育成馬ブログ(日高⑥)

○2019年ブリーズアップセールに向けて

 

 本年のブリーズアップセールの上場馬名簿

http://www.jra.go.jp/facilities/farm/training/bus/)が完成し、セール

まで残すところ1ヶ月少々となりました。日高育成牧場では本番に向けて、調教

もヒートアップしてきており、育成馬達も概ね順調に仕上がりつつあるところ

です。

 今回のブログでは、日高育成牧場の上場馬の中で、特に調教の動きが目立つ

4頭をピックアップして紹介したいと思います。

 

 牡馬ではダイワエタニティーの17(No.22 父ダンカーク)とミステリアス

ガールの17(No.46 父エスケンデレヤ)を紹介します。

 前者の半兄プレトリアも当場の育成馬で、現在1000万下条件で活躍中です。

兄は6月の2歳新馬戦で勝利しており、弟にも2歳の早い時期からの活躍が期待

されます。後者は新種牡馬エスケンデレヤの本邦初年度産駒。アメリカでは産

駒の活躍が目立っており、日本での活躍にも期待が膨らみます。

 3月5日の坂路調教ではこの2頭で併走し、上がり3ハロン40.1秒

(14.1-12.9-13.0)のタイムを持ったままで駆け上がってきました。

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左:ダイワエタニティの17(No.22 父ダンカーク)
右:ミステリアスガールの17(No.46 父エスケンデレヤ)

   

 牝馬ではアグネスリースの17(No.7 父ワールドエース)とトウカイライフ

の17(No.57 父キズナ)を紹介します。

 いずれの父もディープインパクト産駒の新種牡馬で、気性的にも動きを見て

も仕上がりが早い印象を受けます。3月5日の坂路での併走調教では、上がり

3ハロン40.6秒(14.4-13.0-13.2)のタイムをやはり持ったまま、余裕の手ご

たえで走ってきました。

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左:トウカイライフの17(No.57 父キズナ)
右:アグネスリースの17(No.7 父ワールドエース)

 

 4月8日(月)には当場で育成馬展示会が開催されます。当日は今回ご紹介し

た馬以外にも、多くの将来性の高い育成馬の調教をお見せいたしますので、是

非ご来場ください!心よりお待ちしています!

育成馬ブログ(生産⑥)

乳汁のpH値測定による分娩予知(米国イリノイ大学での調査)

 

 だいぶ暖かくなり、すでに分娩が始まっている牧場も多いことかと思いま

す。今回は以前よりJRA日高育成牧場で行っている妊娠馬の乳汁のpH値測定

による分娩予知について、米国でも同様の研究を行ったという報告がありま

したので、ご紹介いたします。

 

●乳汁のpH値測定による分娩予知

 過去に本ブログ(http://blog.jra.jp/ikusei/2011/05/post-d30d.html

でも紹介してまいりましたが、妊娠馬の乳汁のpH値低下が分娩予知に応用でき

ることを当場の頃末らが発見し、2013年に米国の学術雑誌“Journal of the

American Veterinary Medical Association”に論文として発表しました

(242号242~248ページ)。2014年には英国の教科書“Equine

Reproductive Procedures”にも引用され、馬の臨床上有用な研究成果である

ことが世界的に評価されています。(図1)

Photo

図1 英国の教科書にも乳汁のpH値による分娩予知が掲載されています

 

●米国イリノイ大学での調査

 米国イリノイ大学でも同様の研究が行われ、2016年のAAEP(アメリカ馬臨

床獣医師協会)年次大会で発表されました。研究に供された品種および頭数は

明らかにされていませんが、分娩前の乳汁pH値の低下には下記の3パターンが

あったとのことでした。

 ①Fast Decrease:分娩直前にpHが下がるパターン。

 ②Slow Decrease:徐々にpHが下がるパターン。古馬に多かった。

 ③Alkaline pH:pHが下がらないまま分娩するパターン、極めて稀、乳汁中

  のNa+, K+, Ca2+も同じく変化していなかった。

 

●JRA日高育成牧場でのその後の調査結果

 2013年の発表後も、当場では分娩前の妊娠馬の乳汁pH値のデータを蓄積し

ています。イリノイ大学での調査結果と同じく、乳汁pH値は分娩当日まで低下

しないパターン(図2)および分娩5日ほど前から低下するパターン(図3)が

あることから、データを毎年記録することがその馬の分娩予知の精度の向上に

役立つと考えています。

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図2 乳汁pH値が分娩当日まで低下しないパターン

Photo_3図3 乳汁pH値が分娩5日ほど前から低下するパターン

 

