育成馬ブログ(2021年 生産③)

冬期の成長停滞とその対策

全国的な寒波の襲来により、日高地方も平均気温が-10℃を下回る極寒の日々となっています。昨シーズンは積雪の少ない暖かい冬でありましたが、本シーズンはこれまでのところは例年並みの積雪の日々となっています。年が明けて1歳となった子馬たちも、このような厳しい寒さの中でたくましく育っているところです(写真1)。

1_2写真1.氷点下の中で日向ぼっこをする1歳馬たち

子馬の成長停滞
日高地方の厳しい寒さは子馬の成長にも大きな影響を与えることは、みなさまも実感しているところかと思います。当歳の春から1歳の春までの1年間にわたる馬体重の推移を図1に示しました。こちらのデータは2017年から2019年に生まれたJRAホームブレッド24頭のものを使用しています。春に生まれた当歳は、緩やかな曲線を描いて成長していきますが、最低気温が氷点下となってくる12月初め頃から成長の停滞が認められます。その後、寒さの続く3月末頃まで、仮想の成長曲線に比べて実際の成長曲線が大きく乖離していることがお分かりいただけると思います。

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図1.子馬の馬体重の推移

 さらに、寒さの緩和してきた4月以降についても、仮想の成長曲線に近い値まで戻るには約2か月かかっていることもお分かりいただけると思います。このような成長停滞は、成馬となった時の馬体重に影響を与える可能性が示唆されるだけでなく、DOD(発育期整形外科疾患)の発症にも大きく影響を与えています。そのため、この時期の成長停滞を予防することがとても重要となり、生産牧場の方々も頭を悩ませていることと思います。

成長停滞を予防するための対策
成長停滞を引き起こす要因は、大きく分けて①栄養摂取量の低下、②寒さによるエネルギー消費量の増加、③放牧地での運動低下の3つに分けられるかと思います。これらの要因に対する対策について、JRA日高育成牧場が行っている方法をご紹介していきたいと思います。

まず、①栄養摂取量の低下については、11月頃までは放牧地で摂取可能であった青草の生育が止まって枯れることにより、粗飼料の摂取量が低下することが大きな原因です。さらに、12月以降は積雪によって放牧地が覆われると、よりいっそう粗飼料を摂取する機会が少なくなります。粗飼料は腸管内で腸内細菌によって発酵分解される際に熱を発生させることから、えん麦などの濃厚飼料に比べ体温を維持する効果が高いので、冬期の飼料として優れています。多くの生産牧場においても、自家製のロール乾草を放牧地内に設置することを行っていることと思います。JRA日高育成牧場では、イネ科牧草よりも多くのカロリーを含むマメ科のルーサン乾草を毎日放牧地に投げ入れることで、粗飼料摂取量を維持しています(写真2)。このように、上質な粗飼料を良い状態で摂取できる点は大きなメリットであると考えています。

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写真2.積雪上に散布されたルーサン乾草を食べる子馬たち

 つづいて、②寒さによるエネルギー消費の増加への対策は、馬服を着用することや退避場所として放牧地内にシェルターを設置することで対応しています。GPSを用いて昼夜放牧(22時間)を行っている子馬の行動を観察した結果、約6時間はシェルター内で過ごしていることが分かっています。このことは、風や雪を防げるシェルター内が過ごしやすい休息場所として役立っていることを示唆しており、寒さ対策を行いながら昼夜放牧を行う上ではシェルターが重要な設備であると思われます。シェルター内で過ごした場合には、放牧地内で過ごすよりも20%以上の熱量を節約できるという報告もあります。

 そして、③放牧地での運動低下への対策としては、当歳の12月よりウォーキングマシーンによる運動を実施しています。子馬の成長にとって運動が重要ということはみなさまも実感しているところかと思います。運動させた子馬と運動させなかった子馬を比較したところ、運動させた方の子馬で骨密度が増加したり、屈腱が発達したりしたという報告もあります。しかしながら、GPSを用いた子馬の放牧地での行動分析によると、冬期は放牧地内での移動距離が短くなることが分かっています。そのため、低下した運動量を補うことで、骨や屈腱の成長を促すことを目指しています。

