サラブレッドの発汗について
はじめに
今年の夏も猛暑といわれ、2年後の東京オリンピック開催に向けて、競技に参加するアスリートや観客に対する熱中症対策が話題になっています。真夏の中央競馬は、基本的に涼しい過ごしやすい地域で開催されていますが、真夏の猛暑から逃れられる競馬場はほとんどありません。当然のことながら、レースの後に熱中症を発症する競走馬は少なくありません。熱中症の大きな要因は脱水による体温上昇であり、脱水は発汗によって引き起こされます。
なぜ発汗するのか?
気温が高いときや運動した時に、体温の上昇を避けるために発汗します。運動中、筋肉を動かすためのエネルギーを生成するのと同時に、熱エネルギーが生成されます。この熱エネルギーが体内に貯まり続けると、体温は上昇していき、生理的な機能が正常に作動しなくなってしまいます。当然、体内への熱の蓄積が過度になると、生理機能が損なわれる以前に、運動の持続が不可能となってしまいます。そうならないために、運動に伴い発汗し、体内の熱を放散します。汗中の水分が熱を吸収するのと同時に、体表面の汗が蒸発する際に発生する気化熱により体表面の熱を奪います。
したがって、発汗によって効率よく熱を放散させるには、流れ出た汗がすみやかに蒸発することが好ましいといえます。発汗による放熱は、よく車のラジエターに例えられます。ライジエターは幾重にも層になった羽根から構成されていますが、これは空気に触れる表面積を大きくし、熱を放散がしやすくするためです(図1)。動物の放熱も体表面積が大きく、大気に接する面が大きい程、効果的に熱放散ができます。ヒトは体重60kgでその体表面積が約1.7m2であるのに対して、馬は体重500kgで約5 m2であり、体重当たりで比べるとヒトが体重1kg当たり約0.03 m2であるのに比べ、馬は約0.01 m2と3分の1程度しかありません(図2)。このことから、馬はヒトに比べて、効率的に熱を放散できない動物であることが分かります。
白い汗 ― ラセリン
馬が多量に発汗しているとき、汗が白くなっている様子がみられます。たまに、塩が多く含まれるため、汗が白くみえるという誤解がありますが、実際は塩のために白くなっているわけではありません。白く見えるのは、汗が細かい気泡によって泡だっているためです。汗が泡立つのは、汗中にラセリンと呼ばれる糖タンパク質が含まるためであり、このラセリンは洗剤などの界面活性剤と同様の性質があります。体表面の汗が蒸発することで、体表面の熱を放散できますが、効率的に汗が蒸発するためには、体表面で汗が広がる必要があります。ヒトの体表面には被毛がないため、汗は容易に体表面上で広がりますが、被毛のある馬の場合、通常であれば表面張力によって汗が広がりにくくなります。界面活性剤には表面張力を弱める作用があり、汗にラセリンが含まれることにより、被毛のある体表面上においても、汗が広がりやすくなります(図3)。洗髪の時、シャンプーが毛髪のうえで広がることを思いだしていただけば、このことがイメージしやすいのではないでしょうか。なにげなく見ている白い汗は、馬を暑熱から守る重要な役割をしているわけです。
馬の発汗量
いったい競走馬は、どれぐらい発汗しているのか?というのは興味のある話題です。一方で、馬の発汗量を調べるのは意外と難しく、その情報量は多くありません。馬が速歩(3.5m/s)で6時間走ったときの発汗量は約27kgであったことなどが報告されていますが、ほとんどが遅めの速度で長時間走ったときの発汗量について調べたものです。
私たちは、トレッドミル上で高強度の運動を負荷した時の発汗量は調べました。運動の内容は高強度の調教をイメージし、主運動としてハロン15~16秒のギャロップを2分行いました。その前後のウォーミングアップならびにクーリングダウンを加えた20分間の運動中の発汗量を調べました。発汗量は気候環境の影響を大きく受けるため、試験は夏期(気温30℃:湿度55%)、秋期(24℃:59%)、冬期(10℃:30%)のそれぞれ異なる時期に行いました。夏期、秋期、冬期の発汗量はそれぞれ、2.90、2.21、0.44kgでした(図4)。やはり、高温・多湿の夏期の発汗量が一番多くなりましたが、予想されていたよりも少ない結果でした。運動時の水分損失には、発汗のみでなく、呼気による肺からの水分蒸発も含まれます。このときの発汗量はトレッドミルで運動した20分間のみ測定でしたが、その後も発汗は続いており、酷暑時のレースにおける水分の損失量は約10kgに達するのではないかとされています。
おわりに
馬にとって運動時に生成される熱を放散するためには、発汗が重要な役割をします。馬の体表面積はヒトに比べると体の割に大きくないため、熱放散には多くの発汗が必要になります。汗中には水分同様に、ナトリウム・塩素・カリウムなどの電解質が多く含まれており、発汗に伴うこれらのミネラルの損失も非常に大きくなります。競走馬への暑熱対策には、水分ならびに電解質の補給が重要となってきます。
日高育成牧場生産育成研究室 主任研究役 松井 朗
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