育成馬ブログ(日高①)

○第46回 生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム

 

 7月19日、本年のセレクトセール・セレクションセールで購買した1歳馬

たちが日高育成牧場に入厩しました。これから来年4月のブリーズアップセール

に向けた長い道のりが始まるわけですが、まずは無事に入厩できたことに

ほっとしております。

 

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左「グレイスフルアートの17」(牡 父:エピファネイア)

右「ラフォルトゥナの17」(牡 父:エスケンデレヤ) 

 

 さて、今回の育成馬ブログでは、7月12日に新ひだか町内の静内エクリプス

ホテルで行われた「第46回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」

についてお伝えします。これは、生産地で見られるさまざまな疾病や感染症など、

軽種馬の保健衛生に関する問題とその対応策の検討を目的としており、

生産地の獣医師、生産育成関係者、外部学識経験者および本会職員による

講演が行われるものです。

 

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会場は満席の大盛況

 

 本年度は、【スポーツ科学の実践への応用―ラボから現場へー】という

テーマで、調教師、育成牧場の獣医師、そして馬の運動セイリ学者がそれぞれの

視点から競走・育成調教の現場に対するスポーツ科学の応用に関する

演題5題を発表しました。

 参加者は204人と例年を上回り、スポーツ科学に対する育成現場の関心の

高さを伺わせました。

  

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瀬瀬獣医師(エクワインレーシング)

 

 むかわ町にある育成牧場エクワインレーシングの瀬瀬獣医師は、調教中の

心拍数や乳酸値を測定することで、調教が心肺機能や筋力強化にどのような

効果があるか検証されており、それらの数値をもとに調教メニューを組み立て

ているとのことでした。また、当場の胡田獣医師は、過去10年分のV200の

データ(詳細はこちら)を比較することで、坂路馬場の管理方法の変化が調教

負荷に及ぼす影響や、坂路調教の有用性について検討した内容を発表しました。

 本シンポジウムを通して、世界で戦うことができる強い馬を作るためには、

これまでの経験や勘に加えて、人のアスリート同様にスポーツ科学を日々の

調教に導入することが常識的になりつつあることを感じました。

 この分野の研究がさらに発展し、その成果が広く現場にフィードバック

されるとよいですね。

 

※講演の抄録はこちら

育成馬ブログ(生産編①) その2

前回(その1)に引き続き

○クラブフットの対処法(生産①) その2

 

・装蹄療法①:ヒールアップ法

 まず、最初に行ったのは、蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させること

を目的とした「ヒールアップ法」でした。エクイロックスという充填剤を

蹄踵部に接着するもので、1週間ほど(5月22日~5月29日)継続しましたが、

良化しなかったため次の療法に切り替えました。もちろん「ヒールアップ法」

で良化する症例も多く認められますが、本例に対しては効果がなかったようです。

 

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図3 ヒールアップ法(蹄踵部を上げることで深屈腱を弛緩させる)

 

・装蹄療法②:エクステンション法(ヒールダウン)

 次に行ったのは「エクステンション法」でした。ヒールアップとは正反対な

考え方になりますが、蹄尖部に充填剤を接着し、ロングトゥの状態にすること

で深屈腱を伸ばし、クラブフットを治療する方法です。深屈腱を無理矢理伸ばす

ような形になるため、同時に腱を伸ばす効果のあるオキシテトラサイクリンを

2日に1回、計3回投与しました。また、蹄尖部を引き摺って充填剤が摩滅し

効果がなくなってしまうのを防ぐため、特殊蹄鉄を作成し(図4)、それを

蹄尖部にエクイロックスで接着しました(図5)。

 

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図4 特殊蹄鉄(蹄尖部の摩滅を防ぐ)

 

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図5 エクステンション法(ヒールダウン)

 

