育成馬ブログ(日高④)

馬に触れることほど、人の内面を成長させるものはない

(お知らせ)BTC「育成調教技術者養成研修」研修生募集

 

 JRA日高育成牧場では、BTC(軽種馬育成調教センター)が実施している

「育成調教技術者養成研修」の研修生(以下、BTC研修生)の皆さんに、JRA

育成馬を活用した実践研修を行っています。

 研修期間は1年間で、前半は主にBTC内において元競走馬等の「教育用馬」を

使った騎乗訓練を受けることで、育成牧場で育成馬や競走馬に騎乗するための

基本的な技術や知識を習得していきます。

 一方、後半には当場において1~2歳のJRA育成馬の騎乗馴致や調教に携わる

とで、若馬の騎乗や取扱いといった、より実践的な経験を積んでいます。

 騎乗馴致の実習では、初めて鞍をつけて人を乗せるまでの過程を学びます。

もちろん若馬ですから、おとなしく、従順な馬ばかりではありません。敏感で

怖がりな馬、我が強い馬、学習能力が高い馬や低い馬など、様々な馬の馴致を

通して、人馬の信頼関係の重要性、各馬の個性の違い、日毎に成長する馬の精

神面を肌で感じる貴重な経験を積むことができます。 

Photo

当場職員から指導を受けながらドライビングをするBTC研修生(右)

  

 騎乗実習では馴致が終了して間もない若馬特有の動きや繊細さを実感すると

ともに、日を追うごとに走る力がついてくる若馬と一緒に、自身の技術面や精

神面の成長も感じることができます。12月現在、JAR育成馬は屋内坂路ウッド

チップコースでの調教をメインに実施しており、BTC研修生の皆さんにも騎乗

してもらっています(写真)。

Photo_2

屋内坂路での併走調教で騎乗するBTC研修生(右)

騎乗馬:(左)ジーニマジックの17(父スピルバーグ)、(中)タキオンメーカーの17(父アルデバラン)、(右)ミステリアスガールの17(父エスケンデレヤ)

 また、4月に当場で開催される「育成馬展示会」(2019年4月8日)では、大

勢のお客様の目の前で騎乗を披露してもらうことになります。ちなみに本年の

育成馬展示会では、9月のききょうステークス(オープン)に優勝することにな

るイッツクール号にもBTC研修生が騎乗していました(写真)。このように、

実践的かつ将来活躍が期待される若馬の背中をじかに感じることができるの

も、この研修の大きな魅力の1つかもしれません。

Photo_3

今年の育成馬展示会(2018年4月)でイッツクール号(当時の馬名:タキオンメーカーの16)に騎乗するBTC研修生(右)(写真提供:田中哲実氏)

 

 現在BTCでは、来年4月に開講される「育成調教技術者養成研修」の研修生を

募集しています。詳しくはこちらのホームページをご覧ください。

http://www.b-t-c.or.jp/btc_p200/p200_05.html

 

There’s nothing so good for the inside of a man as the outside of a horse.

馬に触れることほど、人の内面を成長させるものはない。

みなさんも、若馬と一緒にご自身の成長を感じながら、馬に携わる仕事を目指

してみてはいかがでしょうか?

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに

対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきま

したご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

 アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

育成馬ブログ 生産④

○ブセレリンを用いた発情誘起

 過去に同ブログおよび強い馬づくり講習会でデスロレリンを用いた発情誘起

についてご紹介いたしましたが、デスロレリンは輸入薬のため代わりに国内で

一般的に入手できる薬剤でできる方法はないかという質問を多数受けました。

文献を探していたところ、Journal of Equine Veterinary Scienceという米国

の雑誌に、ブセレリンを用いた発情誘起に関する報告が記載されていましたの

で、今回ご紹介いたします。

 

●ブセレリン製剤(エストマール注)

 ブセレリンはゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)様作用を持ち、我が国

では「エストマール注」という薬剤が牛の卵胞嚢腫、卵胞発育障害(卵巣静

止)、排卵障害の治療用として市販されています(図)。

 

