育成馬ブログ 生産編⑪ その2

前回(その1)に引き続き、

○ロドコッカス感染症への対策 その2

 

●肺のエコー検査

 米国では子馬が発熱した場合には必ず獣医師によるエコー検査が実施され、

肺に膿瘍ができていないか確認されていました(図3)。

また、発熱の有無にかかわらず、生後6週齢で全頭エコーによる

肺のスクリーニング検査を行っている牧場も多くありました。

膿瘍が発見された際にはロドコッカス感染症による肺炎と診断されます。

エコー検査では、下記のように膿瘍の大きさによりロドコッカス肺炎の程度が

評価されます(出典「Color Atlas of Diseases and Disorders of the

Foal」)。

グレード0:膿瘍が認められない
グレード1:膿瘍が1cm未満
グレード2:膿瘍が1~2cm
グレード3:膿瘍が2~3cm
グレード4:膿瘍が3~4cm
グレード5:膿瘍が4~5cm
グレード6:膿瘍が5~6cm
グレード7:膿瘍が6~7cm
グレード8:膿瘍が7~9cm
グレード9:膿瘍が9~11cm
グレード10:肺全体が侵されている

Photo図3 ロドコッカス肺炎が疑われる子馬には肺のエコー検査を行う

 

●治療に用いられる抗菌薬

 米国では、リファンピシンとクラリスロマイシンという抗菌薬の経口投与に

よる治療が一般的でした。クラリスロマイシンは我が国でも過去に使用されて

いましたが、日本の馬に投与すると重度な下痢を発症しやすいため、

現在は同系統(マクロライド系)のアジスロマイシンという抗菌薬が

使用されています。エコー検査で肺の膿瘍が縮小および消失が確認される

まで、1日2回経口投与します。

 

●スクリーニング検査で膿瘍が見つかったら治療する方法

 2011年の社台ホースクリニック・カンファレンスでノーザンファームの

長嶺夏子先生がロドコッカス感染症に対するスクリーニング検査に関する

調査を発表しています(タイトルは「R. equi.常在牧場における当歳馬の定期

肺エコー検査によるモニタリングとその効果」)。

それによると、生後4週齢で全頭に対し肺のエコー検査を実施し、

グレード3以上(膿瘍の大きさが2cm以上)だった子馬に

リファンピシンとアジスロマイシンによる治療をグレード1以下(

膿瘍が1cm未満)になるまで行うという方法で管理したところ、

早期発見・早期治療により抗菌薬の使用量が減少し、全体の治療費を

削減できたという結果でした。毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる

牧場ではこのような方法も有効かもしれません。

 

●ロドコッカス感染症対策のポイント

 以上より、ロドコッカス感染症対策のポイントをまとめます。日本では

血漿製剤が手に入らないため、それ以外でできる対策について記載します。

まず、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は細菌感染に弱い状態である

ことを認識し、この時期は毎日検温するなど注意深く観察することが

重要です。また、子馬が発熱した場合にはロドコッカス感染症(肺炎)である

可能性を考慮し、獣医師に肺のエコー検査を依頼しましょう。

さらに、毎年ロドコッカス感染症の子馬が多く見られる牧場では、

生後4~6週齢(1~1.5ヶ月齢)で全頭にエコーによる肺のスクリーニング検査

を行うことで早期発見・早期治療に繋がり、結果的に治療費を削減できる

可能性があります。

 

今回の記事が子馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

 

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育成馬ブログ 生産編⑪ その1

○ロドコッカス感染症への対策 その1

 

 暖かくなり、子馬のロドコッカス感染症(肺炎)が多発する時期と

なりました。今回は、JRA日高育成牧場および米国ケンタッキー州での

ロドコッカス感染症対策についてご紹介します。

 

●ロドコッカス感染症の好発時期と子馬の血清中のIgG量の変化

 ロドコッカス感染症はロドコッカス・エクイ菌(Rhodococcus equi.)

