育成馬ブログ 日高②

○  寒くても元気いっぱい!(日高)

 

日高育成牧場のある浦河町では、

例年よりかなり早い10月20日に初雪が降りました。

その後も道路上に「根雪」はないものの、

11月末には終日気温があがることなく

最低気温が氷点を下回る毎日です。

寒さが日々厳しくなっている北海道から、

元気いっぱい調教に励む育成馬の近況をお伝えします。

  

育成馬の近況

 

JRA育成馬の近況をお伝えします。

最初に馴致を終了した第1群(牡23頭)は、

屋外1600mダート馬場での縦列調教(1周:ハロン20秒程度)を

繰り返し実施しています。

屋内800m馬場に比べて

外部からの様々な刺激を受けやすい屋外馬場で、

落ち着いた縦列走行ができています。

 

この時期の調教の基礎である、

①前に(Go forward)

②真っ直ぐ(Go straight)

③落ち着いて(Go calmly)

走行することができ、力強さも感じられるようになってきました。

 

動画1.屋外1600m馬場で駈歩調教を行う牡馬。

先頭からムツミマーベラスの15(父:ヴァーミリアン)、

サワヤカブランの15(父:ルーラーシップ)、

フローラルホームの15(父:バゴ)、

ルカダンスの15(父:エイシンフラッシュ)、

カネトシフィオーレの15(父:プリサイスエンド)。

 

また、10月に入って馴致を開始した第2群(牝22頭)は、

これまで屋内トラックにおいて、

ハロン26-24秒程度で1周(縦列)+2周(2列縦隊)

の調教を繰り返してきました。

当初は真っ直ぐ走れない、

または馬群を気にして落ち着かない馬もいましたが、

現在は綺麗な隊列で安定した(真っ直ぐ:Go straight)走行ができています。

11月中旬からは順次、

屋外1600mダート馬場でのキャンターも開始しています。

 

 

動画2.屋内800m馬場で駈歩調教を行う牝馬。

先頭内レディーロックフォードの15(父:ヨハネスブルグ)、

先頭外マイネレーヌの15(父:ビクトワールピサ)、

2列目内マイネナデシコの15(父:ゴールドアリュール)、

2列目外アサクサコンソメの15(父:ハービンジャー)。

 

最後に馴致を開始した第3群(牡11頭、牝4頭)も

極めて順調に調教が進んでいます

既に800m屋内トラックでの基礎固めは終了しており、

年内に無理なく1・2群と合流できそうです。

  

トレッドミルを導入しました

 

この11月、日高育成牧場育成馬厩舎に

馬用トレッドミルが導入されました。

既存の研究用トレッドミルに比べ簡易なタイプですが、

育成厩舎横に設置されたことで

日常管理の中での使用が可能となりました。

 

現在は主に疾病からの立ち上げが必要な

育成馬のリハビリ用に使用していますが、

次年度からは騎乗馴致前の基礎体力作りへの

応用なども検討しています。

これから様々なデータをとりつつ、

より良い使用方法を検討しようと思います。

新しい知見が得られた際には同ブログでも報告します。

   

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写真1.トレッドミル運動でのリハビリに臨む育成馬。

胸に巻いているのはハートレートモニターで、

運動中の心拍数をモニタリングします。

 

 

動画3.トレッドミル運動中の育成馬。

人が騎乗せずに落ち着いてまっすぐ走ることができるので、

運動器疾患からのリハビリにとても有効です。

  

育成馬検査を実施しました

 

11月8日・9日にJRA馬事部生産育成対策室の職員が来場し、

育成馬検査を行いました。

例年11月と翌年の1月に実施するこの検査は、

育成馬の成長度合いや調教状態を把握することを目的に実施しており、

あわせてベストターンドアウト賞の審査も実施しています。

 

この検査で実施するベストターンドアウト賞の審査基準は、

「馬のしつけと手入れが行き届き、かつ人馬の一体感を感じさせる

展示・引き馬・調教が行えていること」です。

育成馬の視察でお客様や生産牧場の関係者が来場した際に、

気持ちよく見て頂く準備ができているか否かを確認し、

受賞できなかった人馬には何が不足していたのか、

これまでの日々を振り返る良い機会となります。

お客様に馬を見ていただけるチャンスを最大限に活かすため、

今後も継続していきたいと考えております。

 

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写真2.育成馬検査風景。悪天候のため、

今回は角馬場横の通路で馬を展示しました。

 

寒さも厳しくなってきましたが、

是非ともJRA育成馬の姿を見にお越しください。

皆様のご来場をお待ちしております!

