2023年6月26日 (月)

みんなに輸血できるユニバーサル・ドナー

微生物研究室の越智(B型Rh+)です。

 今回は、サラブレッドの輸血に必要なユニバーサル・ドナーに関するお話です。

 輸血が必要となった際、合わない血液型で輸血すると大変なことになります。血液型の判定はこのミスマッチを防止するのに重要です。ヒトの血液型はABO式やRh式が有名ですが、ウマではA式、C式、D式、K式、P式、Q式、U式の7つの血液型システムがあります。ヒトもウマも血液型はすべて赤血球の表面にある抗原タイプに応じて区分されています。例えばヒトのABO式で考えた場合、A型のヒトでは生まれながらに赤血球の表面にA抗原が、血液中にB抗原に対する抗体が存在します。B型のヒトでは生まれながらに赤血球の表面にB抗原が、血液中にA抗原に対する抗体が存在します。よって、A型・B型同志で相互に輸血してしまうと、抗原抗体反応が起きて溶血が起こり、輸血の効果はなくなってしまうばかりか、溶血による他の障害も起こってしまいます。一方、サラブレッドでも、多くの個体に発現している赤血球の抗原とその抗体の間で輸血トラブルが起こります。その抗原と抗体とは、A式のa抗原(Aa抗原)とその抗体(Aa抗体)、及びQ式のa抗原(Qa抗原)とその抗体(Qa抗体)です。

 そこで、Aa抗原とQa抗原、そしてAa抗体とQa抗体をそれぞれ全く持っておらず、どんなサラブレッドに輸血しても溶血が起こらないウマがいたならば、それは安心して輸血できるユニバーサル・ドナー(*脚注)となります。日本では、国内にいるハーフリンガー種という馬の中に、このようなタイプの個体が多いことが知られており、我々の研究所には競走馬理化学研究所(栃木県)にてユニバーサル・ドナーであると判明したハーフリンガー種を2頭ほど飼育し、現役競走馬の有事の際に血液を供給する仕組みをつくっています。  

   *注 ユニバーサルとは「誰にでも使用できる」、ドナーは「提供者」の意

                                    

                                          

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写真1;ユニバーサルドナーであるハーフリンガー種です。

好奇心旺盛でカメラを覗きこんでます。

 

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写真2; ユニバーサルドナーは競走馬を救う大切なウマです。

乗馬としても欠かさず運動して健康を維持しています。



2023年6月22日 (木)

JRA理事長杯馬術大会

臨床医学研究室の太田です。

 少し前になりますが、5/30-31に兵庫県の三木ホースランドパークで開催されたJRA理事長杯馬術大会に参加してきました。

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この大会、初心者からプロのライダーまでJRA職員なら誰でも参加できる馬術大会で、全国の18事業所から約100人の職員が選手として参加しました。

結果は、なんと!人生初の馬術競技参加ながら、企画調整室の藤本職員がクロス障害競技で見事3位に入賞scissors

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総研からは私を含め選手4名と少人数のチームでしたが、ここで大きくポイントを稼ぎ、団体順位も9位の成績を上げることができました。

来年は2020東京オリンピック・パラリンピックの馬術競技会場となった世田谷の馬事公苑で開催される予定です。一般の方も無料で入場できますので、ぜひ応援にお越しください。

それに向けて、また1年トレーニングに励みたいと思います。もちろん、本業の研究も頑張りますup

2023年6月19日 (月)

アメリカスポーツ医学会@デンバー

運動科学研究室の向井です。

 5月30日から6月2日にアメリカ・コロラド州デンバーにあるコロラド・コンベンションセンター(写真1)にて開催されたアメリカスポーツ医学会(ACSM)の年次総会(写真2)において、運動科学研究室から私と胡田が研究発表を行いました。ACSMは世界最大のスポーツ医学および運動科学の学会で、科学・教育・医学を通じて健康を推進させることをスローガンにしています。

https://www.acsm.org/annual-meeting/annual-home(外部リンク)

 日本の獣医学関連の学会ではスポーツ科学に関する発表はあまりありません。ACSMはヒトの学会ですが、ヒトのスポーツ医学の国際学会に参加することによって、最先端のスポーツ医学から多くのことを学べます。そればかりか、我々の研究を国際的に評価してもらえるメリットがあるのです。

