育成馬ブログ 宮崎⑦

○GPS腕時計による調教タイム計測(宮崎)

前回のブログで、宮崎がプロ野球のキャンプ地として選ばれる理由は、「晴天率が高い」ということを綴りましたが、2月末から3月初旬にかけては、一転して天候の優れない日が多々ありました。しかし、ようやく朝夕の寒さも和らぎはじめ、場内にある桜のつぼみもの膨らみも徐々に目立つようになってきており、春を感じることができるようになりました。

季節の変化に敏感な育成馬達は、毛艶に輝きが増し、調教中の動きも俊敏さが目立つようになってきており、我々以上に春の訪れを喜んでいるかのように映ります。

                       

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写真① 3月初旬は天気に恵まれない日が続きましたが、雨の日でもでも寒さを感じることなく、グラスピッキングが行える季節となってきました。

 

 

育成馬の近況

さて、宮崎育成牧場のJRA育成馬22頭は、4月28日(火)にJRA中山競馬場で開催されるブリーズアップセールに向けて調教メニューをこなしています。

500mトラック馬場では、速歩2周の後、直線はキャンター、コーナーは速歩という調教を左右両手前で2周ずつ実施しています。500mトラック馬場での調教は、ウォーミングアップとしての目的があることはもちろん、スピード調教を繰り返していくと、ハミにかかる傾向が強くなるのを改善する目的もあるため、ハミを必要以上に取らずに、馬自身のバランスで走行させることを主眼に置いて実施しています。

一方、調教のベースとなる1600m馬場では、4~5頭単位の1列縦隊でハロン22~20秒のイーブンペースでの2400~3000mのステディキャンターを基本調教としています。週1~2回のスピード調教では、1200mを2本走行させるインターバルトレーニングを実施し、2本目に3ハロンを45~48秒(ハロン15~16秒)程度で走行しています。

スピード調教時には調教後に血中乳酸値濃度を測定し、科学的な側面から適切な負荷を模索しています。科学的指標に頼ることによって客観性は高まる一方で、データへの興味が高まることによって機械的に調教メニュー立ててしまう状況に陥りやすく、馬の状態を省みない状況を生み出す過ちを犯しがちになります。そのため、常に走行時や走行後の息遣いのみならず、特に牝馬ではメンタル面を確認しながら、各馬に応じた負荷をかけるよう自問自答しています。

順調に調教を実施できている馬では、血中乳酸値濃度の個体差も少なくなってきており、ある程度のスピード調教を実施できる基礎体力は養成できた段階に入ったものと感じています。


動画 2月下旬の調教動画。

   

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写真② 週1~2回実施している牝馬の強調教時の様子。メンタル面を考慮して、縦列中心で実施しています。

 

 

GPS腕時計による調教タイム計測

ここからは、宮崎育成牧場で実施している「GPS腕時計」による調教タイム計測について触れてみたいと思います。

「GPS」という言葉からは、カーナビやスマートフォンが連想されますが、昨今では腕時計にも「GPS」が搭載され、マラソンランナーのマストアイテムとなっています。「GPS腕時計」にはストップウォッチ機能を用いたタイム計測はもちろん、走行距離、走行スピードや走行ペースなどを計測することもできます。さらに、トラック周回や一定距離毎の区間タイムを自動的に測定する「オートラップ機能」を搭載しているため、一度ボタンを押しさえすれば、ランニング中にボタンを操作することなく、ラップタイムを計測することが可能となります。

この「GPS腕時計」の「オートラップ機能」を利用し、200m毎の区間タイムを自動計測するように設定することによって、200m毎、つまり1ハロン毎のラップタイムの自動計測が可能となります。騎乗中にタイムを確認することは困難ですが、調教後には腕時計のボタン操作のみでラップタイムを確認できます。さらに、パソコンやスマートフォンにデータを取り込むことによって、毎日のデータが保存でき、リアルタイムでデータの共有が可能となります。

「GPS腕時計」は2万円程度で購入できるため、比較的安価で容易に調教タイム計測が可能となります。ただし、「GPS腕時計」のなかには、200m単位での「オートラップ機能」の設定ができない機種もありますので、ご注意ください。

 

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写真③ 「GPS腕時計」に取り込まれたデータはパソコン等で保存でき、データが共有できます(左)。また、パソコン上では1ハロン毎のラップタイムのみならず、走行ルートやラップ計測区間等の詳細な情報も表示されます(右)。

育成馬ブログ 宮崎⑥

○育成馬調教見学会の開催(宮崎)

宮崎での初春の風物詩となっているプロ野球球団のキャンプが、本年も2月からスタートしています。本年は、恒例となっているソフトバンク、巨人(宮崎市)、広島、西武(日南市)に加え、新たにオリックスが宮崎市清武町にキャンプインしており、活気づいています。宮崎がキャンプ地として選ばれる理由は、「気候の温暖さ」という点では沖縄には及びませんが、この時期の宮崎は「晴天率が高い」という点であるといわれています。

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写真① 宮崎サンマリンスタジアムでの巨人軍キャンプを視察に来た松井秀喜氏。

この理由のとおり、2月に入ってからは晴天の日が多いのを実感しながら、4月のブリーズアップセールに向けて育成馬の調教を実施している今日この頃です。

 

育成馬の近況

さて、宮崎育成牧場のJRA育成馬22頭の近況をお伝えいたします。宮崎育成牧場は、屋内坂路など多種多様なBTC調教施設を利用できる日高とは異なり、500mおよび1600mトラックダート馬場のみを使用しての調教となります。同じ環境で調教をできるということは、馬のメンタル面を安定させるためには大きなメリットとなる一方で、調教内容が単調になりやすいというデメリットも見え隠れします。

 

動画 2月初旬の1群牡の調教動画。

 

500mトラック馬場では、ウォーミングアップとして、同じ環境で同じ調教を実施することによるメリットであるメンタル面の安定を主眼に置いて、速歩2周の後、直線でのキャンター、コーナーでの速歩という調教を左右2周ずつ実施しています。これにより、競走馬の礎となる①前に(Go forward)、②真っ直ぐ(Go straight)、③落ち着いて(Go calmly)走行させることが達成されます。