 また、当場では分娩予知のための乳汁の採取を夕方(16~17時)に行ってい

ますが、そのpH値が基準値となる6.4まで低下していなかったにもかかわらず

分娩した例が約10%ありました。これらの馬においても、分娩直前の乳汁pHは

いずれも6.4以下であり、分娩前のpH低下時期には個体差が大きいことが示唆

されました。

 このことから私たちは現在、乳汁pHに加え繁殖牝馬の分娩直前の行動パター

ン、発汗量などの指標により分娩予知の精度向上を目指した研究を進めている

ところです。今後も、当場からの新たな研究成果の発信にご期待いただけまし

たら幸いです。

育成馬ブログ(日高⑤)

○調教後の乳酸値データの活用

 日高育成牧場の育成馬は9月の騎乗馴致後、屋内800mダートコースと屋内

1000m坂路コースを併用してトレーニングを積み重ね、1月時点ではルーチン

ワークとして各コース1000~1200m、合計2,200mをハロン20~22秒程度の

スピードでの縦列走行を行い、週1もしくは2回は坂路コースでの併走による比

較的速いスピードでの調教を取り入れています。

 

●乳酸値を活用した併走調教の組み分け

 この時点での併走調教におけるスピードは、速いグループでハロン16秒平均

(上がり3ハロン48秒)、遅いグループではハロン19秒平均(上がり3ハロン

57秒)と馬によって異なりますが、目安にしているのは調教後の乳酸値です。

 以前までの併走グループの組み分けは、走行スピード、騎乗者の感覚(手応

え)、馬の動きなどを総合的に判断して決めていましたが、現在はその判断材

料の1つとして調教後の乳酸値を含めています。

 下図に一例を示しますと、12月20日に屋内坂路1000mを2組のグループが

1ハロン約18秒平均(上がり3ハロン54秒)で走ってきました。各馬の調教後の

乳酸値(単位は全てmmol/L)は、1組目のA馬は9.3、B馬は9.9、C馬は5.7、

そして2組目のD馬は5.9、E馬は9.4でした。

 そこで、1週間後の12月27日には「A馬、B馬、E馬」と「C馬、D馬」にグ

ループ変更し、前者には1週前と同タイムの指示を、後者には前回よりも速いタ

イムを指示したところ、1組目は1ハロン約18秒平均で走り、A馬は12.3、B馬

は10.8、E馬は11.3でした。そして、2組目は1ハロン15.5秒平均(上がり3ハ

ロン46.5秒)で走り、C馬は15.1、D馬は14.7でした。後者については強度が

想定よりも上がってしまいましたが、いずれのグループも1週前と比較するとグ

ループ内の乳酸値に大きな差を認めなくなりました。

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 このように乳酸値を活用してグループ分けを行うことで、個々の馬に応じた

運動負荷を適切にかけることができるのではないかと考えており、1月現在は

「乳酸値が10mmol/L程度に上がるようなトレーニング」を週1もしくは2回実

施しています。

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坂路調教直後における乳酸値測定のための採血

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屋内坂路コースでの併走調教 (左)デュエットの17(めす 父タニノギムレット)、(右)ティンクルハートの17(めす 父クロフネ)。

上がり3ハロンのタイムは52.4秒で、乳酸値は両馬いずれも10.5mmol/Lでした。

 

●騎乗スタッフとの乳酸値データの共有

 騎乗調教において乳酸値を活用するうえでの欠点の1つは、調教後にしか測定

結果を出せない、すなわちリアルタイムで確認できないことです。このため、

あくまで前回の調教時のデータを活用せざるを得ないのが現状です。そこで当

場では、騎乗スタッフが自身の騎乗馬の動きとスピードから乳酸値を推定でき

るように、毎回の測定データを騎乗スタッフと共有しています。これによっ

て、騎乗者自身がターゲットとなる乳酸値が出る運動負荷を課すような騎乗を

することを目指しています。

 近年、人間のアスリートの世界では、乳酸値を活用して運動強度を設定する

トレーニング方法が注目されています。競走馬の世界でも「どの程度の乳酸値

を上げるトレーニング強度が必要なのか」、「乳酸値を上げるトレーニングは

何日間隔で行うのが効果的か」など検討課題は山積しています。

 日高育成牧場では、引き続き乳酸値のデータを蓄積していき、1~2歳の若馬

にそれらを活用した効果的なトレーニング方法を模索していきたいと思います。

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに

対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきま

したご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

 