●昼夜放牧を再開したタイミング

 エクステンション法(ヒールダウン)を5月30日に行った後は良化し、

6月14日にはクラブフットが治癒したため装蹄療法を終了できました

(図6)。クラブフット発症の原因となった昼夜放牧への切り替えまでには

もう1週間ほど時間をおき、6月23日から昼夜放牧を再開しました。

その後は良好に経過し、クラブフットの再発は認められませんでした。

今回の症例から学んだのは、昼夜放牧を開始した直後はクラブフットの兆候が

ないか子馬を良く観察することが大切であるということです。

また、対処法の選択肢をあらかじめ複数用意しておき、症例の状況に応じて

臨機応変に対応することが重要だと思われました。

 

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図6 治癒後の蹄

 

今回の記事が子馬のクラブフットの管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(生産編①) その1

○クラブフットの対処法(生産①) その1

 

 クラブフットは生後3~6ヶ月の間に多く発生すると言われているため、

これからの時期に注意が必要な病気です。今回は、昨年JRA日高育成牧場で

発生した症例についてご紹介します。

 

●クラブフットとは

 クラブフットとは球節以下の外貌がゴルフクラブのように見える蹄病です。

原因は、深屈腱の拘縮や腱と骨の成長速度のアンバランスと言われています

が、いまだ発症機序は明らかにされておらず、予防法も確立していません。

発症時期は生後3~6ヶ月の間が最も多く、その進行は極めて速いことで

知られています。早期発見・早期処置によりある程度の進行は抑制できます

が、当歳時に形成された蹄形の完全治癒は望めません。

以下にクラブフットの指標となるグレード(Dr. Reddenによる分類)

を示します(図1)。

 

・グレード1

  正常な対側蹄に比較して蹄角度は3~5度高く、軽度な肢軸の前方破折に

 より、蹄冠部の軽い肥厚が認められます。

・グレード2

  正常な対側蹄に比較して蹄角度は5~8度高く、肢軸の前方破折のため

 蹄冠部は肥厚し、蹄輪間隔は蹄踵側で広くなります。

・グレード3

  蹄尖部は凹湾し、蹄踵部の蹄輪幅は蹄尖部の2倍になります。蹄叉尖の

 前方の蹄底には、蹄骨による圧迫痕が認められ、蹄冠部は著しく肥厚

 します。X線所見では蹄骨のローテーション、先端部の脱灰とリッピングが

 認められます。

・グレード4

  蹄角度は80度以上、蹄尖壁は顕著な凹湾となります。蹄踵部の蹄輪幅は

 蹄尖部の2倍以上となり、蹄踵壁の高さは蹄尖部と同等か、高くなります。

 X線所見では蹄骨の著しいローテーション、先端部の明瞭な脱灰と丸い

 リッピングが認められます。

 

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図1 クラブフットのグレード(Dr. Reddenの分類から)

 

●JRA日高育成牧場で発生した症例

 昨年、JRA日高育成牧場の当歳馬で発生した症例について紹介します。

3月20日に生まれた牝馬で、5月17日に昼夜放牧(13時放牧、8時集牧の

19時間放牧)を開始しました。すると、5月18日の朝には歩様の硬さが

認められ、5月19日の朝にはクラブフットが確認されました(図2)。

進行が極めて速いと言われているとおりに、発見された時にはすでに

グレード2の状態になっていました。同馬の場合、昼夜放牧を開始した時期と

クラブフットが発生した時期が一致していたため、放牧を昼放牧

(8時放牧、15時30分集牧の7.5時間放牧)に切り替え、装蹄療法を行いました。

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図2 JRA日高育成牧場の当歳馬に認められたクラブフット(グレード2)

(つづく)

育成馬ブログ 生産編⑪ その2

前回(その1)に引き続き、

○ロドコッカス感染症への対策 その2

 

●肺のエコー検査

 米国では子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されていました(図3)。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で全頭エコーによる

肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス感染症による肺炎と診断されます。

エコー検査では、下記のように膿瘍の大きさによりロドコッカス肺炎の程度が

評価されます(出典「Color Atlas of Diseases and Disorders of the

Foal」)。

グレード0:膿瘍が認められない
グレード1:膿瘍が1cm未満
グレード2:膿瘍が1~2cm
グレード3:膿瘍が2~3cm
グレード4:膿瘍が3~4cm
グレード5:膿瘍が4~5cm
グレード6:膿瘍が5~6cm
グレード7:膿瘍が6~7cm
グレード8:膿瘍が7~9cm
グレード9:膿瘍が9~11cm
グレード10:肺全体が侵されている

Photo図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査を行う

 

●治療に用いられる抗菌薬

 米国では、リファンピシンとクラリスロマイシンという抗菌薬の経口投与に

よる治療が一般的でした。クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されて

いましたが、日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという抗菌薬が

使用されています。エコー検査で肺の膿瘍が縮小および消失が確認される

まで、1日2回経口投与します。

 

●スクリーニング検査で膿瘍が見つかったら治療する方法

 2011年の社台ホースクリニック・カンファレンスでノーザンファームの

長嶺夏子先生がロドコッカス感染症に対するスクリーニング検査に関する

調査を発表しています(タイトルは「R. equi.常在牧場における当歳馬の定期

肺エコー検査によるモニタリングとその効果」)。

それによると、生後4週齢で全頭に対し肺のエコー検査を実施し、

グレード3以上(膿瘍の大きさが2cm以上)だった子馬に

リファンピシンとアジスロマイシンによる治療をグレード1以下(

膿瘍が1cm未満)になるまで行うという方法で管理したところ、

早期発見・早期治療により抗菌薬の使用量が減少し、全体の治療費を

削減できたという結果でした。毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる

牧場ではこのような方法も有効かもしれません。

 

●ロドコッカス感染症対策のポイント

 以上より、ロドコッカス感染症対策のポイントをまとめます。日本では

血漿製剤が手に入らないため、それ以外でできる対策について記載します。

まず、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は細菌感染に弱い状態である

ことを認識し、この時期は毎日検温するなど注意深く観察することが

重要です。また、子馬が発熱した場合にはロドコッカス感染症(肺炎)である

可能性を考慮し、獣医師に肺のエコー検査を依頼しましょう。

さらに、毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる牧場では、

生後4~6週齢(1~1.5ヶ月齢)で全頭にエコーによる肺のスクリーニング検査

を行うことで早期発見・早期治療に繋がり、結果的に治療費を削減できる

可能性があります。

 

今回の記事が子馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

 

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育成馬ブログ 生産編⑪ その1

○ロドコッカス感染症への対策 その1

 

 暖かくなり、子馬のロドコッカス感染症(肺炎)が多発する時期と

なりました。今回は、JRA日高育成牧場および米国ケンタッキー州での

ロドコッカス感染症対策についてご紹介します。

 

●ロドコッカス感染症の好発時期と子馬の血清中のIgG量の変化

 ロドコッカス感染症はロドコッカス・エクイ菌(Rhodococcus equi.)

という細菌が原因の感染症で、出生直後よりも3~12週齢(1~3ヶ月齢)

での発症が多いことが知られています。細菌感染に対する免疫力の指標となる

子馬の血清中の抗体(IgG)量の変化をJRA日高育成牧場で

2014年から2017年に生まれた23頭の血清を用いて測定しました。

その結果、初乳を摂取したばかりの出生1日後をピークに、2ヶ月後まで

ゆるやかに減少していくことがわかりました(図1)。

この抗体(IgG)量が減少し免疫が低下する時期に土壌中などに生息する

ロドコッカス・エクイ菌に曝露されると、感染しやすく肺炎を発症しやすい

ということになります。そのため、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は

細菌感染に弱いという認識を持ち、毎日検温するなど注意深く観察することが

この病気の早期発見・早期治療に対して重要なポイントとなります。

 

 

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図1 子馬の血清中の抗体(IgG)量は出生2ヶ月後まで下がり続ける

 