1

図 ブセレリン製剤(エストマール注)

 

●発情誘起に対するブセレリンの効果

 米国にあるハグヤード馬医療機関およびケンタッキー大学のグループが、79

頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いた調査によると、ブセレリンの1日2回12.5μg

ずつ筋肉内投与により、卵胞が35~40mmに発育した牝馬は71%で、その平均

治療日数は10.42日であったと報告されています。卵胞の発育後、排卵した牝

馬は64%とやや低かったですが、受胎した牝馬は72%と高い割合を示しまし

た。

詳しく知りたい方は、2018年のJournal of Equine Veterinary Science 66号

p.98をご覧ください(英文)。

 

●デスロレリンとの効果の比較

 2018年5月の同ブログでも記載しましたが、日高軽種馬農協の柴田獣医師ら

のグループが、2014年から2016年にかけて87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用

いて行った調査によると、デスロレリンの1日2回150μgずつ筋肉内投与によ

り、卵胞が35~40mmに発育した牝馬は68/87頭(78.2%)で、その平均治療

日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。卵胞の発育後、交配か

ら2日以内に排卵した牝馬は43/46頭(93.5%)と、卵胞が発育してしまえば

ほとんどの牝馬が排卵に至ることがわかっていますが、受胎した牝馬は28/66

頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。しかしながら、排卵後に33/38頭

(86.8%)の牝馬が正常な発情サイクルを取り戻し、通常の方法での交配に移

行できたことが確認されています。

 ブセレリンとデスロレリンの効果を比較すると、卵胞が発育した牝馬の割合

はどちらも7割程度と遜色なく、平均治療日数はデスロレリンの方が約半分と短

く、排卵した牝馬の割合もデスロレリンの方が高い一方、受胎した牝馬

の割合はブセレリンの方が高いという結果でした。

 現在のところデスロレリン注射薬は国内では製造されておらず、使用するた

めには海外から輸入しなくてはなりませんが、ブセレリンは日本製の薬剤が市

販されています。何らかの原因により卵胞が発育しなくなってしまった牝馬の

治療の選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。

れらの方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。

育成馬ブログ 日高③

〇大腿骨遠位内側顆における軟骨下骨嚢胞について

 

 軟骨下骨嚢胞(subchondral bone cyst、いわゆる「ボーンシスト」、以下

SBC)は関節軟骨の下の骨が骨化不良を起こし発生する病変であり、遺伝、

栄養や増体率などの要因により、1~2歳の若馬の様々な骨に生じます。この

うち競走馬の育成に問題となるものとして、大腿骨遠位内側顆のSBCがあげら

れます。日高・宮崎両育成牧場では研究の一環として、毎年秋と春に育成馬の

膝関節のX線検査を行い、この病変の発生状況を調査しています。

馬の膝関節は図1の骨標本に示す位置にあり(図1)、SBCはX線写真では透亮

像(黒く抜けた所見)として認められます(図2)。

  1図1.馬の膝関節の位置

2

図2.左:症例のレントゲン像 右:正常像

 

この病変は図3のとおり大きさと形状によって4つのグレードに分けられます。

図3.SBCグレードごとの形状と大きさ(出典:Santschi et.al, 2015,

Veterinary surgery, 44(3), pp281-8 )

3

グレード1: 極わずかな軟骨下骨の窪み
グレード2: ドーム状の軟骨下骨の窪み
グレード3: ドーム状のX線透過部位を有する嚢胞
グレード4: 円形・釣鐘状のX線透過部位を有する嚢胞

4

図3.膝関節部を後ろから撮影した像

 

