2025年1月29日 (水)

馬とお酒と微生物

微生物研究室の丹羽です。

寒さが厳しい2月は熱燗やお湯割りが美味しくいただける季節かと思います。日本酒や焼酎、ウイスキー、テキーラのみならずカクテルにも馬に関係する名前がつけられているお酒があります。また、モンゴルでは馬乳酒という馬のお乳を原料としたお酒が大人から子供(!)まで広く飲まれています。

お酒の中でも醸造酒と呼ばれるお酒は、原料の中に含まれる糖分を微生物による「発酵」の力を借りてアルコールに変えることで生み出されます。ワインであればブドウ、ビールであれば大麦、日本酒であれば米を原料としています。ワインやビールにおいて発酵の主役になるのは酵母と呼ばれる微生物です(写真1)。日本酒では米に含まれるデンプンをコウジカビという微生物が糖分に分解し、さらにその糖分を酵母がアルコールに変える2段階の発酵を行っています。酵母は、自然界に広く存在し、大学などの研究機関によって花の蜜や自然環境から発見された酵母もビールや日本酒の製造に使用されています。競走馬総合研究所では春になると満開の桜が見られます(写真2)。もしかしたら、そのような桜の花びらの中にもお酒の製造に適した酵母が生息しているかもしれません。いえ、妄想ではなく、そういうこともあるというお話です。

微生物は、ただ病気を起こすだけでなく、私たちの生活に潤いを与えてくれるものもいます。微生物の面白さがここにあります。

Yeast_3写真1. 馬から検出された酵母。お酒が作れるかどうかは、、、わかりません。

Sakura写真2. 満開の桜。この中にもお酒が作れる酵母が隠れているかも。

2025年1月21日 (火)

ウイルスのダブル流行が起こらない? インターフェロンの存在

企画の杉田(薬剤師)です。

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 馬の話題からそれますが、2025年が明けて世間ではインフルエンザの患者数が増加。ちょっと騒ぎになっていますね。この現象については、新型コロナが蔓延した数年の間、インフルエンザは流行しなかったため、インフルエンザウイルスに対する抗体(抵抗力)を持っている者が減少して、今になってインフルエンザに抵抗できない多くの方々が発症しているという説が一般的です。

 と、ここで「はて、一つのウイルスが流行している時期、別のウイルスの流行が見られないのはなぜだろう?」という疑問が生じます。各人にウイルス感染が起これば、当然、体の抵抗力は弱るので、その人は他のウイルスにもかかりそうなものです。このような複数のウイルス感染が比較的、同時に流行しない現象は「ウイルス干渉」と呼ばれます。

 20世紀中頃、2つの呼吸器感染症RSウイルスとインフルエンザウイルスの流行期がずれて、2つが同時に流行らないことが疑問視されました。そこで、複数のウイルス感染症が同時に流行しない仕組みが生体にあるはずだと考えられ、培養細胞を使った研究が始まり、複数のウイルス感染を防御する干渉因子;Interference factorの存在が確認されました(参考文献)。そしてInterferon(インターフェロン)と呼ばれ、現代ではI型インターフェロン、II型インターフェロンなど複数のインターフェロンが、人のみならずその他の哺乳類、それどころか魚や爬虫類にも見つかっており、それぞれの体を守っていることが分かっています。

 以前、“馬の輸送熱”を防止するのにインターフェロンが有効であるとの研究結果から、輸送直前に市販のインターフェロン製剤を馬の舌下に投与する方法が提案されました。また、小動物臨床では感染やアレルギー疾患にインターフェロン製剤が用いられています。のみならず癌にも有効なことがあり、癌治療にもインターフェロン製剤は使われます。ただ、お医者さんや獣医さんに行っても、あまりインターフェロンの話は聞きませんねえ。いかほどのパワーがあるのかわからない部分もあるのですが、薬として使う場合は、体で作られる量よりはるかに多い量を投与しないと効果が得られません。そのためなのか、発熱や頭痛など予測できない副作用が起こることがあって使いにくいとも言われます。より研究が進んで効果のある使いやすいインターフェロン製剤ができると嬉しいですね。

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(参考文献)Virus Interference: I. The Interferon, A. lsaacs and J. Lindenmann, 2008, Cancer Journal for Clinicians, 38 (5), p280-290

2025年1月17日 (金)

AAEPコンベンション2024

臨床医学研究室の黒田です。                      

 昨年12月7~11日に米国のオーランドで開催されたアメリカ馬臨床獣医師協会(AAEP)コンベンションに参加しましたので紹介します。AAEPは、ウマの健康と福祉の向上のため1954年に設立された協会で現在9000人以上の馬臨床獣医師が所属している。AAEPコンベンションはアメリカのみならず世界各国から馬臨床獣医師の集まる世界最大の馬獣医師学会です。2024年のAAEPコンベンションは、「馬臨床のマジック」とのタイトルでオーランドのオレンジコンベンションセンターで開催されました。

