育成馬ブログ 生産編⑨(その1)

○乳汁の出が悪い母馬に対する処置について その1

 

 初産の馬など、母馬の乳汁の出が悪くて困った経験はないでしょうか?

今回は乳汁の出が悪い母馬に対する処置について、JRA日高育成牧場で

現在行っている方法をご紹介します。

乳汁の出が悪くなる原因

 何らかの理由により母馬の乳汁の出が悪くなることを

乳汁分泌不全(英語でアガラクティア)と呼びます(図1)。

原因として、麦角アルカロイド、ドーパミン作動薬、

栄養不良などが挙げられますが、原因が特定できない症例も

少なくありません。教科書に記載されている明確な原因の一つが、

麦角菌と呼ばれる真菌が産生する麦角アルカロイドという毒物です。

この真菌は燕麦などの飼料中で生育するため、

まず第一に妊娠馬や授乳中の馬に与える飼料にカビが生えていないか

チェックすることが、予防・治療の一つと言えそうです(図2)。

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図1 アガラクティアの母馬(乳腺の発達が悪い)

 

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図2 飼料にカビが生えていないかチェックすることが重要

 

血中プロラクチン濃度の低下

 原因が明確ではない場合であっても、アガラクティアの牝馬では

血中プロラクチン濃度が低下していることが多いと言われています。

プロラクチンとは脳下垂体前葉から分泌されるホルモンで、

乳腺の発達、乳汁の合成と分泌を促進する作用を持っています。

治療はこのプロラクチンの分泌を増加させる薬を用いることになります。

 

アガラクティアの治療薬

 アガラクティアの治療には、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、

レセルピン、ペルフェナジン、ドンペリドン、メトクロプラミド、

スルピリドといった薬品が使用されていますが(表)、

JRA日高育成牧場ではこれらの中でもドンペリドンとスルピリドを

使用しています。

 

 

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表 アガラクティアの治療薬(Equine Reproduction 2nd ed.を一部改訂)

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑧

○ブリーズアップセールでの個体情報(X線画像)について

 

 雪が溶けはじめ春の訪れが感じられる暖かく穏やかな季節になった、

ここ日高育成牧場では4月のJRAブリーズアップセール本番に向けて、

育成馬たちの調教がヒートアップしてきています。

 

 この調教と並行して行われているのは、育成馬の球節や飛節などの

X線撮影です(写真1)。これは、通常の臨床現場のように

痛みや腫れの原因究明を目的としているのではなく、

JRAブリーズアップセールにおいて会場内の情報開示室や

インターネットを介して購買者に公開するためのものです。

これらの情報は『レポジトリー』と総称されており、

競走馬のセリ市場の透明性および信頼性を高めることに寄与しています。

 

 今回のブログでは、このレポジトリーのX線画像の中でも注目度が高い

『種子骨炎』および『飛節のOCD』について触れたいと思います。

 

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写真1:育成馬のX線撮影風景

 

種子骨炎

 馬の種子骨炎(Sesamoiditis、正確には第一指節種子骨炎)は

球節の過伸展や捻転などが原因と言われており、炎症により

種子骨内の孔状構造が太くなる他、骨辺縁の靭帯付着部が粗造になります。

この疾患は、跛行だけでなく種子骨に付着している靭帯の炎症を

続発することもまれにあるとされています。跛行の有無に関わらず、

X線撮影により孔状構造の線状陰影や骨辺縁の粗造などが認められれば

繋靭帯炎などの前駆症状として考えられることから、重度であれば

慎重に調教を進めていくことが推奨されています。

 

 JRAブリーズアップセールでは、前肢球節部の種子骨の

X線検査による評価を程度の軽いものから順に

グレード(G)0~3の四段階に分類しています(図1)。

また、セリ会場に設置する個体情報開示室(4月19日~23日)

において、種子骨の線状陰影や骨辺縁粗造の有無などの状態を

X線画像で確認することができます。

 

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図1:種子骨グレード(%はJRA育成馬全体に占めた割合)

 

 各グレードにおける、育成馬を用いた競走期における繋靭帯炎発症率

初出走までに要した日数2・3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金

関する調査(計550頭)では、前肢の種子骨グレードが高い馬は

低い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことが

確認されていますが(表1)、その一方で種子骨グレードは出走回数や

能力に殆ど影響していないことも報告されています(表2~4)。

  

