2025年8月29日 (金)

帯広のばんえい競馬体験記

企画調整室の桑野です。

 帯広への出張に併せて、鉄製ソリを輓馬(ばんば)が曳くレース、すなわち輓曳(ばんえい)競馬とそれを支える競走馬臨床の現場を見てきました。ウイルス感染があってちょっとの期間、競馬ができなかった“ばんえい競馬”ですが、すっかり立ち直って正常に開催されていました。

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帯広競馬場入り口;閑散としているので入場者がいないのかと思いきや、場内は結構な人だかりでした。

 

 JRAと違って帯広の“ばんえい競馬”では、800から1200kgとサラブレッドの2倍の体重を持つ輓馬が2つの山越え(障害)と最後に軽い傾斜走路を抜ける総計200メートの直線の砂利走路で競い合います。曳いているソリは460kgから最高1000kgまでとされており、これに騎手が乗ります。登録された26厩舎で600頭ほどが繋養されており、毎週土・日・月の3日間を基本として、夏場は14時過ぎから20時過ぎまでだいたい1日に11レースが開催されています。そして輓馬の種類は、歴史的に北海道開拓のためにヨーロッパから輸入されたブルトン種とペルシュロン種が主体にベルジャン種がちょっと加わって混血を重ねてきた雑種が多くを占めています。過去、半血種と呼ばれていたこれらの輓馬は、2003年以降、総称して日本輓系種(にほんばんけいしゅ)と呼ばれるようになりました。

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この山を2つ越えていく

 「サラブレッドみたいにすごいスピードで走ることがない“ばんえい競馬”なんて面白いのか?」という疑問の声がある一方で、「筋骨たくましい輓馬の競り合いはスピードじゃ語れない迫力がある」という声があります。私が感動したのは、発走からゴールまでの200メートルを、お客様が歩きながら馬と並走して応援できるところにありました。1トンの巨体が発馬機を出た瞬間に出す馬の息遣いと砂煙を目の前で見られるのは、観覧席から遠くで発走するJRAレースでは感じることができないものがありましたし、筋骨たくましい大型の馬が巨体をせめぎ合いながら進んでいくのを間近で見られるのも結構な高揚感があります。「あっ」という間に目の前を過ぎ去るサラブレッドとは異なる躍動感を感じました。

 私が見ていたレースでは小さな子供たちが引率の大人と一緒に、推しの重種馬に付き添いながら並走して応援していました。馬券は買わない子供達にも、十分応援しがいのあるレースなのは、子供の足でも並走して応援できる点にあったと思います。スピードばかりが競馬じゃないという感動を味わわせてもらいました。

 

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ゴール付近;到着した馬から準じ馬装を解いて行きます。

 帯広競馬場には2つの診療所がありますが、そのうち一つは女性獣医師だけで運営されていました。線の細い彼女たちが、1トンもある輓馬に臆することなく診療をこなしており、逞しいと感じました。そういえば、女性騎手も数名いらっしゃいました。自分の胴体と同じくらい大きな顔をもつ輓馬に、鞍なしでゼッケン上に跨ってパドックを周回したり、それだけでなくレースのない時間帯は厩務員として馬房の掃除や馬体洗浄、飼い葉付けまで全部をこなしたり、競馬場の重要な戦力でした。女性パワーが“ばんえい競馬を”支えており、関係者の皆様ともども彼女たちの奮闘をも応援したいと思います。

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ばんえい競馬の今井千尋さんは笑顔の素敵な女性騎手でした!馬の飼い付けなど色々教えてくれました。

2025年8月21日 (木)

ISB2025に参加してきました

運動科学研究室の高橋です。

先日、スウェーデンのストックホルムで開催された第30回国際バイオメカニクス学会(ISB)に参加してきました。

1_2    大会ロゴ

 本学会は2年に1度開催される国際学会で、ヒトを中心とした動物の動作解析、骨や腱の動態、高血圧患者の血管壁動態など、バイオメカニクスに関する演題なら全てをカバーする学会です。4日間で1400以上の演題があり、ポスター会場や企業展示では所狭しと多くの参加者がコミュニケーションをとっていました。下の写真は企業展示です。

