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2023年10月17日 (火)

PPID調査その1

馬事通信「強い馬づくり最前線」第303号

 徐々に日差しが暖かくなり、雪が解けて地面が見えてまいりました。生産牧場では新生子馬の管理に加えて交配管理も始まり、いよいよ繁殖シーズン真っ只中となってきたのではないでしょうか。交配に関して、周知のとおり牝馬の加齢に伴って受胎率は低下しますが、それでも高齢馬を受胎させたいというのがサラブレッド生産特有の悩みと言えます。高齢馬が受胎しづらくなる原因は卵細胞の品質低下、卵胞発育不全、子宮環境の悪化、外陰部の構造不整などいろいろ知られていますが、本稿では内分泌疾患のPPIDについて概説いたします。

 

PPIDとは

 PPIDはPituitary Pars Intermedia Dysfunctionの略で、「下垂体中葉機能不全」と訳します。脳でホルモン分泌の上位を司る下垂体という組織のうち、中葉という部分が肥大し、機能不全をきたすことで、全身に様々な症状を示します。以前は「クッシング病」と呼ばれていましたが、ヒトやイヌのクッシング病とは病態が異なることが明らかとなり、近年病名がPPIDに変わりました。このPPIDは「インスリン調節異常ID」、「馬メタボリックシンドロームEMS」などとともに代謝疾患というカテゴリに分類される疾患です。

 PPIDの症状として被毛(長毛、巻き毛)、削痩(背腰の筋肉がおちる)、局所的な脂肪沈着(首の付け根)といった外貌上の変化がよく知られています。その他に多飲多尿、発汗、免疫低下、行動異常(大人しくなる)、繁殖性低下など様々な症状を示します。繁殖性に影響を及ぼす機序は未だ解明されていませんが、考えられる仮説として1)下垂体が分泌する生殖ホルモンの異常により直接的に子宮卵巣機能に影響を及ぼす、2)代謝ホルモンの異常により体調・体質が悪くなり間接的に繁殖性に影響する、3)免疫力が低下することで子宮内感染が起きやすくなる等が考えられます。

 

PPIDの何が問題なのか

 PPIDは加齢に伴って有病率が高まることが知られており、高齢馬(15歳以上)の有病率は21-27%にもなりますので(McGowan2013, Christiansen2009)、病気ではなく「加齢性変化」と言うことができるかもしれません。病気か否かはさておき、PPIDは蹄葉炎のリスクファクターでもあるため、近年注目されています。また、繁殖領域においては繁殖性低下という点において注目されており、世界的に不受胎馬に対して検査、治療が行われるようになりました。

 

PPIDの検査方法と治療方法

 馬内分泌学グループ(Equine Endocrinology Group)という団体がPPIDをはじめとする代謝疾患の診断基準や治療プロトコルを提唱しています。PPIDの診断チャートは非常に複雑ですが(図1)、検査方法はACTH濃度測定とTRH刺激試験の2つのみです。慣例的に、まずは手軽なACTH濃度を測定します。ACTH検査で最も注意すべきことは、季節による影響を理解することです。特に下垂体中葉の機能は秋に亢進し、診断精度が高くなるため、この時期の検査が推奨されます(表1)。繁殖シーズンに不受胎であった牝馬に対して秋にACTH測定を行い、陽性と診断された馬についてはそこから春に向けて投薬を開始するのが良いでしょう。

 PPIDの治療にはドパミン作動性神経拮抗薬であるペルゴリド錠が用いられます。PPIDは下垂体中葉のドパミン作動性神経が障害される疾患であるため、このドパミン受容体に結合するペルゴリドの投与により神経伝達機能が回復します。このペルゴリドは副作用として泌乳ホルモンであるプロラクチンの分泌を抑制するため、妊娠馬に対しては分娩予定日1か月前から投薬を控えることが推奨されているのでご注意ください。また、障害された神経細胞が再生するわけではないので、投薬を継続する必要があります。

 

さいごに

 本稿ではPPIDの概要について解説いたしました。それでは、どれほどの繁殖牝馬がPPIDに罹患しているのか、受胎率にどれほど影響があるのか。これらの点について、2019-22年に「生産地疾病等調査研究」において取組みましたので、次号ではその成果を報告いたします。

 

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図1 PPID診断チャート

 

表1 月ごとのPPID診断基準値(pg/mL) 

  否定的 判別不可 可能性高い
12月―6月 <15 15-40 >40
7月&11月 <15 15-50 >50
8月 <20 20-75 >75
9月―10月 <30 30-90 >90

日高育成牧場 生産育成研究室長  村瀬晴崇

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