●新生子馬に対する血漿製剤の投与

 米国では子馬が感染しやすい病原体に対する抗体価を高めた血漿製剤が

市販され、広く普及していました。中でもロドコッカス・エクイ菌に対する

抗体が入ったものは最も一般的でした(図2)。ダービーダンファームでは

出生翌日に全頭に対してロドコッカス・エクイ菌およびウェルシュ菌

(Clostridium perfringens)に対する抗体が入った製剤を、

そして生後1ヶ月齢でロドコッカス・エクイ菌のみに対する抗体が入った製剤を

投与していました。副作用は特に認められませんでした。

1本約300ドルと高価ですが、ひとたびロドコッカス感染症により肺炎を

発症すれば長期間に及ぶ抗菌薬の投与が必要となり、それ以上の経費が

かかるため、血漿製剤を打つことで予防できるなら結局経済的だという

考え方がなされていました。

 

 

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図2 米国では市販の血漿製剤が普及している

 

●血漿製剤のロドコッカス肺炎の予防効果(ケンタッキー大学での調査)

 ケンタッキー大学の調査チームが過去に市販の血漿製剤のロドコッカス肺炎に

対する予防効果について発表しているので、ご紹介します(2015 AAEP

Proceedings p.37-38)。18頭の健康な当歳馬を用い、

半数の9頭を投与群とし生後48時間以内に血漿製剤を投与し、

もう半数の9頭はコントロール群として投与しませんでした。

そして全頭に生後48時間以降1週間以内にロドコッカス・エクイ菌を

人工的に暴露し、生後1~2週間の期間中に2回肺のエコー検査、

血液検査および気管支肺胞洗浄検査(BAL)を行い、肺の膿瘍のスコア、

血液中の白血球数、血小板数、フィブリノーゲンおよびIgG、

そして気管支肺胞洗浄液(BALF)中のIgGを測定しました。

その結果、エコー検査のスコア、血液中の白血球数、血小板数および

フィブリノーゲン濃度は全て血漿製剤を投与された群の値が

コントロール群の値よりも有意に低く、血清中およびBALF中のIgGは

血漿製剤を投与された群の値がコントロール群の値より有意に高いことが

わかりました。このことから、市販の血漿製剤は免疫力を高め、

ロドコッカス肺炎の予防に繋がる可能性が示されました。

このような調査研究の結果をもとに、米国の生産牧場では新生子馬に対する

血漿製剤の投与が普及していました。

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑩

○2018JRAブリーズアップセールを振り返って

 

 4月24日に開催されました「2018JRAブリーズアップセール」には、

多数の関係者の皆様にご参加いただき誠にありがとうございました。

育成牧場の担当者としても、上場馬が多くのお客様から高評価を

いただけたことを感謝申し上げる次第です。

 私たち育成担当者にとってのセール当日の騎乗供覧は、昨年秋の

騎乗馴致から約8ヶ月に亘って行ってきた育成調教の成果を披露する

場として捉えています。今年の所感としては、セール史上最速の

上がり2ハロン22.4秒をマークしたNo.12ジョンコの16(父:ノヴェリスト)を

はじめ、なかにはゴール板を過ぎて向正面までスピードを落とさずに

走り切った馬もいるなど、中山の急坂を最後までスピードを落とさずに

走り切る馬が多かったように感じています。

  

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ブリーズアップセール史上最速2F22.4秒をマークした

No.12 ジョンコの16 (父:ノヴェリスト ご購買者:島川隆哉様)

 

騎乗供覧動画

https://www.youtube.com/watch?v=f0JKIzD04hs

 

 この理由として、以前の当欄でも触れたように、昨年以上に負荷のかかる

調教を1歳時から継続的に実施できたことを一番の要因として考えています。

本年の上場馬に実施してきた調教の特徴をご紹介すると、

①負荷のかかる坂路コースでの調教回数を増やした。

②調教強度(スピード)の設定には、馬の状態や騎乗者の

 感覚だけではなく、乳酸値や心拍数などの客観的データを用いた。

③長い距離を乗り込むよりも、短い距離で強い負荷をかける調教を中心に行った。

 

