育成馬ブログ 日高⑦

日高育成牧場では、

JRAブリーズアップセールの上場馬名簿に掲載するための写真を

つい先日まで撮影していました。

皆さんは以下の馬体写真をどのように撮影しているかご存知でしょうか?

 

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実は、馬体撮影は、馬に適切な姿勢をとらせるための

ハンドリングテクニックが必要なことに加え、

日差しや風など天候の影響を受けるため、

想像以上の手間と時間をかけて行われているのです。

このため、1頭の馬に1時間近くかかることも珍しくありません。

そこで今回は、その撮影方法についてご紹介します。

 

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横見写真や駐立展示の基本となるのは、

「左表(ひだりおもて)」と呼ばれる馬体の左側面を見せる姿勢です。

この姿勢をつくる手順としては、

1.最初に人からのプレッシャーとその解除によって前進・後退を行い、

  人馬の間にある程度のスペースをつくります。

  最初から人馬の距離が近い状態で立たせると、

  写真を撮るタイミングで人が離れた際に、

  馬が人を頼って前に動いてしまいます。

 

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×人馬の距離が近い状態

 

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○人馬の間に適切なスペースがある状態

 

2.次に前進・後退によって、

  「軸」と呼ばれる左前肢と右後肢の距離を決定します。

  「軸」は長すぎず、短すぎず、

  馬体全体のバランスを勘案した適切な長さにします。

 

3.そして「軸」肢である左前肢と右後肢を動かさずに馬を前後させ、

  左後肢と右前肢の位置を決定します。

  この際、各馬の体型や肢勢に合わせて

  バランス良く駐立させることが重要です。

 

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4.右前肢と左後肢は、

  それぞれ「軸」肢である左前肢と右後肢よりも

  若干後方に位置させるように駐立させます。

 

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そのほかに写真撮影の時に気をつけていることは、

①平坦な場所、背景が落ち着く場所で撮影すること

②頚のラインを見やすくするため、タテガミは右に寝かせておくこと

③前傾姿勢にならないこと

④左右の耳が重ならず、いずれも前方に向いていること

⑤心臓に対して水平に馬体を撮影すること

などです。

 

下の写真は、後肢の間隔と位置は適切ですが、

左前肢と右後肢の間隔が広い、「軸」が長い立ち姿です。

 

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上の写真の姿勢から、数回前進・後退をさせた後の写真です。

今度は四肢の位置がバランス良く整いました。

 

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私たちは育成馬の写真を年に2回、

セリで購買した後の10月(パンフレット用)と

翌年の2月(上場馬名簿用)に撮影していますが、

その都度、各馬の成長を感じることができます。

4月9日に日高育成牧場で行われる展示会、

そして4月24日に中山競馬場で行われるブリーズアップセールでは、

それからさらに成長した育成馬たちをぜひご覧ください。

育成馬ブログ 生産編⑦

今回は、米国ケンタッキー州での

特に当歳から1歳にかけての冬期の飼養管理方法についてご紹介します。

 

●米国と日本の地理の比較

 

米国のサラブレッド生産の中心地であるケンタッキー州レキシントン地区は、

日本でいうと新潟市と同じ緯度に位置しています(図1)。

最も寒い1月で平均気温が最高5℃、

最低マイナス4℃と北海道日高地方と比べて温暖です。

 

Photo_13図1 生産の中心地レキシントンは新潟市と同じ緯度

  

●離乳後から明け1歳の管理

 

離乳後の放牧管理は、離乳前から引き続き24時間放牧が基本です(図2)。

ただし、11月に開催される当歳セリ(Keeneland November Saleなど)や

1~2月に開催される1歳セリ(Fasig-Tipton February Saleなど)に

上場される馬は昼放牧に切り替えられ、馬房内で馬服を装着し、

冬毛が伸びて見栄えが悪くならないように管理されていました。

放牧地内には

我が国では繁殖牝馬に用いられている草架(hay feeder)が置かれ、

中にはルーサン乾草が入れられていました。

JRA日高育成牧場では

危険防止および運動量の減少を防ぐため草架は使用していませんが、

米国の牧場ではこの時期の放牧地内での運動量は考えていない様子でした。

また、屋根付きの三面が壁に囲まれたシェルターのある放牧地もありました。

ケンタッキーの冬は北海道日高地方より温暖で、

気温は一時的にはマイナス10℃くらいまで下がることはありますが、

内陸に位置するため日中に気温が上昇し、

雪が降っても1週間程度で融けてなくなります。

感覚的には北海道より冬が2ヶ月短いイメージでした。

 

