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2024年11月

2024年11月25日 (月)

シマウマの真似して吸血昆虫から馬を守る

企画の杉田です。

 最近、競走馬総合研究所(総研)に来た数頭の馬は、白と黒の縞々の馬服を着せられて放牧されています(写真1)。

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写真1.シマウマ馬服を着た馬

 随分と風変わりな馬服で、違和感を持つ人もいるかもしれませんが、この縞々にアブやらサシバエのような吸血昆虫を寄せ付けない効果があるのをご存知でしょうか(参考1)。この効果は色々な調査・実験によって証明されています。

 例えば、野生のシマウマとインパラの毛皮を用いたサシバエの集り実験(参考2)では、明らかな差をもってシマウマの毛皮の方が単色のインパラの毛皮よりサシバエを寄せ付けなかったことが報告されています。 また、黒色和牛に皮膚色より濃い黒い縦縞、あるいは白い縦縞を書いて放牧した実験(参考3)では、白い縦縞を何本も書かれた和牛の方が何も書かれていない和牛や黒縞が書かれた和牛よりも、取り付くサシバエの数が少なく、また、ハエを追い払おうとする行動の頻度も少ないというデータが報告されています。

 ハエやアブは、匂い、形、動き、明るさ、色、偏光、体温によって宿主動物に引き寄せられますが、白黒の縞模様はさまざまな誘引要素を遮って吸血昆虫を遠ざける効果があるようです。おそらく昆虫の眼が、この色と模様に惑わされて着地点を認識しにくくなるためと考えられています。

 このような吸血昆虫を寄せ付けない効果を狙って、シマウマ模様の馬服が開発されたようですね。防虫剤の効果は長く続きませんし、薬によっては馬に害となるものもあるでしょう。こういった自然の力を利用した方法は、馬の福祉にもつながる良い戦略ではないでしょうか。

 

参考1(外部リンク)

https://company.jra.jp/equinst/magazine/pdf/69-2019-3.pdf

参考2(外部リンク)

https://www.nature.com/articles/s41598-022-22333-7

参考3(外部リンク)

https://journals.plos.org/plosone/article/file?id=10.1371/journal.pone.0223447&type=printable



2024年11月24日 (日)

軟膏で乾燥に打ち勝つ!

臨床医学研究室の三田です。

 

寒さも厳しくなり、空気も乾燥してきました。

 

乾燥肌の私は保湿剤を塗らないと肌が痛くて耐えられなくなりますが、ウマも乾燥による皮膚バリアの低下が起こると擦過傷や細菌感染などの皮膚疾患を起こしやすくなります。 

今回はそんな時に役立つ軟膏についてご紹介します。

 

トレーニング・センターでは「繋皹軟膏(ケイクンなんこう)」と呼ばれる軟膏がよく用いられています。名前の由来はウマの繋の裏に発生する皮膚炎「繋皹(ケイクン、下写真)」に使用されることに由来しており、オロナイン軟膏、抗菌薬、ザーネ軟膏、ラノリンを調合して作られたものです。

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繋ぎの裏に発生した繋皹(参考文献1より引用)

 先輩が調合したこの軟膏について良い配合だなと感じる点は次の通りです。

 ①オロナインの主成分はクロルヘキシジン

競走馬の皮膚疾患には細菌が原因となるものが多いです。繋皹やフレグモーネも細菌感染が原因です(参考文献1,2)。これらの病気を予防するためには傷ついた皮膚周辺の細菌数を減らすことが方法の1つです。クロルヘキシジンは消毒薬の一つで、ウマ皮膚消毒に用いられるヒビテンやマスキンの主成分としても知られています。この薬剤は皮膚炎の原因になる様々な細菌に対して効果を持ち、皮膚への残存性が他の消毒薬に比べて長いことや有機物への接触によって効果が失われない点が特徴としてあげられます。私が研究している手術部位感染の領域でも、術前消毒でのクロルヘキシジンの使用はポピドンヨードより効果が高いという報告が多くあり、昔から現在に至るまで信頼される消毒薬の1つです。