 これまでご紹介してきたように、JRA日高育成牧場では成長停滞に対応するための様々な試みを行っていますが、最適な対策法を見いだせていないのが現状です。冬期に体重が落ちた馬を再び元の状態に戻すためには、体重を維持するために必要な労力と同等かそれ以上の労力が必要とも言われています。そのため、今後も適切な冬期の飼養管理方法を検討していき、その成果をご紹介できるように努めていきたいと思います。

育成馬ブログ(2020年 日高②-2)

ウマコロナウイルス(ECoV)感染症

現在、ヒトで新型コロナウイルス(COVID-19)が流行していますが、ウマにもコロナウイルス感染症が存在します。
10月15日に静内で開催された「第48回生産地における軽種馬の疾病に関するシンポジウム」で、ウマコロナウイルス(ECoV)感染症に関する講演がありましたのでご紹介します。

Photoシンポジウムの様子。発表者がフェイスシールドを着用するなど、

厳重なコロナウイルス対策下で開催されました。

ECoVはウマ固有のウイルスで、ヒトには感染しません。日本では2004年以降に3回、重種馬で流行しましたが、本年春に初めてサラブレッドでの流行が確認されました。
主な症状は、発熱、食欲不振、元気消失、下痢などの消化器症状で、多くは数日で回復しますが、海外では神経症状を呈し予後の悪い馬も確認されているので注意が必要です。ヒトのCOVID-19で肺炎などの呼吸器症状がみられるのとは異なり、ECoVでは下痢などの消化器症状がしばしばみられます。
ECoVは感染馬の糞便で伝染します。競走馬総合研究所の研究によると、感染馬からは9日間以上も糞便にウイルスが排出されることがわかりました。また、ECoVに感染しても症状を示さない「不顕性感染馬」からも同程度の期間ウイルス排出が確認されていますので、これらも感染源になります。
本年春の流行は、JRA施設内のサラブレッドやさまざまな品種を含んだ41頭の馬群で起こりました。この中で症状が認められたのは15頭で、そのうち発熱は11頭、下痢は3頭で認められました。いずれも軽症で1~3日で治まりましたが、注目すべき点はその感染力の強さでした。症状のない馬も含め、全頭に抗体検査を行った結果、全頭が抗体を持っていた、つまりECoVに感染していたことがわかりました。
また、この流行の調査から、糞便中へのウイルス排泄期間は、サラブレッドでそれ以外の品種の馬よりも短い傾向があることがわかりました。サラブレッド感染馬では、糞便からウイルスが検出された期間が最長19日であったのに対し、サラブレッド以外の感染馬のうち5頭が19日以上、最長で98日間となりました。品種によって感染源となるリスクが違うのかもしれません。

馬を飼育する上で気を付けなければならない疾病は様々ですが、このような疾病の情報を常に勉強しておくことで、発生した際の適切な対応につなげていきたいものです。

【ご意見・ご要望をお待ちしております】
JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。
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育成馬ブログ(2020年 日高②-1)

JRA育成馬とBTC研修生の近況

JRA日高育成牧場では、9月から開始した1歳馬の騎乗馴致もほぼ終盤戦を迎え、11月にはセプテンバーセール購買馬を含めた概ね全ての馬について、コースでの騎乗調教を始めています。

現時点で利用しているコースは、屋内800mダート馬場、屋外1600mトラック砂馬場、屋内1000m坂路ウッドチップ馬場の3ヵ所です。これらの多様なコースでの調教は、本格的なトレーニングに入る前の体力向上のみならず、様々な状況下に置くことで「馬に自信を持たせる」という効果もあります。新規環境に置かれた1歳馬が、騎乗者の指示で未知の場所に行くことで自身の殻を破ってくれること、また、馬が騎乗者をリーダーとして再認識し、それが人馬の信頼関係をより強固なものに繋がることを期待しています。

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1600mトラック砂馬場での1歳馬の調教風景

Photo_2屋内1000m坂路ウッドチップ馬場での調教風景

 

日々成長を続けているのは育成馬ばかりではありません。JRA日高育成牧場ではBTC軽種馬育成調教センターが行う育成調教技術者養成研修の生徒を受け入れ、騎乗馴致や育成馬の騎乗を経験する実地研修を行っています。