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図2 ケンタッキーの牧場での冬期の管理

 

●繁殖とイヤリングの草地の違い

 

細かい話ですが、同じ生産牧場でも

繁殖牝馬用の放牧地と離乳後の当歳馬や1歳馬用の放牧地に

蒔いている牧草の種類が異なっていました。

具体的には、トールフェスクという牧草を妊娠馬が食べると、

胎盤に異常(シストの形成)が起こることが報告されており、

繁殖牝馬用の放牧地には

フェスク類は蒔かないこととされていました(図3)。

一方、フェスク類は寒さに強く冬でも放牧地を緑に保てるという理由で

当歳馬や1歳馬用の放牧地には積極的に蒔かれていました。

 

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図3 繁殖の放牧地には胎盤の異常を引き起こすフェスクを蒔かない

育成馬ブログ 日高⑥

●育成馬の蹄鉄について

 

日高育成牧場では9月に騎乗馴致を実施し、

おおむね1ヵ月後には坂路調教を開始します。

その後、徐々に速度を上げていき、

12月からはハロン18秒程度の負荷をかけるトレーニングを実施しており、

2月からはさらに負荷をかけていく予定です。

 

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屋内坂路馬場での3頭併走によるスピード調教

(左)アンムートの16(父 キンシャサノキセキ)、

(中央)セイウンクノイチの16(父 キングズベスト)、

(右)ユリオプスデイジーの16(父 ケイムホーム)

 

育成馬のような若馬に対して調教強度を増していく過程で生じる問題として、

蹄の著しい摩滅や挫跖などの疾病発症が上げられます。

これらを防ぐ目的で育成馬全頭に対し12月下旬から装蹄を行っています。

そこで、今回は育成馬の「蹄鉄」に関するお話をしようと思います。

 

一言に蹄鉄といってもさまざまな種類がありますが、

乗用馬などに装着する「鉄製の調教蹄鉄」(写真1)と、

育成馬や競走馬などに装着する「アルミニウム製の兼用蹄鉄」(写真2)の

おおむね2種類に分けられます。

 

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写真1(調教蹄鉄)

 

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写真2(兼用蹄鉄)

 

一昔前までは、競走馬がレース出走時にだけ装着する

「競走ニウム(勝負鉄)」というものもありましたが、

現在では調教でもレースでも使用できる兼用蹄鉄が普及し、

レースに出走する競走馬のほぼ全頭が装着しています。

なぜ育成馬や競走馬に装着する蹄鉄は、

乗用馬のそれと種類が異なるのでしょうか。

それは馬たちの運動の違いに大きく関係しています。

乗用馬と違い、育成馬や競走馬は速いスピードで走ることを求められます。

このため、軽量の蹄鉄を装着することにより、

馬の肢や蹄にかかる負担を軽減させ、安全に走行させることができるのです。

 

また、育成馬の調教を進めていく中で蹄のトラブルは付き物です。

特に多いのは「挫跖(ざせき)」と言い、

蹄底や蹄叉などといった直接的に地面と触れる部分に

小石や不整地などで異物を踏みつけ起こる炎症です。

また、走行中に後肢の蹄が前肢の蹄底にぶつかることで起こる

「追突」を発症することも少なくありません。

このような場合、鉄板を用いた鉄橋蹄鉄(写真3)を装着することで、

踏着時の蹄の痛みを緩和します。

 

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写真3(鉄橋蹄鉄)

 

このように、

個々の馬の肢や蹄の状態に応じた蹄鉄を装着することが重要ですので、

目の前にいる馬に一番合った蹄鉄を選び、

イメージ通りに装蹄を行う柔軟な考え方と、

それに伴った技術が必要になります。

特に育成馬の場合、

騎乗馴致初期は跣蹄馬(蹄鉄を装着していない、いわゆる「はだし」の状態)

で調教を進めていきます。

また、成長期でもあり、

馬体に伴って蹄も大きく成長する重要な時期なので、

慎重かつ的確な装削蹄を行う必要があります。

 

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装蹄風景

育成馬ブログ 生産編⑥(その2)