という細菌が原因の感染症で、出生直後よりも3~12週齢(1~3ヶ月齢)

での発症が多いことが知られています。細菌感染に対する免疫力の指標となる

子馬の血清中の抗体(IgG)量の変化をJRA日高育成牧場で

2014年から2017年に生まれた23頭の血清を用いて測定しました。

その結果、初乳を摂取したばかりの出生1日後をピークに、2ヶ月後まで

ゆるやかに減少していくことがわかりました(図1)。

この抗体(IgG)量が減少し免疫が低下する時期に土壌中などに生息する

ロドコッカス・エクイ菌に曝露されると、感染しやすく肺炎を発症しやすい

ということになります。そのため、生後3~12週齢(1~3ヶ月齢)の子馬は

細菌感染に弱いという認識を持ち、毎日検温するなど注意深く観察することが

この病気の早期発見・早期治療に対して重要なポイントとなります。

 

 

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図1 子馬の血清中の抗体(IgG)量は出生2ヶ月後まで下がり続ける

 

●新生子馬に対する血漿製剤の投与

 米国では子馬が感染しやすい病原体に対する抗体価を高めた血漿製剤が

市販され、広く普及していました。中でもロドコッカス・エクイ菌に対する

抗体が入ったものは最も一般的でした(図2)。ダービーダンファームでは

出生翌日に全頭に対してロドコッカス・エクイ菌およびウェルシュ菌

(Clostridium perfringens)に対する抗体が入った製剤を、

そして生後1ヶ月齢でロドコッカス・エクイ菌のみに対する抗体が入った製剤を

投与していました。副作用は特に認められませんでした。

1本約300ドルと高価ですが、ひとたびロドコッカス感染症により肺炎を

発症すれば長期間に及ぶ抗菌薬の投与が必要となり、それ以上の経費が

かかるため、血漿製剤を打つことで予防できるなら結局経済的だという

考え方がなされていました。

 

 

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図2 米国では市販の血漿製剤が普及している

 

●血漿製剤のロドコッカス肺炎の予防効果(ケンタッキー大学での調査)

 ケンタッキー大学の調査チームが過去に市販の血漿製剤のロドコッカス肺炎に

対する予防効果について発表しているので、ご紹介します(2015 AAEP

Proceedings p.37-38)。18頭の健康な当歳馬を用い、

半数の9頭を投与群とし生後48時間以内に血漿製剤を投与し、

もう半数の9頭はコントロール群として投与しませんでした。

そして全頭に生後48時間以降1週間以内にロドコッカス・エクイ菌を

人工的に暴露し、生後1~2週間の期間中に2回肺のエコー検査、

血液検査および気管支肺胞洗浄検査(BAL)を行い、肺の膿瘍のスコア、

血液中の白血球数、血小板数、フィブリノーゲンおよびIgG、

そして気管支肺胞洗浄液(BALF)中のIgGを測定しました。

その結果、エコー検査のスコア、血液中の白血球数、血小板数および

フィブリノーゲン濃度は全て血漿製剤を投与された群の値が

コントロール群の値よりも有意に低く、血清中およびBALF中のIgGは

血漿製剤を投与された群の値がコントロール群の値より有意に高いことが

わかりました。このことから、市販の血漿製剤は免疫力を高め、

ロドコッカス肺炎の予防に繋がる可能性が示されました。

このような調査研究の結果をもとに、米国の生産牧場では新生子馬に対する

血漿製剤の投与が普及していました。

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑩

○2018JRAブリーズアップセールを振り返って

 

 4月24日に開催されました「2018JRAブリーズアップセール」には、

多数の関係者の皆様にご参加いただき誠にありがとうございました。

育成牧場の担当者としても、上場馬が多くのお客様から高評価を

いただけたことを感謝申し上げる次第です。

 私たち育成担当者にとってのセール当日の騎乗供覧は、昨年秋の

騎乗馴致から約8ヶ月に亘って行ってきた育成調教の成果を披露する

場として捉えています。今年の所感としては、セール史上最速の

上がり2ハロン22.4秒をマークしたNo.12ジョンコの16(父:ノヴェリスト)を

はじめ、なかにはゴール板を過ぎて向正面までスピードを落とさずに

走り切った馬もいるなど、中山の急坂を最後までスピードを落とさずに

走り切る馬が多かったように感じています。

  

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ブリーズアップセール史上最速2F22.4秒をマークした

No.12 ジョンコの16 (父:ノヴェリスト ご購買者:島川隆哉様)

 

騎乗供覧動画

https://www.youtube.com/watch?v=f0JKIzD04hs

 