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オレンジコンベンションセンター

 本年は、私を含めJRAから4名、その他生産地からも数名参加しており、交流することが出来ました。JRAの獣医師2名は本学会前にフロリダ大学で眼科研修を行っており、著名なDennis Brooks先生にもお世話になったとのことでした。先生からも、2人ともナイスガイで今後に期待しているよとのお言葉をいただきました。今後の活躍を期待したいですね。

 

3AAEPトレードショー

4角膜OCT

AAEPといえば、おそらく馬医療分野では世界最大の業者展示であるトレードショーが有名です。日本を含め、世界中の馬医療機器、薬品、飼料、馬具などが集まっており、見応え十分です。下の写真は馬用OCT(光干渉断層撮影)で、角膜の形状や混濁を診断することができる機器です。

 

 

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Dennis Brooks先生

AAEPは教育講演を中心とする学会で、一般公演の数は限られ採択率は半分くらいでして、私としても3回投稿して2回目の発表になります。私は、Surgery and medicineのセッションで、一昨年より行っている心房細動に対する硫酸キニジン投与法に関する20分間の発表を行いました。世界中の馬獣医師に対してJRAの研究をアピールする良い機会になったと思います。

 

2025年1月10日 (金)

明けてみたら馬と蛇 in 2025

企画の桑野です。

あらためまして、明けましておめでとうございます。

2025年最初の研究所だよりの更新です。

 今年は巳年ですが、ウマとヘビに何か関係性がないかネットで調べてみても、あまりパッとした逸話はありません。ただ、抗ヘビ毒血清(抗毒素)を作るのにウマが最もよく用いられていることがわかるかもしれません。

 毒ヘビは世界中にいろいろな種類のものが分布していますが、これらのヘビがつくる毒もそれぞれ種類に応じて様々です。よって、全てのヘビ毒に効果のある一つの抗毒素は作れません。毒ヘビの抗毒素づくりは一つ一つ個別に実施しなくてはいけない上に、時間とお金がかかり、また需要も多くないため儲からないと言われています。それでも、噛まれたら人命に関わることもしばしば。抗毒素は常に準備されている必要があります。

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 そもそも量が少ないヘビ毒に対して大量の抗毒素の作製は難しいです。そのため、大型の動物であるウマに数回に分けて投与し、免疫をつけさせたなら、そのウマの血液を採取して比較的大量に抗毒素を作る古典的な方法が現在でも使われています。この方法では、一回作って保管管理してしまえば、しばらくは対応できます。日本では、公的な研究助成を受けながらヤマカガシ、マムシ、場合によってハブのウマ抗毒素が作られてきたようです。それでも、ウマの個体差、投与間隔の調整など熟練の技術が必要であり、簡単には作れないという難点があるそうです。

 そこで、近年では、生きたヘビから毒を採取することなく、その毒をコードしている遺伝子断片を増幅し、動物体にその遺伝子断片を接種してタンパクを複製させて免疫。最終的に、その動物の血清を抗毒素にできないかといった研究が進められています(参考1)。この動物体をウマに置き換えることができれば、そのウマの健康を維持しながら血液をいただくことで、多くの人命が救われるかもしれません。

 競走馬総合研究所(総研)ではヘビ毒の研究はしていませんので、我々には抗毒素を作るノウハウはありません。しかし、前述のような新しい方法でウマでも免疫できる時代が来るのなら、ウマの健康管理は違う観点から重要になるでしょう。ウマを研究することが巡り巡って私たちの命にも繋がる可能性があるのですから、ウマ研究は人類にとって大切と言えるのではないでしょうか。ちょっと大袈裟かな…?

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(参考文献)Synthetic biology tackles antivenom: artificial antibodies could ease global snakebite burden, 2016, Amold, C., Nature, 532 (292)

 

2024年12月23日 (月)

羊さんのお引越し

企画の山崎道代です。

 一年は早いものでもうクリスマスです。そこで、クリスマスシーズンでは定番の動物キャラのひとつ、羊ちゃんの話を書いてみましょう。

 ここ競走馬総合研究所(総研)では、つい先日、羊舎の外壁塗装工事が終わり、別の飼育場に移動していた3匹の羊ちゃん達のお引越しがありました。

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工事前7月の夏日に、住み慣れた羊舎からお引越しをすることになった総研の羊たち

