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2023年5月

2023年5月22日 (月)

運動時内視鏡検査は優れた検査法!

こんにちは、カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

 先日のブログ(参照;本年3/24繋駕競走)において、私が留学しているカルガリーでは繋駕競走(トロット)がメジャーであることを書きました。競走馬と同様、トロット用に訓練された馬(トロッター)においても速い速度の調教が必要ですから、運動能力を最大限に発揮できないプアパフォーマンスは関係者にとって死活問題です。よって、トロッターにおいても四肢の怪我だけでなく上気道疾患がよく研究されています。下の写真のように内視鏡の機械を鞍にセットし、鼻から内視鏡を入れて運動時の上気道の様子をよく観察しています。

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 JRAのトレセンでもこの検査は導入しており、いわゆる「喉鳴り」の原因となる様々な上気道疾患を競走馬で診断しています。下の左の写真は正常の上気道、右の写真は披裂喉頭蓋ヒダ虚脱(矢印)という病気で、気道がかなり狭くなっています。この病気は安静時には分からず、強度の高い運動を負荷することで初めて見つけることができます。以前は不明だったこの病気も、運動時内視鏡が世に出てきたことで診断できるようになりました。

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 このように上気道の動きを日常的に観察するのはウマぐらいです。呼吸器を議論する学会でウマにおける運動時内視鏡での観察結果を報告すると、ヒトの呼吸器を専門にする先生方には大変興味を持っていただけることが多いです。それはヒトの運動時の呼吸器異常の解明にヒントを与えているからかもしれません。










2023年5月18日 (木)

ウマとその他動物の瞳孔のかたち

競走馬総合研究所の桑野と申します。

 今回は、ウマをはじめ動物の黒目について小話を書きます。眼球の色がついている部分を専門用語で虹彩(こうさい)、その真ん中にある「黒目」と呼ばれている部分を瞳孔(どうこう)といいます。暗い場所で散大している瞳孔は、どの動物も丸っぽく動物種による違いが明確でありませんが、日中、瞳孔が縮まっている状態(縮瞳)で観察すると動物ごとに様々な形があることが分かります。今回、全ての動物についての説明は省きますが、一般に知られている1)横長、2)縦長、3)まん丸の3つの瞳孔の形とその形がどう動物の暮らしに役立っているのかを考えてみます。

 馬は虹彩が大きいので目が全部黒目に見えてしまいますが、本当の黒目すなわち瞳孔は図のように地面と水平な横長をしています(図1)。これはウシ、ヒツジ、ヤギ、キリンといった反芻する草食獣も同じです(図2)。広く水平に焦点を絞るこのタイプの瞳孔は、平原を広く見渡して餌となる草を探すのに有力なだけでなく、肉食獣の接近に気付きやすい構造と言えるでしょう。草より低いところしか見渡さない小型草食獣であるウサギは丸い瞳孔をしています。平原を広く見渡す必要がないからでしょう。

Photo_10図1. 馬の黒目は水平な棒状をしています

一方、肉食獣の方は、薮から顔を出して獲物との距離感を測る大型のトラやライオンや、隠れることなく集団で獲物を襲う犬や狼では焦点を一点に絞れる丸い瞳孔をしています(図2)。対して、薮の中から獲物を単独で狙う小型の肉食獣であるキツネやネコは瞳孔が縦長になる傾向にあります(図2)。これは、きっと茎と茎の縦長の隙間から獲物を狙う時に焦点が合いやすいからでしょう。家畜化された家ネコは考えないでくださいね。ワニは藪から獲物を狙いませんが、水面上あるいは水中直下から獲物を狙います。水中でどう獲物が見えるかわかりませんが、縦長の瞳孔であることにきっとメリットがあるのでしょう。ヘビはワニと同じですが、どうしてか分かりません。

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図2. 動物の瞳孔の形のあれこれ

 このようにネコ科だから縦長スリット、イヌ科だから丸、草食獣だから水平スリットという訳ではなく、体のサイズと食性によって瞳孔の形が似たり、異なったりするのは面白いですね。今度、馬の目を見るとき目の中の黒目をちょっと意識してみると面白いですよ。

2023年5月16日 (火)

今年も来ましたヒツジの毛刈りシーズン

競走馬総合研究所の桑野と申します。
 競走馬総合研究所(総研)では、ウマだけでなくヒツジを3頭飼育しています。チーちゃん、ポーちゃん、モコちゃんの愛称で呼ばれているこれらヒツジはみんなメスで、かれこれ10年近く研究所で暮らしています。