育成馬ブログ 生産編②「その2」

3.後膝のレントゲンの馴致

 

市場レポジトリーでは、

購買者から後膝のレントゲンが求められるようになりました。

もちろん、上場しない場合であっても、

この部位の撮影を実施する機会は少なくありません。

 

一方、後膝や股間にレントゲンのカセットが触れて馬が蹴り上げて、

撮影者や撮影補助者が大怪我をするケースも少なくありません。

このため、まだ体が小さく、力が弱い当歳のこの時期に

後膝のレントゲンの馴致を実施することをおすすめします。

 

敏感な馬については、最初はタオルパッティングから実施し、

徐々にカセットに慣れさせていきましょう。

 


YouTube: 後膝レントゲン検査の馴致

 

(※タオルパッティングを用いた方法については、こちらをご覧ください)

https://blog.jra.jp/ikusei/2016/03/post-84bd.html

  

 

当歳馬の躾の基本的な考え方

 

以上の躾の基本的な考え方は、

「人間が馬に求めていることは、

危険なものでも痛みを伴うものでもないと、馬に納得させること」です。

  

例えば、レントゲンのカセットが股間に触れたところで、

痛みを感じる馬はいません。

これまで触られたことが無い部位であり、

本能的に「何か痛い目に遭うのではないか」と、

恐怖を感じているだけです。

 

他の馬と離れて不安を感じるのは、

自分だけ群と離れて、守ってくれる馬がおらず、

痛い目に遭わされるのではないかと、

恐怖を感じているだけです。

  

このため、人間が馬に対して

「カセットが股間に触れても痛くないこと」

「1頭だけで残されても人間が安心感を与えてくれること」

を納得させることが、

人馬の信頼関係の構築に繋がります。

  

紀元前の哲学者クセノフォンは、

「馬を群衆に慣れさせる方法は、

馬を群衆のいるところに連れていき、

騒音や目に見えるものすべてが

怖いものではないということを教えることだ」と言っています。

2000年以上、

連綿と世界中のホースマンに受け継がれてきた

馬の躾の基本方針ですね。

                          

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育成馬ブログ 生産編②「その1」

・離乳後、当歳馬をしつけるための「3つの方法」

 

離乳直後の当歳馬は、

「母馬」という絶大な安心感を喪失するため、

少なからず精神的に不安定な状態に陥ります。

このため、馬によっては

離乳後に取扱いが困難になる場合もあり、

これまで以上に人に対する信頼感や

安心感を育む努力が必要になります。

  

一方、放牧地で十分な青草を食べながら、

他の馬たちと一緒に自発的な運動をすることが、

この時期の子馬の健康な成長にとって必要不可欠であるため、

必然的に人間と接する時間は限られます。

このため、短時間で効果的な躾を実施することが求められます。

  

そこで、今回の育成馬ブログでは、

離乳後の当歳に対して日高育成牧場で実施している

「集放牧の時間を利用した躾」について、

3つの方法をご紹介します。

毎日継続して、これらを実施することで、

人馬の信頼関係をしっかり構築していくことができます。

  

1.間隔を離した引き馬

 

集放牧時、群のままで前の馬との間隔をつめる引き馬では、

馬は落ち着いて歩きます。

しかし、場合によっては、引いている人ではなく、

前の馬をリーダーとして認識しています。

このため、前の馬との間隔を空けることで、

引いている人がリーダーとなり、人馬の関係を構築します。

「常に馬の意識を人間に向けさせること」を念頭に置き、

前に歩かない馬や、逆に前に行きたがる馬の場合、

引いている人が馬のスピードをコントロールしましょう。

 

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前の馬との間隔を空けた引き馬

  

2.駐立・常歩展示の練習

 