 ②抗菌薬

こちらも消毒薬と同様に細菌数を減少させるための成分です。調合されている抗菌薬は繋皹やフレグモーネの原因菌に効果があるものが用いられておりこれらの疾患の予防に役立つと考えられています。フレグモーネは肉眼では見つけられないほど小さな皮膚の創から細菌が皮下組織に混入することで起こると考えられており、原因特定できないことが多いです(参考文献3)。そのため、皮膚バリアが低下した部位の感染制御を補助する目的で抗菌薬を塗布してあげることは有用な手段かもしれません。さらに、抗菌薬を全身投与するよりも副作用も低減できる可能性があります。

 ③ザーネ軟膏のビタミンAで治癒促進

ビタミンAの一般的な効果は皮膚のターンオーバーや乾燥肌を改善すると言われており、皮膚へのダメージ回復を促す効果があります。

 ④ラノリンによる保湿効果UP!

ラノリンは動物の皮脂腺から分泌される蝋で、肌への浸透性が良いため保湿効果を高く保って皮膚のバリア機能を維持する働きがあります。

 

以上、繋皹軟膏について詳しく書いてきましたが、この軟膏は臨床試験が行われていないためどれ程の効果をもたらしているのかは正直わかりません。ただ、使用している方の評判がいいことを考えると効果があるのではないかと私は感じています。

実はウマに限らずヒトの臨床現場でも経験則から培われたこのような治療法が多く存在します。中には成績が悪く廃れてしまう治療法もあれば、今回紹介した軟膏のように10年以上にわたって使用されるものもあります。これらについて学術的な評価を行っていくことも本研究室の役目の1つなので、これからも色々な研究を推進していこうと思います。

 

 

参考文献

1.繋皹についての過去の調査(外部リンク)

https://www.b-t-c.or.jp/btc_p300/btcn/btcn82/btcn082-04.pdf


2. J Am Vet Med Assoc. 2007 Dec 1;231(11):1696-703. doi:10.2460/javma.231.11.1696.

3. Vet Rec. 2008 Feb 23;162(8):233-6. doi: 10.1136/vr.162.8.233.

 

2024年11月15日 (金)

全国牛削蹄競技大会が開催!

企画の桑野です。

 先月のブログで、馬の靴屋さん;装蹄師(そうていし)がその技量を競う全国装蹄競技大会について紹介しましたhttps://blog.jra.jp/kenkyudayori/2024/10/post-112d.html。今回は、牛の爪切り屋さん;牛削蹄師(うしさくていし)がその技量を競う全国牛削蹄競技大会(図1)が開催されたのでご紹介します。

Photo図1.大会は日本装削蹄協会(公社)(中央は同協会の井上会長)が主催し、農林水産祭の一つとして開催されます。優勝者には農林水産大臣賞が贈られる名誉ある大会です。

 「JRA総研のブログで牛?」と訝られる方もいらっしゃるかもしれませんが、日本の牛削蹄の技術は、馬の装蹄技術を流用しており、JRAとも繋がりが深い日本装削蹄協会(公益社団法人)がその認定資格を授与しています。

 馬は蹄が一つ、牛や羊は二つですhttps://blog.jra.jp/kenkyudayori/2024/05/post-fd0f.html。この一つか二つかの違いは、蹄の切り方に大きな影響を与えます。馬も牛も一般的には鎌形蹄刀(かまがたていとう、図2)と呼ばれる刃が一面の削蹄道具を使って硬い角質を切るのですが、その操作の仕方が1つ蹄か2つ蹄かで変わってきます。

Photo_2図2.牛削蹄で用いられる鎌型蹄刀

 例えば、蹄を切ろうとする時、蹄を削るための道具(削蹄道具)を持っている手とは反対の手で蹄を保定しないといけません。一つしか蹄がない馬より二つある牛の方が、片手での保定操作が難しいです(図3)。内外2つの蹄は別々に可動性があるので、例えば内蹄だけ押さえていたのではもう片方の外蹄を保定できず、それぞれの下面が互い違いにズレることでしょう。そうなると、削る道具が削っていない方の蹄に当たってしまって動作を完成させられないのです。