Photo     企業展示では各国から企業が参加

 この学会にはいくつか賞があります。最も格式が高い賞はMuybridge Awardと言って、1800年代後半にヒトと動物の運動する様子を初めて視覚的に明らかにした写真家であるEadweard Muybridgeにちなんだ賞になっています。今でこそ携帯電話ですぐにスローモーション撮影ができますが、そんな機械がなかった当時は、1秒で17m近くも移動する馬の一瞬を撮影するのは至難の技で、さらに連続撮影なんてとんでもない時代でした。当時の一般的なカメラでは光を十分に取り込むのにかなりの静止時間を要すため、写真技術に長けていたMuybridge氏でなければできない技術だったと言えます。1850年代には、ウマがキャンターをしている時には四肢が浮いている期間があるのか?というちょっとした論争が起きたのですが、それはMuybridgeの写真「動く馬」で明らかにされました。彼の技術によって、ヒトの運動の様子も収められるようになり、「動く馬」は世界を変えた100枚の写真の1枚にも選ばれています。

今年のMuybridge AwardにはブラジルのMarco Aurélio Vaz教授が選ばれました。Marco教授は人および動物モデルの両方を用いて、筋骨格系が不使用・トレーニング・損傷に対してどのように適応するかを探究してきました。これまでに220本以上の学術論文を発表されています。他にもYoung Investigation Awardなどの賞もあり、受賞者は全員の前でプレゼンすることが習わしのようですが、どのプレゼンも洗練されていて非常に刺激を受けました。

下記がISB2025のリンクになります。筆者も1日目のポスターで、JRA平地競走中のストライドパラメータの変化に関する発表を行なっていますので、興味があればご覧ください。

[外部リンク]https://isb2025.com/program/




2025年8月19日 (火)

気候変動とウイルス感染症

分子生物研究室の辻村です。

お盆を過ぎても猛暑が続いていますが、皆さま体調は崩されていないでしょうか。思い返すと、30年ほど前に北海道で学生生活を送っていた頃は、アパートにエアコンがなくても十分に過ごせました。それが、今月出張で訪れた北海道では連日の30℃超え。エアコンなしでは到底しのげず、気候の変化を実感しました。やはり確かに気候変動が進んでいるのでしょう。

こうした気候の変化は、私たち人間の生活だけでなくウイルスの世界にも影響を与えています。地球温暖化や降水パターンの変化は、蚊やマダニといった節足動物の分布を広げ、その結果、彼らが媒介する感染症のリスクも増していると考えられています。

その一例がウエストナイルウイルスです。蚊によって媒介され、カラスなどの野鳥の間で感染環が成立していますが、ヒトや馬も蚊に刺されることで感染し、まれに脳炎などの重い症状を引き起こします。このウイルスは1937年にウガンダの西ナイル地方で初めて確認され、その後はアフリカや中東、ヨーロッパの一部、インドなどに広く存在していました。ところが1999年、米国ニューヨーク州で突然の発生が報告され、日本でも大きな話題となりました。幸い現在に至るまで日本国内での発生はありませんが、近年では北ヨーロッパの地域でも感染例が報告されるようになり、温暖化によって媒介する蚊の生息域が広がったことが背景にあると考えられています。

気候変動に対する国際的な取り組みが進展したとしても、その効果が現れるまでには時間が必要と思われます。それまで私たちにできることは、身近なところで蚊に刺されない工夫を心がけることかもしれません。

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(ChatGPTの生成画像)

2025年7月31日 (木)

これ,何でしょう?

猛暑の中、いかがお過ごしでしょうか。

微生物研究室の越智です。
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 早速ですが・・・,これは何でしょう?

  正解は,ウマの尿です。ヒトの尿と比べて,どうですか?どこが違うかお分かりいただけますか?

 ウマの尿の最大の特徴はやや粘稠性(粘り気)があり、混濁していることです(ご自身の尿と比べてみるとわかるかと思います)。なお、臭いは人と同じです。

 この特徴は,腎臓にある腎盤腺*や尿管にある腺から蛋白を含む粘液が分泌され,それが尿に混ざるためです。人では尿タンパクは疾患の存在を意味しますが、ウマではそうではありません。

    *腎盤腺の存在は,馬科動物の特徴です(第75回獣医師国家試験 出題)。

 また,馬の尿には炭酸石灰結晶が多く含まれ,健康な状態でもふつうに結晶由来の白濁や沈殿が見られます。 以上の理由で,ウマの尿は正常であっても白濁し,ときに泡立つほど豊富な尿蛋白を含有しています(生理的蛋白尿といいます)。