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表1:種子骨グレードと前肢繋靭帯炎の発症率の関係

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表2:種子骨グレードと初出走までに要した日数の関係

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表3:種子骨グレードと出走回数の関係 

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 表4:種子骨グレードと総獲得賞金の関係

 

 

離断性骨軟骨症

 OCD(Osteochondrosis dissecans)と略されるこの疾患は、

発育過程における骨化異常の結果として関節軟骨の糜爛(びらん)や

剥離を生じる疾患です。飛節が好発部位ですが、膝関節や球節、

肩関節などにも発症します。跛行の原因となることもあり、

その程度によっては関節鏡で骨軟骨片の摘出が必要となることもあります。

  

 JRAブリーズアップセールでは、飛節部のX線画像を公開しています。

図2、3は、比較的頻繁に認められる飛節部のOCDですが、

一時的な関節液の増量などを認めることはあるものの、

跛行を示すことは少ないとされています。

 

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図2:脛骨遠位中間稜のOCD

 

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図3:脛骨内顆のOCD

 

 JRA育成馬の飛節部OCDについての過去の調査(計413頭)では、

OCDを発症していない馬、発症した馬およびOCD摘出術実施馬の

初出走まで要した日数2・3歳時の出走回数および総獲得賞金

比較しています。何れの項目においても大きな差が認められないことから、

後期育成期に認められる飛節部のOCDは熱感や腫脹などの明らかな

炎症症状を伴わなければ、手術をしなくても競走能力に影響を

及ぼさないことが報告されています。

 

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表5:飛節部OCDと出走まで要した日数との関係

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表6:飛節部OCDと出走回数との関係Image

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表7:飛節部OCDと総獲得賞金の関係

  

 この他にもレポジトリーとして咽喉頭部疾患(内視鏡)や

屈腱炎(エコー)、軟骨下骨嚢胞(X線撮影)などの情報を

公開していますが、これらの詳細についてはまた別の機会に

ご紹介いたします。JRAブリーズアップセールでは、

今後も市場の透明性と信頼性の向上のため正確な情報公開を続けるほか、

更なる育成期疾患の調査研究に努めてまいります。

育成馬ブログ 生産編⑧(その2)

前回(生産編⑧ その1)に引き続き、

今回もJRA日高育成牧場での冬期の飼養管理方法についてお話します。

 

○血液検査上の数値の違い

 

血液検査では、昼夜群において腎臓の機能の指標である

血中尿素窒素(BUN)の有意な上昇が認められました(図4)。

BUNの値は、生理基準値を上回ることもあり、

昼夜群では脱水が起こり腎血流量が減少していた可能性が疑われました。

このことから、冬期に昼夜放牧をする際には、

放牧地内の水桶の凍結を防止するなど

脱水に注意する必要があると考えられました。

 

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図4 冬期に昼夜放牧する際には脱水に注意する

 

○体温

 

体温は馬房内に収容した際に測定しましたが、

図5に示すように昼夜群で有意に低い期間がありました。

このことは基礎代謝の低下を意味しており、

寒い野外で長時間過ごす昼夜群には何らかの保温処置

(馬服の着用やシェルターの設置など)が必要と考えられました。

 

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図5 昼夜群では体温が低くなり基礎代謝が低下する

 

○厳冬期に昼夜放牧する際の注意点

 

2年間にわたる調査の結果を踏まえて、

厳冬期に昼夜放牧する際の注意点をまとめます(図6)。

まず、運動量を増やすため、

放牧地の四隅にルーサン乾草を撒くなどの工夫をすることが重要であり、

さらにウォーキングマシンを活用することで

夏と変わらない運動量を確保できます。

また、夜中に快適に眠れるように、

放牧地内にシェルターや風除けを設置し、乾いた寝藁を敷くことで、

子馬に必要な成長ホルモンの分泌を促すことができると考えられます。

さらに、水桶が凍ると脱水を起こしてしまうため、

電熱線入りのウォーターカップを設置するなど

水桶の凍結防止措置が重要です。

また、基礎代謝の低下を防ぐため、

馬服を使用するなど子馬を保温する措置が有効ではないかと考えられます。

これらの点に注意しながら、

現在JRA日高育成牧場では厳冬期にも全頭昼夜放牧しています。

また新たな知見が得られましたら、本ブログでご紹介したいと思います。

 