前回は繁殖牝馬の獣医療についてお話をしましたが、

今回は子馬の獣医療についてお話します。

 

○子馬のロドコッカス肺炎

 

子馬の感染症の中でも、特に多かった印象だったのがロドコッカス肺炎です。

子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されます。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で

全頭エコーによる肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス菌による肺炎と診断され、

リファンピシンとクラリスロマイシン(注)という

抗菌薬の経口投与による治療が一般的でした(図3)。

注:クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されていましたが、

  日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

  現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという

  抗菌薬が使用されています。

 

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図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査

 

○子馬の肢軸異常に対する処置

 

子馬の肢軸異常に関しては、月1回獣医師が牧場に来場し、

子馬全頭の肢軸をチェックしていました。

そこで必要と判断された子馬に対しては、成長板と呼ばれる骨が

成長する部分をまたいで螺子を入れる矯正手術が実施されます。

球節は当歳の3~4ヶ月齢で

第三中手骨および中足骨遠位の成長板の成長が停止するため、

手術の判断はその前(おおよそ2ヶ月齢まで)になされていました。

腕節は1歳が手術適期とされていましたが、

重度な肢軸異常がある場合は球節と同時に手術が実施されます。

そして、手術の4~6週間後に

肢軸の矯正度合を確認してから螺子が抜去されます(図4)。

 

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図4 獣医師がチェックし、必要と判断された子馬は肢軸矯正手術を受ける

 

○ケンタッキーの馬産まとめ

 

ケンタッキーの馬産について図5にまとめます。

まず分娩は積極的に介助し、

母馬に全頭に鎮痛剤を投与するなど

お産を軽くして早く次の妊娠に備えるという考え方がなされていました。

また、獣医学的知識を活かした適切な診断・治療が行われていました。

早期に昼夜放牧を開始し、

丈夫な体質の馬を作るという考え方がなされていました。

さらに肢軸異常は早期発見・治療し、

将来競走馬となった時の故障を防ぐという措置が行われていました。

これらをまとめますと、

ケンタッキーの馬産の特徴は

肥沃な土壌と温暖な気候を活かした合理的な飼養管理と言えます。

5回に亘って連載してきたケンタッキーの馬産について以上となります。

ご愛読ありがとうございました。

 

Photo_5図5 肥沃な土壌と温暖な気候を活かした合理的な飼養管理が特徴

育成馬ブログ 生産編⑥(その1)

前回から引き続き「ケンタッキーの馬産」について

紹介していきたいと思います。

最終回となる今回は、繁殖牝馬と子馬の獣医療についてお話します。

 

○繁殖牝馬は基本的に全頭陰部縫合(キャスリック)

 

陰部縫合いわゆるキャスリックは、

子宮内に空気が入るのを防ぎ受胎率を向上させる手技の一つで、

日本では陰部のコンフォメーションが悪い場合など

必要な馬のみに実施されています。

ケンタッキーでは、オーナーがアメリカ人の牧場では

基本的に繁殖牝馬全頭に対して実施されていました。

一方、オーナーがアメリカ人以外の牧場では、

日本と同様必要な馬のみに実施されていました。

通常、縫合は分娩後および種付後に獣医師が行い、

切開は分娩前および種付前にマネージャーが実施します(図1)。

 

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図1 繁殖牝馬は基本的に全頭陰部縫合(キャスリック)

 

○子宮内膜炎の診断と治療

 

繁殖牝馬の不受胎の原因になる子宮内膜炎については、

すべての症例で子宮スワブが採材され、

細菌培養検査および抗菌薬感受性試験を実施し、

検出された細菌およびその細菌に対して

有効な抗菌薬を同定した上で治療が行われていました。

図2のグラフは

ケンタッキー州内の馬病院での子宮スワブ検査で検出された細菌ですが、

日本と同じく連鎖球菌および大腸菌が多いことがわかります。

 

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図2 子宮内膜炎に対しては全ての症例でスワブ検査が行われていた

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑤

●ボディコンディションスコア(BCS)

 

日高育成牧場では、育成馬(当歳~2歳)と

繫殖牝馬に対して毎月1回(後期育成では月2回)の

ボディコンディションスコア(BCS)の評価を行うことで、

栄養状態の把握および給餌量の設定をしています。

今回のブログでは、このBCSについて説明します。

 

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後期育成馬に対するBCS評価は毎月2回実施している。

 

○BCSとは?