集放牧時に、

放牧地と厩舎の途中で駐立・常歩展示の練習をします。

重要なことは、必ず1頭で実施することです。

落ち着くからといって、

他の馬を近くに残しておくことは、「全く意味がありません」。

馬が寂しがったとしても、

人間がリーダーとなって安心感を与えましょう。

 

駐立および常歩展示、

いずれの場合であっても重要なことは、

「人と馬の距離感」です。

特にリード(引き綱)はゆったりと保持し、

決して短く保持して

無理矢理抑え付けることがないように気を付けましょう。

ここでも同様に、

馬の意識を人間に向けさせることがポイントになります。

 


YouTube: 駐立展示の練習

 

 


YouTube: 常歩展示の練習

 

つづく

育成馬ブログ 日高①

○  今シーズンのJRA育成馬が揃いました!(日高)

  

今年の異常気象、ここ北海道も例外ではありません。

6月には100ミリ以上の大雨が4回もみられ、

それ以降も台風による「記録的大雨」が

道内各地に大きな被害をもたらしました。

 

そうかと思えばサマーセール終了後の9月になっても、

熱中症に注意が必要な猛暑日がみられました。

気候は不順となりましたが、

JRA育成馬は皆ここまで順調に成長しています。

 

Photo                    

写真1.放牧地で朝を迎えたJRA育成馬たち。

一晩中、牧草を食べ歩いた疲れからか、迎えに行っても起きようとしません。

  

 

1歳市場「サマーセール」が終了しました

 

8月末、この時期の風物詩ともいえる

国内最大規模の1歳馬市場「サマーセール」が

北海道市場で開催されました。

 

今年は例年より1日長い5日間(8月22日~26日)のスケジュールで、

1,267頭の1歳馬が上場されました。

JRAはこのセールで55頭の育成馬を購買し、

そのうち43頭が日高育成牧場に入厩しています。

 

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写真2.サマーセール当日の購買馬検査。

天気はイマイチでしたが素晴らしい1歳馬を購買できました。

今から期待が膨らみます!

 

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写真3.サマーセール購買馬(牝馬)の入厩直後の放牧風景。

  

 

今年もサマーセール事前検査を実施しました

 

サマーセール当日は朝8時から比較展示が行われ、

11時半からセリがはじまります。

購買者は午前中の展示時間を使って、

セリ名簿と実馬の馬体や健康状態、

性格などを見比べて購買候補馬を決定します。

 

一般的な購買者は馬を選定してから検査するため

時間的に余裕がありますが、

JRAのようにすべての馬を確認するとなると時間が足りません。

 

そこでJRAでは、

今年も上場馬を多く預託しているコンサイナーにお願いして

事前の検査をさせてもらいました。

今年は45の牧場で709頭の検査をさせてもらいました。

協力していただきましたコンサイナーの皆様には、

この場を借りて御礼申し上げます。

 

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写真4.事前検査ではJRAの獣医・装蹄職員が購買候補馬を選定しました。

  

  

オータムセールも終了しました

 

10月3日から開催されたオータムセールにおいて、

JRAは2頭の1歳馬を購買しました。

今年のセールは活況かつ熱気あふれたものとなり、

JRAもかなり苦戦しながらの購買となりました。

JRAはオータムセール終了時点で合計74頭の1歳馬を購買し、

7月上旬の八戸市場からスタートした今年の育成馬購買が終了しました。

  

騎乗馴致を開始しています

 

10月6日現在、日高育成牧場には

60頭(市場購買馬54頭、JRAホームブレッド6頭)の

1歳馬が入厩しています。

 

このうち牡馬23頭は、9月5日から騎乗馴致を開始しました。

馴致の流れや方法は例年とほぼ同じなのですが、

年々馬が大人しく扱いやすくなっていると感じます。

今年の牡馬23頭も殆ど問題なく、

スムーズに騎乗まで進めることができました。

 

10月3日からは牝馬22頭の騎乗馴致を開始していますが、

こちらも油断することなく、人馬ともに安全に進めていきたいと思います。

  


YouTube: 第1群の調教風景

動画1.馴致開始から19日目の調教状況(牡馬)。

前の馬について落ち着いて走ることができています。

  

 

BTC研修生の馴致研修を行っています

 

