育成馬ブログ(2020年 日高①)

JRA育成馬の狼歯について

 コロナの影響で、今年は8月にセレクションセールとサマーセールが連続して開催されました。日高育成牧場にはこれらのセリで購買した42頭のほか、ホームブレッド7頭および7月のセレクトセールで購買した1頭の合計50頭が在厩し、騎乗馴致を進めています。

 

騎乗馴致前に狼歯の抜歯
 当場では、毎年騎乗馴致前に育成馬の口腔内を検査し、狼歯があれば抜歯しています。狼歯とは第二前臼歯のすぐ吻側に萌出する第一前臼歯のことで(図1)、調教を進める過程でハミ受けのトラブルの原因となる可能性があるため、予防の意味で抜歯します。狼歯は見えている部分はわずかですが歯根が長く(図2)、エレベーターと呼ばれる器具で周囲の歯肉を丁寧に剥離した後、ロンジャーと呼ばれるペンチのような器具で折らないように抜歯します。

Photo図1 狼歯(矢印)

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図2 抜歯した狼歯(青矢印が歯根)

 

JRA育成馬の狼歯保有率
 2017年から2019年に当場に入厩した育成馬のうち、入厩前に抜歯を済ませてきた馬を除く173頭について狼歯保有率を調べてみたところ、86.7%にあたる150頭に狼歯が認められました。狼歯保有率の内訳は牡が81.2%(69/85)、めすが92.0%(81/88)でした(図3)。左のみに狼歯が認められた馬が4.0%(7/173)、右のみに狼歯が認められた馬が2.9%(5/173)、左右両方に狼歯が認められた馬が79.8%(138/173)、全く認められなかった馬が13.3%(23/173)でした(図4)。

 

Photo_3図3 狼歯保有率の雌雄差

Photo_4図4 狼歯の位置

 

埋没狼歯(Blind Wolf Tooth)
 萌出せずに歯肉に覆われている第一前臼歯は、英語でBlind Wolf Toothと呼ばれ、埋没狼歯や盲狼歯と和訳されています。2017年から2019年に当場に入厩した育成馬に認められた狼歯288本中13.2%にあたる38本がこの埋没狼歯でした。
 第二前臼歯の吻側の歯肉下にあることが触診で容易にわかることもありますが、位置や大きさが不明な場合にはエックス線検査(レントゲン)によって診断します(図5)。通常の狼歯よりも埋没狼歯がある馬の方がハミ受けに対して不快感を示す場合が多いと言われています。埋没狼歯が確認された場合には覆っている歯肉を切開してから、通常の狼歯の場合と同様に抜歯します。

Photo_5図5 埋没狼歯(矢印)

 

 2017年から2019年に当場に入厩した育成馬には認められませんでしたが、狼歯が上顎ではなく下顎にできる場合もあります。こちらについても通常の狼歯よりもハミ受けに悪影響が出ると言われているため、速やかな抜歯が必要となります。

 
以上、当場で行っている狼歯抜歯についてご紹介しましたが、今回の記事が皆様の馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(生産⑥)

○ブルーライトマスクの効果と活用法

 例年に比べると積雪の少ない暖かい冬となった日高地方でしたが、一転して4月は肌寒い日々が続いていました。そんな日高地方も5月になってからはようやく暖かくなってきており、この春に生まれた子馬たちも元気に日々を過ごしています。

 

ブルーライトマスクによるライトコントロールの効果

 今回は、以前に紹介したブルーライトマスク(写真1)によるライトコントロール(https://blog.jra.jp/ikusei/2020/01/post-2760.html)を試した結果について、報告したいと思います。ライトコントロール法について詳しく知りたい方は、こちら(https://blog.jra.jp/ikusei/2014/01/post-5575.html)を参考にしてください。

 ブルーライトマスク(EquilumeTM Light Mask)は、単眼ブリンカーの内側に青色発光ダイオードが組み込まれており、馬房に集牧しなくてもライトコントロールの効果が得られる製品です。今シーズンの空胎馬7頭の内、このマスクを装着して24時間放牧を継続した群(4頭)と従来の馬房でライトコントロールを継続した群(3頭)に分けて検証を行いました。