 馬や牛ですと、先頭の1頭を誘導すれば他の子たちも割とその後をついていきます。最初のお引越し時、てっきり羊も同じだと思って、先頭の1頭にだけ注意し、それも1頭につき乗馬指導員(職員)さん1名付きとタカを括っていました。ところが、どうでしょう。柵を開けた途端、蜘蛛の子を散らすように3匹の羊はめいめいに、それも一人ではとても抑えきれない勢いで己が道を逃げ始めました。職員さんが飛びかかるように抱きついてどうにか逃走を阻止してくれたのですが、危ういところでした。羊は群れて牧野にいるので、てっきり社会性があるのだと思っていましたが、意外と個人主義かも知れません。

 工事前と同じ轍を踏むまいと、今冬のお戻り旅では、1頭移動してから次の子を移動というように工夫してみました。しかも1頭につき3名の職員さんが付き添う形で。その結果、帰路を非常にスムーズに誘導することができました。

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1匹につき3人が周りを囲みながら、1匹ずつ移動。

住み慣れた羊舎に戻れることもあり、帰路は大人しく誘導されました。

 牧羊犬が1匹だけで沢山の羊を囲いに誘導する動画を見慣れていたので、簡単だと思っていましたが、とてもとても。牧羊犬が優秀なのだとあらためて思い知らされた結果でした。

 そもそも国内の羊の飼育頭数は、戦後の1957年には94万頭もいたのだそうです。今では2万5千頭ほどに減ってしまいましたから、生きた羊を見る機会は本当に少なくなってしまいました。馬の飼育に長けた私たちでも、羊のことをよく知らないのは頷けます。

 こうして無事、羊の引っ越しも終わり、良い年を迎えることができそうです。このブログを読んでくれた皆様にあらためて感謝の気持ちを込めて、メリークリスマス!そして良いお年を!

 

*なお、羊の小話は以前にもこのブログで取り上げていますのでチラッと見てみてください(参考1&2)。

 参考1:今年も来ましたヒツジの毛刈りシーズン

https://blog.jra.jp/kenkyudayori/2023/05/post-5fa0.html

参考2:二つ足のヒツジと一つ足のウマ

https://blog.jra.jp/kenkyudayori/2024/05/post-fd0f.html

2024年12月21日 (土)

獣医臨床研修が開催されました

分子生物研究室の川西です。

 12月4日(水)から13日(金)の日程で、競走馬総合研究所(総研)では、入会4年目にあたる獣医職員を対象とした“獣医臨床研修”が開催されました。入会時の新人研修にとどまらず、JRAでは入会後の研修制度も充実しています。

 さて、この研修は、「JRA獣医師として習得しておくべき知識・技術を習得すること」を目的に、総研の研究者が講義と実習を担当します。ここ総研の研究者は、ほとんどの方が美浦あるいは栗東トレーニングセンターで臨床実務に携わったことがある方達で、研究内容を学問として教えるだけでなく、臨床にどう応用させるのかといった指導ができる特徴があります。

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写真1:心臓エコー検査の実技練習

  研修の内容は、病気を統計学的に解析する(臨床統計学)、様々な機器で撮像された画像から病気を診断する(画像診断学)、競走馬の歩様を解析して調教や診療に役立てる(運動生理学)、競走馬に必要な栄養を考える(スポーツ栄養学)、原因不明疾患を解析する(病理学、細菌学、ウイルス学)など多岐にわたります。私自身も入会4年目の獣医の一人であり、本研修では受講者でした。

 本研修を通して、日々の診療を通じて疑問に思ったことや問題点など個人の課題に対して専門家からアドバイスをいただけ、有意義な機会となりました。また研究者である私は、将来先輩方のように後輩を教育できるよう研鑽を積まなくてはいけないと強く思った次第です。

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写真2:何の抗菌薬(抗生物質)が目的の細菌に効果を発揮するのか調べる薬剤感受性試験の様子






2024年12月17日 (火)

合格しました!!

微生物研究室の越智です。

 各地で入学試験が始まる時期になりましたが,私も受験しました。その名も「技能試験」です。
 私の研究テーマである馬ピロプラズマという原虫の感染症(馬ピロプラズマ症)の検査法の一つに血液塗抹標本の顕微鏡検査があります。
 スライドガラスに薄く伸ばした血液を染色し,それを顕微鏡下で観察し,赤血球中にいる原虫を探すという単純な試験です。顕微鏡があればできる試験なので,世界各地で使用されていますが,その単純さ故に検査結果が検査者の検査能力によって左右されるという欠点があります。

 そこで,私が馬ピロプラズマ症の顕微鏡検査を行うに足る検査能力を持っているかを証明するため,WOAHリファレンスラボラトリーの技能試験を受験しました。
ちなみに,私は日本獣医病理学専門家協会の認定医です。