3図3.左後の蹄を削蹄しています。わかりにくいのですが、削蹄師は左手の親指と人差し指で内蹄を挟み、中指、薬指、小指の3指で外蹄がずれないように下支えしています。やってみると分かるのですが、これが結構難しい技です。

 また、牛蹄の角質の方が馬のそれよりも硬いです。保定と削る動作には、技術と握力が必要です。ただし、馬と違って牛では蹄鉄をつけることがありません。牛削蹄師には造鉄技術は求められておらず、装蹄師のように冶金の知識と技術を使わずに仕事が可能です。

 実は、牛削蹄の歴史はまだ100年ほどしかないため、「どうしたら、より牛に快適な削蹄になるのか」の問いに完全な答えが出ていません。その意味で、発展途上にある牛削蹄技術には、創意工夫で改良と発展の余地があり、面白い仕事とも言えるでしょう。

2024年11月 5日 (火)

第12回国際馬伝染病会議@仏ドーヴィル

分子生物研究室の辻村です。

 2024年9月30日から10月4日にかけて、フランスのドーヴイルで開催された第12回国際馬伝染病会議(IEIDC)に本研究所から筆者を含めた9名が参加しました。IEIDCは4年に1回開催される馬の感染症に関する国際的な学会で、馬のウイルス、細菌、寄生虫病などの専門家が世界各地から集まるものです。

1_2写真1:会場のエントランス

 

過去2回の研究所だより(2021年:https://blog.jra.jp/kenkyudayori/2021/10/post-9938.html,2023年:https://blog.jra.jp/kenkyudayori/2023/10/1-e3da.html)でご紹介した通り、ドーヴイルでのIEIDC開催は、2020年に行われる予定でした。しかしながら、コロナ禍で2021年に延期、さらに現地開催はかなわずリモートに変更された経緯があります。したがって、対面による開催は2016年のアルゼンチンでの会議以来となり、参加登録者が約300名に上る盛況な学会となりました。

 今回の学会では、本研究所からの参加者全員がこれまでの研究成果を発表しました。そのなかで、『Use of a microfluidic immunofluorescence assay kit to detect equine influenza antigen(マイクロ流体免疫蛍光法を用いた馬インフルエンザ抗原の検出)』と題したポスター発表に対して、主催者からBest Poster Awardが授与されました。このような形で私たちの研究成果が評価されたことを大変喜ばしく思います。なお、本演題を含めた学会の講演抄録がEquine Veterinary Journalのホームページ

[外部リンク:https://beva.onlinelibrary.wiley.com/toc/20423306/2024/56/S60

に掲載されています。ご興味をお持ちいただいた方は、お読みくださればと思います。

2best_poster_award_2写真2:Best Poster Award

 現在、日本国内の馬感染症の研究者の数は多くなく、国内では議論の場も少ない傾向にあります。したがって、世界各地の研究者と一堂に会するIEIDCは、私たちにとって非常に貴重な研究交流の場です。今回も顔なじみの、あるいは新たに知り合った研究者と様々な情報交換を行うことができました。このことは、私たちが取り組む馬感染症の防疫に関する研究の発展に必ず役立つと考えています。

 また、この記事でIEIDCに興味をお持ちになった研究者や学生の方がおられましたら、次回の第13回会議(IEIDC XIII)への参加をぜひご検討ください。現在のところIEIDC XIIIの開催地は未定ですが、決定しましたらこちらのホームページでもご紹介したいと思います。

  最後になりますが、ドーヴイルの紹介を少しだけ。

 ドーヴィルはフランス北部の海辺のリゾート地です。学会会場のすぐそばには美しいビーチが広がっていました。

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写真3:学会会場近くの広大なビーチ

 また、競馬ファンであれば、1998年にシーキングザパールが日本調教馬として初めて欧州G1競走を優勝した場であるドーヴィル競馬場をご存じかもしれません。学会会期中は、競馬を開催していませんでしたが、遠くからスタンドを眺めることができました。今回は仕事での訪問でしたが、次回はぜひ観光で訪れて競馬も観戦したいと思います。

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写真4:ドーヴィル競馬場のスタンド