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写真1. ブルーライトマスク

 両群のシーズン初回排卵、受胎状況についてまとめた結果は表1のようになりました。両群ともライトコントロールを12月より開始したところ、3月上旬までには全ての馬でシーズン初回排卵が認められました。この結果から、ブルーライトマスクを装着して24時間放牧を実施した状態でもライトコントロールの効果が得られ、シーズン初回排卵の早期化に対しては効果的であると考えられます。

 一方で、受胎状況について見てみると、ブルーライトマスク群では種付した4頭中1頭のみ受胎(※不受胎の中で1頭は2回目の種付で受胎)、馬房群では種付した2頭とも受胎という結果でした。この結果は、24時間放牧では給餌による繁殖牝馬のボディーコンディションスコア(BCS)の維持が難しくなること、夜間に氷点下の環境下に晒されてしまうことなどの影響であると考えられ、繁殖牝馬を受胎に向けて適切な状態に維持するためには、ブルーライトマスクの装着のみでは不十分なのかもしれません。今後は、24時間放牧における適切な飼養管理方法について、さらなる検討を行っていきたいと思います。

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表1.ブルーライトマスクの効果の結果

 

ブルーライトマスクの活用法

 これまで述べてきたように、ブルーライトマスクの装着のみで発情の早期化の効果は得られるものと考えられます。このことから、馬房内にタイマーによるライトコントロールを実施できる設備のない施設では、ブルーライトマスクは有効な選択肢になるものと思われます。当場では、海外から輸入した繁殖牝馬に対して輸入検疫中にブルーライトマスクを装着する試みも行いましたので、その結果についても紹介します。

 2019年に海外から輸入した2頭の繁殖牝馬に対して、12月初旬に輸入検疫施設に入所した時から、ブルーライトマスクを装着しました。ブルーライトマスクの装着は、事前に動物衛生検疫所に申請を行い、許可を得てから装着しています。12月下旬に当場に移動してからは、ブルーライトマスクを装着した状態で昼放牧の管理を行いました。一方で、2018年に海外から輸入した2頭の繁殖牝馬は、12月下旬に当場に移動してからライトコントロールを実施できる設備のある検疫厩舎でライトコントロールを開始しました。つまり、2019年に輸入した2頭については、2018年の2頭に比べると、20日ほど早くライトコントロールを開始しています。

 これらの輸入繁殖牝馬のシーズン初回排卵、受胎状況についてまとめた結果は、表2のようになります。両群とも3月下旬までにはシーズン初回排卵を認めていて、初回排卵の早期化の効果が得られたことを示す結果となりました。一方、受胎状況については、2018年の通常群で2頭中1頭が受胎であったのに対し、2019年のブルーライトマスク群では2頭とも受胎という結果でした。この結果は、ブルーライトマスクによるライトコントロールであっても、馬房内での適切な飼養管理を行えば、早期に受胎させることが可能であることを示す結果と言えるかもしれません。

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表2.輸入検疫中のブルーライトマスクの効果


 以上のように、ブルーライトマスクの装着によるライトコントロールは、初回排卵の早期化に効果的であると考えられます。しかし、その状態での繁殖牝馬の24時間放牧に関しては課題が残っている状況です(図1)。このことを踏まえて、今回紹介した内容を活用していただければ幸いです。

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図1.ブルーライトマスクの効果のまとめ

育成馬ブログ 日高⑥

ブリーズアップセールに向けての日高育成牧場での取組み その2

ブリーズアップセールのセリ名簿が刷り上り、日高育成牧場の職員にとってはセリが近づいていることをいよいよ実感する時期になってきました。

そのような中、JRA育成馬は例年以上に仕上がってきています。
前回のブログ(https://blog.jra.jp/ikusei/2020/02/post-7abd.html)でもお伝えしたように、当場では調教のギアを例年よりやや早め、12月には上げ始め、年明け以降も坂路およびトレッドミルで昨年より運動強度を高めた調教を実施してきました。グラフ①は前回のブログでご紹介したもので、昨年2019年(△)と今年2020年(●)の1月20日前後の屋内坂路ウッドチップコース(1000m)でのスピード(上がり3ハロン平均値)と乳酸値のデータを示しており、昨年と比較して本年は坂路でのスピードが速く、調教後の乳酸値が高い、すなわち運動強度が高い調教を行ってきたことを確認することができます。

