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2024年3月

2024年3月27日 (水)

菌の名前のはなし

微生物研究室の丹羽です。


 今回は、身近にいるのに目に見えない細菌について小話をします。
細菌には、動物に対して害を及ぼす病原菌だけでなく、乳酸菌やビフィズス菌、納豆菌のように生体に有益だったり人の生活に役立ったりする細菌もいます。また、人間が立ち入ることができない海底火山の噴出孔では、超高温という極限の環境でも生息できる特殊な細菌もいます。実に様々な種類の菌がそれぞれの能力を生かして生存していますが、人類には知られていない未知の細菌も数多く存在しています。
  知られている細菌には、2つのラテン語による単語の組み合わせで学名が付けられています。言ってみれば、人の苗字と名前のようなものです。すなわち、前半が分類上の「属」を、後半が「種」を表します。現在「種」として知られている細菌種だけでも15,000種以上に達します。そして、これらの名前には由来があります。

 例えば炭疽菌;Bacillus anthracisのBacillusはラテン語で“小さな杖”という意味でその形状から、またanthracisは炭疽と言う病名であるanthraxからそれぞれ付けられた名前です。稀に、細菌学に貢献した人物にちなんで名付けられていることもあります。例えば、大腸菌;Escherichia coliのEscherichiaは、大腸菌を初めて分離したTheodor Escherich氏にちなんで名付けられました。赤痢菌のShigellaは、赤痢菌を発見した志賀博士の名字を由来としています。お恥ずかしながら筆者の名前もNocardia niwaeなる細菌に反映されています。

(外部リンク: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20348315/

 これは、私のアメリカの友人が記念に私の名前をつけてくれたものでした。また、動物の名前に由来する学名もあります。馬に病気を起こす細菌の一部には、ラテン語で馬を意味する“equi”が入っているものがあります。子馬の肺炎の原因となるRhodococcus equiや、腺疫の原因菌であるStreptococcus equi、馬に不妊を引き起こすTaylorella equigenitalisなどがそれにあたります(図1)。菌の名前は、原則その菌を発見した研究者が自由につけることができます。
  馬には上記のequiが付く細菌以外によっても様々な病気がみられます。当研究室では日常的に細菌検査を行う中で、ごくまれに知られているものとは異なる特徴を持つ細菌に遭遇します。岐阜大学の林博士の研究の結果、それらの中から新菌種となる可能性がある細菌が報告されました(第53回嫌気性菌感染症研究会)。最終的に新たな菌種として登録されるためには国際原核生物分類命名委員会で承認されることが必要ですが、いったいどんな名前になるのか、今から大変楽しみです。

120243図1. 馬を由来とする名前がつけられている細菌たち。                                      同じ由来の名前であっても、その性質には大きな違いがあります。

2024年3月14日 (木)

バイオフィルムは手強い

臨床医学研究室の三田です。

今回の記事では私が研究している「バイオフィルムの抗菌薬抵抗性」について紹介します。

バイオフィルムってご存知ですか?

バイオフィルムは微生物が固形物や生物に付着した集合体で、「台所のヌメリ」や「口の中のヌメヌメ」など身近ないろんな場所に存在しています。

バイオフィルムは多糖類や細菌DNAなど様々な物質が細菌表面を覆ったもので、細菌が外部環境から保護される構造になっています。

医療現場でも骨折治療に使用するインプラントや血管内に留置したカテーテルの感染に関与しており、近年非常に注目度が高いです。

バイオフィルムを形成した細菌は外部環境から自らを守る盾を獲得した状態のため、治療で使う抗菌薬にも抵抗性になることが知られています。つまり、バイオフィルムを形成した感染部位では通常の抗菌薬の投与では治癒しないことがあるのです。

抗菌薬への抵抗性を調べることは治療方針検討の手助けとなるため、今回はその測定方法についてご紹介します。

~①器材紹介~

下の写真のようなプラスチックプレートを使います。下皿と剣山がついた蓋で構成されています。

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~手順①~

下の図はプレートの断面の模式図ですが、下皿に培地と細菌を加えてそこに剣山を浸します。

一晩くらい培養すると剣山に細菌が付着して、表面に紫色で示したバイオフィルムがつくられます。

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~手順②~

バイオフィルムがついた剣山を抗菌薬が入った新たな培地に加えて再度培養します。

抗菌薬は濃いものから薄いものまで何種類か用意しておきます。

高い抗菌薬濃度では殺菌されてしまい培地は透明になりますが、

低いものだと細菌が生き残って培地が濁ります。

Photo


~結果~

下の写真が実際に実験した結果の例です。

各行(横方向)には1種類の細菌が入っており、抗菌薬濃度が左から右にかけて薄くなっています。一番右の列(縦方向)は抗菌薬が入っていないので細菌が生きることができます。

一番上の「細菌A」ではある程度低い濃度(9列目)でも培地が透明で細菌が繁殖していないことがわかります(赤線は殺菌されている列と増殖している列の境界です)。

その一方で、下の行の「細菌E」では左端の一番高い抗菌薬濃度でも殺菌できておらず、抵抗性がかなり高い細菌であることがわかります。

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このように、バイオフィルムの抗菌薬感受性は細菌ごとに異なっています。

原因菌の特徴をつかむことで適切な感染コントロールに貢献できるように、これからも研究していきたいと思います。

2024年3月 4日 (月)

私を助けてくれる機器

 初めまして、分子生物研究室の川西です。
総研に着任してからもうすぐ一年を迎えます。

 総研では、種々の機器が整い、そして清潔な実験環境が維持されています。総研に着任したての頃、スムースに仕事のできる素晴らしい環境に感動と驚きをもって職務につけたことを覚えています。大学院生時代は、手作業が多く時間のかかる環境で実験していましたから。そんな今の私をささえる職場の設備や消耗品について一部紹介したいと思います。

Photo写真1:自動核酸抽出機

 名前の通りの機械で、自動で核酸(DNAやRNA)を抽出するものです。ウイルス遺伝子の量や配列を調べるために、ウイルス感染細胞、鼻汁や血液などのサンプルから核酸を抽出する必要があり、このような機器を用います。本機器は、人手の操作が省略されるので、操作する人やその他雑多な異なる核酸の混入リスクを減らすことができます。

Photo_2写真2:自動分注機          

Photo_3写真3:自動洗浄装置

 感染馬の血清から感染の度合いや免疫の状況を知るためにELISA;エライザ(酵素結合免疫吸着検定法)という診断技術を使うことがあります。このエライザを行う際に、上記の機器が必要となります。プレート(写真4)への薬品の自動注入やプレートを自動で洗浄する装置です。学生時代は、手動の分注装置(通称マイクロピペット;写真4)で注入していました。マイクロピペットですと操作は短時間で頻回となり、とくに親指での細かな操作は手の腱を痛めやすく、多検体を処理すると腱鞘炎になることも。機械を用いることで、実験者の人為的ミスや誤差を減らすだけでなく、肉体的損耗を減らすこともできます。

Photo_4写真4:マイクロピペットでプレートに薬品を注入する作業

 大いに助けてくれるこれらの機械に囲まれて作業を繰り返していますが、年数が経つにつれこの環境が当たり前になってしまうかもしれません。ですが、漫然と作業するのではなく、手探りで苦労していた時代に培った探求心を忘れないようこれからも仕事に励み、競走馬を病気にしてしまうウイルスとの闘いに挑みたいと思います。