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2019年12月30日 (月)

引き馬‐子馬から競走馬まで

No.129(2015年8月1日号)

 さて、最大頭数が上場されるサマーセールを8月下旬に控え、セリシーズンも佳境を迎えます。生産地においても、子馬を馬主の皆様にお見せする機会も多いのではないでしょうか。展示やセリで馬をよく見せるためにも、また、セリ後にスムーズに騎乗馴致に移行するためにも『引き馬』は非常に重要な技術です。今回は、JRA日高育成牧場で実施している方法を参考に、子馬から競走馬までの『引き馬』の考え方についてご紹介します。

当歳
1) 出生翌日(当日)
 日高育成牧場では、生後から母子を1人で引く方法を採用しています(写真1)。左手で母馬を保持し、子馬の左側に立って右手で軽く肩を保持して歩きます。生後直後の子馬は自ら前進することを知らないため、もう1名の補助者が後方からサポートして前進を促します。人が母子の間に位置することで『信頼関係を構築』し、また、人が子馬の肩の左側に立つ『人馬の位置関係』を教えます。横にいる保持者の指示に反応しない場合、後方から押されるというプレッシャーを意識させます。2~3日で馬は理解しますので、後方からのサポートは不要となります。

1_3 写真1 四肢の関節はまだ弱い

2) 生後2ヶ月まで
 概ね生後2ヶ月までは、子馬の保持にはリード(引き綱)を使用せずに、『頚もしくは肩の外側に手をかける』方法を用います(写真2)。リードを使用しない理由は、前に歩かない子馬を無理に引っ張ったり、子馬が前進を拒んだりした場合、虚弱な子馬の頸部に対するダメージが危惧されるためです。

2_3 写真2 左手は母馬のスピードを調整

 この時期は、『子馬自身のバランスで歩くこと』および『人の指示に従って歩くこと』を教えます。最初は、子馬が自ら歩き出すように、音声による合図や右手で肋や腰を軽くパットして合図を送る等のプレッシャー、すなわち『オン』を与えて前進を促します(写真3)。前進を開始したら、その瞬間にプレッシャーの解除、すなわち『オフ』を与えることによって、子馬が自身のバランスで活発に歩く行動を促します(写真4)。

3_3 写真3 右手でパットし前進を促す

4_3 写真4 再び右手を軽く肩に添える

3) 生後2ヶ月~離乳まで
 子馬がある程度成長する2ヵ月齢を目安にリードを装着します(写真5)。リードは、緊急時に解除できるよう、1本のロープを鼻革の下部で折り返して使用します(写真6)。リードを用いる場合も、使用していないときと同様に子馬の肩の横に立ち、リードを引っ張らないよう、子馬を動かすことが大切です。

5 写真5 子馬のリードはゆとりを持って保持

4) 離乳後
 この時期から当歳の大きさに合わせたチフニーへの馴致も開始します。チフニーは作用が強いため、装着していてもリードはゆったりと保持します。また、日常の収・放牧時はもちろん、削蹄や治療などの保定の際はチフニーを装着します。併せて、馬房内で1本のタイロープを用いて、馬が落ち着くよう、壁に向かって後ろ向きに繋いで、手入れができるように教えます(写真7)。

6 写真6 リードの折り返し方

7 写真7 後ろ向きに繋がれることを教える

5) 展示
 展示の際の引き馬は、検査者からまっすぐに10mほど遠ざかり、右回転(写真8)して検査者に戻ります。右回転で実施する理由は、馬を制御しながら、検査者に回転時の運歩を見やすくするためです。馬の重心を後躯にのせ、頭を少し高く保持して後肢旋回の要領で行うと容易です。また、廊下などの狭い場所で回転する際は、人が馬との間に入ることにより、無用な受傷を防止します。

8 写真8 右回りでの回転

1歳~2歳(競走馬)
1) 洗い場での張り馬
 トレーニングセンターでは、馬を張って管理することが多いため、その馴致として、洗い場では張り馬での手入れを行っています。この際、馬を張る環には、あらかじめ切れてもいい紐から取った張り綱を装着しておきます(写真9)。このことにより、張り綱とリード(引き綱)を区別し、通常の引き馬は1本のリードで実施することができます。

9 写真9 1本リードで管理するための工夫

2) 1本リードでの引き馬
 チフニー(写真10)は、下部の環にリードを1本装着することで、ハミを下顎に対して均等に作用させる構造になっています。つまり、地上にいる者が馬を制御するためのハミです。

10 写真10 チフニーは1本リードで使用する構造

3) 二人引き
 競馬場のパドックで二人引きをしている姿をよくみかけます。引く者が一人から二人に増えたからといって、一馬力の馬を力で制御できるものではありません。馬が本気で暴れた場合、どちらかが手を離さなければいけない状態に陥るのは明らかです。元気のよい馬、力のある馬を制御するためには、チフニーやチェーンシャンクなどの道具を使用するほうが効果的です。また、馬に対してリーダーが誰であるかを明確に示すことも重要です。以上のことから、引き馬は一人で実施することが原則です(写真11)。

11 写真11 英ドンカスター競馬場で引き馬を行う筆者

 一方、パドックで左手前の引き馬を行う場合、引く者の反対側に観客などの物見の原因があり、しばしば馬が急に内側の切れ込んでくることがあります。このような状態を回避するためには、馬を安心させる必要があります。このことを目的として、補助者が頸部などに触れながら、馬の右側を歩くことは有効です。この際、必要に応じて右側の手綱部分を軽く保持することもあります。

最後に
 人馬の信頼関係を構築するための正しい引き馬は、基本的な躾の積み重ねによって成立します。したがって、競走馬がその持てる能力を発揮するためにも、子馬のときから競走期にいたるまで、一貫した考え方のもと、『引き馬』を実施したいものです。

(日高育成牧場 副場長 石丸 睦樹)

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