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グラフ①.昨年と本年の1月20日前後の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値

そのような調教を積み重ねた後の2月中旬のデータがグラフ②です。昨年と比較すると今年は全体的にスピードが速い馬が多い一方で、乳酸値が低い傾向にあることがわかります。すなわち、2月時点では今年の育成馬がより体力がある、すなわちグラフ①で示したような運動強度を高い調教を行った効果が表れたと推定することができます。

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グラフ②.昨年と本年の2月中旬の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値


前回の当欄でも触れたとおり、若馬に対して強運動を負荷することにより懸念される馬体や精神面への悪影響を考慮して、強調教の翌日にはハッキングもしくはウォーキングマシンでの常歩調教など、引き続きダメージ回復に努めています。現時点では一部の牝馬で食欲低下が認められるものの、運動器疾患の発症頭数については例年とほぼ同程度です。

最後に、現時点で調教の動きが良い3頭を紹介します。

Photo_5No.8 イットーエンプレス2018(牝)、生産牧場:日高育成牧場(浦河)。父エスケンデレヤ。伸びのあるしっかりした馬体の持ち主で、体力・スピードいずれもトップレベル。坂路では持ったまま好時計で上がってきており、新規限定セッションの目玉になりそうです。

Photo_3No.37 ダンスフェイム2018(牡)、生産牧場:新井昭二(日高)。父ルーラーシップ。3代母ダンスパートナーの良血馬。母父ファルブラヴ譲りの筋肉質な馬体で、動きもパワフル。坂路も好タイムで上がってきています。

Photo_4No.71 ファンアンドゲイムス2018(牡)、生産牧場:谷口牧場(浦河)。父トゥザグローリー。姉4頭がJRAで勝ちあがる堅実な血統。横見がキレイな馬体で、坂路では好タイムを余裕で上がってきています。

育成馬ブログ(生産⑤)

冬期に枯れた放牧草の栄養価

 

雪のない放牧地
今シーズンは例年になく暖冬で、JRA日高育成牧場のある浦河町を含め日高管内の牧場地帯では1月末まで放牧地に雪がない状態が続きました(図1)。通常だとこの時期の馬たちは雪の上に置かれた乾草を食べていますが、今年は放牧地内の枯れた草を食べ続けていました。この状況が栄養学的に問題はないのか調べるため、枯れた放牧草の栄養分析を行いましたので今回はその結果についてご紹介したいと思います。

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図1 1月末まで放牧地に雪はありませんでした

 

牧草の栄養分析
牧草の栄養分析は日本軽種馬協会が実施しています。分析には乾草では250g、青草(放牧草)では500g程度のサンプルが必要です(図2)。ご自身の牧場の乾草もしくは青草の栄養分析を行ってみたいという方は、お近くの農協もしくは役場までお問い合わせください。

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図2 栄養分析用に採材された枯れ草

 

栄養分析の結果
 当場の放牧地6面(下表A~F)に生えていた草を本年1月14日に採材し、栄養分析を行いました。結果を表に示します。放牧地Aのみ数値が低くなっていますが、この放牧地は雑草が多くそもそもの栄養価が低かったためと考えられました。チモシー主体の放牧地B~Fでは、蛋白質・各種ミネラルともにチモシー乾草より高く、青草より低い範囲でした。以上の結果から、枯れた放牧草の栄養価は、乾草と青草の中間であると言えます。

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表 枯れた放牧草の栄養価は乾草と青草の中間でした

 

今回の結果から、今シーズンのように冬期に雪が積もらず馬が枯れた放牧草を食べ続けても、栄養学的には特に問題はないと言えます。しかしながら、例年より深く土壌が凍結しているため、放牧草の冬枯れや早春の生育不良が懸念され、放牧地によってはローラーによる鎮圧等の処置をした方が良いかもしれません。心配な方はお近くの農協までご相談ください。

育成馬ブログ(日高⑤)

ブリーズアップセールに向けての日高育成牧場での取組み

 

 日高育成牧場がある浦河町は北海道内でも温暖かつ雪が少ないことで知られていますが、暖冬の今年はその傾向が特に顕著で、2月に至ってようやく冬らしい気温になったものの、根雪はほとんど無い状態が続いています。