アドレス jra-ikusei@jra.go.jp

育成馬ブログ(生産編⑤)

●交配に向けて繁殖牝馬の冬期の管理

 年が明け、いよいよ繁殖シーズンも近づいてまいりました。今回は当場で

行っている繁殖牝馬の冬期の管理についてご紹介いたします。

 

○繁殖牝馬の管理における冬期のポイント

 JRA日高育成牧場では例年3月中旬より交配(種付)を開始していますが、寒

い北海道で繁殖牝馬を管理する上で気を付けているポイントは下記の3点です。

① 12月20日(冬至)からライトコントロール開始

② 最高気温が2桁まで上がらなくなったら馬服着用開始

③ 積雪が概ね30㎝以上になったら放牧地内に乾草ロールを設置

 

○ライトコントロール

 ウマは日長時間が長くなることによって発情期が出現する「長日性季節繁殖

動物」であり、日照時間の短い北国において3月中旬から交配を開始するために

は馬房内に電球を点灯して人為的に明るい時間を延長するライトコントロール

が必要不可欠となります。過去に我々が空胎馬に対して行った調査によると、

12月中旬から明期14.5時間、暗期9.5時間のライトコントロールを開始する

と、2月下旬までに70%の、3月下旬までに90%の牝馬にシーズン初回排卵が

認められることがわかりました。このことから、現在は12月20日(冬至)前後

から昼放牧に切り替え、朝は5時半から夜は20時まで馬房内の電球が点灯する

ようにタイマーを設定し、ライトコントロールを行っています。妊娠馬に対し

ても同じくライトコントロールを実施することで妊娠期間の短縮および分娩後

の卵巣静止を予防する効果があると言われているため、同時にライトコント

ロールを開始しています。

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12月20日(冬至)からライトコントロール開始

 

○馬服の着用

 さらに、ウマは日長時間だけでなく気温の上昇によっても季節の変化を感じ

ていると言われているため、冬期は馬服の着用を行っています。着用する馬服

の種類にもよりますが、馬服を着用した状態で最高気温が概ね2桁(10℃)以

上になると汗をかき始めるため、汗が乾く際の気化熱で馬体がかえって冷えて

しまう恐れがあるので、最高気温が2桁まで上がらなくなったタイミングで馬服

を着用するようにしています。なお、JRA日高育成牧場では、防水・防風効果

に優れ、放牧に適したニュージーランドラグというタイプの馬服を着用してい

ます。

 

○放牧地内に乾草ロールを設置

 積雪がまだ少ない状態では馬は雪の下に生えている青草を掘って食べます

が、積雪が概ね30cm以上になると雪を掘るのが困難となってしまうため、乾草

ロールを放牧地内に設置します。これによってボディコンディションスコアの

低下を防ぐのと同時に、繊維分を補給することで疝痛の予防にもなります。な

お、かつては当場でも鉄製の草架を使用していましたが、事故防止および呼吸

器への影響(馬が上を向いた状態だと気管に埃が入りやすい)から現在は草架

を使用していません。

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馬服の着用と乾草ロールの設置

 

 繁殖シーズンが始まる前に交配に向けてしっかりと準備しておくことが重要

だと考えています。今回の記事が繁殖牝馬の管理に少しでもお役に立てば幸い

です。

育成馬ブログ(日高④)

馬に触れることほど、人の内面を成長させるものはない

(お知らせ)BTC「育成調教技術者養成研修」研修生募集

 

 JRA日高育成牧場では、BTC(軽種馬育成調教センター)が実施している

「育成調教技術者養成研修」の研修生(以下、BTC研修生)の皆さんに、JRA

育成馬を活用した実践研修を行っています。

 研修期間は1年間で、前半は主にBTC内において元競走馬等の「教育用馬」を

使った騎乗訓練を受けることで、育成牧場で育成馬や競走馬に騎乗するための

基本的な技術や知識を習得していきます。

 一方、後半には当場において1~2歳のJRA育成馬の騎乗馴致や調教に携わる

とで、若馬の騎乗や取扱いといった、より実践的な経験を積んでいます。

 騎乗馴致の実習では、初めて鞍をつけて人を乗せるまでの過程を学びます。

もちろん若馬ですから、おとなしく、従順な馬ばかりではありません。敏感で

怖がりな馬、我が強い馬、学習能力が高い馬や低い馬など、様々な馬の馴致を

通して、人馬の信頼関係の重要性、各馬の個性の違い、日毎に成長する馬の精

神面を肌で感じる貴重な経験を積むことができます。 

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当場職員から指導を受けながらドライビングをするBTC研修生(右)