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育成馬に騎乗するBTC研修生

多くの研修生は実際に馬に騎乗するようになって、まだ半年程度しか経っていませんが、すでに1歳馬の騎乗にも取り組んでいます。もちろん、不慣れな部分も多いのですが、1歳の若馬と一緒に成長していく姿を見るに、人馬の今後の活躍を期待せずにはいられません。
そのようなBTC研修生が騎乗した育成馬が、後の活躍馬になった例は少なくありません。本年のキーンランドカップ(GⅢ)に優勝したエイティーンガール(飯田祐史厩舎、牝4歳)もその1頭です。日高育成牧場での最後の強調教となった4月の育成馬展示会では、BTC研修生を背に、持ったままでラスト1ハロンを11秒台で駆け抜けて、周囲を驚かせました(写真)。

現在、BTC軽種馬育成調教センターでは、来年度(令和3年4月から約1年間)の育成調教技術者養成研修の研修生を募集しています。
詳しくはこちら(http://www.b-t-c.or.jp/btc_p200/p200_05.html)をご覧ください。
締め切りは、令和2年12月4日(金)です(書類必着)。
※締め切り前に募集を終了する場合があります。

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2018年の育成馬展示会でのエイティーンガール(写真右)
BTC研修生を背に持ったままでラスト1ハロンを11秒台で駆け抜けた。

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キーンランドカップ(GⅢ)優勝時のエイティーンガール

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育成馬ブログ(2020年 生産②)

Withコロナで実施する研修

 今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、多くのイベントが中止や延期に追い込まれていることは、皆様も実感しているところかと思います。サラブレッド生産地においても、北海道トレーニング・セールの中止にはじまり、多くの1歳市場が入場制限や新型コロナウイルス感染症対策を講じた上での開催となったことは皆様もご存じのことでしょう。日高育成牧場では、例年行っている一般の方を対象としたバスツアーを全面中止しております。さらに、例年8月に実施していた獣医学生を対象とした研修であるサマースクールについても、新型コロナウイルス感染症の情勢が読めないことから中止という判断を下しました。

 しかしながら、いつまでも外部からの研修を中止し続けるわけにもいかず、Withコロナの時代に合った「新しい研修様式」を模索しなければならない状況となっています。今回の記事では、新型コロナウイルス感染症対策を講じた上で実施した研修の報告と、これから実施する予定の研修についてご紹介したいと思います。

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写真1.コロナ禍でも“集団”で行動する離乳後の当歳馬たち

コロナ対策を講じた当歳離乳見学研修
日高育成牧場では、JBBA生産育成技術者研修生を対象とした実習形式の研修を毎年受け入れています。例年は8月末から9月上旬にかけて行われる当歳馬の離乳の際に、研修生に日高育成牧場まで来てもらい、離乳や当歳馬に関する講義と実際の離乳を見学する研修を行っていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の情勢が予断を許さない状況では、例年と同様の形での研修の実施には問題があると考えられ、何かしらの対策を講じなければならないと考えました。

 まず、講義室という「3密」の空間で行われる講義での感染リスクを少しでも低下させるために、本年の講義はZOOMを活用したオンラインで実施しました。その結果、講師であるJRA職員が研修生と接触する機会を減らすことができました。さらに、このオンライン上での講義には別の効果もあり、例年では実習の直前に行っていたため研修生が内容を良く理解するための時間がなかったわけですが、今回は実習の1週間以上前に実施したことで内容を復習する時間ができたと思います。

 一方で、離乳の見学実習については実際に日高育成牧場に来てもらう必要があります。例年であれば研修生全員が同じ日に牧場に来て見学をしていたのですが、今年は少人数(5人以下)のグループに分けて、複数回に分けて実施しました(写真2)。日高育成牧場での離乳は、親子馬群の中から母馬を段階的に他の放牧地に移していく「間引き法」で実施しています。これは当歳馬への精神的なストレスの影響を最小限にするために実施しているものですが、結果的に複数回の研修にも対応できる形になりました。このように、新型コロナウイルス感染症対策を講じた形で、「新しい研修様式」で無事に研修を行うことができました。