 またこの他にも、BCS(ボディコンディションスコア)を最終的に

概ね5.0~5.5の範囲内にして、強い調教に耐えうる健全な馬体を

つくるように給餌量を調整してきました。

 もちろん、課題もあります。

 日高で育成調教した58頭のうち10頭を欠場させてしまいました。

原因の多くは運動器疾患であり種類や部位は様々ですが、

3頭が欠場に至った深管骨瘤については今後も発症馬についての

詳細な調査を重ねながら、適切な予後判定・予防・治療方法および

リハビリメニューの構築を目指していきたいと思います。

強い負荷をかけた調教を行いながら、欠場に至るような疾病を

予防することで、質量いずれも高いラインナップになるような

セールを目指して、今後も邁進していきます。

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

 JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。

当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。

皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として

活用させていただきます。

 アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

育成馬ブログ 生産編⑩

○デスロレリン注射剤を用いた発情誘起

 

 BCSの低い上がり馬など、春先にいつまでたっても卵胞が発育せず

排卵しなくて困った経験はないでしょうか?今回は妊娠中に骨折し、

分娩後デスロレリン注射剤を用いて発情誘起し、排卵に至った症例について

ご紹介します。

 

●卵胞が発育せず排卵しなくなる原因

 無排卵状態が続く原因として、高齢、日照不足、寒冷、栄養不足、

生殖器疾患などが挙げられます。

 

●妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬の一例

 JRA日高育成牧場において、分娩後に無排卵状態に陥った症例の

経過をご紹介します。

 同馬は3歳未勝利で引退し(引退の理由は両後肢の第3中足骨の骨折)、

昨年4歳で交配を行い受胎しました。妊娠7ヶ月目の昨年10月29日に

放牧地にて両後肢の第1趾骨を骨折し、螺子固定術を実施しました。

胎子の健全な発育を考慮すると放牧をしたいところですが、

運動制限(馬房内休養およびウォーキングマシンによる運動のみ)を

せざるを得ず、さらに疝痛予防の観点から濃厚飼料の給餌量は

必要最小限まで抑えられました。その結果、分娩時のBCS

(ボディコンディションスコア)は4点台まで下がりました。

3月2日に無事に健康な子馬を分娩できましたが、分娩後も依然として

BCSは増加せず(図1)、卵胞は約1ヶ月発育せず、排卵しませんでした。

このような馬に対して、排卵促進剤の一つであるデスロレリン注射剤

(150μgを1日2回筋肉内、卵胞が35~40mmに発育するまで、図2)

を投与すると、卵胞発育を促進させる効果があると考えられています。

このことから、この馬に対しても試してみたところ、開始から9日後の

超音波検査で卵胞が35mm程度に発育していることが確認され、

さらに交配前日に別の排卵促進剤(hCG、3000IU)を投与し、

4月13日に交配、翌日に排卵が確認されました。

なお、2週間後の妊娠鑑定で受胎が確認されています。

 

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図1 妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬

 

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図2 デスロレリン注射剤(輸入薬)

 

●発情誘起に対するデスロレリン注射剤の効果

 日高軽種馬農協の柴田獣医師らのグループが、2014年から2016年にかけて

87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いて行った調査によると、同法により

卵胞が35~40mmに発育した牝馬は68/87頭(78.2%)で、

その平均治療日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。

卵胞の発育後、交配から2日以内に排卵した牝馬は43/46頭(93.5%)と、

卵胞が発育してしまえばほとんどの牝馬が排卵に至ることがわかっています

が、受胎した牝馬は28/66頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。

しかしながら、排卵後に33/38頭(86.8%)の牝馬が正常な発情サイクルを

取り戻し、通常の方法での交配に移行できたことが確認されています。

詳しく知りたい方は、以下リンク先の2016年生産地シンポジウムの抄録

p.59-63をご覧ください。

 

http://keibokyo.com/wp-content/uploads/2016/06/16生産地シンポ抄録集.pdf

 

 何らかの原因により卵胞が発育しなくなってしまった牝馬の治療の

選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。

現在のところデスロレリン注射剤は国内では製造されておらず、

使用するためには海外から輸入しなくてはなりません。

この方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。

育成馬ブログ 日高⑨(その2)

