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2026年8月12日 (水)

世界のスポーツ科学から競走馬研究を考える

運動科学研究室の向井です。

 2026年7月7日から10日にかけて、スイス・ローザンヌ(図1)で開催されたEuropean College of Sport Science(ECSS)年次大会に参加しました。
 ECSSは、1995年に設立されたスポーツ科学の国際学会で、世界各国から研究者が集まります。今回の大会でも、運動生理学、トレーニング、バイオメカニクス、栄養、環境生理学など、スポーツに関する幅広い研究が発表されました(図2)。
その中でも特に印象に残ったのが、「暑熱・気候変動」「性差」「マルチオミックス」という3つのテーマです。

Img_6310図1 ローザンヌはオリンピック委員会の本部がある。写真はオリンピック美術館

Stcc図2 学会会場のスイス工科大学コンベンションセンター

暑さにどう適応するのか?
  近年の気候変動を背景に、暑熱環境での運動や熱中症に関する研究が世界的に盛んになっています。今回のECSSでも、暑熱環境が運動パフォーマンスに及ぼす影響だけでなく、暑熱順化によって身体がどのように変化するのか、性別やホルモン状態によって暑熱への反応や適応が異なるのかといった研究が数多く発表されていました。これは、暑い夏を走る競走馬にとっても重要なテーマです。
  私たち運動科学研究室でも、サラブレッドの暑熱順化について研究しています。今回の学会では、私たちの研究成果も発表しました。ヒトのスポーツ科学で進んでいる研究と競走馬の研究を比較することで、競走馬の暑熱対策をさらに発展させるための新しい視点を得ることができました。

男性と女性では暑さへの反応が違う?
  今回もう一つ目立ったのが、「性差」に関する研究です。これまでスポーツ科学では男性を対象とした研究が多く、女性についての研究は十分とはいえませんでした。しかし近年、女性アスリートを対象とした研究が急速に増えています。特に興味深かったのが、女性ホルモンが体温調節や発汗、暑熱順化にどのような影響を与えるのかという研究です。
  この研究を聞いて、競走馬についても興味深い疑問が浮かびました。競走馬の疫学調査では、牝馬は夏競馬で比較的良好な成績を残す一方、熱中症のリスクが高いことが知られています。

夏に強いのに、なぜ熱中症にはなりやすいのか?
 ヒトで研究されている性差やホルモンと暑熱適応の関係が、サラブレッドにも当てはまるのか。今回の学会参加を通じて、そんな新しい研究の可能性を考えるきっかけになりました。

筋肉の中で何が起きているのか?
  もう一つの大きなキーワードが、マルチオミックス解析です。メタボロームやトランスクリプトームなどと呼ばれる解析手法を用いることで、運動や暑熱ストレスによって身体の中で起こる非常に多くの変化を、分子レベルで網羅的に調べることができます。
  今回、私たちも「暑熱順化によってサラブレッドの筋肉の代謝がどのように変化するのか」について研究発表を行いました。 3週間の暑熱順化によって、運動時の肺動脈血温や血漿乳酸濃度が低下するとともに、筋肉ではエネルギー代謝や酸化還元反応に関係するさまざまな代謝物が変化していました。
 これらの結果から、暑熱順化は単に「暑さに慣れる」だけではなく、筋肉そのものが運動時のエネルギーをより効率的に利用できるように変化している可能性が考えられます。

ヒトのスポーツ科学から、競走馬研究へ
  ECSSに参加して改めて感じたのは、ヒトのスポーツ科学と競走馬の運動科学には多くの共通点があるということです。
  サラブレッドは、極めて高い運動能力を持つ「エリートアスリート」ともいえます。もちろん、ヒトとウマでは身体の構造や運動様式は異なりますが、運動による筋肉の変化や暑熱環境への適応など、共通する生理学的な仕組みも多くあります。
  だからこそ、世界のスポーツ科学から得られた知見を競走馬研究に取り入れ、そこから得られた成果をスポーツ科学へ還元することには大きな意味があります。


  今回のECSSへの参加は、世界の最新研究を学ぶだけでなく、「これからの競走馬研究で何を明らかにすべきか」を考える貴重な機会となりました。
  今後もヒトのスポーツ科学との交流を大切にしながら、競走馬の健康とパフォーマンス、そしてより良い暑熱対策につながる研究を進めていきたいと思います。