 そのような中、JRA育成馬は4月のブリーズアップセールを目指して、例年よりやや早めに調教のギアを上げ始め、1月時点で昨年よりも運動強度を高めた調教を実施しています。昨年と今年の1月同時期の屋内坂路ウッドチップコース(1000m)での調教について、グラフ(図)を用いて説明すると、本年(●)は昨年(△)と比較してスピードを速めに設定したことで、調教後の乳酸値が高くなっています。

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昨年と本年(いずれも1月20日前後)の屋内坂路コースでのスピードと乳酸値

 

 また、概ね週1回実施しているトレッドミル調教では、乳酸値が15mmol/L以上になるようにスピードと傾斜を設定したトレーニングメニューを馬毎に組んでいます。坂路およびトレッドミルいずれにおいても、昨年は乳酸値15mmol/Lを目標にして調教を進めていましたが、本年のそれは15mmol/L「以上」としています。なお、強度の高い調教をした翌日は馬のダメージを考慮して、ハッキングもしくはウォーキングマシンでの常歩調教など、低強度メニューを施すことで、馬の精神面にオンとオフを付与するとともに、身体のダメージ回復に努めています。

 一方で、若馬に対して強運動を負荷することにより懸念される馬体への悪影響については、1月末時点での運動器疾患の発症頭数が例年とほぼ同程度であることから、現時点では大きくないように感じます。

 今後も育成馬の肉体面と精神面の状態を詳細に観察しながら、各馬に応じた適切な運動負荷をかけていくことで、ブリーズアップセールのみならず、売却後の出走を念頭に置いた調教を積み重ねていきたいと思います。

 さて、そのような調教を行っているなかで、1月末の屋内坂路を好タイム(上がり3ハロン38~39秒)で駆け上がってきた3頭をここで紹介します。

 

 No.11 スズカグレイス2018(牝)、生産牧場:稲原牧場(平取)。父は新種牡馬マクフィ、近親にサイレンススズカがいる良血馬です。父の産駒らしいスピードを持っており、早い時期からの活躍が期待できそうです。

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 No.33 キャニオンリリー2018(牝)、生産牧場:谷川牧場(浦河)。父グランプリボス、エーデルワイス賞(JpnⅢ)を勝利した姉フクノドリーム、1月19日京都競馬の芝1600m未勝利戦を逃げ切った兄グレイトゲイナーはいずれもJRA育成馬。兄姉同様の競走馬らしい気性は大きな武器になりそうです。

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 No.36 ダイワジャンヌ2018(牝)、生産牧場:千代田牧場(静内)。初年度から活躍馬を多数輩出するキズナ産駒。トレッドミル調教では、現時点で一番負荷がかかるメニューを楽にこなしています。兄姉3頭はJRAで堅実に勝ちあがっています。

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育成馬ブログ(生産④)

今シーズンの新たな試み

 

 新年あけましておめでとうございます。本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

 JRA日高育成牧場では今年も生産現場に役立つ実践的な調査・研究をしてまいりたいと思います。今回は、今シーズンから導入した飼養管理上の新たな試みについて紹介します。

 

○ブルーライトマスクによるライトコントロール

 繁殖牝馬へのライトコントロールの効果について、今まで当ブログでも紹介してきましたが(https://blog.jra.jp/ikusei/2014/01/post-5575.html)、今シーズンは一部の牝馬にブルーライトマスク(EquilumeTM Light Mask)を装着し、効果を検証しています(写真1)。このマスクは単眼ブリンカーの内側に組み込まれた青色発光ダイオードがタイマーによって16時から23時まで点灯するように設定されているため、繁殖牝馬に装着することにより夜間に馬房に集牧しなくてもライトコントロールの効果が得られるとされています。当場では今シーズン空胎馬を従来の馬房でライトコントロールを行う群とこのマスクを装着し24時間放牧を継続した群に分け、シーズン初回排卵の時期などについて検証を行っています。

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写真1 今シーズンは一部の牝馬にブルーライトマスクを装着しています

 

