2023年4月22日 (土)

世界獣医麻酔学会@シドニー

 臨床医学研究室の太田です。

 3月末にシドニーで開催された世界獣医麻酔学会に参加してきました。本学会は3年に1回開催され、世界各国の獣医麻酔科専門医が集まり、あらゆる動物種の麻酔に関する最新の情報交換が行われます。当初は2021年秋に開催予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で2022年秋、さらに2023年春と2度延期され、4年半ぶりにようやく開催されました。

 今回の発表した3演題は、総研からではなく、全てトレーニング・センターの競走馬診療所からのものでした。JRAでは、総研だけでなく臨床現場でも、多忙な診療業務と並行して積極的に研究活動が行われています。これらの研究活動を専門家の立場からサポートするのも、総研の研究職の重要な役割となっています。

 シドニー市内は規制が緩和されてノーマスク、ほぼ以前と同じ規模・形式で開催され、数年前までは当たり前だったこの風景が、なんだか懐かしく感じられました。早く日本も元の状態に戻ることを願っています。


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2023年4月15日 (土)

馬における暑熱対策

運動科学研究室の胡田です。

最近は暖かい日が続いており、春の訪れをあっという間に通り越して、早くも夏が近づいているのを意識してしまう今日この頃です。

高温多湿な日本の夏は、激しい運動を行う競走馬にとっては大敵であり、暑熱環境への対策が不可欠となっています。

JRAでは、競馬場にシャワーやミストを設置するなど、暑熱対策に積極的に取り組んでおり、来年からは夏季の一定期間、熱中症リスクが高い時間帯での競馬を休止する対策も導入される予定です。

Photo_4競走後すぐに馬体を冷やせるようシャワーを設置

また、暑い環境での熱中症や運動パフォーマンス低下の予防策として、ヒトのアスリートでは体を暑い環境に慣れさせる「暑熱順化」が広く行われています。

暑熱順化は馬にも効果があるとされており、実際に東京五輪2020の馬術競技では、来日前に暑熱環境を人工的に作り、その中でトレーニングを行ってきたチームもありました。

競走馬総合研究所では、この暑熱順化についての研究にも取り組んでおり、ヒーターを使用して疑似的に夏の環境を作って実験を行っています。

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実験室は暑いため冬でも半そで(12月撮影)

ちなみに、人では長めの入浴やサウナなどでも暑熱順化の効果を得られることが報告されています。

夏バテしやすい方は今年の夏に向けて「暑熱順化」、取り組んでみてはいかがでしょうか。

2023年3月31日 (金)

第34回日本臨床微生物学会

微生物研究室の丹羽です。

世界的に見ても馬の研究者は少なく情報が限られていることから、馬医療に携わる競走馬総合研究所の職員は様々な学会に参加し、馬の医療に役立つ情報を収集しています。

今回は、横浜市にあるパシフィコ横浜で開催された日本臨床微生物学会の学術集会に参加しました。この学会は、病院で微生物検査を担当する臨床検査技師が中心となった学会であり、日常的に馬の細菌検査を実施している我々にとっては人医療における微生物検査のトレンドや最新の検査手法を学ぶことができる貴重な場です。

数多くの演題発表や教育講演、セミナーなどの開催に加え、実際に病気の原因となる菌を顕微鏡で観察できるブース(写真1)や企業展示、一般の書店では入手の難しい専門書の販売コーナー(写真2)も設営されていました。学会への参加は、学びの場であるとともに、日頃の研究で凝り固まってしまった脳をリフレッシュする機会でもあります。学会で得られた情報をヒントに馬に役立つ研究ができるよう気持ちを新たにいたしました。

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写真1 病気の原因となるカビを実際に顕微鏡で観察できる特設ブース

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写真2 微生物検査や感染症対策に関連する様々な書籍

2023年3月24日 (金)

繋駕競走

こんにちは。カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

「競馬」と言えば、日本ではサラブレッドの競馬がとてもメジャーですが、海外では色んな種類の「競馬」があります。今回はカルガリーでも盛んなスタンダードブレッド種による繋駕競走を紹介します。

サラブレッドの競馬はキャンターやギャロップが主な歩法ですが、繋駕競走はトロット(速歩)です。日本の競馬場や調教施設で見かける速歩は、いわゆる「チャカチャカしている」ちょっと落ち着かない時や、返し馬やゲート前に集合するときなど騎手が馬とゆっくりコミュニケーションをとるような時にみられる「遅めの歩法」です。通常は速くても5-6m/s(時速20km)程度なので人が全力で頑張れば追いつけるくらいの速度でしょうか。これに対して繋駕競走はレース自体も速歩で行い、馬は自分の後にワゴンのようなものに乗った騎乗者を引き(写真)、左側の前肢と後肢が同時に着地後に四肢が離れ、右側の前肢と後肢が同時に着地する側対歩で走ります。走速度も非常に速く、カナダで行われる1マイルのレースでは平均走速度が14m/s(時速50km程度、100mを7秒程度)を超えることもあります。この速度で行われている速歩を見ると、ビデオの早送りを見ているようです。

