« 2021年7月 | メイン | 2021年9月 »

2021年8月

2021年8月31日 (火)

蹄壁異常の症例紹介

 暑さが厳しいなか、皆様も忙しい毎日を過ごされていることと思います。さて今回の「強い馬づくり最前線」では近年、美浦トレーニングセンターにおいて確認された、複数肢同時期に発症する全周性の蹄壁異常を示す蹄疾患と、それに対して行われた装蹄療法についてご紹介したいと思います。

 

~症状~

 まず、この蹄疾患の症状として蹄の熱感、疼痛、指動脈の拍動強勢、強拘歩様を呈し、そして最大の特徴は複数蹄の同じ高さに異常が起こる点です(写真1)。歪(ゆが)みや横裂が顕著になった蹄では激しい疼痛と、蹄骨の変位、排膿も確認されました。当初は蹄葉炎が疑われましたが、蹄壁に異常な歪みと横裂を有する特異的な症状を示しており、病変部分の蹄角質やたてがみからセレンの高度沈着が確認されたことから、セレン過剰症が原因だったのではないかと考えられました。

1_2写真1

~蹄の歪みとセレンの関係~

 セレンとは自然界の水や土壌などに含まれる元素で、人や馬にとってごく少量ながら必要とされる栄養素であることから必須微量ミネラルと言われています。適量を摂取することは必要なのですが、過剰に摂取すると人では脱毛や爪の変形、嘔吐や下痢、神経過敏などの症状が出ることがあると言われています。

 馬での報告は少なく、よくわからないところが多いのですが、セレン過剰により広範囲に横裂が生じる原因として、セレンが過剰に摂取された期間に生成された角質部がセレンの高度沈着により脆弱化し、その部分が力学的ストレスに耐えられなくなり、歪みや横裂などの異常が起こるのではないかと考えられています。

 

~装蹄療法~

 昨年11月に行われた「第62回競走馬に関する調査研究発表会」において、美浦トレーニングセンターの大西らがこの症状を呈した競走馬3頭に対して新しい装蹄療法を行い、良好な成績が得られたとの報告がありました。

 この装蹄療法では物理的疼痛や力学的ストレスの緩和、失われた蹄壁堅牢性の補強を目的として次のように実施されました。

  • 横裂部周囲の脆弱な角質を可能な限り除去(写真2左上)
  • 深屈腱への緊張の緩和を目的とした極端な短削(写真2左上)
  • 地面の凹凸からの影響を軽減するため、遠位角質を可能な限り鑢削(写真2左上)
  • アルミプレート(写真2左下)とエクイロックスにて上下の蹄壁に橋を渡すように接着補強(写真2右)
  • 蹄壁の堅牢性を確保するのと同時に蹄機作用を抑制するため、プレート下端が蹄鉄に乗るように接着装蹄(写真2右)
  • 横裂の一部を排膿口として利用

 

2写真2

 急性期では、蹄葉炎予防と、蹄壁にかかる力を蹄底に分散させるため、蹄底充填剤を使用し(写真3左)、また、蹄全体をキャスト固定(写真3右)することで蹄機の抑制や蹄壁の補強を高めることもありました。その後、蹄の状況に合わせて改装を行い、今回装蹄療法を実施した馬では、約4~7ヵ月ほどで、蹄釘での装蹄ができるようになって装蹄療法は終了となりました(写真4)

3写真3

4_2写真4

~最後に~

 深い全周性の歪みや横裂が生じる症例は、単肢に起こるだけならばそこまで難しいことにはならなかったと思われます。しかし、今回は、複数肢同時期に蹄壁異常が発生し、負重の偏りが起こることで、蹄葉炎のリスクと装蹄療法の難易度が非常に高くなったそうです。今回、これまで経験のない症状に遭遇したわけですが、状態を精査し的確な方法を考え出すことで装蹄療法が成功し、健常な蹄に更新することができたのだと思います。

 今回ご紹介した症例を通して、少しでも皆様の参考になることができましたら嬉しく思います。

日高育成牧場 装蹄師 荻島靖史

人馬の信頼関係の強化:鈍化編 ~リトレーニングプログラムの応用~

はじめに

 昨年10月の馬事通信「強い馬づくり最前線第249回」では、馬の『パーソナルスペース』を活用した『駐立』調教についてご紹介させていただきました。今回は、様々な『刺激』に慣らすと同時に『刺激』を区別することを教える『鈍化:Desensitization』についてご紹介します。

 

鈍化(Desensitization)とは?

 『鈍化:Desensitization』とは、馬が怖がるような不快な『刺激』を受けても、恐怖心を克服して常に平静を装うことを教えるトレーニングです。しかし、『鈍化』は馴化(じゅんかHabituation:刺激に馴らす作業)とは異なります。『馴化』だけを実施すると、人がどんなに働きかけても動かない、鈍感なだけの馬になってしまいます。『鈍化』は、突然の物音等の『感じてほしくない刺激』には動じず、扶助や合図などの『感じてほしい刺激』には敏感な馬を育てるための調教です。

『馴化』の調教法

 馬は、不審(不快)な『刺激』を察知したら即座に逃げる生き物です。逃げることで身を守りますが、いつまでも逃げ続けるわけではありません。危険から逃げ続け、疲れ果ててしまっては新たな危機に対応できません。しばらく逃げたら立ち止まって安全を確認します。『馴化』は、馬が『逃げた後に立ち止まる』習性を利用します。『馴化』に際して、我々は釣り竿に括り付けたビニール袋(写真①)を利用します。釣り竿を振ってビニール袋を揺らすと馬は逃げます。逃げるのは身を守るための当然の行動であり、悪いことではありません。無理に抑えずに馬と一緒に動きながらビニール袋を揺らし続けます。立ち止まったら即座に止めて『刺激』を“Off”にし、馬を誉めます。もう一度同じ様に揺らしても、馬は最初ほど驚かず、逃げてもより短い時間で立ち止まります。同じことを繰り返すうちに、『刺激』を受けても我慢(駐立)を選択するようになります。このような刺激に馴らすためのコツは、一定のリズムで動かし続けることです。また、小さな刺激から徐々に馴らしていくとよいでしょう。最初はビニール袋のみを手で保持して馬体を触ることから馴らすと容易かもしれません。