○厳冬期昼夜放牧用のシェルターおよび水桶の導入

 北海道では当歳から1歳にかけての厳冬期の放牧管理も大きな課題の一つです。当場では以前、昼夜放牧を秋から継続して続ける群と昼放牧に切り替えウォーキングマシンによる運動を負荷する群に分けて比較するなど、様々な調査を行ってきました。

厳冬期の管理①(https://blog.jra.jp/ikusei/2012/12/post-2f5a.html

厳冬期の管理②(https://blog.jra.jp/ikusei/2013/01/post-8d83.html

厳冬期の管理③(https://blog.jra.jp/ikusei/2013/02/post-ae64.html

厳冬期の管理④(https://blog.jra.jp/ikusei/2013/03/post-2d55.html

 調査を始めた2010年当時から昨シーズンまで、当場では屋根のない風除けを冬期のみ一時的に設置し暴風雨を防いでいましたが、今シーズンからは屋根付きのシェルターを放牧地内に建設し使用を開始しました(写真2)。GPSを用いた過去の調査では毎日夜中の一定時間風除け付近で横臥して休息していることがわかっており、屋根が付いてさらに快適になった環境下で馬たちの行動がどのように変化するのか、観察を続けていきます。

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写真2 今シーズンから屋根付きのシェルターを使用しています

  

 また、同じく昨シーズンまで当場では概ねマイナス10℃を下回ると放牧地内の水桶が凍ってしまっていたのですが、今シーズンは電気を利用した凍結防止機能付きの水桶を導入しました(写真3)。過去の調査において、厳冬期には血清中のBUNが上昇することがわかっており、これは脱水時など腎臓の血流量が低下していることを示しており、馬の健康管理上好ましい状況ではありませんでした。この新しい水桶の導入後、馬の血液検査の数値にどのような変化が現れるのか、あわせて比較してみたいと思います。

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写真3 今シーズンから水桶に凍結防止機能が付きました

 

 以上のように、今シーズンも新たなチャレンジを続け、今後も現場に役立つ情報をたくさん発信できるようにがんばりたいと思いますので、当場の活動にご注目いただけましたら幸いです。

育成馬ブログ(日高④)

強い馬づくりのための生産育成技術講座2019

~進化するサラブレッド育成馬の調教~

 

 12月に入り、日高育成牧場では雪がちらつく日も多くなってきました。現在、育成馬たちは屋内800m周回コースおよび屋内坂路馬場での調教に加えて、週に1回、トレッドミルを用いた強調教を実施しています。また当場ではトレッドミルでの強調教後にルーチンで血液を採取し、乳酸値を測定しています。

 近年、競走馬の世界では人間のアスリートと同様に乳酸値をトレーニング負荷の指標として活用する方法が広がりつつあり、当ブログでもたびたび当場における乳酸値の活用方法を紹介しています。

https://blog.jra.jp/ikusei/2019/01/post-7abd.html
  

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(トレッドミル調教後の採血)

 

 さて今回は、11月18日と19日に浦河と門別で「強い馬づくりのための生産育成技術講座2019~進化するサラブレッド育成馬の調教~」が開催されましたので、その概要についてお伝えします。

 この講座は生産育成にたずさわる関係者への情報提供・技術普及を目的としており、今回は育成牧場関係者や馬獣医師など、浦河では約110名、門別では約170名が参加しました。

 本年度のテーマは冒頭にも紹介しました「乳酸」。特別講演として、乳酸を活かしたスポーツトレーニング・運動と疲労との関係など運動生理学の分野で第一人者である東京大学の八田秀雄教授から「乳酸をどう考え利用したらよいのか?」というテーマのお話をしていただきました。http://jp.youtube.com/watch?v=DmQUIo_A9uE
  

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(壇上で特別講演をされる八田教授)

 

 八田教授の講演では、これまで「疲労物質」というような見方をされてきた乳酸が、実はエネルギー源となる物質であること、その乳酸を利用する能力のある細胞内のミトコンドリアを高強度トレーニングで増加させることが重要であることが示されました。八田教授はこれまでJRA競走馬総合研究所と長きに亘り共同研究をされてきていることから、サラブレッドのトレーニングについても精通されており、競走馬においても人間のアスリートと同様に高強度トレーニングによってミトコンドリアを増加させることで強い馬を作り出せるのではないかという考えを示されました。

