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2021年6月16日 (水)

卵巣静止に対するデスロレリン・ブセレリンを用いた発情誘起

 高齢、寒冷、日照や栄養の不足、あるいは生殖器疾患などが原因となり、繁殖牝馬の卵胞が発育せず排卵しなくなった状態のことを卵巣静止といいます(図1)。この卵巣静止に対する治療法としては、デスロレリンやブセレリンといった排卵誘発剤を少量ずつ継続して筋肉内投与する方法が提唱されていますが、今回はそれら治療法の詳細とJRA日高育成牧場での治療例についてご紹介します。

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図1.卵巣静止と診断された卵巣の超音波画像

日高軽種馬農協による調査研究

 排卵促進剤の一つであるデスロレリン(150μgを1日2回筋肉内、卵胞が35~40mmに発育するまで毎日、図2はデスロレリン注射剤)には、卵胞の発育を促進させる効果があると考えられています。2014年から2016年にかけ、柴田獣医師らのグループが87頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いて行った調査によると、デスロレリン投与によって卵胞が35~40mmまで発育した繁殖牝馬は68/87頭(78.2%)、その平均治療日数は5.3日(3~14日)であったと報告されています。また、卵胞の発育後、交配から2日以内に排卵した繁殖牝馬は43/46頭(93.5%)と報告されているため、卵胞が発育してしまえばそのほとんどが排卵に至ることは明らかですが、実際に受胎した繁殖牝馬は28/66頭(42.4%)と低い割合にとどまりました。しかしながら、残念ながら不受胎であっても33/38頭(86.8%)が排卵後に正常な発情サイクルを取り戻し、通常の方法での交配に移行できたことも確認されています。

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図2.デスロレリン注射剤(輸入薬)

妊娠中に骨折し、栄養状態が悪くなった繁殖牝馬の一例

 JRA日高育成牧場で繋養する繁殖牝馬のうち分娩後に無排卵状態に陥った症例についてご紹介します。この馬は3歳未勝利で引退した後に繁殖入りし(引退の理由は両後肢の第三中足骨々折)、4歳で受胎しました。しかし、妊娠7ヶ月目に放牧地で両後肢の第一趾骨々折を発症し、骨折部の螺子固定術を実施しています。この馬を管理するにあたり、胎子の健全な発育を優先すると運動量を確保するために放牧管理をしたいところですが、当時は下肢部の状態を考慮すると運動を制限(馬房内休養でウォーキングマシンによる運動のみを負荷)せざるを得ないとの判断に至りました。また、疝痛予防の観点から、濃厚飼料の給餌量も必要最小限まで抑えられました。その結果、症例馬のBCS(ボディコンディションスコア)はみるみる低下することとなりました。翌年3月になんとか健康な子馬を分娩しましたが、この時点のBCSは4点台まで低下しており、分娩後もBCSを増加させることはできませんでした。症例馬の卵胞は、分娩後も約1ヶ月発育せず、排卵もみられませんでした。

 この馬に対して、先にご紹介したデスロレリン投与を試してみたところ、投与開始から9日後の超音波検査で卵胞が35mmまで発育していることが確認されました。そこで、別の排卵促進剤であるhCG(3,000IU)を投与して翌日に交配したところ、交配の翌日に排卵が確認できました。症例馬については、その後も交配2週間後の妊娠鑑定での受胎が確認されています。

 このように、何らかの原因(今回は給与量不足)により卵胞が発育しなくなってしまった繁殖牝馬の治療の選択肢の一つとして、デスロレリンを少量ずつ筋肉内投与する方法が有用であることがわかりましたが、現在のところ、デスロレリン製剤は国内では製造されておらず、海外からの輸入に頼るしかありません。そこで、国産で流通する製剤中で、デスロレリンと同様の効果を有するブセレリンに注目しました。

米国ケンタッキー州ハグヤード馬医療機関での調査研究

 卵胞の発育不全が認められた79頭のサラブレッド繁殖牝馬を用いた調査では、ブセレリン注射剤(図3)12.5μgを1日2回筋肉内投与することにより、卵胞が35~40mmに発育した繁殖牝馬は71%、その平均治療日数は10.42日であったと報告されています。デスロレリンとは異なり卵胞の発育後に排卵まで至ったものは64%とやや少なかったのですが、投与後の受胎率は72%と高い割合を示しました。

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図3.ブセレリン注射剤(国産薬)

ライトコントロールを行っても発情が来なかったあがり馬の一例

 JRA日高育成牧場において、ブセレリンを用いて発情誘起を行った一例をご紹介します。症例馬は6歳12月に競走馬を引退し、翌月より繁殖牝馬として当場に入厩しました。入厩後、すぐにライトコントロールを開始しましたが、3月下旬になっても発情がみられなかったため、超音波検査を行ったところ、左右の卵巣に大きな卵胞が全く存在しないことが確認できました。そこで、ブセレリン投与による発情誘起を試みることとし、国内に流通するブセレリン注射剤であるエストマール注(図1)を前述のハグヤード馬医療機関の報告に沿って投与を開始しました。投与開始6日後より、超音波検査にて卵胞が大きくなり始めたことが確認でき、10日後には排卵直前の基準である35mmにまで育ちました。そこで、排卵誘発剤のhCGを投与した翌日に種付けを行ったところ、種付け翌日のエコー検査で排卵が確認できました。この馬も交配2週間後の妊娠鑑定で受胎していることが確認されています。

 卵巣静止の発症原因は様々ですが、その治療の選択肢の一つとして、今回ご紹介した方法についてもご検討いただけましたら幸いです。今回の方法での治療については、かかりつけの獣医師にご相談ください。

日高育成牧場 専門役 遠藤祥郎

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