 この理由として、以前の当欄でも触れたように、昨年以上に負荷のかかる

調教を1歳時から継続的に実施できたことを一番の要因として考えています。

本年の上場馬に実施してきた調教の特徴をご紹介すると、

①負荷のかかる坂路コースでの調教回数を増やした。

②調教強度(スピード)の設定には、馬の状態や騎乗者の

 感覚だけではなく、乳酸値や心拍数などの客観的データを用いた。

③長い距離を乗り込むよりも、短い距離で強い負荷をかける調教を中心に行った。

 

 またこの他にも、BCS(ボディコンディションスコア)を最終的に

概ね5.0~5.5の範囲内にして、強い調教に耐えうる健全な馬体を

つくるように給餌量を調整してきました。

 もちろん、課題もあります。

 日高で育成調教した58頭のうち10頭を欠場させてしまいました。

原因の多くは運動器疾患であり種類や部位は様々ですが、

3頭が欠場に至った深管骨瘤については今後も発症馬についての

詳細な調査を重ねながら、適切な予後判定・予防・治療方法および

リハビリメニューの構築を目指していきたいと思います。

強い負荷をかけた調教を行いながら、欠場に至るような疾病を

予防することで、質量いずれも高いラインナップになるような

セールを目指して、今後も邁進していきます。

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

 JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。

当ブログに対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。

皆様からいただきましたご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として

活用させていただきます。

 アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

育成馬ブログ 生産編⑩

○デスロレリン注射剤を用いた発情誘起

 

 BCSの低い上がり馬など、春先にいつまでたっても卵胞が発育せず

排卵しなくて困った経験はないでしょうか?今回は妊娠中に骨折し、

分娩後デスロレリン注射剤を用いて発情誘起し、排卵に至った症例について

ご紹介します。

 

●卵胞が発育せず排卵しなくなる原因

 無排卵状態が続く原因として、高齢、日照不足、寒冷、栄養不足、

生殖器疾患などが挙げられます。

 

●妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬の一例

 JRA日高育成牧場において、分娩後に無排卵状態に陥った症例の

経過をご紹介します。

 同馬は3歳未勝利で引退し(引退の理由は両後肢の第3中足骨の骨折)、

昨年4歳で交配を行い受胎しました。妊娠7ヶ月目の昨年10月29日に

放牧地にて両後肢の第1趾骨を骨折し、螺子固定術を実施しました。

胎子の健全な発育を考慮すると放牧をしたいところですが、

運動制限(馬房内休養およびウォーキングマシンによる運動のみ)を

せざるを得ず、さらに疝痛予防の観点から濃厚飼料の給餌量は

必要最小限まで抑えられました。その結果、分娩時のBCS

(ボディコンディションスコア)は4点台まで下がりました。

3月2日に無事に健康な子馬を分娩できましたが、分娩後も依然として

BCSは増加せず(図1)、卵胞は約1ヶ月発育せず、排卵しませんでした。

このような馬に対して、排卵促進剤の一つであるデスロレリン注射剤

(150μgを1日2回筋肉内、卵胞が35~40mmに発育するまで、図2)

を投与すると、卵胞発育を促進させる効果があると考えられています。

このことから、この馬に対しても試してみたところ、開始から9日後の

超音波検査で卵胞が35mm程度に発育していることが確認され、

さらに交配前日に別の排卵促進剤(hCG、3000IU)を投与し、

4月13日に交配、翌日に排卵が確認されました。

なお、2週間後の妊娠鑑定で受胎が確認されています。

 

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図1 妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬

 

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図2 デスロレリン注射剤(輸入薬)

 

●発情誘起に対するデスロレリン注射剤の効果

 日高軽種馬農協の柴田獣医師らのグループが、2014年から2016年にかけて

87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いて行った調査によると、同法により

卵胞が35~40mmに発育した牝馬は68/87頭(78.2%)で、

その平均治療日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。

卵胞の発育後、交配から2日以内に排卵した牝馬は43/46頭(93.5%)と、

卵胞が発育してしまえばほとんどの牝馬が排卵に至ることがわかっています

が、受胎した牝馬は28/66頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。

しかしながら、排卵後に33/38頭(86.8%)の牝馬が正常な発情サイクルを

取り戻し、通常の方法での交配に移行できたことが確認されています。

詳しく知りたい方は、以下リンク先の2016年生産地シンポジウムの抄録

p.59-63をご覧ください。

 

http://keibokyo.com/wp-content/uploads/2016/06/16生産地シンポ抄録集.pdf

 

