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2025年4月

2025年4月25日 (金)

ドイツ人による乗馬の矯正装蹄;German corrective shoeing

企画の倉ケ﨑です。

 本年3月21日(金)に、馬事公苑(東京)にてドイツ人装蹄師による実技研修会があり参加しました。担当した2人のドイツ人装蹄師(図1)は、いかにもゲルマン民族らしい大柄な体格で、同じくドイツで乗馬を診療している獣医師とともに来日されました。彼らが実施した”跛行する乗馬の矯正装蹄”について書いてみます。ちょっと専門的ですが、お付き合いください。

 対象馬は、後肢球節に屈曲痛があり、屈曲試験の後に歩様に問題があったハノーバー種(700kg超え)でした。

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図1.ドイツ人装蹄師(写真左Philipp Mukisch氏、写真右Kalle Tudyka氏)

 

 2人のドイツ人装蹄師からは、「まず初めに、四肢蹄の全てで、崩れた蹄のバランスを戻す。このため、初回矯正として蹄縦径(蹄の最前端から最後端までの距離)の中央が、蹄関節の中心に近づくように削蹄したい」と説明がありました。次いで、歩く時の蹄の返り(反回と言います)を良くする積極的な装蹄方針(後記)も示されました。通常装蹄に戻すのは、次回の装蹄までに獣医師の治療の経過なども見てから総合的に判断するとのことでした。

 図2は、実際の削蹄方法を図にしたものです。蹄を横から見た状態で、削蹄前では蹄関節の中心(赤星)が蹄縦径を基準にすると後寄りになっていたのですが、削蹄後は中央に概ね一致するよう削蹄されました。ここで難しいのは、蹄関節の中心を正確に判断することでした。彼らは獣医師とのコンビネーションの元、レントゲンで確認した後、さらに、皮膚の上から骨の位置を指で確認しながら位置を決めていました。これは、レントゲン撮影が許されていない装蹄師だけでは正確にできない部分です。

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図2. 冠骨が、蹄骨と種子骨とでつくる蹄関節の中間点(赤星)から降ろした垂線は、削蹄前では蹄の縦径にて後ろ寄りであったが(左図)、この蹄を赤点線の位置で削蹄したことで中央寄りに位置させた(右図)。

 次いで蹄鉄ですが、彼らが選択した蹄鉄は、我々の見立てより一回りも二回りも大きなものでした。これは、蹄球の後端まで長く蹄鉄があった方が、休息時の起立が安定するという考えからでした(図3)。かなり極端に鉄尾が長く見え、反対の後蹄が交錯することで踏み掛けないのか心配になりましたが、「激しい運動はしないし、安定させるにはこれでいい」とのことでした。

 さらに、彼らはその蹄鉄の先頭部分(鉄頭と言います)と後部(鉄尾と言います)の地面に接する面を、鑢で削って斜面すなわち上湾(じょうわん)を作りました。それらの目安ですが、鉄頭の上湾は蹄鉄が蹄壁と接する面の最前端から蹄骨の先端までとし、鉄尾の上湾は蹄骨の最後部から蹄球の後端までとしていました(図3)。また蹄鉄は、やや後方にずらすように装着しました。これらの操作は、蹄の反回を良くする試みです。こうすることで、関節への負担が軽減されます。

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図3. 蹄鉄には、地面に接する面(接地面)の前後に上湾がつくられた。接地面では、蹄関節の中心点(赤星)から先端までの距離(b)の方が、中心点(赤星)から後端までの距離(a)より若干長くなったが、大きなバランスの崩れはないとのこと。通常の装蹄より鉄尾が長いのが今回の装蹄の特徴だった。

 以上、皆さんには少し難しかったかもしれませんが、装蹄師はこんなことを考えて削蹄や造鉄を行い、馬の用途に合わせた装蹄を実施していることをご理解いただけたら幸いです。

 

備考;本研修は、オリンピック(2020東京)の馬場馬術競技に選手として参加された佐渡一毅氏(本会職員)が中心となってドイツより招聘、実現したものです。なお、通訳は麻布大学獣医学部を2018年に卒業後、ドイツへ留学し、獣医系教育機関(Pferdeklinik Mühlen GmbH)で馬臨床を学んでいる佐藤俊介氏に行ってもらいました。



2025年4月20日 (日)