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写真2.離乳後の当歳馬の様子を見学する研修生たち

JRA日高育成牧場 実践研修プログラムのご案内
JBBA軽種馬経営高度化指導研修事業の一環として、JRA日高育成牧場では実践研修プログラムを開催しています。これは、競走馬の生産・育成に従事されている方を対象とした、実習と講義を主体とする実践的な研修です。講師はJRA職員が担当し、日高育成牧場で繋養されている馬たちを用いた実習も行うことができます。

本年は、参加人数制限やマスク着用などの新型コロナウイルス感染症対策を講じた中での研修となりますが、可能な限り例年と同様のクオリティの研修を行っていきます。すでに実践研修プログラムの募集は開始しており、12月18日(金)までの月曜~金曜の間の1日(2~4.5時間)で行うことになります。新型コロナウイルス感染症の今後は見通せない状況が続いていますが、そのような状況下であっても何かを学びたいという方々の申し込みをお待ちしております。

実践研修プログラムの詳細はこちら

https://jbba.jp/news/2020/pdf/jissenkenshu2020.pdf

育成馬ブログ(2020年 生産①)

草地更新とは?

 競走馬の生産牧場における草地(放牧地や採草地)の重要性は言うまでもありませんが、他の作物と同様に、同じ草地を連続で使用することによる土壌成分の枯渇、牧草の栄養価低下、雑草の繁茂などが問題となります。そのため、定期的な「草地更新」を行うことが望まれます。

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写真1.放牧地で牧草を食べる馬たち

 

草地更新前の準備

 草地更新を行う判断は、上述のように雑草が多くなったというような“主観的な”基準がきっかけになるかと思いますが、更新を行う前に土壌の状態を科学的に調べて“客観的な”基準も参考にすることが大切です。JRA日高育成牧場では、公益社団法人日本軽種馬協会(JBBA)が行っている事業を活用して、更新を予定している草地の「土壌分析」を行っています。

 土壌分析は、JBBAに分析依頼申請を行った後、対象となる草地の概ね5か所以上から土壌サンプルを採材し、分析機関に送付するだけで結果を得ることができます(表1)。この分析結果は、草地更新時に使う肥料や土地改良資材の使用量を決定するために必要な情報となるので、とても重要なものになります。また、草地に関する基礎的な情報(土壌の種類、広さ、牧草の種類など)を再確認するという意味でも、有益なことだと考えられます。

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図1.草地更新前に実施した土壌分析結果

 

草地更新の流れ

 土壌分析を行い、更新をしたい草地の状況を把握した後、いよいよ草地更新を行っていくことになります。一般的な草地更新(完全更新法)の流れをまとめると、表1の通りです。現在JRA日高育成牧場で行っている方法では、8月中旬から作業を開始しています。まずは、対象となる草地の雑草を含む牧草を除くために(1)除草剤を散布します。その後、枯れた草を埋没させるために(3)耕起を行い、この状態で冬を越すことになります。

Photo_5(サラブレッドのための草地管理ガイドブック【JBBA発行】を参考)

 

 翌春の土壌の凍結がなくなった4月下旬頃に、土壌の状態を改善するための(4)土壌改良資材を散布(土壌分析結果に基づいた量)し、そして土地を整えるための(5)砕土・混和・鎮圧(写真2)を行います。その後、埋没種子(土壌に残っていた種)から発芽した雑草を処理するために、再び除草剤を撒きます。JRA日高育成牧場では、雑草の生育が盛んとなる5月頃と播種前の8月頃の2回にわたって除草剤処理を行っています。そして、寒くなる前(9月頃まで)に(7)施肥・播種・鎮圧を行うことで、ついに草地更新作業が終了となります。このように、草地更新は1年間をかけて行う根気のいる作業となります。

 

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写真2.鎮圧の様子

草地更新後の管理

 これまで述べてきたように、草地更新は牧草の種を撒くまででとりあえずは作業が終了となります。しかしながら、種を撒いて発芽(写真3)してからの管理も非常に重要となります。その後の管理が不適切であると、牧草が順調に育たないだけでなく、最悪の場合には牧草が定着しない可能性もあります。それを避けるためには、適切な時期に追肥(追加の肥料散布)することや、雑草を取り除くための掃除刈り(雑草が成長・繁殖する前に刈り取る作業)をすることが重要になってきます。