 今回、私はサラブレッドにトレッドミル上で6週間の高強度インターバルトレーニングを実施させると、同じ距離で中等度の持続的なトレーニングをするよりも走行パフォーマンス、有酸素能力および乳酸代謝が向上、さらに筋線維の肥大が見られることを発表しました。高強度インターバルトレーニングとは、早いスピードの運動と遅いスピードの運動を交互に繰り返すトレーニングを意味します。実際の競走馬に応用するとなると、馬の気性や調教コース設定などにより、その走強度やインターバルの設け方など様々な工夫が必要ですが、近い将来、調教メニューの選択肢のひとつになる可能性があります。

 一方、胡田は暑熱環境下でサラブレッドに運動をさせると、骨格筋におけるミトコンドリアやエネルギー代謝に関わる因子が増加することを発表しました。これらの因子はサラブレッドの暑熱耐性や運動パフォーマンスの改善に関与している可能性があります。近年JRAでは、競馬場にシャワーやミストを設置するなど、競走馬の暑熱対策に積極的に取り組んでいます。暑熱環境下でウマの体に何が起きているのかを研究することによって、科学的な根拠に基づいてより効果的な暑熱対策が可能になると考えています。

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写真1.コロラド・コンベンションセンターは、非常に目立つ巨大オブジェ;Blue bearで有名。

ビルを押し動かしているかの如きBlue bearは遠くからでも見え、目印になります。

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写真2.学会のウエルカム・ボードの向こうに受付会場が展開

2023年6月 1日 (木)

JRA総研サマースクールを開講します!

企画調整室の福田です。

競走馬総合研究所では、例年夏休みのシーズンに、獣医学を専攻する大学生を対象にサマースクールを開催しています。

今年は8月21日から25日を感染症コース、8月28日から9月1日を臨床コースとして、各5日間のプログラムで開催予定です。

募集期間は6月1日(木)から15日(木)です。家畜衛生・公衆衛生獣医師インターンシップ「VPcamp」を通じてお申し込みください。

詳しくはVPcampホームページ(外部サイト)、または下のポスターをご覧ください。

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また、北海道の日高育成牧場でも8月21日から25日に、馬の生産や診療について学べる「日高サマーキャンプ」が開催されます。こちらにつきましても同様にVPcampにて募集中です。下のポスターをご確認ください。

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皆様のご参加をお待ちしています。

2023年5月22日 (月)

運動時内視鏡検査は優れた検査法!

こんにちは、カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

 先日のブログ(参照;本年3/24繋駕競走)において、私が留学しているカルガリーでは繋駕競走(トロット)がメジャーであることを書きました。競走馬と同様、トロット用に訓練された馬(トロッター)においても速い速度の調教が必要ですから、運動能力を最大限に発揮できないプアパフォーマンスは関係者にとって死活問題です。よって、トロッターにおいても四肢の怪我だけでなく上気道疾患がよく研究されています。下の写真のように内視鏡の機械を鞍にセットし、鼻から内視鏡を入れて運動時の上気道の様子をよく観察しています。

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 JRAのトレセンでもこの検査は導入しており、いわゆる「喉鳴り」の原因となる様々な上気道疾患を競走馬で診断しています。下の左の写真は正常の上気道、右の写真は披裂喉頭蓋ヒダ虚脱(矢印)という病気で、気道がかなり狭くなっています。この病気は安静時には分からず、強度の高い運動を負荷することで初めて見つけることができます。以前は不明だったこの病気も、運動時内視鏡が世に出てきたことで診断できるようになりました。

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 このように上気道の動きを日常的に観察するのはウマぐらいです。呼吸器を議論する学会でウマにおける運動時内視鏡での観察結果を報告すると、ヒトの呼吸器を専門にする先生方には大変興味を持っていただけることが多いです。それはヒトの運動時の呼吸器異常の解明にヒントを与えているからかもしれません。










2023年5月18日 (木)

ウマとその他動物の瞳孔のかたち

競走馬総合研究所の桑野と申します。

 今回は、ウマをはじめ動物の黒目について小話を書きます。眼球の色がついている部分を専門用語で虹彩(こうさい)、その真ん中にある「黒目」と呼ばれている部分を瞳孔(どうこう)といいます。暗い場所で散大している瞳孔は、どの動物も丸っぽく動物種による違いが明確でありませんが、日中、瞳孔が縮まっている状態(縮瞳)で観察すると動物ごとに様々な形があることが分かります。今回、全ての動物についての説明は省きますが、一般に知られている1)横長、2)縦長、3)まん丸の3つの瞳孔の形とその形がどう動物の暮らしに役立っているのかを考えてみます。

