2024年9月20日 (金)

馬に対するMRI検査

こんにちは、臨床医学研究室の野村です。

 臨床医学研究室では、この春より、競走馬の診療に用いられる画像診断技術に関する研究に取り組んでいます。本稿では、数ある画像診断技術のなかから、馬用のMRIについてご紹介します。

 競走馬の運動器疾患の診断に用いられる画像診断は、X線検査や超音波検査が一般的ですが、それらの検査で原因がはっきりしない場合の精密検査として、MRI検査が実施されることがあります。JRAでは、2014年に馬用MRI検査装置を導入し、昨年で検査開始から10年の節目を迎えました。馬用MRI検査装置の特徴は、何と言っても、馬を立たせたまま、鎮静剤の投与だけで画像検査ができることです(図1)。最初、馬用のMRI検査装置は麻酔下で馬を寝かせた状態で撮影することを前提に開発されました。しかし、500kgにも達する体重を有し、また下肢部に何らかの疾患があることが多い競走馬を寝かせて検査する、その後に起立させるといった手技は、痛めた肢を悪化させてしまうリスクを伴います。こうしたリスクを避けるため、2002年に馬用の立位MRI装置が開発されました。現在では競走馬の検査に広く用いられており、世界中の競走馬診療施設で活用されています。

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図1 MRI検査風景(美浦トレーニング・センター競走馬診療所)

 MRIは”Magnetic Resonance Imaging”の略語で、Magneticという名が示す通り、磁力(磁場と電波)を用いた検査法です。検査の原理は複雑ですが、簡単に言えば骨や靭帯といった組織において、正常より水分の含有量が増えている部位を磁力を利用して可視化する検査です(図2)。この「正常より水分の含有量が増えている」状態は、多くの場合、組織の炎症や出血を示すものであるため、疾患の診断につながるのです。

Mri_3図2 MRI検査の原理

 もう1つのMRIの特徴は、器官を3次元的に厚さ5mmで断面化した断層画像を得られることです。どのような断面での断層画像を描出するかは自由に設定でき、原因部位の断画を、位置的・状態的にわかりやすく可視化することができます(図3)。

Mri_6       図3 蹄のMRI検査結果(左から縦断面、前額断面、水平断面);

黄矢印部の信号変化により蹄骨内の骨嚢胞と診断されました

馬にMRI検査というと少々大袈裟に感じられるかもしれません。しかし、我々が診療対象としている競走馬は、人で言えばいわば“アスリート”です。微細なダメージを抱えながらレースに出走すれば大きな怪我につながりかねませんし、疾患が原因でトレーニングができないことは大きな損失です。さまざまな診断技術を駆使して原因を特定し、少しでも早くトレーニングが再開できるように適切な診断と治療が望まれます。1頭でも多くの競走馬に、自身の持つパフォーマンスを、怪我無く最大限に発揮してもらいたいという獣医師の願いが、これからも画像診断技術を発展させていくでしょう。





2024年9月 5日 (木)

馬のジャンプ力

 こんにちは、運動科学研究室の杉山です。暑い日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

 先日行われたパリオリンピックでは、日本の総合馬術チームが団体で92年ぶりのメダルを獲得するなど目覚ましい躍進がありました。荘厳なベルサイユ宮殿を背景に広大な敷地をウマが豪快に障害を飛んでいくクロスカントリー競技は目を見張る素晴らしさがありましたね。全人馬大きな怪我もなく大会を終えられたことは、現地チームの協力と日本チームの日頃の努力あってのことだと思いました。選手と出場馬のみなさま、本当にお疲れさまでした。

 そんなスポーツの世界では爆発的なパフォーマンスを行う場面がたくさんありますが、人間に強靭なアキレス腱があり、弾性エネルギーをつかって長距離を走るように、馬も腱の弾性エネルギーを使って走る・ジャンプすることが知られています [参考1]。障害を飛ぶ際の馬の後肢では、歩いているときの約4.5倍のエネルギーが使用されます[参考2]。さらに、馬はジャンプができる動物の中でも大型な部類ですが、ときには160cm以上もある障害を、人間を背負って飛ぶこともできます。これは強靭な筋肉だけでは創出できないパワーであり、腱の弾性エネルギーをも使ったパフォーマンスといえます。

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 JRAでは馬事公苑や開催競馬場でホースショーを定期的に行っています。競技馬が人を乗せて迫力あるジャンプをするのを間近で見るのも一興です。ぜひ、足をお運びください。

 馬事公苑などで開催される競技のイベント情報は以下のサイトでお知らせしています!