日高育成牧場では今年も、

BTC(軽種馬育成調教センター)の

育成調教技術研修生の馴致実習を受け入れ、

現在34期生20名が研修しています。

 

研修生には入学するまで馬に接したことのなかった生徒も多く、

若馬を取扱うのはJRAでの研修がはじめてです。

育成馬と日々触れ合い、

実際に騎乗馴致を行うことで

多くのことを吸収してほしいと思います。  

 

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写真5.乗馬を使って馴致練習をする研修生。

研修では実際のJRA育成馬を用いた騎乗馴致にも携わりました。

  

今回は以上です。

北海道は現在、季節の変わり目で気温も下がりはじめています。

次回のブログでは寒さの中で元気に成長している

育成馬達の調教動画を中心にお伝えしようと思います。

育成馬ブログ 生産編①

離乳後の当歳馬たち

 

9月中旬、ようやく北海道らしい涼しい気候になり、

日高育成牧場の当歳馬5頭は、

大きな病気もなく、順調に成長しています。

 

すべての当歳は8月末までに離乳が終了しており、

現在は「保母役」の牝馬(繁殖を引退した19歳の馬)に

見守られながら、22時間の昼夜放牧をしています。

  

9月15日現在、

放牧地の青草と1日1kgのバランサータイプの飼料のみで、

ADG(1日あたりの体重増加量)は

0.8~1.0kg/日と安定して推移しています。

  

心地よい気候の中で、

夢中で青草を食べる当歳馬達を見ていると、

この離乳期の当歳にとって放牧地の青草が

何よりも重要であることを実感します。

  

1 

 「保母役」の牝馬と当歳たち

 

2

虹をバックに青草を食べる当歳たち

  

  

ローソニア感染症に注意!!

 

この時期の当歳馬にとって、注意しなくてはならない病気は

「ローソニア感染症」です。

  

ローソニア感染症は、

Lawsonia Intracellurarisという細菌による感染症で、

症状は、

・元気消失

・食欲不振

・体重減少・削痩

・発熱(39℃以上)

・毛艶悪化

・皮下浮腫

・下痢

・軽度の疝痛

など多岐にわたります。

 

3

ローソニア感染症の主な症状

  

  

ただし、注意が必要なのは、下痢や浮腫などの症状がなく、

食欲低下や体重減少のみが認められる感染馬もいるということです。

また、当歳馬だけではなく、1歳馬も発症することがあります。

  

血液検査をすると、

特徴的な「低タンパク血症」を確認することができますので、

上記の症状を認めた場合には、

早めに獣医師に検査してもらうことが重要です。

 

なぜなら、重篤化した場合、

抗生物質を長期間投与することに加え、

大幅な体重減少・削痩により市場価値が低下し、

場合によっては死亡例も認められるためです。

  

この病気は、離乳や寒冷によるストレスが

引き金になっていると言われていますが、

現在までのところ感染経路や発症要因などは十分わかっていません。

  

なお、ワクチン接種の予防効果がある程度認められています。

当歳馬に投与する場合には、

離乳ストレスによる発症を予防する目的で、

離乳前に接種するとよいでしょう。

  

いまだに感染経路や発症要因が

解明されていない本疾患に対しては、

「早期発見・早期治療」と「ワクチン接種」が

被害を最小限度に止めるための重要な措置と言えます。

 

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ローソニアワクチンの接種

  

  

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育成馬ブログ 生産編⑩「その2」

人工哺乳の方法 ~躾の観点から~

 

人工乳を与える場合には、躾(しつけ)の観点から、

人間の関与を最小限にする工夫が必要になります。

あまりに熱心に与えた場合、

結果として子馬が人に危害を及ぼすリスクを生じることがあります。

 

子馬が、どこにいくにも人間についてきたり、

衣類を噛んだり、ぶつかってきたり、立ち上がったり、

乗っかったりするなどの行動は、

小さいうちは問題ありませんが、

大きくなった際にはきわめて危険です。

さらに、成馬になった時に、

人間をリスペクトせずに問題行動を起こすことがあります。

 

このことから、出産直後は哺乳瓶を使用せざるを得ませんが、

翌日以降はバケツから飲むように馴致を開始し、

できるだけ早く哺乳瓶の使用を終了させることが望まれます。

 