北海道における神経型馬鼻肺炎の発生

分子生物研究室の坂内です。

今年の1月から2月にかけて、北海道の軽種馬飼養施設で神経型馬鼻肺炎が発生したことが、軽防協ニュースの号外で報じられました。

軽防協号外(EHV-1)20250402-.pdf

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馬鼻肺炎はウマヘルペスウイルス1型の感染によって引き起こされ、呼吸器型、流産型、神経型の3つの病気のパターンがあります。呼吸器型はたいてい軽症ですが、発熱によって競走馬の調教や出走の妨げとなる場合があります。流産は言うまでもなく競走馬の生産に直接的な被害を与えます。神経型の重篤な例では、馬が起立不能に陥って安楽死となる場合があります。いずれも馬産業に大きな被害を与えるため、総研では特に力を入れて調査研究を行っています。

今回の発生で特筆すべきなのは、症例が2歳の若齢馬だったことです。近年欧米では多くの神経型馬鼻肺炎の発生が報告されていますが、多くは成馬や高齢の馬です。実験的にも高齢の馬で神経型の発症リスクが高いことが示されており、若齢馬での発生は極めて稀と言えます。

まだ十分な情報がありませんが、今回の症例に関わったウイルスの特徴を詳しく調べると共に、今後似たような事例が起きないかどうか、注視していく必要があります。

2025年4月15日 (火)

海外研究者と挑む運動性肺出血(EIPH)研究

こんにちは、運動科学研究室の杉山です。

本研究室では3月下旬から4月上旬にかけて、米国・ワシントン州立大学のBayly教授(図1)とカナダ・カルガリー大学のLeguillette教授(図1)、大学院生のMassieさんを招き、 ウマの運動性肺出血(EIPH)に関する実験を行いました。

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1   左;Dr. Warwick Bayly ワシントン州立大学のウマの内科学教授。『Equine Internal Medicine』の共編者。専門はウマの運動・呼吸器疾患。

   右;Dr. Renaud Leguillette  カナダ・カルガリー大学の獣医内科・スポーツ医学の専門医、かつ同大学の教授。専門はウマの喘息やEIPH、心肺運動生理学。

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 EIPHは、激しい運動を行う競走馬などで見られる疾患で、肺の毛細血管が破れて気管へ出血が起こると、重度なものでは鼻血に至るものです。原因としては、運動にともなる肺内血圧の上昇や胸腔内圧の激しい変化が関連していると考えられています。今回の共同研究では、心電図、血圧計や運動時内視鏡を装着した状態で、馬のルームランナーとも言えるトレッドミル上を走行し(図2)、肺への負担を測定することを試みました。測定後の綿密なディスカッションは、非常に勉強になるものでした(図3)。

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(図2)トレッドミル上で、ウマに装着している様々な測定機器を確認している様子。

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(図3)得られたデータについてBayly教授(左)とLeguillette教授(右)とディスカッションしている様子。

 滞在中、お二人の先生は日本に大変興味を示しになり、この季節ならではのイベント“お花見”では、満開の桜にも大変感動されていました(図4)!私たちも美しい桜の下で、実りある研究交流ができたことを大変喜ばしく思っています。

今回の研究成果については、今後学会発表や論文などで発表していく予定です。ご期待ください!

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(図4)桜の下で記念撮影。いい季節に来ていただけました🌸

2025年4月10日 (木)

ノルマンディー生活スタート

Bonjour! 分子生物研究室の上林です。

本年3月から約一年間の研究留学のため、フランス北西部ノルマンディー地方のカーン(Caen)という町に来ています。パリから西へ約200 km、列車で約2時間の距離です。

ノルマンディーといえば、第二次世界大戦時の「ノルマンディー上陸作戦」でその名を知っている方も多いのではないでしょうか。その中心都市でもあるここカーンは、十一世紀にノルマンディー公ウィリアム一世によって築かれた町とされており、たまたまなのですが今年が建都1000周年ということで様々な大規模イベントが開催されるミレニアムイヤーとなっています。

1_2 (写真1)十一世紀に設立された町の中心にある男性修道院はカーンの象徴的存在でもあり、現在は市庁舎として利用されている

 ノルマンディー地方はフランス北部でイギリス海峡も近いということでどんよりして寒いというイメージを持っていましたが、実は気候は比較的穏やかで夏は北海道並みに涼しく冬も東京と同程度の寒さのようです。加えて年間を通じて湿度も低いようなので、非常に過ごしやすい地域です。