馬事公苑Instagram:https://www.instagram.com/jra_equestrianpark/

参考文献:

  1. Biewener, A.A., Muscle-tendon stresses and elastic energy storage during locomotion in the horse. Comparative Biochemistry and Physiology Part B: Biochemistry and Molecular Biology, 1998. 120(1): p. 73-87.
  2. Dutto, D.J., et al., Moments and power generated by the horse (Equus caballus) hind limb during jumping. J Exp Biol, 2004. 207(Pt 4): p. 667-74.

2024年9月 3日 (火)

アジア競馬会議 in 札幌

分子生物研究室の坂内です。

 8月27日~30日に札幌市で行われた、第40回アジア競馬会議に参加しました(写真1)。私自身は昨年のオーストラリア(メルボルン)での第39回大会に続き、2回目の参加となります。参加登録者は800名以上、アジアと言いつつも欧米からの参加者も多く、競馬産業の抱える課題や将来の発展について多角的に議論する会議です。

 競馬の発展と一口に言っても、競走馬や人材の確保、ファンサービス、環境問題や気候変動への対策、違法賭事との闘い、公正確保などいろいろな切り口があります。今回のスローガンは、「Be connected, stride together(つながりを持ち、一緒に走ろう)」。各国の主催者や関係者が連携して、こうした様々な課題に団結して取り組む姿勢を打ち出したものです。

Photo写真1. オープニング・セッションの様子

 とりわけ私たち研究所が関係するトピックスとしては、暑熱問題遺伝子ドーピングへの対策が挙げられます。総研では数年前から運動科学研究室を中心に暑熱対策に関する研究を進めており、パドックのミストやレース後のシャワー設備などが既に現場に導入されています。遺伝子ドーピングの問題についても、関連団体である競走馬理化学研究所を中心に研究が進められていることが紹介されました。私たちの行う研究業務は裏方ではありますが、今後の競馬産業を支える重要なものだということを、アジア競馬会議を通じて改めて感じたところです。

 日本の競馬について騎手、調教師、生産者それぞれの立場から語っていただくセッションもありました。武豊騎手、クリストフ・ルメール騎手、矢作芳人調教師など多くの登壇者から、日本の競馬のレベルが向上したことを実感する声が聞かれ、さらに発展させるための前向きな議論が交わされました。

 大会2日目の夜には、海外からのゲストに日本の文化を体験してもらうべく、札幌ドームで縁日と花火を中心としたイベントが開かれました(写真2)。ゲストから喜びの声が多く聞かれ、私自身もお祭りの雰囲気を存分に楽しみました。

Photo_2写真2. ソーシャル・イベントの様子

 閉会式ではフラッグセレモニーが行われ、今大会をホストしたJRAの吉田理事長からアジア競馬連盟のエンゲルブレヒト=ブレスゲス会長へ、そして次回開催地であるサウジアラビアジョッキークラブのバンダル王子へと連盟旗が渡されました(写真3)。サウジカップ創設をはじめとして、近年急速な発展を見せるサウジアラビアの競馬、きっと彼らがホストするアジア大会も素晴らしいものとなるでしょう。

Photo_3写真3. フラッグセレモニー;JRAの吉田理事長(左)と後藤総括監(前JRA理事長;中)の見守る中、

      連盟旗はブレスゲス会長からバンダル王子への引き継がれました。

2024年7月31日 (水)

馬伝染性子宮炎について

微生物研究室の木下です。

 

馬伝染性子宮炎 (CEM : Contagious Equine Metritis) という、不受胎の原因となるウマ特有の性感染症をご存じでしょうか?

