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2024年9月25日 (水)

馬の暑熱対策

馬の熱中症

 北海道でも、愛馬が熱中症にかかってしまった、という声を聴くようになりました。熱中症は馬自身が作り出す熱をうまく排出できないため体温が上昇し、身体に異常をきたす症候群です。運動後にふらふらする、横臥して立てなくなるなどの症状を示すことが多く、夕方になっても呼吸が早く、体温が高い場合も熱中症の可能性があります。

 

暑さ指数(WBGT)と競走馬の熱中症

人では暑さ指数(WBGT:℃表示されますが気温とは異なります)が高値になるほど熱中症発症リスクが上昇します。WBGTは、気温に湿度や風、日光等の輻射熱の要素を加えたもので、指数は温度1、湿度7、輻射熱2の割合で計算されます。湿度の要素が大きいのは、湿度が上がると汗が蒸発しにくくなり体温が低下しにくくなるためです。中央競馬における熱中症とWBGTとの関係についての調査では、WBGTの上昇に伴って熱中症は増加することがわかりました(図1)。特にWBGTが28℃を超えるあたりから発症率は急上昇しており、人と同様にWBGTが28℃を超える日や、急に暑さが増す日には危険性が増加します。

 

効果的な馬体冷却方法の検討

運動後の馬の体温は42℃を超えることがしばしばあり、暑熱環境下において、運動後に体温を速やかに下げることは重要です。国際的な総合馬術では以前より馬体の冷却方法として、間欠的に冷水をかけ汗こきを行う事が推奨されてきました。しかし、根拠となる科学的な証拠がなかったことから、以下のような実験を行いました。方法は、WBGT31-32℃の暑熱環境下で運動を行い、体温が42℃に達した時点から、馬体の冷却を行います。冷却方法は①常歩、②常歩を行いながら冷水(10℃)を3分おきに掛け、汗こきをする、③常歩を行いながら冷水(10℃)を3分おきに掛け、汗こきをしない、④水道水(25-28℃)を馬体に掛け続ける、の4条件により行い、運動終了後30分まで観察しました。馬体の冷却効果としては条件④水道水(25-28℃)を馬体に掛け続けるが最も効果的であり、10分程度で安静時の体温に戻りました(図2)。夏場の水道水はそれほど低い水温ではありませんが、25℃以上の水道水でも掛け続けることで十分な冷却効果が得られることが明らかとなりました。次に効果の高かったのは3分おきに冷水(10℃)をかける方法ですが、条件②汗こきをするよりも、条件③汗こきをしない、の方が体温の低下は速いことか示されました。汗こきをせず、毛の間に水分があった方が気化熱による体温の低下が大きいためと考えられます。常歩のみでは30分後でも体温は40℃をやっと下回る程度であり、暑熱環境下でのクーリングダウンは最も推奨されない方法となりました。これらの結果は、国際馬術連盟にも周知され、東京オリンピックでは、馬に水をどんどんかけて冷却する参加国が多くなり熱中症を防ぐことができました。中央競馬においても、レース後すぐに馬体を冷却できるよう各競馬場に水冷装置を新設しました(図3)。

 

運動後の水分・塩分補給

競走馬の暑熱環境下における運動後の体重減少は約10kgと非常に多いですが、そのほとんどは発汗によるものと考えられます。馬の場合、人と比較し汗中のナトリウムを回収する能力が低く、発汗量の約1%の食塩が身体から排出されるため、体重10kg減では食塩約100gが失われることになります。そのため、馬においては普段以上に夏場の食塩の給与が非常に重要です。加えて、食塩の摂取は飲水量の増加にもつながることから、運動後の体重リカバリーのカギは食塩の給与といえます。

 

おわりに

熱中症を予防するため、暑熱環境下においては運動を控えることも選択肢となりますが、夏場にも競馬を行う上では避けては通れない部分でもあります。人もそうですが、熱中症は体調が悪い時ほど起こりやすくなることから、体調管理も重要となります。今回の記事を参考に、少し暑くなった時期から積極的に馬体冷却を行うこと、塩分の給与に留意することで北海道の暑い夏を乗り切りましょう。

 

日高育成牧場 副場長 大村 一

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図1 競走馬のWBGTと熱中症発症率

28℃を超えると発症率は急増する

 

 

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図2 冷却方法の違いによる運動後の体温の変化

水道水による冷却が一番効果的であり、汗こきはむしろない方が良い

 

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図3 競馬場における水道水による冷却装置

レース直後に走路近くで馬体冷却を行う事が可能となった