2023年5月16日 (火)

今年も来ましたヒツジの毛刈りシーズン

競走馬総合研究所の桑野と申します。
 競走馬総合研究所(総研)では、ウマだけでなくヒツジを3頭飼育しています。チーちゃん、ポーちゃん、モコちゃんの愛称で呼ばれているこれらヒツジはみんなメスで、かれこれ10年近く研究所で暮らしています。

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写真1. 世話係のお姉さんが呼ぶとみんな集まってきます

  いにしえから「ヒツジは羊飼いの声を聞き分ける」などと言われますが、総研のヒツジたちも世話係りのお姉さんが呼ぶと擦り寄ってきます(写真1)。ですが、稀にしか顔を出さない我々研究者だと、呼びかけどころか近づくだけで逃げてしまいます。そんなヒツジ達に忍者のように忍び寄り、さっと下アゴをつかんで、お尻を足で押しながら移動、コロンとひっくり返したかと思うと、可愛くお座り状態で保定してしまう毛刈りおじさんが素晴らしい。毛刈りおじさんは普段は酪農を営む会社で牛の世話をしているそうですが、副業が許されており、ヒツジやアルパカの毛刈りも生業にしているそうです。一言でヒツジの毛刈りと言っても、この保定に熟練し、無駄なくかつ怪我させることなく毛刈りできるようになるのに3年かかるそうです。また、できるようになっても、その熟練度でバリカンの刃の損耗度がまるで違うそうです。親方ですと一つの刃で50頭ほど、今回来ていただいた方は40頭ほど毛刈りするそうですが、初心者だと3、4頭でもう刃が切れなくなることもあるそうです。誰でもできる技術ではないのですねえ。ということで、手際よく毛刈りされたヒツジ達は、とても気持ちよさそうでした(写真2)。そして、活力を取り戻した途端に早速頭突き合戦なるコミュニケーションをとりはじめました(写真3)。

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写真2. もうすぐ夏ですから、毛刈りは涼しくなって気持ちいいようです。うっとりとしてます

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写真3. 毛刈り後、ヤギみたいになってます。でも、気持ち良くなったヒツジ達は早速、頭突きでご挨拶。ヒツジの頭突きって敵意の表れとは限らずコミュニケーションの一環なのだそうです

2023年5月 1日 (月)

訓練免疫

分子生物研究室の辻村です。

 2023年5月8日より、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染症法上の位置づけが、“2類相当”から“5類”に移行します。このことは、2020年1月に日本国内で同感染症が発生して以来、一つの節目となる出来事と思われます。思い起こせば、この約3年間は、COVID-19に対抗するために様々な研究・開発が進められた期間でもありました。ウイルスの同定から1年足らずで実用化に至ったmRNAワクチンは、その最たるものの一つと言えるでしょう。一方、mRNAワクチンの登場前に、COVID-19への対抗策として注目されていたのが、結核ワクチンのBCGです。パンデミックの初期、日本人の患者が少ないことの原因として存在が推測された「ファクターX」。BCGはその有力な候補の一つと考えられていました。現在もなお、COVID-19に対する効果の有無についての検証が続いていますが、BCG接種が結核以外の感染症の罹患率を低下させることは、過去の調査で既に示されています。

 病原体の感染やワクチン接種によって得られる免疫を獲得免疫と呼びます。獲得免疫とは、白血球の一種のリンパ球に属するT細胞とB細胞が司る免疫記憶により、同一の病原体の再感染に対して迅速で強力な防御反応をもたらす仕組みのことをいいます。言い換えれば、獲得免疫は特定の病原体のみを標的とした特異的な反応です。一方で生体は、獲得免疫が成立していない初めて遭遇する病原体に対して、自然免疫と呼ばれる防御機構を備えています。自然免疫は、様々なタイプの病原体に対して非特異的に反応します。自然免疫を担う細胞は、顆粒球、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞などで、食作用やサイトカイン産生によって病原体を排除します。このような非特異的な自然免疫の機構において、免疫記憶の存在はかつて想定されていませんでした。しかし、その後の調査・研究から、自然免疫は感染性の刺激によって増強され、次回の何らかの病原体の侵入に対し、より強固な防御反応を示すことが見出されました。2011年にオランダの研究グループは、新しい免疫学的用語として、この現象を“訓練免疫(trained immunity)”と呼ぶよう提唱しました。そして、訓練免疫を誘導する代表的な免疫刺激がBCG接種であり、その結果増強された自然免疫が結核以外の感染症にも防御効果を示すと考えられています。

