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2023年3月

2023年3月31日 (金)

第34回日本臨床微生物学会

微生物研究室の丹羽です。

世界的に見ても馬の研究者は少なく情報が限られていることから、馬医療に携わる競走馬総合研究所の職員は様々な学会に参加し、馬の医療に役立つ情報を収集しています。

今回は、横浜市にあるパシフィコ横浜で開催された日本臨床微生物学会の学術集会に参加しました。この学会は、病院で微生物検査を担当する臨床検査技師が中心となった学会であり、日常的に馬の細菌検査を実施している我々にとっては人医療における微生物検査のトレンドや最新の検査手法を学ぶことができる貴重な場です。

数多くの演題発表や教育講演、セミナーなどの開催に加え、実際に病気の原因となる菌を顕微鏡で観察できるブース(写真1)や企業展示、一般の書店では入手の難しい専門書の販売コーナー(写真2)も設営されていました。学会への参加は、学びの場であるとともに、日頃の研究で凝り固まってしまった脳をリフレッシュする機会でもあります。学会で得られた情報をヒントに馬に役立つ研究ができるよう気持ちを新たにいたしました。

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写真1 病気の原因となるカビを実際に顕微鏡で観察できる特設ブース

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写真2 微生物検査や感染症対策に関連する様々な書籍

2023年3月24日 (金)

繋駕競走

こんにちは。カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

「競馬」と言えば、日本ではサラブレッドの競馬がとてもメジャーですが、海外では色んな種類の「競馬」があります。今回はカルガリーでも盛んなスタンダードブレッド種による繋駕競走を紹介します。

サラブレッドの競馬はキャンターやギャロップが主な歩法ですが、繋駕競走はトロット(速歩)です。日本の競馬場や調教施設で見かける速歩は、いわゆる「チャカチャカしている」ちょっと落ち着かない時や、返し馬やゲート前に集合するときなど騎手が馬とゆっくりコミュニケーションをとるような時にみられる「遅めの歩法」です。通常は速くても5-6m/s(時速20km)程度なので人が全力で頑張れば追いつけるくらいの速度でしょうか。これに対して繋駕競走はレース自体も速歩で行い、馬は自分の後にワゴンのようなものに乗った騎乗者を引き(写真)、左側の前肢と後肢が同時に着地後に四肢が離れ、右側の前肢と後肢が同時に着地する側対歩で走ります。走速度も非常に速く、カナダで行われる1マイルのレースでは平均走速度が14m/s(時速50km程度、100mを7秒程度)を超えることもあります。この速度で行われている速歩を見ると、ビデオの早送りを見ているようです。

さて、私たち獣医師はウマの跛行診断をする時には速歩をさせます。理由は左側と右側の動きの対称性を見るためです。サラブレッドの場合は対角線にある肢(左前と右後、右前と左後)が同時に着くので、斜対歩と呼ばれたりします。側定歩と斜対歩、どちらが跛行診断しやすいでしょうか。

馴染みがある分、斜対歩かなと個人的には感じていますが、おそらく側対歩では上下方向の変動があまりないのでしにくいと思っています。側対歩と斜対歩が自在にできる馬が用意できるなら取り組んでみたいですね。

Hurnessrace

2023年3月15日 (水)

心房細動治療薬のキニジンについて

臨床医学研究室の黒田です。

本日は本年取り組んでいる研究の硫酸キニジンの薬物動態について御紹介します。

硫酸キニジンとは、最近ではエフフォーリア号が発症したことで有名な心房細動の治療薬です。

左右の心房と心室からなる心臓は、通常心房が先に収縮して心室に血液を送り、次に心室が収縮して全身に血液を送ります。

心房細動では、心房の収縮が細かく震えるように無秩序に発生し、その結果心室の収縮も不規則になってしまいます。

馬においては、通常の生活や軽度の運動は可能ですが、競馬のような強い運動時では血液循環不全から急な失速や息切れといった運動不耐性を示します。

JRAの症例では約93%の症例が発症後24時間以内に自然に治癒しますが、48時間以上改善しない場合は治療が必要と考えられています。

治療は、古くから用いられている薬物療法と、近年報告が増えてきている心臓カテーテルを用いた電気刺激によるものがあります。

薬物治療において、最も一般的なものがクラスIaの抗不整脈薬であるキニジンになります。キニジンはナトリウムチャンネルをブロックし、活動電位の伝達速度を遅らせる働きにより、バラバラな心房の収縮を抑制して治療する薬物です。

JRAにおけるキニジンによる心房細動治癒率は91%と高く、効果が期待できる薬物ですが、心臓に働きかける薬物には生死にかかわる副作用があり、この薬物も取り扱いが難しいことが知られています。

すでに馬における薬物動態の報告は多いのですが、標準的な投与法が定まっていない現状があります。その原因として、投与量と治癒効果や副作用との関係に大きなバラツキがあり、低用量でも副作用が出たり、高用量でも治癒しない症例が存在しています。

おそらく、この薬物の効果を発揮する治癒濃度の範囲と、副作用が出る危険な濃度の範囲が非常に近いため、今までの薬物濃度の平均値を基に作成された投与法では、一部の馬では危険な濃度に達している可能性があります。

これに対し、私は薬物濃度のバラツキを解析する母集団薬物動態解析法を用いて、多数の馬に安全な投与法の検討を進めております。

Fig1

こちらは健康な馬6頭のキニジン濃度推移になります。

これに加えて、実際に治療した症例の濃度の解析も進めており、より安全で効果的な治療法の確立を目指していきたいと考えています。