 

「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」

このような疑問は、育成馬の飼養管理者にとっては

常日頃から頭を悩ませるものです。

 

飼料の給与量について考える際には、

その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を

与えているか否かが重要ポイントの1つになります。

人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、

不足する場合には痩せていくことになります。

もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、

エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態や

調教のパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、

それを見極めるために重要な指標の1つが

ボディコンディションスコア(BCS)なのです。

 

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、

脂肪がほとんど無く、削痩している状態の1点から、

極度の肥満の9点までの数値を用います。

例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に

「太っている」「やせている」という言葉ではなく、

「BCS8」「BCS3」という数値で表します。

 

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○BCSの見方

 

馬のBCSは、馬体の6つの部位

「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を

対象としており、

これらの部位を観察して、実際に触ることにより、

脂肪の付き具合を確認します。

 

BCSを測定するためのポイントは、

これら6部位の骨の構造を理解することです。

やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、

もしくは骨を容易に触ることができます。

一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、

骨が見えない、もしくは触ることができません。

背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、

もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。

例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、

BCS5になります。

 

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4bcs

肋部のBCS5(普通):肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

 

さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。

例えば、脂肪がある程度ついているものの、

厚みがそれほどない場合には

弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。

一方、それよりも脂肪量が多く、

触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、

「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

 

○BCS(ボディコンディションスコア)

 

BCS 1 (削痩)

・脊椎(胸椎、腰椎)の突起や

 肋骨、股関節結節、座骨結節は顕著に突出している。

・き甲、肩、頸の骨構造が容易に認められる。

・脂肪組織はどの部分にも触知できない。

 

BCS 2 (非常にやせている)

・脊椎(胸椎、腰椎)の突起や

 肋骨、股関節結節、座骨結節などが突出している。

・き甲、肩、頸の骨構造がわずかに認められる。

 

Bcs2

 

BCS 3 (やせている)

・肋骨をわずかな脂肪が覆う。

・脊椎の突起や肋骨は容易に識別できる。

・股関節結節は丸みを帯びるが容易に見分けられる。

 座骨結節は見分けられない。

・尾根は突出しているが、個々の椎骨は識別できない。

・き甲、肩、頸の区分が明確である。

 

Bcs3

 

BCS 4 (少しやせている)

・肋骨がかすかに識別できる。

・背に沿って脊椎の突起が触知できる。

・尾根周囲には脂肪が触知できる。

 

Bcs4

 

BCS 5 (普通)

・肋骨は見分けられないが触れると簡単にわかる。

・背中央は平ら。

・き甲周囲は丸みを帯びるようにみえる。

・肩はなめらかに馬体へ移行する。

・尾根周囲の脂肪はスポンジ状。

 

Bcs5

 

BCS 6(少し肉付きが良い)

・肋骨上の脂肪はスポンジ状。

・背中央にわずかな凹みがある。

・き甲の両側、肩周辺や頸筋に脂肪が蓄積し始める。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs6

 

BCS 7(肉付きが良い)

・個々の肋骨は触知できるが、肋間は脂肪で占められている。

・背中央は凹む。

・き甲周囲、肩後方部や頸筋に脂肪が蓄積する。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs7

 

BCS 8(肥満)

・肋骨の触知は困難。

・背中央は凹む。

・き甲周囲は脂肪で充満。肩後方は脂肪が蓄積し平坦。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs8

 

BCS 9 (極度の肥満)

・肋周辺を脂肪が覆う。

・背中央は明瞭に凹む。

・尾根周辺、き甲、肩後方および頸筋は脂肪で膨らむ。

・ひばらは隆起し平坦。

 

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育成馬ブログ 生産編⑤(その2)

あけましておめでとうございます。

本年も育成馬ブログをよろしくおねがいします。

今回は前回の続きで、当歳馬の飼養管理の続きです。

 

○子馬の放牧

 

子馬の放牧については成長の段階に合わせて変更されていました(図3)。

生後まもない子馬は小さなパドックで

5時間程度の昼放牧から始められていました。

1週間経った子馬は中ぐらい(0.5~1.0ha)のパドックで

別の母子と2組で昼放牧されていました。

そして2週齢で放牧地を変えずにそのまま昼夜放牧が行われていました。

その後、4週齢で大きな放牧地に集団で昼夜放牧されるという流れでした。

温暖な気候を活かし、日本より早期に昼夜放牧を開始し、

丈夫な体質の馬を作るという考え方がなされていました。

 