 ヒトやイヌではしばしば膀胱炎が発生しますが、その原因として,細菌が尿道を通り膀胱に感染する事象があります。これを上行性細菌感染といいます。ウマの場合,このような尿路における上行性細菌感染は極めて稀です。その理由として,腎盤腺から分泌される粘液に抗菌作用や粘膜保護作用があるからだと言われています。

 しかし,良いことばかりではありません。ウマでは,感染症の発生は少ないのですが,結石による膀胱や尿道の炎症や排尿障害がしばしばみられます。特に,膀胱結石や尿石症は比較的多く発生しますので,排尿の量や頻度の低下が見られた場合には要注意です。

 ところで,夏場に尿といえば厚生省が出した以下のカラーチャートを思い出します。

みなさまも熱中症に注意し(トイレで尿をしっかり確認し),夏競馬の観戦をお楽しみください。

Photo_2<外部リンク>https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001088385.pdf

2025年7月17日 (木)

検診の重要性~野球肘の早期発見~

臨床医学研究室の三田です。

先日、整形外科超音波学会の学術集会に参加してきました。

 参加者は整形外科医をはじめプロスポーツチームのメディカルドクター、理学療法士など様々で幅広い分野の研究報告を聞くことができました。

 その中でも、特に興味深かった内容は青少年野球選手に対する肘の定期検診でした。

 野球をはじめとするボールを投げるスポーツでは、投球動作のときに肘の骨と骨がぶつかりあって関節の中に骨の欠片が遊離することがあります。これを離断性骨軟骨症と呼びます。

症状が重度になると手術が必要となったり、肘の曲げ伸ばしがうまくいかなくなるやっかいな病気で青少年野球選手の約2~3%に発症するそうです。

この病気は早期発見できれば運動制限によって治癒することが期待できます。そのため、定期健診を行って症状が出る前に発見することがとても重要で、ドクターの中にはエコー機器を詰め込んだリュックを背負って地方を飛び回っている方もいるそうです。

 会場からの質問では「チームの監督や親御さんは長期間の運動制限に納得してくれるのか?」という質問があり、筆者も共感できる質問でした。質問に対して演者は「最初の頃は理解を得にくかったが、近年は関係者が病気についてよく勉強してくれており、休養してくれる方が増えた」という回答をしており、改めて理解の醸成は大事だなと感じました。

 ヒトと同様に競走馬においても初期の病態を捉えることで重篤な病気やケガの発症を防げることが近年報告されるようになってきました。このような予防医学を視野に入れた研究分野がますます発展できるように現場と協力しながらこれからも頑張っていきたいと思います!

  Sisa

追伸:最近の学会ではAIソフトで作成したイラストを発表に盛り込む先生が多くなってきました。この学会は沖縄県で行われたので、筆者もチャッピー(ChatGPT)にお願いして「検診されるシーサー」を描いてみました。

2025年7月15日 (火)

新人獣医研修が無事に終わりました!

企画調整室の岡田です。

 JRA競走馬総合研究所(以下、総研)では、その年度の新規採用獣医職員を対象に研修を実施しています。これは、現代の大学教育ではあまり深く教えないウマ、特に競走馬に関する知識を身につけて即戦力として活動してもらうことを目的としたものです。私はJRA本部の獣医課および総研の各研究室と連携して、期間の限られた中でより充実した研修にするべくこれを総括し、今年も無事に6月10日から約2週間にわたって実施することができました。

 実は、JRAは自分達の職員だけが教育されれば良いとは考えず、本会と関連の深い、されど教育者や教育施設の手薄な本会トレーニングセンター開業獣医、地方競馬場あるいは生産地の諸機関などから依頼されれば、それら諸機関の若い獣医師をお招きして本会職員と一緒に教育を受けてもらっています。本年は、8名の本会新人に加えて外部から5名の若手獣医師をお招きしました。

 自分も新人の時に、同期職員だけでなく外部からいらした若手獣医師と共にこの研修を受けたのを昨日のことのように覚えています。今、振り返って考えてみますと、本会の獣医師が一同に集まったり、本会外の同業者と意見交換したりできる機会は意外と少なく、この意味で、本研修は社会に出たばかりで役職が固まっていない、そして就いたポストの責任に縛られずに、同世代とコミュニケーションができる貴重な機会だったなと思います。

Photo・勉強だけでなく懇親会では職場の枠を超えたコミュニケーションが重要(本年研修)