一方、1600m馬場では、3月からのスピード調教に向けて、現在は基礎体力養成を主眼に調教を実施しています。4~5頭単位の1列縦隊でハロン22~20秒のイーブンペースでの2400mのステディキャンターを基本調教としています。週1回は群れを意識して馬群の中で落ち着くことと、および1600m馬場の利点を生かした長距離を一定ペースで走行することによって持久力を向上させることを目的として3000mのステディキャンターを実施しています。

また、週1回実施している強調教時には、1000mを2本走行させるインターバルトレーニングのスタイルを行うことによって、馬自らが“オン”の日であることを理解するように工夫しています。1本目は4~5頭単位の1列縦隊でハロン22~20秒でのステディキャンターを実施し、2本目は4頭単位の2列縦隊で3ハロンを54~51秒、つまりハロン18~17秒ペースでの強調教を実施しています。

 

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写真② 週1回実施している強調教時の様子。左:クリスタルストーンの13(牡父ゴールドアリュール)、右:スマートウェーブの13(牡 父メイショウボーラー)

このように1600m馬場では、調教内容が単調になりやすいデメリットを解消するために、1週間の調教の流れをパターン化して、馬が“オン”と“オフ”の切り替えを自らできるように工夫する試みを行っています。

 

育成馬調教見学会

ここからは、2月7日に開催いたしました「育成馬調教見学会」についてご紹介いたします。この見学会は、地元の一般来場者の方々が、育成馬の疾走する姿を間近で見ることができるイベントです。毎年10月と3月に開催している立ち馬展示をご覧いただく、「育成馬見学会」とともに、宮崎の地で成長していく育成馬の姿を間近で見て、少しでも身近に感じていただくことを趣旨に実施しています。

当日は晴天にも恵まれ、40名を越えるお客様にご来場いただきました。来場いただいたお客様には、少し高台からブリーズアップセール上場予定馬が疾走する蹄音や馬の息遣いを間近で感じていただきました。

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写真③ 育成馬調教見学会は晴天にも恵まれ、40名を超えるお客様にお集まりいただきました。

参加していただきました方々には、この紙面をお借りして、改めてお礼申し上げます。なお、3月21日(祝・土)には「育成馬見学会」を開催する予定です。「サポータズクラブ」にご登録いただいている皆様には、3月上旬にご案内をお送りいたします。皆様のご来場をお待ちしております。

育成馬ブログ 宮崎⑤

○暖地育成のメリットとは(宮崎)

新年あけましておめでとうございます。今年もJRA育成馬日誌をよろしくお願い申し上げます。

さて、日本列島は真冬と呼べる時期に突入しておりますが、ここ南国宮崎ではどんなに寒い日でも日中は気温が10℃を超え、人も馬も快適に過ごしております。多数のプロ野球チームが、ここ宮崎をキャンプの候補地として選ぶ理由がわかる気がします。競走馬の世界においても、例えば米国では冬は温暖なフロリダやカリフォルニアに馬を移動させ育成する方法が採用されています。今回は、冬に温暖な気候の下で育成するメリットについて考えてみたいと思います。

 

育成馬の近況

宮崎育成牧場のJRA育成馬たちの近況ですが、まずウォーミングアップとして500mトラック馬場で直線キャンター、コーナー速歩という調教を左右2~3周ずつ実施しています。これは騎乗者の扶助に従う馬を作ること、落ち着いて運動する馬を作ることを目的に行っています。続いて1600mトラック馬場に場所を変えて、一列縦隊および二列縦隊で2000mから2400mのキャンターを実施しています。ハロン24~22秒程度とゆっくりとしたキャンターですが、今後のスピード調教に耐えられる基礎体力を付けるとともに、将来実際の競馬で馬群の中でしっかりと折り合って走れることをイメージして調教しています。年末年始は放牧およびウォーキングマシンによる運動で管理しましたが、真冬でも青草が生い茂る放牧地で充分にリフレッシュさせることができました(写真①)。

 

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写真① 真冬でも青草の生い茂る放牧地でのびのび育つ馬たち。左からウェーブピアサーの13(牝 父:ヨハネスブルグ)、シルバーパラダイスの13(牝 父:ファルブラヴ)、スズカララバイの13(牝 父:サウスヴィグラス)。

 

暖地育成のメリット(過去の研究データからわかったこと)

さて、今回は、冬に温暖な気候の下で育成するメリットについて考えてみたいと思います。日高および宮崎育成牧場では、長年にわたりJRA育成馬の様々なデータを測定してきました。中でも月に1回“測尺”と呼ばれる体高、胸囲、管囲、体重の測定を行っています(写真②)。東京農工大学との共同研究により、この“測尺値”さらに血液中の各種ホルモンを日高育成牧場で育成したウマと比較したところ、非常に興味深い結果が得られました。

 

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写真② 月に1回、体高・胸囲・管囲・体重の測定を実施しています。

 

大きく育つ

1歳9月の入厩直後から、ブリーズアップセール直前の2歳3月までの体高・胸囲・管囲・体重の増加率を比較したところ、日高育成牧場と比較して宮崎育成牧場で育成したウマの方が全ての項目において増加率が統計学的に有意に高いことがわかりました(写真③)。言い換えると、1歳の時点でほぼ同じ程度の大きさのウマが2頭いたとして、1頭を日高でもう1頭を宮崎で育成したと仮定すると、宮崎で育成したウマの方が大きく育つ可能性が高いということです。なぜこのような差がつくのか複数の理由が考えられますが、一つにはまず宮崎の方が気候的に温暖であることが挙げられます。寒冷な環境下では、ウマをはじめ動物は体温を維持するためにより多くのエネルギーを燃やして代謝を上げなくてはなりませんが、温暖な気候の下ではそのエネルギーを馬体の成長に回すことができます。そのほか、後ほど述べる血液中のホルモンの濃度にも差が見られ、その影響もあることが考えられました。

 

Photo_3写真③ 1歳9月から2歳3月までの体高・胸囲・管囲・体重の増加率(ライトコントロール導入前)。日高育成牧場と比較して宮崎育成牧場で育成した方が全ての項目において増加率が有意に高いことがわかりました(提供:東京農工大学)。

 

故障が少ない!?