Photo_15

写真①釣り竿に括り付けたビニール袋による馴化

 ビニール袋を用いた馴化で大切なことは、『刺激』を“Off”にすることで馬を止めるのではなく、馬が止まったら “Off”にすることです。“Off”のタイミングを間違えると、馬は『逃げれば刺激から解放される』と誤解してしまい、リアクションは変わらないか、より大きくなります。怖がる『刺激』や嫌がるポイントは、馬によって異なります。ビニール袋は我慢できても、ビニール傘やブルーシートを怖がる馬もいます。また、馬体の左から受ける『刺激』は我慢できても、馬体の右側や顔の周り、下肢周辺、後方からの『刺激』を我慢できない馬はたくさんいます。『刺激』の種類や敏感な部位に違いがあっても、トレーニングの要領は変わりません。『リーダー』である人から不快な『刺激』を受けても、立ち止まって我慢すれば “Off”にしてもらえることを理解させます。このようにして『刺激』と『反応』を結びつける(条件づける)手法を、心理学では『負の強化』と呼びます。

『鈍化』への発展

 先ほどもお話しした通り、『馴化:負の強化』のみでは鈍感なだけの馬ができてしまいます。動じない、しかし『リーダー』の合図には敏感に反応する馬を作るためには、『刺激』を区別することを理解させなければなりません。文章にすると難しく感じますが、調教方法は単純です。『馴化』のトレーニングの合間に、グラウンドワークによる停止・発進、パーソナルスペースを利用した働きかけを織り交ぜます。『感じてほしくない刺激』を与えて我慢させたい時には『ホー』などの馬を落ち着かせる音声扶助を、発進の合図などの『感じてほしい刺激』を与える際は舌鼓などを併用するのも効果的です。

 セリ会場のような、初めて訪れる場所で馬を落ち着かせるのは大変です。しかし、『鈍化』がマスターできるような信頼関係が構築できていれば、グラウンドワークの手法で馬の注意を『リーダー:人』に集中させることも、馬が怖がる『刺激』に短時間で慣らすことも可能だと思います。

終わりに

 JRAでは、人馬が理解し易い『簡易なリトレーニング手法の普及』を目的として、昨年6月に“引退競走馬のリトレーニング指針(サラブレッドの理解とグラウンドワーク)”という冊子を作成しました。これまで4回にわたって紹介した内容は、全てこの冊子に基づいています。リトレーニング指針の基本理念は、馬の生活や思考様式を理解し、人が要求することを馬に“問いかけ”、馬自身に“回答を導き出させる”、つまりは『馬の視点』で問題の解決方法を考えることです。このようなアプローチは、馬の品種や年齢、性別に関係なく有効だと考えています。冊子に興味をお持ちの方は、下記までご連絡下さい。

 馬事公苑 宇都宮事業所 ☎028-647-0650(月・火曜定休)

馬事公苑 診療所長 宮田健二

 

母乳中の栄養成分について

はじめに

 生後まもない子馬にとって母乳は唯一の餌であり、そこに含まれる栄養が健康な成長にとって不可欠であることは言うまでもありません。母乳が子供にとって重要な栄養源であることは全ての哺乳動物において共通ですが、動物種により母乳に含まれる栄養成分は少し異なります。今回は、馬の母乳中の栄養についてお話しします。

 

Photo_14

馬の母乳中の炭水化物・脂質・タンパク質

 馬の乳中の炭水化物、脂質およびタンパク質含量について、牛およびヒトの乳と比較します(表1)。乳中に含まれる炭水化物のほとんどは乳糖ですが、馬の母乳中の乳糖含量は5~6%であり、牛より多くヒトより少なく、一方で、脂質含量は2~3%であり、牛やヒトに比べて低いことが知られています。馬の母乳中のタンパク質含量は、1.7~2.2%であり、ヒトより多く牛より少なくなっています。母乳中のタンパク質含量は、生まれてからの成長速度が早い哺乳動物ほど多いことが知られています(図1)。タンパク質はエネルギーの基質であると同時に、筋肉や骨などの基となる物質ですから、成長が早いほどタンパク質の需要が高まることからこの関係は当然であるといえます。馬の成長速度は早い印象がありますが、実際は他の哺乳動物に比べると早くはありません。肉食動物に捕食されやすい動物ほど早く成長するよう進化してきた一方で、出生時すでに体が大きく、速く走ることのできる馬や、危険から逃げる知恵のあるヒトは、進化の過程において早い成長は必要なかったのかもしれません。

Photo_7

Photo_8

 

 海外の指導書等において、馬が母乳を飲めなくなったときに、通常の牛乳でなく市販の低脂肪乳にグラニュー糖などを加えて給与することで牛乳を代用乳として利用することは可能であるように記載されていることがあります。しかし、牛乳と馬の母乳ではタンパク質含量が異なると同時に、タンパク質の種類にも違いがみられます。乳中のタンパク質は、ホエー(乳清)タンパク(以下 ホエー)とカゼインタンパク(以下 カゼイン)の2種類に分けることができ、乳からチーズがつくられる過程において、チーズの原料である沈殿物に含まれるタンパク質がカゼインで、上澄み液に含まれるのがホエーです。ホエーは、カゼインに比べ消化吸収されやすいのですが、牛乳中のホエーはタンパク質全体の20%以下であるのに対して、馬の乳中のホエーはタンパク質の約40%を占めます。すなわち、子馬は、牛乳に比べ母乳のタンパク質を速やかに消化吸収できることになります。このことから、牛乳の糖や脂質の含量を馬の乳と同様に調整しても、牛乳を代用乳として子馬に給与することは好ましくないと考えられます。

