陰睾について
陰睾とは
睾丸(精巣)は胎子期にはおなかの中に位置し、生後数日のうちに陰嚢内に下降します(精巣下降)。この精巣下降がうまくいかず、精巣がおなかの中に留まったものを陰睾(正式には潜在精巣)と言います。おなかの中に留まった精巣(潜在精巣)は造精能がなく、また男性ホルモン(テストステロン)の分泌能も低くなります。
誤った去勢
去勢とは、両方の睾丸を摘出することを指します。陰睾馬を去勢する際には潜在精巣も摘出しなければいけません。実際、片側の精巣のみが下降している片側性陰睾で、下降している精巣のみを摘出し、潜在精巣を残してしまうと、雄性行動が残ってしまうため去勢の意味がありません。ところが、しばしば片側性陰睾において潜在精巣を摘出せず、下降している一方のみを摘出して「セン馬」としてしまうことがあります(図1)。特に乗用馬では獣医師でない者が去勢することもあるようで、しばしば「セン馬のはずなのにメスに反応する」という相談を受けます。
図1 片側性陰睾で片方のみ摘出した馬。同馬は潜在精巣があるためオスだが、外見上セン馬と区別がつかない。
セン馬?オス馬?
セン馬は日本ダービーをはじめとする一部のレースに出走できませんし、性別は勝馬投票券の検討要因としてお客様に開示していますので、牡馬とセン馬とを明確に区別する必要があります。乗馬においては、競技上の大きな問題はないかもしれませんが、競馬よりも初級者が取り扱う場面が多く、牝馬と混合飼養している厩舎で事故を招くリスクにもなります。
陰睾のほとんどが片側性であり(いわゆる片金)、この場合にはもう一方の精巣が陰嚢内に存在しますので鑑別は容易です。しかし両側性の場合には外見上オスかセン馬か判断ができずに問題となります。日本では競走馬の去勢はそれほど多くありませんが、ウマにおける陰睾の発生率は5~8%と他の動物より高いこと、若馬は興奮時睾丸が挙上しやすいことなどから、陰睾馬とセン馬の鑑別に悩むシーンは決して珍しくありません。
従来の鑑別法
では、外見上判断が難しい陰睾馬とセン馬はどのように鑑別するのでしょうか?従来の検査法を表1にまとめました。手術痕の確認、健康手帳の去勢手術証明は簡便ではありますが、手術痕は次第に小さくなりますし、獣医師でない方が手術する場合には証明を記載しないこともあるようで、確実とはいえません。
エコー検査で潜在精巣を確認することができますが、これも経験のある獣医師でなければ「ない」ことを証明するのは難しいものです。テストステロン検査においては、テストステロンが精巣以外の副腎からも分泌されていること、ウマは季節性があり冬季には牡馬であっても著しく低下することなどから確実ではありません。そこで、hCG負荷試験が推奨されています。hCGは牝馬に排卵を誘発する薬剤ですが、オスに投与すると男性ホルモン産生を促します。つまり、hCGを投与して男性ホルモンが上昇すれば精巣があるオス(陰睾)、上昇しなければセン馬ということです。ただし、これも性成熟していない1歳未満や冬季はオスであっても反応性が低く、判断できないこともあります。また、本検査法は二日にわたる複数回の採血が必要であること、競走馬において人為的にテストステロン産生を促すことはドーピング上好ましくなく、手軽に実施しづらいというデメリットがあります。
新たな診断方法
上述のように、意外と厄介な鑑別検査ですが、当研究室で測定しているAMHというホルモンを測定することで簡単に鑑別できることが分かりました。AMHは精巣から分泌されるホルモンで、陰睾馬はオスと同程度の血中濃度を示す一方、セン馬はゼロとなります(図2)。AMHがテストステロンと違う点は、精巣のみから分泌されることに加えて季節性がなく、幼少期も十分に分泌されているという点です。AMHをこのような目的で利用することは人間界ではなく、ウマ特有の利用法と言えるでしょう。
表1 オス馬・陰睾馬・セン馬の鑑別検査法
図2 牡馬と陰睾馬でAMHが検出されるのに対し、セン馬では検出されない
日高育成牧場・生産育成研究室 村瀬晴崇
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