  

 騎乗実習では馴致が終了して間もない若馬特有の動きや繊細さを実感すると

ともに、日を追うごとに走る力がついてくる若馬と一緒に、自身の技術面や精

神面の成長も感じることができます。12月現在、JAR育成馬は屋内坂路ウッド

チップコースでの調教をメインに実施しており、BTC研修生の皆さんにも騎乗

してもらっています(写真)。

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屋内坂路での併走調教で騎乗するBTC研修生(右)

騎乗馬:(左)ジーニマジックの17(父スピルバーグ)、(中)タキオンメーカーの17(父アルデバラン)、(右)ミステリアスガールの17(父エスケンデレヤ)

 また、4月に当場で開催される「育成馬展示会」(2019年4月8日)では、大

勢のお客様の目の前で騎乗を披露してもらうことになります。ちなみに本年の

育成馬展示会では、9月のききょうステークス(オープン)に優勝することにな

るイッツクール号にもBTC研修生が騎乗していました(写真)。このように、

実践的かつ将来活躍が期待される若馬の背中をじかに感じることができるの

も、この研修の大きな魅力の1つかもしれません。

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今年の育成馬展示会(2018年4月)でイッツクール号(当時の馬名:タキオンメーカーの16)に騎乗するBTC研修生(右)(写真提供:田中哲実氏)

 

 現在BTCでは、来年4月に開講される「育成調教技術者養成研修」の研修生を

募集しています。詳しくはこちらのホームページをご覧ください。

http://www.b-t-c.or.jp/btc_p200/p200_05.html

 

There’s nothing so good for the inside of a man as the outside of a horse.

馬に触れることほど、人の内面を成長させるものはない。

みなさんも、若馬と一緒にご自身の成長を感じながら、馬に携わる仕事を目指

してみてはいかがでしょうか?

 

【ご意見・ご要望をお待ちしております】

JRA育成馬ブログをご愛読いただき誠にありがとうございます。当ブログに

対するご意見・ご要望は下記メールあてにお寄せ下さい。皆様からいただきま

したご意見は、JRA育成業務の貴重な資料として活用させていただきます。

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育成馬ブログ 生産④

○ブセレリンを用いた発情誘起

 過去に同ブログおよび強い馬づくり講習会でデスロレリンを用いた発情誘起

についてご紹介いたしましたが、デスロレリンは輸入薬のため代わりに国内で

一般的に入手できる薬剤でできる方法はないかという質問を多数受けました。

文献を探していたところ、Journal of Equine Veterinary Scienceという米国

の雑誌に、ブセレリンを用いた発情誘起に関する報告が記載されていましたの

で、今回ご紹介いたします。

 

●ブセレリン製剤(エストマール注)

 ブセレリンはゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)様作用を持ち、我が国

では「エストマール注」という薬剤が牛の卵胞嚢腫、卵胞発育障害(卵巣静

止)、排卵障害の治療用として市販されています(図)。

 

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図 ブセレリン製剤(エストマール注)

 

●発情誘起に対するブセレリンの効果

 米国にあるハグヤード馬医療機関およびケンタッキー大学のグループが、79

頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いた調査によると、ブセレリンの1日2回12.5μg

ずつ筋肉内投与により、卵胞が35~40mmに発育した牝馬は71%で、その平均

治療日数は10.42日であったと報告されています。卵胞の発育後、排卵した牝

馬は64%とやや低かったですが、受胎した牝馬は72%と高い割合を示しまし

た。

詳しく知りたい方は、2018年のJournal of Equine Veterinary Science 66号

p.98をご覧ください(英文)。

 