 実習を総括してみますと、国家試験を合格してきたばかりのフレッシュな後輩達は、みな優秀であることがわかります。それでもウマに関する知識は不十分で、現場の諸先輩達についていくには、総研での教育は欠かせないと感じました。競走馬獣医師としての心構えを、現場経験のある研究者から聞けるのも総研の特徴です。研究者といえども、前職では現場で競走馬をバリバリ診ていた強者がいっぱいいますからね。

 新人獣医師もいつか指導者の立場に立ちます。この研修で学んだことは知識だけでなく、上に立った時の目線の置き方にもヒントとなる貴重な経験だったことをも胸に刻み、これからの長い道を歩んで行ってほしいものです。

2025年6月26日 (木)

フランスの馬産業と競馬

 Bonjour. 分子生物研究室の上林です。
 フランスでの研究留学生活も約3ヶ月が経過しました。まだまだ文化の違いや語学の面で苦労する日々ですが、充実した生活を送っています。
 さて、本日はフランスの馬産業についてご紹介します。

 ヨーロッパといえば馬産業が盛んなイメージがあるかと思いますが、フランス国内では合計100万頭もの馬が飼育されています(参考資料:IFCE (フランス馬術・馬産業機構)KEY FIGURES)。日本での馬飼育頭数は約7万頭ですので、いかにフランスの馬産業の規模が大きいかがこの数字からもわかるかと思います。
 飼育頭数のうち日本では約70%がサラブレッド競走馬ですが、一方、フランスでは全体の約70%が乗馬あるいはペットとして飼育されているサラブレッド種ではないウマが主流です。よって競馬が主流である日本とは、ウマに関わる産業構造に大きな違いがあります。フランスでは乗馬ライセンス取得者が約70万人と国民の約1%にも及んでおり、人々にとってウマは乗馬として非常に身近な存在です。
 さて、ここノルマンディー地方はフランスの中でも特に生産を中心として馬産業が盛んな地域です。私が現在学んでいる研究機関であるLABEOも様々な民間企業、教育機関、関連団体、そして自治体とコラボレーションしており、そのネットワークは数十の組織に及んでいます。獣医療や競馬、乗馬という枠組みを超えた産業連携を感じることが多く、そのスケールの大きさに日々驚かされています。

 さて、フランスの競馬事情に目を向けてみましょう。
 上記資料によるとサラブレッドの飼育頭数は全体の5%つまり5万頭程度です。興味深いことにサラブレッドに限定してみると、その飼育頭数は日本と同程度であることがわかります。
 フランスでは「競馬=サラブレッド競走」というわけではなく、トロッターという品種による繋駕(けいが)速歩競走も盛んに行われており、トロッター種はサラブレッドの倍近くの頭数が飼育されています。

Fig1_5筆者の住む地域にあるカーン競馬場(左)とトロッター競走の最後の直線(右)

 競馬場の数は日本では中央競馬と地方競馬を合わせても25であるのに対して、フランスでは200を超えます。しかし、一つ一つの競馬場の規模は日本と比べると小さく、こぢんまりとした印象です。
 先日、パリのシャンティ競馬場で開催されたディアヌ賞(フランスオークス)を観戦してきました。非常に華やかなムードで盛り上がりを見せていましたが、お客さんの多くは競馬そのものというよりは、友人たちとの社交の場として競馬場を楽しんでいるという印象を受けました。
 日本と異なるフランス競馬の雰囲気を楽しむと同時に、改めて日本競馬の熱量の大きさを再認識しました。また機会があれば、研究活動の合間に他の地域のフランス競馬も楽しみたいと思います。

 ノルマンディー地方も夏が近づいていますが、20℃代後半と快適な日々が多いです。日本は季節外れの猛暑に見舞われているようですので、6/15にこのブログで胡田さんが投稿したように、皆さん暑さ対策をしっかりとして体調にご留意ください。

Fig2非常に華やかなディアヌ賞のパドック(左)とウイニングランをするGezora号と日本でもお馴染みのスミヨン騎手(右)

2025年6月15日 (日)

夏の始まりは熱中症に注意

運動科学研究室の胡田です。

 初夏を迎え、各地で夏日を記録する日が増えるようになりました。近年では、人の熱中症に関するニュースが頻繁に報じられるようになっていますが、競走馬にとっても熱中症は深刻な問題になっています。熱中症といえば真夏に警戒されるイメージが強いですが、実は、夏の始まりであるこの季節こそ特に注意が必要です。

「熱中症警戒アラート」などで耳にする暑さ指数(WBGT)は、一般的に8月に最も高くなります。そのため、熱中症は8月が最も多く発生しそうですが、競走馬における熱中症の発生割合は意外にも8月よりも6月・7月に多い傾向があります