 何らかの原因により卵胞が発育しなくなってしまった牝馬の治療の

選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。

現在のところデスロレリン注射剤は国内では製造されておらず、

使用するためには海外から輸入しなくてはなりません。

この方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。

育成馬ブログ 日高⑨(その2)

その1 はこちら

○調教方針の一新と従来との比較

 

 本年上場予定の日高の育成馬の調教で、昨年までと異なる点は

坂路の馬場状態だけではありません。調教メニューも大きく変更しました。

過去に競走馬総合研究所で行った調査において、

成績上位の厩舎は下位厩舎に比べて駆歩以上の速度における

走行距離が少ないにも関わらず、有酸素エネルギー系に強い運動負荷が

かかっていることが報告されました。

この結果から、短い距離で負荷のかかる調教を高頻度に行うことで、

競走馬としての能力をより引き出すことができる可能性が考えられました。

そこで、本年は調教時の負荷および走行距離について方針転換を行いました。

昨年までの2月から3月にかけての調教は、屋内800m馬場を中心とし、

坂路調教の頻度は週に2回でした。坂路調教は2月開始時点では

F19を2本程度であり、その後はタイムを徐々に縮め、

3月は1本目F17、2本目F16程度で行ってきました。

一方、本年は調教の中心を坂路に移行しました。週に3回坂路調教を行い、

3月になると週に2回はほとんどの馬の乳酸値が10mmol/lを超える、

負荷の高いトレーニングを行いました。

また、翌日にはF30程度のハッキングを取り入れ馬を

リラックスさせることで、調教にメリハリをつけました。

走行距離に関しては、調教場の中心が坂路になったことにより、

従来の800m馬場を中心とした調教に比べて

トータルの走行距離を短縮しました。

 

 

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2月下旬某週の調教メニュー(黄色が強調教日)

 

 本年の育成馬の能力を評価する参考として、

3月下旬に測定したV200の結果を以下に挙げます。

V200とは、Velocity at heart rate of 200 beats/minの略称であり、

”心拍数が200拍/分に達した時のスピード”を意味します。

1980年代にスウェーデンのパーソン教授によって提唱された

馬の持久力(有酸素能力)の指標で、育成馬や競走馬の体力評価に

利用されています。V200の詳細については以前の記事をご参照ください。

 http://blog.jra.jp/ikusei/2011/02/v200-ff85.html
 http://blog.jra.jp/ikusei/2011/03/v200-a3ca.html

 

 

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過去10年のV200の数値比較

 

 本年18年の結果は過去10年と比較して最も高値でした。

V200値のみで競走馬の能力を語ることはできませんが、

本年の育成馬の有酸素能力が高いことは、

乳酸値が上がるトレーニングをしっかりと行ってきた結果が

反映されたものと考えることができます。

 

 2018年ブリーズアップもいよいよ目前に迫っています。

生まれ変わった坂路と、従来とは異なる調教の効果が

存分に発揮されることにより、今後の活躍が期待される

JRA育成馬の動向にぜひともご注目ください。

育成馬ブログ 日高⑨(その1)

○乳酸値から振り返る育成馬の調教について

 

 今回は第14回のブリーズアップセール(http://jra.jp/training/bus.html)

上場予定の日高育成牧場の育成馬の調教についてご紹介します。

 当場での調教は、屋内800m馬場(もしくは屋外1600m馬場)

および屋内1000m坂路を組み合わせて行っており、

1週間のうち1もしくは2回は坂路コースで強調教を行っています。

その際の運動強度、すなわちスピード設定は、馬の状態や騎乗者の感触など

従来の指標に加えて、坂路調教直後に測定する乳酸値を用いて

決定しています。

 

 

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坂路調教の様子

(左:ソングオブサイレンスの16 右:セイウンクノイチの16)

 

 乳酸とは、調教時に筋肉で産生される糖の代謝物です。

走行速度が一定以上になると、有酸素エネルギーに加え、

無酸素エネルギーが利用されるようになり、乳酸が産生されます。

走行速度の上昇とともに産生量が増加し、血中濃度が上昇するため、

血中乳酸値は調教時の運動負荷を評価する指標として有用です。

 

  