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図6 JRA日高育成牧場で厳冬期に注意している点のまとめ

育成馬ブログ 生産編⑧(その1)

今回は当歳から1歳にかけての冬期の飼養管理について、

JRA日高育成牧場で過去に行った調査の結果と、

それを踏まえて現在行っている方法をご紹介します。

 

○日本(北海道)における厳冬期の飼養管理の課題

 

馬産地としては寒冷な北海道の冬に馬を管理する上で、

課題となる点が2つ挙げられます(図1)。1つは運動量の減少です。

放牧地内にルーサン乾草を撒くなど工夫を行わなかった場合、

たとえ昼夜放牧(放牧時間17時間)を行っていたとしても

冬期の放牧地での移動距離は

秋の8~10kmから4~6kmにまで減少することがわかっています。

また、もう1つの課題は温暖な他国の馬と体重を比べてみると、

日高地方で飼われている馬は

冬の時期に明らかに体重の増加が停滞することです。

この2点を克服することが寒い北海道で

他国に負けない強い馬づくりを行う際の重要なポイントであると言えます。

 

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図1 寒い北海道では冬に運動量と体重増加をいかに落とさないかが課題

 

○JRA日高育成牧場で過去に行った調査

 

厳冬期における最適な管理方法を検討するため、JRA日高育成牧場では、

2010年から2012年にかけて調査を行いました。

その方法は、JRAホームブレッド16頭を出生日や体重、測尺の値が

概ね平均して同じになるように2つの群に分け、

1つは昼夜群とし約22時間の昼夜放牧管理のみを実施し、

もう1つは昼ウォーキング群(昼W群)とし、

約7時間の昼放牧にウォーキングマシン運動を負荷しました。

ウォーキングマシンは時速5kmを30分から始め、

最終的に時速6kmを60分まで徐々に負荷を大きくしました。

そして、2群間で放牧地での移動距離、体重や測尺値、

血液検査上の各種数値、体温や心拍数などの違いを調べました。

 

○放牧地での移動距離(GPSを用いた調査)

 

ここからは調査の結果についてご紹介していきます。

まず放牧地での移動距離についてGPS装置を用いて測定した結果、

昼夜群では放牧地の四隅にルーサンを撒くことで移動距離

すなわち運動量が7~12km程度まで増加しました(図2)。

昼W群では2~5kmと以前の調査と変わらない結果でしたが、

ウォーキングマシンによる運動を負荷することで

昼夜群と遜色ない運動量が確保できました。

また、GPSによりおおよそ22時から2時の約4時間は

放牧地に設置した風除け付近の寝藁の上で寝ていることがわかりました。

成長ホルモンは寝ている際に分泌されると言われており、

この約4時間の睡眠時間を快適に過ごさせることも

飼養管理上の1つのキーポイントとなるのではないかと考えられました。

 

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図2 工夫することで放牧地での移動距離を増やすことができる

 

○体重

 

昼W群で調査開始当初に一時的な体重減少が認められました。

この理由として、昼W群は調査開始時に

昼夜放牧から昼放牧に切り替えたことにより、

放牧時間が大幅に短縮し、青草などの腸管内容物が減少したこと、

および環境変化による一過性のストレスが原因と考えられました。

1年目と2年目の結果に違いがあるのは、おそらく種牡馬の違いが原因で、

平均体重に差があったためと考えられましたが、

体重増加の傾向に違いは認められませんでした。

昼夜群は、一日の大半を寒い野外で過ごすため、

体重増加が停滞することが心配されましたが、

これらのことからそのような現象は認められないことがわかりました。

 

Photo_3図3 冬期に昼夜放牧しても体重増加が停滞するわけではない

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑦

日高育成牧場では、

JRAブリーズアップセールの上場馬名簿に掲載するための写真を

つい先日まで撮影していました。

皆さんは以下の馬体写真をどのように撮影しているかご存知でしょうか?