 SBCグレードは数値が高くなるに従い、予後が悪くなる傾向にありますが、

X線検査で大型(直径10mm以上)のSBCが確認された1歳馬において、跛行を

示したのは2割以下であり、SBCを確認した馬が必ずしも跛行を呈するわけでは

ないとの報告もあります(妙中ら, 2017, 北獣会誌, 61, 207-211)。

 症状を伴わない場合は治療を行う必要はなく、調教を進めることができます

が、跛行する場合の治療の選択肢としては、①関節内へのステロイド注入、

②関節鏡下での掻爬術、③螺子挿入術(図5)が挙げられます。①のステロイ

ド注入はエコーガイドもしくは関節鏡下でSBC内にコルチコステロイドを注入

する治療法で、SBC内および関節面の消炎作用を期待して行います。②の関節

鏡下での掻爬術はSBCの変性した軟骨を取り除き掻爬することで、健常な軟骨

下骨および関節軟骨の再生を促す治療法です。③の螺子挿入術はSBCを跨ぐよ

うにして螺子を挿入することで固定・補強する治療法です。

5

図5-①.ステロイド注入

5_2

5_3

図5-②.掻爬術

5_4

図5-③.螺子挿入術

 

 上述したSBCの治療法は一定の効果は認められているものの、ステロイド注

入法では2ヶ月、掻爬術では6ヶ月、螺子固定術では2ヶ月の休養が必要とされ

ます(Kawcak, 2011,  ADAMS&STASHAK’S LAMENESS IN HORSES

SIXTH EDITION, pp801-4およびSantschi et.al, 2015, Veterinary

surgery, 44(3), pp281-8 )。また、SBC自体に未解明の部分が多いため、

確実な治療法としては確立していません。そのため、日高・宮崎両育成牧場で

は、発症時期、原因、跛行との関連性および病変と競走成績の関連性を明らか

にするとともに、治療を含めた管理方法の確立を目指して研究を継続します。

育成馬ブログ(生産③)

○繁殖牝馬の歯科処置(生産③)

 近年世界的に馬の歯科処置の重要性が唱えられており、昨年日本ウマ科学会

が米国からDr. Raymond Q. Hyde氏(以下、Dr. Hyde)を招聘して講演会を

開催するなど具体的な技術が日本にも導入されつつあります。今回はJRA日高

育成牧場で行っている繁殖牝馬の歯科処置についてご紹介します。

 

●馬の歯の構造と摩耗

 馬は上顎が大きく、下顎が小さい構造をしているため(図1)、摩耗により

上顎の外側、下顎の内側の歯が尖りやすいという特徴があります(赤丸)。そ

のため、定期的に歯科用の鑢で歯の尖った部分を削る必要があります。Photo_2図1 上顎の外側、下顎の内側の歯が尖りやすい

 

●繁殖牝馬の口内炎

 繁殖牝馬の口腔内を検診すると、口内炎が見つかることがあります(図

2)。これは外側に尖った上顎の臼歯(赤矢印)が口腔粘膜を傷つけることに

よって起こります。このような異常があると痛みにより馬が十分飼料を食べら

れなくなり、ボディコンディションスコアが上がらない原因になることが考え

られます。

Photo_3

図2 繁殖牝馬に時々見られる口内炎

 

●定期的な歯科処置

 口内炎などの異常を治療および予防するため、JRA日高育成牧場では定期的

な歯科処置を行っています。馬を鎮静し、開口器を装着し、口腔内をくまなく

観察した後、問題となっている箇所を治療します。最近ではパワーツールと呼

ばれるバッテリー式の電動歯鑢が市販されており、短時間で尖った臼歯を削る

ことが可能になりました(図3)。

 

Photo_4

図3 電動歯鑢で尖った臼歯を削る

 

●妊娠している馬の歯科処置

 昨年来日したDr. Hydeに「妊娠している繁殖牝馬にはいつ歯科処置を行った

ら良いか?」と訊ねたところ、「(状態が安定している)妊娠3~7ヶ月に行う

と良い」という返事をいただきました。JRA育成牧場では離乳後の妊娠6~7ヶ

月の時期(具体的には9~10月になります)に繁殖牝馬全頭の歯科処置を行っ

ています。

 

今回の記事が繁殖牝馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(日高②)