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図2.走行速度と乳酸値の関係性

 

 乳酸値については以前の記事をご参照ください。

http://blog.jra.jp/ikusei/2017/04/post-10db.html

 下図は昨年と本年の育成馬について、同じ時期の坂路の上がり3Fタイムと

乳酸値を比較したものです。同じタイムで走行した場合でも、

今年の乳酸値が昨年よりも全体的に高いことがわかります。

 

 

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坂路上がりタイム(3F)と乳酸値の関係

 

 また、下図は個別の馬ごとの坂路上がり3Fタイムと乳酸値です。

A,Bは昨年、C,Dは本年の育成馬の3月下旬における測定値です。

同程度のタイムであるにも関わらず、乳酸値に差が認められます。

ばらつきはありますが、本年は概ね3-4mmol/l程度高い値を示しています。

 

 

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昨年と本年の育成馬の坂路上がり3Fタイム(秒)と乳酸値(mmol/l)(3月下旬)

 

 これらの結果は、「今年の育成馬は体力が無い」ことを

示しているのではなく、BTCの坂路馬場の管理状況が

大きく変わったことに影響を受けていると考えられます。

昨年までのBTC坂路は、経年劣化によってウッドチップが

細かかったことに加え、散水と転圧によって、

比較的「走り易い」馬場に管理されていました。

しかし、今シーズンからは新しいウッドチップを多量に補充し、

散水および転圧を行わないことで、より運動負荷がかかる馬場作りが

行われています。このため、同じタイムで調教を行った場合、

昨年よりも高い乳酸値が出るようになりました。

 つまり、本年はより負荷がかかるトレーニングを積むことができている

と考えられます。

(つづく)

育成馬ブログ 生産編⑨(その2)

その1はこちら

乳汁の出が悪い母馬に対する処置(生産⑨) その2

 

ドンペリドン

 ドンペリドンは吐き気止め、消化管機能改善薬として

利用されているドーパミン受容体拮抗薬という種類の薬剤です。

同様の作用を持つメトクロプラミドは血液脳関門を通過しますが、

ドンペリドンは通過しないため安全性が高いと言われています。

また、レセルピンと効果を比較した試験では、レセルピンを

投与された馬は沈鬱、下痢といった副作用が認められたのに対し、

ドンペリドンはより効果的で安全であったと報告されています。

以上のことから、アガラクティアに対する第一選択薬となっており、

米国では馬用にEquidone Gelというペースト剤が販売されています(図3)。

JRA日高育成牧場では人用のドンペリドン錠(10mg)を60錠、

砕いて粉にし飼葉に混ぜて与えています(図4)。

外見上で乳腺の発達具合(乳房の大きさ)を確認し、

また子馬が乳を飲んでいる様子を注意深く観察し

(母馬が嫌がるそぶりを見せたり、子馬がいつまでも満腹とならずに

寝ないといった様子であれば乳汁不足が推察されます)、

程度に応じて1日1回もしくは2回投与します。 

 

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図3 米国で販売されているEquidone Gel

 

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図4 ドンペリドン錠60錠を砕いて粉にし飼葉に混ぜる

 

スルピリド

 スルピリドは本来精神病や胃潰瘍の治療薬です。

注射薬が販売されているため、粉薬を残してしまう馬にも

投与することができます。JRA日高育成牧場では

ドグマチール(50mg)を10A、1日2回筋肉内投与しています。

 

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図5 確実に投与したい場合は注射薬のスルピリド

 

クッシング病(PPID)で治療中の妊娠馬に対する注意点

 かつてクッシング病と呼ばれていた下垂体中葉の機能異常

(Pituitary Pars Intermedia Dysfunction:PPID)で

治療中の妊娠馬では、治療薬であるドーパミン作動薬の

ペルゴリドがアガラクティアの原因となるため注意が必要です。

病状にもよりますが、一般的には分娩予定日の2週間前には

投薬を中止することが推奨されます。

 

 いずれの治療薬についても、投与に際しては

かかりつけの獣医師にご相談ください。

育成馬ブログ 生産編⑨(その1)

○乳汁の出が悪い母馬に対する処置について その1

 

 初産の馬など、母馬の乳汁の出が悪くて困った経験はないでしょうか?