 町の中心は市街地を形成しているものの、少し郊外に出ればカントリーサイドの景色が広がっており、のどかな空気が流れています。

2_2 (写真2)カーンの中心にあるカーン城から見た街の眺望

 

 さて、このカーンの地にて、私はLABEOという研究所で馬のウイルス感染症について学ぶこととなります。LABEOは地域における公的研究分析機関としての役割を担っています。検査機関としては馬に限らず家畜や伴侶動物の感染症の診断、あるいは飲料や水中の残留薬物濃度の検査など、人の公衆衛生の面でも大きな役割を担っています。その一方で、馬の感染症領域においても世界のトップランナーの研究機関の一つとしてその名は知られており、地域の大学や企業と緻密なネットワークを築いて今なお発展を続けている研究所です。

4_2 (写真3)研究所の敷地内に建つ馬のモニュメントとその後ろの研究施設

 

 LABEOでは馬に発熱、流産、あるいは神経症状を引き起こし、競馬にも大きな影響を与えうる馬鼻肺炎(うまびはいえん)というウイルス感染症について学び、研究を進めていくこととなります。それに向けて、今はまだ職場や実験環境に慣れていく段階ですが、いずれは仕事の面についてもレポートをお届けできればと思います。

 それでは!À bientôt!

2025年4月 1日 (火)

桜満開です

はじめまして。

3月から微生物研究室に異動してきました佐藤です。

私はこれまで美浦トレーニング・センターの競走馬診療所で5年間、現役競走馬の診療業務に携わってきました。

その中で感染性角膜炎や肺炎などを診療していくうちに、馬の細菌感染症に興味を持ち、微生物研究室でその原因となる細菌について調査・研究をしてみたいと思うようになりました。

研究所での仕事は以前の診療業務とは異なり、細菌に関する専門的な知識や実験手技などが必要となります。

馬に触れる機会が凄く減ったため、寂しく思うこともありますが、自分自身が興味のある分野について研究できるようになったため、精一杯頑張りたいと思います。

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さて、この写真は自席の窓からの眺めになります。

研究所の敷地内にはたくさんの桜の木があり、現在満開に咲いていて、とても綺麗で心が洗われます。

寒暖差で体調を崩しやすい時期です。皆様、どうぞご無理なさらず、お体を大切にお過ごしください。

学位を取得しました

臨床医学研究室の三田です。

 

 先月3月17日に山口大学大学院共同獣医学研究科にて学位を取得することができました。

 学位とは、大学や大学院で一定の教育を受け、所定の課題をクリアしたことを証明する資格です。

 私の研究テーマは「競走馬の骨折手術における手術部位感染に対する新規治療法の開発に関する研究」でした。

 手術部位感染とは手術を行った部位に起こる細菌感染症のことで、その発生には患者の免疫力や生体侵襲の大きさなど様々な要因があります。そのため、どんなに丁寧に手術を行っても起きてしまう合併症です。

トレーニング・センターで行われる一般的な手術の後に発生するものは適切な治療によって治癒することが多いです。しかし、中にはそれが難しい症例もいます。そのような症例に対してどんな治療が効果的なのかを検討した基礎研究が学位論文の内容でした。

 

 学位取得にあたっては温かく丁寧に指導してくれた先輩の研究者をはじめ、トレーニング・センターの獣医師の方々からも多くの協力をいただきました。さらに、ヒトの整形外科の先生方からも貴重なアドバイスを多くいただき、そのおかげで研究を進めることができました。本当にありがとうございました!

 

 学位を取得したことはひとつの大きな節目ですが、ここからが新たなスタートだと考えています。これまで学んできたことを活かし、今後も精進していきたいと思います。

自分の研究が少しでも多くの馬の役に立つよう、日々努力を続けていきます。

 そして、学位授与式が終わった後、ずっと行ってみたかった場所に行ってきました。それが、山口県の「秋芳洞」です。自然の神秘を感じる美しい空間で、心が洗われるような体験ができました。これまでの研究を振り返りつつ、リフレッシュすることができました。本当に素敵な思い出になりました。

Gakuiki

学位記と学位論文

Akiyosidou

帰りに立ち寄った秋芳洞