○1歳馬によく見られる蹄病

 8月の最終週、日高育成牧場にはサマープレミアムセールおよびサマーセール

で購買した1歳馬44頭が入厩しました。入厩時には、馬体照合や体重測定など

の後、獣医師と装蹄師で馬体検査を行いますが、今回のブログでは、その際に

装蹄師が確認しているポイントのうち、よく見られる蹄病について説明します。

 

①蟻洞

 蟻洞とは、蹄の中にある分厚い丈夫な組織と軟らかい組織の結合が分離した

ものです。蹄の成長バランスの偏りや、硬い地面での激しい運動、急激な乾燥

や湿潤も原因もひとつです。痛みを認めない軽症例から、著しい痛みで歩様が

悪くなるような重症例まで症状によって様々です。

 治療法としては、鑢やナイフで患部を取り除き焼烙、消毒し、広範囲のもの

には蹄鉄を装着することもあります。図1のように小さな亀裂のみに見えても

患部を取り除いてみると広範囲で進行していることがあります(図2)。

  

1_3

図1.蟻洞(処置前)

Photo_2

図2.蟻洞(処置後)

 

②白線裂

 白線裂とは白線が分離したものです(図3、4)。蹄が真っ直ぐではなく

広がって伸びるような「広蹄」や、蹄質不良、特に白線の組織が脆い蹄などが

発症しやすくなります。不潔な馬房、蹄の手入れ不足、蹄の持続的な湿潤、蹄

の過度な摩滅や伸びすぎ、あるいは硬地上の激しい運動などの要因が考えられ

ます。白線裂の内部には不潔な角質や土砂などを含んでおり、割目が浅いもの

では跛行しませんが、割目が深く神経や血管のある部分まで達するものは歩様

に支障をきたします。

 治療法としては割目をナイフなどで綺麗に削り、消毒をします。普段から

などが詰まらないよう清潔にすることが重要です。痛みが強く肢が地面に着け

ないような症例には蹄鉄で保護することもあります。

 

Photo_4

図3.正常な蹄の白線 

Photo_5

図4.白線裂

 

③裂蹄

 裂蹄とは蹄壁の一部が割れて裂けたのです。蹄が真っ直ぐではなく歪んで生

えてくるような蹄に多く見られ、冬場など乾燥して蹄に水分が少なくなり硬く

なると割れやすくなります。(人間の爪が冬場に乾燥し割れやすくなるのと同

じです)。軽症例では痛みほとんどありませんが、重度になると裂け目が神経

や血管のある部分まで達し、出血し痛みが出る場合があります。

 治療法としては蹄のバランスを整え、裂け目が現状以上進まないよう綺麗に

削り、蹄用の接着剤などで抑えることもあります。

 

Photo_6

図5.裂蹄

 

 入厩時は初めて見る馬達ばかりなので、この様な疾病等を見逃さないように

注意してより深く観察し、重症化する前に早急に対処する必要があります。

そのため日高育成牧場では獣医師と装蹄師が連携して様々な疾病の早期発見・

早期治療に努めています。

育成馬ブログ 生産編②

○ 米国の伝統的な離乳方法

 

 離乳の季節になりました。当ブログでは今までに何度か離乳について

取り上げていますが、今回は米国の伝統的な離乳方法についてご紹介します。

 

● 米国の種付方法

 米国の伝統的な離乳方法を理解する前に、種付についてお話しします(図1)。

米国ケンタッキー州では牧場が密集しており、どの牧場からどの種馬場まで

種付に行っても1.5~2時間で帰ってこれる距離にあります。そのため、子馬の

輸送ストレスや感染症のリスクを考え、子馬を馬房内に置いて母馬のみ種馬場

に連れて行くというスタイルが普及していました。この方法が安全に行える

ように、米国の馬房は馬栓棒ではなく扉が備え付けられていました。また、

子馬が怪我をしないように母馬が種付に行く際には水桶や飼桶は外されて

いました。ちなみに、母馬は牧場スタッフではなく輸送業者が連れて行き、

帰厩時は興奮した母馬が子馬を蹴ることを防ぐため最初の授乳までスタッフが

母馬を保定していました。

 

Photo

図1 米国では子馬を馬房内に置いて種付に行く

 