さて、私たち獣医師はウマの跛行診断をする時には速歩をさせます。理由は左側と右側の動きの対称性を見るためです。サラブレッドの場合は対角線にある肢(左前と右後、右前と左後)が同時に着くので、斜対歩と呼ばれたりします。側定歩と斜対歩、どちらが跛行診断しやすいでしょうか。

馴染みがある分、斜対歩かなと個人的には感じていますが、おそらく側対歩では上下方向の変動があまりないのでしにくいと思っています。側対歩と斜対歩が自在にできる馬が用意できるなら取り組んでみたいですね。

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2023年3月15日 (水)

心房細動治療薬のキニジンについて

臨床医学研究室の黒田です。

本日は本年取り組んでいる研究の硫酸キニジンの薬物動態について御紹介します。

硫酸キニジンとは、最近ではエフフォーリア号が発症したことで有名な心房細動の治療薬です。

左右の心房と心室からなる心臓は、通常心房が先に収縮して心室に血液を送り、次に心室が収縮して全身に血液を送ります。

心房細動では、心房の収縮が細かく震えるように無秩序に発生し、その結果心室の収縮も不規則になってしまいます。

馬においては、通常の生活や軽度の運動は可能ですが、競馬のような強い運動時では血液循環不全から急な失速や息切れといった運動不耐性を示します。

JRAの症例では約93%の症例が発症後24時間以内に自然に治癒しますが、48時間以上改善しない場合は治療が必要と考えられています。

治療は、古くから用いられている薬物療法と、近年報告が増えてきている心臓カテーテルを用いた電気刺激によるものがあります。

薬物治療において、最も一般的なものがクラスIaの抗不整脈薬であるキニジンになります。キニジンはナトリウムチャンネルをブロックし、活動電位の伝達速度を遅らせる働きにより、バラバラな心房の収縮を抑制して治療する薬物です。

JRAにおけるキニジンによる心房細動治癒率は91%と高く、効果が期待できる薬物ですが、心臓に働きかける薬物には生死にかかわる副作用があり、この薬物も取り扱いが難しいことが知られています。

すでに馬における薬物動態の報告は多いのですが、標準的な投与法が定まっていない現状があります。その原因として、投与量と治癒効果や副作用との関係に大きなバラツキがあり、低用量でも副作用が出たり、高用量でも治癒しない症例が存在しています。

おそらく、この薬物の効果を発揮する治癒濃度の範囲と、副作用が出る危険な濃度の範囲が非常に近いため、今までの薬物濃度の平均値を基に作成された投与法では、一部の馬では危険な濃度に達している可能性があります。

これに対し、私は薬物濃度のバラツキを解析する母集団薬物動態解析法を用いて、多数の馬に安全な投与法の検討を進めております。

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こちらは健康な馬6頭のキニジン濃度推移になります。

これに加えて、実際に治療した症例の濃度の解析も進めており、より安全で効果的な治療法の確立を目指していきたいと考えています。

2023年2月28日 (火)

アジア競馬会議@メルボルン

分子生物研究室の坂内です。

2月15日~17日にオーストラリアのメルボルンで開催された、アジア競馬会議に参加してきました。2年に一度行われるこの会議では、アジア各国の競馬主催者や関連団体が集まって、競馬産業の抱える課題や将来の展望などが話し合われます。本当は2022年に予定されていたのですが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期され、3年ぶりの開催となりました。

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会議では、Landscape(状況)、Wager(賭事)、Fan(ファン)、Owner(馬主)、Horse(競走馬)、Sustainable(持続性)、Mind(心理)、Shift(変革)、Defense(防御)、Developments(発展)、Future(未来)という11項目のセッションが3日間に渡って行われました。セレモニーやパーティーも連日行われて、多くの方と交流することができました。最終日には快晴のフレミントン競馬場で競馬を観戦することができました。

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総研の研究職である私にとって特に印象的だったのは、香港ジョッキークラブの方の講演で、競馬主催者が研究に対する投資をもっと行うべきだというものです。例えば馬の福祉のためにより効果的な暑熱対策をしましょうという場合、実験や統計に基づく科学的な裏付けがあることで物事が進めやすくなります。国際交流競走の開催について国の機関と調整する際にも、感染症の研究者が専門家として意見を出すことでスムーズにいくこともあります。競馬主催者が様々な経営問題に取り組む上で、今後ますます大学や研究機関と連携していく必要があるというのが講演の主旨でした。その意味では、JRAは主催者でありながら内部に研究所を持っていて、自前で専門家を養成していますから、世界をリードしていると言えるでしょう。

クロージングセレモニーでは、次回の会議が2024年、JRA主催のもと札幌市で行われることが発表されました。700名ほどの参加者があり大盛況のメルボルン大会でしたが、来年の札幌大会も必ずや盛り上がることでしょう。

最後に、筆者は研究留学でメルボルンに1年間住んでいたことがあり、今回は6年ぶりの訪問となりました。タイトなスケジュールでしたが、懐かしい街並みとおいしいコーヒーに癒されて、有難い出張となりました。