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写真3.草地更新後に発芽した牧草

 

 また、更新した草地の管理方法について再検討することも非常に大切です。そもそも、放牧地が荒れた原因を究明しないことには、草地が再び荒れてしまう可能性が高いと考えられます。草地が荒れる原因としては、放牧地の利用状況が悪い(放牧頭数が多い、放牧時間が長いなど)、肥料の施肥量や施肥時期が不適当、掃除刈りの実施方法が不適当(実施頻度が少ない、刈り取りの高さが長いなど)が考えられます。これらに対して適切な管理方法をすることで、草地が良い状態に維持されるだけでなく、草地更新にかかる費用も抑えることが可能になると思われます(図1)。

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図1.草地更新の要点

 

 日本の牧場においては、放牧地の広さの問題もあって更新時の代替放牧地の確保が難しく、今回ご紹介した完全更新法による草地更新はなかなか困難であると思われます。そのような場合には、簡易更新法を実施してみても良いのかもしれません(詳細はサラブレッドのための草地管理ガイドブック【JBBA発行】をご参照ください)。今回の記事をきっかけに、いま一度「草地更新」について考えていただくことになれば幸いです。

サラブレッドのための草地管理ガイドブックはこちら

https://jbba.jp/data/booklet/guide/pdf/THOROUGHBRED_guide_all.pdf

育成馬ブログ(2020年 日高①)

JRA育成馬の狼歯について

 コロナの影響で、今年は8月にセレクションセールとサマーセールが連続して開催されました。日高育成牧場にはこれらのセリで購買した42頭のほか、ホームブレッド7頭および7月のセレクトセールで購買した1頭の合計50頭が在厩し、騎乗馴致を進めています。

 

騎乗馴致前に狼歯の抜歯
 当場では、毎年騎乗馴致前に育成馬の口腔内を検査し、狼歯があれば抜歯しています。狼歯とは第二前臼歯のすぐ吻側に萌出する第一前臼歯のことで(図1)、調教を進める過程でハミ受けのトラブルの原因となる可能性があるため、予防の意味で抜歯します。狼歯は見えている部分はわずかですが歯根が長く(図2)、エレベーターと呼ばれる器具で周囲の歯肉を丁寧に剥離した後、ロンジャーと呼ばれるペンチのような器具で折らないように抜歯します。

Photo図1 狼歯(矢印)

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図2 抜歯した狼歯(青矢印が歯根)

 

JRA育成馬の狼歯保有率
 2017年から2019年に当場に入厩した育成馬のうち、入厩前に抜歯を済ませてきた馬を除く173頭について狼歯保有率を調べてみたところ、86.7%にあたる150頭に狼歯が認められました。狼歯保有率の内訳は牡が81.2%(69/85)、めすが92.0%(81/88)でした(図3)。左のみに狼歯が認められた馬が4.0%(7/173)、右のみに狼歯が認められた馬が2.9%(5/173)、左右両方に狼歯が認められた馬が79.8%(138/173)、全く認められなかった馬が13.3%(23/173)でした(図4)。

 

Photo_3図3 狼歯保有率の雌雄差

Photo_4図4 狼歯の位置

 

埋没狼歯(Blind Wolf Tooth)
 萌出せずに歯肉に覆われている第一前臼歯は、英語でBlind Wolf Toothと呼ばれ、埋没狼歯や盲狼歯と和訳されています。2017年から2019年に当場に入厩した育成馬に認められた狼歯288本中13.2%にあたる38本がこの埋没狼歯でした。
 第二前臼歯の吻側の歯肉下にあることが触診で容易にわかることもありますが、位置や大きさが不明な場合にはエックス線検査(レントゲン)によって診断します(図5)。通常の狼歯よりも埋没狼歯がある馬の方がハミ受けに対して不快感を示す場合が多いと言われています。埋没狼歯が確認された場合には覆っている歯肉を切開してから、通常の狼歯の場合と同様に抜歯します。

Photo_5図5 埋没狼歯(矢印)

 

 2017年から2019年に当場に入厩した育成馬には認められませんでしたが、狼歯が上顎ではなく下顎にできる場合もあります。こちらについても通常の狼歯よりもハミ受けに悪影響が出ると言われているため、速やかな抜歯が必要となります。