さらに、血液中の各種ホルモンの濃度を比較したところ、女性ホルモンの一種である“エストロゲン”が宮崎で育成されたウマに多く分泌されていることがわかりました。このエストロゲンというホルモンは、卵巣での排卵の制御などといった本来の作用のほかに、「骨を丈夫にする」という重要な作用があります。ヒトの女性では閉経後にこのエストロゲンの分泌量が大きく低下し、骨粗しょう症の原因になることが知られています。このホルモンが高かったということで、理論的には「宮崎のウマの方が骨が丈夫で故障しにくい」と言えます。実際のところは馬場の違いなどもあり、故障率自体には統計学的な差が見られていませんが、非常に興味深い結果です。プロ野球選手が冬季キャンプに温暖な宮崎を選ぶのも、もしかしたら経験的に暖かい気候の下で練習した方が故障するリスクが低いことを肌で感じているのかもしれませんね。

 

寒冷地で育成する場合には(ライトコントロールのススメ)

では、現在宮崎ではなく北海道でウマを育成している場合、どうすれば温暖な地方で調教するメリットに近づけるのでしょうか?JRAではその後の調査で、1歳の冬からライトコントロールを実施することで、成長率およびホルモン分泌に差がなくなることを確かめています。具体的には、12月の冬至の前後から昼14.5時間、夜9.5時間になるようにタイマーを使って馬房内をライトで照らします(写真④)。本当は暖かい地方で育成する方が自然で良いことなのでしょうが、こうすることで寒冷下で育成するデメリットを小さくすることができます。ライトコントロールをする場合には早く冬毛が抜けることもわかっていますので、馬服を着用させるなどしてしっかりと保温することを忘れずに!

 

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写真④ 日高など寒冷地で育成する場合、ライトコントロールが有効です(昼を14.5時間、夜を9.5時間にする)。

育成馬ブログ 宮崎④

○育成馬検査(宮崎)

11月下旬までは、日中に暑いと感じることもあった南国宮崎も、最低気温が5℃前後になる朝もあり、日中の最高気温も15℃を下回る日が徐々に増えてきており、いよいよ本格的な冬を迎えています。昼夜の寒暖差が大きくなるこの時期は、育成馬の体調が崩れることも多いため、管理には細心の注意を払いたいと思っています。

 

育成馬の近況

宮崎育成牧場所属のJRA育成馬の近況をお伝えいたします。9月上旬から騎乗馴致を開始している1群(牡馬10頭)は、500mトラック馬場で約800mのハッキングを実施し、その後1600mトラック馬場に場所を変えて、一列縦隊および二列縦隊でのキャンターをそれぞれ1200mずつ、合計2400mのキャンターを実施しています。スピードはハロン25秒程度とゆっくりとしたキャンターですが、年内は競走馬の礎となる①前に(Go forward)、②真っ直ぐ(Go straight)、③落ち着いて(Go calmly)走行させることを主眼に置いて調教を進めていきたいと考えています。巨大なピラミッドほど大きな土台が不可欠であるといわれているように、調教をピラミッドに例えるなら、今はまさに強固な土台を構築しなければならない時期であると捉えています。

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写真① 1600mトラック馬場で隊列を整えたキャンターを実施する1群牡の育成馬。先頭からエキゾチックエレガンスの13(牡 父:アドマイヤムーン)、スタートラッカーの13(牡 父:ファスリエフ)、アイアンドユーの13(牡 父:ジャングルポケット)。

 

一方、10月上旬から騎乗馴致を開始している2群(牝馬12頭)は、11月中は角馬場および500mトラック馬場において速歩中心の調教を実施してきましたが、12月に入ってからは、1群の牡と同様に1600mトラック馬場でのキャンター調教を実施できるまでになりました。まだまだ、何かに驚いて走行中にフラフラすることもありますが、牡と同様に年内は強固な土台作りに主眼を置いて調教を進めていきたいと考えています。

 

速歩調教

前述のとおり、宮崎育成牧場では、競走馬の礎となる①前に(Go forward)、②真っ直ぐ(Go straight)、③落ち着いて(Go calmly)走行させることを目標に掲げて調教を実施しています。また、これを実現するために、初期調教時には「速歩調教」に重点を置いています。この理由は以下のとおりです。

5000万年の時を経て、肉食動物から逃げるために進化し、現在の体型にたどりついた馬、その中でも速く走るために改良されたサラブレッドは、おそらく走ることに関して、ある程度完成したフォームを身につけていると考えられます。そのため、馬の動きを邪魔しないように騎乗すること、つまり、騎乗者の重心と馬の重心とを一致させ、馬の動きを邪魔しないと同時に、馬に人が騎乗することを許容させることが、馬の持っている能力を可能な限り発揮させる上で重要なことであると考えています。

速歩は対角に位置する前後肢が、ほとんど同時に動くことから、3種の歩様の中でも重心の移動および頭頚の動きが最も少ないという特徴があります。つまり、騎乗者は馬の重心位置に近い「鐙」の一点で体重を支えることによって、騎乗者の重心と馬の重心とを一致させやすくなるとともに、馬の背を解放することによって、馬の負担の軽減と馬自身によるバランスでの走行が容易となります。そのため、初期調教時のみならず、毎日の調教においても、「速歩調教」を重要視しています。

さらに、馬自身によるバランスでの走行を馬が自ら習得できるように、角馬場での8の字乗りや、キャンターと速歩との移行の繰り返しを実施していきます。この繰り返しにより、キャンター時にも真っ直ぐ落ち着いた走行が比較的容易に可能となります。

このように、騎乗者を乗せた状態で最大限の能力を発揮させることのみならず、人馬ともに安全に調教を実施するためにも、「速歩調教」は重要なプロセスと考えています。

 

https://www.youtube.com/watch?v=xnYaMI1K_a0&list=UUuJUbfPa_aC8HuimSIEq24g

動画 角馬場および500mトラック馬場を利用した「速歩調教」の様子。馬自身によるバランスでの走行を馬自らが習得できるように、速歩のみならず、速歩とキャンターとの移行を繰り返し実施しています。