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図3 2週齢から早くも昼夜放牧が開始される

 

○米国式の子馬の引き方

 

生まれたばかりの新生子馬は、引き手を後ろに回し、

後躯を持ち上げるようにして歩かせていました(図4)。

一人で母子を引く場合は、母馬が右、子馬が真ん中、

そして人が左という引き方をしていました。

この方法のメリットは、

多くの人が利き手となる右手で母馬を御せることで、

なおかつ母馬を保持しながらになりますが

同じく器用な右手で子馬のお尻に合図して

前進を促すことができる点だと思われました。

 

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図4 米国式の子馬の引き方

 

次回は繁殖牝馬と子馬の獣医療について述べたいと思います。

育成馬ブログ 生産編⑤(その1)

前回から引き続き「ケンタッキーの馬産」について

紹介していきたいと思います。

今回は、当歳馬の飼養管理についてお話します。

 

○当歳馬の飼養管理の違い

 

当歳馬の飼養管理の違いについて図1にまとめました。

米国では免疫を高めるため子馬に血漿製剤を、

牧場によっては全頭に対し、投与していました。

この血漿製剤は日本では市販されていないものです。

また、日本の日高地方では特に1~2月は寒いので

子馬に馬服を着せるのが一般的で、

牧場によってはインドアパドックが利用されていますが、

ケンタッキーでは暖かいので子馬に馬服を着せる必要がありませんでした。

同様の理由で日本では2ヶ月齢前後まで大きくなってから

親子での昼夜放牧が開始されるのが一般的ですが、

ケンタッキーでは2週齢前後から早くも昼夜放牧が開始されていました。

また、親子を一人で引く方法が日本と米国では異なり、

日本では人が真ん中になり、

子馬が右、母馬が左という引き方が一般的ですが、

米国では人が一番左に位置し、

子馬が真ん中、母馬が右という引き方をしていました。

 

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図1 当歳馬の飼養管理の違い

 

○新生子馬のベビーチェックと血漿製剤について

 

分娩翌朝に子馬は必ずベビーチェックと呼ばれる

獣医師による各種検査を受けていました。

内容は肋骨骨折、眼瞼内反、黄疸などの確認です(図2)。

さらに、子馬から採血し、血清中のIgG量を測定することで

移行免疫不全のチェックを行っていました。

その後、牧場によってはIgGの数値にかかわらず

子馬全頭に血漿製剤を投与していました。

これは、ロドコッカスなど子馬が感染しやすい病原体に対する

抗体価が高めたられた製品で、日本では市販されていません。

ケンタッキーは日高と比べて温暖で病原体の活性が高いせいか、

子馬の感染症が多い印象でした。

その予防手段の一つとして血漿製剤の投与が普及していました。

 

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図2 分娩翌朝に獣医師によるベビーチェックと血漿製剤の投与が行われる

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高④(その2)

●喉頭部超音波検査について

 

前回の内容に引き続き喉の話題となりますが、

今回は喉頭部超音波(エコー)検査について説明します。

 

日高および宮崎の両育成牧場では、

今年から育成馬全頭に対し喉頭部のエコー検査を行っています。

この検査は、喉頭片麻痺やその前駆病態の診断の指標として、

喉頭の動きを支配している

筋肉群(外側輪状被裂筋:CAL、背側輪状被裂筋:CAD)を

評価することの有用性を調査しています。

 

喉頭部エコーは以下のように枠場にて鎮静下で行われます(図1)。

 

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図1 喉頭部エコーの様子

 

喉頭片麻痺は被裂軟骨小角突起が外転機能不全を起こすことで

気道狭窄と呼吸障害を呈す疾患であり、

そのほとんどは迷走神経の枝の反回神経が障害され、

被裂軟骨の運動に関わる喉頭部の筋肉が麻痺に陥ることにより起こります。

この場合、CALやCADの筋組織全体が

萎縮および変性することが知られており、エコー検査により、

萎縮については断面積の低下として、

変性については輝度の増加(白っぽく見える)として描出されます。

 

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図2.CAL縦断面:正常像と比較して

喉頭片麻痺症例のCALの輝度が高い(色が白い)

