2022年7月 1日 (金)

サーベイランス器材の発送

分子生物研究室の坂内です。
6月に入り、梅雨どころか真夏に近い気温が続く栃木県ですが、
この時期に当研究室で行われる行事の一つが、伝貧サーベイランスの器材発送です。

このサーベイランスは、以前にもブログ記事(2021年1月)でご紹介したことがありますが、
馬伝染性貧血ウイルスが国内に無いことを確認するために毎年行っているものです。
これから秋にかけ地方競馬場やJRA内部の施設でランダムに血清を採取してもらい、
年末に約1000検体を試験することになります。

今回総研から各施設へ送る器材のセットは、
血清用クライオチューブ、検体番号ラベル、二次容器の耐圧パウチ袋、吸収剤、衝撃緩衝材、
検体送付マニュアル、依頼文書で、これらを三次容器の段ボール箱に入れます(写真1)。

1(写真1)送付する器材一式


臨床検体は健康な動物の物であっても適切に梱包して輸送する必要がありますが、
現在では写真のような検体輸送専用の梱包キットが市販されており、重宝しています(写真2)。

2(写真2)輸送専用の梱包キット


検査の手技やデータが大事なのはもちろんですが、
その前段階の検体のやり取りから適切な方法を採ることで、信頼性のある報告ができることになります。
猛暑の中、検査を行う遠い冬に想いを馳せ、無事に検体が集まることを願っています。

2022年6月24日 (金)

競走馬の年齢別・性別出走割合

 こんにちは、運動科学研究室の吉田です。
 昨年のブログ(その①その②)で、過去10年間のべ47万頭以上のデータから、出走馬に占めるオスとメスの割合を調べたところ、オスが60%、メスが40%であることがわかりました。
 今回はこれを年齢別に調べてみました。
 競走馬がデビューできる2歳とダービー・オークスの出走年齢にあたる3歳では、のべ頭数に占める割合はメスが約44%でした。
 その後4歳、5歳と下降して、6歳以上では19%とかなり少なくなっています。
 サラブレッド競馬は次世代に優秀な血統をつないでいくスポーツです。母馬は1年に1頭しか子馬を産めません。競走引退後の繁殖の場ではオス馬より多くのメス馬がその役割を担っていることがメスの比率が下がっていく一因と考えられます。

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2022年6月20日 (月)

英国ダービー

 こんにちは、イギリスに滞在している臨床医学研究室の田村です。

 先日、英国ダービーを観戦する機会がありましたので、紹介させて頂きます。
 英国ダービーは6月4日土曜日にロンドン南西部にあるエプソムダウン競馬場で実施されました。日本と同様に、イギリス競馬の中でも最も注目されているレースの一つです。

 当日は多くの人が競馬場に来場して、賑やかな雰囲気だったのですが、中でもドレス姿の女性やフォーマルな服装をした紳士が多く、競馬開催を華やかに盛り上げていました。
 パドックの内部には関係者が集まり、出走馬の状態をチェックしていました。

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 エプソムダウン競馬場は左回りのU字形をしたコースになっています。丘を登って下る高低差が見所の一つとなっています。
 この競走を制したのは、デザートクラウンでした。
 勝負が決まったときには、競馬場に大きな歓声が上がり、場内には一体感がありました。

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 今年の日本ダービーの勝利馬はドウデュースでした。近年では海外の競馬に出走することも珍しくありません。もしかすると、この両者が同じ競馬場で走る日が来るかもしれない、と考えるとワクワクした気持ちになりました。

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 また、イギリスダービー当日にはJRAの「エプソムカップ」との交換競走である「The Tokyo Trophy(東京トロフィー)」も開催されました。
 このレースに勝った馬は、ウイニングサークル内でJRAのロゴ入り馬服を着用していました。

2022年6月15日 (水)

顕微鏡観察標本の作製方法 ②

 微生物研究室 上野です。
今日は前回(→こちら)に引き続き,一般的な病理組織標本~ホルマリン固定パラフィン包埋(ほうまい)標本の作製方法についてご紹介いたします。