●デスロレリンとの効果の比較

 2018年5月の同ブログでも記載しましたが、日高軽種馬農協の柴田獣医師ら

のグループが、2014年から2016年にかけて87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用

いて行った調査によると、デスロレリンの1日2回150μgずつ筋肉内投与によ

り、卵胞が35~40mmに発育した牝馬は68/87頭(78.2%)で、その平均治療

日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。卵胞の発育後、交配か

ら2日以内に排卵した牝馬は43/46頭(93.5%)と、卵胞が発育してしまえば

ほとんどの牝馬が排卵に至ることがわかっていますが、受胎した牝馬は28/66

頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。しかしながら、排卵後に33/38頭

(86.8%)の牝馬が正常な発情サイクルを取り戻し、通常の方法での交配に移

行できたことが確認されています。

 ブセレリンとデスロレリンの効果を比較すると、卵胞が発育した牝馬の割合

はどちらも7割程度と遜色なく、平均治療日数はデスロレリンの方が約半分と短

く、排卵した牝馬の割合もデスロレリンの方が高い一方、受胎した牝馬

の割合はブセレリンの方が高いという結果でした。

 現在のところデスロレリン注射薬は国内では製造されておらず、使用するた

めには海外から輸入しなくてはなりませんが、ブセレリンは日本製の薬剤が市

販されています。何らかの原因により卵胞が発育しなくなってしまった牝馬の

治療の選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。

れらの方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。

育成馬ブログ 日高③

〇大腿骨遠位内側顆における軟骨下骨嚢胞について

 

 軟骨下骨嚢胞(subchondral bone cyst、いわゆる「ボーンシスト」、以下

SBC)は関節軟骨の下の骨が骨化不良を起こし発生する病変であり、遺伝、

栄養や増体率などの要因により、1~2歳の若馬の様々な骨に生じます。この

うち競走馬の育成に問題となるものとして、大腿骨遠位内側顆のSBCがあげら

れます。日高・宮崎両育成牧場では研究の一環として、毎年秋と春に育成馬の

膝関節のX線検査を行い、この病変の発生状況を調査しています。

馬の膝関節は図1の骨標本に示す位置にあり(図1)、SBCはX線写真では透亮

像(黒く抜けた所見)として認められます(図2)。

  1図1.馬の膝関節の位置

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図2.左:症例のレントゲン像 右:正常像

 

この病変は図3のとおり大きさと形状によって4つのグレードに分けられます。

図3.SBCグレードごとの形状と大きさ(出典:Santschi et.al, 2015,

Veterinary surgery, 44(3), pp281-8 )

3

グレード1: 極わずかな軟骨下骨の窪み
グレード2: ドーム状の軟骨下骨の窪み
グレード3: ドーム状のX線透過部位を有する嚢胞
グレード4: 円形・釣鐘状のX線透過部位を有する嚢胞

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図3.膝関節部を後ろから撮影した像

 

 SBCグレードは数値が高くなるに従い、予後が悪くなる傾向にありますが、

X線検査で大型(直径10mm以上)のSBCが確認された1歳馬において、跛行を

示したのは2割以下であり、SBCを確認した馬が必ずしも跛行を呈するわけでは

ないとの報告もあります(妙中ら, 2017, 北獣会誌, 61, 207-211)。

 症状を伴わない場合は治療を行う必要はなく、調教を進めることができます

が、跛行する場合の治療の選択肢としては、①関節内へのステロイド注入、

②関節鏡下での掻爬術、③螺子挿入術(図5)が挙げられます。①のステロイ

ド注入はエコーガイドもしくは関節鏡下でSBC内にコルチコステロイドを注入

する治療法で、SBC内および関節面の消炎作用を期待して行います。②の関節

鏡下での掻爬術はSBCの変性した軟骨を取り除き掻爬することで、健常な軟骨

下骨および関節軟骨の再生を促す治療法です。③の螺子挿入術はSBCを跨ぐよ

うにして螺子を挿入することで固定・補強する治療法です。

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図5-①.ステロイド注入

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図5-②.掻爬術

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図5-③.螺子挿入術

 

 上述したSBCの治療法は一定の効果は認められているものの、ステロイド注

入法では2ヶ月、掻爬術では6ヶ月、螺子固定術では2ヶ月の休養が必要とされ

ます(Kawcak, 2011,  ADAMS&STASHAK’S LAMENESS IN HORSES

SIXTH EDITION, pp801-4およびSantschi et.al, 2015, Veterinary

surgery, 44(3), pp281-8 )。また、SBC自体に未解明の部分が多いため、

確実な治療法としては確立していません。そのため、日高・宮崎両育成牧場で

は、発症時期、原因、跛行との関連性および病変と競走成績の関連性を明らか

にするとともに、治療を含めた管理方法の確立を目指して研究を継続します。

育成馬ブログ(生産③)