今回は乳汁の出が悪い母馬に対する処置について、JRA日高育成牧場で

現在行っている方法をご紹介します。

乳汁の出が悪くなる原因

 何らかの理由により母馬の乳汁の出が悪くなることを

乳汁分泌不全(英語でアガラクティア)と呼びます(図1)。

原因として、麦角アルカロイド、ドーパミン作動薬、

栄養不良などが挙げられますが、原因が特定できない症例も

少なくありません。教科書に記載されている明確な原因の一つが、

麦角菌と呼ばれる真菌が産生する麦角アルカロイドという毒物です。

この真菌は燕麦などの飼料中で生育するため、

まず第一に妊娠馬や授乳中の馬に与える飼料にカビが生えていないか

チェックすることが、予防・治療の一つと言えそうです(図2)。

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図1 アガラクティアの母馬(乳腺の発達が悪い)

 

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図2 飼料にカビが生えていないかチェックすることが重要

 

血中プロラクチン濃度の低下

 原因が明確ではない場合であっても、アガラクティアの牝馬では

血中プロラクチン濃度が低下していることが多いと言われています。

プロラクチンとは脳下垂体前葉から分泌されるホルモンで、

乳腺の発達、乳汁の合成と分泌を促進する作用を持っています。

治療はこのプロラクチンの分泌を増加させる薬を用いることになります。

 

アガラクティアの治療薬

 アガラクティアの治療には、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、

レセルピン、ペルフェナジン、ドンペリドン、メトクロプラミド、

スルピリドといった薬品が使用されていますが(表)、

JRA日高育成牧場ではこれらの中でもドンペリドンとスルピリドを

使用しています。

 

 

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表 アガラクティアの治療薬(Equine Reproduction 2nd ed.を一部改訂)

(つづく)

育成馬ブログ 日高⑧

○ブリーズアップセールでの個体情報(X線画像)について

 

 雪が溶けはじめ春の訪れが感じられる暖かく穏やかな季節になった、

ここ日高育成牧場では4月のJRAブリーズアップセール本番に向けて、

育成馬たちの調教がヒートアップしてきています。

 

 この調教と並行して行われているのは、育成馬の球節や飛節などの

X線撮影です(写真1)。これは、通常の臨床現場のように

痛みや腫れの原因究明を目的としているのではなく、

JRAブリーズアップセールにおいて会場内の情報開示室や

インターネットを介して購買者に公開するためのものです。

これらの情報は『レポジトリー』と総称されており、

競走馬のセリ市場の透明性および信頼性を高めることに寄与しています。

 

 今回のブログでは、このレポジトリーのX線画像の中でも注目度が高い

『種子骨炎』および『飛節のOCD』について触れたいと思います。

 

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写真1:育成馬のX線撮影風景

 

種子骨炎

 馬の種子骨炎(Sesamoiditis、正確には第一指節種子骨炎)は

球節の過伸展や捻転などが原因と言われており、炎症により

種子骨内の孔状構造が太くなる他、骨辺縁の靭帯付着部が粗造になります。

この疾患は、跛行だけでなく種子骨に付着している靭帯の炎症を

続発することもまれにあるとされています。跛行の有無に関わらず、

X線撮影により孔状構造の線状陰影や骨辺縁の粗造などが認められれば

繋靭帯炎などの前駆症状として考えられることから、重度であれば

慎重に調教を進めていくことが推奨されています。

 

 JRAブリーズアップセールでは、前肢球節部の種子骨の

X線検査による評価を程度の軽いものから順に

グレード(G)0~3の四段階に分類しています(図1)。

また、セリ会場に設置する個体情報開示室(4月19日~23日)

において、種子骨の線状陰影や骨辺縁粗造の有無などの状態を

X線画像で確認することができます。

 

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図1:種子骨グレード(%はJRA育成馬全体に占めた割合)

 

 各グレードにおける、育成馬を用いた競走期における繋靭帯炎発症率

初出走までに要した日数2・3歳時の出走回数ならびに総獲得賞金

関する調査(計550頭)では、前肢の種子骨グレードが高い馬は

低い馬に比べて繋靭帯炎を発症するリスクが高いことが

確認されていますが(表1)、その一方で種子骨グレードは出走回数や

能力に殆ど影響していないことも報告されています(表2~4)。

  