 

育成馬検査

11月下旬には、育成馬検査が実施されました。育成馬検査とは、JRA生産育成対策室の職員が日高および宮崎育成牧場で繋養している育成馬を第三者の視点から、市場での購買時からの馬体の成長具合、現在の調教進度、馬の取り扱いなどをチェックし、ブリーズアップセール上場に向けての中間確認を行う検査です。

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写真② 11月下旬に行われた育成馬検査における展示および馬体検査の様子。

 

「馬を見ていただく」という緊張感のなか、育成馬の調教供覧、展示および馬体検査は無事に終了しました。今回の検査を終え、日常的に接する中では見落としていた指摘を受け、個々の馬の発育および調教進度状況を再認識することができました。

 

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写真③ 育成馬検査における“ベストターンドアウト賞”の審査で最優秀馬に選ばれたエキゾチックエレガンスの13(写真左牡 父:アドマイヤムーン)とウェーブピアサーの13(写真右 牝 父:ヨハネスブルグ)。

育成馬ブログ 宮崎③

○育成馬見学会の開催(宮崎)

10月に入り、宮崎では2週連続して週末に台風が襲来しました。特に台風19号は県内各所で厳戒態勢がとられましたが、幸い大きな被害には至らなかったようです。この台風の影響により、育成馬の調教や放牧管理が予定どおりに進まないこともありましたが、「急がば回れ」の格言のとおり、当初の計画に追い付こうとせずに、馬のメンタル面を第一に考えて、調教および管理を実施しています。

 

育成馬の近況

2群に分けて騎乗馴致を進めている育成馬の近況をお伝えいたします。9月中旬から騎乗馴致を開始している1群(牡馬10頭)は、ドライビングおよび騎乗による速歩調教を重点的に実施し、現在は1600m馬場でのハッキング程度のキャンター調教を実施するまでに進んでいます。

一方、10月上旬から騎乗馴致を開始している2群(牝馬12頭)は、ドライビングを中心に実施しながら、徐々に丸馬場での騎乗も行っています。11月初旬には500m内馬場において集団での速歩調教を開始する予定です。

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写真① 500内馬場で隊列を整えた速歩を実施する1群の牡の育成馬。

 

ドライビング

JRA育成馬に対する騎乗馴致は、「育成牧場管理指針」に基づいて実施しています。騎乗馴致の中でも、重点的に取り組んでいるのはドライビングです。ドライビングというのは、騎乗せずに2本のロングレーンを使用して、馬車の御者のように馬を後ろから制御することです。騎乗馴致時に行うドライビングには主に以下の効用があると考えられています。

①   騎乗することなく基本的なハミ受け、例えば開き手綱による「内方姿勢」のバランスを馬に習得させることができる。

②   後方からの御者の指示と内方のリードレーンの操作を馬に対して受け入れさせ、騎乗せずに騎乗者の重心と一致しやすい重心移動を習得させることができる。

③   脇腹に調馬索が触れることに慣れさせることにより、騎乗者の脚による後方からの指示に慣れさせることができる。

④   馬は後方からの扶助に従って自ら前に進まなければならないため、常に馬の気持ちを前向きにすることができる。

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写真② 馬車の御者のように騎乗せずに馬を後方から制御するドライビングの様子。

 

最終目標は騎乗することであるため、ドライビングを省略し、可能な限り早く騎乗した方が効率が良いという考え方もあるかもしれません。しかし、騎乗馴致とは積木を下から一段ずつ積み重ねていく作業と同様に、一つ一つ繰り返して確実に馬に理解させる「忍耐」の作業です。このように、騎乗馴致では、騎乗できるようになることを最終目的としてはならず、騎乗者を乗せた時に馬がバランスを取りやすい体勢を習得させること、つまり、騎乗者を乗せた状態で最大限の能力を発揮させることを最終目的とします。また、人馬ともに安全に騎乗へと移行させるためにも、ドライビングは非常に重要なプロセスと考えられます。

 

動画 騎乗者を乗せた時に馬がバランスを取りやすい体勢を習得させるために、立ち木を利用したスラロームや放牧地での速歩での手前変換をドライビングで繰り返し実施しています。

⇒ http://youtu.be/LRrayz-c8ho

 

育成馬見学会

さて、前回の育成馬日誌でも案内させていただきました「育成馬見学会」を10月18日(土)に開催しました。このイベントは、毎年、10月中旬のこの時期とスピード調教を始める3月中旬の年2回実施しており、地元宮崎にお住まいのお客様に宮崎の地で成長していく育成馬の姿を間近で見て、少しでも身近に感じていただくこと、さらに3月の見学会では「サポーターズクラブ」と題して、お気に入りの馬を牡牝それぞれ1頭ずつ選んでいただき、その馬が競走馬として活躍した際にはゴール前写真などをプレゼントさせていただくことによって、JRA育成馬を応援してより競馬に親しんでいただくことを趣旨に実施しています。

また、本年は実馬展示に先立ち「馬の見方」をテーマに簡単な講義を行ったところ、お客様からは「初めて知る話で面白かった」「馬への親しみや興味がさらに深まった」など大変好評でした。

この育成馬見学会は、私たちにとっても大勢のお客様に育成馬を慣らすための良い機会となるため、大人しく展示ができるように意識して当日に備えました。その成果が実ったのか、天候が良く、無風状態に助けられたのか、当日の育成馬達は80名を超えるお客様を前にしても、大人しく駐立している馬がほとんどでした。調教が進むにつれ少し神経質になる馬も出てくるかもしれませんが、この調子で3月の見学会まで「忍耐」を持って、馬の調教および管理に取り組んでいきたいと思います。

育成馬見学会に参加していただきました方々には、この紙面をお借りして、改めてお礼申し上げます。

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写真③ 育成馬見学会は晴天にも恵まれ、80名を超えるお客様にお集まりいただきました。