また、バケツから飲むようになったら、

馬房壁などに設置した飼い桶などから、

子馬自身が飲むようにさせることもできます(動画参照)。

 

また、早い時期からミルクペレットやクリープフィードなどの

固形飼料を食べさせてもよいでしょう。

 

3

                 人工哺乳は人間の関与を最小限にすることが重要

 

 

飼い桶からミルクを飲む子馬(Youtube)

  

これに加えて、

放牧地で他の複数組の母子と一緒に過ごす時間を

なるべく長くとりましょう。

 

子馬は群(むれ)の中で、

「馬としての社会性」を学習することができ、

結果として人間をリスペクトする性質を身につけることも可能となります。

  

4

子馬は群(むれ)の中で、「馬としての社会性」を学習する。

  

5

本年出産のJRAホームブレッド タキオンメーカーの16(父アルデバラン)

初産で乳房の発達が悪かったため、

出産直後は人工哺乳を併用しましたが、

母馬に大事に育てられ、順調に成長してます。

  

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育成馬ブログ 生産編⑩「その1」

人工哺乳

 

母馬の死亡やフォールリジェクト(育子拒否)などによる孤子、

もしくは初産などでよく見られる母乳の分泌不全症などの場合には、

乳母もしくは人工哺乳が必要となります。

 

特に孤子の場合には、適切な馬体成長のみならず、

競走馬としての躾を考慮した場合にも、

乳母を用意することが最良の選択肢になります。

しかし、乳母が準備できるまでの間、

もしくは、人間の手だけで育てざるを得ない場合には、

人工哺乳を実施しなくてはなりません。

  

まずは初乳!!

 

人工哺乳が成功する最重要ポイントは

「十分量の初乳の投与」です。

良質な保存初乳を生後すぐに0.5~1リットル与えましょう。

以前のブログでも触れましたが、

良質な保存初乳がない場合には、

市販されている牛の初乳が利用可能です

(あくまで緊急用として利用してください)。

 

また、フォールリジェクトされた子馬が感染症にかかり、

死亡する話をよく聞きます。

おそらく、十分量の初乳を摂取していなかったのでしょう。

このため、「出産直後の哺乳行動」と「血中IgG濃度」の

ダブルチェックの確実な実施が望まれます。

  

馬用の人工乳

 

人工乳として、

市販されている馬用ミルクを使用することが推奨されます。

すぐに入手できない場合には、

牛乳で代用することもできます。

ただし、通常の牛乳は馬の母乳と比較して脂肪分が多く、

ラクトースが少ないことが知られています。

このため、低脂肪乳1リットルあたりに、

ブドウ糖20g添加したものを与えると良いでしょう。

 

2 

 

人工哺乳の量と回数

 

出産直後の子馬が必要とする母乳の量は体重の約10%ですが、

生後10日には体重の25~30%にまで達します。

そして、5週間を過ぎると体重の17~20%になります。

 

また、この時期の子馬の哺乳回数は、

1時間あたり約3回であり、比較的頻繁ですが、

人間が与える場合は、

生後1週間であれば1~2時間に1回、

2週齢以降は4~6時間に1回で良いでしょう。

 

1

  

成長の確認

 

子馬が十分量の母乳を摂取しているかどうか確認することは、

適切な成長のために重要です。

このためには、

定期的に計測する体重および体高の値は

極めて有用な指標になります。

2ヶ月齢までの子馬が十分量の母乳を摂取している場合、

1日あたりの体重増は1~2kg、

体高の伸びは0.3~0.4cmになります。

  

つづく

 

育成馬ブログ 生産編⑨

第12回JRAブリーズアップセールを終えて

 

本年のJRAブリーズアップセールも、上場馬全頭をご購買いただき、

盛況のうちに終了することができました。

 

この場を借りて、ご購買者の皆さま、

セールにご来場いただいた購買関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます。

 

さて、当セールの魅力は、多くのご購買者にとって分かりやすい運営、

レポジトリー(医療情報公開)を通した市場の信頼性、

ご購買直後に即戦力となる鍛え上げられた上場馬など多々あります。

 

