2023年8月 1日 (火)

日本炎症・再生医学会に参加して

臨床医学研究室の田村です。

 7月中旬にシティプラザ大阪で開催された第44回日本炎症・再生医学会に参加してきました(図1)。本学会は、炎症の病態解明とその治療法の開発を目指して設立された「日本炎症学会」を前身とし、2005年に再生医学の研究をも包括する形で現在の学会名に改称されたということです。本学会を通じて、これまでにも数多くの有効な薬剤や治療方法が発表されてきており、炎症を考える上で重要な学会の一つとして認識されています。

 ヒトのスポーツ選手と同じく競走馬でも、力強く、速く走るために関節や腱のケガを予防する、起きてしまった炎症を取り除く、ことは大変重要です。そのためには、日常的なケアがかかせません。なんと人のスポーツでは、古くて新しい治療として冷却療法に光が当てられていました。単に冷却するだけでなく、そのタイミングや冷却時間、また組織レベルで起こる諸変化を科学的に調査することで、より有効な炎症をコントロールする技術が模索されていました。その他、ヒト医療では、関節軟骨の再生に注目が集まっていました。幹細胞を用いて損傷した関節軟骨を再生させることができないか、盛んに研究されていました。これは我々も挑戦しているテーマ(図2)で大いに参考になりました。

 今回参加した日本炎症・再生医学会ではヒト医療に応用されている様々な治療法や新しい知見を知ることができました。今後、競走馬の獣医療に応用できるかもしれない分野で興味深かったです。

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図1.学会入口に立て掛けられた案内板

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図2.我々の研究室にて馬幹細胞から作製した軟骨ペレット(矢印)。まだ臨床応用には遠いものの軟骨ペレットを幹細胞から作れる時代はすでに到来している

2023年7月20日 (木)

地上最高のアウトドアショー ~スタンピード~

 こんにちは、カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

 今回は、ここカルガリーで伝統となっている馬を用いた行事をご紹介します。カルガリーは石油の街として発展してきましたが、牧畜業から始まった街でもあります。そのため、毎年7月上旬の10日間、カウボーイの精神と文化をお祝いするスタンピードというお祭りがあります。愛称は「The Greatest Outdoor Show on Earth」と呼ばれ、100万人以上が国内外から来場すると言われています。100年以上前から続くカルガリーの伝統的なお祭りです。

 数百頭の馬がダウンタウンの街を行進するパレード(図1)を皮切りに、激しい動きをする馬の上に綺麗な姿勢でどれだけ留まっていられるかを競うロデオや、樽を指定された順番に回ってくるバレルレース、4頭のサラブレッドが1つの馬車を曳き、コースを1周するチャックワゴンレースなど馬にまつわるイベントもたくさんあります(図2, 3)。チャックワゴンレースはスタンピードのメインイベントの1つで、夜の8時頃から毎日開催されます。

1_2図1.ダウンタウンのパレードの1コマ

2_3図2. ロデオやチャックワゴンレースの会場

31000m_3図3. 1周1000m程の比較的小さめのトラック

 これらのウマのイベントの他にも、移動遊園地が設営されたり、様々なアーテイストのライブコンサートもあるので、どの世代にも楽しめるイベントとなっていました。

 余談ですが、樽を指定の順番に回るバレルレースは主にクオーターホースが走ります。最高速度は時速50-60km程度まで迫りますが、スタートからゴールまで20秒程度というとても短い運動時間にも関わらず、運動誘発性肺出血(EIPH)はよく起こるようです。当研究室の杉山が執筆したJRA平地競走における鼻出血のリスク因子に関する論文(Sugiyama et al., Animals 2023)でも短距離レースで鼻出血の発症が多いので、短い運動に特徴的な何かがEIPHや鼻出血発症に関わっているのかもしれませんね。以下がJRA平地競走の鼻出血発症要因に関する論文のリンクです。興味がある方はぜひご一読ください。

【外部リンク】https://www.mdpi.com/2076-2615/13/8/1348

2023年7月10日 (月)

馬も歩活(あるかつ)?WM建設中!

こんにちは、分子生物研究室の上林です。

梅雨明けも目前、夏本番の到来が近づいてきましたね。

栃木もかなり気温と湿度が上昇傾向にあり、ムシムシする日々が増えてきました。

さて、現在競走馬総合研究所ではある施設を建設中です。その写真がこちら。

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これは、基礎となる土台部分の写真ではありますが、何ができるかわかりますか?

ヒント、というか答えをタイトルに書いているのですが、これの完成品がこちらです。

どん!!

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わかりますか?

