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2026年4月

2026年4月16日 (木)

上行性胎盤炎

上行性胎盤炎とは
馬の上行性胎盤炎は、外陰部~膣~子宮頸管を通って上行性に子宮へと侵入した細菌や真菌などの病原体が胎盤(とくに子宮頸管内子宮口の周囲)に感染することで炎症を起こし、流産・早産や虚弱子が生まれる要因となる疾患です。病原体はレンサ球菌が代表的で、大腸菌やクレブシエラ菌[F1.1]なども関与します。発生率は妊娠馬の3〜7%とされ(J Govaere, 2018)、妊娠8~10か月に多く認められます。(C Cummins, 2008)

兆候
上行性胎盤炎の兆候としては、分娩予定日よりも早い時期の乳房の発達・乳汁漏出や外陰部からの粘液や膿性分泌物が挙げられます。また多産・高齢・外陰部コンフォメーション異常(気膣傾向)の繁殖牝馬はハイリスク群なため注意が必要です。今回の症例[F2.1]では馬齢は14歳、過去に4産し流産歴はありませんでしたが、外陰部はやや背側向きで軽度のコンフォメーション異常でした。症状は外陰部からの膿性分泌物の排出でした(写真1)。

早期発見のための検査
このような兆候を認めた繁殖牝馬がいた場合、獣医師による検査、診断が必要です。検査法としては主に3つです。
① 超音波検査(経直腸、経腹壁[F3.1]):超音波検査で主に見たいものはCTUP(子宮胎盤厚)や胎動、胎子心拍、羊水/尿膜水の性状変化となります。特にCTUPについては経直腸の超音波検査で観察、測定がし易く、重要なポイントとなります(写真2)。正常妊娠でも妊娠月齢とともにCTUP値は増加しますが、目安として、270–300日で8 mm以上、300–330日で10 mm以上、330日以降で12 mm以上の場合には胎盤炎によるCTUPの異常な肥厚が考えられます。また厚さだけでなく、辺縁不整や浮腫像を認める場合も胎盤炎を疑います(Kimura, 2018)。また、妊娠期が進むにつれて胎児も大きく重くなり母馬のお腹に沈んでいくため、胎児心拍や羊水/尿膜水の正常変化については5か月齢ころから経直腸ではなく経腹壁からアプローチする必要が出てきます。
② 血中ホルモン検査:流産・死産に向かっている妊娠馬では、正常妊娠と比べて早期の「血中プロゲステロン濃度の上昇(または急性悪化時の急低下)」と「エストロゲン濃度の低下」が認められます(Shikichi, 2017、Fedorka, 2021)。
③ 炎症マーカー測定:実験的胎盤炎群と正常分娩群の血中SAA濃度を比較したところ、胎盤炎群で有意に高くなったとの報告が複数あります(Russolillo, 2023、Canisso, 2014)。
今回の症例では、経過観察中に経直腸超音波検査にてCTUP部位に一部浮腫像認めておりました。血中ホルモン検査では各の定期検査結果を見直したところ、症状がでる1か月前に異常なプロゲステロン上昇動態を認めておりました。また、炎症マーカーであるSAAについては、日本の生産地でまだ活用されていない印象で、私自身もあまり馴染みがありませんでしたが、今回の症例サンプルなども用いて今後検証したいところです。[F4.1]

治療法
抗菌薬、プロゲステロン類製剤/子宮収縮抑制剤、抗炎症薬を組み合わせた内科療法が一般的です。治療は早期開始・分娩まで継続することが基本です。
① 抗菌薬:ST合剤を軸に、状況に合わせて他系統を追加。細菌培養・感受性に基づく選択が理想です。
② プロゲステロン類製剤/子宮収縮抑制剤:合成プロゲステロン製剤であるRegu-Mateが代表格です。黄体ホルモンの補助および子宮の収縮を抑え、在胎期間をできるだけ延長することが目的です。
③ 抗炎症薬:フルニキシン等のNSAIDsで炎症と胎盤血流を改善します。海外ではペントキシフィリンというキサンチン誘導体の非選択的ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬を抗炎症薬として上行性胎盤炎治療に用いることもあります。
ST合剤+合成プロゲステロン製剤+ペントキシフィリンの三剤併用によって実験的上行性胎盤炎で胎子の生存率の改善が示された報告もあります(C S Bailey, 2010)。私自身も今回の症例でペントキシフィリンを使ってみたかったところですが、日本国内ではヒト薬のトレンタール®(ペントキシフィリン)は1999年の再評価で薬価収載から削除・販売中止の対象となり、現在は国内流通が基本的になく、海外でも動物用としての“承認製品”はほぼ無いため入手は出来ないと考えてよさそうです。