 馬は虹彩が大きいので目が全部黒目に見えてしまいますが、本当の黒目すなわち瞳孔は図のように地面と水平な横長をしています(図1)。これはウシ、ヒツジ、ヤギ、キリンといった反芻する草食獣も同じです(図2)。広く水平に焦点を絞るこのタイプの瞳孔は、平原を広く見渡して餌となる草を探すのに有力なだけでなく、肉食獣の接近に気付きやすい構造と言えるでしょう。草より低いところしか見渡さない小型草食獣であるウサギは丸い瞳孔をしています。平原を広く見渡す必要がないからでしょう。

Photo_10図1. 馬の黒目は水平な棒状をしています

一方、肉食獣の方は、薮から顔を出して獲物との距離感を測る大型のトラやライオンや、隠れることなく集団で獲物を襲う犬や狼では焦点を一点に絞れる丸い瞳孔をしています(図2)。対して、薮の中から獲物を単独で狙う小型の肉食獣であるキツネやネコは瞳孔が縦長になる傾向にあります(図2)。これは、きっと茎と茎の縦長の隙間から獲物を狙う時に焦点が合いやすいからでしょう。家畜化された家ネコは考えないでくださいね。ワニは藪から獲物を狙いませんが、水面上あるいは水中直下から獲物を狙います。水中でどう獲物が見えるかわかりませんが、縦長の瞳孔であることにきっとメリットがあるのでしょう。ヘビはワニと同じですが、どうしてか分かりません。

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図2. 動物の瞳孔の形のあれこれ

 このようにネコ科だから縦長スリット、イヌ科だから丸、草食獣だから水平スリットという訳ではなく、体のサイズと食性によって瞳孔の形が似たり、異なったりするのは面白いですね。今度、馬の目を見るとき目の中の黒目をちょっと意識してみると面白いですよ。

2023年5月16日 (火)

今年も来ましたヒツジの毛刈りシーズン

競走馬総合研究所の桑野と申します。
 競走馬総合研究所(総研)では、ウマだけでなくヒツジを3頭飼育しています。チーちゃん、ポーちゃん、モコちゃんの愛称で呼ばれているこれらヒツジはみんなメスで、かれこれ10年近く研究所で暮らしています。

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写真1. 世話係のお姉さんが呼ぶとみんな集まってきます

  いにしえから「ヒツジは羊飼いの声を聞き分ける」などと言われますが、総研のヒツジたちも世話係りのお姉さんが呼ぶと擦り寄ってきます(写真1)。ですが、稀にしか顔を出さない我々研究者だと、呼びかけどころか近づくだけで逃げてしまいます。そんなヒツジ達に忍者のように忍び寄り、さっと下アゴをつかんで、お尻を足で押しながら移動、コロンとひっくり返したかと思うと、可愛くお座り状態で保定してしまう毛刈りおじさんが素晴らしい。毛刈りおじさんは普段は酪農を営む会社で牛の世話をしているそうですが、副業が許されており、ヒツジやアルパカの毛刈りも生業にしているそうです。一言でヒツジの毛刈りと言っても、この保定に熟練し、無駄なくかつ怪我させることなく毛刈りできるようになるのに3年かかるそうです。また、できるようになっても、その熟練度でバリカンの刃の損耗度がまるで違うそうです。親方ですと一つの刃で50頭ほど、今回来ていただいた方は40頭ほど毛刈りするそうですが、初心者だと3、4頭でもう刃が切れなくなることもあるそうです。誰でもできる技術ではないのですねえ。ということで、手際よく毛刈りされたヒツジ達は、とても気持ちよさそうでした(写真2)。そして、活力を取り戻した途端に早速頭突き合戦なるコミュニケーションをとりはじめました(写真3)。

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写真2. もうすぐ夏ですから、毛刈りは涼しくなって気持ちいいようです。うっとりとしてます

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写真3. 毛刈り後、ヤギみたいになってます。でも、気持ち良くなったヒツジ達は早速、頭突きでご挨拶。ヒツジの頭突きって敵意の表れとは限らずコミュニケーションの一環なのだそうです

2023年5月 1日 (月)

訓練免疫

分子生物研究室の辻村です。

 2023年5月8日より、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染症法上の位置づけが、“2類相当”から“5類”に移行します。このことは、2020年1月に日本国内で同感染症が発生して以来、一つの節目となる出来事と思われます。思い起こせば、この約3年間は、COVID-19に対抗するために様々な研究・開発が進められた期間でもありました。ウイルスの同定から1年足らずで実用化に至ったmRNAワクチンは、その最たるものの一つと言えるでしょう。一方、mRNAワクチンの登場前に、COVID-19への対抗策として注目されていたのが、結核ワクチンのBCGです。パンデミックの初期、日本人の患者が少ないことの原因として存在が推測された「ファクターX」。BCGはその有力な候補の一つと考えられていました。現在もなお、COVID-19に対する効果の有無についての検証が続いていますが、BCG接種が結核以外の感染症の罹患率を低下させることは、過去の調査で既に示されています。