CEMは、1970年代後半から80年代にかけて世界各国に広まった病気で、日本国内においても1980年代から2000年代にかけて発生が確認されていました。国内の軽種馬群では2005年の発生を最後にまもなく20年が経過しようとしていますが、国外に目を向けると、ヨーロッパ (特にドイツ) を中心に毎年のように発生が報告されています。さらに、今年に入り、2013年以来となるアメリカでのCEM発生が、フロリダ州で繋養されているポニーにおいて確認されました。本ブログの執筆時点で、97頭の馬を飼育する当該牧場において、11頭のポニーがCEM陽性と確認されています (検査中の馬もいるため、最終的な陽性数は増える可能性あり)。また、ポニー間で広まった原因として、ルーティンで行っていた生殖器の清掃作業が疑われているようです。CEMに限ったことではありませんが、このような人為的な行為によって病気が広まる可能性があることを認識し、注意を払う必要があると改めて感じました。

 

アメリカにおけるCEM発生についての詳細は、下記の米国農務省のホームページ(外部リンク)をご確認ください。

(外部リンク)

https://www.aphis.usda.gov/livestock-poultry-disease/equine/contagious-equine-metritis

Cem2024ver2_2(写真1. 本年7月の会議風景)

国内での発生は長年認められていないとはいえ、ウマの国際間移動が頻繁になっている昨今、CEMが再び国内で発生する可能性は否定できません。CEM発生時の影響が非常に大きいことに鑑み、日本軽種馬協会(公益社団法人)を中心として、生産地、検査機関、そしてJRAの関係者が集まり、CEMの検査状況の共有や、今後どのような対策が必要なのかについての協議を行うために定期的に会議を行っています (写真1)。良からぬ伝染病が広まらないことを強く望みはしますが、万が一事象が起きた際に迅速な対応が取れるよう、関係者と普段から連携しておき、有事に備えた取り組みを平時から行っておくことが重要であろうと思います。

2024年7月 9日 (火)

馬糞紙(バフンシ)を知っていますか?

競走馬総合研究所の桑野です。
 いつも学術的な投稿が多いので、今回は目先を変えて芸術?の世界に足を踏み入れてみましょう。

 お歳を召した方には聞き覚えのある名前かもしれませんが、日本には古くから馬糞紙(ばふんし)という紙がありました。馬糞が原料ではありません。洋紙の製造技術が日本に入ってきた明治時代に、パルプ材の無かった日本では代用品として稲藁や麦藁を使って紙を製造しました。これを藁半紙(わらばんし)と呼びました。当時、その黄土色に加えて表面に藁の繊維がはみ出している感じが馬糞のようだったため、別名として馬糞紙とも呼ばれていたそうです。私が子供の頃は馬糞紙の改良は進み、表面のざらつきが抑えられたただの藁半紙として販売されていました。その藁半紙も今ではほとんど見なくなりましたが、昭和の時代では学校のテスト用紙、小売店の包装紙、石焼き芋の包み紙などに使われていましたね。

 過去の遺物だと思っていたのですが、近年、馬糞紙の質感を持った新バフン紙という新たな商品が一部のクリエイターや臨床美術士(りんしょうびじゅつし)の間で用いられています(図1)。新バフン紙は、昔の藁半紙より丁寧な工程を積み上げて作られており、独特のザラついた表面を残しつつ、様々な色合いの紙として販売されています。パステルの乗りがよいので、絵が得意でない人でも上手に物を描出できる量感画用の紙として人気です(図2)。

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        図1. 消炭色の新バフン紙  表面のザラザラ感に特徴があります

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        図2. 新バフン紙にオイルパステルで描かれたサツマイモの量感画

 一方、本当に馬の糞からバフン紙を作っている人たちもいます!日本在来馬の繋養地などでは、芸術を極めることが目的ではなく、地元の町起こしや子供の教育として馬の糞から紙を作る技術を伝承し、それで作られた小物を商品として販売したりしているようです。匂いを丁寧に除去した清潔な商品にする努力はアッパレです。

 JRAのトレーニングセンターでも沢山のウマを繋養していますが、そこで出る馬糞は紙にこそならないものの、発酵させた後、マッシュルーム生産の床材にしたり、牛繋養のための牛床にしたりと有益に用いられていますよ。結構、無駄がないですねえ!