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2023年2月15日 (水)

スポーツ科学セミナー

 こんにちは、運動科学研究室の吉田です。

 今回はJRA競走馬総合研究所が主催して、毎年栗東もしくは美浦トレーニング・センターで開催している「競走馬スポーツ科学セミナー」について紹介します。

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 このセミナーは、「総研が推進する競走馬スポーツ科学の研究成果を、調教の現場に活用してもらう活動の一環として、研究者が厩舎関係者の皆様に直接お話し、またお互いに意見交換を行うこと」を目的として行われるもので、昨年は以下の内容で11月に栗東で開催しました。


〇育成馬に対する調教後乳酸値の目標設定の検討
〇サラブレッドにおける高強度インターバルトレーニング
〇サラブレッドのスポーツ栄養 

 これらの内容と同一ではありませんが (公社)日本軽種馬協会さんが提供している馬学講座ホースアカデミー(外部サイト)で関連する内容がご覧いただけますので紹介します。

競走馬における乳酸を活かしたトレーニング
運動前の飼料給与
運動時における飼料給与のタイミング
                   (いずれも外部サイト)

 また本年中に当研究室より発信する「スポーツ科学基礎講座」について、ホースアカデミーで公開される予定となっています。公開後はこのブログで紹介させていただきます。

追記;こちらに公開されましたので、興味のある方はご覧ください(2023年8月)

⭕️スポーツ科学基礎講座(外部リンク)

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2023年2月 2日 (木)

競馬場の土壌調査

こんにちは。
微生物研究室の岸です。
今回は我々が行っている調査をご紹介いたします。

当研究室では、馬から採取される微生物以外に、
競馬場やトレーニングセンターの馬場に存在する細菌の調査も行っています。
レース中の競走馬のスピードは、時速60~70キロと言われています。
このように高速で走行していると、蹴り上げられた芝生や砂が
馬の皮膚や眼に接触することで傷ができてしまうことも少なくありません。

芝生や砂が原因となり細菌感染してしまう可能性もあるので、
芝コースの芝生やダートコースの砂の中に、
どのような細菌が生息しているのか調査を行っています。

今回は内田と岸で中山競馬場へサンプリングに行ってきました。

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芝・ダートコースからサンプリングを行います。
使用しているのは検土杖という器具です。

採取された土壌サンプルをもとに、

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細菌培養を行い、

Photo_3上段:ネガティブコントロール
中段:芝サンプル
下段:ダートサンプル

どのくらい細菌が生息しているのか、
生息していた場合に馬へ影響のある細菌がいるのか
といったことを調査していきます。

このような調査結果は、今後論文や学会などで発表していく予定です。

2023年1月10日 (火)

ドリーム・ホース

臨床医学研究室の太田です。

今回は馬が登場する映画の紹介です。

「ドリーム・ホース」

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2009年に英国ウェールズの障害競走最高峰のレースで優勝した競走馬の実話を映画化したもの。

週10ポンドずつ出し合って約20人の組合馬主となった村人の夢と希望を乗せ、「ドリームアライアンス(夢の同盟)」と名付けられた馬は、奇跡的にレースに勝ち進み、彼らの人生をも変えていく、というストーリー。

ちなみに映画の中では、当研究所でも実施している最先端の治療技術も登場します。

レース映像も迫力満点なので、ぜひ映画館でご鑑賞ください。

2023年1月 6日 (金)

競走馬の骨折は致命的?

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。臨床医学研究室の福田です。

今年も総研ブログをよろしくお願いします。

さて年末年始、皆さんはどのように過ごされましたか?

コロナ禍の中なかなか帰省できず、ようやく実家に帰って久しぶりに親戚同士顔を合わせたという方も多いのではないでしょうか。

自分も実家に帰っておりましたが、帰省した時によく聞かれる質問があります。

「馬って、骨折したら死んじゃうんだよねえ?」

骨折にも色々ありまして…。

2021年のデータを見てみますと、競馬のレース中に発症した肢の骨折は689件ありました。分母を述べ出走頭数にして確率を計算しますと、1.58%となります。
1競馬場あたり1日で約2頭くらいでしょうか。
このうち、いわゆる「重症で救うことができない」骨折の件数は25件でした。つまり、残りの馬たちは手術や保存療法によって救命されたことになります。

競走馬に最も多い骨折は、下肢部の関節構成骨の骨折です。

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こういった骨折は、関節鏡を使って骨片を取り出せば予後は良好です。

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比較的重症な例としては、下の写真のような骨折線が縦に伸びているケースですが、写真右のようにネジ留めすることでしっかり安定し、症状の悪化や再骨折を予防することができます。

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最近は手術の技術も向上し、多くの馬が競走に復帰できるようになりました。
しかし、前述の「救うことができない」骨折馬がまだ存在することは事実です。
臨床医学研究室は、これらの馬を「全て救う」ことを目指して今年も頑張ります。