 病原体の感染やワクチン接種によって得られる免疫を獲得免疫と呼びます。獲得免疫とは、白血球の一種のリンパ球に属するT細胞とB細胞が司る免疫記憶により、同一の病原体の再感染に対して迅速で強力な防御反応をもたらす仕組みのことをいいます。言い換えれば、獲得免疫は特定の病原体のみを標的とした特異的な反応です。一方で生体は、獲得免疫が成立していない初めて遭遇する病原体に対して、自然免疫と呼ばれる防御機構を備えています。自然免疫は、様々なタイプの病原体に対して非特異的に反応します。自然免疫を担う細胞は、顆粒球、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞などで、食作用やサイトカイン産生によって病原体を排除します。このような非特異的な自然免疫の機構において、免疫記憶の存在はかつて想定されていませんでした。しかし、その後の調査・研究から、自然免疫は感染性の刺激によって増強され、次回の何らかの病原体の侵入に対し、より強固な防御反応を示すことが見出されました。2011年にオランダの研究グループは、新しい免疫学的用語として、この現象を“訓練免疫(trained immunity)”と呼ぶよう提唱しました。そして、訓練免疫を誘導する代表的な免疫刺激がBCG接種であり、その結果増強された自然免疫が結核以外の感染症にも防御効果を示すと考えられています。

 科学論文の代表的なデータベースであるPubMedを検索したところ、その概念が提唱された2011年からCOVID-19のパンデミック前の2019年末までの9年間における訓練免疫に関連する論文数は243本でした。それに対して、パンデミック後の2020年から2022年の3年間の論文数は594本に上り、そのうち155本がCOVID-19にも関連するものでした。したがって、この訓練免疫もCOVID-19がきっかけとなって、研究が進んだ分野の一つと言えるかもしれません。なお、BCG以外のワクチンによる訓練免疫についても研究が行われており、特にBCGと同様の弱毒生ワクチンは、より効果的な訓練免疫を誘導する可能性が推測されています。今のところ、馬での訓練免疫はほとんど調べられていませんが、より効果的なワクチンの開発に向けて、今後発展が期待される研究分野と考えられます。

参考文献(いずれも外部リンク)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21575907/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35597182/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36993966/

2023年4月26日 (水)

TERMIS-EU@マンチェスター

企画調整室の福田です。

先日、イギリスのマンチェスターにおいて国際組織工学・再生医療学会(TERMIS)のEUチャプターが開催され、私と臨床医学研究室の田村で研究発表を行いました。この学会は2005年以来ヒトの再生医療の発展を担ってきた学会ですが、獣医学のセッションも設けられていて、近年では特にウマ関連の研究が多数発表されています。みなさんもたまに耳にしているようなiPS細胞や幹細胞を使って新しい組織再生技術を開発することは、ヒトにも動物にも共通のテーマなのです。

今回の学会では自分はウマの多血小板血漿(PRP)治療、田村は抗酸化物質と細胞に関する演題を発表し、海外の研究者と意見交換を行いました。

国際学会では研究に関する最先端の情報が飛び交っていますので、研究に関するトレンドを把握できるのがいいですね。

Image1shrink学会が開催されたマンチェスター中央会議場

Image2shrink古さと新しさが同居した街、マンチェスター

Image3shrinkマンチェスターといえば、なんといってもサッカーですね。

2023年4月22日 (土)

世界獣医麻酔学会@シドニー

 臨床医学研究室の太田です。

 3月末にシドニーで開催された世界獣医麻酔学会に参加してきました。本学会は3年に1回開催され、世界各国の獣医麻酔科専門医が集まり、あらゆる動物種の麻酔に関する最新の情報交換が行われます。当初は2021年秋に開催予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で2022年秋、さらに2023年春と2度延期され、4年半ぶりにようやく開催されました。

 今回の発表した3演題は、総研からではなく、全てトレーニング・センターの競走馬診療所からのものでした。JRAでは、総研だけでなく臨床現場でも、多忙な診療業務と並行して積極的に研究活動が行われています。これらの研究活動を専門家の立場からサポートするのも、総研の研究職の重要な役割となっています。

 シドニー市内は規制が緩和されてノーマスク、ほぼ以前と同じ規模・形式で開催され、数年前までは当たり前だったこの風景が、なんだか懐かしく感じられました。早く日本も元の状態に戻ることを願っています。


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