蹄に影響する栄養
はじめに
“蹄なくして馬なし”と言われるように、馬が健康でそのパフォーマンスを十分に発揮するためには、蹄が健常であることが重要であることは言うまでもありません。「蹄が健常である」とは、蹄葉炎などの蹄疾患がないということは当然ですが、蹄壁の欠けや裂けがなく、蹄が適切なペースで伸長している状態を指します。蹄の伸長には、裂蹄を発症しづらいなど蹄角質そのものの特性、遺伝的要素、運動状況、あるいは気候や飼養状況などの外的環境要因などが影響することが知られていますが、実は栄養状態も大きく影響しています。今回は、この蹄の健常性に影響する栄養についてご紹介します。
タンパク質
蹄の角質(蹄壁や蹄叉)は、主にケラチンと呼ばれるタンパク質から構成されています。一方、生体を構成するアミノ酸には20種類がありますが、そのうちイオウ(S)の原子を含むアミノ酸は含硫アミノ酸と呼ばれます。タンパク質の一つであるケラチンは組織の硬質性に寄与していますが、その硬質性には含硫アミノ酸のイオウ同士の結合が重要な役割を担っており、特に蹄のケラチンにおいてはこの硬質性の点から含硫アミノ酸であるメチオニンやシスチンの存在が重要となります。中でも必須アミノ酸※でもあるメチオニンの摂取不足は、蹄の脆弱化や伸長鈍化の原因となります。しかし、このメチオニンは一般的な配合飼料のタンパク質源である大豆などに多く含まれていることから、配合飼料や脱脂大豆を利用していればその摂取不足を心配する必要はありません。 さらに、メチオニンは放牧草やアルファルファ乾草などにも比較的多く含まれているため、サラブレッドの生産現場で問題となることはないと考えて良いでしょう。
※ 生体内で必要量の全てを合成できないため、不足分を食餌で摂取する必要のあるアミノ酸のこと
ビオチン
蹄のケラチン合成に必要なビオチンはビタミンB群に分類されるビタミンで、馬での必要量は明らかではないものの腸内細菌で合成されることや飼料中にも含まれていることから、大豆や青草を給与している馬では不足することはないと考えられています。しかし、外的なストレスや食餌によってビオチンを合成する腸内細菌の数や活動が影響を受け、ビオチンが十分に合成されなくなることも考えられます。ビオチンが馬の蹄に与える影響は非常に大きいため、この影響についての研究が盛んに行われているところです。
ある研究では、サラブレッドにビオチン(15mg/日)を10ヶ月間給与すると蹄の伸長量が1.8cm増加することが報告されています(図1)。またスペイン乗馬学校繋養のリピッツァナー種牡馬にビオチン(20mg/日)を19ヶ月間給与した研究によると、削蹄時の蹄壁、蹄底、蹄叉および白線における亀裂、硬度などを4段階にスコア化(図2)すると、給与開始後の各項目でスコアの良化がみられ蹄の状態が良化したことを示唆する結果が得られたと報告されています(図3)。この蹄の状態変化が見られたのはビオチンの給与開始から11ヶ月後であったことから、ビオチンによる蹄の状態改善には長期間が必要であることも分かりました。
現在市販されているほとんどの蹄用サプリメントにはビオチンが含まれていますが、これらは他のサプリメントに比べて高価です。したがって、ビオチンを給与する際は最もその効果を得たいゴールとなる期日を設定し、それまでの繋養期間や経費を勘案した上で給与を開始するタイミングを検討する必要があるでしょう。図1 ビオチン投与が蹄の伸長に及ぼす影響
ビオチン投与開始からの蹄壁部の伸長の変化を調べた。ビオチン投与群の10カ月間の蹄の伸長は、非投与群に比べて1.8㎝大きかった。Equine Vet.J.(1992)24(6)472-474
図2 蹄状態のスコアー化
白線裂、蟻洞、欠損、亀裂などから蹄の状態をスコアー化し判定する Equine vet. J. (1995) 27 (3) 175-182
スコアーが低いほど蹄の状態が良いことが示されており、ビオチン投与開始から9ヶ月目(2年目の1月)以降に蹄の状態が良化してきた
亜鉛
亜鉛は、蹄の角質化に必要なミネラルです。ある研究で、蹄の物理的硬度や酸溶液に対する溶解性を“弱”・“中”・“強”の3段階の強度で分類すると、それぞれの蹄に含まれていた亜鉛濃度は、順に115.0、119.4、および129.4ppm(mg/kg)であったことが報告されています。つまり、蹄に含まれる亜鉛濃度が高いほど蹄の硬度も高いということが分かり、亜鉛の摂取不足から蹄が脆弱になる可能性があることが分かります。
その他の栄養
その他、カルシウム、リン、マグネシウム、銅およびコバルトなどのミネラルも蹄の健常性に必要な栄養です。カルシウムは蹄の構造上で重要な役割を果たしますが、このカルシウムとリンの摂取バランスが崩れると、カルシウムの吸収が阻害されてカルシウム不足に陥ることが知られています。フスマの過剰給与から蹄が脆弱になるということはよく知られていますが、これはフスマに含まれるリンの含量が高いことが根拠となったのかもしれません。しかし、飼料全体に含まれるカルシウムとリンのバランスが適正(カルシウム:リン=1.5~2:1)であれば、フスマの過剰摂取が蹄に影響を及ぼすことはありません。
おわりに
インターネットで少し調べるだけで、蹄に良いとされるサプリメントが数多く販売されていることが分かります。もし、皆さんが繋養馬の蹄にお悩みであれば、これらのサプリメントを利用することで解決できることもあるでしょう。でもちょっと待ってください。もしかすると、単に飼葉の栄養のアンバランスが原因であるだけかもしれません。新しいサプリメントを導入する前に、ぜひ現在の飼葉について栄養計算ソフトなどで確認してみましょう。
日高育成牧場 生産育成研究室 主任研究役 松井 朗
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