 

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図3.CAD横断面:正常像と比較して

喉頭片麻痺症例のCADは薄く、輝度が高い。

 

このように、エコー検査は極めて有用な診断手法ですが、

単独でパフォーマンスへの影響の有無を判断することはできません。

そのため、安静時および運動時内視鏡、

さらに騎乗時の呼吸音やパフォーマンスなどの

総合的な診断が必要になります。

 

喉頭部エコー検査は近年その注目を集めていますが、

まだまだ研究途上の分野でもあり、

エコー所見と呼吸器異常との関連性には

明らかになっていないことが沢山あります。

日高・宮崎の両育成牧場では、

育成馬の喉頭部エコーと内視鏡のデータを併せて蓄積していくことで、

競走能力に影響を及ぼす呼吸器病態を解明し、

より早く、正確な診断を行えるよう研究を進めています。

育成馬ブログ 日高④(その1)

●運動時内視鏡検査(overground endoscopy:OGE)について

 

今回のトピックは運動時内視鏡検査(以下OGE)についてです。

皆様ご存知の通り、競走馬の運動能力と呼吸器疾患は

切っても切り離せない関係にあります。

従来、呼吸器疾患に伴う異常呼吸音(“ヒューヒュー”という喘鳴音や、

”ゴロゴロ”という湿性の音など、様々なものを含む)は、

運動をしていない状態、いわゆる「安静時」に内視鏡で検査されてきました。

しかしながら、調教では異常呼吸音が聞こえるにも関わらず、

落ち着いた状態で行う安静時には異常が認められない、

という症例は少なくありません。

そこで、調教を行いながら内視鏡検査を行うために

近年導入された検査方法が、今回紹介するOGEです。

これを用いることにより、

安静時に認められない異常も診断できるようになりました(図1)。

 

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図1.赤字が安静時内視鏡では検査できないもの

 

OGEでは、バッテリーやポンプなどの機器を鞍下ゼッケンに収納し、

スコープ部分を頭絡に固定する

ポータブルタイプの内視鏡を使用します(図2,3)。

 

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図2.オーバーグラウンド内視鏡(DRS®:Optomed社製運動時内視鏡)

 

騎乗運動中に内視鏡検査を行えるため、

異常呼吸音の発生時の状況を再現した検査ができます。

そのため、安静時では異常所見が認められなかった馬でも、

OGEを実施して初めて原因を突き止められることがあります。

また、披裂軟骨の内転や不完全外転などの喉頭片麻痺の所見に加えて、

被裂喉頭蓋ヒダ虚脱や声帯虚脱といった、

OGEでのみ確認できる所見を発見することもできるようになりました。

現在日高育成牧場では、安静時内視鏡で異常が認められた馬や

調教時に異常呼吸音が認められた馬に対し、OGEを実施しています。

 

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図3.装着時

 

実際に認められるOGE所見には以下のようなものがあります。
① 喉頭片麻痺

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図4.左被裂軟骨小角突起が麻痺して

動かないことにより気道が狭くなっている

 

治療:喉頭形成術(Tie-back手術) 

 

② 軟口蓋背方変位(DDSP)

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図5.喉頭蓋が軟口蓋(赤丸)下に潜っている

 

治療:舌縛り、コーネルカラーの装着、Tie-forward手術

 

③ 被裂喉頭蓋ヒダ虚脱(ADAF)

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図6.被裂喉頭蓋ヒダ(黄矢印)が内側に虚脱している

 

治療:被裂喉頭蓋ヒダ切除術

 

④ 声帯虚脱(+喉頭片麻痺)

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図7.声帯(赤丸)が両側で内側に虚脱している

 
治療:声帯切除術(+喉頭片麻痺の程度によっては喉頭形成術)

 

呼吸器の機能異常は競走能力に大きく影響する可能性があるため、

競走馬として走ることを宿命に生まれてきたサラブレッドにとって

重大な問題です。

異常呼吸音を呈する疾病や所見が

パフォーマンスに及ぼす影響は様々ですが、

これらの症状に対して適切な処置を行うためには、

「正確な診断」が極めて重要であり、

それにはOGEによる運動時の診断が不可欠であると言えます。

さらに、現在日高育成牧場では

喉頭部の形態や機能異常をより詳細に評価するため、

喉頭部超音波検査も併せて行っています(次へ続く)。