 

初乳の栄養

 ヒトとは異なり馬は、胎子期に胎盤を介して免疫を獲得できないため、子馬は初乳から免疫グロブリン(IgG)などの抗体を獲得する必要があります。そのため、初乳は抗体を獲得するための媒体として注目されがちですが、栄養の供給源としても非常に重要です。子馬は胎子期に胎盤から供給された糖(グルコース)により、出生後もしばらくは血糖値を維持することができます。しかし、哺乳を未経験の子馬が、口をすぼめて空中で乳を吸う仕草をすることがありますが、この行動は血糖値の低下による空腹感に起因するものとされています。すなわち、子馬は出生後の早い時間より栄養を欲しており、初乳こそがその供給源となります。

 通常の母乳中の固形分含量は11-12%であるのに対し、初乳には25%以上の固形分が含まれます。また、初乳中にはタンパク質が約20%も含まれており、その量は分娩後1週間で5分の1以下に減少します。初乳の脂肪含量は約1.5~3%ですが、泌乳期の経過に伴い約1~2%に減少します。一方、初乳中の乳糖は約1.5~4%程度ですが、分娩後1週間で約6-7%に上昇します。 子馬が2~15日齢頃によくみられる下痢症状は、母馬の初回発情時期と重なることから俗に“発情下痢”と呼ばれることがありますが、実際は子馬の下痢と母馬の発情に因果関係はありません。かつては、発情下痢は母乳中の乳糖の増加によるものではないかと考えられていましたが、馬の乳糖分解酵素の活性は出生直後がピークであり、ヒトの乳糖不耐症のような乳糖の分解が不十分なことによる下痢ではないようです。近年では、食糞や口から乳以外の飼料や雑菌を取り込むことで腸内細菌層が変化したことにより下痢を発症するのではないかと考えられています。さらに、初乳中にはミネラルやビタミンについても、通常の母乳に比べ多く含まれることが知られています(表2)。このように、初乳に含まれる栄養の濃度が高いことにより、母乳を吸う力が弱い生まれたての子馬が、効率よく栄養を摂取できるようになっています。

Photo_12

母乳の成分改善のための研究

 泌乳中や妊娠中の母馬への給与栄養により、母乳中の成分を改善する試みがいくつかの研究で行われています。母馬に濃厚飼料もしくは粗飼料を多給したときの乳中の脂肪酸を比較したとき、粗飼料多給の母馬の乳中リノレン酸濃度が高くなったことが報告されています。子馬では濃厚飼料の摂取により胃潰瘍が発症する可能性が指摘されていますが、ヒトではリノレン酸には胃粘膜を保護し胃潰瘍発症の予防効予防効果があることが知られています。そのため、研究者らは母馬への粗飼料の給与量を増やすことで、母乳中のリノレン酸含量を増加させることは、子馬の胃潰瘍予防に有効かもしれないと考察しています。

 母馬へのビタミンEの補給により乳中のビタミンE濃度が増加し、さらには母乳を介して子馬の血中ビタミンE濃度が上昇したことが報告されています。さらには、ビタミンEが細胞の抗体産生を刺激することで、乳中のIgGが増加したことが報告されています(図2)。

 

Photo_13

おわりに

 母乳により子馬に適切に栄養が供給されることを期待するためには、まずは妊娠中から泌乳期間の母馬に適切な栄養の給与を心掛ける必要があります。そのためには、母馬のボディコンディションスコアをつけながら飼料の給与量を調整することが有効ではないかと考えています。

日高育成牧場 上席調査役 松井 朗

喉の病気と内視鏡検査

競走馬の喉の病気

 競走馬の喉の病気の中には、喉の披裂軟骨の一方(主に左側)が十分に開かない【喉頭片麻痺(LH)】や、強い運動時にヒダや声帯が気道の中心側に倒れてしまう【披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)】、【声帯虚脱(VCC)】などがあります(図1)。原因はさまざまですが、呼吸の際に鼻孔から吸い込んだ空気の通り道が喉で狭くなってしまい、結果的に競走能力を発揮することができないこと(プアパフォーマンス)が問題となります。これまでの競走馬に関する研究により、走行距離が伸びるほど有酸素エネルギーの負担割合が増加すること、また、短距離のレースでさえ走行エネルギーのおよそ70%を有酸素エネルギーに頼っていることが明らかとなっていることから(長距離レースでは86%)、競走馬にとって気道の確保がいかに大切かご理解いただけるかと思います。今回は、そんな喉の病気の検査方法についてご紹介します。

Photo_3図1:喉の疾患の内視鏡像

Photo_4図2:安静時内視鏡検査

診断方法(内視鏡検査)