 科学論文の代表的なデータベースであるPubMedを検索したところ、その概念が提唱された2011年からCOVID-19のパンデミック前の2019年末までの9年間における訓練免疫に関連する論文数は243本でした。それに対して、パンデミック後の2020年から2022年の3年間の論文数は594本に上り、そのうち155本がCOVID-19にも関連するものでした。したがって、この訓練免疫もCOVID-19がきっかけとなって、研究が進んだ分野の一つと言えるかもしれません。なお、BCG以外のワクチンによる訓練免疫についても研究が行われており、特にBCGと同様の弱毒生ワクチンは、より効果的な訓練免疫を誘導する可能性が推測されています。今のところ、馬での訓練免疫はほとんど調べられていませんが、より効果的なワクチンの開発に向けて、今後発展が期待される研究分野と考えられます。

参考文献(いずれも外部リンク)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21575907/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35597182/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36993966/

2023年4月26日 (水)

TERMIS-EU@マンチェスター

企画調整室の福田です。

先日、イギリスのマンチェスターにおいて国際組織工学・再生医療学会(TERMIS)のEUチャプターが開催され、私と臨床医学研究室の田村で研究発表を行いました。この学会は2005年以来ヒトの再生医療の発展を担ってきた学会ですが、獣医学のセッションも設けられていて、近年では特にウマ関連の研究が多数発表されています。みなさんもたまに耳にしているようなiPS細胞や幹細胞を使って新しい組織再生技術を開発することは、ヒトにも動物にも共通のテーマなのです。

今回の学会では自分はウマの多血小板血漿(PRP)治療、田村は抗酸化物質と細胞に関する演題を発表し、海外の研究者と意見交換を行いました。

国際学会では研究に関する最先端の情報が飛び交っていますので、研究に関するトレンドを把握できるのがいいですね。

Image1shrink学会が開催されたマンチェスター中央会議場

Image2shrink古さと新しさが同居した街、マンチェスター

Image3shrinkマンチェスターといえば、なんといってもサッカーですね。

2023年4月22日 (土)

世界獣医麻酔学会@シドニー

 臨床医学研究室の太田です。

 3月末にシドニーで開催された世界獣医麻酔学会に参加してきました。本学会は3年に1回開催され、世界各国の獣医麻酔科専門医が集まり、あらゆる動物種の麻酔に関する最新の情報交換が行われます。当初は2021年秋に開催予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で2022年秋、さらに2023年春と2度延期され、4年半ぶりにようやく開催されました。

 今回の発表した3演題は、総研からではなく、全てトレーニング・センターの競走馬診療所からのものでした。JRAでは、総研だけでなく臨床現場でも、多忙な診療業務と並行して積極的に研究活動が行われています。これらの研究活動を専門家の立場からサポートするのも、総研の研究職の重要な役割となっています。

 シドニー市内は規制が緩和されてノーマスク、ほぼ以前と同じ規模・形式で開催され、数年前までは当たり前だったこの風景が、なんだか懐かしく感じられました。早く日本も元の状態に戻ることを願っています。


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2023年4月15日 (土)

馬における暑熱対策

運動科学研究室の胡田です。

最近は暖かい日が続いており、春の訪れをあっという間に通り越して、早くも夏が近づいているのを意識してしまう今日この頃です。

高温多湿な日本の夏は、激しい運動を行う競走馬にとっては大敵であり、暑熱環境への対策が不可欠となっています。

JRAでは、競馬場にシャワーやミストを設置するなど、暑熱対策に積極的に取り組んでおり、来年からは夏季の一定期間、熱中症リスクが高い時間帯での競馬を休止する対策も導入される予定です。

Photo_4競走後すぐに馬体を冷やせるようシャワーを設置

また、暑い環境での熱中症や運動パフォーマンス低下の予防策として、ヒトのアスリートでは体を暑い環境に慣れさせる「暑熱順化」が広く行われています。

暑熱順化は馬にも効果があるとされており、実際に東京五輪2020の馬術競技では、来日前に暑熱環境を人工的に作り、その中でトレーニングを行ってきたチームもありました。

競走馬総合研究所では、この暑熱順化についての研究にも取り組んでおり、ヒーターを使用して疑似的に夏の環境を作って実験を行っています。

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実験室は暑いため冬でも半そで(12月撮影)

ちなみに、人では長めの入浴やサウナなどでも暑熱順化の効果を得られることが報告されています。

夏バテしやすい方は今年の夏に向けて「暑熱順化」、取り組んでみてはいかがでしょうか。

2023年3月31日 (金)

