

⑤撮影テクニック

などがあげられ、撮影担当者はシャッターを押す瞬間に、馬の四肢が画角に収まり、写した写真をトリミングした時に保持者の手が入らないか、肢を休ませていないかなどチェックし、最後に耳が立ち馬の表情が引き締まっているかを判断します。

今回の撮影において威力を発揮したのがデジタル一眼レフカメラです。連写機能によりシャッターチャンスを逃さないのはもちろんですが、フィルムや現像の費用に加え手間がかからないのが大きな魅力です。

もう一点は、ICレコーダーの活用です。撮影準備が整い、最後に耳を含めた顔の表情を求める段階になってなかなか撮影に集中してくれない馬がいます。そんな時、事前にレコーダーにテレビのコマーシャル等、馬の注意を引きそうな音源を録音しておき馬の左斜め前から聞かせるのです。瞬時に異なったタイプの音を再生、リピート、頭出しができることから効果覿面です。しかし一方で何回も繰り返すとその音に慣れてしまう傾向もあります。再生は極力短時間にとどめ音源を豊富に用意すること、構えるカメラマンと息を合わせることが大切です。ちなみに数頭の例外はありましたが、音源の中で極めつけは、馬の「いななき」でした。

最後に、写真選択の段階になって、その幅を持つためにも、いい写真が撮れたと感じても、最低23回は立ち位置を変えて撮影しておく必要性を感じました。しかしそのためには、撮影に携わる全スタッフの、いい写真を撮ることに対する理解と忍耐が求められます。

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昨年造成した日高山脈を望む写真撮影用のお立ち台。ようやく周囲のしばれが取れたものの芝生が生えそろわず少し殺風景ですが、背景の山並みは素晴らしい。左前のICレコーダーの発する音に反応し凛々しい立ち姿を見せています。馬はBUセール番号7ハートフルソングの06(牡父クロフネ、母父マルゼンスキー)。

それでは購買時の写真と今回撮影した写真との比較をご覧下さい。

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昨年の8月入厩時の写真。四肢は右側を狭く立たせることで、すべての肢が見えるようにします。馬はシラーの06(♂父マイネルラヴ)。馬体は皮膚が薄く購買時より垢抜けており多くの方の注目を集めた1頭でした。春早い撮影では、この写真の緑の芝と青い山並がうらやましく感じます。

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今回3月中旬撮影のシラーの06。BUセールの名簿番号は36番。休むことなくトレーニングを積まれ、1歳時の子供らしさが抜けてたくましくバランスが良くなりました。その力強さが表現できていればいいのですが、いかがでしょう。

色々な撮影テクニックはあるにしても馬の良さを引き出す写真を撮影する一番の要素は天候です。光と風が味方してくれなければ、どれだけ手入れをして、どれだけきれいに立たせてもインパクトのない写真になってしまいます。その天候を待つために撮影が予定通り進まないのは常のことです。できるだけ成長を待ち、冬毛が取れた馬体を撮影してお見せしたいのは人情ですが、お披露目の期日は決まっています。そのタイトなスケジュールのなかで好天の調教後を撮影に当て、現時点の馬たちの馬体をアピールできる写真の撮影を終えることができました。