2024年6月27日 (木)

IFHA Global Summit

こんにちは、運動科学研究室の高橋です。

先日カナダのウッドバイン競馬場で開催されたIFHA Global Summitに参加してきました(図1)。IFHAとは国際競馬統括機関連盟(International Federation of Horseracing Authorities)のことで、グローバルスポーツであるサラブレッド競馬のあらゆる側面を推進し、ウマとアスリートの福祉を守り、発展を目指すためにパリ協約の制定や、ワールドランキングの発表、ウマと騎手の福祉と安全に関する方針の策定などを行なっています。近年では、動物福祉、動物愛護の機運が世界的に高まっており、ウマの福祉向上に貢献する研究が世界的に行われています。中でも、重篤な骨折や突然死の予防はどの競馬主催者にとって喫緊の課題となっています。今回のGlobal Summitはウマの骨折メカニズムや不整脈について世界的に著名な研究者が招待され、それぞれの分野について分かっていることを共有した後、これらの疾患を減らすためにはどのような研究、協力体制が必要か、競馬主催者を交えて議論されました。

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 印象的だったのは、変化には時間がかかることを認めざるを得ないが、様々な分野とのコラボレーションが着実に変化をもたらすことが紹介されていたことです。アメリカの米軍では、新兵の脚の疲労骨折が多いことが1980年代に問題になっていたようです。それからヒトの運動生理、バイオメカニクス分野の研究内容を徐々に現場に還元していき、2000年代後半には20%以上発症率が低下したことが紹介されていました。研究の成果が現れるまでは、ある程度忍耐力を持って、知識の共有をサークル全体で図るべきだとまとめられていました。

ちなみに、JRAでは重篤な骨折はどのような推移を辿っているかを下にご紹介いたします。図2は2003年から2022年の重篤な骨折を含めた、予後不良になり得る筋骨格疾患発症率の推移です。2003年から2007年の5年間の発症率に比べて、2018年から2022年の5年間では芝、ダートともに発症率は半分程度になっています。骨折の発症は、非常に複雑な要因が絡んでいるので減少した要因を1つに絞り込むのは困難ですが、様々な研究の現場への還元をはじめ、薬物規制やMRIなどの最新機器の導入などのJRAの取り組みに加え、調教技術の進歩などが合わさって徐々に重大な事故は減ってきていると考えています。中央競馬サークルの重篤な骨折に関する対策は良い方向に行っているように感じます。今後もウマの福祉向上を目指した研究を展開し、競馬サークルに最新知見の共有を図っていきたい所存です。

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2024年6月18日 (火)

Neglected Influenza Viruses(無視されたインフルエンザウイルス)?

 分子生物研究室の根本です。

 4月に米国ケンタッキーで開催されたInternational Symposium on Neglected Influenza Virusesに参加してきました。

  Neglected Influenza Viruses(無視されたインフルエンザウイルス)とは、注目されていないインフルエンザウイルスのことを意味しますが、それでは、どのようなインフルエンザウイルスなのでしょうか・・・それは、A型人インフルエンザウイルスとA型鳥インフルエンザウイルス以外のインフルエンザウイルスのことです。具体的には、馬インフルエンザウイルス、豚インフルエンザウイルス、コウモリに感染するインフルエンザウイルスなどになります。ですが、近年アザラシ等の海獣やこれまで感染報告のなかった動物に、A型鳥インフルエンザウイルスが感染する例が多く、本学会にはこのような演題も含まれていました。そのような世間から注目を集めないインフルエンザウイルスの学会で、私は馬インフルエンザに関する研究発表を行いました。また学会期間中、あいにくの曇り空だったものの皆既日食を観察することもできました。