○繁殖牝馬の歯科処置(生産③)

 近年世界的に馬の歯科処置の重要性が唱えられており、昨年日本ウマ科学会

が米国からDr. Raymond Q. Hyde氏(以下、Dr. Hyde)を招聘して講演会を

開催するなど具体的な技術が日本にも導入されつつあります。今回はJRA日高

育成牧場で行っている繁殖牝馬の歯科処置についてご紹介します。

 

●馬の歯の構造と摩耗

 馬は上顎が大きく、下顎が小さい構造をしているため(図1)、摩耗により

上顎の外側、下顎の内側の歯が尖りやすいという特徴があります(赤丸)。そ

のため、定期的に歯科用の鑢で歯の尖った部分を削る必要があります。Photo_2図1 上顎の外側、下顎の内側の歯が尖りやすい

 

●繁殖牝馬の口内炎

 繁殖牝馬の口腔内を検診すると、口内炎が見つかることがあります(図

2)。これは外側に尖った上顎の臼歯(赤矢印)が口腔粘膜を傷つけることに

よって起こります。このような異常があると痛みにより馬が十分飼料を食べら

れなくなり、ボディコンディションスコアが上がらない原因になることが考え

られます。

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図2 繁殖牝馬に時々見られる口内炎

 

●定期的な歯科処置

 口内炎などの異常を治療および予防するため、JRA日高育成牧場では定期的

な歯科処置を行っています。馬を鎮静し、開口器を装着し、口腔内をくまなく

観察した後、問題となっている箇所を治療します。最近ではパワーツールと呼

ばれるバッテリー式の電動歯鑢が市販されており、短時間で尖った臼歯を削る

ことが可能になりました(図3)。

 

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図3 電動歯鑢で尖った臼歯を削る

 

●妊娠している馬の歯科処置

 昨年来日したDr. Hydeに「妊娠している繁殖牝馬にはいつ歯科処置を行った

ら良いか?」と訊ねたところ、「(状態が安定している)妊娠3~7ヶ月に行う

と良い」という返事をいただきました。JRA育成牧場では離乳後の妊娠6~7ヶ

月の時期(具体的には9~10月になります)に繁殖牝馬全頭の歯科処置を行っ

ています。

 

今回の記事が繁殖牝馬の健康管理に少しでもお役に立てば幸いです。

育成馬ブログ(日高②)

○1歳馬によく見られる蹄病

 8月の最終週、日高育成牧場にはサマープレミアムセールおよびサマーセール

で購買した1歳馬44頭が入厩しました。入厩時には、馬体照合や体重測定など

の後、獣医師と装蹄師で馬体検査を行いますが、今回のブログでは、その際に

装蹄師が確認しているポイントのうち、よく見られる蹄病について説明します。

 

①蟻洞

 蟻洞とは、蹄の中にある分厚い丈夫な組織と軟らかい組織の結合が分離した

ものです。蹄の成長バランスの偏りや、硬い地面での激しい運動、急激な乾燥

や湿潤も原因もひとつです。痛みを認めない軽症例から、著しい痛みで歩様が

悪くなるような重症例まで症状によって様々です。

 治療法としては、鑢やナイフで患部を取り除き焼烙、消毒し、広範囲のもの

には蹄鉄を装着することもあります。図1のように小さな亀裂のみに見えても

患部を取り除いてみると広範囲で進行していることがあります(図2)。

  

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図1.蟻洞(処置前)

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図2.蟻洞(処置後)

 

②白線裂

 白線裂とは白線が分離したものです(図3、4)。蹄が真っ直ぐではなく

広がって伸びるような「広蹄」や、蹄質不良、特に白線の組織が脆い蹄などが

発症しやすくなります。不潔な馬房、蹄の手入れ不足、蹄の持続的な湿潤、蹄

の過度な摩滅や伸びすぎ、あるいは硬地上の激しい運動などの要因が考えられ

ます。白線裂の内部には不潔な角質や土砂などを含んでおり、割目が浅いもの

では跛行しませんが、割目が深く神経や血管のある部分まで達するものは歩様

に支障をきたします。

 治療法としては割目をナイフなどで綺麗に削り、消毒をします。普段から

などが詰まらないよう清潔にすることが重要です。痛みが強く肢が地面に着け

ないような症例には蹄鉄で保護することもあります。

 