これらの魅力を維持、

向上させるために様々な部署の職員が一丸となって

当セールの運営にあたっています。

 

今回の育成馬ブログでは、

BUセール開始当初からその運営に携わり、

本年1月に56歳の若さで急逝された

故坂本浩治氏について触れたいと思います。

 

坂本氏は、昭和60年にJRAに入会し、

日高育成牧場での育成調教業務、

アイルランドにおける2年に及ぶ研修、

厩舎関係者や育成牧場関係者などに対する技術普及など、

JRAの生産育成業務に深く携わり、

我が国の強い馬づくりに対して長年に亘り尽力してきました。

 

また、セールに関しては、市場の透明性確保、

そして、馬に対する躾やトリミングなどを通して

お客様に馬を()せる(・・)姿勢にも強い信念を持って取り組んでいました。

                   

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市場での購買検査風景 

トレードマークであったハンティング帽をかぶる坂本氏(右端)

  

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坂本氏の馬に対するアフィニティ(親和性)やリーダーシップは、

多くのホースマンの心に深く刻まれた。

   

育成牧場の現場においては、

馬に対するアフィニティ(親和性)やリーダーシップなど、

アイルランドで学んだ技術や精神を日高育成牧場で実践し、

多くの人に伝えてきました。

 

この坂本氏の考え方に感化されたのは、

一緒に働いた我々JRA職員にとどまらず、

JRA調教師などの厩舎関係者、

民間育成牧場の関係者など枚挙にいとまがありません。

 

また、アイルランドのトップ・トレーナーのエイダン・オブライエン師も

「浩治は現在の私の厩舎における

馬の管理方法をいくつか確立していくうえで、

キーパーソンの1人でした」

と話すように、

欧米でも十分通用するホースマンであったともいえます。

 

これらの坂本氏の精神は、「JRA育成牧場管理指針」

http://jra.jp/ebook/ikusei/nichijo/#page=2)などの

普及冊子としてまとめられており、

現在も日高育成牧場のみならず、

多くの民間育成牧場スタッフのためのテキストブックとして、

若馬の騎乗馴致やセリ展示など多くの場面で活用されています。

  

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民間牧場の関係者を対象とした講習会で講師を務める坂本氏

  

 

坂本氏が常日頃から願っていたのは「日本競馬の民度向上」でした。

 

ヨーロッパの大レースのパドックで見られる華やかな雰囲気、

正装して馬を引く厩舎関係者、

躾ができており、人を信頼し、指示に従って落ち着いて歩く出走馬。

  

日本競馬が、競走成績のみならず、

馬の取り扱いや関係者の服装などについても、

欧米の競馬先進国に追いつくことを願ってやみませんでした。

現在G1競走を中心に行われている「ベストターンドアウト賞」は、

その願いが形になったものの1つです。

 

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ベストターンドアウト賞 審査の様子(平成28年 皐月賞)

  

このように,坂本氏の生涯は生産育成業務をとおして

我が国における強い馬づくり、

日本競馬の民度向上に捧げられたと言って過言ではありません。

 

国内外を問わず

多くのホースマンに大きな影響を与えてくれた

坂本氏の素晴らしい人生に感謝して,

心よりご冥福をお祈りします。

 

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育成馬ブログ 生産編⑧「その3」

難産症例 -両臀部屈曲位(ドッグ・シッティング)-

 

前回までの説明を踏まえたうえで、

日高育成牧場で発生した難産症例について紹介します。

  

本症例は胎子の姿勢異常(両臀部屈曲位)により難産を呈しましたが、

病院への輸送タイミングを逸したため、残念ながら胎子が死亡した事例です。

 

なお、母馬は9歳のサラブレッドで産歴5頭、

これまでの出産では大きなトラブルは認められませんでした。

 

経過

14:00     放牧地にて陣痛を認めたため、集牧し馬房内で様子を見る。

15:00     破水するが尿膜水量は少なく、足胞は現れない。

15:50     再び尿膜水が排出される。羊膜が現れるが、直後に膣内に戻る。

5分後に羊膜が再度現れるが、胎子の蹄は確認できず。

その後も横臥と起立を繰り返すが娩出は進まない。

16:40     最終的に娩出できず、胎子は死亡。

          

