昨年の強い馬づくり講習会でも紹介しましたが、近年米国で抗菌薬エンロフロキサシンを妊娠後期の馬に投与しても安全であることが報告され、胎盤炎の治療への応用が期待されています。Journal of Equine Veterinary Scienceという雑誌に詳細が記載されていましたので、その内容をご紹介いたします。
エンロフロキサシン製剤(バイトリル®)
エンロフロキサシンは動物専用に開発されたフルオロキノロン系の抗菌薬で、「バイトリル®」という注射薬および経口薬が主に牛や豚の肺炎や下痢症の治療用として市販されています。
エンロフロキサシン製剤(バイトリル®)
妊娠後期の馬に対するエンロフロキサシンの安全性
米国イリノイ大学のグループが行った調査について紹介します。流産を引き起こす胎盤炎の原因の多くはE. coliやP. aeruginosaなどのグラム陰性菌であることが知られており、グラム陰性菌に良く効くエンロフロキサシンを治療に使うことができれば胎盤炎の治療の成功率も上がることが期待されます。しかし、エンロフロキサシンは子馬に高濃度で投与すると、関節軟骨や腱組織に障害を起こすことがあると報告されています。すでに生まれてきた子馬と、母馬の子宮の中にいる胎子では状態が異なるため、妊娠後期の馬にエンロフロキサシンを投与し、胎子への影響を調べました。
静脈内投与における試験
まず、妊娠280日までの牝馬16頭を用いて静脈内投与による調査を行いました。何も投与されないコントロール群(4頭)、エンロフロキサシンを5mg/kgの濃度で24時間毎に10日間静脈内投与された通常投与群(6頭)、同じく10mg/kgの濃度で投与された倍量投与群(6頭)の3群に分けられました。その結果、エンロフロキサシンの母馬の血漿中の濃度、胎盤中の濃度、胎子の血漿中の濃度はいずれも高く、胎盤炎の原因菌に効果的に作用する可能性が示されました。また、投与量5mg/kgと10mg/kgで上記の値に有意差は認められず、5mg/kgで十分な効果があることが示されました。さらに、胎子の関節軟骨および腱組織に悪影響は認められず、安全性が示されました。
経口投与における試験
さらに、実際の臨床現場における胎盤炎症例に対する抗菌薬投与は長期に渡るため、静脈内投与ではなく経口投与が行われることが一般的です。そこで、妊娠中の牝馬17頭を用いて、何も投与されないコントロール群(5頭)、エンロフロキサシンを7.5mg/kgの濃度で24時間毎に14日間経口投与された通常投与群(6頭)、同じく15mg/kgの濃度で経口投与された倍量投与群(6頭)の3群に分けて調査が行われました。その結果も静脈内投与の場合と同じであり、胎盤炎の治療に有効および安全であると考えられました。また、投与量は7.5mg/kgで十分であることが示されました。
詳しく知りたい方は、2018年のJournal of Equine Veterinary Science 66号p.232をご覧ください(英文)。
現在のところ、胎盤炎と診断された妊娠馬には抗菌薬として主にサルファ剤が用いられていますが、サルファ剤の効果が認められない場合などの治療の選択肢の一つとして今回ご紹介した方法がお役に立てば光栄です。これらの方法を試したい場合はかかりつけの獣医師にご相談ください。