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図3.正常な蹄の白線 

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図4.白線裂

 

③裂蹄

 裂蹄とは蹄壁の一部が割れて裂けたのです。蹄が真っ直ぐではなく歪んで生

えてくるような蹄に多く見られ、冬場など乾燥して蹄に水分が少なくなり硬く

なると割れやすくなります。(人間の爪が冬場に乾燥し割れやすくなるのと同

じです)。軽症例では痛みほとんどありませんが、重度になると裂け目が神経

や血管のある部分まで達し、出血し痛みが出る場合があります。

 治療法としては蹄のバランスを整え、裂け目が現状以上進まないよう綺麗に

削り、蹄用の接着剤などで抑えることもあります。

 

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図5.裂蹄

 

 入厩時は初めて見る馬達ばかりなので、この様な疾病等を見逃さないように

注意してより深く観察し、重症化する前に早急に対処する必要があります。

そのため日高育成牧場では獣医師と装蹄師が連携して様々な疾病の早期発見・

早期治療に努めています。

育成馬ブログ 生産編②

○ 米国の伝統的な離乳方法

 

 離乳の季節になりました。当ブログでは今までに何度か離乳について

取り上げていますが、今回は米国の伝統的な離乳方法についてご紹介します。

 

● 米国の種付方法

 米国の伝統的な離乳方法を理解する前に、種付についてお話しします(図1)。

米国ケンタッキー州では牧場が密集しており、どの牧場からどの種馬場まで

種付に行っても1.5~2時間で帰ってこれる距離にあります。そのため、子馬の

輸送ストレスや感染症のリスクを考え、子馬を馬房内に置いて母馬のみ種馬場

に連れて行くというスタイルが普及していました。この方法が安全に行える

ように、米国の馬房は馬栓棒ではなく扉が備え付けられていました。また、

子馬が怪我をしないように母馬が種付に行く際には水桶や飼桶は外されて

いました。ちなみに、母馬は牧場スタッフではなく輸送業者が連れて行き、

帰厩時は興奮した母馬が子馬を蹴ることを防ぐため最初の授乳までスタッフが

母馬を保定していました。

 

Photo

図1 米国では子馬を馬房内に置いて種付に行く

 

● 米国の伝統的な離乳方法

 種付と同じく、離乳の際にも子馬を馬房内に置いて母馬を引いて他の放牧地

に移すというのが米国の伝統的な方法でした(図2)。前述したとおり、米国

の馬房は安全性を考慮し扉が備え付けられており、さらに離乳の際には水桶や

飼桶などの突起物が撤去されます。母馬が別の放牧地に移動し、鳴き声が届か

なくなってから子馬たちはもともと放されていた放牧地に出され、そのまま昼

夜放牧がなされていました。

 

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図2 米国の伝統的な離乳では子馬を馬房に残して母馬を移動させる

 

●「間引き法」での離乳

 上記の方法はあくまでも伝統的なやり方であり、米国でも現在JRA日高育成

牧場が行っているのと同じく「間引き法」での離乳を採用している牧場も多く

ありました。JRA日高育成牧場で行っている「間引き法」は、まずリードホー

スとして母性本能の強い子育て経験の豊富な子なし牝馬を放牧地の中に導入

し、その後、1週目に母馬を2頭、2週目に3頭という感じで母馬を間引いてい

き、徐々にリードホースと子馬だけにするという方法です(図3)。母馬を間

引かれて不安な気持ちになっている子馬の周囲にリードホース、まだ離乳の終

わっていない母子、離乳が終わってすでに落ち着いた子馬がいるため、離乳さ

れた子馬も徐々に落ち着きを取り戻し、ストレスを軽減することができます。

最後にはリードホースを移して子馬だけの群れにします。

 

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図3 JRA日高育成牧場で行っている「間引き法」

 

 米国の伝統的な離乳方法も間引き法も、根底にあるのは「子馬の環境は変え

ずに母馬を移動させることで子馬にかかるストレスを軽減する」という考え方

です。今回の記事が離乳前後の子馬の管理に少しでもお役に立てば幸いです。