薄切(はくせつ)
 ブロック状になったパラフィン浸透組織を顕微鏡観察に最適な厚さにするために,ミクロトームという機器〔図1〕を使用します。パラフィンブロックをミクロトームに固定し,前後あるいは上下に動く刃でブロック表面を一定の厚さで少しずつ切り取ります〔図2〕。詳細は異なるものの,切る対象に対する刃の動きは鉋(かんな)掛けに類似しています。ブロックから切り取られた組織片は,そのままでは顕微鏡観察ができないため,スライドガラスにきれいに貼り付ける必要があります。しかし,組織片の厚さは一般的な食品用ラップの厚さ(約10μm)の半分以下かつ強度も低いので,そのままではうまく貼り付けることができません。そこで,組織片を水面上へ浮かべ,水面下に差し入れたスライドガラスにくっつけながら引き上げることにより,スライドガラス表面に組織片を貼り付けます〔図3〕。なお当所では,薄切時に生じた組織片のしわや収縮などの変形を伸ばすため,この工程に40℃程度の温水を使用しています。最後にスライドガラスを乾燥し,組織片をしっかりと付着させます。

Fig1_2図1 滑走式ミクロトーム
刃(矢印)が前後してパラフィンブロック(丸囲み)表面を薄切する。

<Fig2図2 パラフィンブロックの薄切

Fig3図3 水面に浮遊させた組織片の引き上げ

染色
 薄切した組織片は,そのまま観察しても組織構造が分からないため,染色(組織成分への色素吸着)する必要があります。用途に応じて様々な染色手法があるのですが,組織の全体像を把握するための基本的な染色法としてヘマトキシリン-エオジン染色を用いています。ヘマトキシリンは植物由来の天然染料であり,メキシコ原産のアカミノキを原料としています。日本新薬株式会社さんの山科植物資料館webサイト https://yamashina-botanical.com/ (外部サイト)で実物の写真を見ることができるのですが,“赤身の木”の名のとおり幹の中心部が赤色を呈しています。組織標本では主に細胞核を青紫色に染めます。一方,エオジンは化学合成された色素であり,細胞質や結合組織,赤血球などをピンク~赤色に染めます。エオジンの名称は,古代ギリシャ語で「夜明け」あるいは「夜明けの女神」を意味するEosに由来していますが,鏡検していても朝の爽やかな空気を思い出すことはありません。
 組織片はパラフィンが浸透しており,そのままでは染色液をはじいてしまうため,染色前にパラフィンの溶解・除去を行います。包埋処理と逆の手順でキシレン(有機溶剤)→アルコール→水洗と進めた後に染色液に浸します〔図4〕。染色後は組織片から水分を取り除き,透明な接着剤のような試薬(封入剤)を介してカバーガラスを組織片上に被せます。封入剤が乾くと組織標本の完成です。

Fig4図4 自動染色装置
染色工程は分刻みで次々と進みますが,パラフィンの溶解・除去から染色後の脱水等まで自動化されています。

 

 このようにして作製した組織標本を顕微鏡で観察し,病気の診断や実験の評価などを行っています。

Fig5図5 完成した組織標本

2022年6月 3日 (金)

JRA総研サマースクールの受講生募集

 

 企画調整室の小野です。

競走馬総合研究所では、例年夏休みのシーズンに獣医学を専攻する大学生を対象にサマースクールを開催しております。

本年は8月22日~5日間を感染症コース、8月29日~5日間を臨床コースとして開催予定です。募集期間は6月1日(水)~6月15日(水)で、家畜衛生・公衆衛生獣医師インターンシップ「VPcamp」を通じてご応募ください。

詳しくはVPcampホームページ(外部サイト)をご覧ください。

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2022年5月25日 (水)

毛刈りのシーズン

 企画調整室の小野です。


 今年もやってまいりました羊の毛刈りのシーズン。
 競走馬総合研究所では、ウマだけでなく、ヒツジを3頭飼育しております。
 ウマの研究所なのに何のため?と思うかもしれませんが、ヒツジから採血した血液は、ウイルスに対する血中の抗体価を測定するために利用されています。感染症の研究には欠かせない存在なのです。

 ヒツジの毛刈りに不慣れなわれわれだと時間ばかりかかって、ヒツジの安らかな生活に迷惑?をかけてしまいます。ですから、依頼して毛刈りしていただきました。

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 まずわれわれがなかなかできないのが、おとなしく捕まえることです。口元を素早く押さえてコントロール下において、姿勢を変えてしっかり保定されていました。あられもない姿ですが、少し後ろに倒れるくらいが、おなかを圧迫しなくておとなしくじっとしてくれているのだとか。

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 あっという間に刈られていきます。外は汚れていても、中はきれいでふわふわなクリーム色です。羊毛として使用する際は、脂も多いのでまず塩水で洗うそうです。


 ヒツジの毛刈りですが、一般的に年に一度夏に向けて、肉用のヒツジは早めの3月~5月ごろ、羊毛用のヒツジは5~6月ごろ、子羊は毛が短くても熱中症予防のため7月ごろに刈るそうです。

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見た目にもスッキリしましたね。
 

2022年5月18日 (水)

多血小板血漿(PRP)を使った屈腱炎治療

 臨床医学研究室の福田です。

 昨年、当ブログにて、私が今取り組んでいる多血小板血漿(PRP)治療の研究について簡単に紹介させていただきました。→こちらです! 