● 米国の伝統的な離乳方法

 種付と同じく、離乳の際にも子馬を馬房内に置いて母馬を引いて他の放牧地

に移すというのが米国の伝統的な方法でした(図2)。前述したとおり、米国

の馬房は安全性を考慮し扉が備え付けられており、さらに離乳の際には水桶や

飼桶などの突起物が撤去されます。母馬が別の放牧地に移動し、鳴き声が届か

なくなってから子馬たちはもともと放されていた放牧地に出され、そのまま昼

夜放牧がなされていました。

 

Photo_2

図2 米国の伝統的な離乳では子馬を馬房に残して母馬を移動させる

 

●「間引き法」での離乳

 上記の方法はあくまでも伝統的なやり方であり、米国でも現在JRA日高育成

牧場が行っているのと同じく「間引き法」での離乳を採用している牧場も多く

ありました。JRA日高育成牧場で行っている「間引き法」は、まずリードホー

スとして母性本能の強い子育て経験の豊富な子なし牝馬を放牧地の中に導入

し、その後、1週目に母馬を2頭、2週目に3頭という感じで母馬を間引いてい

き、徐々にリードホースと子馬だけにするという方法です(図3)。母馬を間

引かれて不安な気持ちになっている子馬の周囲にリードホース、まだ離乳の終

わっていない母子、離乳が終わってすでに落ち着いた子馬がいるため、離乳さ

れた子馬も徐々に落ち着きを取り戻し、ストレスを軽減することができます。

最後にはリードホースを移して子馬だけの群れにします。

 

Photo_3

図3 JRA日高育成牧場で行っている「間引き法」

 

 米国の伝統的な離乳方法も間引き法も、根底にあるのは「子馬の環境は変え

ずに母馬を移動させることで子馬にかかるストレスを軽減する」という考え方

です。今回の記事が離乳前後の子馬の管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(日高①)

○第46回 生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム

 

 7月19日、本年のセレクトセール・セレクションセールで購買した1歳馬

たちが日高育成牧場に入厩しました。これから来年4月のブリーズアップセール

に向けた長い道のりが始まるわけですが、まずは無事に入厩できたことに

ほっとしております。

 

Photo

左「グレイスフルアートの17」(牡 父:エピファネイア)

右「ラフォルトゥナの17」(牡 父:エスケンデレヤ) 

 

 さて、今回の育成馬ブログでは、7月12日に新ひだか町内の静内エクリプス

ホテルで行われた「第46回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」

についてお伝えします。これは、生産地で見られるさまざまな疾病や感染症など、

軽種馬の保健衛生に関する問題とその対応策の検討を目的としており、

生産地の獣医師、生産育成関係者、外部学識経験者および本会職員による

講演が行われるものです。

 

Photo_2

会場は満席の大盛況

 

 本年度は、【スポーツ科学の実践への応用―ラボから現場へー】という

テーマで、調教師、育成牧場の獣医師、そして馬の運動セイリ学者がそれぞれの

視点から競走・育成調教の現場に対するスポーツ科学の応用に関する

演題5題を発表しました。

 参加者は204人と例年を上回り、スポーツ科学に対する育成現場の関心の

高さを伺わせました。

  

Photo_3

瀬瀬獣医師(エクワインレーシング)

 

 むかわ町にある育成牧場エクワインレーシングの瀬瀬獣医師は、調教中の

心拍数や乳酸値を測定することで、調教が心肺機能や筋力強化にどのような

効果があるか検証されており、それらの数値をもとに調教メニューを組み立て

ているとのことでした。また、当場の胡田獣医師は、過去10年分のV200の

データ(詳細はこちら)を比較することで、坂路馬場の管理方法の変化が調教

負荷に及ぼす影響や、坂路調教の有用性について検討した内容を発表しました。

 本シンポジウムを通して、世界で戦うことができる強い馬を作るためには、

これまでの経験や勘に加えて、人のアスリート同様にスポーツ科学を日々の

調教に導入することが常識的になりつつあることを感じました。

 この分野の研究がさらに発展し、その成果が広く現場にフィードバック

されるとよいですね。

 