Photo_3・4-9月における競走馬の熱中症発生状況(Takahashi et al., Equine Vet J., 2020改変)

 その理由として考えられるのが、「暑熱環境への身体の適応の可否」です。人においては、体がまだ暑さに慣れていない夏の始まりの時期は、急激な気温上昇に対応しきれず、熱中症の発生リスクが高まることが知られています。まだ十分な研究成績はないものの、競走馬においても、寒い冬から涼しい春といった一連の比較的低温な気候から、やたら暑くなる猛暑への移行期において、身体が十分に暑熱に順応できていないことが要因となって熱中症になりやすいのではないかと考えられます。

 本格的な猛暑到来まではまだ少しありますが、人も馬も健やかに過ごせるよう体調の変化に気を配り、運動後にはしっかりクーリング(冷却)することや、こまめな水分補給など、今の時期から熱中症への備えを怠らないようにすることをお勧めします。

2025年6月11日 (水)

馬鼻肺炎のWOAHリファレンスラボラトリー

分子生物研究室の坂内です。

この度総研は、馬鼻肺炎の診断に関する国際獣疫事務局(WOAH)のリファレンスラボラトリーに認定されました。

 

WOAH(旧OIE)は動物衛生の向上を目的とする国際機関で、世界保健機関(WHO)の動物版のようなものです。リファレンスラボラトリーとは、認定された病気の診断や制御に関して科学的・技術的支援を国際的に行う研究機関です。すなわち今回の認定により、JRA総研が馬鼻肺炎に関してそうした支援を行う能力を持っていることが、国際的に認められたことになります。

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WOAHウェブサイトより
リンク→Reference Laboratories - WOAH - World Organisation for Animal Health

馬鼻肺炎のリファレンスラボラトリーは、これまでアイルランド、アメリカの2か所でしたが、今回の総研の認定で3か所目、アジア太平洋地域では初となります。また、総研のリファレンスラボラトリー認定は、馬インフルエンザ(2021年~現在)に続き2件目となります。

先だって本ブログでもご紹介しましたが、欧米を中心に神経型馬鼻肺炎の発生が増えており、国内でも本年、15年ぶりとなる発生があったばかりです。馬鼻肺炎に関する研究や診断業務、国際的な支援を通じて、競馬の安定的な開催や競走馬資源の確保に寄与できるよう、今後さらに尽力してまいります。

 

2025年6月 3日 (火)

画像診断におけるAIの活用について

臨床医学研究室の野村です。

 近年のAI技術の発展は、皆様も日常生活のさまざまな場面でそれを体感されていることと思います。医学における画像診断領域では古くからAIが活用されてきましたが、第3次AIブームの火付け役となったディープラーニングと多層ニューラルネットワークは画像認識技術に革命的な進歩をもたらし、最近では多数の画像診断補助ソフトウェアが医療機器としての承認を受けるに至っています。

 競走馬診療においては、検査装置内で行われる画像処理においてAI技術が活用されています。競走馬の画像検査は、対象が大動物である分必ずしもベストな撮影データが得られないことがありますが、AIによる画質補正やノイズ除去技術の向上により高画質化が進み、診断精度の向上につながっています。研究段階ではありますが、JRAの取組みとしては、CT検査で得られた画像を再構築(3次元化)したうえでそれぞれの骨ごとに分割化(セグメンテーション)して解析したり(図1)、MRI検査における画像再構築にディープラーニングを活用して1つ1つのスキャンにおける撮影時間を短縮し、代わりにスキャンの種類を増やしたりすることで診断に繋がるデータをより多く確保できないか検討を進めているところです。

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図1. 馬の球節を構成する骨を、CT画像をもとに3D化したもの。ソフトウェア上で簡単な操作で4つの骨を分割することができ、病変が存在する場所をイメージしやすい。

 現在の第4次AIブームにおいては、視覚-言語モデルの開発が進み、医学領域ではX線画像から診断レポート作成までをすべてAIで実施するモデルの開発なども行われています。また、診断をAIに任せてよい症例か、医師が自ら読影すべき症例か、その判断をサポートする監視用AI(ナッジAI)の開発も進んでいます。画像診断医としても、また獣医師としても、技術革新の変遷を把握し、自分が置かれた環境や自分が必要とする情報に合わせて能動的に技術を活用できるよう、時代にキャッチアップしていく必要があると考えています。