サマーセール購買馬の入厩

 9月に入っても宮崎は残暑が厳しく、日中は蒸し暑い日が続いています。しかし、朝夕の風や赤とんぼの飛び交う姿からは、徐々に秋が近づいてきているように感じられます。

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写真① 「北の国」北海道から44時間かけて「南国」宮崎に到着した育成馬を乗せた馬運車。

 さて、8月末に北海道静内で行われたHBAサマーセールで購買した16頭のJRA育成馬が9月4日に入厩いたしました。育成馬達は3台の馬運車に分かれ、北海道を9月2日の12時に出発し、函館から青森間のフェリー経由で本州に渡り、44時間かけて宮崎に到着しました。到着した日には微熱を認めた馬もいましたが、翌日には回復し、放牧地で仲間たちと戯れたり、青草を食するなど馬らしい姿を見せてくれました。

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写真② 長時間の輸送による疲れも見せず、放牧地を駆け回る育成馬。左:ミヤビアルカディアの12(牝:父バゴ)、右:グッドバニラの12(牝:父タニノギムレット)

 

 放牧直後の群れ、特に牡の群れにおいては、群れの中での順位づけのための争いが繰り広げられるため、他馬に蹴られたり、その他のアクシデントによるケガも少なくはなく、放牧に対する一定のリスクが懸念されます。また、セリに向けて仕上げられた馬に対して、昼夜放牧が必要かどうかについても賛否両論があるものと思われます。それでも入厩後に昼夜放牧を実施する理由は、騎乗馴致(ブレーキング)が始まるまでの間に成長を待つとともに、草食動物として “馬”らしく行動させることが、非常に重要であると考えているからです。青草だけを食べさせる目的であれば、刈り取った青草を馬房で食べさせれば良いようにも思われますが、「地面に生えている草」を摘んで食する行動そのものによって、改めて草食動物としての本能が励起され、メンタル面が安定する効果を期待しています。つまり、馬は草食動物であるということを常に念頭に置いて、馬と接していきたいと考えています。

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写真③ 草食動物としての本能が励起され、メンタル面を安定させる効果を期待して、騎乗馴致を開始するまでの期間実施している夜間放牧の様子。

 

 北海道からの16頭の入厩により、本年度の宮崎育成牧場繋養馬22頭(牡10頭、牝12頭)が全て入厩いたしました。それに伴って、人馬の安全を祈願する入厩に関わる神事および馬場清め式を「神日本磐余彦天皇(神武天皇)」をご祭神とし、107年前の宮崎競馬場誕生とも深い関わりのある「宮崎神宮」の禰宜により執り行っていただきました。神事当日は晴天に恵まれ、厩舎および馬場のお祓いを受けるとともに、玉串を捧げて、人馬が事故なく安全に調教を行えるように祈りました。

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写真④ 「神日本磐余彦天皇(神武天皇)」をご祭神としていることで知られている「宮崎神宮」の禰宜による「馬場清め」の様子。

 

 なお、昨年も開催いたしました「一般市民向け育成馬見学会」を本年は10月18日(土)に開催する予定です。詳しくは場内の掲示板もしくは宮崎育成牧場ホームページのイベント情報をご覧ください。職員一同、皆様のご来場を心よりお待ちしております。

 9月の中旬からは、8月上旬にすでに入厩している馬を中心に騎乗馴致が開始されます。次号ではその騎乗馴致の様子をお伝えしようと思います。

 

2014年1歳セリ市場の開幕

2014年度ブリーズアップセール売却馬の成績

本年売却したJRA育成馬達は6月上旬から開始されたメイクデビューに続々と出走しています。本年売却したJRA育成馬は、7月28日現在、3頭が勝ち上がり、そのうち1頭(写真1)がメイクデビュー勝ちとなっています。夏競馬真っ盛りのなか、さらに頑張ってほしいと願っています。Photo_3写真1. 3回阪神競馬2日目第5Rメイクデビュー(芝:1400m)に優勝した

         ノーブルルージュ号(栗東:宮本厩舎)

 

1歳セリでの購買

さて、ここからは本年度の1歳セリについて触れてみたいと思います。来年度のブリーズアップセールに上場するJRA育成馬の購買が7月からスタートしています。JRAが1歳セリで購買する馬は、育成研究、技術開発および人材養成を実施するうえで、育成期間に順調に調教できることが必要となります。そのため、購買に際しては、発育の状態が良好であり、大きな損徴や疾病がなく、アスリートとして適切な資質の馬を選別するようにしています。

1歳セリにおけるJRA育成馬の購買検査は、複数名で実施しています。その中には、競走馬の臨床経験が豊富な獣医・装蹄職員が含まれており、お互いに意見交換を行いながら候補馬を選定します。検査では、まず外貌を観察します。その後、馬の動きを観察するために、常歩での歩様を前望や後望から確認します。そして、セリ会場においてすべての馬を検査した後、候補馬のレポジトリーを確認して購買に至ります。

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写真2.獣医・装蹄職員を含めた複数名によるセレクトセール会場での

          馬体検査の様子

 

1歳セリに上場されるすべての1歳馬が、JRA育成馬の候補馬となります。1歳セリの中でも、8月下旬に開催されるHBAサマーセールは、4日間で1100頭以上、1日あたり275頭程度が上場される国内最大規模のセリであるため、セリ当日には検査を実施する時間が十分取れないことが予想されます。そのため、セリに多頭数を上場する「コンサイナー」と呼ばれる専門業者に預けられた馬を中心に、事前に検査を実施して、セリ当日に備えます。この事前検査は、上場馬の半分程度の約600頭に対して実施しています。

 

セレクトセール1歳セリ

本年、他の1歳セリに先駆けて開催されたのは、今や日本一のセリにとどまらず、世界でも有数のセリとして知られている「JRHAセレクトセール」でした。北海道の苫小牧市の「ノーザンホースパーク」において、7月14日(月)に行われたセリには、255頭が上場され、そのうち215頭が売却されました(売却率は84.3%)。

JRAはアドマイヤムーン産駒の1歳牡馬を購買し、この馬が本年度のJRA育成馬の第1号馬となりました。

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写真3.セレクトセールで購買したアドバンスクラーレの13(父:アドマイヤムーン)

 