 

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実は、馬体撮影は、馬に適切な姿勢をとらせるための

ハンドリングテクニックが必要なことに加え、

日差しや風など天候の影響を受けるため、

想像以上の手間と時間をかけて行われているのです。

このため、1頭の馬に1時間近くかかることも珍しくありません。

そこで今回は、その撮影方法についてご紹介します。

 

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横見写真や駐立展示の基本となるのは、

「左表(ひだりおもて)」と呼ばれる馬体の左側面を見せる姿勢です。

この姿勢をつくる手順としては、

1.最初に人からのプレッシャーとその解除によって前進・後退を行い、

  人馬の間にある程度のスペースをつくります。

  最初から人馬の距離が近い状態で立たせると、

  写真を撮るタイミングで人が離れた際に、

  馬が人を頼って前に動いてしまいます。

 

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×人馬の距離が近い状態

 

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○人馬の間に適切なスペースがある状態

 

2.次に前進・後退によって、

  「軸」と呼ばれる左前肢と右後肢の距離を決定します。

  「軸」は長すぎず、短すぎず、

  馬体全体のバランスを勘案した適切な長さにします。

 

3.そして「軸」肢である左前肢と右後肢を動かさずに馬を前後させ、

  左後肢と右前肢の位置を決定します。

  この際、各馬の体型や肢勢に合わせて

  バランス良く駐立させることが重要です。

 

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4.右前肢と左後肢は、

  それぞれ「軸」肢である左前肢と右後肢よりも

  若干後方に位置させるように駐立させます。

 

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そのほかに写真撮影の時に気をつけていることは、

①平坦な場所、背景が落ち着く場所で撮影すること

②頚のラインを見やすくするため、タテガミは右に寝かせておくこと

③前傾姿勢にならないこと

④左右の耳が重ならず、いずれも前方に向いていること

⑤心臓に対して水平に馬体を撮影すること

などです。

 

下の写真は、後肢の間隔と位置は適切ですが、

左前肢と右後肢の間隔が広い、「軸」が長い立ち姿です。

 

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上の写真の姿勢から、数回前進・後退をさせた後の写真です。

今度は四肢の位置がバランス良く整いました。

 

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私たちは育成馬の写真を年に2回、

セリで購買した後の10月(パンフレット用)と

翌年の2月(上場馬名簿用)に撮影していますが、

その都度、各馬の成長を感じることができます。

4月9日に日高育成牧場で行われる展示会、

そして4月24日に中山競馬場で行われるブリーズアップセールでは、

それからさらに成長した育成馬たちをぜひご覧ください。

育成馬ブログ 生産編⑦

今回は、米国ケンタッキー州での

特に当歳から1歳にかけての冬期の飼養管理方法についてご紹介します。

 

●米国と日本の地理の比較

 

米国のサラブレッド生産の中心地であるケンタッキー州レキシントン地区は、

日本でいうと新潟市と同じ緯度に位置しています(図1)。

最も寒い1月で平均気温が最高5℃、

最低マイナス4℃と北海道日高地方と比べて温暖です。

 

Photo_13図1 生産の中心地レキシントンは新潟市と同じ緯度

  

●離乳後から明け1歳の管理

 

離乳後の放牧管理は、離乳前から引き続き24時間放牧が基本です(図2)。

ただし、11月に開催される当歳セリ(Keeneland November Saleなど)や

1~2月に開催される1歳セリ(Fasig-Tipton February Saleなど)に

上場される馬は昼放牧に切り替えられ、馬房内で馬服を装着し、

冬毛が伸びて見栄えが悪くならないように管理されていました。

放牧地内には

我が国では繁殖牝馬に用いられている草架(hay feeder)が置かれ、

中にはルーサン乾草が入れられていました。

JRA日高育成牧場では

危険防止および運動量の減少を防ぐため草架は使用していませんが、

米国の牧場ではこの時期の放牧地内での運動量は考えていない様子でした。

また、屋根付きの三面が壁に囲まれたシェルターのある放牧地もありました。

ケンタッキーの冬は北海道日高地方より温暖で、

気温は一時的にはマイナス10℃くらいまで下がることはありますが、

内陸に位置するため日中に気温が上昇し、

雪が降っても1週間程度で融けてなくなります。

感覚的には北海道より冬が2ヶ月短いイメージでした。

 

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図2 ケンタッキーの牧場での冬期の管理

 

●繁殖とイヤリングの草地の違い

 