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表1:種子骨グレードと前肢繋靭帯炎の発症率の関係

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表2:種子骨グレードと初出走までに要した日数の関係

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表3:種子骨グレードと出走回数の関係 

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 表4:種子骨グレードと総獲得賞金の関係

 

 

離断性骨軟骨症

 OCD(Osteochondrosis dissecans)と略されるこの疾患は、

発育過程における骨化異常の結果として関節軟骨の糜爛(びらん)や

剥離を生じる疾患です。飛節が好発部位ですが、膝関節や球節、

肩関節などにも発症します。跛行の原因となることもあり、

その程度によっては関節鏡で骨軟骨片の摘出が必要となることもあります。

  

 JRAブリーズアップセールでは、飛節部のX線画像を公開しています。

図2、3は、比較的頻繁に認められる飛節部のOCDですが、

一時的な関節液の増量などを認めることはあるものの、

跛行を示すことは少ないとされています。

 

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図2:脛骨遠位中間稜のOCD

 

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図3:脛骨内顆のOCD

 

 JRA育成馬の飛節部OCDについての過去の調査(計413頭)では、

OCDを発症していない馬、発症した馬およびOCD摘出術実施馬の

初出走まで要した日数2・3歳時の出走回数および総獲得賞金

比較しています。何れの項目においても大きな差が認められないことから、

後期育成期に認められる飛節部のOCDは熱感や腫脹などの明らかな

炎症症状を伴わなければ、手術をしなくても競走能力に影響を

及ぼさないことが報告されています。

 

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表5:飛節部OCDと出走まで要した日数との関係

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表6:飛節部OCDと出走回数との関係Image

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表7:飛節部OCDと総獲得賞金の関係

  

 この他にもレポジトリーとして咽喉頭部疾患(内視鏡)や

屈腱炎(エコー)、軟骨下骨嚢胞(X線撮影)などの情報を

公開していますが、これらの詳細についてはまた別の機会に

ご紹介いたします。JRAブリーズアップセールでは、

今後も市場の透明性と信頼性の向上のため正確な情報公開を続けるほか、

更なる育成期疾患の調査研究に努めてまいります。

育成馬ブログ 生産編⑧(その2)

前回(生産編⑧ その1)に引き続き、

今回もJRA日高育成牧場での冬期の飼養管理方法についてお話します。

 

○血液検査上の数値の違い

 

血液検査では、昼夜群において腎臓の機能の指標である

血中尿素窒素(BUN)の有意な上昇が認められました(図4)。

BUNの値は、生理基準値を上回ることもあり、

昼夜群では脱水が起こり腎血流量が減少していた可能性が疑われました。

このことから、冬期に昼夜放牧をする際には、

放牧地内の水桶の凍結を防止するなど

脱水に注意する必要があると考えられました。

 

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図4 冬期に昼夜放牧する際には脱水に注意する

 

○体温

 

体温は馬房内に収容した際に測定しましたが、

図5に示すように昼夜群で有意に低い期間がありました。

このことは基礎代謝の低下を意味しており、

寒い野外で長時間過ごす昼夜群には何らかの保温処置

(馬服の着用やシェルターの設置など)が必要と考えられました。

 

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図5 昼夜群では体温が低くなり基礎代謝が低下する

 

○厳冬期に昼夜放牧する際の注意点

 

2年間にわたる調査の結果を踏まえて、

厳冬期に昼夜放牧する際の注意点をまとめます(図6)。

まず、運動量を増やすため、

放牧地の四隅にルーサン乾草を撒くなどの工夫をすることが重要であり、

さらにウォーキングマシンを活用することで

夏と変わらない運動量を確保できます。

また、夜中に快適に眠れるように、

放牧地内にシェルターや風除けを設置し、乾いた寝藁を敷くことで、

子馬に必要な成長ホルモンの分泌を促すことができると考えられます。

さらに、水桶が凍ると脱水を起こしてしまうため、

電熱線入りのウォーターカップを設置するなど

水桶の凍結防止措置が重要です。

また、基礎代謝の低下を防ぐため、

馬服を使用するなど子馬を保温する措置が有効ではないかと考えられます。

これらの点に注意しながら、

現在JRA日高育成牧場では厳冬期にも全頭昼夜放牧しています。

また新たな知見が得られましたら、本ブログでご紹介したいと思います。

 

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図6 JRA日高育成牧場で厳冬期に注意している点のまとめ