 基本的には、気道内を観察するためのビデオスコープを馬の鼻孔から挿入し咽喉頭部を観察する安静時内視鏡検査により喉の疾病を診断しています(図2)。「ノドナリ」と呼ばれることもあるLHの診断方法としてご存じの方が多いかと思われます。一方、そのLHの症状がプアパフォーマンスの原因となるほど重症かどうかは、馬に運動負荷をかけないと正確に診断しにくいことや、ADAFおよびVCCなど運動時にのみ症状を表す疾病の存在が注目されるようになったことで、馬をトレッドミル上で走らせながら内視鏡検査を実施する運動時内視鏡検査が盛んに行われるようになりました(図3)。近年では、人が騎乗してより強い運動負荷をかけた状態の喉を観察できるオーバーグラウンド内視鏡(OGE)が開発され(図4)、実際の調教で高速走行中の状態を観察することで、安静時の内視鏡で発見できなかった病気が発見できるようになっています。しかし、どちらの運動時内視鏡検査もトレッドミルやOGEなどの特殊な器材が必要になること(JRAでは、美浦・栗東の両トレセン競走馬診療所、日高育成牧場にトレッドミルとOGEが設置されています)、特にOGEは熟練した獣医師による器材装着が必要となることから、検査を受けるチャンスが限定されているのが現状です。

Photo_5 図3:運動時内視鏡検査(トレッドミル)

Oge

 図4:運動時内視鏡検査(OGE)

詳細情報

 競走馬の様々な喉の病気の症状や治療法、詳しい運動時内視鏡検査の応用方法についてはユーチューブ動画「ホースアカデミー 馬の上気道疾患 ~咽喉頭部の内視鏡検査~」(URL、QRコード参照)にて解説していますので、是非ご視聴ください。今回ご紹介した運動時内視鏡検査が皆様の愛馬の喉の病気を診断する一助としていただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=QQb62hFdRPQ&t=629s

 

日高育成牧場 生産育成研究室 琴寄泰光

2021年8月30日 (月)

繁殖関連の最新研究(AAEP2020)の紹介

 AAEP(米国馬臨床獣医師協会)は世界中に9000人の会員を抱える団体で、毎年年末に大規模な学会を開催しています。昨年はCOVID-19のためオンラインでの開催となりましたが、現地開催と変わらず多くの臨床研究が発表されました。本稿では「最前線の研究紹介」ということで、身近な繁殖疾患に関する3演題を紹介いたします。普段の業務に直結する情報ではありませんが、世界の馬繁殖研究の一端を知っていただければ幸いです。

顆粒膜細胞腫の術後成績

 ケンタッキーで有名な馬病院ルードアンドリドルのスペイセック氏は「顆粒膜細胞腫72症例の術後成績」を発表しました。これほどの術後成績をまとめた報告は世界で初めてです。顆粒膜細胞腫はウマで最も一般的な卵巣腫瘍であり、ホルモン分泌異常により不妊となるため、治療のためには罹患卵巣を手術により摘出しなくてはなりません。症例の平均年齢は9歳、術後最初の排卵は174.5日後、最初の妊娠診断は302日後、分娩は739日後でした(図)。一般に、顆粒膜細胞腫は卵巣静止(無発情)となりますが、興味深いことに半数は正常な発情周期を保っている状態でした。また、過去の報告では術後6か月までに半数が発情回帰し、さらにその半分程度が妊娠に至っています。

PBIEに対するPRP療法

 イリノイ大学の研究チームは持続性交配誘発性子宮内膜炎PBIEに対するPRP (Platelet Rich Plasma、多血小板血漿)の有効性を報告しました。子宮内に射精された精液が子宮内膜炎を誘発することを交配誘発性子宮内膜炎といい、これ自体は正常な生理反応ですが、これが持続すると受胎率を低下させてしまう要因となります。PRPとは血液を遠心分離することで得られる血小板成分が濃縮された血漿で、さまざまな成長因子やサイトカイン、殺菌および抗炎症因子が含まれていることから治癒促進や疼痛軽減などを目的にヒト医療でもよく用いられています。PBIEに罹患しやすい牝馬に対してPRP(40ml)を子宮内投与したところ、子宮内貯留液の量、炎症(細胞診における白血球数)、細菌数、受胎率で対照群に比べて良い成績でした。PRP療法が繁殖領域においても有用であることを示す大変興味深いデータです。ただし、この実験プロトコールは交配の48,24時間前および6,24時間後の合計4回も投与しているため臨床現場で4回も行えるのか、PRPの精製にかかる手間と時間に見合う価値があるのか、一般的な子宮洗浄や薬液注入と比較してPRPがどれほど有効なのかといった点についてはさらなる検証が必要と思われます。

感染性胎盤炎の診断マーカー

 ケンタッキー大学のフェドルカ氏は感染性胎盤炎における診断マーカーとして炎症性サイトカインのインターロイキン(IL-6)が有用であることを発表しました。ケンタッキー大学は胎盤炎について精力的に研究しているグループです。この研究では実験感染させた妊娠馬において、羊水、尿水、母体血液中のIL-6濃度が対照群に比べて有意に高い値を示しました。IL-6はヒトの羊膜感染の診断マーカーとして用いられていますが、ヒトとは胎盤構造の異なるウマにおいても母体血中のIL-6測定が有用であるとは興味深いデータです。現在、ウマの妊娠異常を診断するツールとしてホルモン検査がありますが、これは胎子胎盤の異常を検出する指標であるのに対して、IL-6は感染に特異的である可能性が考えられ、子宮内というアプローチが難しい胎子に対する診断の一助となるかもしれません。

pastedGraphic.png

図 罹患馬の情報および術後の経過

日高育成牧場 生産育成研究室 村瀬晴崇

ブリーズアップセールを振り返って

 昨年のJRAブリーズアップセール(BUセール)は、コロナの影響によるメール入札方式というイレギュラーな開催方式であったうえ、様々な制限で購買者が直接馬を見る機会が限られていたセールでしたが、本年のBUセールは、購買関係者が馬を見る機会を確保したうえで、セリ会場でのせり上げとオンラインビッドを組み合わせた「ハイブリッド方式」で開催しました。本年度最初に開催される国内セールということで、後続のセールに及ぼす影響もあることから「購買関係者に直接馬をご覧いただき、セリ会場でセリを行いたい」という強い思いで各種の感染症対策を行いながら運営にあたりました。売却成績や注目馬については、これまでの馬事通信内でも紹介されていますので割愛いたしますが、今回のセールについてセール運営者の立場からキーワードとともにご紹介いたします。