 
以上、当場で行っている狼歯抜歯についてご紹介しましたが、今回の記事が皆様の馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(生産⑥)

○ブルーライトマスクの効果と活用法

 例年に比べると積雪の少ない暖かい冬となった日高地方でしたが、一転して4月は肌寒い日々が続いていました。そんな日高地方も5月になってからはようやく暖かくなってきており、この春に生まれた子馬たちも元気に日々を過ごしています。

 

ブルーライトマスクによるライトコントロールの効果

 今回は、以前に紹介したブルーライトマスク(写真1)によるライトコントロール(https://blog.jra.jp/ikusei/2020/01/post-2760.html)を試した結果について、報告したいと思います。ライトコントロール法について詳しく知りたい方は、こちら(https://blog.jra.jp/ikusei/2014/01/post-5575.html)を参考にしてください。

 ブルーライトマスク(EquilumeTM Light Mask)は、単眼ブリンカーの内側に青色発光ダイオードが組み込まれており、馬房に集牧しなくてもライトコントロールの効果が得られる製品です。今シーズンの空胎馬7頭の内、このマスクを装着して24時間放牧を継続した群(4頭)と従来の馬房でライトコントロールを継続した群(3頭)に分けて検証を行いました。

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写真1. ブルーライトマスク

 両群のシーズン初回排卵、受胎状況についてまとめた結果は表1のようになりました。両群ともライトコントロールを12月より開始したところ、3月上旬までには全ての馬でシーズン初回排卵が認められました。この結果から、ブルーライトマスクを装着して24時間放牧を実施した状態でもライトコントロールの効果が得られ、シーズン初回排卵の早期化に対しては効果的であると考えられます。

 一方で、受胎状況について見てみると、ブルーライトマスク群では種付した4頭中1頭のみ受胎(※不受胎の中で1頭は2回目の種付で受胎)、馬房群では種付した2頭とも受胎という結果でした。この結果は、24時間放牧では給餌による繁殖牝馬のボディーコンディションスコア(BCS)の維持が難しくなること、夜間に氷点下の環境下に晒されてしまうことなどの影響であると考えられ、繁殖牝馬を受胎に向けて適切な状態に維持するためには、ブルーライトマスクの装着のみでは不十分なのかもしれません。今後は、24時間放牧における適切な飼養管理方法について、さらなる検討を行っていきたいと思います。

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表1.ブルーライトマスクの効果の結果

 

ブルーライトマスクの活用法

 これまで述べてきたように、ブルーライトマスクの装着のみで発情の早期化の効果は得られるものと考えられます。このことから、馬房内にタイマーによるライトコントロールを実施できる設備のない施設では、ブルーライトマスクは有効な選択肢になるものと思われます。当場では、海外から輸入した繁殖牝馬に対して輸入検疫中にブルーライトマスクを装着する試みも行いましたので、その結果についても紹介します。

 2019年に海外から輸入した2頭の繁殖牝馬に対して、12月初旬に輸入検疫施設に入所した時から、ブルーライトマスクを装着しました。ブルーライトマスクの装着は、事前に動物衛生検疫所に申請を行い、許可を得てから装着しています。12月下旬に当場に移動してからは、ブルーライトマスクを装着した状態で昼放牧の管理を行いました。一方で、2018年に海外から輸入した2頭の繁殖牝馬は、12月下旬に当場に移動してからライトコントロールを実施できる設備のある検疫厩舎でライトコントロールを開始しました。つまり、2019年に輸入した2頭については、2018年の2頭に比べると、20日ほど早くライトコントロールを開始しています。

 これらの輸入繁殖牝馬のシーズン初回排卵、受胎状況についてまとめた結果は、表2のようになります。両群とも3月下旬までにはシーズン初回排卵を認めていて、初回排卵の早期化の効果が得られたことを示す結果となりました。一方、受胎状況については、2018年の通常群で2頭中1頭が受胎であったのに対し、2019年のブルーライトマスク群では2頭とも受胎という結果でした。この結果は、ブルーライトマスクによるライトコントロールであっても、馬房内での適切な飼養管理を行えば、早期に受胎させることが可能であることを示す結果と言えるかもしれません。