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写真1. 世話係のお姉さんが呼ぶとみんな集まってきます

  いにしえから「ヒツジは羊飼いの声を聞き分ける」などと言われますが、総研のヒツジたちも世話係りのお姉さんが呼ぶと擦り寄ってきます(写真1)。ですが、稀にしか顔を出さない我々研究者だと、呼びかけどころか近づくだけで逃げてしまいます。そんなヒツジ達に忍者のように忍び寄り、さっと下アゴをつかんで、お尻を足で押しながら移動、コロンとひっくり返したかと思うと、可愛くお座り状態で保定してしまう毛刈りおじさんが素晴らしい。毛刈りおじさんは普段は酪農を営む会社で牛の世話をしているそうですが、副業が許されており、ヒツジやアルパカの毛刈りも生業にしているそうです。一言でヒツジの毛刈りと言っても、この保定に熟練し、無駄なくかつ怪我させることなく毛刈りできるようになるのに3年かかるそうです。また、できるようになっても、その熟練度でバリカンの刃の損耗度がまるで違うそうです。親方ですと一つの刃で50頭ほど、今回来ていただいた方は40頭ほど毛刈りするそうですが、初心者だと3、4頭でもう刃が切れなくなることもあるそうです。誰でもできる技術ではないのですねえ。ということで、手際よく毛刈りされたヒツジ達は、とても気持ちよさそうでした(写真2)。そして、活力を取り戻した途端に早速頭突き合戦なるコミュニケーションをとりはじめました(写真3)。

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写真2. もうすぐ夏ですから、毛刈りは涼しくなって気持ちいいようです。うっとりとしてます

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写真3. 毛刈り後、ヤギみたいになってます。でも、気持ち良くなったヒツジ達は早速、頭突きでご挨拶。ヒツジの頭突きって敵意の表れとは限らずコミュニケーションの一環なのだそうです

2023年5月 1日 (月)

訓練免疫

分子生物研究室の辻村です。

 2023年5月8日より、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染症法上の位置づけが、“2類相当”から“5類”に移行します。このことは、2020年1月に日本国内で同感染症が発生して以来、一つの節目となる出来事と思われます。思い起こせば、この約3年間は、COVID-19に対抗するために様々な研究・開発が進められた期間でもありました。ウイルスの同定から1年足らずで実用化に至ったmRNAワクチンは、その最たるものの一つと言えるでしょう。一方、mRNAワクチンの登場前に、COVID-19への対抗策として注目されていたのが、結核ワクチンのBCGです。パンデミックの初期、日本人の患者が少ないことの原因として存在が推測された「ファクターX」。BCGはその有力な候補の一つと考えられていました。現在もなお、COVID-19に対する効果の有無についての検証が続いていますが、BCG接種が結核以外の感染症の罹患率を低下させることは、過去の調査で既に示されています。

 病原体の感染やワクチン接種によって得られる免疫を獲得免疫と呼びます。獲得免疫とは、白血球の一種のリンパ球に属するT細胞とB細胞が司る免疫記憶により、同一の病原体の再感染に対して迅速で強力な防御反応をもたらす仕組みのことをいいます。言い換えれば、獲得免疫は特定の病原体のみを標的とした特異的な反応です。一方で生体は、獲得免疫が成立していない初めて遭遇する病原体に対して、自然免疫と呼ばれる防御機構を備えています。自然免疫は、様々なタイプの病原体に対して非特異的に反応します。自然免疫を担う細胞は、顆粒球、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞などで、食作用やサイトカイン産生によって病原体を排除します。このような非特異的な自然免疫の機構において、免疫記憶の存在はかつて想定されていませんでした。しかし、その後の調査・研究から、自然免疫は感染性の刺激によって増強され、次回の何らかの病原体の侵入に対し、より強固な防御反応を示すことが見出されました。2011年にオランダの研究グループは、新しい免疫学的用語として、この現象を“訓練免疫(trained immunity)”と呼ぶよう提唱しました。そして、訓練免疫を誘導する代表的な免疫刺激がBCG接種であり、その結果増強された自然免疫が結核以外の感染症にも防御効果を示すと考えられています。

 科学論文の代表的なデータベースであるPubMedを検索したところ、その概念が提唱された2011年からCOVID-19のパンデミック前の2019年末までの9年間における訓練免疫に関連する論文数は243本でした。それに対して、パンデミック後の2020年から2022年の3年間の論文数は594本に上り、そのうち155本がCOVID-19にも関連するものでした。したがって、この訓練免疫もCOVID-19がきっかけとなって、研究が進んだ分野の一つと言えるかもしれません。なお、BCG以外のワクチンによる訓練免疫についても研究が行われており、特にBCGと同様の弱毒生ワクチンは、より効果的な訓練免疫を誘導する可能性が推測されています。今のところ、馬での訓練免疫はほとんど調べられていませんが、より効果的なワクチンの開発に向けて、今後発展が期待される研究分野と考えられます。

参考文献(いずれも外部リンク)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21575907/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35597182/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36993966/