12_4                  会場のエントランス       会期中に観察された皆既日食

 この学会で話題になったのが、学会直前の3月末に米国で感染が明らかとなった牛インフルエンザです[1]。牛インフルエンザは、米国においてH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスが牛に感染したもので、牛は乳量低下などの症状を示しました。感染牛の牛乳中に大量のウイルスが認められ、加熱殺菌していない牛乳を飲んだ猫がウイルスに感染したことが報告されています[2]。さらに、感染牛を飼育している農場の人が感染し結膜炎等の症状を示したことでさらなる注目を集めました[3]。米国で流通している牛乳をPCR検査したところ、陽性となったのは150検体中58検体ありましたが、生きたウイルスは検出されませんでした[4]。この結果から、現在行われている加熱殺菌がウイルスの不活化に非常に有効であり、そのため牛に触れない一般の人には対するリスクは低いと考えられます。現在のところ米国以外での牛インフルエンザの発生報告はありませんが、今度も注目すべきインフルエンザウイルスであり、牛インフルエンザウイルスは「無視されたインフルエンザウイルス」とはならないことでしょう。

参考文献

  1. United States Department of Agriculture Animal and Plant Health Inspection Service. Federal and state veterinary, public health agencies share update on HPAI detection in Kansas, Texas dairy herds. 2024.                         (外部リンク)https://www.aphis.usda.gov/news/agency-announcements/federal-state-veterinary-public-health-agencies-share-update-hpai (2024年6月18日リンク確認)
  2. Burrough et al., Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Clade 2.3.4.4b Virus Infection in Domestic Dairy Cattle and Cats, United States, 2024. Emerg Infect Dis 2024. 30:240508. doi: 10.3201/eid3007.240508.
  3. Uyeki et al., Highly Pathogenic Avian Influenza A(H5N1) Virus Infection in a Dairy Farm Worker. N Engl J Med 2024 doi: 10.1056/NEJMc2405371.
  4. Cohen et al., Bird flu appears entrenched in U.S. dairy herds. Science 2024. 384:493-494. doi: 10.1126/science.adq1771.

2024年6月 7日 (金)

国際サラブレッド生産者連盟の獣医会議

 こんにちは、微生物研究室の岸です。

 先日、国際サラブレッド生産者連盟(ITBF; International Thoroughbred Breeder’s Federation)による国際大会・獣医会議が東京で開催されたので参加してきました。ITBFとは、世界の主要なサラブレッド生産国(25か国)にある生産育成組織から構成されており、日本では日本軽種馬協会が代表として加入しています。本連盟の主題は、サラブレッド繁殖産業に関わる諸所の問題の解決に取り組むことにあります。

1itbf_3学会のエントランス・ボード

 本大会は2年ごとに開催されており、日本での開催は2006年以来18年ぶりでした。今回も、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、チリ、ドイツ、インド、アイルランド、ニュージーランド、南アフリカ共和国、イギリス、アメリカといった各国の獣医師が参加しており、非常に国際色豊かな会議になったと言えます。

 冒頭に、日本軽種馬協会の上野副会長からスピーチがあり、日本でのウマに関する研究は大部分がJRA総研で行われていると紹介され、我々の研究所が各国にアピールされたのは嬉しかったです。会議では、各国の代表から、防疫情報の紹介・共有としてウマの感染症の発生状況やワクチンなどについて伝えられました。さらに、後半には教育講演が用意されており、当研究所の辻村分子生物研究室長が馬ヘルペスウィルス感染症に関して発表しました。    

                                23_4日本軽種馬協会の上野副会長(左)JRA総研の辻村室長(右)のスピーチ

 実は、若輩者の私はこのような国際会議に初めて参加しました。主要言語が英語という会議に不慣れなものの、その全てが他国の防疫概況を知れる良い機会であったことは言うまでもありません。私自身、英語で発表できるまでに研鑽を積んで行かなくてはと、心引き締まる思いで会場を後にいたしました。

2024年5月22日 (水)

東京農工大学における大動物臨床実習

 臨床医学研究室の黒田です。

 私が非常勤講師を担当している母校の東京農工大学の実習について紹介します。実習は5年生を対象に「大動物臨床実習応用編」として、3週にわたりJRA東京競馬場にて実施いたしました。1週目は馬の取り扱い、保定法、個体識別、触診について、2週目は採血法、予防注射、3週目はエコー検査、X線検査、内視鏡検査について授業と実習を行いました。なかなか、慣れない馬の取り扱いですが、授業を含めて皆さん真摯に取り組んでいただいたかと思います。正直、あまり真面目に授業を受けてこなかった私が言える立場にはないのですが・・・、母校ながら頼もしく感じております。当時の自分に会えるなら、「しっかり授業聞いとけよ!」と言い聞かせたいです。