※講演の抄録はこちら

育成馬ブログ(生産編①) その2

前回(その1)に引き続き

○クラブフットの対処法(生産①) その2

 

・装蹄療法①:ヒールアップ法

 まず、最初に行ったのは、蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させること

を目的とした「ヒールアップ法」でした。エクイロックスという充填剤を

蹄踵部に接着するもので、1週間ほど(5月22日~5月29日)継続しましたが、

良化しなかったため次の療法に切り替えました。もちろん「ヒールアップ法」

で良化する症例も多く認められますが、本例に対しては効果がなかったようです。

 

Photo_2

図3 ヒールアップ法(蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させる)

 

・装蹄療法②:エクステンション法(ヒールダウン)

 次に行ったのは「エクステンション法」でした。ヒールアップとは正反対な

考え方になりますが、蹄尖部に充填剤を接着し、ロングトゥの状態にすること

で深屈腱を伸ばし、クラブフットを治療する方法です。深屈腱を無理矢理伸ばす

ような形になるため、同時に腱を伸ばす効果のあるオキシテトラサイクリンを

2日に1回、計3回投与しました。また、蹄尖部を引き摺って充填剤が摩滅し

効果がなくなってしまうのを防ぐため、特殊蹄鉄を作成し(図4)、それを

蹄尖部にエクイロックスで接着しました(図5)。

 

Photo_3

図4 特殊蹄鉄(蹄尖部の摩滅を防ぐ)

 

Photo_4

図5 エクステンション法(ヒールダウン)

 

●昼夜放牧を再開したタイミング

 エクステンション法(ヒールダウン)を5月30日に行った後は良化し、

6月14日にはクラブフットが治癒したため装蹄療法を終了できました

(図6)。クラブフット発症の原因となった昼夜放牧への切り替えまでには

もう1週間ほど時間をおき、6月23日から昼夜放牧を再開しました。

その後は良好に経過し、クラブフットの再発は認められませんでした。

今回の症例から学んだのは、昼夜放牧を開始した直後はクラブフットの兆候が

ないか子馬を良く観察することが大切であるということです。

また、対処法の選択肢をあらかじめ複数用意しておき、症例の状況に応じて

臨機応変に対応することが重要だと思われました。

 

Photo_5

図6 治癒後の蹄

 

今回の記事が子馬のクラブフットの管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(生産編①) その1

○クラブフットの対処法(生産①) その1

 

 クラブフットは生後3~6ヶ月の間に多く発生すると言われているため、

これからの時期に注意が必要な病気です。今回は、昨年JRA日高育成牧場で

発生した症例についてご紹介します。

 

●クラブフットとは

 クラブフットとは球節以下の外貌がゴルフクラブのように見える蹄病です。

原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと言われています

が、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立していません。

発症時期は生後3~6ヶ月の間が最も多く、その進行は極めて速いことで

知られています。早期発見・早期処置によりある程度の進行は抑制できます

が、当歳時に形成された蹄形の完全治癒は望めません。

以下にクラブフットの指標となるグレード(Dr. Reddenによる分類)

を示します(図1)。

 

・グレード1

  正常な対側蹄に比較して蹄角度は3~5度高く、軽度な肢軸の前方破折に

 より、蹄冠部の軽い肥厚が認められます。

・グレード2

  正常な対側蹄に比較して蹄角度は5~8度高く、肢軸の前方破折のため

 蹄冠部は肥厚し、蹄輪間隔は蹄踵側で広くなります。

・グレード3

  蹄尖部は凹湾し、蹄踵部の蹄輪幅は蹄尖部の2倍になります。蹄叉尖の

 前方の蹄底には、蹄骨による圧迫痕が認められ、蹄冠部は著しく肥厚

 します。X線所見では蹄骨のローテーション、先端部の脱灰とリッピングが

 認められます。

・グレード4

  蹄角度は80度以上、蹄尖壁は顕著な凹湾となります。蹄踵部の蹄輪幅は

 蹄尖部の2倍以上となり、蹄踵壁の高さは蹄尖部と同等か、高くなります。

 X線所見では蹄骨の著しいローテーション、先端部の明瞭な脱灰と丸い

 リッピングが認められます。

 

