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2024年1月15日 (月)

育成期の運動器疾患とリハビリテーション

馬事通信「強い馬づくり最前線」第319号

 日高育成牧場に入厩した1歳馬たちは順調に初期調教を終え、騎乗調教をメインとした基礎トレーニング期に移行しました。この時期の1歳馬の身体はまだまだ未成熟であり、運動強度が増すにつれ、様々な運動器疾患を発症します。運動器疾患を発症した際に、どの程度休養すべきなのか、いつ立ち上げればよいのか、リハビリテーション(以下リハビリ)の際には頭を抱えることかと思います。皆さまと同様試行錯誤の中ではありますが、当場にて育成期の運動器疾患のリハビリにあたり気を付けているポイントを本稿ではご紹介させていただきます。

 1)正確な診断

 リハビリを開始するにあたり、何よりもその馬の病態の正確な診断が重要になります。疾患には骨・腱・靭帯など、発症した組織によって、それぞれ異なった修復過程が存在し、個体差も大きいとされています。歩様検査、触診はもちろんのこと、必要に応じて、診断麻酔検査やレントゲン検査、エコー検査などを実施し、損傷部位の特定に努めています。また、初期の症状の程度(跛行の重症度、触診所見の有無)やその後所見(跛行・患部の腫脹など)が消失するまでに要する日数なども見逃せません。疾病の重症度を総合的に判断し、短期的もしくは中・長期的なリハビリ計画を決定することがリハビリの第一歩になります(図1)。

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図1:深管骨瘤のリハビリ計画の一例

 2)完全休養の期間をつくる

 先に述べたように、骨・腱・靭帯といった各運動器にはそれぞれ異なる修復過程が存在します。修復に要する期間は決まっており、決して短縮されることはない点に留意が必要です。疾病は運動器の損傷の比率が、馬に備わっている修復・適応能力の比率を上回った際に生じます(図2)。例えば、骨の場合、損傷に対して修復が間に合わず、骨の細胞が死んでしまうと、死んだ骨の細胞が置き換わるのに約2~3週間かかることが知られています。この死んだ細胞が置き換わるまでの時期を十分に休養させることができれば、骨の質が変化し、損傷が周囲に波及しない様に損傷周囲の骨構造が修復されるとされています。(ちなみに、骨の質の修復には3ヶ月を要します。)育成期によくみられる疾患である、「深管骨瘤」、「内側管骨瘤」、および「管骨々膜炎」は、運動負荷に対する骨の適応の結果であると同時に、跛行などを伴う場合は、修復が間に合わず骨に

 損傷が蓄積した状態であると考えられます。動かしながら様子を見たいと頭はよぎりますが、疾病発症直後に、一定期間馬房内での完全休養を取り、損傷が周囲に波及しないよう備えることが再発を予防する意味でも重要であると考えています。

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図2:トレーニングによる負荷と組織修復の関係性の概念図

 3)休養明け調教の負荷調整

 一定期間の休養を挟んだ馬はどうしても筋肉量をはじめコンディションが低下しており、調教負荷の急な上昇はせっかく休養によって修復された損傷部を再び悪化させかねません。当場では、舎飼いでの休養期間後にウォーキングマシン(以下WM)での運動を再開し、1回あたりの時間を30分、60分と約1週間を目安に段階を分けて負荷を上げています。パドック放牧は、馬が予期せぬ動きをしてしまい、こちらが想定している以上の負荷がかかる恐れがあるため、馬の性格にもよりますが、WMを開始し、

ある程度馬の精神状態が落ち着いてから再開するようにしています。WMでの運動を再開しても患部の悪化がないことが確認できれば、トレッドミル(以下TM)での調教に移行します。TMの利点は、走行速度や傾斜を変更することで、リハビリの時期にあった運動量を調整できることです。この時期が最も気を遣い、速歩・駈歩の時間を調整しながら騎乗運動への移行時期を探ります。TM調教前後での患部の触診所見(腫脹・帯熱など)に悪化がないことが確認できれば、晴れて騎乗運動を再開します。騎乗運動再開後も、急ピッチな立ち上げにならないよう、TM+騎乗常歩運動からはじめ、騎乗速歩、ハロン30秒程度のハッキングと徐々に騎乗時間・強度を上げていくようにしています。運動再開後の馬の反応は様々で、患部に所見を再発することなく順調に強度を上げていける馬もいますし、どこかのステージで経過が安定せず再び休養させる馬もいます。馬をよく観察し、違和感が少しでもあるのであれば一度負荷を上げるのを辞め、目には見えないミクロな損傷部の修復程度を想像しながら、調教負荷を調整してやることが、最終的には患部の損傷が後に再発しづらいリハビリにつながると考えています。

 

 現在、患部の修復の一助になるのではと、野球選手の靱帯損傷等の治療に用いられるPRP療法や骨修復効果を期待できる低出力超音波パルス療法を完全休養期に併用し、その効果を検証中です。完全休養期により充実した損傷部の修復が可能になるよう、研究成果を今後報告できれば幸いです。

 

日高育成牧場 業務課 瀬川晶子

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