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授業風景

2内視鏡検査

 海外と比較すると繋養頭数の少ない日本では、馬の授業や実習は限られておりますので、将来の馬医療を支える人材育成のためにもこれらの授業は重要な機会と考えております。競走馬医療は、牛などの大動物医療や小動物医療とも異なるところが多くあります。トップアスリートの診療というところの魅力を学生の皆さんにお伝えできればと思っております。最終週には東京競馬場のバックグラウンド見学も実施しました。主に獣医師が業務を行うエリアを中心に、獣医師の開催業務について理解していただきました。私も学生時代からアルバイトもしておりましたが、東京競馬場はJRAの顔ともいえる競馬場であり、見学を行ったダービーウィークの芝馬場の美しさは世界的に見ても素晴らしいと感じております。東京競馬場に最も近い獣医学科のある大学として、将来の馬医療を担う人材が出てきてくれることを願っております。

1エコー検査
                                     

Img_6367_4パドック見学

                                                          

2024年5月17日 (金)

二つ足のヒツジと一つ足のウマ

 競走馬総合研究所の桑野です。


 毎年恒例ですが、桜のシーズンが過ぎると競走馬総合研究所ではヒツジたちの毛刈りが行われます。昨年一年間で伸びた羊毛を綺麗に刈って暑い季節に備えるのです。今年も毛刈りおじさんによる定番の風景を見ることができました。図1では脇の下を刈るためしっかり足を保定していますね。今回は視点を変えて、この羊の蹄を馬とそれと比較しながら小話をしてみましょう

Photo図1. 黄色矢印丸囲みが羊の足(蹄)です。

 正確にいうと蹄とは硬い角質だけを指すのではなく、その硬い角質に囲まれた骨も軟部組織も全てを含んだ呼び名です。要するに、蹄=足です。羊や牛といった反芻動物は、足が二つに別れていることになります。よって、足裏(蹄下面という)から眺めると、足が一つしかない馬とは随分様相が異なります(図2)。

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図2. 左が羊、右が馬。どちらも蹄下面の所見

 

 足が二つと一つでは何が違うのでしょうか? これはかなり明確な差です。二つあると内側と外側にかなりの荷重差があったり、不整地で内外足の着く位置に高低差があったりしても、二つの足の間で緩衝することができます。

 羊はわざわざ崖を生活の拠点に選んだりはしませんが、凸凹した地面に割と平然と立っていられます。スイスの岩山では岩間に生える草を喰む野生の羊がいます。ところが、早く走ろうとすると二つ足は邪魔です。決して平らではない地面を素早く走ると、内外にかかる荷重バランスが一歩ごとに異なってくるでしょう。その内外の荷重の違いは二つ足の分かれ目に剪断力を生み出し、力を緩衝仕切れなくなります。素早い運動に対応するには、足は一個の方がいいです。

 猫科動物など素早く走る指が沢山ある動物でも、地面に踏着する主体的な領域は掌(てのひら)に相当する一つの肉球です。結局、素早く走る動物も足は一個で走っています。これは指が5本あっても足は一つの我々人間と同じですね。

 一方、足が一つの馬は不整地にずっと佇んだり、斜面に立ち続けるのは苦手です。足の内外バランスが不安定だと腱や靱帯を痛めることもありますし、私の経験ですが蹄負面(荷重がかかる蹄下面)の損傷も増えてきます。ところが、走るとなると踏着点が一点に集中でき、蹴る力をそのまま走力に転換することができます。馬は早くかつ長く走るのに特化した動物です。

 羊と同じ二つ足の牛は戦う動物と言われて“闘牛”という競技が成立します。一方、馬は逃げる動物と言われ、誰が一番早いかを競う“競馬”という競技が成立します。踏ん張るのに適した二つ足の動物と、早く走ることに適した一つ足の動物の違いが現れていると言えるでしょう。