第34回日本臨床微生物学会

微生物研究室の丹羽です。

世界的に見ても馬の研究者は少なく情報が限られていることから、馬医療に携わる競走馬総合研究所の職員は様々な学会に参加し、馬の医療に役立つ情報を収集しています。

今回は、横浜市にあるパシフィコ横浜で開催された日本臨床微生物学会の学術集会に参加しました。この学会は、病院で微生物検査を担当する臨床検査技師が中心となった学会であり、日常的に馬の細菌検査を実施している我々にとっては人医療における微生物検査のトレンドや最新の検査手法を学ぶことができる貴重な場です。

数多くの演題発表や教育講演、セミナーなどの開催に加え、実際に病気の原因となる菌を顕微鏡で観察できるブース(写真1)や企業展示、一般の書店では入手の難しい専門書の販売コーナー(写真2)も設営されていました。学会への参加は、学びの場であるとともに、日頃の研究で凝り固まってしまった脳をリフレッシュする機会でもあります。学会で得られた情報をヒントに馬に役立つ研究ができるよう気持ちを新たにいたしました。

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写真1 病気の原因となるカビを実際に顕微鏡で観察できる特設ブース

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写真2 微生物検査や感染症対策に関連する様々な書籍

2023年3月24日 (金)

繋駕競走

こんにちは。カルガリー大学で研究留学中の運動科学研究室の高橋です。

「競馬」と言えば、日本ではサラブレッドの競馬がとてもメジャーですが、海外では色んな種類の「競馬」があります。今回はカルガリーでも盛んなスタンダードブレッド種による繋駕競走を紹介します。

サラブレッドの競馬はキャンターやギャロップが主な歩法ですが、繋駕競走はトロット(速歩)です。日本の競馬場や調教施設で見かける速歩は、いわゆる「チャカチャカしている」ちょっと落ち着かない時や、返し馬やゲート前に集合するときなど騎手が馬とゆっくりコミュニケーションをとるような時にみられる「遅めの歩法」です。通常は速くても5-6m/s(時速20km)程度なので人が全力で頑張れば追いつけるくらいの速度でしょうか。これに対して繋駕競走はレース自体も速歩で行い、馬は自分の後にワゴンのようなものに乗った騎乗者を引き(写真)、左側の前肢と後肢が同時に着地後に四肢が離れ、右側の前肢と後肢が同時に着地する側対歩で走ります。走速度も非常に速く、カナダで行われる1マイルのレースでは平均走速度が14m/s(時速50km程度、100mを7秒程度)を超えることもあります。この速度で行われている速歩を見ると、ビデオの早送りを見ているようです。

さて、私たち獣医師はウマの跛行診断をする時には速歩をさせます。理由は左側と右側の動きの対称性を見るためです。サラブレッドの場合は対角線にある肢(左前と右後、右前と左後)が同時に着くので、斜対歩と呼ばれたりします。側定歩と斜対歩、どちらが跛行診断しやすいでしょうか。

馴染みがある分、斜対歩かなと個人的には感じていますが、おそらく側対歩では上下方向の変動があまりないのでしにくいと思っています。側対歩と斜対歩が自在にできる馬が用意できるなら取り組んでみたいですね。

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2023年3月15日 (水)

心房細動治療薬のキニジンについて

臨床医学研究室の黒田です。

本日は本年取り組んでいる研究の硫酸キニジンの薬物動態について御紹介します。

硫酸キニジンとは、最近ではエフフォーリア号が発症したことで有名な心房細動の治療薬です。

左右の心房と心室からなる心臓は、通常心房が先に収縮して心室に血液を送り、次に心室が収縮して全身に血液を送ります。

心房細動では、心房の収縮が細かく震えるように無秩序に発生し、その結果心室の収縮も不規則になってしまいます。

馬においては、通常の生活や軽度の運動は可能ですが、競馬のような強い運動時では血液循環不全から急な失速や息切れといった運動不耐性を示します。

JRAの症例では約93%の症例が発症後24時間以内に自然に治癒しますが、48時間以上改善しない場合は治療が必要と考えられています。

治療は、古くから用いられている薬物療法と、近年報告が増えてきている心臓カテーテルを用いた電気刺激によるものがあります。

薬物治療において、最も一般的なものがクラスIaの抗不整脈薬であるキニジンになります。キニジンはナトリウムチャンネルをブロックし、活動電位の伝達速度を遅らせる働きにより、バラバラな心房の収縮を抑制して治療する薬物です。

JRAにおけるキニジンによる心房細動治癒率は91%と高く、効果が期待できる薬物ですが、心臓に働きかける薬物には生死にかかわる副作用があり、この薬物も取り扱いが難しいことが知られています。

