馬に対するMRI検査
こんにちは、臨床医学研究室の野村です。
臨床医学研究室では、この春より、競走馬の診療に用いられる画像診断技術に関する研究に取り組んでいます。本稿では、数ある画像診断技術のなかから、馬用のMRIについてご紹介します。
競走馬の運動器疾患の診断に用いられる画像診断は、X線検査や超音波検査が一般的ですが、それらの検査で原因がはっきりしない場合の精密検査として、MRI検査が実施されることがあります。JRAでは、2014年に馬用MRI検査装置を導入し、昨年で検査開始から10年の節目を迎えました。馬用MRI検査装置の特徴は、何と言っても、馬を立たせたまま、鎮静剤の投与だけで画像検査ができることです(図1)。最初、馬用のMRI検査装置は麻酔下で馬を寝かせた状態で撮影することを前提に開発されました。しかし、500kgにも達する体重を有し、また下肢部に何らかの疾患があることが多い競走馬を寝かせて検査する、その後に起立させるといった手技は、痛めた肢を悪化させてしまうリスクを伴います。こうしたリスクを避けるため、2002年に馬用の立位MRI装置が開発されました。現在では競走馬の検査に広く用いられており、世界中の競走馬診療施設で活用されています。
図1 MRI検査風景(美浦トレーニング・センター競走馬診療所)
MRIは”Magnetic Resonance Imaging”の略語で、Magneticという名が示す通り、磁力(磁場と電波)を用いた検査法です。検査の原理は複雑ですが、簡単に言えば骨や靭帯といった組織において、正常より水分の含有量が増えている部位を磁力を利用して可視化する検査です(図2)。この「正常より水分の含有量が増えている」状態は、多くの場合、組織の炎症や出血を示すものであるため、疾患の診断につながるのです。
図2 MRI検査の原理
もう1つのMRIの特徴は、器官を3次元的に厚さ5mmで断面化した断層画像を得られることです。どのような断面での断層画像を描出するかは自由に設定でき、原因部位の断画を、位置的・状態的にわかりやすく可視化することができます(図3)。
図3 蹄のMRI検査結果(左から縦断面、前額断面、水平断面);
黄矢印部の信号変化により蹄骨内の骨嚢胞と診断されました
馬にMRI検査というと少々大袈裟に感じられるかもしれません。しかし、我々が診療対象としている競走馬は、人で言えばいわば“アスリート”です。微細なダメージを抱えながらレースに出走すれば大きな怪我につながりかねませんし、疾患が原因でトレーニングができないことは大きな損失です。さまざまな診断技術を駆使して原因を特定し、少しでも早くトレーニングが再開できるように適切な診断と治療が望まれます。1頭でも多くの競走馬に、自身の持つパフォーマンスを、怪我無く最大限に発揮してもらいたいという獣医師の願いが、これからも画像診断技術を発展させていくでしょう。