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表2.輸入検疫中のブルーライトマスクの効果


 以上のように、ブルーライトマスクの装着によるライトコントロールは、初回排卵の早期化に効果的であると考えられます。しかし、その状態での繁殖牝馬の24時間放牧に関しては課題が残っている状況です(図1)。このことを踏まえて、今回紹介した内容を活用していただければ幸いです。

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図1.ブルーライトマスクの効果のまとめ

育成馬ブログ 日高⑥

ブリーズアップセールに向けての日高育成牧場での取組み その2

ブリーズアップセールのセリ名簿が刷り上り、日高育成牧場の職員にとってはセリが近づいていることをいよいよ実感する時期になってきました。

そのような中、JRA育成馬は例年以上に仕上がってきています。
前回のブログ(https://blog.jra.jp/ikusei/2020/02/post-7abd.html)でもお伝えしたように、当場では調教のギアを例年よりやや早め、12月には上げ始め、年明け以降も坂路およびトレッドミルで昨年より運動強度を高めた調教を実施してきました。グラフ①は前回のブログでご紹介したもので、昨年2019年(△)と今年2020年(●)の1月20日前後の屋内坂路ウッドチップコース(1000m)でのスピード(上がり3ハロン平均値)と乳酸値のデータを示しており、昨年と比較して本年は坂路でのスピードが速く、調教後の乳酸値が高い、すなわち運動強度が高い調教を行ってきたことを確認することができます。

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グラフ①.昨年と本年の1月20日前後の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値

そのような調教を積み重ねた後の2月中旬のデータがグラフ②です。昨年と比較すると今年は全体的にスピードが速い馬が多い一方で、乳酸値が低い傾向にあることがわかります。すなわち、2月時点では今年の育成馬がより体力がある、すなわちグラフ①で示したような運動強度を高い調教を行った効果が表れたと推定することができます。

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グラフ②.昨年と本年の2月中旬の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値


前回の当欄でも触れたとおり、若馬に対して強運動を負荷することにより懸念される馬体や精神面への悪影響を考慮して、強調教の翌日にはハッキングもしくはウォーキングマシンでの常歩調教など、引き続きダメージ回復に努めています。現時点では一部の牝馬で食欲低下が認められるものの、運動器疾患の発症頭数については例年とほぼ同程度です。

最後に、現時点で調教の動きが良い3頭を紹介します。

Photo_5No.8 イットーエンプレス2018(牝)、生産牧場:日高育成牧場(浦河)。父エスケンデレヤ。伸びのあるしっかりした馬体の持ち主で、体力・スピードいずれもトップレベル。坂路では持ったまま好時計で上がってきており、新規限定セッションの目玉になりそうです。

Photo_3No.37 ダンスフェイム2018(牡)、生産牧場:新井昭二(日高)。父ルーラーシップ。3代母ダンスパートナーの良血馬。母父ファルブラヴ譲りの筋肉質な馬体で、動きもパワフル。坂路も好タイムで上がってきています。

Photo_4No.71 ファンアンドゲイムス2018(牡)、生産牧場:谷口牧場(浦河)。父トゥザグローリー。姉4頭がJRAで勝ちあがる堅実な血統。横見がキレイな馬体で、坂路では好タイムを余裕で上がってきています。

育成馬ブログ(生産⑤)

冬期に枯れた放牧草の栄養価

 

雪のない放牧地
今シーズンは例年になく暖冬で、JRA日高育成牧場のある浦河町を含め日高管内の牧場地帯では1月末まで放牧地に雪がない状態が続きました(図1)。通常だとこの時期の馬たちは雪の上に置かれた乾草を食べていますが、今年は放牧地内の枯れた草を食べ続けていました。この状況が栄養学的に問題はないのか調べるため、枯れた放牧草の栄養分析を行いましたので今回はその結果についてご紹介したいと思います。

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図1 1月末まで放牧地に雪はありませんでした

 

牧草の栄養分析
牧草の栄養分析は日本軽種馬協会が実施しています。分析には乾草では250g、青草(放牧草)では500g程度のサンプルが必要です(図2)。ご自身の牧場の乾草もしくは青草の栄養分析を行ってみたいという方は、お近くの農協もしくは役場までお問い合わせください。