細かい話ですが、同じ生産牧場でも

繁殖牝馬用の放牧地と離乳後の当歳馬や1歳馬用の放牧地に

蒔いている牧草の種類が異なっていました。

具体的には、トールフェスクという牧草を妊娠馬が食べると、

胎盤に異常(シストの形成)が起こることが報告されており、

繁殖牝馬用の放牧地には

フェスク類は蒔かないこととされていました(図3)。

一方、フェスク類は寒さに強く冬でも放牧地を緑に保てるという理由で

当歳馬や1歳馬用の放牧地には積極的に蒔かれていました。

 

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図3 繁殖の放牧地には胎盤の異常を引き起こすフェスクを蒔かない

育成馬ブログ 日高⑥

●育成馬の蹄鉄について

 

日高育成牧場では9月に騎乗馴致を実施し、

おおむね1ヵ月後には坂路調教を開始します。

その後、徐々に速度を上げていき、

12月からはハロン18秒程度の負荷をかけるトレーニングを実施しており、

2月からはさらに負荷をかけていく予定です。

 

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屋内坂路馬場での3頭併走によるスピード調教

(左)アンムートの16(父 キンシャサノキセキ)、

(中央)セイウンクノイチの16(父 キングズベスト)、

(右)ユリオプスデイジーの16(父 ケイムホーム)

 

育成馬のような若馬に対して調教強度を増していく過程で生じる問題として、

蹄の著しい摩滅や挫跖などの疾病発症が上げられます。

これらを防ぐ目的で育成馬全頭に対し12月下旬から装蹄を行っています。

そこで、今回は育成馬の「蹄鉄」に関するお話をしようと思います。

 

一言に蹄鉄といってもさまざまな種類がありますが、

乗用馬などに装着する「鉄製の調教蹄鉄」(写真1)と、

育成馬や競走馬などに装着する「アルミニウム製の兼用蹄鉄」(写真2)の

おおむね2種類に分けられます。

 

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写真1(調教蹄鉄)

 

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写真2(兼用蹄鉄)

 

一昔前までは、競走馬がレース出走時にだけ装着する

「競走ニウム(勝負鉄)」というものもありましたが、

現在では調教でもレースでも使用できる兼用蹄鉄が普及し、

レースに出走する競走馬のほぼ全頭が装着しています。

なぜ育成馬や競走馬に装着する蹄鉄は、

乗用馬のそれと種類が異なるのでしょうか。

それは馬たちの運動の違いに大きく関係しています。

乗用馬と違い、育成馬や競走馬は速いスピードで走ることを求められます。

このため、軽量の蹄鉄を装着することにより、

馬の肢や蹄にかかる負担を軽減させ、安全に走行させることができるのです。

 

また、育成馬の調教を進めていく中で蹄のトラブルは付き物です。

特に多いのは「挫跖(ざせき)」と言い、

蹄底や蹄叉などといった直接的に地面と触れる部分に

小石や不整地などで異物を踏みつけ起こる炎症です。

また、走行中に後肢の蹄が前肢の蹄底にぶつかることで起こる

「追突」を発症することも少なくありません。

このような場合、鉄板を用いた鉄橋蹄鉄(写真3)を装着することで、

踏着時の蹄の痛みを緩和します。

 

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写真3(鉄橋蹄鉄)

 

このように、

個々の馬の肢や蹄の状態に応じた蹄鉄を装着することが重要ですので、

目の前にいる馬に一番合った蹄鉄を選び、

イメージ通りに装蹄を行う柔軟な考え方と、

それに伴った技術が必要になります。

特に育成馬の場合、

騎乗馴致初期は跣蹄馬(蹄鉄を装着していない、いわゆる「はだし」の状態)

で調教を進めていきます。

また、成長期でもあり、

馬体に伴って蹄も大きく成長する重要な時期なので、

慎重かつ的確な装削蹄を行う必要があります。

 

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装蹄風景

育成馬ブログ 生産編⑥(その2)

前回は繁殖牝馬の獣医療についてお話をしましたが、

今回は子馬の獣医療についてお話します。

 

○子馬のロドコッカス肺炎

 

子馬の感染症の中でも、特に多かった印象だったのがロドコッカス肺炎です。

子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されます。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で

全頭エコーによる肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス菌による肺炎と診断され、

リファンピシンとクラリスロマイシン(注)という

抗菌薬の経口投与による治療が一般的でした(図3)。

注:クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されていましたが、

  日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

  現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという

  抗菌薬が使用されています。

 

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図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査

 

○子馬の肢軸異常に対する処置

 