オンラインビッド

 BUセールではコロナ感染症対策や購買者の利便性を考慮して、初めてオンラインビッドを併用しました。民間の競走馬オークションサイトで行われているような複数頭を同時進行でせり上げるインターネットオークションとは異なり、鑑定人が会場とオンライン双方のビッドを捌きながら進行するハイブリッド方式で行いました。「遠隔地からでもリアルタイムでセリに参加できる」ことが大きな特長です。遠隔地からのオンラインビッド導入は今回のBUセールが国内で初めてでしたが、事前の準備やテストを行っていたこともあり大きな混乱もなく、セリ総参加者の半分近い方々に利用していただきました。オンラインによる落札頭数も全体の3割を超える数字となりました。

 今後のインターネットオークションやオンラインビッドの活用は、コロナ対策としてはもとより、様々な理由でセリ会場に足を運べない購買者にとって利便性向上につながるのではないかと期待されます。

pastedGraphic.png pastedGraphic_1.png

2021年ブリーズアップセールの成績(ビッド方式別)

跛行(深管骨瘤)による欠場

 ブリーズアップセールは「徹底した情報開示」と「わかりやすいセール運営」を目指しています。「現時点で今後の調教や競走に耐えうると判断された馬」という上場基準のもと、育成牧場の獣医職員だけでなく本部やトレセンの獣医職員など複数の眼で上場の可否の判断や調教進度遅れ(スピードを抑えた騎乗供覧を行い上場する馬)の判断をおこなっています。本年も上場候補馬84頭のうち11頭に欠場、8頭に調教進度遅れの判断を行いました。

 本年に限らず毎年欠場の理由として多いものは「跛行」で、その原因の半分近くが「深管骨瘤(シンカン)」によるものです。膝ウラの繋靭帯の近位付着部に生じる炎症で、発症時期によってはセールを欠場せざるを得ず、育成馬にとっては一生を左右しかねない悩ましい疾病の一つです。適切な休養を行うことで回復しますが、トレーニングセール上場を目指す民間の育成牧場の方々も同じような悩みを抱えているようです。若馬にいかに故障をおこさずに効果的なトレーニングを課していくのかということは、育成に携わる者として解決すべき課題だと認識しています。

コンソレーションセール

 本年の新しい取り組みとして、BUセールの約1か月後に「コンソレーションセール」を開催しました。昨年は北海道トレーニングセールが中止となったことなどもあり、昨年のBUセール未売却馬は状態が回復し調教が積めるようになってもセールに上場されることがありませんでした。そこで、生産者の思いも背負っている馬たちを1頭でも競走馬にしたいという強い気持ちからこのプライベートセールを立ち上げました。このセールは、調教・常歩動画、四肢X線・内視鏡画像、病歴等の個体情報をインターネットサイト上に情報公開した点はBUセールと同様ですが、「落札者の決定方法がインターネットオークション限定」という点で異なります。初めてのセールということに加え、馬を広く直接見ていただく機会がなかったことから、どのような結果になるか不安でしたが、上場した6頭全ての馬が競走馬になれるチャンスを得たことに感謝しています。

最後に

 この数年で社会のいろいろな場所で急速に進んだリモート化は、競走馬市場の情報公開の面だけでなく、売買にも活用され注目が高まっています。しかしながら、高額な競走馬のセリに関しては従来通り「購買関係者が直接馬を見て、会場でセリに参加する」スタイルのほうが望ましいと感じている方のほうが多かったように感じます。私も同感で、インターネットを活用しながらも、上場馬の周りに多くの関係者が集い賑わう競走馬セールが一日も早く戻ることを願っております。

pastedGraphic_2.png

(ブリーズアップセールのオンライン参加者のパソコン画面)

日高育成牧場 業務課長  立野大樹

JRA日高育成牧場における草地管理について

 サラブレッド生産牧場では、繁殖シーズンが終わるとすぐに、掃除刈りや草地更新といった草地管理が本格化する時期となります。JRA日高育成牧場でも、放牧地や採草地の管理を本格的に始めていることころです。今回は生産牧場で一般的に行っている草地管理について、簡単に解説していきたいと思います。

掃除刈り

 サラブレッドの放牧地では頻繁に採食される場所の草高は低くなり、採食されない場所は過繁茂(不食過繁地)となる傾向が他の家畜よりも強いことが知られています。特に、日本の生産牧場では放牧地面積が狭いことから、休牧期間のない連続放牧が行われて、草の多い場所と少ない場所の偏りがより顕著となります。そこで、不食過繁地を縮小して可食面積を増やすためにも、定期的な掃除刈りを行う必要があります。

 掃除刈りの際の草高は15cm程度が適当とされています。この草高を維持することで、草地が硬くなることを抑制できることが知られています。サラブレッドにとっての放牧地は、採食場所としてだけでなく、運動場所としての役割も担っていますが、硬い土壌が肢蹄障害を引き起こす可能性が示唆されています。そこで、放牧地の草量を維持することで、土壌表層に強固なルートマット(牧草根や地下茎が厚く集積した層)を形成させ、放牧地にクッション性を持たせることが、肢蹄障害を防ぐことにつながると考えられます。