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図2 栄養分析用に採材された枯れ草

 

栄養分析の結果
 当場の放牧地6面(下表A~F)に生えていた草を本年1月14日に採材し、栄養分析を行いました。結果を表に示します。放牧地Aのみ数値が低くなっていますが、この放牧地は雑草が多くそもそもの栄養価が低かったためと考えられました。チモシー主体の放牧地B~Fでは、蛋白質・各種ミネラルともにチモシー乾草より高く、青草より低い範囲でした。以上の結果から、枯れた放牧草の栄養価は、乾草と青草の中間であると言えます。

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表 枯れた放牧草の栄養価は乾草と青草の中間でした

 

今回の結果から、今シーズンのように冬期に雪が積もらず馬が枯れた放牧草を食べ続けても、栄養学的には特に問題はないと言えます。しかしながら、例年より深く土壌が凍結しているため、放牧草の冬枯れや早春の生育不良が懸念され、放牧地によってはローラーによる鎮圧等の処置をした方が良いかもしれません。心配な方はお近くの農協までご相談ください。

育成馬ブログ(日高⑤)

ブリーズアップセールに向けての日高育成牧場での取組み

 

 日高育成牧場がある浦河町は北海道内でも温暖かつ雪が少ないことで知られていますが、暖冬の今年はその傾向が特に顕著で、2月に至ってようやく冬らしい気温になったものの、根雪はほとんど無い状態が続いています。

 そのような中、JRA育成馬は4月のブリーズアップセールを目指して、例年よりやや早めに調教のギアを上げ始め、1月時点で昨年よりも運動強度を高めた調教を実施しています。昨年と今年の1月同時期の屋内坂路ウッドチップコース(1000m)での調教について、グラフ(図)を用いて説明すると、本年(●)は昨年(△)と比較してスピードを速めに設定したことで、調教後の乳酸値が高くなっています。

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昨年と本年(いずれも1月20日前後)の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値

 

 また、概ね週1回実施しているトレッドミル調教では、乳酸値が15mmol/L以上になるようにスピードと傾斜を設定したトレーニングメニューを馬毎に組んでいます。坂路およびトレッドミルいずれにおいても、昨年は乳酸値15mmol/Lを目標にして調教を進めていましたが、本年のそれは15mmol/L「以上」としています。なお、強度の高い調教をした翌日は馬のダメージを考慮して、ハッキングもしくはウォーキングマシンでの常歩調教など、低強度メニューを施すことで、馬の精神面にオンとオフを付与するとともに、身体のダメージ回復に努めています。

 一方で、若馬に対して強運動を負荷することにより懸念される馬体への悪影響については、1月末時点での運動器疾患の発症頭数が例年とほぼ同程度であることから、現時点では大きくないように感じます。

 今後も育成馬の肉体面と精神面の状態を詳細に観察しながら、各馬に応じた適切な運動負荷をかけていくことで、ブリーズアップセールのみならず、売却後の出走を念頭に置いた調教を積み重ねていきたいと思います。

 さて、そのような調教を行っているなかで、1月末の屋内坂路を好タイム(上がり3ハロン38~39秒)で駆け上がってきた3頭をここで紹介します。

 

 No.11 スズカグレイス2018(牝)、生産牧場:稲原牧場(平取)。父は新種牡馬マクフィ、近親にサイレンススズカがいる良血馬です。父の産駒らしいスピードを持っており、早い時期からの活躍が期待できそうです。

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 No.33 キャニオンリリー2018(牝)、生産牧場:谷川牧場(浦河)。父グランプリボス、エーデルワイス賞(JpnⅢ)を勝利した姉フクノドリーム、1月19日京都競馬の芝1600m未勝利戦を逃げ切った兄グレイトゲイナーはいずれもJRA育成馬。兄姉同様の競走馬らしい気性は大きな武器になりそうです。

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 No.36 ダイワジャンヌ2018(牝)、生産牧場:千代田牧場(静内)。初年度から活躍馬を多数輩出するキズナ産駒。トレッドミル調教では、現時点で一番負荷がかかるメニューを楽にこなしています。兄姉3頭はJRAで堅実に勝ちあがっています。

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