その1 はこちら

○調教方針の一新と従来との比較

 

 本年上場予定の日高の育成馬の調教で、昨年までと異なる点は

坂路の馬場状態だけではありません。調教メニューも大きく変更しました。

過去に競走馬総合研究所で行った調査において、

成績上位の厩舎は下位厩舎に比べて駆歩以上の速度における

走行距離が少ないにも関わらず、有酸素エネルギー系に強い運動負荷が

かかっていることが報告されました。

この結果から、短い距離で負荷のかかる調教を高頻度に行うことで、

競走馬としての能力をより引き出すことができる可能性が考えられました。

そこで、本年は調教時の負荷および走行距離について方針転換を行いました。

昨年までの2月から3月にかけての調教は、屋内800m馬場を中心とし、

坂路調教の頻度は週に2回でした。坂路調教は2月開始時点では

F19を2本程度であり、その後はタイムを徐々に縮め、

3月は1本目F17、2本目F16程度で行ってきました。

一方、本年は調教の中心を坂路に移行しました。週に3回坂路調教を行い、

3月になると週に2回はほとんどの馬の乳酸値が10mmol/lを超える、

負荷の高いトレーニングを行いました。

また、翌日にはF30程度のハッキングを取り入れ馬を

リラックスさせることで、調教にメリハリをつけました。

走行距離に関しては、調教場の中心が坂路になったことにより、

従来の800m馬場を中心とした調教に比べて

トータルの走行距離を短縮しました。

 

 

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2月下旬某週の調教メニュー(黄色が強調教日)

 

 本年の育成馬の能力を評価する参考として、

3月下旬に測定したV200の結果を以下に挙げます。

V200とは、Velocity at heart rate of 200 beats/minの略称であり、

”心拍数が200拍/分に達した時のスピード”を意味します。

1980年代にスウェーデンのパーソン教授によって提唱された

馬の持久力(有酸素能力)の指標で、育成馬や競走馬の体力評価に

利用されています。V200の詳細については以前の記事をご参照ください。

 https://blog.jra.jp/ikusei/2011/02/v200-ff85.html
 https://blog.jra.jp/ikusei/2011/03/v200-a3ca.html

 

 

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過去10年のV200の数値比較

 

 本年18年の結果は過去10年と比較して最も高値でした。

V200値のみで競走馬の能力を語ることはできませんが、

本年の育成馬の有酸素能力が高いことは、

乳酸値が上がるトレーニングをしっかりと行ってきた結果が

反映されたものと考えることができます。

 

 2018年ブリーズアップもいよいよ目前に迫っています。

生まれ変わった坂路と、従来とは異なる調教の効果が

存分に発揮されることにより、今後の活躍が期待される

JRA育成馬の動向にぜひともご注目ください。

育成馬ブログ 日高⑨(その1)

○乳酸値から振り返る育成馬の調教について

 

 今回は第14回のブリーズアップセール(http://jra.jp/training/bus.html)

上場予定の日高育成牧場の育成馬の調教についてご紹介します。

 当場での調教は、屋内800m馬場(もしくは屋外1600m馬場)

および屋内1000m坂路を組み合わせて行っており、

1週間のうち1もしくは2回は坂路コースで強調教を行っています。

その際の運動強度、すなわちスピード設定は、馬の状態や騎乗者の感触など

従来の指標に加えて、坂路調教直後に測定する乳酸値を用いて

決定しています。

 

 

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坂路調教の様子

(左:ソングオブサイレンスの16 右:セイウンクノイチの16)

 

 乳酸とは、調教時に筋肉で産生される糖の代謝物です。

走行速度が一定以上になると、有酸素エネルギーに加え、

無酸素エネルギーが利用されるようになり、乳酸が産生されます。

走行速度の上昇とともに産生量が増加し、血中濃度が上昇するため、

血中乳酸値は調教時の運動負荷を評価する指標として有用です。

 

  