 先日、馬の屈腱炎治療のためにPRPを投与する機会がありましたので、簡単にレポートいたします。
競走馬の屈腱炎は不治の病といわれ、過去ではアグネスタキオン、クロフネといった多くの競走馬が引退に追い込まれています。

Ebi1 赤で囲まれた部分が腫れている屈腱部です。反対の足に比べて太くなっているのがわかりますか?

Ebiprp 腫れている部分にPRP(黄色い液体)を注射器で注入しています。
PRPの投与が有効であれば、投与された部分を中心に新しい組織が再生します。
この馬は乗用馬なのですがまだ若く、この治療で腱の具合が良くなればまだまだ人を乗せて活躍できることでしょう。

今後の治療経過に注目しています。

 

2022年5月12日 (木)

顕微鏡観察標本の作製方法 ①

 微生物研究室 上野です。
 当研究室は細菌などの微生物に関する検査だけでなく,病理検査も担当しています。病理検査では,病気の馬より採取した臓器・組織から作製した標本を用い,病変の形態学的な評価を行います。
 今日は一般的な病理組織標本~ホルマリン固定パラフィン包埋(ほうまい)標本の作製方法について2回にわたり紹介いたします。

固定
 採取された組織は,一般的には薬品による固定(化学的固定)が施されます。固定の主な目的は採取時の形状を保つこと,すなわち「自家融解や細菌による腐敗を防止すること」や「組織や細胞のタンパク質を変化させて形態や内部に含まれる物質を保存すること」にあります。通常はホルマリン(ホルムアルデヒド水溶液)を用いますが,目的によっては高濃度のアルコールも使用します。

切り出し
 固定後の組織から検査に必要な部分を選択し,標本作製に適した大きさ・形にナイフで切り取ります(図1,2)。骨などの石灰化した組織は,そのままでは硬すぎて切ることができないので,カルシウムなどを取り除くための脱灰(だっかい)処理を事前に行います。

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図1 ホルマリン固定後の採取組織(鼻にできたイボ)
上:表面からみたところ。
下:縦断面。この面を顕微鏡観察します。

2図2 サンプル処理用カセット *蓋を外しています
取り間違えが無いよう,サンプル毎に個別のカセットに入れ処理を進めます。

包埋(ほうまい)
 顕微鏡観察のためには極めて薄く組織を切らなければなりません。通常私たちは3-5 μm(1000分の3-5 mm)の標本を作製しています。固定処理でもある程度の“硬さ“は生じるのですが,レバニラ炒めのレバー程度の硬さであるので,そのままでは顕微鏡観察ができるほど薄く切ることはできません。そこで組織に適度な硬さを与えるための物質~パラフィン(蝋)を組織に浸透させます。パラフィンは水をはじく性質があり,固定後の状態のままでは組織に浸透しないので,アルコールによる脱水→アルコールとパラフィンの両者に親和性のある物質(キシレン等)による中間処理→溶融パラフィンの浸透と手順を進めます。細かくは数時間おきに十数段階の手順を要しますが,専用の機械が自動的に処理してくれます(図3)。パラフィン浸透が終わった組織は,溶融パラフィンと共に冷やし固めてブロック状にします(図4,5)。

3図3 自動包埋装置

4図4 パラフィン浸透が終わった組織
溶融パラフィンと共に所定の型枠に入れて冷やします。

5図5 パラフィンブロック
冷やし固める途中で台座(サンプル処理用カセットを流用)を取り付けます。

*次回はパラフィン浸透組織の薄切(はくせつ)と染色方法についてご紹介します。

2022年5月 6日 (金)