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2回目の破水後に現れた羊膜(左)正常な足胞(右)

 

 

 

胎勢

 

本症例は、両臀部が屈曲するとともに、

後肢の蹄が骨盤上口に固定されている

「両臀部屈曲位(ドッグ・シッティング)」とよばれる異常胎勢でした(下図左)。

 

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両臀部屈曲位(ドッグ・シッティング)(左)分娩時の正常な胎子(右)

  

この場合、胎子の前半身のみが部分的に娩出されますが、

それ以降は怒責によっても娩出されません。

 

このため、本症例のように分娩に時間がかかっている場合は、

これを疑う必要があります。

なお、産道保護のため、

頭部、両前肢および胸部が正常に触知できたとしても、

無理な牽引は禁忌とされています。

  

多くの場合は、病院における全身麻酔下での仰臥位での整復

あるいは帝王切開が適応されます。

もし、胎子を子宮内に押し戻すことが可能であれば、

骨盤上口に固定された蹄をはずすことで整復できますが、

娩出動作によって産道に子馬がきつく押し込まれている場合には

極めて困難です。

 

ある調査によると、

両臀部屈曲位はのべ517回の分娩中に2回(発生率0.38%)

認められたということです。

  

本症例で認められた分娩時の異常所見をまとめます。

 

・破水後の尿膜水量が明らかに少ない。

・破水後から1時間近く羊膜が現れない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が現れた後も、スムーズに胎子が娩出されない。

  

これらのような分娩時の進行停滞や異常所見が認められた場合には、

躊躇せずに病院へ輸送すべきです。

  

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育成馬ブログ 生産編⑧「その2」

正常分娩の進行

 

では、正常分娩の進行について具体的に説明します。

  

①陣痛症状の発現

 

陣痛は疼痛程度や持続時間に個体差があり、

分娩の数日前から兆候が断続的に認められることや、

数日間の間隔が空くことも珍しくありません。

 

しかし、著しい疼痛や不穏な状態が、

長時間にわたり持続するにも関わらず破水が認められない場合には、

何らかの異常があると考えるべきです。

  

②破水

 

正常分娩と難産を見極めるうえでの重要なポイントは破水です。

破水とは、

胎子を包んでいる二重の膜の外側である

尿膜絨毛膜の破裂にともなう尿膜水の排出です。

 

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前述したように、明瞭な陣痛症状が

長時間継続しているにも関わらず破水が認められない場合、

破水から5分を経過しても足胞が出現しない場合にも

何らかの異常があると考えられます。

 

なお、破水後には膣内の胎子の状態を確認します。

正常であれば、触知によって蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を

確認することができます(下図)。 

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破水直後の胎子の様子

正常姿勢の場合、蹄底を下向きに伸展した両前肢と鼻端を触知することができる

  

なお、陣痛発現から破水まで、

子宮内の胎子は図Ⅰから図Ⅳのように

母馬の背中に対して仰向けの状態から回転しながら膣外口に向かいます。

 

多くの場合、図Ⅳの姿勢で破水を迎えますが、

まれに図Ⅱや図Ⅲの状態で破水することがあります。

これらの場合、

蹄底が上向きもしくは横向きの状態で触知されることがありますが、

心配いりません。

母馬の起立と横臥の繰りかえしや、

馬房内での常歩運動により自然に正常な姿勢に至ります。

 

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③足胞の出現

 

破水から5分以内に足胞が出現します。

正常な羊膜は白っぽく、滑らかで光沢があり、羊膜中の羊水は透明です(写真)。

以下の場合は異常ですので注意してください。

 

・破水から5分以内に足胞が認められない。

・羊膜内に胎子の蹄が認められない。

・羊膜が肥厚している。

・羊水が緑~茶色に混濁している。

・羊膜ではなく尿膜絨毛膜の赤い胎盤(レッドバック)が認められる。

 

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足胞の出現 このときに羊膜および羊水の色調などを確認する。

 

 

④娩出

 

娩出の際、頻繁に寝返りを打ったり、

横臥と起立を繰り返したりすることも少なくありませんが、

著しい場合は何らかの異常が発生している可能性があります。