セレクションセール1歳セリ

セレクトセールの1週間後の7月22日(火)には、北海道静内町で「HBAセレクションセール」が行われました。本年のセレクションセールは、8頭が欠場したため、248頭が上場され、そのうち154頭が売却されました(売却率は62.1%)。JRAは1歳馬9頭(牡:7頭、牝:2頭)を購買しました。

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写真4.セレクションセールで購買したホーマンソレイユの13(父:エンパイアメーカー)

 

1歳セリは今後、7月末には「九州1歳市場」、8月上旬には「八戸1歳市場」が開催されます。そして、8月下旬には「HBAサマーセール」が開催され、9月上旬には、宮崎育成牧場の育成馬が全頭入厩し、騎乗馴致を開始する予定です。次回の宮崎からのブログでは、育成馬の入厩の様子をお知らせしたいと思います。

育成馬を知ろう会 in 宮崎(宮崎)(宮崎育成牧場 ⑦)

 今回から人事異動に伴いまして宮崎育成牧場のブログを担当することとなりました。3月に日高から宮崎に転勤してまいりましたが、その気候の違いに驚いております。そろそろ雪解けを迎えている日高に対して、南国宮崎はすでに桜の開花が始まっており、お花見のピークも過ぎ去ろうとしています。このような気候に恵まれた宮崎育成牧場から育成馬22頭の近況や宮崎で開催されたイベントなどをお伝えしたいと思いますので、前任者同様よろしくお願いいたします。

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写真1.3月下旬に花見のピークを迎えた育成厩舎入口の桜。

育成馬の近況

 さて、宮崎育成牧場のJRA育成馬22頭の近況をお伝えいたします。宮崎育成牧場は、1000m屋内坂路などBTC調教施設を利用できる日高とは異なり、1600mのトラックダート馬場のみを使用しての調教となる点が大きく異なります。しかしながら、1600mもの広大な馬場を冬の凍結等考えずに自由に使用できるというのは、大きなメリットとも考えることができます。また、馬にとっては毎日同じ場所で同じ時間に調教が行われるということは、メンタル面を安定させるためには大きな利点となります。

 ウォーミングアップは1600m馬場の内馬場となる500mトラック馬場で、速歩を1周した後にハッキングを1周します。この内馬場でのウォーミングアップは、とにかくリラックスさせるよう心掛けています。また、1週間の調教の流れをパターン化することによって、馬が“オン”と“オフ”の切り替えを自らできるように取り組んでいます。休み明けの月曜日と強調教実施翌日の木曜日には、4~5頭単位の1列縦隊でハロン20~19秒のイーブンペースでの2400mのステディキャンターを実施し、火曜日と金曜日には4~5頭単位の2列縦隊でハロン18~17秒のイーブンペースでの2400mのステディキャンターを実施しています。これらのステディキャンターでの調教時には、場所に慣れている“オフ”の精神状態を利用し、群れを意識して馬群の中で落ち着くことと、1600m馬場の利点を生かした長距離を一定ペースで走行することによって持久力を向上させることを目的としています。

 一方、水曜日と土曜日に実施している強調教時には、1200mを2本走行させるインターバルトレーニングのスタイルを行うことによって、馬自らが“オン”の日であることを理解するように工夫しています。1本目は4~5頭単位の1列縦隊でハロン20~19秒でのステディキャンターを実施します。2本目は4頭単位の2列縦隊で5ハロンを77~75秒、つまりハロン16~15秒のイーブンペースでの強調教を実施しています。

動画.3月3週目の調教動画

育成馬を知ろう会

 ここからは、3月14日~15日に開催いたしました「育成馬を知ろう会」についてご紹介いたします。この企画は比較的馬主歴の浅いJRAの馬主の皆様に対して、「馬の見方」「セリにおけるレポジトリーの見方」などの講義、あるいは「調教師と交流」を趣旨にJRA馬事部生産育成対策室および当場が主催する形で実施いたしました。

初日はあいにく天候には恵まれませんでしたが、同じ種牡馬の産駒を比較して「馬の見方」に関する理解を深めるとともに、その知識を基にブリーズアップセール上場馬をご覧いただきました。夜には調教師との懇談会が開催されました。2日目は晴天に恵まれ、ブリーズアップセール上場馬の調教を間近でご覧いただきました。

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写真2.初日は同じ種牡馬の産駒を同時に比較して「馬の見方」の理解を深めていただきました。左:No51イットービコーの12(メス、父:エンパイアメーカー)、右:No10プラントオジジアンの12(メス、父:エンパイアメーカー)


 

 今回の「育成馬を知ろう会」を始めとする新規馬主の皆様に対する様々な企画が「セリ市場に参加したい」あるいは「競走馬を所有したい」という意欲を持っていただくきっかけになれば幸いです。ご多忙中にもかかわらず、今回参加していただきました皆様方には、この場をお借りしてお礼申し上げます。

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写真3.2日目はBUセール上場馬の調教を間近でご覧いただきました。

育成馬展示会のお知らせ

 宮崎育成牧場では、ブリーズアップセールに先立ちまして、本年も4月7日(月)に「育成馬展示会」を開催いたします。なお、本年より10時開始となりますこと併せてお知らせいたします。以下に簡単な当日のスケジュールをお示しいたします。

10:10 ~ 比較展示(22頭を4班に分けて展示)

11:10 ~ 騎乗供覧(牡)

12:20 ~ 騎乗供覧(メス)

皆様方のご来場を心よりお待ちしております。

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写真4.昨年の展示会の調教供覧の様子。併走外は力強い走行を披露したファーストオーサー号(2013年2回新潟4日目1800芝未勝利戦優勝馬 父:アルデバラン 母:イナズマローレル)。

乳酸値を指標とした調教負荷(宮崎)

 年が明け、宮崎も冬本番を迎えています。とはいえ日高育成牧場(マイナス20℃!)とは異なり、夜間でも氷点下まで冷え込む日はほとんどなく、日中は気温が15℃以上に上昇する日もあります。夜間に気温が下がって馬場が凍結しても、南国の強い日差しを受けて9時過ぎには自然融解するため、調教にはほとんど支障ありません。放牧地に年中ある青々とした牧草と、冬でも降雪や馬場凍結などの影響をほとんど受けない環境こそ、宮崎で育成業務を行う最大のメリットであり南九州が育成に適した地域であると考える最大の理由です。