 もし不合格だったら・・・という一抹の不安もありましたが,無事に合格しました。

3リファレンスラボラトリーから送付されたスライドガラス

4技能試験の認定書(手前)

馬感染症研究会が開催されました

微生物研究室の越智です。


 やっと猛暑も終わったかと思えば,秋を感じることもなく冬になってしまいました。少しでも秋を感じたく,今回は総研の秋の代名詞である感染症研究会の開催について報告します。

 競走馬総合研究所では,毎年10月頃に「馬感染症研究会」が開催されます。この研究会では,馬の感染症の現状,防疫(予防対策のこと)や診断などに関する意見交換を行うとともに,馬の感染症に関する講義や実習が行われます。
 今年の研究会は,全国16都道府県の家畜保健衛生所(家保)や農林水産省動物検疫所から検査を担当する獣医師20名が参加し,3日間にわたって開催されました。
 会期中には馬の保定法や個体識別法,検査材料の採取法や各種感染症の講義に加えて,農研機構動物衛生研究部門 楠本正博 部門長による特別講演も行われ,非常に密度の高い研修会となりました。

 興味を持たれた家保の先生方,来年お会いすることを楽しみにしています!

1開会に際して挨拶をする菊田 JRA馬事担当理事

2_2検体採取法の実習風景

2024年12月 9日 (月)

スポーツ科学セミナー

こんにちは、運動科学研究室の向井です。

今回はJRA競走馬総合研究所が主催している、スポーツ科学セミナーについて紹介したいと思います。

このセミナーは、「競走馬スポーツ科学の研究成果を、調教現場に活用してもらう活動の一環として、研究者が厩舎関係者の皆様と意見交換を行うこと」を目的として実施しています。今年は、以下の4つの内容で10月に栗東トレーニング・センターで開催しました。

 

〇アイルランド・イギリスにおける育成馬調教

〇傾斜のついた走路の走行フォームと筋活動

〇競走馬のスポーツ栄養

〇暑熱順化トレーニングの意義とその効果

 

これらのテーマはトレセンにて大変関心の高い内容だったためか、81名もの参加者が集まり、講演が終わった後も各演者に対してそれぞれ質疑応答が30分近く続く、熱のこもったものになりました。厩舎関係者の方々が競走馬のトレーニングをしていく上で、このスポーツ科学セミナーで得られた情報が何らかのヒントになればうれしいことこの上ありません。

これからも競走馬のトレーニングの助けになるような研究や講演を行っていきたいと考えています。

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2024年11月25日 (月)

シマウマの真似して吸血昆虫から馬を守る

企画の杉田です。

 最近、競走馬総合研究所(総研)に来た数頭の馬は、白と黒の縞々の馬服を着せられて放牧されています(写真1)。

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写真1.シマウマ馬服を着た馬

 随分と風変わりな馬服で、違和感を持つ人もいるかもしれませんが、この縞々にアブやらサシバエのような吸血昆虫を寄せ付けない効果があるのをご存知でしょうか(参考1)。この効果は色々な調査・実験によって証明されています。

 例えば、野生のシマウマとインパラの毛皮を用いたサシバエの集り実験(参考2)では、明らかな差をもってシマウマの毛皮の方が単色のインパラの毛皮よりサシバエを寄せ付けなかったことが報告されています。 また、黒色和牛に皮膚色より濃い黒い縦縞、あるいは白い縦縞を書いて放牧した実験(参考3)では、白い縦縞を何本も書かれた和牛の方が何も書かれていない和牛や黒縞が書かれた和牛よりも、取り付くサシバエの数が少なく、また、ハエを追い払おうとする行動の頻度も少ないというデータが報告されています。

 ハエやアブは、匂い、形、動き、明るさ、色、偏光、体温によって宿主動物に引き寄せられますが、白黒の縞模様はさまざまな誘引要素を遮って吸血昆虫を遠ざける効果があるようです。おそらく昆虫の眼が、この色と模様に惑わされて着地点を認識しにくくなるためと考えられています。

 このような吸血昆虫を寄せ付けない効果を狙って、シマウマ模様の馬服が開発されたようですね。防虫剤の効果は長く続きませんし、薬によっては馬に害となるものもあるでしょう。こういった自然の力を利用した方法は、馬の福祉にもつながる良い戦略ではないでしょうか。

 

参考1(外部リンク)

https://company.jra.jp/equinst/magazine/pdf/69-2019-3.pdf

参考2(外部リンク)

https://www.nature.com/articles/s41598-022-22333-7

参考3(外部リンク)

https://journals.plos.org/plosone/article/file?id=10.1371/journal.pone.0223447&type=printable