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2018年11月15日 (木)

サラブレッドと光の話

No.3(2010年2月15日号)

明るい時間と繁殖生理
 馬の生産地ではお産のピークを迎えようとしています。もともと馬を含め自然界の野生動物、野鳥は、十分に餌を食すことができる温暖な季節である春に子供を生むと、もっとも安全に子孫を残すことができることを知っています。近年の競走馬生産では、市場価格や早期育成に有利と考えられる1,2月の早生まれ生産を行う傾向にありますが、自然状態で飼育すると、多くの馬は5月以降に分娩します。それではなぜ、馬は春に子供を産むような仕組みになっているのでしょうか?そのヒントが光にあります。
 馬は「長日性季節繁殖動物」に属し、春になると発情する動物です。これと反対に、エゾシカやヒツジ、ヤギは「短日性季節繁殖動物」であり、秋になると発情します。妊娠期間が約半年の動物は、短日性の動物であることが多いものです。いずれの動物に共通することは、春に分娩するように発情する季節を調節している点にあります。北海道では、冬至のころの明るい時間が9時間、夏至のころのそれが15時間近くありますので、春先に起こる昼間時間の急激な延長を、目からの光刺激として受け入れ、「視床下部」という神経器官からのホルモン分泌を促進することにより、雌も雄も繁殖や免疫機能に重要な役割りを果たすホルモンを「下垂体」から分泌することが知られています。北半球では、馬の生殖機能がもっとも活発になるのは、夏至を中心とする5-7月ごろであるといわれます。したがって、約11ヶ月の妊娠期間を持つ馬は、翌年の4-6月に子馬を産む確率が高くなるわけです。

繁殖管理に使用するライトコントロール
 競走馬生産では、「ライトコントロール」という方法を用いて、人工的に早生まれ生産を行っています。専門用語では、長日処理、光線処理と呼ばれています。北海道のような極端な寒冷地においても、非妊娠の繁殖雌馬に対してライトコントロールを行なうと、2月下旬までに70%、3月下旬までに90%が初回排卵を開始し、その後の発情周期に大きな乱れは認められず、受胎率も高いことが判明しています。一般に繁殖シーズンの早期には、持続性発情、いわゆる「だらブケ」という状態に陥り、あて馬による判断が難しくなり、獣医師サイドの排卵予知診断にも狂いが生じやすいものです。ライトコントロールを実施して繁殖シーズン初回の排卵を早め、1回目の発情を見送り、2回目、3回目の安定した発情において計画的に交配することにより、持続性発情に惑わされることなく、効率的な繁殖管理が可能となります。それゆえに、大規模経営者ばかりでなく、中小の生産牧場にも、安価で効果的なライトコントロール法の導入をお勧めいたします。以下にライトコントロールの方法を示します。

 12月20日(冬至付近)から、昼14.5時間、夜9.5時間の環境を作成。一般的な飼養環境においては、たとえば朝5時半から朝7時30分頃まで馬房内で点灯し、昼間は扉を開けるなど適当な明るさが確保できるように管理し、続いて収牧後夜20時まで点灯する。照明は60-100ワットの白色電球を馬房の中央天井付近、または高さ2.5-3.0m付近に設置。蛍光灯でも全く問題ない。点灯、消灯はタイマーで作動させ開始終了時間を正確にする(時間がずれると効果がない)。24時間照明すると逆効果となり、一定時間の「夜」が必要である。ボディコンディションスコアとして6.0前後に維持されていると効果的である。早期に受胎したとしても、ライトコントロールにより黄体機能が賦活化されるため、妊娠維持に効果がある。3月下旬まで継続すべきである。

馬鹿にできない日々の光
 JRA日高育成牧場では、2歳育成馬に対するライトコントロールを実施しています。これにより、精巣や卵巣から分泌されるステロイドホルモンの血中濃度が有意に上昇し、臀部脂肪厚から計算式によって得られる総筋肉量の値や骨形成マーカーの値が対象群と比較して上昇しました。また、「プロラクチン」というホルモンも上昇し、これが冬から春への換毛を促進し、免疫機能を高めることも知られています。繁殖期は、子孫を繁栄させるための大切な期間ですので、光という季節変化を目からキャッチして、代謝量や運動量を変化させる作用が備わっていることが示唆されています。ライトコントロールによる最近の研究結果から、昼間時間の長さは、馬の繁殖機能ばかりでなく、脂肪代謝や被毛量、さらには運動量にも影響を与えることが示唆されてきました。馬が厳しい冬を無理なく過ごすための知恵が、昼間時間の長さの中に隠されていることに驚きを感じています。

(日高育成牧場 研究役 南保泰雄)

Photo_7 ライトコントロールによるホルモンの分泌と作用

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