 昨年末、調教が進むにつれて徐々にテンションが高くなってきていた育成馬たち。年末年始の1週間を牡馬10頭は日中一杯のパドック放牧に加えランジングを隔日で実施しました。牝馬12頭は年末年始のみ昼放牧から夜間放牧に戻してランジングは行わずに管理しました。短期休養あけの年始の調教を事故なく実施することができ、リフレッシュした育成馬たちは元気に調教を再開しています。

 現在、全22頭の調教の足並みが揃いました。500m内馬場において約1000mのスローキャンターを行った後、1600m馬場で2000mの連続したキャンター(スピードはハロン19-18秒程度)をメインメニューとして基礎体力の向上に努め、週に2回程度1200mのキャンターを2本(スピードはハロン20~18秒程度)行うインターバルトレーニングを実施しています。調教時の隊列については前後間隔を詰めた2頭併走を基本としています。一般に、併走調教はお互いに走りたい気持ちを高めて走るスピード調教で用います。しかし、現在行っている併走調教は競って速く走るというよりも、左右に馬がいることに慣らすことが目的です。競馬は集団の中で走るので、縦列や併走でトレーニングすることは重要であると考えます。

 

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併走調教を行う牝馬。向かって左がプラントオジジアンの12(父:エンパイアメーカー)、右がシルクヴィーナスの12(父:アドマイヤムーン)。2頭とも兄が京成杯の勝ち馬であるという共通点があります(プラントオジジアンの12の兄はサンツェッペリン号、シルクヴィーナスの12の兄はプレイアンドリアル号)。ともに宮崎育成牧場の期待馬です。

 今後の運動メニューを考える際、現在の調教でどれだけの負荷がかけられているのか、馬の運動能力を伸ばすトレーニングができているのか、という不安・疑問は常に付きまといます。負荷が強すぎれば若馬の肉体に無理がかかり、歩様の乱れや骨や腱の疾患につながります。といって軽すぎる負荷では心肺機能の鍛錬になりません。日々の調教を通して、馬が持って生まれた「走る能力」を最大限まで引き出せる体質づくりには、過剰ではないぎりぎりの運動負荷をかけ続ける必要があります。通常、調教後の馬の息遣いや疲労の残り方、騎乗時の手応えなどを参考に判断していますが、これらは感覚的なものなので確たる指標として扱うのは難しい部分があります。日高・宮崎の両育成牧場で毎年実施しているV200値の測定も、有酸素運動能力の科学的指標としてヒトでは確立していますが、馬の場合は速度の規定が難しいことや馬の情動や騎乗者の体重・技術などの影響を受けやすいため必ずしも精度の高い検査とはいえません。

 そこで、昨シーズンから運動時の乳酸値測定を行い、数字として得られた「科学的な指標」と馬の息遣いや疲労具合などの「感覚的な評価」とを一体化する作業を行い、その後の調教内容を決定する際の参考にしています。乳酸値は簡易キッドを用いることで簡単に測定でき、どれだけの運動負荷をかけられたかが調教直後にわかるという利点があります。乳酸値測定を開始してからは、調教⇒採血⇒測定⇒分析⇒翌日の調教という手順で、その日の調教結果を翌日以降に素早くフィードバックできるようになりました。

 乳酸値は運動強度(タイムや距離、運動持続時間など)に依存して上昇しますが、最初から直線的に上昇するのではなく、ある運動強度を超えた時点から上昇していきます。これは「運動時の酸素需要量と供給量のバランスが維持されていれば血中乳酸は蓄積せず、需要供給のバランスが崩れると上昇していく」という性質によるものです。調教で育成馬が無酸素運動をしたのか、有酸素運動のみであったのかを見極める際、運動後の血中乳酸値が4mmol/Lを超えているか否かを判断の目安にしています。というのは、馬は最大酸素摂取能力の80~85%程度の負荷をかけられると有酸素運動の継続ができなくなり無酸素運動を開始しますが、この時点の乳酸濃度が4mmol/L程度だからです。

 以下の写真はある馬が2000mキャンターをハロン19秒程度で走行した直後に採血を行い測定した乳酸値です。普段から同程度のスピード・距離で調教を繰り返し行っているため息の入りも早く、発汗もわずかでした。感覚的には「そろそろペースを上げていこうか」と考えている段階において、乳酸値が2.9mmol/Lという科学的指標を確認できたため、翌日以降の運動強化を決定しました。とはいえ同じ強度の運動を負荷しても運動耐性や筋肉量などの個体差により乳酸値の測定結果はバラバラです。限られた時間内に多頭数の調教を行う必要があるため、群の中でも前方と後方のスピード指示を変えるなどして馬別にトレーニング強度を変更して、より効果的で無理のない調教を負荷していきたいと考えています。

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現在宮崎育成牧場で乳酸値測定に使用している簡易キッド(アークレイ社製 ラクテート・プロ2)。本体価格が約6万円、測定するたびにかかる経費は1頭あたり約220円です。

 さて、「魅せる育成」に取り組んでいる宮崎育成牧場では、これまで地元の皆様に育成馬をご覧いただく「育成馬見学会」や朝の調教を自由に見学できる「公開調教」などを行ってきました。今後も来場者の皆様に「質の高い育成業務」をみていただくため、また現在育成馬が抱えている課題を明確にするために必須の恒例行事である「育成馬検査」を実施しました。この検査はJRA馬事部生産育成対策室から専門的な知識をもった職員が来場し、客観的な視点から育成馬の検査を行うものです。検査者をお客様に見立ててすべての馬を「きれいに魅せる」ことができるか、育成馬と毎日接しているうちに見落としている問題がないか、を確認することが目的です。

 例年ブリーズアップセールが近付くにつれて、ご来場いただけるお客さまも増えていきます。育成馬たちを最大限気持ちよくご覧いただけるよう、気を引き締めて準備を進めていきます。是非当場まで足を運んでいただき、大きく成長した育成馬たちをご覧いただきたいと思っています。