 また、15cm程度での掃除刈りは雑草の侵入を防ぐ効果も期待できます。北海道の草地で一般的な草種であるチモシーは茎頂(生長点)よりも高い場所で刈り取られても、すぐさま再生する特徴があります。一方で、茎頂よりも低い部分で刈り取られると、その茎は再生不可能となります。その場合には新たな茎が発生することになりますが、7~10日程度の日数を要するので、その間に雑草が侵入する可能性があります。以上のことから、草高を15cm程度で刈り取ると、茎頂が残りチモシーが維持されることになります。このように、適切な掃除刈りを行うことには、様々な効果があります。

草地更新

 同じ草地を連続で使用することによる土壌成分の枯渇、牧草の栄養価低下、雑草の侵入などが問題となった場合には、草地更新を検討する必要があります。更新の客観的な判断材料として、JRA日高育成牧場では公益社団法人日本軽種馬協会(JBBA)が行っている事業を活用して、更新を予定している草地の土壌分析を行っています。(図1)。この分析結果は、草地更新時に使う肥料や土地改良資材の使用量を決定するために必要な情報にもなります。また、草地に関する基礎的な情報(土壌の種類、広さ、牧草の種類など)を再確認するという意味でも有益です。

pastedGraphic.png

図1 草地更新前に実施した土壌分析結果

 土壌分析を行って草地の状況を把握した後、いよいよ草地更新を行っていくことになります。一般的な草地更新(完全更新法)の流れをまとめると、表1の通りです。現在JRA日高育成牧場で行っている方法では、8月中旬から作業を開始しています。まずは、対象となる草地の雑草を含む牧草を除くために(1)除草剤を散布します。その後、枯れた草を埋没させるために(3)耕起を行い、この状態で冬を越すことになります。

 翌春の土壌凍結がなくなった4月下旬頃に、土壌の状態を改善するための(4)土壌改良資材を散布(土壌分析結果に基づいた量)し、そして土地を整えるための(5)砕土・混和・鎮圧を行います。その後、埋没種子(土壌に残っていた種)から発芽した雑草を処理するために、再び除草剤を撒きます。JRA日高育成牧場では、雑草の生育が盛んとなる5月頃と播種前の8月頃の2回にわたって除草剤処理を行っています。そして、9月頃までに(7)施肥・播種・鎮圧を行うことで、ようやく草地更新作業が終了となります。このように、草地更新は1年間をかけて行う根気のいる作業となります。

pastedGraphic_1.png

表1 草地更新(完全更新法)の流れ

 更新した後は、草地の管理方法について再検討することも非常に大切になります。そもそも、放牧地が荒れた原因を究明しないことには、再び荒れてしまう可能性が高いと考えられます。その原因としては、放牧地の利用状況が悪い(放牧頭数が多い、放牧時間が長いなど)、肥料の施肥量や施肥時期が不適当、掃除刈りの実施方法が不適当(実施頻度が少ない、刈り取りの高さが短いなど)が考えられます。これらに対して適切な管理方法をすることで、草地が良い状態に維持されるだけでなく、草地更新にかかる費用も抑えることが可能になると思われます(図2)。

pastedGraphic_2.png

図2 草地更新の要点

終わりに

 日本の牧場においては、放牧地の広さの問題もあって更新時の代替放牧地の確保が難しく、今回ご紹介した完全更新法による草地更新はなかなか困難であるかもしれません。そのような場合には、簡易更新法を実施してみても良いのかもしれません(詳細はサラブレッドのための草地管理ガイドブック【JBBA発行】をご参照ください)。今回の記事をきっかけに、いま一度草地管理について考えていただくことになれば幸いです。

日高育成牧場 業務課 岩本洋平

2021年8月26日 (木)

アイルランドにおける軽種馬生産

 生産牧場におけるサラブレッドの出産シーズンも一息ついた頃かと思います。JRA日高育成牧場でも、本年生まれる予定の当歳馬はすべて誕生しており、放牧地を元気に駆けまわっています。このようなサラブレッドの出産シーズンの光景は、日本だけでなく北半球の競馬先進国でも同様にみられるものです。今回は私が2018年から2年間にわたり研修に行かせていただいた、アイルランドにおける軽種馬生産の状況についてご紹介したいと思います。

ヨーロッパ最大の軽種馬生産国

 アイルランドの2020年の生産頭数は9,182頭であり、世界第3位のサラブレッド生産大国です(表1)。イギリスやフランスといったヨーロッパの競馬大国の中でも、最大の生産頭数を誇っています。一方で、競走数や出走頭数に目を向けると、他の競馬先進国に比べると非常に少ない数となっています(表1)。このことは、アイルランドが競馬開催国としてよりも、軽種馬生産国として世界の競馬産業に影響を及ぼしていることを示しています。つまり、アイルランド国内で生産されたサラブレッドが、競馬場のあるイギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国、さらにはアメリカやオーストラリアといった地域へも輸出されていることになります。HRI(アイルランド競馬協会)が作成した統計によると、2020年にアイルランドから輸出されたサラブレッドは4,814頭であり、そのうちの3,573頭がイギリスへとなっています。日本への輸出は26頭(2020年)ですが、ディープインパクトの母であるウインドインハーヘアがアイルランド産馬であるなど、日本の競馬産業にも大きな影響を与えています。すなわち、アイルランドは世界のサラブレッド生産地であると言っても過言ではありません。