Photo

図1 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)

 

●JRA日高育成牧場で発生した症例

 昨年、JRA日高育成牧場の当歳馬で発生した症例について紹介します。

3月20日に生まれた牝馬で、5月17日に昼夜放牧(13時放牧、8時集牧の

19時間放牧)を開始しました。すると、5月18日の朝には歩様の硬さが

認められ、5月19日の朝にはクラブフットが確認されました(図2)。

進行が極めて速いと言われているとおりに、発見された時にはすでに

グレード2の状態になっていました。同馬の場合、昼夜放牧を開始した時期と

クラブフットが発生した時期が一致していたため、放牧を昼放牧

(8時放牧、15時30分集牧の7.5時間放牧)に切り替え、装蹄療法を行いました。

Photo_7

図2 JRA日高育成牧場の当歳馬に認められたクラブフット(グレード2)

(つづく)

育成馬ブログ 生産編⑪ その2

前回(その1)に引き続き、

○ロドコッカス感染症への対策 その2

 

●肺のエコー検査

 米国では子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されていました(図3)。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で全頭エコーによる

肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス感染症による肺炎と診断されます。

エコー検査では、下記のように膿瘍の大きさによりロドコッカス肺炎の程度が

評価されます(出典「Color Atlas of Diseases and Disorders of the

Foal」)。

グレード0:膿瘍が認められない
グレード1:膿瘍が1cm未満
グレード2:膿瘍が1~2cm
グレード3:膿瘍が2~3cm
グレード4:膿瘍が3~4cm
グレード5:膿瘍が4~5cm
グレード6:膿瘍が5~6cm
グレード7:膿瘍が6~7cm
グレード8:膿瘍が7~9cm
グレード9:膿瘍が9~11cm
グレード10:肺全体が侵されている

Photo図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査を行う

 

●治療に用いられる抗菌薬

 米国では、リファンピシンとクラリスロマイシンという抗菌薬の経口投与に

よる治療が一般的でした。クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されて

いましたが、日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという抗菌薬が

使用されています。エコー検査で肺の膿瘍が縮小および消失が確認される

まで、1日2回経口投与します。

 

●スクリーニング検査で膿瘍が見つかったら治療する方法

 2011年の社台ホースクリニック・カンファレンスでノーザンファームの

長嶺夏子先生がロドコッカス感染症に対するスクリーニング検査に関する

調査を発表しています(タイトルは「R. equi.常在牧場における当歳馬の定期

肺エコー検査によるモニタリングとその効果」)。

それによると、生後4週齢で全頭に対し肺のエコー検査を実施し、

グレード3以上(膿瘍の大きさが2cm以上)だった子馬に

リファンピシンとアジスロマイシンによる治療をグレード1以下(

膿瘍が1cm未満)になるまで行うという方法で管理したところ、

早期発見・早期治療により抗菌薬の使用量が減少し、全体の治療費を

削減できたという結果でした。毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる

牧場ではこのような方法も有効かもしれません。

 

●ロドコッカス感染症対策のポイント

 以上より、ロドコッカス感染症対策のポイントをまとめます。日本では

血漿製剤が手に入らないため、それ以外でできる対策について記載します。

まず、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は細菌感染に弱い状態である

ことを認識し、この時期は毎日検温するなど注意深く観察することが

重要です。また、子馬が発熱した場合にはロドコッカス感染症(肺炎)である

可能性を考慮し、獣医師に肺のエコー検査を依頼しましょう。

さらに、毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる牧場では、

生後4~6週齢(1~1.5ヶ月齢)で全頭にエコーによる肺のスクリーニング検査

を行うことで早期発見・早期治療に繋がり、結果的に治療費を削減できる

可能性があります。

 

今回の記事が子馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

 

Photo_3