実はこれ馬用のウォーキングマシーン(WM)なんです。

実際に中に馬が入っている様子がこちら

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人のランニングマシンとは違い、床が動くわけではありません(馬にもトレッドミルはあります)。

上の写真のテントのように見える部分の真ん中に軸(ローター)があり、そこを中心として、さながらメリーゴーランドのように機械が回転します。

中は6~8個の仕切りで区切られており、同時に複数頭の馬を歩かせることができます。

当然、人が馬を持つ必要はありません。

人が馬を曳く必要なく、同時に複数頭の馬を同じペースで運動させられるという点で、人にとっても非常にありがたい設備です。

総研では研究用の馬の日々の運動として、毎日1時間ほどこのWMに入れて歩かせています。

機械の速度は調節可能ですが、概ね100 m/分のペースです。人だと結構早歩きのペースですね。

総研では既に1台が稼働していますが、現在建設中の1台は9月を目途に竣工予定です。

人間にとって歩活(あるかつ)には少し厳しい季節になってきましたが、馬たちは今日も元気に歩いています。

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「見てないであんたも歩きなさい!」とでも言いたげな顔ですね。笑

追伸:本記事を書いて少し経ちましたが、だいぶ組み立てが進みました。竣工が待ち遠しいですね。

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2023年7月 1日 (土)

骨・関節感染症学会

臨床医学研究室の三田です。

 

 6月24日と25日に三重県の津市で行われた第46回日本骨・関節感染症学会を聴講してきました。

 この学術集会では骨や関節の手術後に発生する術部感染症に対する予防・診断・治療方法をメインテーマにしており、人工関節の設置手術の後の感染症に関する発表が多かったです。ヒトの整形外科では近年の高齢化に伴い膝や股関節の人工関節を設置する手術が増加傾向にあり、その手術件数の0.25~2.0 %で手術部位の感染症が発生していると報告されています。参加者の先生はその治療のスペシャリストで、これらの感染症に対する近年の治療戦略の変遷や考え方について学ぶことができました。

 また、昨年この学術集会に参加した時には、抗菌薬を感染部位に継続的に投与する方法(CLAP〔クラップ〕)について勉強できましたが、本年はこの治療方法に関する演題数がかなり増えており、とても盛り上がりを見せていました。この治療方法では抗菌薬を感染部位に直接投与することで、静脈内投与や経口投与では実現できないような高い抗菌薬濃度を感染部位に提供することができます。そのため、従来治療ではなかなか治せなかった手強い感染症に対して有効に働くことが多いようです。

 昨年以降、馬医療での実現にむけてCLAP療法のパイオニアの先生達に多くのご指導いただいており、学会後の懇親会にもお招きいただきました。お酒のせいで少し記憶があいまいですが、その席で先生の1人が仰っていた

『感染症を治すことは当たり前になりつつある、大事なのはその先にある機能回復』

という言葉はとても印象的でした。

 ウマでも関節に感染症を起こすと、骨がいびつな形態となって機能が損なわれることがあります。そのようなケースでも早期に感染症をコントロールすることで機能の維持ができたら望ましいなと思います。

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今年の学術集会のテーマは「骨・関節感染症に勝つ!」でした。

抄録集のデザインからは会長がゲーム好きなのかと感じました。

 

 

2023年6月26日 (月)

みんなに輸血できるユニバーサル・ドナー

微生物研究室の越智(B型Rh+)です。

 今回は、サラブレッドの輸血に必要なユニバーサル・ドナーに関するお話です。

 輸血が必要となった際、合わない血液型で輸血すると大変なことになります。血液型の判定はこのミスマッチを防止するのに重要です。ヒトの血液型はABO式やRh式が有名ですが、ウマではA式、C式、D式、K式、P式、Q式、U式の7つの血液型システムがあります。ヒトもウマも血液型はすべて赤血球の表面にある抗原タイプに応じて区分されています。例えばヒトのABO式で考えた場合、A型のヒトでは生まれながらに赤血球の表面にA抗原が、血液中にB抗原に対する抗体が存在します。B型のヒトでは生まれながらに赤血球の表面にB抗原が、血液中にA抗原に対する抗体が存在します。よって、A型・B型同志で相互に輸血してしまうと、抗原抗体反応が起きて溶血が起こり、輸血の効果はなくなってしまうばかりか、溶血による他の障害も起こってしまいます。一方、サラブレッドでも、多くの個体に発現している赤血球の抗原とその抗体の間で輸血トラブルが起こります。その抗原と抗体とは、A式のa抗原(Aa抗原)とその抗体(Aa抗体)、及びQ式のa抗原(Qa抗原)とその抗体(Qa抗体)です。