すでに馬における薬物動態の報告は多いのですが、標準的な投与法が定まっていない現状があります。その原因として、投与量と治癒効果や副作用との関係に大きなバラツキがあり、低用量でも副作用が出たり、高用量でも治癒しない症例が存在しています。

おそらく、この薬物の効果を発揮する治癒濃度の範囲と、副作用が出る危険な濃度の範囲が非常に近いため、今までの薬物濃度の平均値を基に作成された投与法では、一部の馬では危険な濃度に達している可能性があります。

これに対し、私は薬物濃度のバラツキを解析する母集団薬物動態解析法を用いて、多数の馬に安全な投与法の検討を進めております。

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こちらは健康な馬6頭のキニジン濃度推移になります。

これに加えて、実際に治療した症例の濃度の解析も進めており、より安全で効果的な治療法の確立を目指していきたいと考えています。

2023年2月28日 (火)

アジア競馬会議@メルボルン

分子生物研究室の坂内です。

2月15日~17日にオーストラリアのメルボルンで開催された、アジア競馬会議に参加してきました。2年に一度行われるこの会議では、アジア各国の競馬主催者や関連団体が集まって、競馬産業の抱える課題や将来の展望などが話し合われます。本当は2022年に予定されていたのですが、新型コロナウイルス感染症の影響で1年延期され、3年ぶりの開催となりました。

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会議では、Landscape(状況)、Wager(賭事)、Fan(ファン)、Owner(馬主)、Horse(競走馬)、Sustainable(持続性)、Mind(心理)、Shift(変革)、Defense(防御)、Developments(発展)、Future(未来)という11項目のセッションが3日間に渡って行われました。セレモニーやパーティーも連日行われて、多くの方と交流することができました。最終日には快晴のフレミントン競馬場で競馬を観戦することができました。

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総研の研究職である私にとって特に印象的だったのは、香港ジョッキークラブの方の講演で、競馬主催者が研究に対する投資をもっと行うべきだというものです。例えば馬の福祉のためにより効果的な暑熱対策をしましょうという場合、実験や統計に基づく科学的な裏付けがあることで物事が進めやすくなります。国際交流競走の開催について国の機関と調整する際にも、感染症の研究者が専門家として意見を出すことでスムーズにいくこともあります。競馬主催者が様々な経営問題に取り組む上で、今後ますます大学や研究機関と連携していく必要があるというのが講演の主旨でした。その意味では、JRAは主催者でありながら内部に研究所を持っていて、自前で専門家を養成していますから、世界をリードしていると言えるでしょう。

クロージングセレモニーでは、次回の会議が2024年、JRA主催のもと札幌市で行われることが発表されました。700名ほどの参加者があり大盛況のメルボルン大会でしたが、来年の札幌大会も必ずや盛り上がることでしょう。

最後に、筆者は研究留学でメルボルンに1年間住んでいたことがあり、今回は6年ぶりの訪問となりました。タイトなスケジュールでしたが、懐かしい街並みとおいしいコーヒーに癒されて、有難い出張となりました。

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2023年2月15日 (水)

スポーツ科学セミナー

 こんにちは、運動科学研究室の吉田です。

 今回はJRA競走馬総合研究所が主催して、毎年栗東もしくは美浦トレーニング・センターで開催している「競走馬スポーツ科学セミナー」について紹介します。

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 このセミナーは、「総研が推進する競走馬スポーツ科学の研究成果を、調教の現場に活用してもらう活動の一環として、研究者が厩舎関係者の皆様に直接お話し、またお互いに意見交換を行うこと」を目的として行われるもので、昨年は以下の内容で11月に栗東で開催しました。


〇育成馬に対する調教後乳酸値の目標設定の検討
〇サラブレッドにおける高強度インターバルトレーニング
〇サラブレッドのスポーツ栄養 

 これらの内容と同一ではありませんが (公社)日本軽種馬協会さんが提供している馬学講座ホースアカデミー(外部サイト)で関連する内容がご覧いただけますので紹介します。

競走馬における乳酸を活かしたトレーニング
運動前の飼料給与
運動時における飼料給与のタイミング
                   (いずれも外部サイト)

 また本年中に当研究室より発信する「スポーツ科学基礎講座」について、ホースアカデミーで公開される予定となっています。公開後はこのブログで紹介させていただきます。

追記;こちらに公開されましたので、興味のある方はご覧ください(2023年8月)

⭕️スポーツ科学基礎講座(外部リンク)

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