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2024年3月15日 (金)

新しい乳母付け法(高用量PG法)

●はじめに
年も明け、再び競走馬の繁殖シーズンとなりました。繁殖シーズンへの準備は万全でしょうか?
今回は繁殖シーズンに出会う事例の1つとして「乳母付け」について、その概要と近年海外で報告されました高用量PG法について解説いたします。

●乳母
乳母とは母馬に代わって子馬を育てる存在であり、多くはサラブレッドではなく温厚な性格のハーフリンガーや重種馬がその役割を担います。乳母は母馬が出産直後に死亡してしまった場合や、初産の若馬で発生が多い育子拒否が生じた場合、また、母馬の乳量不足や疾患など、正常な育子が期待できない場合に導入が検討されます。

●子宮頚管マッサージ法
乳母に子馬を育ててもらうには、ただ単に乳母と子馬を同居させるだけでなく、乳母にその子馬を許容してもらわないといけません。これが乳母付け処置です。
現在、日本の馬生産地では乳母の子宮頚管を用手にて刺激し、分娩時の産道刺激を模倣する子宮頚管マッサージを用いた乳母付けが一般的です(図1)。この方法は、早ければ半日程度で乳母付けが完了する一方で、2~3日程度要することもあり、さらに、子馬の安全を確保するための枠場や馬房内の専用スペースを確保する必要もあり、非常に時間と労力を要します。また、乳母と子馬の相性が悪いときは、その乳母を諦めて他の乳母を検討しなければならない場合も散見されます。

●高用量PG法
2019年に英国でPGF2α(PG)の投与が母性の惹起に有効であることが発表されました。PGは普段、黄体退行剤として使用されていますが、このPGを高用量投与することによって母性惹起が可能であり、子宮頚管マッサージをすることなく、乳母(17症例中17症例)および育子拒否馬(4症例中3症例)への母性惹起に成功したと報告されています。さらに、米国のシンポジウムでも同手法が紹介され、子宮頚管マッサージを用いた従来法と比較して、驚くほど短時間で乳母付けが完了するとの所感が報告されました。また、同手法は2021年に出版された馬繁殖関連の教科書にも掲載されています。以下に「高用量PG法」による乳母付けの手順をまとめました。
1高用量のPG製剤(黄体退行剤として使用する際の3~4倍量)を投与後、15分ほど発汗や軽度の疝痛症状といった薬の作用を確認する。
2馬房内で子馬と対面させ、乳母の子馬の匂いを嗅ぐ、舐めるといった母性行動を確認する。
3子馬を乳母の側面に移動させ、乳房からの吸乳を促す。
4乳母が吸乳を無事受け入れたら、馬房内で乳母、子馬を自由にして数分間監視する。
5子馬の安全を確認して、乳母付けは完了となる。
6母性行動が認められない場合には(10%程度)、12~24時間後にPG製剤の用量を増加して、再度、手順に沿って実施する。
高用量PG法は、PG製剤の投与のみで30分程度で乳母付けが完了するという簡便さ、そして実際に育子拒否した母馬に対しても一定の効果が見込めることから、今後、広く普及していくものと思われます。

●最後に
昨シーズン、日高育成牧場において高用量PG法による乳母付けを実施したところ、子馬との対面からわずか3分後には、子馬の匂いを嗅ぐ・舐めるといった母性行動を認め(図2)、高用量PG投与から乳母付けが完了するまでに要した時間は約30分と非常に順調でした(図3)。なお、乳母となった繁殖牝馬は、乳母付け後に正常の発情サイクルが確認され、無事に受胎することができました。乳母が必要となるような事態が起きないのが一番ですが、万が一必要となってしまった際には、高用量PG法も検討してみてはいかがでしょうか。

Photo_2図1:子宮頚管マッサージ

Photo_3図2:子馬の匂いを嗅ぐ・舐めるといった母性行

Photo_4図3:子馬を受け入れ授乳を促す乳母