 そこで、Aa抗原とQa抗原、そしてAa抗体とQa抗体をそれぞれ全く持っておらず、どんなサラブレッドに輸血しても溶血が起こらないウマがいたならば、それは安心して輸血できるユニバーサル・ドナー(*脚注)となります。日本では、国内にいるハーフリンガー種という馬の中に、このようなタイプの個体が多いことが知られており、我々の研究所には競走馬理化学研究所(栃木県)にてユニバーサル・ドナーであると判明したハーフリンガー種を2頭ほど飼育し、現役競走馬の有事の際に血液を供給する仕組みをつくっています。  

   *注 ユニバーサルとは「誰にでも使用できる」、ドナーは「提供者」の意

                                    

                                          

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写真1;ユニバーサルドナーであるハーフリンガー種です。

好奇心旺盛でカメラを覗きこんでます。

 

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写真2; ユニバーサルドナーは競走馬を救う大切なウマです。

乗馬としても欠かさず運動して健康を維持しています。



2023年6月22日 (木)

JRA理事長杯馬術大会

臨床医学研究室の太田です。

 少し前になりますが、5/30-31に兵庫県の三木ホースランドパークで開催されたJRA理事長杯馬術大会に参加してきました。

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この大会、初心者からプロのライダーまでJRA職員なら誰でも参加できる馬術大会で、全国の18事業所から約100人の職員が選手として参加しました。

結果は、なんと!人生初の馬術競技参加ながら、企画調整室の藤本職員がクロス障害競技で見事3位に入賞scissors

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総研からは私を含め選手4名と少人数のチームでしたが、ここで大きくポイントを稼ぎ、団体順位も9位の成績を上げることができました。

来年は2020東京オリンピック・パラリンピックの馬術競技会場となった世田谷の馬事公苑で開催される予定です。一般の方も無料で入場できますので、ぜひ応援にお越しください。

それに向けて、また1年トレーニングに励みたいと思います。もちろん、本業の研究も頑張りますup

2023年6月19日 (月)

アメリカスポーツ医学会@デンバー

運動科学研究室の向井です。

 5月30日から6月2日にアメリカ・コロラド州デンバーにあるコロラド・コンベンションセンター(写真1)にて開催されたアメリカスポーツ医学会(ACSM)の年次総会(写真2)において、運動科学研究室から私と胡田が研究発表を行いました。ACSMは世界最大のスポーツ医学および運動科学の学会で、科学・教育・医学を通じて健康を推進させることをスローガンにしています。

https://www.acsm.org/annual-meeting/annual-home(外部リンク)

 日本の獣医学関連の学会ではスポーツ科学に関する発表はあまりありません。ACSMはヒトの学会ですが、ヒトのスポーツ医学の国際学会に参加することによって、最先端のスポーツ医学から多くのことを学べます。そればかりか、我々の研究を国際的に評価してもらえるメリットがあるのです。

 今回、私はサラブレッドにトレッドミル上で6週間の高強度インターバルトレーニングを実施させると、同じ距離で中等度の持続的なトレーニングをするよりも走行パフォーマンス、有酸素能力および乳酸代謝が向上、さらに筋線維の肥大が見られることを発表しました。高強度インターバルトレーニングとは、早いスピードの運動と遅いスピードの運動を交互に繰り返すトレーニングを意味します。実際の競走馬に応用するとなると、馬の気性や調教コース設定などにより、その走強度やインターバルの設け方など様々な工夫が必要ですが、近い将来、調教メニューの選択肢のひとつになる可能性があります。

 一方、胡田は暑熱環境下でサラブレッドに運動をさせると、骨格筋におけるミトコンドリアやエネルギー代謝に関わる因子が増加することを発表しました。これらの因子はサラブレッドの暑熱耐性や運動パフォーマンスの改善に関与している可能性があります。近年JRAでは、競馬場にシャワーやミストを設置するなど、競走馬の暑熱対策に積極的に取り組んでいます。暑熱環境下でウマの体に何が起きているのかを研究することによって、科学的な根拠に基づいてより効果的な暑熱対策が可能になると考えています。

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写真1.コロラド・コンベンションセンターは、非常に目立つ巨大オブジェ;Blue bearで有名。

ビルを押し動かしているかの如きBlue bearは遠くからでも見え、目印になります。

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写真2.学会のウエルカム・ボードの向こうに受付会場が展開

2023年6月 1日 (木)

JRA総研サマースクールを開講します!