子馬の肢軸異常に関しては、月1回獣医師が牧場に来場し、

子馬全頭の肢軸をチェックしていました。

そこで必要と判断された子馬に対しては、成長板と呼ばれる骨が

成長する部分をまたいで螺子を入れる矯正手術が実施されます。

球節は当歳の3~4ヶ月齢で

第三中手骨および中足骨遠位の成長板の成長が停止するため、

手術の判断はその前(おおよそ2ヶ月齢まで)になされていました。

腕節は1歳が手術適期とされていましたが、

重度な肢軸異常がある場合は球節と同時に手術が実施されます。

そして、手術の4~6週間後に

肢軸の矯正度合を確認してから螺子が抜去されます(図4)。

 

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図4 獣医師がチェックし、必要と判断された子馬は肢軸矯正手術を受ける

 

○ケンタッキーの馬産まとめ

 

ケンタッキーの馬産について図5にまとめます。

まず分娩は積極的に介助し、

母馬に全頭に鎮痛剤を投与するなど

お産を軽くして早く次の妊娠に備えるという考え方がなされていました。

また、獣医学的知識を活かした適切な診断・治療が行われていました。

早期に昼夜放牧を開始し、

丈夫な体質の馬を作るという考え方がなされていました。

さらに肢軸異常は早期発見・治療し、

将来競走馬となった時の故障を防ぐという措置が行われていました。

これらをまとめますと、

ケンタッキーの馬産の特徴は

肥沃な土壌と温暖な気候を活かした合理的な飼養管理と言えます。

5回に亘って連載してきたケンタッキーの馬産について以上となります。

ご愛読ありがとうございました。

 

Photo_5図5 肥沃な土壌と温暖な気候を活かした合理的な飼養管理が特徴

育成馬ブログ 生産編⑥(その1)

前回から引き続き「ケンタッキーの馬産」について

紹介していきたいと思います。

最終回となる今回は、繁殖牝馬と子馬の獣医療についてお話します。

 

○繁殖牝馬は基本的に全頭陰部縫合(キャスリック)

 

陰部縫合いわゆるキャスリックは、

子宮内に空気が入るのを防ぎ受胎率を向上させる手技の一つで、

日本では陰部のコンフォメーションが悪い場合など

必要な馬のみに実施されています。

ケンタッキーでは、オーナーがアメリカ人の牧場では

基本的に繁殖牝馬全頭に対して実施されていました。

一方、オーナーがアメリカ人以外の牧場では、

日本と同様必要な馬のみに実施されていました。

通常、縫合は分娩後および種付後に獣医師が行い、

切開は分娩前および種付前にマネージャーが実施します(図1)。

 

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図1 繁殖牝馬は基本的に全頭陰部縫合(キャスリック)

 

○子宮内膜炎の診断と治療

 

繁殖牝馬の不受胎の原因になる子宮内膜炎については、

すべての症例で子宮スワブが採材され、

細菌培養検査および抗菌薬感受性試験を実施し、

検出された細菌およびその細菌に対して

有効な抗菌薬を同定した上で治療が行われていました。

図2のグラフは

ケンタッキー州内の馬病院での子宮スワブ検査で検出された細菌ですが、

日本と同じく連鎖球菌および大腸菌が多いことがわかります。

 

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図2 子宮内膜炎に対しては全ての症例でスワブ検査が行われていた

 

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑤

●ボディコンディションスコア(BCS)

 

日高育成牧場では、育成馬(当歳~2歳)と

繫殖牝馬に対して毎月1回(後期育成では月2回)の

ボディコンディションスコア(BCS)の評価を行うことで、

栄養状態の把握および給餌量の設定をしています。

今回のブログでは、このBCSについて説明します。

 

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後期育成馬に対するBCS評価は毎月2回実施している。

 

○BCSとは?