 また当場業務課長の冨成から「日高育成牧場における乳酸を指標とした育成調教」http://jp.youtube.com/watch?v=u1XQ5jRX9wk むかわ町にある育成牧場エクワインレーシングの瀬瀬代表から「科学的トレーニングへの可能性~エクワインレーシングの取り組み~」http://jp.youtube.com/watch?v=uJhcz6Fo1cY というタイトルで話題提供が行われました。どちらの牧場においても調教後乳酸値は運動負荷の指標として非常に有用であると報告され、その具体的な活用方法についても紹介されました。

 最後の総合討論では、調教後乳酸値の目標値の設定など、競走馬における乳酸値の利用に関して検討課題が多くあることなど有意義な意見交換が行われました。http://jp.youtube.com/watch?v=WIcp3BAof9c

 今回の講座を受けて、これまで乳酸値を測定していなかった育成牧場が導入したり、すでに活用していた育成牧場でも今回の発表をふまえ、さらなる活用が行われるかもしれません。当場でも引き続きデータを蓄積し、多くの育成牧場の皆様のお役に立つような研究を積み重ねて参りたいと考えています。

育成馬ブログ(生産③)

“第二の離乳”~コンパニオンホースと引き離す際の影響~

 

 前回、当ブログでは離乳時にコンパニオンホースを導入すると当歳馬の体重減少が小さくなることを報告しました。

https://blog.jra.jp/ikusei/2019/10/post-76f0.html

 その過程で海外の文献を調べていくうちに、興味深い記載を発見しました。「コンパニオンホースと当歳馬を引き離す際に、離乳時と同等のストレスがかかる。」とのことです。

https://ker.com/equinews/common-methods-weaning-horses/

 そこで、今回は“第二の離乳”とでも呼ぶべき当歳馬からコンパニオンホースを引き離す際の影響について、前回と同じく体重減少を比較することで考察していきたいと思います。

 

○コンパニオンホースと引き離す際の当歳馬の体重減少

 JRA日高日高育成牧場では2013年から離乳時のコンパニオンホースの導入を始めました。そこで2013年以降に当場で生まれた当歳馬のうち、データが残っていた31頭のコンパニオンホースを引き離す前の体重と引き離した後の体重を比較しました。その結果、平均して体重は0.35kg増加していました。前回お示ししたとおり、離乳時は体重が減少するものであり、その平均値はコンパニオンホース導入前は4.54kg、導入後は2.72kgでした。統計学的に解析しても、減少幅は有意に少ないことがわかりました。

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図1 当歳馬の体重減少の比較

 

○“第二の離乳”で体重が減少した当歳馬もいる

 平均するとプラスでしたが、中には体重が減少した当歳馬もいました。図2にその内訳を示しますが、最大で4kgも体重減少した当歳馬もいました。

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図2 “第二の離乳”での当歳馬の体重減少の内訳

 以上のことから、当歳馬からコンパニオンホースを引き離す“第二の離乳”について、多くの場合は問題ないが中には注意しなくてはならない当歳馬もいる、というのが結論になりそうです。結局のところ、当歳馬を日頃からよく観察し、離乳時には個別にケアしてあげることが大切だと考えます。

育成馬ブログ(日高③)

○2つの嬉しいお知らせ

 

この秋、JRA日高育成牧場に2つの嬉しいニュースが届きました!

 まず1つ目は、9月15日に静岡県のつま恋乗馬倶楽部で行われた「第71回全日本障害馬術大会2019 PartⅡ」の内国産障害飛越競技において,当場職員の塚本敏一選手とフリーデン・アポロ号が見事に優勝を飾ったことです。

 内国産、すなわち国内で生産された乗馬による障害飛越競技の中で、最高峰の試合で優勝した塚本職員は、相棒アポロ号の調教のみならず、当場の育成馬の調教も担当しています。

 競走馬と馬術競技馬、それぞれに対する調教方法の共通点や相違点については、多くの馬関係者から様々な見解が示されていますが、両者に活用可能なテクニックや考え方を個々の馬の個性やステージに合わせて取り入れていくことが最も合理的ではないかと考えます。当場で育成馬に騎乗する他の職員も、やはり乗馬の騎乗や調教に従事しておりますので、今後も両者に対して、それぞれがより適切な方法でアプローチしていくことで、良い結果につなげていければと思います。