表1 世界各国の生産頭数、競走数、出走頭数(2020年)

pastedGraphic.png

馬の生育に適した気候風土

 このようにアイルランドが世界有数のサラブレッド生産地となった背景には、その気候風土が大きく影響しています。ライムストーン(石灰岩)に覆われた肥沃な大地のおかげで、サラブレッドの生育に必要な良質な牧草が育ちます。また、真夏でも30℃を超えることはほとんどなく、冬でも氷点下をわずかに下回る程度の気温であることから、年間の気温差が小さく非常に過ごしやすいという特色もあります。その結果、日本の北海道では非常に厳しい寒さとなる1月下旬であっても、放牧地には青々とした牧草が維持されています(写真1)。その結果として、年間を通じて馬の体調管理が容易となり、良質なサラブレッドを生産することが可能となります。

pastedGraphic_1.png

写真1 1月下旬のアイルランドの放牧地の様子(クールモア・スタッド)

大手生産牧場における生産の流れ

 HRIに登録されているアイルランドの生産者数は6,445名(2020年)でした。この生産者数は繁殖牝馬所有者数のことを示しており、生産牧場数とは異なります。繁殖牝馬所有者は少頭数所有が多く、生産牧場も経営しているケースは非常にまれです。したがって、多くの生産者は自身の保有する繁殖牝馬をどこかに預託する必要があります。大手生産牧場は手厚い管理が期待できますが、預託料は高く設定されています。一方で、中小の生産牧場の預託料は安く済みますが、アイルランドでも人手が足りていない現状があり、十分な管理を受けられない可能性があります。そこで、繁殖シーズン以外は中小の生産牧場に預託し、分娩が近くなると大手牧場に預託することが一般的となっています。さらに、大手牧場ではそれぞれの繁殖牝馬の状態に応じて繋養する厩舎が分かれていますので、一年間を通じて様々な場所を移動することになります(図1)。この方式のメリットは、各厩舎で専門性の高いスタッフの管理を受けられることが挙げられます。私の研修先であったクールモア・スタッドでは、それぞれの分娩厩舎で年間に100頭以上の出産があり、多くの経験を積んだスタッフが対応することになります。さらに、預託されている繁殖牝馬がクールモア・スタッドの優良な種牡馬の種付けを希望した場合には、受胎するまで手厚い管理を受けることも可能です。

pastedGraphic_2.png

図1 大手生産牧場における繁殖牝馬の動き

終わりに

 今回の記事では、アイルランドが世界各国にサラブレッドを輸出している重要な生産国であることをご紹介しました。近年、海外競馬での日本馬の活躍が目まぐるしい状況ですが、まだまだ海外から学ぶことはあると思われます。アイルランドの気候風土は、日本とは大きく異なるため、管理方法をそのまま導入することは難しいと考えられます。しかしながら、近年の技術革新や新しい知見を活用することで、日本におけるより良い管理方法を模索することもまだまだ可能だと考えています。

日高育成牧場 業務課  岩本洋平

子馬の肢蹄管理について

(馬事通信 強い馬づくり最前線  4月15日号掲載)

 いつになく早い桜の気配に心浮き立つ今日この頃ですが、馬産地は繁忙期真っ只中だと思います。そして、誕生した子馬の成長に目を見張る毎日ではありますが、生産者の方や装蹄師の方の心配の種になるのが子馬の肢勢や肢軸になると思います。そこで今回は子馬の成長に合わせた肢蹄管理についてご紹介させていただきます。

  • 誕生から1~3ヶ月齢
  1. 異常肢勢への対応

 馬は生まれてすぐに自分の肢で立つため、母親の胎内にいるときから、胎生角質と呼ばれるしっかりとした蹄を持っています。ただし、母親のお腹にいる間は胎内を傷つけないよう、蹄餅という白くて軟らかい角質に覆われています。この蹄餅は、生後数時間で乾燥や地面との摩擦などで剥がれ落ち、成馬と同じような蹄となります。この時期の子馬の肢蹄は発育、負重、歩様など、様々な要因により変化します。異常肢勢があった場合でも、成長とともに治癒することもありますが、重度の異常肢勢を放置してしまうと運動器疾患の発症要因となることもあります。このため、誕生直後より、蹄や肢勢・肢軸を注意深く観察し、異常肢勢などを早期発見することが大事です。異常が認められた場合は、装蹄師による蹄壁補修剤や矯正用のシューズやプレートを用いた肢勢・肢軸矯正、獣医師による薬の投与や重度の場合は外科手術が必要となります。

  1. 削蹄の開始

 削蹄は概ね誕生から1~3ヶ月を目安に開始します、間隔は3~4週間が基本的ですが、肢蹄の状態によっては時期を早めることもあります。また、この時期は胎生角質と新生角質と呼ばれる蹄角質が同時に存在しています。母胎で形成された胎生角質は負重など地面からの影響を受けていないのに対し、誕生してから生長した新生角質は負重など様々な影響を受けるため、その差異が、蹄壁の凹湾や不正蹄輪となって現れることがあります。そのような場合は蹄の状態を確認しながら、徐々に蹄鑢(テイロ。ヤスリのこと)などで胎生角質を削切し凹湾した蹄壁を修整します。削蹄の作業は馬が生きていく限り継続されるものであるため、肢挙げや装蹄師による保定の馴致はしっかりと行い子馬に恐怖感をもたせないことが重要です。

  • 4~6ヶ月齢
  1. 端蹄廻し

 離乳を始める時期になり子馬だけで放牧を始めると、元気に放牧地を走り回り、蹄壁欠損などを起こすことがあります。そのため、端蹄廻し(はづめまわし)を実施し、蹄壁欠損などを予防します。端蹄廻しとは、蹄壁の厚さ2分の1を目安として、蹄鑢で外縁を削り、蹄壁に対して45度の丸みをつけることです。牧場でも削蹄用の蹄鑢を常備し、軽度の蹄壁欠損を発見した際は装蹄師ではなくても、拡大を防ぐため端蹄廻しを行うことが良いと思います。