 

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育成馬検査では疾病の有無の確認に加えて1頭ずつ大人しく展示できるかも検査されます。検査馬はシンコウイマージンの12(牡、父:アジュディミツオー)。本馬の姉には札幌記念を制したフミノイマージン号がいます。

 

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調教時の動きとは別に、歩様の確認も行います。闊達に元気良く歩けるかどうかが検査されます。検査馬はルックミーウェルの12(牝、父:オンファイア)。この世代のJRA育成馬で唯一となる九州産馬です。

順調に調教が進んでいます(宮崎)

  南国宮崎も本格的な冬を迎えています。日の入りが早くなり、気温も10℃を超える日が少なくなってきました。朝晩の気温低下により体調を崩さないよう、育成馬の体調管理には細心の注意を払いながら日々の調教を行っています。

 12月に入り、宮崎育成牧場に入厩した全22頭が1600m馬場での集団調教ができるようになりました。現在は500m内馬場において約1,000mのスローキャンターを行った後、1600m馬場で6ハロンもしくは8ハロンのキャンター(スピードはハロン22-20秒程度)をメインメニューとして基礎体力の向上に努めています。調教では前の馬について真っ直ぐ走ること、馬込みの中で騎乗者の指示に従って走ることなどを課題とし、調教後のクーリングダウンでは馬をリラックスさせてゆっくり歩くのではなく、騎乗者の扶助で闊達な常歩を行うヴァイタルウォークを行うことを課題として取り組んでいます。11月頃には体力もなくフラフラと走っていた育成馬たちですが、長期間実施してきた夜間放牧と毎日の調教を積み重ねた効果で見た目にもわかるほど成長し、走りにも力強さを感じられます。

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(写真)競馬場時代の面影を今に伝えるスタンドと、その前を併走でほぼ等間隔の隊列をつくり駆け抜ける牝馬たち。きわめて順調に調教が進められています。

 毎日の調教後に必ず行うのがゲート馴致です。これは馬にゲートが怖くない・安心できる場所であることを理解させるために、騎乗馴致を開始した日から毎日時間をかけて実施しています。JRA育成馬のゲート馴致の達成目標は「前扉を閉めたゲートに騎乗した状態で入り、後ろ扉を閉める。ゲート内でおとなしく10秒程度駐立したら前扉を開けて、騎乗者の扶助により常歩で発進する」というものです。宮崎育成牧場には練習用ゲートが2機あり、運動中・放牧時などいつでも見える場所に設置してあります。身近な場所にあるゲートを毎日通過することで、馬にゲートを「日常の一部」として理解させ、恐怖心をもたせない工夫をしています。

 毎年細心の注意を払い時間をかけて実施しているゲート馴致ですが、これまで何度も失敗しては悩み、試行錯誤しながら新しい方法を実践してという繰り返しを経験してきました。なるべく馬に理解しやすい方法で実施したいと考え、現在新しい試みにチャレンジしています。昨年まではクーリングダウンのコース上に練習用ゲート2機を置いていましたが、今年は片方の練習用ゲートを500m馬場の内側にある放牧地に設置しました。この放牧地にはイタリアンライグラスが播種してあるためゲートは豊富な青草に囲まれており、ゲートを通過した育成馬はすぐに青草のピッキングができます。調教後の緊張感は青草があることで緩み、安心した状態でゲートを通過したらご褒美として青草を頬張ることができます。南国宮崎の特性を活かしたゲート練習の方法として試していますが、今のところかなり良い感触です。これまでの方法でゲート練習をした際に落ち着かなかった馬たちも、放牧地のゲートではリラックスして通過・駐立ができるようになりました。既に半数近い馬が目標を達成して手応えを感じているところですが、ゲート馴致は一瞬の油断で積み重ねてきた全てを失ってしまうことがあるため、今後も慎重に繰り返して全馬がゲートを「あたり前」に通過・駐立できるようにしたいです。

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(写真)馬場内にある放牧地の中に設置した練習用ゲート。周囲に豊富な青草があり、練習用ゲートもリラックスして通過・駐立ができています。

 さて、宮崎育成牧場から馬診療技術に関するトピックスがありますのでご報告します。12月中旬に美浦トレーニングセンター 競走馬診療所の協力を得て、「背負い型内視鏡(モバイル内視鏡)検査」の装着実験を行いました。この検査方法は、美浦トレーニングセンターの20頭ほどの競走馬で既に使用実績があります。通常の安静時内視鏡検査とは異なり咽喉部の状態を騎乗・調教しながら内視鏡でみる検査で、類似した検査にトレッドミルを用いた内視鏡検査があります。トレッドミル内視鏡検査との大きな違いは、人が乗ったまま検査を行うところです。宮崎育成牧場にはトレッドミルがないため、調教時に異常呼吸音が聴取された馬がいても通常の安静時内視鏡検査しか行うことができません。今回この実験を行った目的は、トレッドミル内視鏡検査にかわる検査方法として背負い型内視鏡検査を育成馬に応用できるか否かを見定める、というものでした。

 今回は2頭の在厩馬を用い2回の検査を行いました。検査馬は背中に小型パソコンとバッテリーを背負い(騎乗者の両膝部分)、内視鏡が取り付けられた特殊な頭絡をつけて馬場を走行します。内視鏡を装着したときには鼻への違和感から歩くのを嫌がる素振りもみせましたが、その後すぐに落ち着き、ハロン15秒程度での2度の走行実験を無事終了することができました。

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(写真)寛馬房で内視鏡を装着する検査馬(乗馬:8歳)。初めての経験に少々不安そうです。

 準備運動開始から検査終了までに要した時間は1時間半ほど、装着時に鼻出血を起こす可能性があるなど100%安全な検査だとはいえませんが、調教時に異常呼吸音を確認した育成馬への応用は十分可能であると感じました。

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(写真)背負い型内視鏡装置を装着し、馬装の確認を行っている検査馬(2歳)。昨年までJRA育成馬だったこちらの馬も大人しく検査を受け入れました。