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2018年11月16日 (金)

分娩時期の予測と初乳の質の推定方法

No.4 (2010年3月1日号)

 昨年末からの世界的な異常気象の影響により、英国では競馬開催の中止が相次いでいますが、日高育成牧場のある浦河町西舎でも、今冬は例年と比較して多くの積雪を認めています。そのような中、当場でも2月の中旬に、本年最初の子馬が誕生しています。


 さて、生産地では出産と交配が重なる1年で最も忙しい時期を迎えています。サラブレッドの出産は、交配から受胎を経て、適切な栄養管理など細心の注意を払ってきた1年間の集大成であり、さらに、生まれてくる子馬は“高額な商品”であるために、ほとんどの牧場では人的な分娩介助を行っています。そのために、分娩が近づくと、徹夜での監視が一般的となっていますが、1頭の出産に対して1週間以上もの夜間監視が必要となることも珍しくなく、その労力とストレスは多大なものとなっています。


 馬の妊娠期間は平均335日といわれていますが、個体差が大きく、320~360日が正常範囲と考えられているために、交配日から算定した分娩予定日はあくまでも目安としかなりません。また、胎子の成熟は分娩の2~3日前になってはじめて完了するといわれており、胎子が成熟するこの2~3日前に起こる兆候を把握することが、精度の高い分娩予知につながると考えられています。


 牧場では繁殖牝馬ごとの過去の分娩前兆候の履歴を参考としながら、分娩予定日の2週間前から注意深く観察し、分娩時期を推定するのが一般的です。主な分娩前兆候を以下に記します。①乳房の成熟(腫脹)、②漏乳(分娩に先立っての泌乳)、③臀部の平坦化、④外陰門部の弛緩、⑤体温の低下(通常は朝よりも夕方の体温の方が高い)。その他、機器等を必要とし、獣医師によって行われる分娩時期を推定する検査には、血清中プロジェステロン濃度の測定、乳汁カルシウム濃度の測定、子宮頸管の軟化の確認などがあります。これらの分娩時期の推定方法のなかでも客観的かつ比較的信頼度が高いといわれている方法は、乳汁カルシウム濃度の測定です。この方法は、海外では一般的に普及しており、複数の簡易キットも市販されています。しかし、日本ではこの簡易キットは販売されていません。


 現在、日高育成牧場では、これらの方法以外による分娩時期の推定方法について検討しています。その中でも牧場現場での応用が期待できるものは、市販のpH試験紙(6.2~7.6の範囲の測定が可能なpH-BTB試験紙)による乳汁のpH値、および糖度計による乳汁のBrix値を指標とする方法です。乳汁pH値は出産前10日以前には7.6以上を示していましたが、出産が近づくにつれ低下し、6.4に達してからは24~36時間で出産する確率が80%となりました。一方、乳汁Brix値は出産前10日以前には10%以下を示していましたが、出産が近づくにつれ上昇し、20%に達してからは36~48時間で出産する確率が87%となりました。いずれの方法も乳汁カルシウム濃度による推定方法と同等の精度という結果になりました。さらに両測定法とも約30秒で測定が可能であり、経費も非常に安価であるために、牧場現場での応用が期待できる方法であることが示唆されました。


 また、糖度計によるBrix値は初乳中の移行免疫(IgG)濃度を推定する指標としても使用されています。この場合には、Brix値が25%を超えていると良質の初乳、20%を超えていると概ね良質の初乳、そして15%未満の場合には不良初乳と推定されます。出産直後の初乳を測定するだけではなく、出産前から乳汁を測定することによって、前述のように分娩時期の推定以外に、初乳の質もある程度予測することが可能となります。胎盤を介して移行免疫を取り入れ、出生前から免疫を獲得しているヒトと異なり、馬は母乳を介して移行免疫を取り入れるため、初乳の質が低ければ、感染症を発症する可能性が高くなります。特に分娩2~3日前から漏乳を認めるような場合には、出産直後のBrix値が低下し、初乳の質が低いことが多いので、出産前に初乳の質を把握することによって、冷凍初乳の準備など早めの対応が可能となります。最後に、このように色々な情報を提供してくれる母乳ですが、採乳を嫌う馬もいるので、採乳時には細心の注意が必要であることを付け加えておきます。


(日高育成牧場 専門役  頃末 憲治)

Photo_2 初乳、分娩3日前、分娩10日前の乳汁の色調とpH試験紙の色調の変化

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