 

「調教中の育成馬に対して、今の飼料の量は足りているのだろうか?」

このような疑問は、育成馬の飼養管理者にとっては

常日頃から頭を悩ませるものです。

 

飼料の給与量について考える際には、

その馬にとって適切なエネルギー量(カロリー)を

与えているか否かが重要ポイントの1つになります。

人間と同様に消費量を上回るエネルギーを与えた場合には太りますし、

不足する場合には痩せていくことになります。

もちろん、単なる見た目の問題だけではなく、

エネルギーの過不足はその馬自身の健康状態や

調教のパフォーマンスなどにも影響を及ぼします。

このため、個々の馬に応じて適切なエネルギー量を与える必要があり、

それを見極めるために重要な指標の1つが

ボディコンディションスコア(BCS)なのです。

 

BCSは脂肪の付き具合を数値化したもので、

脂肪がほとんど無く、削痩している状態の1点から、

極度の肥満の9点までの数値を用います。

例えば、馬の脂肪の付き具合を評価する場合に

「太っている」「やせている」という言葉ではなく、

「BCS8」「BCS3」という数値で表します。

 

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○BCSの見方

 

馬のBCSは、馬体の6つの部位

「頸(くび)」「き甲」「肩後方」「肋部」「背~腰の脊椎」「尾根」を

対象としており、

これらの部位を観察して、実際に触ることにより、

脂肪の付き具合を確認します。

 

BCSを測定するためのポイントは、

これら6部位の骨の構造を理解することです。

やせている馬、すなわちBCSが低い馬は骨が見える、

もしくは骨を容易に触ることができます。

一方、太っている馬、すなわちBCSが高い馬は、

骨が見えない、もしくは触ることができません。

背中の場合には背骨、肋部の場合には肋骨が「見えるかどうか」を確認し、

もし見えない場合であれば「触れるかどうか」を確認します。

例えば、「肋骨が見えないが、容易に触ることができる」のであれば、

BCS5になります。

 

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4bcs

肋部のBCS5(普通):肋骨は見分けられないが触ると簡単にわかる。

 

さらに、骨の周囲の脂肪の厚さや量を感触で判断します。

例えば、脂肪がある程度ついているものの、

厚みがそれほどない場合には

弾力感をイメージする「スポンジ状」という言葉で表現されます。

一方、それよりも脂肪量が多く、

触ると沈み込むような感触を持つ場合には「柔軟」と表現されており、

「スポンジ状」よりも高いスコアとして評価します。

 

○BCS(ボディコンディションスコア)

 

BCS 1 (削痩)

・脊椎(胸椎、腰椎)の突起や

 肋骨、股関節結節、座骨結節は顕著に突出している。

・き甲、肩、頸の骨構造が容易に認められる。

・脂肪組織はどの部分にも触知できない。

 

BCS 2 (非常にやせている)

・脊椎(胸椎、腰椎)の突起や

 肋骨、股関節結節、座骨結節などが突出している。

・き甲、肩、頸の骨構造がわずかに認められる。

 

Bcs2

 

BCS 3 (やせている)

・肋骨をわずかな脂肪が覆う。

・脊椎の突起や肋骨は容易に識別できる。

・股関節結節は丸みを帯びるが容易に見分けられる。

 座骨結節は見分けられない。

・尾根は突出しているが、個々の椎骨は識別できない。

・き甲、肩、頸の区分が明確である。

 

Bcs3

 

BCS 4 (少しやせている)

・肋骨がかすかに識別できる。

・背に沿って脊椎の突起が触知できる。

・尾根周囲には脂肪が触知できる。

 

Bcs4

 

BCS 5 (普通)

・肋骨は見分けられないが触れると簡単にわかる。

・背中央は平ら。

・き甲周囲は丸みを帯びるようにみえる。

・肩はなめらかに馬体へ移行する。

・尾根周囲の脂肪はスポンジ状。

 

Bcs5

 

BCS 6(少し肉付きが良い)

・肋骨上の脂肪はスポンジ状。

・背中央にわずかな凹みがある。

・き甲の両側、肩周辺や頸筋に脂肪が蓄積し始める。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs6

 

BCS 7(肉付きが良い)

・個々の肋骨は触知できるが、肋間は脂肪で占められている。

・背中央は凹む。

・き甲周囲、肩後方部や頸筋に脂肪が蓄積する。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs7

 

BCS 8(肥満)

・肋骨の触知は困難。

・背中央は凹む。

・き甲周囲は脂肪で充満。肩後方は脂肪が蓄積し平坦。

・尾根周囲の脂肪は柔軟。

 

Bcs8

 

BCS 9 (極度の肥満)

・肋周辺を脂肪が覆う。

・背中央は明瞭に凹む。

・尾根周辺、き甲、肩後方および頸筋は脂肪で膨らむ。

・ひばらは隆起し平坦。

 

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