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塚本敏一職員とフリーデン・アポロ号

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育成馬に騎乗する塚本職員(中央)

 

 そして2つ目のグッドニュース、10月7日に栃木県の日本装削蹄協会 装蹄教育センターで行われた「第72回全国装蹄競技大会」において、当場の装蹄師、吉川誠人職員が2連覇を飾りました。

 この競技会は、実馬の装蹄や蹄鉄を作成する技術、さらに馬を観察して装蹄方針を決定する判断力など、装蹄師に必要とされる技量を総合的に競うものです。毎年1回開催される本大会で、全国から予選を勝ち抜いた装蹄師や過去大会の優勝経験者を含む36名が腕を競い合うなか、見事2年連続で吉川職員が最優秀選手の栄誉である農林水産大臣賞を授与され、優勝旗を日高育成牧場に持ち帰ってくれました。

 彼は繁殖牝馬や子馬、育成馬および乗馬のフットケアに従事しており、当場には欠かせない存在です。生まれたばかりの子馬、時にトップスピードでの調教を強いられる育成馬、体格の大きな乗馬や繁殖牝馬まで、同じ馬でも異なる形状や性質の蹄を取り扱う装蹄師は、各馬の課題に対する最適解を見つけるという高いスキルが要求されます。

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競技中の吉川職員

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優勝旗を手渡される吉川職員

 

 二人の活躍に刺激を受けた他のスタッフも、負けじとお互い切磋琢磨しながら技術を高めていこうと、場全体で盛り上がっています。

「馬づくりは人づくり」、まさに至言ですね!

育成馬ブログ(生産②)

離乳~コンパニオンホース導入の効果~

 

 9月に入り、朝夕はめっきり涼しくなってきました。今年生まれた当歳馬たちも放牧地内で母馬から離れて行動する時間が増え、生産牧場では離乳の時期となりました。当ブログにおいても過去にも何度か離乳の方法について取り上げています。

https://blog.jra.jp/ikusei/2011/09/post-26e4.html

https://blog.jra.jp/ikusei/2013/09/post-405b.html

https://blog.jra.jp/ikusei/2016/09/

 

 JRA日高育成牧場では「間引き法」と呼ばれる当歳馬ではなく母馬を別の放牧地に移動する方法を行ってきました。これに加え「コンパニオンホース」の導入による離乳後のストレス緩和を試みてきました。今回は、離乳時の当歳馬の体重データから、コンパニオンホースの効果を検証してみたいと思います。

 

コンパニオンホースと間引き法

 現在、当場で行っている離乳の方法を簡単にご紹介します。まず、子育て経験豊富な子付きではない牝馬(コンパニオンホース)を離乳前に母子の馬群に入れます(図1)。次に、放牧地で離乳する母馬を2~3頭間引いて、別の放牧地に連れていきます(図2)。この作業を1週間に1回ずつ行っていき、最終的に当歳馬の群に母馬はいなくなり、コンパニオンホースが1頭いる状態にします(図3)。コンパニオンホースは乳汁こそ出せませんが、母馬がいなくなって不安でいななく当歳馬たちの中でどっしり構えているため、離乳後のストレス緩和を期待してこの方法を取り入れてみました。

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図1 コンパニオンホースの導入

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図2 間引き法

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図3 離乳後の当歳馬とコンパニオンホース(矢印)

 

コンパニオンホース導入の効果の検証~当歳馬の体重データから~

 当場では2013年から離乳時のコンパニオンホースの導入を始めました・2009年生まれ以降のJRAホームブレッド82頭の体重を比較したところ、コンパニオンホース導入前は体重が平均して4.5kg減少していたのが、導入後には平均して2.7kgの減少にとどまりました(図4)。これは統計学的にも有意な差であり、コンパニオンホースの導入により離乳後の当歳馬の体重減少を抑えられることがわかりました。

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図4 コンパニオンホース導入前後の離乳時の当歳の体重減少

 毎年、離乳後の当歳馬のコンディションが崩れてしまうとお悩みの際には、コンパニオンホースの導入も一つの方法としてお考えいただけましたら幸いです。