  1. 裏堀り

 放牧するため馬房にいる時間も減少し、放牧地の泥土が蹄に詰まりやすい時期でもあります。蹄底を不潔な状態で放置すると、蹄質が悪化し、蹄叉腐爛などの蹄病の発症原因となります。清潔な状態を保つためにはこまめな裏堀りが重要です。裏堀りの際には、蹄壁に触れることにより蹄の異常サインである帯熱を感知することができます。さらに、子馬の蹄を裏堀りの道具で叩いて軽く音を出し、衝撃を与えることでその後に実施する蹄鉄の装着(釘打ち)の馴致となります。

  • 7~10ヶ月齢
  1. 裂蹄(蹄角質部である蹄鞘の一部に亀裂が発生したもの)

 誕生から7~8ヶ月経過すると、秋から冬の寒い時期に差し掛かります。蹄が乾燥し固くなることもあるため、蹄底部などの裂蹄に注意が必要です。特に蹄底部の亀裂が深くなり、砂などが知覚部(角質の下の柔らかいところ)まで入り込んでしまうと炎症が発生し、跛行の原因となります。亀裂は削開して砂などを除去し、拡大を防ぎます(写真1)。

  1. 白帯病(白線裂とも呼ばれる。白帯が変質して崩壊し、蹄壁中層と蹄底部が剥離したもの)

 蹄の生長とともに、白帯病が発症し始める時期でもあります。この場合も剥離部が知覚部まで達すると跛行の原因となるため、亀裂が深くならないよう病変を早期発見し、削り取ってしまう必要があります(写真2)。

  1. 挫跖(蹄への圧迫や衝撃による知覚部の炎症)

 挫跖も多くなる時期ですので、この時期の子馬の蹄に関しては、蹄負面を注意深く観察し、蹄病の予防や悪化を防ぐこと、歩様や蹄の熱感・球節部の指動脈の拍動亢進などに留意することが重要となります。

pastedGraphic.png

写真1 赤丸は蹄底裂。裂部を削開し砂を除去した。

pastedGraphic_1.png

写真2 赤丸は白帯病。削蹄し病変を削り取った。

・最後に

 子馬の肢蹄管理は装蹄師による定期的な装削蹄だけでは限度があり、牧場での日常的な管理が必要不可欠です。また、肢蹄の異常などを発見した場合は速やかに担当の装蹄師や獣医師に相談して、健全な肢蹄の発育を心掛けましょう。

日高育成牧場業務課 装蹄師 津田佳典

物理療法(レーザー治療)について

はじめに

 物理療法とは物理的なエネルギー(熱や光、電気など)を生体に与えることで疼痛緩和や血行改善など治癒促進を期待する治療法です。基本的には副作用が少ないと言われ、国際的な薬物規制が進む中見直されています。物理療法はさまざまあり電気針・SSPを用いた電気療法、マイクロレーダーを用いた電磁波療法、ウルトラソニックを用いた超音波療法、ショックウェーブ療法、スーパーライザーやレーザー光線を用いた光線療法などがあり簡単に実施できるものがほとんどです。今回はレーザー治療について詳しく説明していきます。

レーザー治療とは

 レーザーを患部に照射するとレーザー光が生体に吸収され発生した温熱作用と光エネルギーが化学反応を起こし発生した光化学作用により、疼痛緩和、炎症軽減、血行改善、創傷治癒促進を得られます。

基本的なプロトコル

 一般的な治療計画は、1週目は48時間毎または毎日照射し、2週目は72時間毎、3週目以降は週に1~2回の照射を実施します。照射量は6~8(深部の場合は8~10)J/cm2で設定すると良いとされ、プローブは皮膚に対し垂直に当てて、皮膚から少し離すか接触させてゆっくり動かしながら照射させます。局所に当て続けると熱傷を引き起こすので注意が必要です。

適応症例

 レーザー治療は腕節炎・球節炎・種子骨炎・骨瘤・ソエなどの骨疾患や、浅屈腱炎・繋靭帯炎に効果があるとされています。症状の程度にもよりますが、骨疾患には2週間程度、腱靭帯炎には1カ月程度照射を続けてください。

 先述のとおり創傷も適応で、肉芽増生や皮膚再生を促進させることができます。感染時の抗生物質投与や壊死組織の除去などを行った上で2週間程度は毎日照射してください。また、レーザーを経穴(ツボ)に当てることで鍼療法と同様の効果が得られるため、特に筋肉痛の際は筋肉全体に照射していくよりは経穴を重点的に当てることでより効果が得られると考えられています。他にも慢性的な蹄葉炎の疼痛管理や静脈炎の治療といった幅広い適応症例が報告されています。

 しかし、レーザー治療等の温熱作用をもつ物理療法は急性期での使用は控えるべきです。受傷直後に照射すると組織が低酸素状態に陥り周囲の正常な細胞までダメージがでてしまうため、冷やすことで周囲の代謝を抑制し2次的損傷を防ぐ必要があります。

使用時の注意点

 とても便利な治療法ですが、注意すべき点があります。一番重要なことは、眼に直接当ててはいけません。失明する恐れがありますので使用者は保護メガネを装着し、保定者や馬の眼にも照射しないよう注意してください。また、妊娠馬の腹部や牡馬の睾丸、若馬の骨端板、メラノーマなど腫瘍が疑われる部位への照射は予期せぬ作用をもたらす可能性があるので注意してください。

最後に

 レーザー治療は特に創傷管理や慢性的な筋骨格疾患のケアには大きな助けとなり、その効果を我々は実感していますので、皆さんもぜひ利用してみてください。

pastedGraphic.png

日高育成牧場で使用しているレーザー装置(CTS-S)

日高育成牧場 業務課 久米 紘一