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2021年9月

2021年9月22日 (水)

当歳馬へのローソニアワクチン投与について

 本年も当歳馬を離乳する時期となりましたが、離乳は子馬にとって非常に大きなストレスのかかる出来事です。生産者のみなさまは、いかに離乳によるストレスを軽減して、子馬を無事に育てていけるかを考えていることかと思います。離乳後の当歳馬に頻発して成長を阻害してしまう病気として、ローソニア感染症をご存じの方も多いと思います。今回は、ローソニア感染症を予防するためのワクチン投与方法について、最近の知見を交えながらご紹介していきたいと思います。

経済的損実を伴う当歳馬のローソニア感染症

 ローソニア感染症は、Lawsonia intracellularisという細菌の感染によって引き起こされる病気です。小腸の粘膜細胞内で増殖して下痢などの腸炎症状を起こすことから、馬増殖性腸症とも呼ばれています。腸管粘膜の細胞が異常に増殖して栄養の吸収に障害が生じることから、短期間で体重が減少して削痩してしまうことが大きな問題となります。下痢が主な症状の一つですが、症状として示さない場合もあり、そのような場合は発見が遅れてしまい、回復までに時間がかかってしまう場合もあります。したがって、本病が最も頻発する離乳後の当歳馬に、元気消沈や体重減少、低たんぱく血症に由来する浮腫(むくみ)などの臨床症状を認めた場合には、すぐさま獣医師に相談して早期発見・早期治療をすることが重要になります。

 発症が認められた場合であっても、テトラサイクリン系やマクロライド系の抗生剤を用いて適切に治療を行えば、予後は良いと言われています。しかしながら、重篤な症例においては、長期間(数週間)の投薬により多大な治療費がかかることがあります。また、治療に成功したとしても、減少した体重が元に戻るまでには数か月を要することもあり、感染した当歳馬が1歳馬になった時点でも影響が残ることが考えられます。アメリカで行われた調査では、同じ種牡馬の産駒をローソニアに感染した馬と感染していない馬に分け、1歳セリでの売却価格を比較したところ、感染した馬の価格が有意に低かったことが報告されています。このように、ローソニア感染症に当歳馬がかかると、多くの点で経済的な損失を被ることになります。

菌の侵入防止が困難

 発症を防ぐためには、原因菌の侵入を防ぐことが求められます。パコマやビルコンといった軽種馬産業で一般的に用いられている消毒薬は有効ですので、発症馬が認められて厩舎を消毒する際には、積極的に使用することが勧められます。しかしながら、発症が認められた場合には、すでに同居馬の多くが症状を示さない状態で感染(不顕性感染)していることが知られており、厩舎内に菌が蔓延しているものと考えられます。保菌している馬は、最大で半年以上も菌を排出することが知られており、さらに排出された菌が糞中で2週間にわたって生存することも知られています。つまり、一度汚染されてしまった厩舎を清浄化するには多大な労力が必要となります。

 Lawsonia intracellularisは豚に感染することが良く知られているほか、ネズミ、ウサギ、シカといった野生動物にも感染することが知られています。最新の遺伝子解析の結果からは、馬に感染する菌は豚に感染する菌とは遺伝的に遠い系統である一方で、野生動物に由来する菌とは近い系統であることが判明しています。そのほか、ローソニア感染症の発生した農場において、捕まえたネズミの70%以上が保菌していたという調査結果もあります。以上のことから、馬のローソニア感染症においては、ネズミや野生動物が原因菌を媒介している可能性が考えられ、厩舎内への菌の侵入を防ぐことは非常に困難であると思われます。

ワクチン投与方法

 原因菌の侵入防止が困難であるローソニア感染症の予防のために、豚用弱毒生ワクチンが開発されており(写真1)、世界各国で使用されています。馬での使用方法は、当歳馬1頭に対して30mlを30日間隔で2回にわたり、経直腸(肛門から)で投与します(写真2)。投与時期は、離乳前に投与することが理想的ですが、寒くなった時期の寒冷ストレスでも発症することが知られていることから、当歳の秋までに投与を完了することが求められます。もしも発症馬が出た場合には、その厩舎全体が菌により汚染されることになりますので、厩舎内にいるすべての当歳馬に投与することが重要です。

 豚でのワクチン投与方法は経口(口から)による方法が承認されており、簡便さを考えると馬でも経口で投与を行いたいところです。しかし、海外での当歳馬を用いた経直腸と経口を比較した投与方法の検討結果によると、経直腸の免疫付与効果の方が高かったことが報告されています。さらに、JRAが1歳馬を用いた投与方法を比較した調査においても、同様に経直腸の免疫付与効果の方が高いという結果が得られています。

終わりに

 2009年に国内で初めて確認された馬のローソニア感染症は、現在でも多くの牧場で感染が続いています。発症馬に対する経済的損失が大きいことや汚染された厩舎を清浄化することが困難なことから、当歳馬に対するワクチン投与は非常に有効な対処法となります。現時点では、市販されているワクチンは馬では承認されていませんが、現在馬での承認を目指して研究が続けられています。今回の記事を参考にしてワクチン投与を行い、ローソニア感染症にかかる当歳馬が1頭でも少なくなることを願っています。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

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写真1 豚用弱毒生ワクチン

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写真2 当歳馬への経直腸投与の様子