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図2.走行速度と乳酸値の関係性

 

 乳酸値については以前の記事をご参照ください。

https://blog.jra.jp/ikusei/2017/04/post-10db.html

 下図は昨年と本年の育成馬について、同じ時期の坂路の上がり3Fタイムと

乳酸値を比較したものです。同じタイムで走行した場合でも、

今年の乳酸値が昨年よりも全体的に高いことがわかります。

 

 

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坂路上がりタイム(3F)と乳酸値の関係

 

 また、下図は個別の馬ごとの坂路上がり3Fタイムと乳酸値です。

A,Bは昨年、C,Dは本年の育成馬の3月下旬における測定値です。

同程度のタイムであるにも関わらず、乳酸値に差が認められます。

ばらつきはありますが、本年は概ね3-4mmol/l程度高い値を示しています。

 

 

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昨年と本年の育成馬の坂路上がり3Fタイム(秒)と乳酸値(mmol/l)(3月下旬)

 

 これらの結果は、「今年の育成馬は体力が無い」ことを

示しているのではなく、BTCの坂路馬場の管理状況が

大きく変わったことに影響を受けていると考えられます。

昨年までのBTC坂路は、経年劣化によってウッドチップが

細かかったことに加え、散水と転圧によって、

比較的「走り易い」馬場に管理されていました。

しかし、今シーズンからは新しいウッドチップを多量に補充し、

散水および転圧を行わないことで、より運動負荷がかかる馬場作りが

行われています。このため、同じタイムで調教を行った場合、

昨年よりも高い乳酸値が出るようになりました。

 つまり、本年はより負荷がかかるトレーニングを積むことができている

と考えられます。

(つづく)

育成馬ブログ 生産編⑨(その2)

その1はこちら

乳汁の出が悪い母馬に対する処置(生産⑨) その2

 

ドンペリドン

 ドンペリドンは吐き気止め、消化管機能改善薬として

利用されているドーパミン受容体拮抗薬という種類の薬剤です。

同様の作用を持つメトクロプラミドは血液脳関門を通過しますが、

ドンペリドンは通過しないため安全性が高いと言われています。

また、レセルピンと効果を比較した試験では、レセルピンを

投与された馬は沈鬱、下痢といった副作用が認められたのに対し、

ドンペリドンはより効果的で安全であったと報告されています。

以上のことから、アガラクティアに対する第一選択薬となっており、

米国では馬用にEquidone Gelというペースト剤が販売されています(図3)。

JRA日高育成牧場では人用のドンペリドン錠(10mg)を60錠、

砕いて粉にし飼葉に混ぜて与えています(図4)。

外見上で乳腺の発達具合(乳房の大きさ)を確認し、

また子馬が乳を飲んでいる様子を注意深く観察し

(母馬が嫌がるそぶりを見せたり、子馬がいつまでも満腹とならずに

寝ないといった様子であれば乳汁不足が推察されます)、

程度に応じて1日1回もしくは2回投与します。 

 

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図3 米国で販売されているEquidone Gel

 

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図4 ドンペリドン錠60錠を砕いて粉にし飼葉に混ぜる

 

スルピリド

 スルピリドは本来精神病や胃潰瘍の治療薬です。

注射薬が販売されているため、粉薬を残してしまう馬にも

投与することができます。JRA日高育成牧場では

ドグマチール(50mg)を10A、1日2回筋肉内投与しています。

 

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図5 確実に投与したい場合は注射薬のスルピリド

 

クッシング病(PPID)で治療中の妊娠馬に対する注意点

 かつてクッシング病と呼ばれていた下垂体中葉の機能異常

(Pituitary Pars Intermedia Dysfunction:PPID)で

治療中の妊娠馬では、治療薬であるドーパミン作動薬の

ペルゴリドがアガラクティアの原因となるため注意が必要です。

病状にもよりますが、一般的には分娩予定日の2週間前には

投薬を中止することが推奨されます。

 

 いずれの治療薬についても、投与に際しては

かかりつけの獣医師にご相談ください。