米国ケンタッキー州の子馬でのB群ロタウイルスの流行

 分子生物研究室の根本です。今回は子馬の下痢症の集団発生で検出された珍しいロタウイルスについて紹介します。


 ロタウイルスはヒトの赤ちゃんや子馬に感染し、下痢などの消化器症状を引き起こすウイルスです。現在のところロタウイルスはA群からJ群に分類されており、ウマではA群ロタウイルスのみが下痢をしている子馬から検出されていました。しかし2021年の出産シーズン(2月から3月)に、アメリカの馬産地であるケンタッキー州において、初めてB群ロタウイルスによる子馬の下痢の集団発生がありました。なおB群ロタウイルスはヒトやウシ、ブタなどに感染することが知られています。


 この流行で、下痢を発症した子馬は生後2-7日齢と非常に幼弱でした。農場によっては100%の子馬が下痢の症状を示したことから、非常に伝染力が強いことがわかります。一方、下痢を示した子馬の母馬は、下痢を示しませんでした。原因究明のため、ケンタッキー大学の研究者たちは、下痢便を電子顕微鏡で観察したところ、ロタウイルス様の粒子を観察することができました。しかし、子馬の下痢を引き起こす主要なウイルスであるA群ロタウイルスがリアルタイムRT-PCR法で陰性であったことから、さらに次世代シーケンサーによる遺伝子検査が実施されました。この遺伝子検査により、これまでウマでは報告のなかったB群ロタウイルスが検出されました。ロタウイルスの遺伝子は11つの分節に分かれています。今回子馬から検出されたB群ロタウイルスの11遺伝子を調べると、2つがB群ウシロタウイルス、9つがB群ヤギロタウイルスの遺伝子と最も近縁であることがわかりました。これらの結果から、今回のB群ロタウイルスはウシやヤギといった反芻動物のロタウイルスが混ざり合ってできたことが示唆されました。


 しかし、どのようにして反芻動物からウマに感染したのか、いつからB群ロタウイルスが馬群内に存在しているのかなどは不明であり、今後の研究の進展が望まれます。これまで日本国内において、ウマにおけるB群ロタウイルスによる下痢症の発生報告はありませんが、子馬の下痢症の原因となりうることを念頭に今後は研究を進める必要がありそうです。

[参考文献]
Uprety et al., Identification of a Ruminant Origin Group B Rotavirus Associated with Diarrhea Outbreaks in Foals. Viruses 2021.13:1330.

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A群ロタウイルス感染子馬の下痢症状
(JRA日高育成牧場 遠藤祥郎 博士 撮影、
Nemoto and Matsumura, J. Equine Sci. 2021. 32: 1–9.より引用)

2022年4月22日 (金)

馬に由来があるもの

 こんにちは、イギリスに滞在している臨床医学研究室の田村です。

 前回、Royal Veterinary College (RVC;王立獣医大学) は競走馬との関係が深いことを紹介しました。今回はRVCの構内にある馬に由来があるものを紹介します。

 写真は中庭にある彫刻です。作品のタイトルはDuncan's Horses。シェイクスピアの戯曲The Scottish playに登場するダンカンという人物に由来するそうです。もともとRVCの学生であり、その後に著名な彫刻家となったAdrian Jonesが1892年に作製した作品の復刻版です。彼はPeace in her Quadrigaという馬の彫刻も作製しており、ロンドン中心部に展示されています。どちらも馬の表情や筋肉の表現が精巧であり、力強い印象のある作品です。

Photo      Duncan's Horses

 他にも、競走馬の名前が付けられている建物があります。
 これまでのブログで紹介したEclipseの名は、RVCの最も大きい建物に名付けられています。この建物の中にEclipseの骨格標本が展示されています。

Photo_2Eclipseは研究施設、スタッフ居室の他に
カフェも入っている建物に名付けられている。

 また、他の研究施設の一つにはMill Reefという名前が付けられています。1968年に生まれたMill Reefは英国ダービーや仏国凱旋門賞を勝利し、その後も種牡馬としても活躍した実績があります。

3 Mill Reefは研究施設の名称になっている。

 こちらのスタッフ居室となっている施設はKalanisiです。1996年に生まれたKalanisiは、英国チャンピオンステークスや米国ブリーダーズカップ・ターフの優勝馬です。出走したレースの全てで3着以内に入る優秀な競走馬でした。

4Kalanisiはスタッフの居室施設の名前となっている。

 建物に名前を付ける際の選考基準を聞いたのですが、誰も当時の経緯が分からないそうです。ただ、RVCの学生やスタッフは、いずれもこれらの歴史的名馬のことを良く知っており、現在に至るまで語り継がれています。