企画調整室の福田です。

競走馬総合研究所では、例年夏休みのシーズンに、獣医学を専攻する大学生を対象にサマースクールを開催しています。

今年は8月21日から25日を感染症コース、8月28日から9月1日を臨床コースとして、各5日間のプログラムで開催予定です。

募集期間は6月1日(木)から15日(木)です。家畜衛生・公衆衛生獣医師インターンシップ「VPcamp」を通じてお申し込みください。

詳しくはVPcampホームページ(外部サイト)、または下のポスターをご覧ください。

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また、北海道の日高育成牧場でも8月21日から25日に、馬の生産や診療について学べる「日高サマーキャンプ」が開催されます。こちらにつきましても同様にVPcampにて募集中です。下のポスターをご確認ください。

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皆様のご参加をお待ちしています。

2023年5月22日 (月)

運動時内視鏡検査は優れた検査法!

こんにちは、カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

 先日のブログ(参照;本年3/24繋駕競走)において、私が留学しているカルガリーでは繋駕競走(トロット)がメジャーであることを書きました。競走馬と同様、トロット用に訓練された馬(トロッター)においても速い速度の調教が必要ですから、運動能力を最大限に発揮できないプアパフォーマンスは関係者にとって死活問題です。よって、トロッターにおいても四肢の怪我だけでなく上気道疾患がよく研究されています。下の写真のように内視鏡の機械を鞍にセットし、鼻から内視鏡を入れて運動時の上気道の様子をよく観察しています。

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 JRAのトレセンでもこの検査は導入しており、いわゆる「喉鳴り」の原因となる様々な上気道疾患を競走馬で診断しています。下の左の写真は正常の上気道、右の写真は披裂喉頭蓋ヒダ虚脱(矢印)という病気で、気道がかなり狭くなっています。この病気は安静時には分からず、強度の高い運動を負荷することで初めて見つけることができます。以前は不明だったこの病気も、運動時内視鏡が世に出てきたことで診断できるようになりました。

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 このように上気道の動きを日常的に観察するのはウマぐらいです。呼吸器を議論する学会でウマにおける運動時内視鏡での観察結果を報告すると、ヒトの呼吸器を専門にする先生方には大変興味を持っていただけることが多いです。それはヒトの運動時の呼吸器異常の解明にヒントを与えているからかもしれません。










2023年5月18日 (木)

ウマとその他動物の瞳孔のかたち

競走馬総合研究所の桑野と申します。

 今回は、ウマをはじめ動物の黒目について小話を書きます。眼球の色がついている部分を専門用語で虹彩(こうさい)、その真ん中にある「黒目」と呼ばれている部分を瞳孔(どうこう)といいます。暗い場所で散大している瞳孔は、どの動物も丸っぽく動物種による違いが明確でありませんが、日中、瞳孔が縮まっている状態(縮瞳)で観察すると動物ごとに様々な形があることが分かります。今回、全ての動物についての説明は省きますが、一般に知られている1)横長、2)縦長、3)まん丸の3つの瞳孔の形とその形がどう動物の暮らしに役立っているのかを考えてみます。

 馬は虹彩が大きいので目が全部黒目に見えてしまいますが、本当の黒目すなわち瞳孔は図のように地面と水平な横長をしています(図1)。これはウシ、ヒツジ、ヤギ、キリンといった反芻する草食獣も同じです(図2)。広く水平に焦点を絞るこのタイプの瞳孔は、平原を広く見渡して餌となる草を探すのに有力なだけでなく、肉食獣の接近に気付きやすい構造と言えるでしょう。草より低いところしか見渡さない小型草食獣であるウサギは丸い瞳孔をしています。平原を広く見渡す必要がないからでしょう。

Photo_10図1. 馬の黒目は水平な棒状をしています

一方、肉食獣の方は、薮から顔を出して獲物との距離感を測る大型のトラやライオンや、隠れることなく集団で獲物を襲う犬や狼では焦点を一点に絞れる丸い瞳孔をしています(図2)。対して、薮の中から獲物を単独で狙う小型の肉食獣であるキツネやネコは瞳孔が縦長になる傾向にあります(図2)。これは、きっと茎と茎の縦長の隙間から獲物を狙う時に焦点が合いやすいからでしょう。家畜化された家ネコは考えないでくださいね。ワニは藪から獲物を狙いませんが、水面上あるいは水中直下から獲物を狙います。水中でどう獲物が見えるかわかりませんが、縦長の瞳孔であることにきっとメリットがあるのでしょう。ヘビはワニと同じですが、どうしてか分かりません。

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図2. 動物の瞳孔の形のあれこれ

 このようにネコ科だから縦長スリット、イヌ科だから丸、草食獣だから水平スリットという訳ではなく、体のサイズと食性によって瞳孔の形が似たり、異なったりするのは面白いですね。今度、馬の目を見るとき目の中の黒目をちょっと意識してみると面白いですよ。