予防
①キャスリック手術(陰門形成術):繁殖牝馬の子宮、胎盤までのバリア機能には外陰部、膣、子宮頚管があり、キャスリック手術によって外陰部のバリアを補強できます。外陰部の角度が背側向きになっている形態不良や気膣を認める繁殖牝馬について実施するのが最善策です。
②定期検査:流産既往歴のある繁殖牝馬や高齢多産馬は妊娠期間通しての定期エコーや血中ホルモン濃度やSAA濃度の測定など実施することで早期発見早期治療につながります。

まとめ
上行性胎盤炎は“早期発見”が予後を分ける病気です。個人的には外陰部からの粘液〜膿性分泌など目に見える症状が出たタイミングではすでに手遅れのことが多いのではないかと思っています。上行性胎盤炎に対してはキャスリック手術や定期検査などの予防が最も重要だと考えます。今回の症例でも流産歴自体はないですが、外陰部の軽度のコンフォメーション以上に対してキャスリック手術をしてあげていれば、そもそも上行性胎盤炎も防げたのかなと思う次第です。皆様の馬生産の一助となれば幸いです。

日高育成牧場 生産育成研究室 浦田賢一

Line_album__250917_1    写真1. 外陰部からの膿汁

1_6         写真2

2026年4月 6日 (月)

水の重要性について

馬の栄養を考えるときには、エネルギーやタンパク質、ビタミン、ミネラルなどが話題に上ることが多いかと思います。話題となる機会は少ないものの、非常に重要で欠かすことのできない栄養素は「水」です。馬のカラダは60〜70%が水分で構成されており、血液循環や消化吸収、代謝老廃物の排泄、発汗による体温調節など、あらゆる生命活動を支える基盤となっています(NRC, 2007)。水が不足するとわずかな脱水でも運動能力の低下や食欲の減退が起こり、さらに重度に進行すれば疝痛や熱中症といった致死的な病態を引き起こします。今回は飼養管理を考えるうえで非常に重要な「水」について改めてご紹介いたします。

 

馬の水分要求量と影響因子

成馬の1日あたりの水分要求量は体重100kgあたり約5L、体重500kgの馬では25L前後が基準値とされています(NRC, 2007)。しかしこれはあくまでも目安であり、飼料内容や気温、湿度、運動強度などによって大きく変化します。特に、飼料の水分含量は飲水行動に直接影響を及ぼします。乾草主体の給与では飼料中の水分が少ないため飲水量は増加し、逆に青草を多く与える場合には青草中の高い水分含量によって飲水量が減少します(Geor et al., 2013)。一方で、飼料中の塩分や濃厚飼料の多給も飲水欲求を高める要因であり、日々の飼料設計も重要です。

また、環境温度も重要な影響因子となります。夏季は発汗量が増えるため飲水量も増加しますが、冬季は寒さにより飲水欲求が低下する傾向が報告されており、夏季と冬季で1日あたりの飲水量は15L程度の差があると言われています(Houpt, 2011)。冬季に水分摂取量が不足すると、消化管内容物の水分量が低下し、疝痛のリスクが高まる可能性があると言われています。特に氷点下環境では水が凍結しやすいため、加温して与える、あるいは凍結防止装置を活用するなどの工夫が必要となります。

輸送や環境変化によって、馬が水を飲まなくなった経験のある方も多いのではないでしょうか。これは馬が水の味や臭いの違いに敏感に反応するためです。鉄分や硫黄が多い水は嗜好性を損ない、摂取量の減少につながることが知られています。また、細菌汚染は下痢や感染症のリスクを高めるため、常に清潔で新鮮な水を供給することが重要です。環境変化による水分摂取量の低下を防ぐためには、普段から与えている水を持参する、甘味を加えて嗜好性を高めるなどの対策が有効と言われています(Geor et al., 2013)。

 

発汗と水分・電解質の喪失

温暖化の影響か、近年は北海道でも30℃を超えるとても暑い日が多くなってきました。馬は発汗によって効率的に体温を調整しますが、その代償として大量の水分と電解質を失います。激しい運動では1時間に10〜15Lもの汗をかくことがあり(Pagan, 1998)、高温多湿環境ではさらに多量の水分喪失が起こります。馬の汗にはナトリウム、カリウムなどの電解質が高濃度で含まるため、これらが水分と同時に失われることで体液の浸透圧や神経・筋肉の働きが乱れる可能性があります。そのため運動後には水とともに電解質を補給することが重要と言われています(Cymbaluk & Lindinger, 1998)。

 

実践的な管理のポイント

日常的な水分管理には、以下の取り組みが推奨されます。

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まとめ

水は最も基本的かつ見過ごされがちな栄養素です。水分要求量は飼料内容や気温によって大きく変動し、また不足すると熱中症や疝痛のリスクが高まります。今回の記事が、「水」について改めて考えるきっかけとなりましたら幸いです。

日高育成牧場 生産育成研究室 根岸菜都子

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